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スペックルトラッキング心エコー法を用いた心筋機能分析に基づく左室拡張機能の研究

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Title スペックルトラッキング心エコー法を用いた心筋機能分析に基づく左室拡張機能の研究

Author(s) 岡田, 一範

Issue Date 2014-03-25

DOI 10.14943/doctoral.k11430

Doc URL http://hdl.handle.net/2115/55505

Type theses (doctoral)

File Information Kazunori_Okada.pdf

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学 位 論 文

スペックルトラッキング心エコー法を用いた心筋機能分析に基づく

左室拡張機能の研究

岡 田 一 範

北海道大学大学院保健科学院

保健科学専攻保健科学コース

2013年度

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- 1 - 第1 章 本論文の主旨と構成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 第2 章 心不全診療における左室拡張機能評価の意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 2-1 心不全の病態と疫学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 2-2 収縮期心不全と拡張期心不全 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 2-3 加齢と拡張期心不全との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 2-4 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 2-5 参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 第3 章 心エコー検査による左室拡張機能評価の実際 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15 3-1 左室拡張機能と左心不全との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15 3-2 パルスドプラ法による左室流入血流速度 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 3-3 カラーM モードドプラ法を用いた左室流入血流伝搬速度 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 3-4 組織ドプラ法による僧帽弁輪運動速度 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19 3-5 二次元スペックルトラッキング法による左室心筋ストレインレート ・・・・・・ 21 3-6 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 3-7 参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 第4 章 拡張早期僧帽弁輪運動速度による左室弛緩機能評価の妥当性の検討 ・・・・・・・・ 26 4-1 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 4-2 対象と方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 4-2-1 対象 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 4-2-2 基本的な心エコー計測 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 4-2-3 組織ドプラ法による僧帽弁輪運動速度の計測 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 4-2-4 二次元スペックルトラッキング法による左室心筋ストレインレートの 計測 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28 4-2-5 統計 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28 4-3 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30 4-3-1 対象の臨床的背景と基本的心エコー計測値 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30 4-3-2 中隔側および側壁側の僧帽弁輪運動速度とそれぞれに対応する 左室心筋機能との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31 4-3-3 僧帽弁輪運動速度と左室全体の心筋機能との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32 4-3-4 僧帽弁輪運動速度と左室全体機能との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32 4-4 考案 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33 4-4-1 組織ドプラ法による僧帽弁輪運動速度計測の妥当性 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 33 4-4-2 僧帽弁輪運動速度計測における計測部位の差異 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34

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- 2 - 4-4-3 二次元スペックルトラッキング法の利点と欠点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34 4-4-4 本研究の限界 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35 4-5 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35 4-6 参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35 第5 章 加齢に伴う左室の変形と左室拡張機能との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40 5-1 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40 5-2 対象と方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40 5-2-1 対象 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40 5-2-2 基本的な心エコー計測 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 41 5-2-3 二次元スペックルトラッキング法での左室心筋ストレインレートの 計測 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42 5-2-4 計測値の信頼性の検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42 5-2-5 統計 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 5-3 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 5-3-1 対象の臨床的背景と基本的心エコー計測値 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 5-3-2 ASA と左室拡張機能との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 5-3-3 重回帰分析による左室拡張機能の規定因子の検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47 5-4 考案 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47 5-4-1 左室の変形と左室拡張機能との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47 5-4-2 大動脈心室中隔角の減少と左室変形の機序 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48 5-4-3 加齢に伴う左室拡張機能の低下の機序 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48 5-4-4 体格指数および左室心筋重量係数と左室拡張機能との関係 ・・・・・・・・・・ 49 5-4-5 本研究の限界 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49 5-5 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50 5-6 参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50 第6 章 終論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55 第7 章 謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56

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- 3 - 第1 章 本論文の主旨と構成 心不全は、ほとんどすべての心疾患に合併しうる、それらの終末像というべき病態であ る。先進諸国における主要な死因の一つであり、その有病率は今後もますます増加すると 予想される。かつて心不全は左室収縮障害によって生じると考えられていたが、近年では、 左室拡張機能の障害を主因とする拡張期心不全と呼ばれる病態が注目され、また、それが たいへん多いことが明らかになってきた。拡張期心不全の多くは、左室の形態や動きをみ ただけではわかりにくい、潜在する心筋虚血、高血圧、糖尿病、ひいては加齢や女性であ ることなど、目立たない心疾患や心疾患とはいい難い因子によって生じると考えられてい る。なかでも加齢は、拡張期心不全の比較的強い危険因子であることが知られているが、 その機序については未だに不明の点が多い。次の第 2 章では、心不全、とくに拡張期心不 全について、その疫学、機序、病態生理および臨床的意義を概説するとともに、とくに加 齢と拡張期心不全との関係についての従来の知見を紹介する。 心エコー法による左室拡張機能評価は1980 年代前半に初めて報告され、その後の多様な 手法の開発や改良に伴い、左室拡張機能障害と拡張期心不全の病態解明に大きな役割を果 たしてきた。心エコー法は、現在では左室拡張機能の標準的な評価法と考えられているが、 左室拡張機能は極めて複雑であるため、その評価法にも多くの課題が残されている。続く 第 3 章では、心エコー法が左室拡張機能評価に果たす役割とそれが抱える問題点を、その 歴史的背景も踏まえつつ概説する。 第4 章には、心エコー法による左室拡張機能評価の代表的な指標の 1 つとして用いられ ている、組織ドプラ法による拡張早期僧帽弁輪運動速度について、私が行った研究の成果 を記述する。この指標は、拡張期心不全診断のためのガイドラインにも記載されているが、 意外にも、それが実際に心筋の拡張期の特性を正しく反映しているかどうか、また、3 種類 あるその計測法のうち、どれが最も適切なのかについては、これまで明らかにされていな かった。この研究は、左室拡張機能障害をきたす代表的な疾患である肥大型心筋症と高血 圧性左室肥大などを対象として、これらの問題点を明らかにしたものである。 さらに、第5 章には、高齢者などの健常例にみられる左室拡張機能障害の機序について、 私が発見した新しい知見を記述する。先に述べたように、加齢に伴う左室拡張機能障害の 機序については未だに不明の点が多い。この研究は、心疾患だけでなく、高血圧や糖尿病 など心臓に影響しうる疾患をすべて除外した健常例において、左室拡張機能障害の発生に、 大動脈の硬化と延長により生じると考えられる左室の変形が関与することを示したもので

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- 4 - ある。

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- 5 - 第2 章 心不全診療における左室拡張機能評価の意義 2-1 心不全の病態と疫学 心不全は、かつて、心室ポンプ機能の障害に基づく心拍出量の低下がその主たる原因で あると考えられていたため、「心臓が全身組織の酸素需要をまかなうために十分な血液量を 供給できない状態」と定義されていた。しかし、近年、自律神経系や内分泌系を介する循 環調節機構が、心拍出量を保つために拡張期の心室充満圧を上昇させ、むしろこれが、う っ血と呼ばれる肺や全身への体液貯留を引き起こし、心不全症状の主因となることがわか ってきた。そのため、今日では、心不全は「心臓の構造的または機能的異常により、血液 の心室への流入あるいは心室からの駆出が障害された結果きたされる臨床症候群」などと 定義されるようになった[1]。 心不全は、ほとんどすべての心疾患に合併し、それらの終末像とされる病態で、先進諸 国では主要な死因の一つとなっている。厚生労働省による調査では、心疾患は死亡原因の 第 2 位を占めており、その大半に心不全が関与すると推定される。欧米諸国の統計をみる と、米国では、臨床的に明らかな心不全患者は約510 万人おり、毎年新規に 65 万人が発症 しているとされる。また、40 歳以上の米国人の心不全発症の生涯リスクは 20%といわれて いる[1]。欧州心臓病学会によると、心不全の有病率は 2~3%とされており、欧州 51 カ国 には尐なくとも 1,500 万人の患者がいると推定されている[2]。わが国における心不全の有 病率は、それら先進諸国の報告に基づき、約 1~2%であろうと推察されているが、明確な データは存在しない[3]。 心不全患者の予後は一般に不良であるとされているが、わが国における大規模な疫学的 調査報告は多くはない。古くは、1986 年に発表された、心不全を主な症候とする拡張型心 筋症を対象とした厚生省特発性心筋症調査研究班の報告では、5 年生存率は 54%と極めて 不良であった。しかし、1999 年の同じく拡張型心筋症を対象とした同研究班の報告では、 5 年生存率は 76%に改善しており、診断と治療の進歩がその主たる原因と考えられている [4]。一方、近年の心不全患者全体を対象とした研究をみると、2000 年に発表された、福岡 市における慢性心不全入院患者3,654 人(平均年齢 69 歳)を対象とした調査研究[5]では、 心不全患者の1 年死亡率は 8%、1 年心不全再入院率は 35%であったと報告されている。2004 年に発表された安定期の慢性心不全患者1,154 人(平均年齢 68 歳)を登録したコホート研

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- 6 - 究(CHART-1)[6]でも、心不全患者の 1 年死亡率は 7%、1 年心不全再入院率は 18%であ ったと報告されている。2007 年に発表された全国の一般開業医を含む外来に通院する安定 期の心不全患者を対象とした調査研究(JCARE-GENERAL)[7]では、慢性心不全患者 2,685 例(平均年齢74 歳)の 1 年死亡率は約 8%、1 年心不全再入院率は約 40%であった。また、 2009 年に発表された慢性心不全の増悪のため入院治療を要する患者を対象とした調査研究 (JCARE-CARD)[8]では、慢性心不全患者 2,013 例(平均年齢 72 歳)の 1 年死亡率は約 9%、1 年心不全再入院率は約 15%であったと報告されている。米国の報告をみると、1993 年に発表された、一般地域住民を対象とした大規模研究であるフラミンガム研究のうち、 1948 年から 1988 年の期間に心不全を発症した 652 例(平均年齢 70 歳)の検討[9]では、1 年死亡率は約40%と高率であったと報告されている。一方、より最近の、1987 年から 1989 年の期間にノースカロライナ州フォーサイス郡などの4 つの地域の住民 14,994 人を対象と した検討[10]では、心不全を新たに発症した 1,282 人の 1 年死亡率は 22%と報告されてい る。また、1979 年から 2000 年までの期間にミネソタ州オルムステッド郡で心不全と診断 された地域住民7,298 人において、5 年ごとに死亡率の変遷を調査した検討[11]では、1980 年代前半の1 年死亡率は男性 30%、女性 20%だったのに対し、1990 年代後半の 1 年死亡率 は男性21%、女性 17%と、生存率の改善がみられたと報告されている。これらの研究結果 を総合すると、心不全患者の予後は、おそらくは心不全の早期診断と治療法の進歩により、 年々改善してきていると考えられる。日米の報告を比較すると、日本の心不全患者の予後 は、米国より良好にみえる。これには、虚血性心疾患の罹患率や重症度が日本では欧米よ り低いこと、あるいは、我が国の保健医療制度の充実や全体的な医療水準の高さが関与す るかもしれない。一方、柴らは、前述したCHART-1 研究における対象と、欧米の報告にあ る対象において、心不全患者の背景因子をそろえて比較を行ったところ、わが国と欧米の 間で予後に大差はなかったと報告している[2]。しかしながら、いずれにせよ、最低でも年 に7%程度の死亡(5 年生存率に換算すると約 70%)とその 2 倍から数倍に及ぶ再入院率 は、決して低いものではない。後述のように、今後も有病率が増加すると予想されること と考え合わせると、心不全がわが国の国民の健康と医療経済を考えるうえで重大な問題で あることは間違いないと思われる。 近年、先進諸国における慢性心不全の有病率は、ますます増加しつつあると考えられて いる。人口の高齢化は、虚血性心疾患、多様な二次性心筋疾患および大動脈弁狭窄症など に基づく心不全の増加をきたすと考えられる。さらには、高齢化は、後述の拡張期心不全 の増加をもたらす可能性が高い。既に 2007 年には、65 歳以上の人口が総人口に占める割

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- 7 - 合が 21%以上を超え、超高齢社会を迎えたわが国では、今後もさらに高齢化が進むはずで あり、心不全の有病率とそれによる死亡数はますます増大していくことが予想される[12]。 加えて、弁膜症や冠動脈疾患に対する手術やカテーテルインターベンションなどの進歩、 救急救命医療の発展に伴う急性心筋梗塞や急性心不全などの救命率の改善、慢性心不全の 治療および管理の進歩による生存率の改善などの、治療の進歩も、慢性心不全の有病率の 増加をもたらす要因となるであろう。 2-2 収縮期心不全と拡張期心不全 心室は収縮と拡張を繰り返して活動している。ただし、同じ心室でも、左室と右室では その役割の大きさには雲泥の差がある。このため、主に左室の機能障害に基づき生じる左 心不全は、右心不全より、患者の生命予後や生活への影響が圧倒的に大きい。そこで、こ こからは、左室の機能障害と左心不全を中心に述べることとする。左室収縮機能は、左室 に蓄えられた血液を大動脈に送り出す、すなわち駆出する機能のことであり、一般に、1 回 の収縮により左室内血液の何%が駆出されるかを表す左室駆出率(LVEF)が、その代表的 な指標として使われる。それに対して、左室拡張機能とは、拡張期、すなわち左室が収縮 を終えた後、能動的に弛緩することにより左房から血液を吸引し、その後、心房収縮によ る血液流入を受け入れるまでの時相における左室の働きや性質を指す。かつては、左室収 縮機能の低下のみが心不全を引き起こすと理解されていたが、近年、左室収縮機能が保た れているにも関わらず心不全を呈する患者がたいへん多いことが明らかになってきた。こ のような患者では、左室拡張機能の障害が心不全の発症に重要な役割を果たすと考えられ ることから、拡張期心不全と呼ばれる[13,14]。これに対して、左室収縮機能の低下に基づ く心不全を収縮期心不全と呼ぶことがある。ただし、左室収縮機能低下例は、ほぼ例外な く左室拡張機能障害も合併しており、「収縮期心不全」の発生には収縮障害と拡張障害の両 者が関与するというのが、むしろ一般的な認識となっている[15]。 国内外で行われた数多くの大規模研究は、拡張期心不全が心不全患者全体の 30~60%を 占めること示しており、またその比率は時代を追うごとに増す傾向を示している[14,16] (表)。そのうち、Mayo Clinic の研究グループ[17]は 1998 年、米国オルムステッド郡で 1991 年に心不全と診断された連続 137 例において、拡張期心不全の予後が、収縮期心不全 と同等に悪いと報告した。その後、同様に、拡張期心不全の予後が収縮期心不全と同等に

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- 8 - 悪いとする大規模研究の結果がいくつか報告された[18-20]。一方、Vasan ら[21]は 1999 年、 米国フラミンガム地区において1983 年から 1990 年までに新規に発症した連続 73 人を経 過観察した結果、5 年生存率は収縮期心不全が約 40%であったのに対し、拡張期心不全患 者は約65%であり、生命予後は拡張期心不全のほうが有意に良好であったと報告している。 さらに、上述のMayo Clinic のグループが、2006 年に報告した、同じくオルムステッド郡 における1987 年から 2001 年の 15 年間に心不全を新規発症した 4,594 人を、平均 10 年間 経過観察したところ、5 年生存率は拡張期心不全が 35%、収縮期心不全が 32%であり、そ の差は大きくはないが、拡張期心不全の方が予後は有意に良好であったと報告している[30]。 表.心不全患者に占める拡張期心不全の割合 報告者(国) 発表年 正常収縮の基準 正常収縮/心不全患者総数(%) Echeverria et al. (USA) [22] 1983 LVEF≧50% 20/50 (40%)

Dougherty et al. (USA) [23] 1984 LVEF≧45% 67/188 (36%) Marantz et al. (USA) [24] 1988 LVEF≧50% 76/191 (38%) Aguirre et al. (USA) [25] 1989 LVEF≧55% 51/151 (34%) Bareiss et al. (France) [26] 1991 LVEF≧45% 40/152 (26%) Iriarte et al. (Spain) [27] 1993 LVEF≧50% 90/301 (29%) Senni et al. (USA) [17] 1998 LVEF≧50% 59/137 (43%) Vasan et al. (USA) [21] 1999 LVEF≧50% 37/73 (51%) Tsutsui et al. (Japan) [28] 2000 LVEF≧50% 61/172 (35%) Cleland et al. (EU) [29] 2003 LVEF≧40% 3067/5297 (58%) Yancy et al. (USA) [18] 2006 LVEF≧40% 26322/52187 (50%) Bhatia et al. (Canada) [19] 2006 LVEF≧50% 880/2802 (31%) Owan et al. (USA) [30] 2006 LVEF≧50% 599/1093 (55%)

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- 9 - 加えて、最近、Hamaguchi ら[31]は、わが国で行われた JCARE-CARD 研究の対象者を拡 張期心不全と収縮期心不全に分け、それらの予後を、死亡原因の違いに着目して検討した ところ、拡張期心不全は収縮期心不全よりも、心血管病変を原因とする死亡の割合が低か ったと報告している。このように、収縮期心不全と拡張期心不全の予後に差があるかどう かについて結論は出ていないが、拡張期心不全の予後は、尐なくとも楽観できるほどよい わけではない。その上、収縮期心不全の治療法については、既に膨大なエビデンスが蓄積 され、ガイドラインやテキストなどにも詳細な記述があるのに対し、拡張期心不全の治療 法については、今のところ明確な指針は示されていない[15]。 このような現状を踏まえ、日常臨床でも、左室収縮機能だけでなく、左室拡張機能を評 価する必要性が認識されるようになってきた。今日では、心不全患者の病態把握、経過観 察ならびに治療効果判定のために、左室拡張機能の評価は、収縮機能評価と並び、必須の 要件と考えられている[15]。現在、これらの評価は、ほとんどの場合、非侵襲的な心エコー 検査に委ねられている。その評価法の詳細については、次の第3 章に詳述する。 2-3 加齢と拡張期心不全との関係 拡張期心不全の危険因子として、さまざまな疾患や病態が指摘されている[14]。肥大型心 筋症、高血圧ないし弁膜疾患などによる左室肥大は、左室拡張機能障害をきたす代表的な 病態である。これらの疾患と左室肥大の有無や程度は、尐なくとも心エコー検査まで検査 を進めれば容易に診断できるが、拡張期心不全の一部を占めるに過ぎない。むしろ拡張期 心不全の多くは、左室の形態や動きをみただけではわかりにくい、心筋梗塞を伴わない心 筋虚血、必ずしも肥大を伴わない高血圧、あるいは糖尿病による微小循環障害、ひいては、 加齢や女性など、潜在性の心疾患や心疾患とはいい難い因子によって生じてくる[14]。 このうち、加齢は、拡張期心不全の比較的強い危険因子であり、当然のことながら、頻 度的にも重要性が高い。加齢に伴い、心臓にはいくつかの肉眼的ないし顕微鏡的な構造的 変化あるいは機能的変化が生じることが知られている。すなわち、高血圧やその他の心血 管疾患がなくとも、加齢とともに、比較的軽度の心筋重量の増加や求心性リモデリングを きたし、これらが左室拡張機能障害の原因となりうることが報告されている[32,33]。また、 心筋細胞レベルでは、細胞内のコラーゲンの増加や、コラーゲン同士の架橋形成が認めら れ、これが心筋の硬さを増大させると報告されている[34,35]。さらに、加齢に伴い、心筋

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- 10 - 細胞のカルシウムチャンネルにも異常が生じ、カルシウムイオンの再吸収の低下により、 細胞レベルでの弛緩が障害されるとする成績もある[35]。現時点では、これらの要因により、 高齢者の左室拡張機能低下が説明されることが多いが、その実態は未だによくわかってい ない。 加齢に伴い大動脈をはじめとする全身の動脈が硬化することがよく知られている。動脈 硬化が進むと、心臓から駆出された血液が末梢動脈まで波動として伝播する際に生じる末 梢からの反射波が、若年者より速く大動脈起始部に伝播する。そのため、大動脈の収縮期 圧が増大し、左室の後負荷が増す。それが、直接、あるいは左室肥大を介して間接的に左 室拡張機能障害の原因となるという意見もある[36]。このような動脈・左室連関が最近注目 されているが、それが実際に左室拡張機能にどう影響するかについては、未だに不明の点 が多い。 2-4 小括 今後、先進諸国のさらなる高齢化や、開発途上国の保健医療の発展に伴う年齢構成の変 化に伴い、世界的に慢性心不全、とくに拡張期心不全の有病率は増加すると考えられる。 拡張期心不全の病態や治療法の解明は進んでおらず、今日でも不明の点が数多く残されて いる。また、加齢がその重要な危険因子であると考えられているが、その機序については、 未だに推測の域を出ていないのが現状である。加齢が左室拡張機能障害、ひいては拡張期 心不全をきたすメカニズムについて、さらに大幅な知見の積み重ねが必要であろうと考え られる。 2-5 参考文献

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- 15 - 第3 章 心エコー検査による左室拡張機能評価の実際 3-1 左室拡張機能と左心不全との関係 左室拡張機能とは、左室が収縮を終えた後、能動的に弛緩し左房から血液を吸引し、そ の後、心房収縮によって受動的に血液を受け入れるまでの時相における左室の機能を指し、 左室弛緩能、左室の硬さ(スティフネス)および左室充満圧という 3 つの要素に分けて論 じられることが多い[1](図 3-1)。左室拡張機能障害は、通常、左室弛緩能の低下(左室弛 緩障害)に始まるといわれる。左室弛緩障害が存在すると、拡張早期の左房-左室圧較差が 減尐し、左室への血液流入が障害されるが、これは流入の遷延と心房収縮の増大により代 償され、ことなきを得る場合が多い。しかし、労作などによる全身の血液需要の増大や頻 拍による拡張期の短縮があると、それを代償しきれず、労作時呼吸困難など、比較的軽度 の心不全症状をきたすかもしれない。さらに、左室心筋の肥大や線維化などにより、心筋 図3-1 心周期における左室拡張機能の 3 つの要素の関係を示す模式図 左室弛緩能は、主に等容弛緩期から急速充満期にかけての血行動態を規定す る。左室の硬さは、拡張期の後ろになるほど増しつつ、左房から左室への血液 充満を制限する因子となる。左室充満圧は、僧帽弁解放後の左室への受動的な 充満を後押しする。

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- 16 - のスティフネスが増大してくると、拡張中期以降の左室圧が上昇し、左房収縮だけでは全 身が必要とする拍出量にみあう左室充満を代償しきれなくなる。左室への血液充満と心拍 出量を維持するための最後の代償機序が、左室充満圧、すなわち左房圧の上昇であり、こ れは、肺静脈ならびに肺毛細管圧の上昇に直結する。肺毛細管圧の上昇は、肺うっ血、す なわち肺間質の浮腫や肺胞内への水分の漏出をきたし、肺でのガス交換を阻害する。この 肺うっ血が、左心不全の主要な症状である低酸素血症と呼吸困難をきたす最も重要な原因 であると考えられている。 左室拡張機能障害や拡張期心不全の研究は、心エコー法の発展とともに進歩してきた。 しかし、それ以前の時代には、ごく一部の先進的な研究者が、侵襲的な心カテーテル法を 使ってその研究を行っていた。経静脈的に肺動脈にカテーテルを進め、その先端を末梢肺 動脈に楔入させることにより得られる肺動脈楔入圧は、左房圧、すなわち左室充満圧にほ ぼ等しいと考えられている[2]。また、末梢の大動脈から逆行性に左室までカテーテル先端 を進め、左室内で記録した圧波形から得られる、拡張早期の圧下降の速やかさ(圧下降時 定数、τ)は、今でも左室弛緩能のゴールデンスタンダードに位置づけられている[3]。拡 張期心不全や左室拡張機能障害が、心臓の問題とさえ十分認識されていなかった当時には、 侵襲的であり、ときに危険も伴う心カテーテル法による左室拡張機能評価が広く行われる はずもなかった。非侵襲的な心エコー法による左室拡張機能の評価は、1980 年代前半ごろ より試みられはじめ、その後、後述するような数々の手法が考案され、普及するに従い、 臨床例における左室拡張機能障害と拡張期心不全の病態解明が大きく進み、現在に至って いる。とはいえ、左室拡張機能は、先に述べた 3 要素が互いに干渉しつつ複雑に絡み合う ことから、その評価は決して容易ではない。今日では、心エコー検査で非侵襲的に得られ た情報から総合的にこれを評価するよう推奨されているが[4]、その判断はときにはたいへ ん難しく、熟考を要したり、結論を保留せざるを得ないことも多い。 3-2 パルスドプラ法による左室流入血流速度 Kitabatake ら[5]は、1983 年に、パルスドプラ法を用いて、僧帽弁を通過し左心房から 左心室へ流入する、経僧帽弁血流速度(transmitral flow:TMF)の波形が、急速流入期波 と心房収縮期波の二峰性を呈し、それが拡張期の左室容積変化、ひいては左室拡張機能を 反映することを初めて示した。この方法は、現在でも左室拡張機能評価に広く用いられて

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- 17 - いる。心尖部から、パルスドプラ法により、僧帽弁尖付近に関心領域を設定し得られるTMF 波形から、拡張早期ピーク流速(E)、心房収縮期ピーク流速(A)、E と A の比(E/A)、E 波の減速時間(DT)、大動脈弁閉鎖のタイミングから左室への血液流入が開始されるまでの 時間(等容弛緩時間:IRT)などの各指標の計測が行われる(図 3-2)。 健常例とくに若年者では、左室の弛緩がきわめて良好なため、左房から左室への血液流 入が拡張早期にほとんど充足され(E 波が高値)、拡張後期までに左房内に残留する血液量 が尐なく、心房収縮に伴う左室への血液流入量が小(A 波が低値)となる。一方、左室弛緩 能が障害されると、拡張早期の左室圧下降は緩やかになるため、E 波が減高し、かつ血液流 入の遷延に伴い DT が延長する。また、代償的に A 波は高くなるため、E/A は低下し、1 以下となる[5,6]。 しかしながら、一定以上拡張機能が低下し、左室充満圧が上昇すると、拡張早期の左房 圧の上昇を反映し、E 波が再び増高する。また、左室充満圧の上昇による強制的な左室充満 は、左室スティフネスのさらなる増大をもたらし、これに伴う拡張末期左室圧の上昇のた めに、A 波が減高し、E/A は 1 以上となる(偽正常化現象)。左室充満圧がさらに高くなる と、E 波はさらに高く急峻となり、DT も著明に短縮するとともに、A 波もさらに減高する。 この状態は、拘束型拡張障害とよばれる。 図3-2 パルスドプラ法による経僧帽弁流入血流速度波形の計測 左図のように、心尖部長軸断面で僧帽弁の弁尖に関心領域を設定し、得られ た右図のような時間-速度波形から、拡張早期ピーク流速(E)、その減速時間 (DT)、心房収縮期ピーク流速(A)、等容弛緩時間(IRT)が計測される。

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- 18 - 明瞭な左室収縮機能障害や左室肥大の存在下では、左室拡張機能も相応に低下している はずなので、そのような例のE/A が 1 以上であれば偽正常化であると判断可能である。し かし、これらの明瞭な異常所見を左室に欠く例では、TMF 波形のみでは正常と異常の判断 が困難であるため、後述するような複数の指標を組み合わせて左室拡張機能障害の有無を 判断する必要がある。 3-3 カラーM モードドプラ法を用いた左室流入血流伝搬速度 カラーM モードドプラ法とは、1 本のビーム方向だけのカラードプラ法による血流速度 情報を、時間を横軸にとり展開表示する方法である。この方法を用いて、僧帽弁口部から 心尖へと向かう拡張早期の血流に沿ってビームを投入することにより、拡張早期の左室流 入血流が僧帽弁の弁口部から左室中央部あたりまで伝搬する際の平均的な速度を表す指標 である、左室流入血流伝搬速度(FPV)を計測することができる(図 3-3)。 左室弛緩の良し悪しは、僧帽弁閉鎖の時点から急速充満が開始されるまでの間の左室内 の圧較差を規定すると考えられる。FPV は、この左室内圧較差と密接に関係すると報告さ れている[7]。左室弛緩能が低下すると、僧帽弁口から流入してきた血液が、左室内で速や かに進めなくなるため、FPV が低下する。実際に、Takatsuji ら[8]は、1996 年に、収縮機 能不全心において、FPV が、カテーテルで侵襲的に計測されたτとよく相関することを示 し、かつ偽正常をきたしにくい指標であることを報告した。また、Nishihara ら[9]は、2000 年に、拡張期心不全をきたしやすい肥大型心筋症患者においても、FPV が、τとよく相関 し、左室弛緩能の評価に有用であることを示した。 FPV は、とくに TMF の偽正常化を見極める上で有用な指標であると考えられるが、そ の計測には多尐の手間と熟練を要する。正確なFPV の計測には、拡張早期の血流にカラー M モードカーソルを一致させる必要があるが、高度の左室拡大のために左室流入血流の方 向が後方へ偏移する場合、その計測は困難となる。また、高度の左室肥大のために左室内 腔が高度に狭小化し、拡張早期の左室流入血流と左室内血流との分離が困難となる場合、 あるいは、中等度以上の大動脈弁逆流血流を有し、逆流血流が左室流入血流と衝突する場 合などでも、計測が困難となる[8]。

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- 19 - 3-4 組織ドプラ法による僧帽弁輪運動速度 超音波のパルス波を心臓に対し発信して得られるドプラ信号のうち、心臓の壁や弁の運 動に由来する信号だけを取り出し、その速度を表示する方法が組織ドプラ法である。左室 心筋の収縮・伸展に際し、心尖部はあまり動かず、僧帽弁輪部が収縮期には心尖部方向へと 引き寄せられて、拡張期には逆方向に動く。そのため、組織ドプラ法を利用して計測され る僧帽弁輪の運動速度は、左室心筋全体の長軸方向の収縮・拡張動態を反映するという仮定 のもとに用いられている。心尖部に探触子をあて、サンプルボリュームを僧帽弁輪部に設 定することにより、収縮期には一峰性、拡張期には二峰性を呈する時間-速度波形を得るこ とができる(図 3-4)。Sohn ら[10]は 1996 年、この僧帽弁輪運動速度の拡張早期波(e) が、τと有意に相関することを示し、eが左室弛緩能の指標として有用であると報告してい る。また、Oki ら[11]は 1997 年に、左室後壁心筋の拡張早期運動速度が、偽正常化の影響 図3-3 カラーM モードドプラ法による左室流入血流伝搬速度の計測 心尖部左室長軸断面から、カラーM モードカーソル(左図中の点線)を流入 血流に一致させて右図のような時間-距離波形を得る。カラーベースラインシフ トを用いて折り返し領域を変化させ、拡張早期の僧帽弁口部付近に生じる赤色 のカラー領域内の、青色の折り返し領域が最小となるピーク流速点を定め(図 中の黄色の丸)、その後、折り返し速度を下げていき、折り返しをピーク流速の 約70%にした時の青色折り返し領域の最も心尖部側の点(図中矢印先端)を定 める。これら2 点間を結ぶ直線の傾きが左室流入血流伝搬速度である。

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- 20 - を受けず、τとよく相関することを報告している。Nagueh ら[12]は、1997 年に TMF の E 波とeとの比(E/e)が、肺動脈楔入圧とよく相関し、左室充満圧の指標として有用である と報告した。左室弛緩能と左室充満圧の両者に影響されるTMF の E 波を、左室充満圧の 影響を受けにくい左室弛緩能の指標である eで除すことにより、この指標が左室充満圧を 反映することになると説明される。一方、Ommen ら[13]は、2000 年に、心臓カテーテル 検査を行った、種々の心疾患を含む洞調律連続 100 例において、E/eが15 以上であれば、 左室充満圧は高値であり、E/eが8 以下であればそれが低値であったが、E/eが8~15 の範 囲にあった例では、左室充満圧の推定が困難であったと報告している。 組織ドプラ法によるeは、手技が簡便で、再現性が良い。しかし、eの欠点として、心筋 梗塞などの局所的な心筋機能障害があると、その値が左室心筋全体の拡張動態を反映しな くなることが指摘されている[6]。また、僧帽弁輪に石灰化を有する例では、僧帽弁輪自体 の可動性が低下するため、eが左室長軸方向伸展を正しく反映しなくなると考えられている [14]。加えて、僧帽弁輪の運動方向と超音波ビームの方向の成す角度が大きくなるとその精 度が低下する、角度依存性というすべてのドプラ法に共通する問題点がある。 図3-4 組織ドプラ法による僧帽弁輪運動速度の計測 図左上のような、心尖部四腔像の組織ドプラ動画像を用いて、心室中隔側(黄 色丸)と左室側壁側(緑丸)の僧帽弁輪それぞれに関心領域を設定し、得られた 時間-速度波形(右図)から、拡張早期ピーク僧帽弁輪運動速度(e)を計測する。

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- 21 - 3-5 二次元スペックルトラッキング法による左室心筋ストレインレート 近年、超音波動画像上の心筋内の微小なエコーをパターンマッチング技術によって追跡 し、心筋機能を計測できる二次元スペックルトラッキング法が開発された(図 3-5)。この 方法では、組織ドプラ法のように計測値が超音波入射角に影響されることなく、心筋局所 ないし心筋全体の収縮や伸展を、より直接的に評価することができる。この手法を用いる ことにより、左室心筋が、拡張末期における初期長から何%短縮したかを時相ごとに表す 時間-歪み(ストレイン)曲線を、またそれを時間微分した時間-歪み速度(ストレインレー ト)曲線を得ることができる。時間-ストレインレート曲線から計測される、拡張早期の長 軸方向ピークグローバルストレインレート(GSRE)(図3-6)は、組織ドプラ法で計測され 図3-5 二次元スペックルトラッキング法の原理 心エコー画像の心筋内には、微小なエコー輝度(スペックル)が、部位ごとに 固有の模様を形成している(上段左図)。時間的に近接した異なるフレーム間で、 類似の模様をコンピュータが自動的に探索し(パターンマッチング法)心筋の動 きを検出する(上段右図)。この作業を次々と繰り返すことにより、心筋の動きを 連続的に追跡する(下段図)。 時間経過

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- 22 - る eと類似の診断情報を提供するはずであるが、より直接的に心筋機能を計測できる前者 の後者に対する優位性が議論されている。Dokainish ら[15]は、2008 年、GSREが、心カ テーテル法で計測される弛緩能の指標である、左室圧下降の傾きの最大値、すなわちピー ク陰性dP/dt とよく相関することと、また、E/GSREが、E/eよりも左室充満圧とよく相関 し、E/eが8~15 と、前述のグレーゾーンに該当する症例においても、左室充満圧の上昇を 判別できたと報告している。 二次元スペックルトラッキング法は、心筋機能評価法として、角度依存性を始めとする さまざまな限界を有する組織ドプラ法に比べ、原理的には極めて有用な方法と考えられる。 一方、その問題点として、画質不良例ではトラッキング自体が困難であること(画質依存 性)、解析アルゴリズムの微妙な差異のため計測値が超音波装置メーカーごとに異なること、 また、組織ドプラ法に比べると手技がやや煩雑であることなどから、現時点では、広く臨 床の現場に普及するには至っていない。 図3-6 二次元スペックルトラッキング法による左室心筋ストレインレートの計測 心尖部断面の左室心筋全体に関心領域を設定し(左図)、得られた長軸方向グロ ーバルストレインレート曲線(右図)から、拡張早期ピーク値(GSRE)を計測す る。

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- 23 - 3-6 小括 かつては、左室拡張機能評価には心カテーテル法を行う必要があったが、心エコー法の 進歩により、最近では、この方法が左室拡張機能の標準的な評価法として定着するように なった。しかしながら、今現在、単一の指標で左室拡張機能を常に定量的に評価すること のできる心エコー指標は存在せず、症例ごとに、いくつかの指標を組み合わせて、あるい は経時的な変化をみて、拡張機能の良し悪しを推し量っているのが現状である。これは、 左室拡張機能自体が、左室弛緩能、左室の硬さおよび左房の圧や機能といったさまざまな 要素に規定され、さらにこれらが複雑にからみ合うことが関係していると考えられる。こ のような複雑な病態は、次第に解明されつつあるものの、いまだ十分とはいえない。さら に、その病態解明の中心的な役割を果たしている心エコーによる左室拡張機能の計測法に ついても、さまざまな課題が残されている。 3-7 参考文献 1) 三神大世,加賀早苗:心エコーで左室弛緩能は評価可能か?心エコー.2011;12:1126-32 2) Connolly DC, Kirklin JW, Wood EH. The relationship between pulmonary artery

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療に関するガイドライン(2009 年度合同研究班報告).ホームページ公開のみ. 5) Kitabatake A, Inoue M, Asao M, Tanouchi J, Masuyama T, Abe H, Morita H, Senda

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- 26 - 第4 章 拡張早期僧帽弁輪運動速度による左室弛緩機能評価の妥当性の検討 4-1 はじめに 組織ドプラ法(TDI)は、超音波反射波のドプラ現象を利用して、心臓などの動く生体組 織の運動速度を、非侵襲的に計測する手法である。本法を用いて心尖部から計測した僧帽 弁輪運動速度は、それが左室心筋全体の長軸方向の伸縮を反映するであろうという仮定の もとに、簡便な左室全体機能の評価法として広く用いられている[1-10]。とくに、その拡張 早期ピーク運動速度(e)は、左室弛緩機能を反映する指標として[1-6]、また、その経僧帽 弁血流拡張早期ピーク速度(E)との比、E/eは簡便に左室充満圧上昇を反映する指標とし て重視されている[1,5,7,8]。その計測にあたっては、心尖部四腔像の中隔側[2,5,7]か、側壁 側[1,9]の弁輪での計測値、またはそれらの平均値[8,10]が使われる。しかし、僧帽弁輪運動 速度が、実際に心筋の長軸方向の伸縮をどの程度よく反映するか、また、中隔側、側壁側 およびそれらの平均値のいずれの計測値が、左室全体の心筋伸展を最も忠実に反映するか は、これまで十分検討されていない。 最近開発された二次元スペックルトラッキング法(2DST)は、動画上の輝度情報に基づ き心筋を追跡し、心筋の伸縮の程度(ストレイン)やその時間微分値(ストレインレート、 SR)を評価できる方法である[11-13]。この方法を用いれば、TDI の欠点である角度依存性 や心尖部不動の仮定なしに、心筋の収縮・伸展を正確に評価できると考えられる。 本研究の目的は、TDI による僧帽弁輪運動速度が拡張期の心筋伸展を正しく反映するか どうか、また、中隔側での計測値、側壁側での計測値あるいは両者の平均値のうち、いず れが左室心筋伸展を最もよく反映し、左室全体の拡張機能評価に適するかを検討すること である。 4-2 対象と方法 4-2-1 対象 対象は、北海道大学病院において心エコー検査を施行されたうち、良好な心エコー画像 が得られた肥大型心筋症患者(HCM)15 例(男性 11 例、54.3±14.5 歳)、高血圧患者(HT)

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- 27 - 13 例(男性 7 例、52.2±12.5 歳)、および、これらと年齢を合わせた健常(N)19 例(男性 11 例、52.6±9.2 歳)である。心疾患例については、左室駆出率(LVEF)55%未満、心房 細動などの不整脈、人工ペースメーカー調律、糖尿病、冠動脈疾患、先天性心疾患、有意 の弁膜疾患および心病変をきたしうる高血圧以外の全身疾患を有する例を除外した。薬物 治療として、HT 群では β 遮断薬が 1 例、アンジオテンシン変換酵素阻害薬ないしアンジ オテンシン受容体拮抗薬が5 例、カルシウム拮抗薬が 7 例、α 遮断薬が 2 例、利尿薬が 4 例、抗不整脈薬が1 例および 硝酸薬が 1 例に、また、HCM 群では β 遮断薬が 10 例、ア ンジオテンシン変換酵素阻害薬ないしアンジオテンシン受容体拮抗薬が 5 例、カルシウム 拮抗薬が3 例、利尿薬が 2 例、抗不整脈薬が 2 例、および 硝酸薬が 1 例に使用されていた。 健常対照は、問診上、心疾患や心臓に影響する全身疾患を認めず、心エコー検査で異常を 認めなかった患者またはボランティアであった。なお、本研究は、北海道大学病院自主臨 床研究審査委員会の承認を得て実施した。 4-2-2 基本的な心エコー計測

心エコー装置としてGE 社製 Vivid 7 超音波装置と M4S 探触子(GE Healthcare UK, Buckinghamshire, England)を用い、胸骨左縁長軸断面において左室拡張末期径(LVDd、 mm)と収縮末期左房径(LAD、mm)を計測した。拡張末期の胸骨左縁腱索レベル短軸断 面において心室中隔厚(IVST、mm)と左室後壁厚(LVPWT、mm)を計測した。LVEF (%)は米国心エコー図学会のガイドライン[14]に則り、心尖部二腔像と心尖部四腔像から 2 断面ディスク法により計測した。 左室全体拡張機能の指標として、心尖部からのパルスドプラ法で経僧帽弁血流のE(cm/s)、 E 波の減速時間(DT、ms)および心房収縮期ピーク流速(A、cm/s)を計測し、E と A と の比(E/A)を求めた。また、連続波ドプラ法により等容弛緩時間(IRT、ms)を、カラー M モードドプラ法により拡張早期左室流入血流伝播速度(FPV、cm/s)を計測した[15,16]。 4-2-3 組織ドプラ法による僧帽弁輪運動速度の計測(図 4-1) 心尖部四腔像を描出し、浅呼気停止下に連続3 心拍の画像を記録し、デジタル保存した。 保存した動画像から、後日、オフラインで、カラーTDI による僧帽弁輪運動速度計測を行 った。心室中隔側の弁輪部および側壁側の弁輪部それぞれに関心領域を設定し、それぞれ の部位で拡張早期ピーク運動速度(中隔側-e、側壁側-e、いずれもcm/s)および心房収縮 期のピーク運動速度(中隔側-a、側壁側-a、いずれもcm/s)を計測し、両者の比(中隔側

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- 28 - -e/a、側壁側-e/a)を算出した。また、これらの中隔側と側壁側の平均値である平均-e、 平均-a および平均-e/aを算出した。 4-2-4 二次元スペックルトラッキング法による左室心筋ストレインレートの計測(図 4-2) 同じくデジタル保存した心尖部四腔断面の動画像から、オフラインで、2DST によるスト レインレート解析を行った。左室心筋全体を関心領域として得たグローバルストレインレ ート曲線から、拡張早期ピークストレインレート(G-SRE、s-1)および心房収縮期ピーク ストレインレート(G-SRA、s-1)を求め、両者の比(G-SRE/SRA)を算出した(図 4-2 上 段)。また、心室中隔と左室側壁各々を関心領域とした心筋ストレインレート曲線から、そ れぞれの拡張早期ピークストレインレート(中隔-SRE、側壁-SRE、いずれもs-1)および心 房収縮期ピークストレインレート(中隔-SRA、側壁-SRA、いずれもs-1)を求め、拡張早期 と心房収縮期の比(中隔-SRE/SRA、側壁-SRE/SRA)を算出した。 4-2-5 統計

すべての統計解析を、標準的な統計ソフトウェア(Dr. SPSS II for Windows、SPSS Inc.、 Chicago、IL、USA)を用いて行った。連続量については平均値±SD を表記した。3 群の群 図4-1 カラー組織ドプラ法による僧帽弁輪運動速度の計測 心尖部四腔像(左図)を用い、心室中隔側と左室側壁側それぞれの弁輪部 にサンプルボリュームを設定し、得られた時間-速度曲線(右図)から拡張 早期ピーク速度(e)と心房収縮期ピーク速度(a)を計測した。 中隔側-e 中隔側-a 側壁側-a 側壁側-e

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- 29 - 間差の検定にあたっては、分散分析により有意の群間差があることを確認したのち、個々 の群間差の有無を多重分析(Bonferroni/Dunn)により検定した。また、2 変数間の関係の 評価には一次相関回帰分析を用い、2 つの相関係数の差の検定にはフィッシャーの Z 変換を 用いた。すべての解析において、危険率(p)5%未満を有意と判定した。 図4-2 二次元スペックルトラッキング法による左室心筋ストレインレートの計測 心尖部四腔像の左室心筋全体に関心領域を設定し(左上図)、得られたグローバ ルストレインレート曲線(右上図)から拡張早期ピーク値(G-SRE)と心房収縮 期ピーク値(G-SRA)を計測し、両者の比(G-SRE/SRA)を算出した。また、心 室中隔全体を関心領域とし(左下図)、中隔全体のストレインレート曲線を得て(右 下図)、同様に拡張早期ピーク値(中隔-SRE)と心房収縮期ピーク値(中隔-SRA) を計測し、両者の比(中隔-SRE/SRA)を算出した。左室側壁でも同様の方法で側 壁-SRE、側壁-SRAおよび側壁-SRE/SRAを求めた。

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- 30 - 4-3 結果 4-3-1 対象の臨床的背景と基本的心エコー計測値(表) 年齢、男女比、体表面積、心拍数、LVDd、LVEF、E、A、および E/A には 3 群間に有 意差を認めなかった。収縮期血圧と拡張期血圧は、HT 群で他の 2 群より有意に大であった。 HT 群と HCM 群では、N 群に比し、IVST、LVPWT および IRT が有意に大、FPV は有 意に小であった。LAD と DT は、HCM 群のみで N 群より有意に大であった。また、HCM 群ではHT 群に比し、LAD、IVST および LVPWT は有意に大、FPV は有意に小であった。 表.対象の臨床的背景および心エコー計測値 健常 (n=19) 高血圧 (n=13) 肥大型心筋症 (n=15) 年齢 (歳) 52.6±9.2 52.2±12.5 54.3±14.5 男性の人数 (%) 11 (58%) 7 (54%) 11 (73%) 体表面積 (m2) 1.69±0.16 1.62±0.23 1.69±0.20 心拍数 (bpm) 62.3±8.7 63.7±8.6 59.6±8.8 収縮期血圧 (mmHg) 118±11 132±18 ** 115±14 †† 拡張期血圧 (mmHg) 73±8 82±13 * 67±11 ††† 左室拡張末期径 (mm) 48.1±2.9 46.2±2.7 46.6±5.8 収縮末期左房径 (mm) 34.4±4.2 37.6±4.4 43.7±7.0 *** †† 心室中隔厚 (mm) 9.2±1.4 13.3±1.3 ** 20.4±5.5 *** ††† 左室後壁厚 (mm) 8.6±1.3 11.4±0.5 *** 10.2±1.1 *** †† 左室駆出率 (%) 67.3±4.8 66.5±4.2 70.6±8.5 E (cm/s) 77.9±17.2 68.5±14.8 69.3±20.0 A (cm/s) 65.2±12.3 71.6±13.7 73.0±23.2 E/A 1.26±0.45 0.99±0.28 1.09±0.66 DT (ms) 193±34 224±34 261±82 *** IRT (ms) 77.6±9.4 92.3±11.4 ** 90.0±20.6 * FPV (cm/s) 55.5±8.7 45.5±8.6 ** 37.5±12.6 *** †

E=経僧帽弁血流拡張早期ピーク流速; A=経僧帽弁血流心房収縮期ピーク流速; DT=E 波の 減速時間; IRT=等容弛緩時間; FPV=左室流入血流伝播速度

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- 31 - 4-3-2 中隔側および側壁側の僧帽弁輪運動速度とそれぞれに対応する左室心筋機能との関 係(図4-3) 中隔側-eは中隔-SRE と極めて良く相関した(r=0.90、p<0.001)。側壁側-eと側壁-SRE との相関も悪くはなかったが(r=0.75、p<0.001)、その相関は中隔側-eと中隔-SREのそれ より有意に劣った(p<0.05)。中隔側-e/aと中隔-SRE/SRA、および側壁側-e/aと側壁 -SRE/SRAは、それぞれ良好に相関した(順にr=0.88、r=0.84、いずれも p<0.001)。 図4-3 拡張期の僧帽弁輪運動速度とそれに対応する壁の拡張期ストレインレートと の関係 上段に、中隔側と側壁側各々の拡張早期僧帽弁輪運動速度(e)と、それに対応す る壁の拡張早期ピークストレインレート(SRE)との関係を示す。また、下段には、 中隔側、側壁側各々の eと心房収縮期ピーク弁輪運動速度との比(e/a)と、それ に対応する壁のSREと心房収縮期ピークストレインレートとの比(SRE/SRA)との 関係を示す。N=健常対照; HT=高血圧; HCM=肥大型心筋症

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- 32 - 4-3-3 僧帽弁輪運動速度と左室全体の心筋機能との関係(図 4-4) 中隔側-e、側壁側-eおよび平均-eはいずれもG-SREと良好に相関し(順に、r=0.88、r=0.80、 r=0.86、いずれも p<0.001)、中隔側-e/a、側壁側-e/aおよび平均-e/aはG-SRE/SRAと良 好に相関した(順に、r=0.89、r=0.82、r=0.90、いずれも p<0.001)。ただし、いずれの場 合も、中隔側計測値と中隔側・側壁側平均値が、側壁側計測値より、相関がよい傾向をみと めた。 4-3-4 僧帽弁輪運動速度と左室全体機能との関係(図 4-5) 中隔側-e、側壁側-eおよび平均-eは、それぞれ経僧帽弁血流のE と有意に(順に、r=0.48、 r=0.44、r=0.47、いずれも p<0.01)、また、FPV とは良好に(順に、r=0.77、r=0.75、r=0.78、 いずれもp<0.001)相関した。加えて、中隔側-e/a、側壁側-e/a、および平均-e/aは経僧 帽弁血流のE/A と良好に相関した(順に、r=0.74、r=0.75、r=0.79、いずれも p<0.001)。 図4-4 拡張早期僧帽弁輪運動速度(e)と左室心筋の拡張早期ピークグローバル ストレインレート(G-SRE)との関係 中隔側と側壁側各々のeおよび中隔側・側壁側平均値(平均-e)とG-SREとの関 係を示す。N=健常対照; HT=高血圧; HCM=肥大型心筋症

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