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真宗教学研究 第35号(2014)

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ISSN 1346 2156

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信仰と社会

講 演 宗教の位置 「罪」と「罰」を再考しつつー 高 橋 哲 哉 1 今、問われている 戦争する自己・差別する自己 尾 畑 文 正 10 シンポジウム (パネリスト:高橋哲哉・尾畑文正 コーディネーター:ー楽真) 23 研究発表 本願寺教如の宗教活動 安 藤 弥 40 一儀式執行を中心に一 果遂の誓 青 木 玲 58 「化身土巻」へ展開する真仏弟子の問題 青 柳 英 司 74 善導の三心釈を中心にしてー 真宗教学学会講演会一宗祖としての親鷲聖人一 阿弥陀仏と私 駒

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事 勝 87 『教行信証』の核心一大般浬繋道の詠 延 塚 知 道 107 2013年度教学大会発表要旨 127

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真 宗 教 学 学 会

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講演 真宗大谷派教学大会 二

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一 コ 一 年 度 ︷ 一 不

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再 考

宗教の位置 ただいまご紹介いただきました高橋哲哉と申します。 本日は大谷大学を会場にして開催される真宗大谷派教学 大会にお招きいただき、ありがとうございます。私は特 定の宗教を信じる者ではありません。従いまして、皆さ んの前で﹁信仰と社会﹂という大会テ

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マでお話をする 資格が私にあるかわかりませんが、宗教や信仰の問題に ついて大事な問題と考えております。本日は、私の立場 から一点、問題提起をさせていただければと思い、お話 をさせていただきたいと思います。 ﹁信仰と社会﹂というテ

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マでありますが、東日本大 震災あるいは福島の原発事故、これらの課題に宗教者・ 信仰者としてどのように関わっていくかという問題が浮 主当「 戸1

オ斤 仁1

上してきでいると思います。私自身もこの問題について 宗教関係者の方と考えを交わす機会がありました。高史 明さんとの対談や、﹃

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・日以後とキリスト教﹄という 本を出版させていただいたのですが、その中で本田哲郎 神父や荒井献先生と一緒にこの問題について議論する機 会も得ました。あるいは今、参議院議員選挙の最中であ りますが、自民党政権は憲法改正を掲げております。ご 承知の通り、日本国憲法はかつての戦争の反省の上に、 二度と戦争を繰り返さないという戦争放棄を誓った平和 憲法でありますが、これを改めて、自衛隊を正式な軍隊、 自衛軍にしていこうという問題が大きく浮上してきてい るわけであります。この問題についても、宗教者・信仰

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2 者としてどのように関わっていくか、非戦平和を願う立 場からどのように考えるのか問われています。私もこの 問題について、四月に東本願寺沖縄別院で真宗関係の方 と議論する機会もいただきました。他にも様々な問題が あると思います。靖国神社の問題も依然として重要な問 題として存在し続けています。このような﹁信仰と社 会﹂という大きなテ

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マで私は何を話せばいいだろうか と考えましたが、今日は死刑制度の問題について、お話 をさせていただきたいと考えております。 死刑といいますと、戦争と並び、国家が行、つ事実上の 殺人ですが、歴史的にも合法的とみなされ、あるいは、 同家の立場から正当化されてきたという代表的な暴力の 形態であります。先程も触れた日本国憲法ですが、第九 条で戦争を放棄しており、平和憲法といわれております が、では死刑についてはどうでしょうか。現憲法ドでは、 化刑は合憲であり、憲法違反ではありません。このこと については、敗戦後に

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本同憲法が制定され、疑問が高 まり、様々な問題提起が行われましたが、最高裁で一九 川八年三川二

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に大法廷判決が山ましたり死刑は日本 国憲法において憲法違反とはいえないという判断が一不さ れたわけであります。現憲法の第十三条に﹁すべて国民 は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対 する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、 立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする﹂と 定められており、第三十一条では﹁何人も、法律の定め る手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、 又はその他の刑罰を科せられない﹂と定められています。 さらに第三十六条には﹁公務員による拷問及び残虐な刑 罰は、絶対にこれを禁ずる﹂とあります。ここが一番大 事な焦点になるのだろうと思います。最高裁の判決によ れば、第十三条に規定される生命への権利が﹁最大の尊 重を必要﹂とするというのは、あくまでも﹁公共の福祉 に反しない限り﹂であって、公共の福祉に反した場合、 生命の権利にも制約が課せられるというわけであります。 さらに第三十一条については、法律の定める子続きによ れば、生命を奪われ、その刑罰を課せられるということ もあり得ることが、むしろ憲法上決められているといい ます。さらに第一ゐ宇卜六条の﹁残虐な刑罰﹂として死刑を みることができるのかといえば、死刑そのものが残虐な 刑罰にあたるとはいえないといいます。死刑の執行ト刀法 は時代と共に変遷しますが、執行方法が私たちにとって 残虐であるか百かということが問題となり、日本で存慣

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されている絞首刑は残虐な刑罰とはいえない、というわ けです。結局は、現憲法下では死刑は合憲とされている わ け で す 。 宗教の位置 そうすると、同じ平和憲法の中に、一方で戦争を否定 し、他方で死刑を認めているとなるのではないでしょう か。これは矛盾ではないのでしょうか。このことについ て、まずは考える必要があるのではないかと思います。 もっとも、この生命への権利や生存権、人間の尊厳とい うような考え方、あるいはもっと一般的な言葉でいえば 人権といっても良いでしょう。こういったものが、本来 保証されるべきであるという考え方は、戦後の国際法、 国際条約の中でも基本的に掲げられてきた原則です。し かしながら、国際法、国際条約の中で生命の尊厳、権利 が認められながらも、例外的に死刑が認められるという 考え方が伝統的に存在しているということも事実であり ます。生命の権利を認めながら、しかし死刑については 例外として認めてしまうという謂わば逆説は、日本国憲 法だけではないといえるかもしれません。単純に死刑は 国家による殺人であり、認められないというだけでは必 ずしもすまない難しい問題がそこには存在しています。 ご存知かと思いますが、国際的には死刑廃止の流れが 3 非常に強まっております。あらゆる犯罪について死刑を 廃止した困、例外的なものを除いて死刑廃止した国、通 常の犯罪について死刑を廃止した回、これらを合わせて 法律上の死刑廃止固といいますが、アムネスティ・イン ターナショナルの最新情報では、法律上の死刑廃止同は 一

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五カ国にも及んでいます。また、十年以上死刑執行 がない事実上の死刑廃止国は三五カ固にのぼっています。 法律上・事実上の死刑廃止国を合わせると一四

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カ国に も達します。対して、死刑制度を存置している固は五八 カ国になります。この数字を見れば、今世界では死刑存 置国は少数派になっているといえるでしょう。その中で、 日本は少数派である死刑存置国の一回であるということ に な る わ け で す 。 この状況について、宗教者・信仰者の立場でどう考え るか、どうコミットしていくか問われているのではない かと思います。非戦あるいは平和ということを願ってい く。そしてそれを実現するために社会にコミットしてい くことと同時に、死刑制度についてどのよう考えるかが 大きな問題として日本国に存在し続けているということ をまず確認したいと思います。 先程も述べましたが日本は平和憲法の下、 戦争を放棄

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4 しています。戦後の日本社会においては、戦争反対・平 和を求めるという声が多数派でありました。それに対し て死刑については、七割から八割を超える人が死刑廃止 に反対、死刑存置に賛成であるという世論調査があるよ うです。厳密にいえば、実際的にどこまで国民が死刑を 支持しているのかわからないというところもありますが、 世論もやはり死刑制度を支持しているといって間違いな いだろうと思います。つまり、死刑廃止を求めることは、 戦争反対とは異なり、日本社会の中でも極めて少数派で あると考えることができます。まさにここで、私達の立 場が試されるのではないかと思うわけです。 日本の中、世界の中での死刑問題の現状について触れ ましたが、これは所謂社会問題だけに留まる問題ではな いと思います。私は西洋哲学を勉強してきた人間ですが、 西洋哲学の起源には死刑がありました。ソクラテスの死 刑がプラトンを哲学者たらしめたといっていいですから、 哲学そのものが死刑問題を巡って誕生したといえるかも しれません。また丙洋思想でギリシャ哲学と並んで、も う一つの源泉とされているのがキリスト教です。そのキ リスト教の起源に死刑があったことは歴然としていますの 西洋思想の源泉となる二つの流れの起源がいずれも死刑 問題ということは、はたして偶然かと私はずっと考えて います。これは真宗についても同様のことがいえるかも 知れません。私が改めて申しあげることではないと思い ますが、承元の法難において死罪がありました。法然と 親驚はそれぞれ流罪でしたが、法然の弟子達が死罪とな りました。承元の法難というのは、ある意味で念仏・専 修念仏に対しての死刑宣告であったといえるかどうか、 これは私が断定できるものではないですが、そういう見 方をしても決して大げさではないでしょう。 つまり、死刑問題を哲学や宗教というフィールドでみ たとき、非常に重要なテ

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マとして存在しているといえ ます。しかしながら、この重要な問題について私達は徹 底して議論してきただろうかという疑問が私の中にあり ま す 。 これまでにソクラテス、イエス、また承元の法難につ いて触れましたが、ソクラテスの場合は、死刑をある意 味で正当化して死刑に処せられたということができると 思います。すなわち、ソクラテスの立場からいえば、彼 を死刑にするということは一種の完罪に近く、自らの無 罪を弁明したのですが、彼を死刑に処する祖同の法につ いて、それに従わなければならないと受け入れていった

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宗教の位置 ということがあります。つまり、死刑そのものを批判し たり、反対したりすることはなかったと思います。次に イエスの場合ですが、イエスそのものも白らの死刑に反 対や抗議をしたということはいえないと思います。しか し、イエスも死刑に処せられましたが、ソクラテスのよ うに悪法もまた法であると、正当化したということはあ りませんでした。おそらくそこにあるのは、命というも のに対する眼差しの違いではないでしょうか。イエスの 言葉に﹁私は命である﹂という言葉がありますが、命そ のものに対する眼差しというものが、ソクラテスの場合 にはあるとはいえないだろうと思います。では、真宗の 場合はどちらになるのだろうかといえば、それはイエス に近い所、まさに命への眼差しという所で、信仰が成立 しているのではないかと、外から見て私は考えておりま す。この命というものをどう見るか、命というものをど う考えるのか、これが死刑問題をめぐる私達の判断とい う一番大事なポイントになってくるのではないかと考え て い ま す 。 さて、死刑を廃止しようとする考え方の中で、日本で 最も重要な問題として挙げられるのは、菟罪問題であり ましょう。著名な死刑廃止論者である団藤重光氏の議論 5 の中心も誤判、菟罪問題であります。間藤さんが最高裁 の判事をしていた時、五人の裁判官が全員一致で死刑判 決を下したが、自身の心の中に一抹の不安、懸念があっ たそうです。そして死刑判決を下し、退廷する時に﹁人 殺し﹂という声が耳に入ってきたことが忘れられないと 団藤氏は繰り返しおっしゃっております。菟罪があり得 るということは、命を奪ってしまえば取り返しがつかな いので、死刑はなくすべきだというのであります。これ は確かに有力な議論であり、実際の日本でも死刑確定、 死刑囚になりながら、再審で無罪になったケ

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スが五件 程、存在しています。近年アメリカでは、

DNA

鑑定が 発達したため、続々と菟罪のケlスが発見され、死刑問 題が見直されているという情報もあります。 ご存知のように、アメリカは日本と共に民主主義国で あることを標務しながら、死刑を存置しています。しか し、アメリカは川によっては死刑を廃止している所もあ り、日本よりも先に死刑廃止の方向に連邦レベルで向か う可能性が出てきているということがいえるのではない で し ょ う か 。 菟罪の問題はやはり重要な問題ではありますが、私は 菟罪をもって死刑廃止の論拠とするには、やや弱いので

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6 はないかと思います。例えば、衆人監視の中で犯人が無 差別殺裁を行ったなどといった菟罪が考えられないよう なケ

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スで、死刑を求める事に対して菟罪をもって否定 することは難しいと考えるからです。 他方、死刑を存置する側の議論は様々にあるのですが、 日本で比較的強いのが、死刑が凶悪犯罪を抑止している という議論であります。死刑がなくなると、凶悪犯罪が 増えるのではないだろうかという考え方であります。し かし、世界的にみて死刑に犯罪抑止力があると支持する 統計デ

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タは存在しません。もちろん両方の側からの議 論がありますが、抑止力は証明されていないという議論 の方が有力であると私は思います。死刑を廃止した国は、 先程紹介したようにたくさんあるわけですが、廃止した 結果、凶悪犯罪が激増し、死刑を復活させたというケー スは、ほとんどありません。死刑を廃止したことによっ て凶悪犯罪が増えると指示するデ

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タはほとんどないと いえます。人を殺したい、あいつを殺したいと思ったけ れども、死刑になることを考えてやめたというような ケ l スは、もちろん統計デ l タには出ないので、それは わからないという議論もありますが、いずれにしても統 計デ l タによって、抑止力の有無を確定的に判断するこ とは難しいのではないかと私は思っております。抑止力 を根拠として死刑制度を存置するということも私は支持 できない、難しいと考えており、この論点が成り立つの は難しいと思っております。 日本でより強い議論は、被害者遺族の感情、つまり極 刑を求める感情、これを無視できないだろうという議論 でありましょう。光市母子殺害事件や、名古屋の闇サイ ト殺人事件など、凶悪犯罪や多くの人が殺された場合に 必ず出てくる議論であります。遺族が極刑・死刑を求め て、社会的に様々な発言や活動をするというようなケー スが国民に大きな影響を与えていると感じます。 しかし、私はこの議論、つまり被害者遺族の感情を満 たすということが死刑の存在理由であるかのような議論 は、やはり無理があるように思います。被害者遺族の感 情を満たすために死刑を行うというのであれば、それは 国家あるいは司法が、被害者遺族に代わって私的な復讐 をしているのと変わりません。私的な感情レベルと、国 家権力・司法による裁きのレベルを混同しているとしか いいようがないように思います。様々な議論ができると 思いますが、被害者遺族がいないという犠牲者も当然お り、犯人の死刑を望まない遺族もいるわけであります。

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宗教の位置 被害者遺族の感情は多様であります。非常に主観的であ り、多様でありうる被害者感情をもってして死刑制度を 存置することはできません。やはり、被害者遺族の感情 を死刑制度の根拠にすることもできないだろうと思いま す。では、逆にいえば、そういった主観的であり、流動 的であり、多様であるような、そういうものを基準とす るのではなく、正義という観点から死刑は正当化される ことになるのでしょうか。 正義、ジヤステイスという概念・理念こそが死刑を正 当化する側の究極の理由となるのでしょう。例えば、哲 学のフィールドでは、正義というのは均等であり、バラ ンスが取れており、フェアであることだとカントはいい ます。そして、﹁目には日を、歯には歯を﹂という言葉 で知られるタリオの法、同害刑法と訳されるものですが、 加害者が犯しただけの損害を、加害者に与える同害刑法 のみが厳密な意味で正義という観念を満足させるといい ます。それ以外の基準はすべて主観的で、流動的で、相 対的であって正義と名付けることができないというので す。同害刑法では、殺したものは殺されなければならな いということになります。殺した者は殺されなければな らない。これは旧約のモ

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セの律法にもあります。十戒 7 では﹁殺すなかれ﹂とありますが、律法のひとつに、 ﹁殺した者は殺されなければならない﹂とあるわけです。 キリスト教の思想家、あるいは信仰者などでも、聖書を 理由に一死刑を正当だと考える人たちもまた存在していま す。旧約聖書と、カントが全く同じ言葉を使って、殺し た者は殺されなければならないといっているわけです。 私の観点からは、これもなかなか難しい論ですが、正義 という観念をもって、殺した者は殺されなければならな いということがどこまでいえるのか、それ自体を疑うこ とも可能だと思います。そして、同害刑法を厳密に考え るのであるなら、実行できないものになってしまうのだ ろうと思います。パラドックスです。例えば光市の母子 殺人事件の犯人が被害者に与えた損害と同じようなもの を与えることが罰であるとしたら、それは実行可能でし ょうか。到底そうは思えないわけです。卑近な例をみて も、殺した者は殺されなければならないというのであれ ば、交通事故で誰かを牒き殺してしまったのならば、そ の人は際き殺されなければならないのか、ということに なってしまいます。 現実の日本で執行されている、あるいはくだされてい る死刑判決は、それほど多数ではなく、﹁殺したものは

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8 殺されなければならない﹂というのは、近代的な死刑と いうことから考えても、あまりにも過剰な刑罰となって しまうだろうと思われます。これは詳しく議論するには もっと時聞が必要ですが、基本的に私は、カント的な同 害刑法というのは、むしろ非現実的であり、これを批判 したいと思っています。 そしてもう一つ、哲学的な伝統の中で、死刑正当化の ために行われてきた議論があります。それは、死刑は戦 争と同じだという議論であります。一般的な言い方をす れば社会防衛論といってもいいわけです。犯罪抑止力に なるということにも繋がるのですが、これは死刑に値す るような罪を犯した者を社会の敵だとみなして、殺人を 犯した者はそのことによって、社会の敵となり、国家共 同体の敵であり、これとは戦争という関係しかありえな い、滅ぼすしかないという考え方です。カントに影響を 与えたジヤン H ジヤツク・ルソ

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も﹃社会契約論﹄の中 でそのようなことをいっております。そしてまた、社会 防衛論といえば現代においてもそれなりに強い力を持っ て存在している議論です。犯罪者・凶悪犯罪者は、社会 の敵であるので、取り除かなくてはならないという考え 方です。しかし、これも死刑の根拠になるとは私は思え ません。死刑と戦争はあきらかに違います。重要なとこ ろでアナロジーは成り立たないと思います。死刑は刑罰 ですので、それが下される段階ではすでにその犯人・容 疑者は国家権力のもとに捉えられ、自由を奪われており、 これと戦争は、アナロジーとして成り立ちません。 以上、簡単にではありますが、死刑存置・廃止を巡る 議論を私の見地から述べてまいりました。本当はこうい った議論の一つひとつについてもっと詳しい議論をして、 そして自分自身でも十分に納得がいくような死刑廃止論 を作らなければならないと考えております。現実社会の 中で、様々な考え方が入り乱れて存在しています。その 中で重要な論点、多くの人が考えている論点に対して、 私自身がどうしたら説得的な死刑廃止に向けた議論を繰 り広げることができるのか。それを追究していくのが、 問題に対する私の責任と考えております。 死刑廃止の議論に対する疑問と死刑存置の議論に対す る疑問をいくつか提起してきましたが、では何を根拠に 死刑廃止をするのかということになりますと、これはい まだ直感的な段階に留まっております。しかし、すでに 中しましたように、やはり命というものに対する眼差し がそこで問われているのだと私は思うのです。

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宗教の位置 私は命が全ての人間的な営みの前提であると考えてい ます。死刑存置・廃止いずれの議論も命という大前提の 基にのみ可能であります。そして私が最も重要であると 思うのは、命というものが人間に対して、未来を聞くも の、言い換えれば可能性そのものだということでありま す。命がある限り人々はどんな絶望に陥っても、希望が 残るということであります。二十世紀のユダヤ系思想家 ヴアルタ

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・ベンヤミンという人は、﹁希望とは希望な き人々のためにある﹂という様にいいました。希望なき 状態に陥った人でも、生きている限りは、その稀なのぞ みとしての希望が残されている。つまり別のあり方をす る可能性を持っている。その意味で命とは、可能性また は未だ来たらざるものつまり未来、まさにきたらんとす るものつまり将来、この未来に常に聞かれていて、また 将来を常に迎え入れようとしているもの、それが命その ものであります。つまり、他者の命を奪うということは、 他者から未来・将来・可能性を奪うことになります。凶 悪殺人者の命を奪うということは、その人の未来を奪い、 将来を奪い、可能性を奪うということであります。凶悪 殺人を犯した罪人であっても生きている限り、変わる可 能性を持っており、現在では罪を認めず、反省もせず、 9 それどころか開き直り、勝ち誇り、あるいは遺放だけで はなくて、社会全体の憎しみを一心に背負っているよう なそういう人であっても、ム叩がある限りは、変わる可能 性を持っています。しかし命を奪ってしまえば、片方の 憎しみしか残りません。私はそのように思えてなりませ ん。人間の命は、善人にもまた悪人にも、愚者にも、ま たは貧者にも、裁判官にも、一般市民にも、また凶悪殺 人犯にも、すべて等しく与えられているもので、すべて の人間的な営みの基盤であります。その命があってはじ めて、命の上に謝罪や反省や、あるいは赦しゃ和解が、 さらには正義や倫理すら全てが可能になるのだと思いま す。死刑はその命を奪うが故に全ての殺人と同じように 罪であって、殺人の罪になってしまうのではないだろう かというのが私の今の基本的な考え方です。これをどの ように語っていくか、そこが問われているのではないか と思います。そしておそらく、命の平等性というものの ところで、宗教あるいは信仰というものと、私の考えが もしかしたら近づくのではないかと思っている次第であ ります。それでは時聞が参りましたので、私の問題提起 は以上とさせていただきたいと思います。どうもありが とうございました。

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10 講演 二

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二 二 年 度 真宗大谷派教学大会

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問われている戦争する自己・差別する自己

ただいま紹介にあずかりました尾畑丈正と申します。 本日は﹁信仰と社会﹂という、真宗教学学会の大きな テ l マのもと、﹁社会に関わらない仏教﹂と﹁社会に関 わる仏教﹂という観点で、特に﹁社会に関わる仏教﹂に ついて問題提起をさせていただきます。その中でも﹁社 会に関わる仏教﹂が今現在問われている問題は、﹁戦争 する自己、差別する自己﹂、このようなことであると思 います。﹁信仰と社会﹂といっても、その問われる中身 は、社会問題がどのようにして宗教的実存と関わるのか、 あるいは関わらないのかという問題であるかと思います。

町 田 止 人 ’

それは幾世紀にも渡る問題としてもまた、現代の現実的 かつ本質的な問題としても、﹁戦争する自己と差別する 自己﹂が社会問題からする宗教問題として問われなけれ ばならないという意味で、それは﹁信仰と社会﹂という 範時で考えられるべき問題であるかと思います。そうい う観点から、﹁社会に関わる仏教﹂の中身として、﹁戦争 する内己、差別する自己﹂というテ

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マでお話しさせて い た だ こ う と 思 い ま す 。 なぜこのような形で問わなければならないのかといえ ば、昨今報道でも参議院議員選挙が取り上げられており ますが、そこで問題になっていることは、日本が戦争を する固になろうとしている、あるいは東京電力・福島第

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今、問われている戦争する自己差別する自己 一原子力発電所の過酷事故の処理が収束しない状態のま までまた原子力発電所が再稼働し、さらには安全神話の 崩壊した日本の原発を他国に売ろうとすることがおきて いるという問題をどうとらえるかです。この原発問題が 戦争と差別の問題に深く関わるということについては時 間の関係で省かせていただきますが、そのような問題に 対して、真宗に学ぶものとして、仏教を学ぶものとして、 どのように向き合っていくのか。﹁社会に関わる仏教﹂ といった場合、そのようなことが先ずは問題になります。 勿論、それだけが問題でないことはいうまでもありませ ん 。 11 それでは﹁社会に関わる仏教﹂と﹁社会に関わらない 仏教﹂ということについて確認させていただきます。仏 教は大きな枠組みとして大乗の仏教、あるいは小乗の仏 教、あるいは聖道門、浄土門、難行道、易行道、様々な カテゴリーの中で考えられてきました。伝統的な言い方 ですれば教相判釈もまたそういうカテゴリーを屈指して 自分の依拠する仏教を位置づけしてきたものです。しか しそれらを通底して、今はっきりとさせなくてはならな い問題は何かを考える場合、以上のような枠組みの他に、 ﹁社会に関わる仏教﹂と﹁社会に関わらない仏教﹂とい う二つのカテゴリーを設けて、そこで仏教を考えてみた いというのが私の問題提起です。 いわゆる大乗の仏教、いわゆる小乗の仏教と先程申し ましたが、私が大学で仏教を学んだ時には、東南アジア の仏教は小乗仏教であると教えられました。しかし、自 分が実際に東南アジアを旅行した際にアジアの僧侶の 方々とお会いし、小乗仏教というように庇めたような言 い方ではもう許されないと感じました。上座部仏教とは っきりいったほうがよいと思います。大乗仏教にしても 上座部仏教にしても、そこに社会に関わる仏教・仏教者 が存在し、また社会に関わらない仏教・仏教者が存在し ています。そのように横断的に、仏教を社会に関わる、 若しくは関わらない仏教というようなカテゴリーで仏教 を捉えて、私は﹁社会に関わる仏教﹂について考えてい ま す 。 ﹁社会に関わらない仏教﹂の代表的な表現として、吉 田兼好の言葉で﹃徒然草﹄第九十八段に、﹁仏道を願ふ とは、外のことなし、暇ある身になりて世の事を心にか けぬを第一とす﹂とあります。吉田兼好が実際どのよう な生き方をしたかどうかということは今問題にしません が、このような表現で仏教を捉えていたということが大

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12 事かと思います。このように、世のことに心をかけない という形で学ばれてきた仏教があり、また多くの仏教の 歴史は、世に心をかけないということに仏道修行の中心 があったと思われます。仏教の実修論である﹁戒・定・ 慧の三学﹂を考えれば領けます。それではそのような ﹁社会と関わらない仏教﹂に対して、﹁社会に関わる仏 教﹂はどういう形としてあるのでしょうか。 私が学んでいる親驚の仏教には、その御消息に﹁世の いのりにこころいれて、︵念仏︶もうしあわせたまうべ し と ぞ お ぼ え そ 、 つ ろ う ﹂ ︵ 親 驚 聖 人 御 消 息 集 ︵ 広 本 ︶ 真 宗 聖典五六八頁︶という言葉があります。もちろん﹁念仏﹂ という一言葉は実際のお手紙にはありませんが、補えばそ のようなことになると思います。このお手紙の前には、 先ほどの高橋哲哉先生のお話にもでできました承元の法 難についての出来事が記されています。そこには承元の 法難の政治的責任者である後鳥羽上皇が、承一冗の法難か ら卜四年後に起きた﹁示久の乱﹂の責任を問われて隠岐 に流されます。御消息には﹁此にくせごとのおこりそう らい﹂とあります。そのような時代社会のただ中で記さ れたのが、先ほどのお手紙の巾にある﹁世のいのりにこ ころいれて﹂という言葉であります。私は、親驚が明ら かにした仏教、親驚が生きた仏教は﹁世のいのりにここ ろいれて︵念仏︶もうしあわせ﹂る仏教であったと思い ま す 。 この言葉から、先ず﹁世のいのり﹂について考えたい と思います。﹁世﹂というのは世間の﹁世﹂であります。 日本語としての世間は狭い語感ですが、仏教語としての 世間は世界です。だから私は世界のいのりに心を入れる というように勝手ながら解釈しております。今世界に起 きている様々な問題には悲しみの叫びがあり、苦しみの うめきがあり、抑圧の中で流す涙があります。そのよう な世界のいのり、言葉を換えれば、人と人との作り出す 世の中の矛盾・不正・歪みにつつめくかなしみ﹂︵石川 啄木︶です。そのどうしょうもない人と人の世の叫ぴに 心を入れて、南無阿弥陀仏と念仏を申しあわせていく、 つまり阿弥陀の本願に立ち返る仏教が親鷺の仏教であれ ば、それが﹁社会に関わる仏教﹂といえるのではないで しょうか ο 本日、私が社会に関わる仏教と一行った場合は、多くの 五は浄土真宗をイメージされたかと思います。その通り

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今、問われている戦争する自己・差別する自己 に、親鷲聖人の仏教は﹁世のいのり﹂に心入れる仏教だ と私は思います。しかし歴史的事実としては、真宗の仏 教は、﹁社会に関わる仏教﹂というよりは、﹁社会に関わ らない仏教﹂として機能し存在していたということが実 際ではないかと思います。正確に一一百えば、封建社会を支 え、天皇制国家体制と一体化してきたということでは、 それらの社会体制に対して批判的にではなく肯定的に社 会に関わってきたのでしょう。 そのような中で、親驚の歩んだ道、学んだ教えに学び ながら、本願寺教団を媒介にした真宗仏教を問い直し、 批判的に捉える中で、親驚が明らかにする浄土真宗は ﹁社会に関わる仏教﹂であるという認識が私の立ち位置 になるかと思います。少し個人的なことをいくつかお話 ししたいと思います。これらは私の出遇ってきた個人的 な経験ですが、基本的には信国淳先生が﹁世間に在って 世間を超えることもなく世間に縛られている世間内存在 を生きている自分を知らせる出世間的な眼に出遇う﹂ ︵ 信 国 淳 講 述 一 九 七 一 年 三 月 ﹁ 歎 異 抄 講 義 ﹂ 取 意 ︶ と い わ れ るような意味で、私の上に聞かれている広い世界を私に 知らせる出来事としてお受け取りください。 私が仏教を学び始めたころは、ベトナム戦争が泥沼の 13 ような状態になっていました。アメリカによる軍事介入 によって、北ベトナムに対する戦略的爆撃が行われ、ゲ リラが隠れる熱帯雨林を彼壊する為にナパ

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ム弾が使わ れ、そこに枯葉剤が撒かれ、ジャングルが根絶やしにさ れ、多くの戦死者が生み出される状況の中で、私は大学 で仏教の勉強をすることになりました。世界各国で、ベ トナム戦争反対の大きな流れが起きてきた頃に真宗の仏 教に触れたものですから、当然、仏教はこのベトナム戦 争にどう関わり、どう反対していくのかということに関 心を持って学んでいました。しかし、残念ながら私が学 んだ仏教、真宗においては、ベトナム戦争が課題になる ということはありませんでした。そういう状況の中で、 ベトナムに平和を求め戦争に反対することが仏教徒とし て、人間として大切な問題だということを言い当ててく れる仏教を求めていました。言い換えれば、仏教を学ぶ 者として﹁信仰と社会﹂の問題を解く鍵穴と鍵を探し求 めていたと思います。 勿論、﹁信仰と社会﹂を考えさせてくれる問題はベト ナム戦争の問題だけではありません。私が生きた青春の 時代は、一九六

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年代になりますが、七

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年安保を控え たその頃に、私は大学生でした。いわゆる日本の高度経

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14 済成長期に仏教を勉強したということになります。高度 経済成長期の中で、資本の論理が優先されて、人間の存 在や命が軽んじられていくというような状況があり、三 大公害という問題が起こりました。ご存知のように、水 俣病、イタイイタイ病、四日市の公害瑞息等々でありま す。経済成長を急ぐあまりに、人間の存在であるとか、 自然の環境であるとかが看過され、お金のためなら人間 の命も自然環境もどうなっても構わないという考えがあ りました。この考えは今もなお続いています。その姿を 私たちは原発とその再稼動の問題に見ることができるか と 思 い ま す 。 私が卒業した高校は三重県の四日市にありまして、四 日市瑞息の最もひどい四日市コンビナートのすぐ脇で青 春時代を送りました。しかし、そのような経済至上主義 の中で、人聞が奪われていく、命が奪われていくという ことが、自分の問題だと気づいたのは大学に入ってから です。やはり人間の牛さること全体を問いとする仏教に 触れたということと、ベトナム戦争、公害問題という私 を取り巻く社会問題の深刻さでした。しかもその外なる 社会問題が自分の生き方に直結する自分の問題だと知る ためには、世間の問題を世間を超えた眼から見る視点か らの学びという意味で、私にとっては仏教的視点が不可 欠だったと思います。 少し前後しますが、私と仏教との出遇いは一九五九年 九月二六日の伊勢湾台風で七歳上の姉が亡くなりました。 その姉の死が仏教を学ぶきっかけを私に与えてくれまし た。たまたまご縁をいただいた先生の勧めもあり、同朋 大学に入りました。その意味では私と仏教との関わりは 姉の死が直接のきっかけですが、その仏教を学ぶ私を囲 む状況は、まさにベトナム戦争であり、二一大公害が象徴 するような経済至上主義的な社会状況、国の在り方です。 だからだと思いますが、必然的に、自分が学ぶ仏教と そのような現前の命の問題が如何にリンクして自分の問 題になるのかという問題意識がありました。しかし、先 ほども申したように、私の問題関心を埋めてくれるとい うか、満たしてくれる教えというものになかなか出遇う ことができませんでした。結局、仏教に生きる意味を求 めて大学に入学したのだけれども、仏教に生きる意味が なかなか求められず、以前から関心が在った演劇に心を 寄せて演劇部で活動していました。演劇部に入ることを 通して、漠然とした時代社会の負の雰囲気だけでなく具 体的な社会問題に触れることになりました。それは日本

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今、問われている戦争する自己・差別する自己 の侵略戦争の問題であったり、広島・長崎の原爆の問題 であったり、経済至上主義的な日本の在り方であったり、 あるいはアジア太平洋戦争で戦死した叔父の問題や、伊 勢湾台風で堤防が破壊して溺死した姉の問題、あるいは、 ベトナム戦争の問題が戦後を生きる白分の現前の命の問 題として私の上に字んでまいりました。 そういう問題が仏教でいう﹁世間虚仮唯仏是真﹂の 問題だと、﹁我と我が世界﹂の矛盾・不正・歪みの問題 だと、﹃歎異抄﹄に説かれる我は﹁煩悩具、足の凡夫﹂な りということも、我が世は﹁火宅無常の世界﹂なりとい うことも、﹁我と我が世界﹂の問題として仏教の課題な のだという問題意識が芽生えてきたということです。結 論を先取りしていえば、そのような問題を明らかにする ところに仏教の教えの現実があるのだということです。 つまり総じていえば、世界を問うことは自分を問うこと であり、自分を問うことは世界を問うことだというよう な認識を親驚の仏教は私に教えてくれました。しかし、 そういう認識を直接に私にもたらしたのは他者からの糾 弾です。それは世間に在って世間を超えて世間を問うよ うな問いです。真宗仏教の学びからいわせていただくな ら、私を逸脱した私をして本来の私に帰らしめる如来か 15 らの糾弾といってもいいのではないかと思います。 今凶、﹁信仰と社会﹂というテ

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マの中で﹁戦争する 自己、差別する自己﹂について問題提起させていただい ていますのは、それらが対社会的な対同家的な問題とし てあるだけではなく、自分自身もまたそういう﹁戦争す る自己、差別する自己﹂を生きているという気づきから です。そういうことですので、先にもいいましたように、 いくつかの個人的経験を事例としてあげさせていただき ます。私が学びました同朋大学は現在も文学部と社会福 祉学部で構成されていますが、当時、社会福祉学科はわ ずかな大学にしかなかったものですから、名古屋の同朋 大学にも北海道や沖縄から社会福祉を勉強に来ていまし た。あるとき沖縄から社会福祉を学びにきていた学生か ら︵当時沖縄はアメリカの施政権の中にありました。日 本本土に行く場合にはパスポートを持たなければ入国で きませんでした︶、パスポートを目の前に突き付けられ て、﹁あなた、わたしがパスポートを持って本土に来な きゃならん意味わかる﹂と告発を受けました。 戦後の日本は沖縄を犠牲にして経済的繁栄と平和を手

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16 に入れてきたその実態はいまもかわりませんが、その構 造的沖縄差別を同級生から厳しく問われました。この問 題は高橋先生が﹃犠牲のシステム福島・沖縄﹄︵集英 社︶の中で、犠牲という視点から福島の問題とともに沖 縄について書かれていますので、参考にしていただきた いと思います。ともあれ、問題を象徴化していえば、福 島と沖縄の現実を棚上げにして日常生活を生きる自分と は何者かという問題です。その意味では、例えば、構造 的沖縄差別というときのその構造とは、日本国家による 沖縄を差別する政治的社会的構造なのでしょう。しかし 問題を更に掘り下げていけば、その国家意識の根っこに、 そういう構造的沖縄差別を支えている国民意識があるの ではないかということです。それを真宗の言葉でいえば、 その構造は私どもの自己中心的分別心︵自力心︶の外在 的な表象ではないかということです。親驚は人間の意識 の根っこを自力と押さえて、﹁自力というは、わがみを たのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わ がさまざまの善根をたのむひとなり﹂︵一念多念文意・真 宗聖典五四一頁︶といわれていますが、こういう意味で の私たちの自分自身を顧みることのない自己正当化、自 己絶対化そのものが構造的沖縄差別を支えているのです。 国家を問うことはそのまま我が身を問うことです。我が 身を問うことはそのまま国家を問うことです。私は沖縄 からの﹁留学生﹂から構造的沖縄差別の現実を通してま さしく自分自身の世界を閉ざす自力の分別心が問われた の で す 。 その意味では、今回、高橋先生が、死刑制度を問題に されましたが、死刑制度もまた、そういう問題の一つと して捉えることができるのではないかと思います。死刑 制度に関して、私は好余曲折しながらも問題意識を持ち ?づけてきました。まさしく﹁信仰と社会﹂というテー マの文脈でいえば、死刑制度は釈迦の仏教を立場にして も、阿弥陀の本願を根拠とする真宗仏教を立場にしても、 仏教及び仏教者にとっては、死刑制度はあってはならな い 制 度 と い え ま す 。 阿弥陀の本願に基づく仏教とは、一切衆生を平等に往 生せしむる道をあきらかにするところに真宗の真宗たる 所以があります。しかし、社会にとって都合の悪い存在 であるから死刑という形で加害者を抹殺するという考え 方は人間的分別心の最たるものですから、その人間的分 別心の形としての死刑制度を自分はどう考えていったら いいのか。教法と現実の狭間の中で、私自身は揺れ動い

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今、問われている戦争する自己・差別する白己 ていました。その頃に出遇った問題が、﹁東アジア反日 武装戦線﹂による三菱重工爆破事件でした。その裁判を 通して自分の中に大きな疑問が生まれてきました。当時、 日本企業はアジアに経済的に進出する中で、アジアの自 然を破壊し、労働者を搾取し、莫大な利潤をあげていま した。勿論、爆破行動が許きれないことはいうまでもあ りません。しかし、企業の問題が、全く不聞にされて、 彼らだけに死刑、重刑が科せられる。これでは一体何が 問題だったのかが明確にならないまま、問題が聞から聞 に封じ込めるだけではないのか。それが死刑制度の役割 なら、死刑制度とは単なる体制社会を維持するためだけ の報復主義かというような疑問を持ちました。これが死 刑制度に対して具体的に問題を感じたきっかけです。 日本企業はアジアに出てアジアの自然や労働力を搾取 しているにも関わらず、そのことが全く間われずに、そ れを問、った人たちを死刑あるいは重刑にして聞に葬る。 それでいいのかというような問題から展開していって、 一般的な犯罪事件で極刑となった人たちに対する死刑制 度の問題に対して、それでいいのかというような形で、 改めて死刑という制度について考えるということがあり ました。それはいうなれば、自分たちに都合の悪い存在 17 を抹殺することによって、白分たちの平安を願う極めて 白己中心的な生き方の形ではないのかという疑問です。 そういうことが死刑制度を問題にしていくきっかけにな ったということがあります。これもまた﹁信仰と社会﹂ というテーマでいえば、社会的現実から、真宗に学ぶ宗 教的実存が問われるという問題だと思います。ある意味 では、天親菩薩の﹁浄土論﹄でいわれている大乗仏教の 根本精神である﹁普く諸々の衆生と共に、安等固に往生 せん﹂︵真宗聖典二二八頁︶というような﹁共に生きる﹂ といったようなことは死刑制度の問題を通して、どう考 えていくことができるのか。それは教法と現実の関わり の問題です。文字通り、自分はいかなる世界を生きるの かという宗教的実存に関わる大変な問題として、こうい う現実問題が惹起していると思います。 では、私がなぜ今このようなことを問題にしたいのか といえば、私たちが時代社会との関わりの中で仏教を学 ぶ場合、真宗における自己認識が、従来、郷捻的にいわ れてきたような角の郵便ポストが赤いのも、電信柱が高 いのも、全て私が悪うございますというような個人意識 に収数させていくようなものではなく、全ての出来事を 関係の中で見ていくということが見失われではならない

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18 と思うからです。自分自身を問題にする時は、必ず世界 と自分との関係、あるいは他者と自分との関係の中で、 自分が問われてくるということがあります。そのような 他者との関係、世界との関係というものを抜きにして自 分というものを考えられないということを、仏教を学ぶ 中で改めて気づかされたということです。文字通り、社 会的諸関係を生きる自己を問うということをいいたいわ けです。仏教学的にいえば、縁起存在としての自己を問 うということです。 私は、名古屋の同朋大学を出て、その後に京都の専修 学院に入り、そしてその後、大谷大学の大学院に入学さ せていただきました。この三つの学場で異口同音に聞い た言葉があります。それは清沢満之先生の﹁自己とは何 ぞや、これ人生︵人世︶の根本的問題なり﹂という言葉 です。ここで使われている﹁人生﹂はもともと﹁人世﹂ と書かれていたという指摘を受けて、多いに感ずること があり、これ以降は﹁人世﹂と表記します。私はこの ﹁自己とは何ぞや、これ人世の根本的問題なり﹂という 一一百葉が真宗を学ぶキーワードだと感じております。同朋 大学でも、専修学院でも、大谷大学の大学院でも、﹁自 己とは何ぞや﹂と教えていただきました。しかし、私は この大切なキーワードをいただきながら、同時に違和感 を深く感じていました。その違和感とは、言葉自体に違 和感を抱いたというよりも、やはり﹁自己とは何ぞや﹂ と問う、問われる自己が、自分と世界とを切り離し、他 者と自分とを切り離したところで問われるならば、それ は社会的諸関係を生きるリアルな自己を問うたことには ならないのではないかということです。それはあまりに も抽象的であり、観念的ではないのかという疑問です。 先ほど紹介させていただいた極めて個人的ないくつか の事例ですが、それらは社会的諸関係を生きる自分を間 われたことであります。そういうリアルな白己を問、つと いうところに、清沢満之先生の﹁自己とは何ぞや。これ 人世の根本的問題なり﹂ということもあるのではないか ということを思います。 次の事例ですが、仏教言語として直接的に﹁信仰と社 会﹂を根本的に問われたことについて問題提起したいと 思います。いろいろなご縁で岡山県にあります国立ハン セン病療養所の長島愛生園に戦後強制収容されて、長島 愛生閣にお住まいされていた藤井善さん、本名伊奈教勝 さんとの出遇いです。伊奈教勝さんから念仏の教えとは 何かについて現実的問題として学ばせていただきました c

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今、問われている戦争する自己・差別する白己 伊奈教勝さんは戦争から復員してまもなくハンセン病で あることがわかりました。その当時、﹁らい予防法﹂の 下でハンセン病であることが判明すれば、病院から保健 所に連絡され、各県の担当部署が患者を強制隔離すると いうことが行われておりました。 私は藤井善さんという言い方のほうが親しいものです から、伊奈教勝さんのことを藤井善さんという通名で呼 ばせていただきますが、藤井善さんが長島愛生園に送ら れたのは一九四七年一

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月 二

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日です。私は一九四七年 一

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月一九日が誕生日です。つまり私がオギャlと生ま れたその次の日に、藤井善さんは当時の国鉄名古屋駅の プラットホームから貨物列車で岡山の邑久まで運ばれた ということを聞きました。愛生園では本名を名のらずに 藤井善という通名で過ごされました。その後、本名を回 復され、それ以来、私たち差別者の世界に立ち上がって ハンセン病差別問題を訴えられました。これについては 藤井善さんの著書﹃ハンセン病・隔絶四十年、人間解放 へのメッセージ﹄︵明石書店︶に詳しく述べられています。 また、藤井善さんには私が住職しているお土寸に来ていた だき、お話をしていただきました。そのときに、﹁あな たたちは、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念仏を申して 19 おりますけれども、その念仏はハンセン病を患ったもの を排除し差別する念仏になっているのではないのです か﹂といわれました。 浄土真宗の教えの中では南無阿弥陀仏と念仏申すとい うことは、仏そのものの名のりとしての念仏をいただく ことです。私に働くその念仏が私の閉鎖的な生き方を問 ぃ、他者と共に生きる世界を開くことになります。しか し、その念仏が私を問うこともなく、むしろ閉鎖的な差 別的な私を正当化させて、他者と共に生きる世界を開く 念仏ではなくて、世界を閉ざし、他者を切り捨てていく ようなお念仏になってはいないかというのが藤井善さん の問題提起です。念仏申すということは都合の悪い他者 を切り捨てていくような自分自身を問う批判原理に身を 晒すということです。そういうことを藤井善さんは身を もって教えてくださいました。 四 そういう意味で、やはり世界と他者との関わりを抜き にして自分というものを明らかにすることは出来ないと 思います。清沢満之先生が﹁自己とは何ぞや、これ人世 の根本的問題なり﹂と私たちに提起されたその問いは、

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20 世界と共にある自己、他者と共に生きる自己を問え、と いう意味でありましょう。あなたの胸先三寸にある思い から生まれる自己ではなく、世界と共に存在し、他者と 共に存在する自己をこそ明らかにされるべきであると、 そういう根本的事実に立ち返ることが、つまり念仏中す ということから問われているのではないかと思います。 今回この真宗教学学会で高橋先生とご一緒させていた だく機会を得て、﹁戦後責任論﹄︵講談社︶を再度、読ま せていただきました。また高史明さんとの対談﹁いのち と責任﹂︵大月書店︶も読む中で、改めて思い起こしたこ と が あ り ま す 。 それは﹁日本軍慰安婦﹂の問題であります。今年の五 月に、大阪市長橋下徹氏の﹁慰安婦制度が必要だったの は誰だってわかる﹂との発言によって、改めて﹁日本軍 慰安婦﹂の問題がクローズアップされました。この問題 に関しては終戦時に証拠資料の大半が軍部によって焼却 されたこともあって、日本はうやむやにしたい一心で、 そ の 存 在 を 否 定 す る よ う な 一 一 日 説 に 躍 起 で す が 、 い く つ か の資料の存在も含めて、また当事者の告発もあり、明々 白々の事実であるにも関わらずに、日本政府の歯切れの 悪い認識と態度に対して、アジアなど各国から非難の声 が お こ っ て い ま す 。 この﹁日本軍慰安婦﹂の問題については私が住んでお ります三重県でも、一九八五年五月八日に当時の西ドイ ツ連邦議会で行われたヴアイツゼツカ!大統領の演説 ﹁荒野の四十年﹂に呼応して、﹁心に刻む集会﹂という ものが毎年八月に行われていました。その集会は当事者 から直接に告発証言を聞くということで、毎年、韓国や 台湾などから元﹁日本軍慰安婦﹂の女性たちに来ていた だ き ま し た 。 元﹁日本軍慰安婦﹂として、告発の先鞭を切ったのは キム・ハクスン︵金学順︶さんという方です。日本政府 は、﹁日本軍慰安婦﹂、当時は多く﹁従軍慰安婦﹂と呼ば れていましたが、その存在を認めていませんでした。そ ういう日本政府の態度に対して、一九九一年八月一四日 にキム・ハクスンさんが、﹁私がその慰安婦だ﹂と﹁私 たちの存在を消すことは許せない﹂と自らがかつて﹁日 本軍慰安婦﹂であったと告白され、日本を提訴しました。 キム・ハクスンさんは、日本の私たちに満腔の思いを込 めて、﹁日本が、慰安婦を連行した事実はないと、主張す る度に、胸が張り裂けそうになる﹂、と﹁生き一社人がこ こにいる﹂と名のりを上げ、﹁十六歳の私を返せ﹂と、

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今、問われている戦争する白己・差別する自己 このように叫ばれ、日本を問いました。 日本を問、ったという事は、その日本を支えていた日本 人一人一人を問、ったのです。その繋がりの中で私が存在 しています。まさに、キム・ハクスンさんの叫びはその ような聞に生きる私を問う言葉であります。国を問い、 その国を作る私を問、っという、つまり﹁我と我が世界﹂ を 問 、 つ 一 一 一 一 口 葉 が ﹁ 十 六 歳 の 私 を 返 せ ﹂ と い う キ ム ・ ハ ク ス ンさんの言葉です。その後しばらくして彼女はお亡くな りになりました。その志を受けて、その後﹁私も日本軍 慰安婦だった﹂と多くの方々が名のりを上げて、現在も 日本及び日本人を問い続けています。そのお一人にキ ム・スンドク︵金順徳︶さんという方がいます。今から 二

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年ほど前になりますが、私が住職をしているお寺に おいでいただき、お話を聞く機会をもちました。その別 れ際に、彼女は私に﹁あなたは学校の先生でしょ、若い 学生に私たちの存在を必ず伝えてください。これが約束 です﹂と、このように言われました。 つまりこれからの若い人たちに自分たちの存在を知ら せることによって、日本及び日本人が過去の罪悪性を背 負い、共に生きる人間であることに目覚めていってもら いたいという願いがそういう言葉として表されたのでし 21 ょう。私たちは彼女たちの青春を奪い、 によって、同時に私たちも z けらが人間であることを見失 っていったのです。そういう現実を、その負の歴史を通 して、改めて人間にし仏ち返ってほしいという、そういう 叫びが彼女たちの告発の戸だと思います。それは私が学 ぶ真宗仏教の丈脈でいえば、人間でなくなっている私を、 どこまでも見捨てないで人間に呼び戻す声です。その呼 びかけこそが実は如来の糾弾です。本願の声です。私は それが具体的現実的な如来の呼びかけであり、念仏申す ことだといただいています。その如来の呼び声に身を据 えて、つまり念仏申して天親菩薩が述べられたように ﹁並日く諸々の衆生と共に﹂、自由と平等と抑圧のない国 を求めつづけていく課題を生きることが願われているの で す 。 阿弥陀仏という仏様は、南無阿弥陀仏という名の仏と なって、様々な形を通して、南無阿弥陀仏を私に現して くださっているのです。親驚はそのことを﹃教行信証﹂ 証巻に﹁阿弥陀如来は如より来生して、報・応・化種種 の 身 を 一 不 し 現 わ し た も う な り 。 ﹂ ︵ 真 宗 聖 典 二 八 O 頁︶と記 されています。南無阿弥陀仏と現される念仏とは仏の呼 びかけとして、如より来生して、報・応・化、種々の身 人聞を奪うこと

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22 を我々に示現してくださるそのはたらきです。矛盾と不 正と歪みのただ中にあって、生きることにもがいている 私を問う声として、阿弥陀如来が﹁我と我が世界﹂にお きる現前の命の問題を通して、﹁人間よ、人間たれと!﹂ と私を呼びかけて現在されているのです。まさに、その 声を聞く中で自分を取り戻し、全ての人と共に生きる世 界を回復していく歩みが始まっていくのでしょう。そう いう関係、関わりを抜きにして仏教に我が身を学ぶとい う事はありえないのではないかと私は思います。 その意味で、南無阿弥陀仏の念仏を五濁悪世のただ中 で聞く仏教として、﹁社会に関わる仏教﹂というものを 改めて学びなおしていかなければならないと考えており ます。そういう文脈で、いま問われていることは、沖縄 の米軍基地の増々の固定化、福島の原発被害を直視する ことなく再稼動する国の原発政策、そして更には﹁戦争 をしない国﹂から﹁戦争をする国﹂へ日本を転換する憲 法改悪問題が露出している中で、私たちが宗教的課題と して取り上げていかなければならない問題は、﹁戦争す る自己、差別する自己﹂ではないだろうか。それが仏教 に基づく仏教徒の社会倫理として、文字通り、﹁信仰と 社会﹂で考えることの重要な現実的な宗教的課題である と思います。こういうことが、今回、﹁社会に関わる仏 教﹂を提言する具体的な内容です。まことにまとまりの ない問題提起で申し訳ございません。これで私の時聞を 終わりにさせていただきます。どうもありがとうござい ま し た 。

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二 二 年 度 真宗大谷派教学大会 シンポジウム

左』 ~ 司 信仰と社会 一 楽 真 ︵ 以 下 、 シ ン ポ ジ ウ ム を 始 め て い き た い と 思います。たくさんのご質問を皆さんからいただきまし でありがとうございました。予定では、質問に対してそ れぞれの先生から一言コメントをいただいてから、始め ていこうかと思っていたのですが、ご質問がたくさんあ りますので、まずいくつかの代表的なことをお尋ねした いと思います。重なることもありますので、ご質問を採 り上げられないこともあるとは思いますが、ご了承くだ さい。まず、二人の先生にお尋ねします。大きなテ l

一 楽 ︶ 23 発 題 者 ︵ パ ネ リ ス ト ︶ 古 同

楽 畑 橋

れ 瓦 ﹁ 東 京 大 学 J 士 R f 大 学 院 教 授 下

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両 朋 大 学 J 一 I 4 f 特 任 教 授 下 ︺ ヨ 一 、 へ 大 谷 大 学 教 授 ・ J

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ノ ハ 子 会 委 員 ﹂ オ斤 仁1

会︵コーディネータ l ※ 二 O 一 三 年 七 月 七 日 現 在 ではありますが、日本の仏教の歴史を見ますと、特別な ものを除いて、今日まで仏教は社会に関わってこなかっ たのではないかというご質問であります。ある意味で、 仏教の全体的な雰囲気を﹁風土﹂とおっしゃっています が、なかなか社会に関わってこなかったその﹁風土﹂と いうものをどうすれば変えられるか、というご質問をい ただいております。また、同じ方が二つ目に、例えば真 宗が社会に関わる仏教だというならば、日本の神道につ いても学ぶ必要性があるのではないかという指摘をされ

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24 ています。この日本の﹁風土﹂ということでありますが、 それぞれの先生方がどのようにお考えになっておられる か、お聞かせいただきますでしょうか。 高橋哲哉︵以下、高橋︶日本の﹁風土﹂ということです ね。様々な社会問題について関わったり考えたりしてい ると、日本では人権という概念が、憲法に明記されては いますが、実感としてなかなか根付いていないのではな いかと感じます。仏教と人権という概念が、はたして馴 染むかという根本問題もあると思います。仏教は日本に かなり根付いていますが、本来の仏教が日本の﹁風土﹂ あるいは神道的な環境によって変わってしまったのでは ないかという問題意識も成り立つだろうと思います。私 はそのような中で西洋哲学を勉強してきましたが、日本 の﹁風土﹂をやはり少しずつでも変えていきたいと思っ ております。そういう見地からいいますと、やはり尾畑 先生が強調された、他者との関わり、あるいは世界との 関わり、そういうところに日本を開いていくというより も、既に存在している、ある種保守的な空気、﹁風土﹂ を開いていこうということになります。そのような﹁風 土﹂的なものを開いていくにはどうしたらいいか。自分 が他者との関係、あるいは世界との関係の中にあって、 実はそれ抜きには自己は成り立たないということを踏ま え、世界や他者に聞かれていくような、様々なきっかけ を作り出していく。この中にそのような空間を少しでも 広げていくという形で変えていく、私自身はそういうつ もりで考えています。 一楽ありがとうございます。尾畑先生はいかがでしょ う か 。 尾畑文正︵以下、尾畑︶質問の方は、社会に関わらない 日本の仏教、またそのような﹁風土﹂、さらに神道との 関わりを出されておりましたので、その辺のところを具 体的なことでお話ししたいと思います。私は三重県いな べ市員弁町というまだ都市化されていないような所に住 んでおり、そこにある寺の住職をやっております。周り は田んぼというような所で生活しております。政治的な 風土としては保守的な基盤の中で生活しています。その 中で、今日申しあげたことがはたしてどのように聞かれ ていくのか、展開していくのかとなると、本当に難しい 問題であると思います。しかし、その難しい中にも、高

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信仰と社会 橋先生がおっしゃった﹁風土﹂が変わっていくという、 そんな兆しもあります。やはり、積権的に人との出会い を設けて、それで一人ひとりが変わっていくということ があると思います。私の友人に、ハワイで開教使をして いる方がおりますが、その方がハワイの先住民族の方々 を私のお寺に連れてきてくれました。その時にお寺で ﹁フラダンスのタベ﹂という催しを行いました。今なら たくさんの人が集まるかもしれませんが、その当時はま だフラダンスがブ

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ムではありませんでした。それでも 関心がある方が参加され、五人の先住民族の方が様々な 形のハワイの歌や踊りを披露してくださいました。その 最後に、戦争経験者で職業軍人であり、いつも祝日には 日の丸を掲げ、保守党議員の経験も積んでおられるお寺 の総代長がハワイの方たちを前にしてどうしても言いた いことがあるというので、マイクを渡しました。すると、 総代長が突然に﹁五五年前には、ハワイの皆さんには本 当に申し訳ないことをした﹂とおっしゃいました。真珠 湾攻撃のことをハワイの方に謝罪するのです。私はもう びっくりしました。まさかお寺の総代長さんが、ハワイ の方々に五五年前の真珠湾攻撃に対して本当に申し訳な いことをしたと謝罪されるとは思いませんでした。する 25 ハワイの独立を目指すハワイ独立党というのがある のですが、同行していた党首の女性が、﹁私にそのマイ クをください﹂とおっしゃいました。それでその方は ﹁真珠湾攻撃から数えて

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年後、日本に対して、広島・ 長崎に原爆を投下したことについて深くお詫びし、謝罪 いたします﹂と一面われました。直接アメリカ人から広島 と長崎への原爆投下の謝罪を受けたのはこれが唯一であ りました。なぜ謝罪したか。日本人がアメリカ人に向け て真珠湾攻撃を謝罪した。それをきっかけにアメリカ人 が日本への原爆投下を謝罪する。これは小さな出来事で すが、本当に大きな意味のある出来事だったと思います。 それが、保守的な思想背景を持つ人の中で展開したとい うこともあって、私どものお寺は﹁非戦平和のお寺﹂と 勝手に名付けて、村に宣伝しております。話を戻します。 保守的な基盤、つまり質問にありました﹁風土﹂と神道 との関係はというと、これは簡単には説明できません。 しかし、真宗に学ぶ者にとって、日本における民族宗教 の問題が、私たちの生きる依り処を問、ってくれる大事な 機縁になっていると私は思います。常に葛藤する中で真 宗を学んでいくということ。それは大事な問題だと思い ます。また機会があったらこのような話もしたいと思い と

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