NII-Electronic Library Service 「
三
心
」に
つ
い
て
堀
本
賢
順
N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
は
じ
め
に こ の 小 論 は 、 西 山
浄
土宗
南 部 地 方 教 学講
習 会 、 同 西 部 地 方教
学 講 習 会 で 、 「 五 段鈔
の 三 心 に つ い て 」 、 「 三 師 〈善
導 ・法
然 ・ 西 山〉
の 三 心 に つ い て 」 と 題 し て 講 演 を し た も の を ま と め た も の で あ る 。 従 っ て 論文
と し て の体
裁 も ま と ま り を 欠 き 「 学報
」 掲 載 に は 不 適 当 な も の で あ る が 、 何 ら か の参
考
に な れ ば と思
い 敢 て 発 表 し た 次第
で あ る 。 一1
一 一 、序
壬△. 面冊e
三 心 の 必要
性 我 々浄
土 行 者 の 信仰
目 的 は 仏 の 国 に 往 き 生 れ る こ と で あ る 。 そ の為
に こ そ 本 願念
仏 が 説 か れ た と 云 え る 。 で は何
故 に 仏 国 土 に 生 れ た い と 願 う の で あ ろ う か 。 そ れ は仏
国 土 は 法蔵
菩
薩
が 我 々 極 悪 深 重 の 苦 機 を 救 わ ん が 為 に 四 十 八 願 を 成就
さ れ た 極 楽 国 土 、 即 ち 別 願酬
因 の 土 で あ る か ら に 他 な ら ず 、 人 間 の 理想
的
境 地 で あ る か ら で あ る 。 「 三 心 」 に つ い てNII-Electronic Library Service 西
山 学 報 浄 土 三 部 経 に は 金 ・ 銀 ・ 瑠 璃 玻 瓔 等 ・ 有 七 宝 池 八 功 徳 水 ・ 曼 陀 羅 華 の 雨 ・ 孔 雀 、 オ ー ム の さ ・ 兄 ず り . 但 受 諸 楽 の 国 土 . 如 来. 応 供 の 説 法
白
・ 水 ・ 池 等 の 所 入 の 身 土 が 随 所 に 説 か れ て い る 。 ・ れ犠
土 た る 裟 婆 世 界 と の 対 比 に お い て 描 か れ て い る が 、 こ の 現 実 の 裟 婆 世 界 を 浄 土 へ 転 換 し て い く 努 力 こ そ が 必 要 な こ と で あ る 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
同 時 に 理 想 的
境
地 に 生 れ た い と 欣 う こ と は 現 実 世界
諸
相 へ の 反 省 、 換言
す れ ば 娑婆
世 界 か ら 避 れ た い と い う 心 の作
用 で あ り ・ 所謂
「騨
墜
野
塗
」 で あ ・ ・ 厭欣
心 あ る が 故義
・ の往
生 が 遂げ
ら れ る の であ
り 、 ・ の 「 心 」 こ そ が 弥 陀 よ り我
ら に 与 え ら れ る 浄 土 信 仰 の 心 理 的 基 礎 で あ る 。 源 信 ( 往 生 要 集 ) … … 厭 離 穢 土 ( 六 道 ) 欣 求 浄 土 ( 十 楽 ) を 挙 ぐ 法 然 ( 選 択 集 ) … … 夫 れ 速 や か に 生 死 を 離 ん と 欲 せ ば 二 種 の 勝 法 …・ : 証 空 ( 五 段 鈔 ) … … 夫 れ 速 や か に 生 死 を 離 ん と 欲 わ ば 浄 土 の 一 門 に 依 る べ し 。 一 2 一 こ の 「 心 」 に は安
心 、 三 心 、 往 生 を 願 う 心 ( 願 往 生 心 ) 、 願 生 心 、菩
提 心 、 あ る が い ず れ に せ よ こ の 心 が 無 く て は 我 々 の 往 生 は あ り 得 な い の で あ る 。無
上 心 等、 い ろ い ろ な 表 現 の 異 り は 「 観 経 に は 若 有 二 衆 生 一 願 ゾ 生 二 彼 国 一 者 発 三 二 種 心 一 即 便 往 生 と あ る 」 従 っ て浄
土教
の 根 本要
件 は 三 心 、 即 ち 浄 土 実 践 心 理 と 起 行 ( 行 法 ・ 行 為 . 念 仏 ) と い う 両 面 で 把 握 さ れ ね ぽ な ら な い も の で あ り 、車
の 両輪
、 鳥 の 両 翼 に た と え ら れ る の で あ る 。 正 し い 信 仰 と 実 践 は 三 心 な く し て は 考 ・ 兄 ら れ な いNII-Electronic Library Service も の で あ る 。 つ ま り
念
仏 を 「行
じ て い く 」 と い う こ と は 念 仏 を 正 し い 方 向 、 目 的 に向
っ て 推 進 さ せ て い く こ と で あ る が 、 そ こ に は当
然
正 し い 心 ( 心 構 え ) 、目 標 が 具
備
さ れ て い な け れ ば な ら な い わ け で 、 も し こ れ ら が 欠 如 し て い れ ば 誤 っ た 方向
に進
む こ と に な る 。 故 に 三 心 は 信 仰 増 進 の 為 に 、 又仏
意 に 契 っ た 念仏
正 定 業 を修
し て い く 上 に 必要
欠く
べ か ら ざ る も の と 言 え る の で あ る 。 と こ ろ で 善 導在
世
当 時 、 摂 論家
諸 師 は浄
土 教 の 念 仏 法門
は 別 時 意 の 方 便 説 で あ り 、直
ち に 往 生 し て無
生 を 証 得す
る行
で は な い と 主張
し た 。 こ の時
善 導 は 全 力 を 注 い で浄
土 教 の 正 し い 立 場 を 高 揚 し 、教
学 組織
の 上 か ら 解 明 し よ う と し た 。 即 ち 念 仏 は 「 唯 願 無 行 」 で は な く 「 願行
具 足 」 で あ る こ と を 示 し安
心 、 起行
、 作 業 と い う浄
土実
践 内 容 の 分類
を し て 、 異 学 、 異見
の 者 の 為 に 阿 弥陀
仏 信仰
を 動揺
さ れ て は な ら な い と 諭 さ れ た の で あ る 。 善 導 (嚢
分 )…
言 南 無 者 即 是 帰 命 亦 是蠡
回 向嚢
高
鏡
仏 者 即 是 其 行 以 斯 義 故 必 得 往 生 〃 ( 往 生 礼 讃 ) … … 四 修H
恭 敬 修 、 無 間 修、 無 餘 修、 長 時 修 一3
一N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
⇔
出
典
三 心 は 周 知 の と お り 「 観 無 量 寿 経 」 の 「 上 品 上 生 」 に 「 若 有 衆 生 願 生 彼 国 者 発 三種
心 即 便往
生 何等
為 三 一 者 至誠
心 二 者 深 心 三 者 回 向 発 願 心 具 三 心 者 必 生 彼 国 」 と あ る 。 こ Σ で は 一 者 〜 三 老 と 三 心 の名
を 挙げ
、 こ の 三 心 を 具 す る 者 は彼
の 国 へ 即 便往
生 す る と 説 か れ て い る 。 し か し 経 文 に は 名 の み挙
げ ら れ て い る だ け で 、 そ れ ら は 一体
ど の 様 な 「 心 」 を 指 す の か の 説 明 が な さ れ て い な い 。 従 っ て 諸 師 そ れ ぞ れ 自 ら の 教 学 的 立 場 、 領 解 の も と に 自由
な解
釈 を し 、 各宗
各
派 異 っ た 教義
の 中 に 組織
さ れ 、 位 置 づ け ら れ て い る の で あ る 。 又 、 三 心 は 観経
に の み 説 か れ て い る の で は な コ ニ 心 L に つ い てNII-Electronic Library Service 西 山
学 報 く 他 の 経 論 に も 説 か れ 、 把 え 方 に も 大 き な 差 異 が
存
在 す る 。 イ 、 浄 土 に 生 れ る 為 に 必 要 な 三 種 の 心 〈 観 経V
至 誠 心 ・ 深 心 ・ 廻 向 発 願 心 卩 、 菩 薩 の お こ す 三 種 の 心 八 起 信 論 〉 直 心 ・ 深 心 ・ 大 悲 〈 起 信 論 〉 真 心 ・ 方 便 心 ・ 業 識 心 く 維 摩 経V
直 心 ・ 深 心 ・ 大 乗 心 ハ 、 凡 夫 の 除 ぎ 得 な い 三 種 の 心 〈 金 光 明 最 勝 王 経 〉 起 事 心 ・ 依 根 木 心 ・ 根 本 心 ( 4 ) 二 、 聖 者 が 滅 ぼ さ ね ば な ら な い 三 種 の 心 〈 成 実 論 〉 仮 名 心 ・ 法 心 ・ 空 心N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
日 三 心 と
菩
提 心 こ れ ら の 三 心 に つ い て は 観 経 と 諸 経 と の 同 異、 三 心 と菩
提 心 と の 同 異 、 三 心 の具
不 具 の判
断
、 三 心 の 退 不 退 、 三 心 の 諸 行 へ の 通 不 通 等 い ろ い ろ な 閲題
を含
ん で い る が 、今
は 三 心 と 菩 提 心 の関
係 に つ い て 言 及 す る 。 ( 5 ) 法 然 上 人 の 選 択 集 で は 菩 提 心 は廃
捨
さ れ る 雑 行 の 一 と し て 取 り扱
わ れ て い る 。浄
土往
生 に は 念 仏 の み と の 根 本 主 ( 6 ) 張 で あ る 。 又 、 一 枚 起 請文
に は 三 心 、 四 修 も念
仏 に 包 含 さ れ る と し て い る 。 こ れ は 善 導 が観
経 流 通 分 の 「 汝 好持
是
( 7 ) 語 持 是 語 者 即 是 持 無 量寿
仏 名 」 を 「 上 来 雖 説定
散 両 門 之 益 望 仏 本願
意
在 衆 生 一 向専
称 弥 陀仏
名 」 と 釈 さ れ た の に ょ り 、 定 散 文 中 の 菩 提 心 は 選 捨 さ れ 、唯
専 称 仏名
の み を 選 取 さ れ た の で あ る 。 こ 玉 で の 菩 提 心 に 対 す る 考 え 方 は自
力 聖 道 門 の菩
提 心 、 即 ち 現 世 に 於 て 自 ら の 修 行 に よ っ て 成仏
を 求 め る も の で あ る か ら 雑 行 と さ れ た の で あ ろ う 。 こ れ に 対 し 浄 土 の 菩 提 心 は 弥陀
に 帰 命 し た と こ ろ の 願 心 で あ る 。 聖 道自
力 の 菩 提 心 と 、 浄 土 他 力 の 菩 提 心 の 区 別 が畢
竟 三 心 と 菩提
心 の 同 異 を 判 ず る 基 と な る の で あ る 。 一4
一NII-Electronic Library Service 証 空 … … 三 心 を 具 す る 理 を 観 門 と 云 ふ 。 仏 説 に 約 す れ ば 観 門 な り 、 行 者 の 心 に 随 へ ば 三 心 な り 真 実 の 無 上 心 は 唯 こ の 観 門 の 三 心 な り 、 此 の 義 に 依 ら ば 三 心 を 指 し て 菩 提 心 と 云 ふ べ し。 ( 9 ) 証 空 … … 此 の 謂 れ を 心 得 た る を 三 心 と も 帰 命 と も 南 無 と も 発 願 と も 帰 依 と も 正 念 と も 憶 念 と も 菩 提 心 と も あ ま た に 申 す 也 証 空 … … 行 門 の 菩 提 心 に 依 り て 往 生 せ ん と に は あ ら ず 観 門 の 三 心 に よ り て 往 生 し て 菩 提 を 得 べ け れ ば 此 の 心 を 指 し て 真 実 の 菩 ( Ol ) 提 心 と 言 ふ
N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
以 上 の こ と か ら 三 心 即
菩
提 心 と 言 う の は 、 他 力 観 門 に依
っ て 我等
の 往 生 が 定 ま る こ と を 指 し て 云 う の で あ り 、 自 カ 所 発 の 行 門 の 菩 提 心 に 約 す れ ば 別 に な る の で あ る 。 法 然 が 選 択集
で 選捨
さ れ た の は自
力 の菩
提
心 で あ り 、 こ れ が雑
行 た る 所 以 で あ る 。 三 心 を発
さ し む る も の は 仏 の 本 願 力 で あ り 、 衆 生 の 心 と弥
陀 の 誓 い と が 一 つ に な っ た と こ ろ に 出 る 心 こ そ が 正 し く 三 心 の 名 に値
す る も の と 言 え る であ
ろ う 。三 心 の
位
置 づ け け さ て 、 「 観 経 」 所 説 の 三 心 に つ い て概
観
し た い 。 善 導 は 「 散 善 義 」 冒 頭 に 「 三輩
散
善
一 門 の義
を 解 す 」 と 言 っ て 、 三 福 正 因 、 九 品 正 行 を 明 か し て い る 。 世 福 、戒
福
、 行 福 の 三 福 と 、 上 品 上 生 か ら 下 品 下 生 に 至 る 九 品 で あ る 。 そ し て 九 品 に そ れ ぞ れ 十 一門
の 義 が あ る と し て 一5
一 一 、 告 明 ( 釈 尊 の 呼 び か け ) 二 、弁
定 其 位 ( 各 品 の区
分
) 三 、 総挙
有
縁 之 類 ( 区分
に 応 じ た 人 々 の内
容 ) 四 、弁
定 三 心 以 為 正 因 (往
生 の 正 因 と し て の 三 心 ) コ ニ 心 」 に つ い てNII-Electronic Library Service 西
山 学 報 五 、 簡 機
堪
与 不堪
( 行 に 堪 え る か 否 か ) 六 、 受 法 不 同 (人
々 の 受 け る 教 の 不 同 ) 七 、 修業
時
節
延
促
有 異 ( 修 行 の 遅 速 ) 八 、 廻 所修
行
願 生 弥陀
仏 国 (功
徳 を 廻 し て往
生 を 願 う ) 九 、 臨 命終
時
聖来
迎 接 不 同 去 時 遅 疾 ( 仏 の来
迎 の 不 同 と 往生
の 遅 速 ) 十 、 到 彼華
開
遅疾
不 同 (蓮
華
が開
く 遅疾
) 十 一 、華
開 已後
得
益有
異 (浄
土 で 受 け る利
益
の 不 同 )N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
を 挙 げ て い る 。 こ れ ら の 十 一 門 は 九 品 の 一 々 に
存
在 す る も の で あ る 。 経 文 を 見 れ ば 十 一 門 全 て を包
含
し て い な い も の が あ る が 、 こ れ は 「 顕 の 義 」 に よ っ て見
る 場 合 であ
り 、「 隠 の 義 」 よ り み れ ば 各 品 各 生 に こ れ ら
十
一 門 全 て が具
備
さ れ て い る と い う の で あ る 。 従 っ て 四 番 目 の 「 弁 定 三 心 以 為 正 因 」 と い う の も 隠顕
不 同 の義
はあ
っ て も 「 三 心 」 が 九 品 に通
じ て い る と い う こ と で あ り 、 故 に 三 心 具 足 の念
仏
が 極楽
浄
土 に 往 生 で き る 正 行 で あ る こ と を 説 き 明 か し て い る の で あ る 。 我 々 は と か く 「 顕 の義
」 に よ っ て 文 を見
が ち で あ る が 、 釈 尊 や 祖師
の 意 が奈
辺 に存
す る か 、 そ の奥
に 秘 め ら れ た真
意 を 測 ら ね ば な ら な い 。 先述
の如
く 三 心 は 観 経 の 上 品 上 生 に由
来
す る 。 経文
の 取意
は 「 上 品 上 生 と い う の は 、 極楽
浄
土 に往
生 し た い と 願 っ て 三 種 の 心 を発
す 人 で あ る 。 そ の 三種
と は 至 誠 心 、深
心 、 回 向 発 願 心 で 、 こ の 心 を 具 せ ば 必 ら ず彼
国 に 生 ず る こ か と が で き る 」 と の 意 で あ る 。善
導 は 「此
の 三 心 を 具す
れ ぽ 必 ず 生 る 玉 こ と を 得 る な り 。 若 し 一 心 も少
け な ば 即 ち 生 ( 12 ) ( 13 ) ( 聾 ) 「 三 心 は 領 解 の 一 心 な り 」 、 る る こ と を 得 ず 」 と 云 い 、法
然 は 「念
仏
の 行 者 必 ら ず 三 心 を 具 せ よ 」 と 云 い 、又
証
空 は 一6
一NII-Electronic Library Service
嶺
蟹
は 名 号 帰 入 の 心 な塑
と 解 し て い る ・観
経 の 説 相 で は 示 観 縁 に お けゑ
毳
他 力 領 解 の志
、又
未 来 世蒭
衆 生 に は 観 門1
ー 正 宗 十 六観
を 通 し て 弘 願 を 領 解 し た 帰 命 の 一 心 、 そ れ を 開 い た も の が 三 心 で あ る と い う 。 証 空 … … 『 南 無 と 云 ふ は 正 し き 我 等 が 体 な り、 即 ち 三 心 な り 、 故 に こ の 南 無 が 阿 弥 陀 仏 の 体 に 具 せ ら れ て 名 号 と な る ぞ と 心 得 ・ と ・ ろ霍
告
て あ ・ な り ( 略 ) 此 の 調 胴 れ を 心 得 る と ・ ろ を瞿
笙
と 名 付薦
な り、 さ れ ば 正 . く笙
の 体 は 此 。 三 心 に て 南 無 阿 弥 陀 仏 に 極 ま る な り 』 と 三 心 即 南 無 が 往 生 の 体 で あ る こ と を 示 し て い る 。 証 空 … … 法 語 … … 迷 の 我 ら が 上 に お い て 正 覚 を 成 ず る と き 迷 悟 が 一 に な り た る と こ ろ を 南 無 阿 弥 陀 仏 六 字 の 名 号 と 申 す な り 。 然 る 問 南 無 は 迷 い の 衆 生 の 体 な り 覚 り と 言 う は 阿 弥 陀 仏 の 体 な り こ の 二 が 一 に な り た る と こ ろ を 仏 に つ け て は 正 覚 と い Σ ( π ) 凡 夫 に つ け て は 往 生 と 云 う な り さ れ ば 三 心 は 乃 至 十念
の起
行
と あ い ま っ て浄
土 実 践 上 の 本質
的 、 根 本的
要素
で あ る と 云 え る の で あ る 。善
導
は浄
土往
生 業 の 中 で 「信
心 」 の 重 要 な る こ と を 随 所 で 説 き 明 か し て い る が こ れ ら は 我 等 は 五 濁悪
世 に 住 す る 煩 悩 具 足 の 凡 夫 な る が 故 に 、先
ず
「 信 」 が 必 要 で あ る こ と を 勧 め た も の で あ り 、 こ れ ら の 「 信 」 の 具体
的 内 容 が 三 心 であ
る 。 一7
一N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
善
導
…
『 然乏
弥 陀 世 尊、 本、 深 重 ・纛
を 発 ・ 、 光 明 名 号殯
・ + 方 を 摂 化 す 但 信 心裘
す る も の を し て圭
形 を 尽 し 下 十 声 一 声 等 に 至 ま で 仏 願 力 を 以 て 往 生 を 得 る こ と を 易 か ら し む 』 と あ る の は 弥 陀 の 本 願 は 光 明 名 号 を も っ て 一 切 の も の を 摂 化 し 給 い 信 心 求 念 す る 者 の 往 生 を 明 か し て い る 。 ( B ) 〃 … … コ 念 を 立 し て 是 の 法 を 信 じ 所 聞 に 随 て 其 の 方 を 念 じ 宜 く 一 念 に し て 諸 想 を 断 ず 定 信 を 立 し て 狐 疑 す る こ と 勿 れ 』 と あ る の は 般 舟 三 昧 の 教 え を 信 じ 孤 疑 の 心 を 起 す こ と な く 定 信 を 立 つ べ き こ と を 明 か し て い る 。 「 三 心 」 に つ い てNII-Electronic Library Service 西
山 学 報 ( 20 ) 〃 … … 『 大 に 慚 愧 す べ し 釈 迦 如 来 は 実 に 是 れ 慈 悲 の 父 母 た り 種 々 方 便 を も て 我 等 が 無 上 の 信 を 発 起 せ し め 給 ふ 』 と あ る の は 無 上 心 を 発 起 す べ き こ と を 明 か し て い る 。 ( 21 ) 〃 … … 『 決 定 し て 深 く 信 ず 自 身 は 現 に 是 れ 罪 悪 生 死 の 凡 夫 〜 』 、 『 決 定 し て 深 く 信 ず 彼 の 阿 弥 陀 仏 四 十 八 願 を も て 』 こ の 二 頃 は 深 心 釈 の 二 種 深 信 で、 い ず れ も 深 く 信 ず る こ と の 重 要 性 を 明 か し て い る 。
N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
二 、
本
払 面冊 さ て 三 心 各 々 の内
容
に つ い て 、善
導 、 法然
、証
空
三 祖 師 の領
解
を 中 心 に窺
い た い 。e
至
誠
心 善導
の 釈意
(散
善
義
) に 依 れ ぽ 、 至 誠 心 と は 真実
心 で あ る 。身
口 意 三 業 に 亘 っ て ( 礼 拝 、供
養
、 讃 歎 、 憶 念 、観
察
等
) す べ て真
実
心 を も っ て行
じ な け れ ば な ら な い と し 、外
見 は賢
、 善、精
進 で あ っ て も 内 心 に 偽 る 心 が あ れ ば そ れ は 「 雑毒
」 、「 虚 仮 」 で あ る と 誠 め て い る 。 所 謂 「
内
外 相 応 」 の 心 を 以 て 至 誠 心 と す る の で あ る 。 一8
一 善 導 … … 至 と は 真 な り 誠 と は 実 な り 。 一 切 衆 生 の 身 口 意 業 に 修 す る 所 の 解 行 必 ず 真 実 心 の 中 に 作 す べ き こ と を 明 さ ん と 欲 す 、 ( 聡 ) 外 に 賢 善 精 進 の 相 を 現 じ て 内 に 虚 仮 を 懐 く こ と を 得 ざ れ 我 々 の 心 は貪
り 、怒
り 、 不 正 、 偽 り 、 は か り ご と 、 あ ざ むき
等
の 悪 心 に満
ち て い る が 、 そ の 様 な 心 を 蛇 蝎 に た と え 、 そ の 不真
実
な 心 を持
つ 者 が 三 業 に 修 す る と こ ろ の 行為
は 、 た と え 日 夜 十 二 時 急 走 急 作 、 頭 燃 を灸
う が如
く 一 生懸
命 作 そ う と も雑
毒
の善
、 虚 仮 の 行 で あ り真
実
と は 云 わ な い と説
明
し て い る 。NII-Electronic Library Service 善 導 … … 此 の 如 の 安 心 起 行 を 作 す 者 は 縦 使 身 心 を 苦 励 し て 日 夜 十 二 時 急 に 走 り 急 に 作 す こ と 頭 燃 を 灸 う が 如 く な る も 衆 て 雑 毒 ( 23 ) の 善 と 名 く 、 此 の 雑 毒 の 行 を 廻 し て 彼 の 仏 の 浄 土 に 生 ぜ ん こ と を 求 ん と 欲 す る 者 は 此 れ 必 ず 不 可 な り そ れ で は 何 故 に
真
実
心 を 持 た ね ば な ら な い か に つ い て 、 弥 陀 は 法 蔵 因 位 の 時 、菩
薩 道 を修
せ ら れ る に 当 り ( 施 為 趣 求 ” 上 求 菩 提 下 化衆
生 ) 一念
一 刹 那 た り と も 真 実 心 を欠
か れ た こ と が 無 く そ の結
果 本 願 成 就 し て 阿 弥陀
仏 に な ら れ 極 楽 国 土 を建
立 さ れ た の であ
る 。 故 に我
ら 浄 土 願 生 者 も そ の 仏 国 土 に 生 れ て いく
為 に は 当 然真
実 心 を持
た ね ば な ら な い と さ れ る の で あ る 。真
実
の み で 完 成 さ れ た 極楽
へ 不 真 実 な る者
が 生 れ る筈
が な い と の見
解
で あ る 。 真 実 心 は菩
薩
の 基 本 的 心構
え で あ る か ら 、 真 実 心中
に 菩 薩 道 を 成満
さ れ た 結果
で あ る 国 土 へ 生 れ る 当 っ て虚
仮 心 あ っ て は な ら ず 真 実 心 を持
つ べ き であ
る と す x め る の で あ る 。続
い て 至 誠 心 の よ り 具 体 的 な 内 容 に つ い て 十 種 の 厭欣
心 の 必 要 な る こ と 、 即 ち 止 悪 、 修善
、 三 業 各 々 の 厭 欣 及 び 三業
全 般 に つ い て の 厭 欣 を 明 か し て い る が 、 要 す る に 、欣
う べ き も の は 真 実 心 を も っ て 心 か ら欣
い 、厭
う べ き も の は真
実
心 を も っ て 心 か ら厭
う と い う こ と を 説 明 し て い る の で あ る 。 以 上 を 概 見 す る に 、 善 導 は 「 至 誠 心 」 を 仏 道 修 行 者 及 び 浄 土 願 生 者 が 持 つ べ き 基 本 的 な 心 と し て 把 え 、 又 こ の真
実
心 無 く し て は 仏 教 に 於 け る信
仰
が 成 り た x な い の で あ る か ら 、 信 心 の 基 本 を なす
心 と し て 示 し て い る の で あ る 。 又 文 意 よ り 判 断 す れ ば こ の 心 は 「 凡 夫 の発
す 心 」 で あ る と 解 釈 し て い る よ う に 思 え る 。 法 然 は 至 誠 心 を 「善
導 釈 全面
受 容 」 と い う 立 場 で臨
ま れ て い る 。 例 え ば 選 択 集第
八章
段 三 心章
で は 「 散善
義 」 、 「往
生 礼 讃 」 の 三 心 釈 を引
用 し て い る が 、特
に 散善
義 に就
い て は 「就
行
立 信 」( こ れ は 第 二 章 段 五 種 正 行 で 引 用 ) を 除 い て 全 文
引
用 し て い る 。 こ の こ と は い か に 法 然 が善
導
に 傾 注 ( 所 謂 『 偏 依 善導
』 )さ れ た か の 傍
証
に も な る 。 コ ニ 心 」 に つ い て 一9
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 西 山 学 報 私 釈 が ご く 僅 か で 量 的 に は 約 一 割 程 度 で あ る こ と は 、 以 上 の
如
く 偏 依善
導
を 物 語 る ほ か 、善
導 の 三 心 釈 に 法 然 自 身 の 三 心 釈 を 加 え る 必 要 が な い こ と 、 或 い は 祖意
を 損 わ な い よ う に と の 配 慮 と 考 え ら れ る 。 且 つ こ れ ら も善
導
釈 の 全 面 受 容 の あ ら わ れ と み る こ と が 出来
る 。 即 ち善
導
の 釈 意 と 大き
な 相 違 が存
在
し な い こ と を 示 し た も の と 受取
る こ と が 出 来 る の で あ る 。 私 釈 に お い て も 師 独 自 の解
釈 は 、 内 外相
応 に 関 し て 「若
し 夫 れ 内 を翻
し て 外 に 播 さ ば亦
出 要 に ( 隣 ) ( 25 ) か 「 明 か に知
ん ぬ 一 も少
け ぬ れ ば 是 れ 更 に 足 る べ し 」 と あ る 以 外 は 特 に無
く 、 た ゴ 「 三 心 は 是 れ 行者
の 至 要 な り 」 、 ( 26 ) 不 可 な る こ と を 、 茲 に 因 て 極楽
に 生 ん と 欲 せ ん 人 は 全 く 三 心 を 具 足 す べ き な り 」 と 三 心 具 足 の 重 要 性 を強
調 し て い る が 、 こ れ ら の釈
は 三 心 そ の も の x 説 明 で は な い 。 法 然 の 至 誠 心 釈 は 「 往 生 大要
鈔
] に 見 ら れ る 。 即 ち 「私
に 料 簡 す る に 、 至 誠 心 と い は 、 真 実 の 心 な り 。 そ の 真実
( π ) と い は 内 外 相 応 の 心 な り 。身
に ふ る ま ひ 口 に 云 ひ 意 に お も は ん こ と 皆人
め を か ざ る こ と なく
誠 を 顕 は す 也 」 と 云 っ て 、 至 誠 心 を 真実
心 、 内 外相
応
の 心 、 人 め を か ざ ら ず 誠 を顕
は す 心 と釈
し 、 又 「 至 誠 心 は深
心 と 廻 向 発 願 心 を 体 と す 、 こ の 二 を離
れ て は 何 に よ り て か 至 誠 心 を 顕 は す べ き 、 広 く 外 を 尋 ぬ べ き に 非ず
、深
心 も 廻 向 発 願 心 も 誠 な る を ( 28 ) 至 誠 心 と は 名 つ く る 也 」 と 釈 し て 至 誠 心 と他
の 二 心 と の関
係 、 位 置 づ け を 示 し 、 更 に 「外
相 の善
悪 を ば か へ り 見ず
世 間 の 謗 誉 を ば弁
へず
内 心 に 穢 土 を も 厭 い浄
土 を も 欣 ひ悪
を も 止 め善
を も修
し て ま め や か に 仏 の 意 に叶
は ん 事 を 思 ( 29 ) ふ を 真実
と は申
也 、真
実
は 虚仮
に 対 す る 詞 也 」 と 示 し て 、 外 相 の善
悪 、 愚 痴 懈 怠 を顧
ず 、 内 心 に 止悪
修
善
を 心 が け 仏意
に 契 わ ん とす
る 心 を真
実
心 と名
づ け て い る の で あ る 。 法 然 は真
実 心 は 罪悪
生 死 の凡
夫 の お こ す 心 で あ る と し て 「 所 詮 は 我 ら如
き の 凡 夫、 を の を の 分 に つ け て 強 弱 真実
( 30 ) の 心 を お こ す を 至 誠 心 と名
付
け た る こ そ 、善
導
の 釈 の 心 は 見 え た れ 」 と 説 明 し て い る 。 即 ち い か に 罪悪
生 死 、 極悪
深 重 の 苦機
で あ っ て も 、 そ の分
斉
に 応 じ た 誠 の 心 を 持 っ て い る と の 前提
の も と 、 そ れ ぞ れ の 機根
に応
じ 、 例、 丸 強 弱 一 10 一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service の 差
位
は あ っ て も 自 ら が 真実
心 を お こ す こ と を 至 誠 心 と 云 う の で あ る と い う の が 善 導 の 理 解 で あ る と み て い る 。 み 善 導 … … 中 間 の 白 道 四 五 寸 と 言 ふ は 即 ち 衆 生 の 貪 瞋 煩 悩 の 中 に 能 く 清 浄 な る 願 往 生 の 心 を 生 ず る に 喩 ふ。 尚 、 法 然 門 下 に お い て も 至 誠 心 を 凡 夫 の お こ す 心 で あ る か 否 か に つ い て 相 違 が あ るN工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
尚
、参
考 ま で に証
空 の 「 女 院御
書 」( 下 巻 ) に 、 法 然 の 言
葉
と し て 北 白 河 の 女 院 が 語 る 文 の 中 に 「 む か し 法 然 上 人 の御
房 へ 尋 申 て候
ひ し か ば 、 三 心 と い う事
は仰
せ ら れず
、 本 願 を ふ か く た の み て 常 に念
仏 す れ ぽ 、 最後
に は か な ら ず 迎 へ さ せ 給窪
箆
と 云 わ れ た と の 問 い に答
え て ・ ・ れ が 正 し く 三 心霜
当 す至
一棄
で あ る と 、 「 か の 願 力 を ふ か く た の め と 候 ひ け る は 至 誠 心 な り 、 か の 願力
を 信 じ て念
仏
せ よ と 候 ひ け る は 深 心 な り 、 最 後 に か な ら ず来
迎 に あ つ か る と 信 ぜ よ と 候 ひ け る は 廻 向 発 願 心 に て候
ひ け る 故 に 、往
生 の こ こ ろ ざ し ふ か く念
仏 せ ば 、 自 然 に 三 心 具 足 の も の に て幽
と 説 明 さ れ て い る ・ 「 三 心 」 と い う 名 を特
に表
現
せ ず と も 「 本 願 を 深 く た の ん で慮
念 仏 し来
迎 に あ つ か る 」 と 信 じ て 念 仏 す る と こ ろ に 三 心 が 其 足 し て い る と い う の で あ る 。 次 に証
空 は 三 心 、 至 誠 心 に つ い て ど の よ う に見
て い る だ ろ う か 。 証 空 の 念 仏 は 億 念 の念
仏 で、( 他 力 .
安
心 ) 領 解 が そ の 大 前 提 に な る 。 領 解 は 勿 論 単 な る 理 解 で は な く韋
提
の他
力 領 解 を 原 形 と す る も の で あ る 。 つ ま り韋
提 が 観 経欣
浄
縁 で光
台 に浄
土 を 見 た 。( 釈
尊
に 見 せ し め ら れ た こ と に気
づ か ず 、 自 分 の 力 で 見 た と 思 う ) そ し て そ こ へ 生 れ る 行 と し て 思 惟 正受
の 定 善 行 を 請 う の で あ る が 、 釈 尊 か ら仏
力 に 依 っ て 見 せ し め ら れ た こ と を 諭 さ れ 、 自 ら の 愚 か さ に 目覚
め て 他 力 を 領 解 し 、 こ の 喜 び で も っ て 未 来 世 一 切衆
生 に 廻 ら そ う と 正 宗 を請
い 願 う 。 こ の 韋 提 領 解 の 一 心 を 未来
世 一 切 衆 生 の 為 に 開 い て 示 し た も の が 三 心 で あ る と 云 う の で あ る 。 コ ニ 心 」 に つ い て 一11
一NII-Electronic Library Service 西 山
学 報 欣 浄 の 五 文 、 序 分 の 三 相 違 、 韋 提 未 来 一 同 、 序 正 一 同 、 見 聞 一 同 と い う 用 語 を 参 照 証 空 ・ 他 筆 鈔 三 心 と は 領 解 の 一 心 な り ( 先 述 ) 証 空 … … 定 散 を 観 門 と し て 弘 願 を 顕 せ ば 観 門 に 依 り て 成 ず る 所 の 行 者 の 心 を 三 心 と 謂 ふ 、 此 の 三 心 に 依 り て 弘 願 に 帰 す れ ば 定 散 二 善 の 体 三 心 に 納 ま り て 悉 く 成 ず 是 を 指 し て 弘 願 に 帰 す と 云 ふ な り、 然 れ ぽ 定 散 の 体 は 即 ち 弘 願 な り、 弘 願 と は 四 十 八 願 な り 、 此 の 弘 願 成 ず る 体 は 阿 弥 陀 仏 な り 、 然 れ ば 定 散 の 開 く 所 の 観 門 は 三 心 に 帰 し 三 心 は 弘 願 に 帰 し 弘 願 は 阿 弥 陀 仏 に 帰 す 。 此 の 体
盛
ぬ れ ば蠹
阿 弥 陀 仏 ・ 名 立 つ奮
若税
得 つ れ ば 三 心篷
散 ・耋
せ ら る x 故 に韓
の 三 心 。 義 を 得 っ れ蹙
散 。 諸 の 功 徳 勝 劣 無 く 等 く 弥 陀 の 功 徳 を 説 き 顕 す な り 。 証 空…
三 心 と は 欣 浄 顕宣
一 縁観
の 心 な り 、 此 の観
の 心 発 て 生 ん と 願 ず れ ぽ 速 か に 生 る 故遅
警
厭 ひ 易 く 仏 法 も 欣 ひ 易 き な り 、 領 解 の 心 の 願 に 入 れ ば 領蟹
心 と;
な り 、 所 謂 示 観 縁 後 の 願鯉
= 心 な り 、 三 心 即 発 願 な り 。 観 は 即 領 解 の 心 な り、 三 心 な り、 三 心 領 解 し ぬ れ ば 即 往 生 は 只 仏 体 な り ( 訂 ) ・ 三 心 と は 韋 提 領 解 の 心 の 形 な り 以 上 は 三 心 は 領 解 の 一 心 た る こ と 及 び 、 定 散 観 門 が 三 心 に 納 ま り 、 弘 願 に 帰 す課
程 の 説 明 で あ る 。 証 空 の 念 仏 は 行 を 中 心 と す る 凡 夫 か ら弥
陀
へ の ア プ ロ ー チ 、 即 ち従
因 向 果 の 救 わ れ る 為 の 行 で は な く 、 救 い の根
源
た る 阿弥
陀
仏 は 十劫
正覚
で あ り、衆
生 の往
生 と 自 ら の 正 覚 を 同時
倶
時 に 完遂
さ れ て い る 弥陀
か ら の従
果 向 因 に よ る 救 わ れ て い る こ と の 確 認 即 ち 信 を 中 心 と し た も の で あ る と 云 え る 。 こ の こ と に気
付 か せ て も ら う こ と に他
な ら な い の で あ る 。 証 空 の 至 誠 心釈
は 観 門義
・ 他 筆鈔
に 詳述
さ れ て い る が今
は 「 五 段鈔
」 に 依 っ て窺
う こ と に す る 。 こ れ に よ れ ば 善 導 の 釈 文 か ら は 、 我 々 の現
実 の 不真
実
の 相 と し て 「外
に 賢善
精
進 の相
を 現 じ て内
に虚
仮 を 懐 く こ と を 得 ざ れ 云 々 」 の 文 と 、 更 に そ の 様 な 不真
実 の 内 外 不 相 応 の 心 で は 生 涯 行 を 励 ん で も 往 生 は 不 可 な り と す る 「縦
使
身 心 を 苦 励 し て 日 夜 十 二 時 急 走急
作 し て 〜 雑 毒 の善
と名
づ け 又 虚仮
の 行 と 名 づ け真
実
の 業 と 名 づ け ざ る な り 」 の 二文
を 引 用 し て 師 一12
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 独 自 の 見
解
を 展 開 さ れ て い る 。 善 導 は 「 至 誠 心 と は真
実
心 な り 」 と 釈 さ れ た が 我 ら に と っ て の真
実 心 と は → 体何
で か ざ ( 38 ) あ る か?
に つ い て 「 真実
の 心 と は 正 直 の 心 な り 、 正直
の 心 と は 厳 ら ざ る 心 な り 」 と 説 明 し て い る 。 云 う 所 の 正 直 の 心 と は 、雑
毒
虚
仮 の 行 で は浄
土 に 往 生 す る こ と が 出来
な い と 知 る 心 で 、厳
ら ざ る 心 と 言 う の は 、 自分
に 真 実 が あ る と 思 い 過 ご さ な い 心 で あ る 。 然 ら ば 我 々 凡 夫 に こ の 様 な 真 実 心 が存
在 す る か 否 か 。 証 空 は 次 の よ う に 説 明 す る 。 「 法 蔵 菩薩
の 因 中 に し て 六度
万 行 を 選 び捨
て 給 ひ し 心 は真
実
な り と 知 る は 我 ら が 真 実 な り 、 別 に 法 蔵 菩 薩 の御
心 を ( 39 ) 離 れ て 真 実 を 尋 ぬ べ か ら ず 」 と あ る よ う に 法 蔵 因 中 の 昔 二 百 一 十億
諸
仏 刹 土 の 中 よ り善
、 妙 、好
な る 本 願念
仏 を 選 取 し 、悪
、驫
、醜
た る諸
行 を 選 捨 さ れ た 御 心、 願 心 の み が あ り う る限
り の 唯 一 の真
実
で あ る と し 、我
ら 凡 夫 の 真 実 を 徹 底 的 に 否 定 す る 。 こ の法
の真
実 を 知 る こ と の み が 我 ら に と っ て の真
実 と い う の で あ る 。 換 言 す れ ば 、 法蔵
菩 薩 が 因 中 の 発 願 、修
行 に際
し 凡 夫 往 生 の 行 と し て 六 度 万 行 を 選 び捨
て 、念
仏 を 選 び 取 っ た 心 こ そ が 本 当 の意
味
の真
実
で あ り 、 我 ら に と っ て の真
実
と は 法 蔵 の真
実
を 知 る 心 の み が そ の 名 に値
す る の で あ る 。「 法 の
真
実
」 が 唯 → の 真実
で あ る と い う認
識 が 、 私 に真
実
な し と 受 け と め ら れ る 。 そ こ に素
直 に法
の 真 実 が 頂 け る 、 こ れ が 凡 夫 に と っ て の真
実 、 機 の 真実
と い わ れ る も の で あ る 。 こ の 心 が 絶 対 他 力 に 向 え ば 、 南 無 と な る の で あ る 。 五 段 鈔 の 趣 意 に よ れ ば 「 本 願 第 十 八 願 に 『 十方
衆 生 至 心 信楽
欲 生 我 国 乃 至 十 念 』 と 誓 っ て あ る 。 そ の 至 心 と 言 う の は 、 法 の 真実
を 頂 い て 、 法 の 真実
、 仏 の 願 心 に 対 し て 一 心 に 専 ら真
向
き に な る と い う こ と で あ り 、 法 蔵 の 因 縁 を 知 り て 、真
心 の 御 心 を 知 れ ば 、 ( 如 ) 凡 夫 の 心 の 上 に 仏 の 真実
が働
い て 、 か く な れ ば 我 ら は 自 然 に妄
想 著 心 を 離 れ て 真 実 の 心 に な る 」 と い う の で あ る 。 ( 41 ) 「 叶 ふ こ と を ば 叶 ふ と知
り 、 叶 は ざ る事
を ば 叶 は ざ る と 知 る 心 」 と 言 う の も 、 自 力 往 生 不 可 、他
力 往 生 可 と い う 纈 味 で 、 人 に 良 い と こ ろ を見
せ よ う と か賢
・ 善 、精
進 ぶ っ た ふ る ま い を し な い で 、 自 ら の 自 覚 と 反省
の 心 を も っ て 背 伸 び を し な い 心 を 表 現 さ れ た も の で あ ろ う 。 コ ニ 心 」 に つ い て 一13
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 西 山 学 報 証 空 … … 不 真 実 の 心 と は 自 力 を 以 て 出 離 せ ん と 思 う 心 な り ( 中 略 ) 真 実 の 心 と は 領 解 の 心 な り 、 領 解 の 心 と は 自 力 を 捨 て N 他 ( 24 ) 力 に 帰 す る 心 な り な 〃 五 段 鈔 ・ 観 門 義 … … 衆 生 の 心 に 非 ず 仏 の 御 心 な り ( “ ) 〃 … … 自 力 の 行 に て は 往 生 は か な ふ べ か ら ず 。 仏 力 難 思 の ゆ え に 生 死 は は な る べ か り け り と こ こ ろ う る を 至 誠 心 と は 申 な り 〃・
…
女 院響
…
我 心 の 真 実奮
窒
誠 心 と 中 す な ら琶
旨
力 の 発 心 な り 、 全 − 他黎
願 心 に あ ら ず峩
心 は震
な れ ど も 真 実 の 本 願 を あ ふ ぎ て か の 仏 を た の み た て ま つ る に よ り て 真 実 の 心 の 起 る と は 申 候 な り ( 妬 ) 〃 … … 述 成 … … 叶 ふ ま じ き 事 を 叶 ふ べ し と 思 ふ は 成 ぜ ず し て 叶 ふ ま じ と 思 い 知 る 所 に 成 ず る は 真 実 他 力 の 故 な りN工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
以 上 に よ れ ぽ 至 誠 心 は 畢
竟
た ぼ ひ た す ら に如
来 の真
実
を 迎ぎ
、 我 等 凡 夫 の 側 を 中 心 に し た 立 場 に 立 た な い と い う こ と で あ る 。絶
対
の 真 実 は 我 ら を離
れ た 所 に存
在 す る 。 し か し こ の 絶 対 の真
実
が 速 や か に 我 ら に 至 る の で あ る 。 な 「 諸 悪 を 流転
の業
と 知 り 諸 善 を ぽ 虚 仮 の 行 と 知 り て善
悪
の言
に 順 は ざ る を真
実
の 心 と 言 ふ な り 」 と自
力
の 諸 善 、諸
行
を 励 む こ と なく
、 娑 婆 の諸
現
象 に 迷 わ さ れ る こ と な く 、 我 心 の 不真
実 な る 雑 毒 虚 仮 を 捨 て Σ仏
の 真実
に 帰 入 す る と 、 そ の機
の 上 に 真 実 が 顕 わ れ る、 そ れ が 至 誠 心 即 ち 真実
心 と 云 う の で あ る 。 か く な れ ば 善 導 が 至誠
心 釈 で 言 う 十 種 厭欣
の 止悪
修
善
の 心 も自
然 に 起 り 、 凡 夫 は 凡 夫 な が ら そ の 能 力 に応
じ た実
践 が よ ろ こ ば れ る 筈 で あ る と し て 「 又 真 実 の 心 を発
し ぬ れ ば 誠 に 娑婆
を 厭 い 浄 土 を 欣 い悪
を 止 め て善
を 行 じ て 一 切 菩 薩 の 如 く な ら ん と 思 ふ べ し 、 故 も に 至 誠 心 と 名 つく
」 と 結 ば れ て い る の で あ る 。 口 深 心 善藻
深 心 を 「馨
義 」 ・ 「 往 生 礼 讃 」 津 鵬藻
く 信 ず ・聾
辷
、百
身
は 罪 悪 生 死 の 凡委
あ ・ て嶷
の 縁 な ロ き 者 」 で あ る こ と ( 信 機 ) と 、 「 浄 土 三 部 経 に 依 っ て弥
陀 の 本 願 、 釈迦
の説
、 諸 仏 の 証 」 を 信 ず る こ と ( 信 法 ) の 一14
一NII-Electronic Library Service 二
種
深 信 を 明 か し て 、 こ の機
と 法 と の 信 心 に 対 し て 一念
の疑
心 を も持
た な い こ と で あ る と い う 。信
機
釈 に お い て 、現
実 の 人間
を曠
劫
流 転 の 煩悩
某 足 の凡
夫
と 位 置 づ け 、 深 い 自 己 反省
の念
を懐
く こ と が 信仰
上 極 め て重
要 な る こ と を 明 か す の で あ る 。善
導
が かく
説 か れ る の は 、 師 の 教 学 の中
心 た る 懺 悔 思 想 が 根 底 に あ る か ら で ( 51 ) あ ろ う 。善
導
は懺
悔
を 重 視 し 、 五 部 九巻
の 随 所 に 説 い て い る が 、 就 中 、「 礼 讃 」 に は
要
・ 広 ・ 略 の 三 つ の懺
悔 、 上 中 下 の 三 品 の厳
し い 自 責 の懺
悔 を 述 べ て い る 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
善 導 … … 散 善 義 … … 決 定 し て 深 く 自 身 は 現 に 是 れ 罪 悪 生 死 の 凡 夫 、 昿 劫 よ り 已 来 常 に 没 し 常 に 流 転 し て 出 離 の 縁 あ る こ と な し ( 52 ) と 信 ず ( 53 ) 〃 … … 礼 讃 … … 自 身 は 是 れ 煩 悩 を 具 足 せ る 凡 夫 善 根 薄 少 に し て 三 界 に 流 転 し て 火 宅 を 出 で す と 信 知 す 即 ち
善
導
は 無 始 已来
の 煩 悩 、罪
業 を背
負 っ て い る の が自
分
で あ る と 自覚
し懺
悔 を基
盤 と し た 内 省 の 信 を 持 つ こ と を勧
め て い る の で あ る 。 次 に 法 の 深 信 で あ る 。 法 の 深信
と は浄
土 三 部 経 に依
っ て 、「 弥 陀 の
慈
悲 を 仰 い で浄
土 に 往 生す
る こ と を 願 う教
」 に よ ら ね ぽ悟
り を 得 る 道 が 全 く閉
ざ さ れ て い る と い う こ と を 深 く 信 ず る こ と を指
す 。具
体 的 に は 無 量 寿 経 に よ っ て 弥 陀 の 本 願 を 信 じ 、 観 無 量寿
経 に 依 っ て 、 釈 迦 が 定 散 二 善 、 三福
九 晶 を 説 か れ た の は弥
陀 及 び極
楽 の 功 徳 を証
讃
し て 衆 生 に欣
慕
せ し め ら れ る こ と を 信 じ 、 阿弥
陀 経 に よ っ て 諸仏
が 念 仏法
門 の 真実
な る こ と を証
誠 し 、 念 仏 行老
を護
念 せ ら れ る こ と を 信 ず る こ と で あ る 。 こ れ ら に よ っ て 自 心 を建
立 し 確 固 た る 信 心 を 持 つ こ と を勧
め て い る の で あ る 。 凡 そ宗
教 に と っ て コ ニ 心 」 に つ い て 一 15 一NII-Electronic Library Service 西 山 学 報 「 信 」 の 重 要 な る こ と は 論 を ま た な い 。
今
、 深 心 に お い て そ の 確 固 た る 信仰
を確
立 す る 為 に 、 次 に 種 々 の角
度
か ら 益 々 信 心 を 増 長 せ ん こ と を 示 し て い る の で あ る 。 即 ち 深 信 と 云 う の はe
仏 の 慈 悲 を仰
ぎ身
命 を 惜 まず
仏
語
を 信 じ 、 教 え に 従 っ て い く こ と で あ る 。 こ の こ と が 仏 教 ( 釈 迦 の 説 ) 、仏 意 ( 諸 仏 の 心 ) 、 仏
願
( 弥 陀 の 本 願 )饐
順 す る ・ と に な り ・ 真 の仏
弟 子 と名
つ け ら れ る の で あ菊
⇔
又 、 仏 の 言説
は 人 々 を 救済
せ ず に は お ら れ な い 慈 悲 か ら 説き
給 う 言葉
で あ る か ら 誤 り のあ
る 筈 が な い 。 従 っ て そ れ ら は 正 教 、 正 義 、 正 行 、 正 解 、 正 業 、 正智
で あ る か ら仏
語
を 信 じ 、 疑 礙 を な し た り迷
い を抱
い て 往 生 の 大 益 を ( 55 )癈
失 す る こ と が あ っ て は な ら な い 。自 心 を 建 立 し て 、 別 解 、 別
行
、 異 宇 、 異 見 、 異 執 の 為 に迷
わ さ れ て 、 自 ら の 信念
を 退 失 し た り 、動
揺 せ し め ら 〔 56 ) れ る よ う な こ と が あ っ て は な ら な い 。 四 続 い て 四 種 の 難 ( 四 重 の 難 破 ) を 想 定 し て 信 の 確 立 を 求 め て い る 。 四 種 と は 摂 論 家 、 地 前 の 菩 薩 、 地 上 の 菩 薩 、 化 仏 ・ 報 仏 で あ る 。 我 々 は 自 分 と 同 等 の 者 や 以 下 の者
に 対 し て は い ろ い ろ な自
己 主 張 を し 、時
に は 議 論 に 勝 っ て 有 頂 点 に な っ た り す る 。 し か し 目 上 の 人 に 対 し て は や x も す れ ば 「 ひ か え め 」 な態
度 で臨
み勝
ち で あ る 。 勿 論 、 奉 持 師 長 は 大 切 な こ と で あ り 、 場 合 に よ れ ば 遠慮
す る こ と も 美 徳 と さ れ る こ と が あ る が 、 こ と 信仰
に 関 す る 限 り 「 弥陀
一 仏 」 へ の 帰 依 が 堂 々 と 主 張 さ れ ね ば な ら な い 。 摂 論家
、 十行
、 十 回 向 等 、 十 地 、或
い は 化仏
、 報 仏 と 次 第 し て 述 べ ら れ て い る が 、 順 を追
っ て 高 い 位 の 者 ( 菩薩
や 仏 ) を 示 す こ と に よ っ て 所 謂 「 長 い 物 に は巻
か れ ろ 」 式 の態
度
を誠
め ら れ た も の で あ り 、 ど ん な 者 か ら念
仏 を 否 定 さ れ て も そ れ に 追随
す る こ と の な い毅
然
た る 信 を 確 立 せ よ と の 勧 め と 受 取 る こ と が で き る 。 一16
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service
今
、 そ の 一 々 に つ い て 説 明 す る こ と は省
略 す る が 、 簡 単 に 問答
内
容
の 概 要 を 見 る こ と に す る 。 ま ず 問 の 主 旨 は 「我
ら は智
浅 く 惑 障深
い 人 間 であ
る か ら 、 解 行 不 同 の 人 が 経 論 を も っ て 、念
仏 往 生 不 可 な り と 云 っ て 妨 難 し て 来 た 〔 57 ) 時 、 つ い ふ ら ふ ら と傾
い て し ま う こ と が あ る 。 こ の時
一 体 ど の様
に 対 処 す れ ば 良 い か 」 と い うも
の で あ る 。 こ れ に 対 す る 答 は 「 あ な た が た の 経 論 も 又勝
れ た も の で あ り 否 定 す る も の で は な い が 、 し か し そ れ ら は浄
土 三 部経
と 比較
し た 場 合 、 説 法 の 場 所 、 時 節 、 相 手 、利
益
が そ れ ぞ れ 異 る も の で あ る 。 要 を 言 え ば 、 釈尊
は常
に 相 手 の素
質
や 環 境 に適
応 し た 教 法 を 説 か れ た の で あ る か ら (対
機説
法
) 当 然自
力 聖 道 の 教 と浄
土 三 部経
の説
か れ た 諸 条 件 も異
る し 、 そ の 教 法 に適
応 す る機
も 相 異 す る わ け で あ る 。 例 え ぽ そ の 人 の 引 用 す る 経 典 は菩
薩
や 聖 者 に適
し た 修 行 や信
仰 を 説 ( 58 ) く も の で あ る し 、 観 経 等 は 凡 夫 で あ る韋
提
希
(11
未
来
世 一 切衆
生 ) が 相 手 で あ る 」 と い う の で あ る 。 こ の こ と は 妙 薬 が そ れ み \ の 病気
に 応 じ て こ そ 効 力 を発
揮 す る と い う 「 応病
与 薬 」 に 例 せ ら れ る 。 か く考
え れ ば 、 念 仏 は 五 逆 重罪
の 最 悪 底 下 の 凡 夫 に 対 す る 最高
最善
の も の で あ る と 言 え る 。 ど ん な に す ば ら し い 教 法 であ
っ て も 自 分 に適
し た 教 え で な け れ ば無
意
味 で あ る 。故
に 信仰
を 異 に す る 者 が た と え 百 千 万億
や っ て き て も 、 弥陀
信仰
に 生 き る私
に と っ て は決
し て 迷 わ さ れ る も の で は な い と 。機
法
( 教 ) 相 応 の浄
土門
の 教 え こ そ が凡
夫 に は 一番
ふ さ わ し い と信
ず る こ と が 「 深 心 」 で あ る と い う の で あ る 。 又 、 地 前 の 菩 薩 に対
し て は 、 「 仏 の 言葉
は 真実
であ
り 、 完全
な 教 え で あ る か ら 、 そ れ を信
ず
る 者 は い か な る 者 か ( 59) ら の 破 に も 壊 さ れ る も の で は な い こ と 」 地 上 の菩
薩
に も先
と 同 様 、 「 仏 語 は真
実
で 決 定完
全 で あ る 故 に実
知
、実
解 、 ( 60 )実
見 、実
証 さ れ た も の で あ る か ら 」 と 釈 し て い る 。 以 上 いず
れ も い か な る 者 に も 動 揺 さ れ な い 深 い 信仰
の 確 立 を 示 さ れ た も の で あ る 。 法 然 の深
心 釈 は善
導
釈 の 全 面受
容 で あ る 。 た 墫善
導
は 信 機 、 信 法 の 二 信 の 前後
に 言 及 し て い な い ( 順序
は機
先 、 コ ニ 心 」 に つ い て 一 17 一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 西 山
学
報 法後
に な っ て い る ) の に 対 し 、 明 確 に 信機
先
、 信 法 後 の次
第
順序
を 決 め て い る 。 即 ち 「往
生 大 要鈔
」 に 「 は じ め に は 我 が 身 の 程 を信
じ 、 の ち に は仏
の 願 を 信 ず る な り 。 た 父 し の ち の 信 心 を 決 定 せ し め ん が 為 に は じ め の 信 心 を ば あ ぐ る 齢 レ と 言 う 。 こ れ に よ れ ば弥
陀 が 四 十 八 願 を 以 て衆
生 を摂
受
し給
う こ と を 信 じ 、釈
迦
の 定 散 は衆
生 に浄
土 を欣
慕 せ し め 給 う も の で あ る こ と を 信 じ 、 諸 仏 が 証 誠 さ れ る こ と を 信 ず と い う 信 法 は 、自
身
が 罪 悪 生 死 の凡
夫
で あ り 、 無有
出離
之縁
の機
で あ る こ と を信
知 す る か ら で あ る 。従
っ て 信機
は信
法 に 先 立 っ て存
在
す る と 言 う の で あ る 。 又 、「 往 生 大
要
鈔
」 に は 「 礼讃
」 の 文 を 取 り 上 げ て 「 二 者 深 心 す な は ち真
実
の 信 心 な り 、自
身
は こ れ 煩 悩 を 具 足 せ る 凡 夫 な り 、善
根 薄 少 に し て 三 界 に流
転 し て 火 宅 を 出 でず
と 信 知 し て 、 い ま 弥陀
の 本 弘 誓 願 の 名 号 を称
す る こ と 下 十 声 一声
に 至 る ま で さ だ め て往
生 す る こ と を得
と 信 知 し て 乃 至 一 念 も疑
う 心 あ る こ と な か れ 、 か る が ゆ 、 兄 に 深 心 と名
付 く と 云 へ饗
と 述 べ る ・ 自 己 の分
斉
を 信 知 す る と い う 信機
は 無 始 已来
の 煩 悩 に よ ・ て曠
劫 流 転 の楼
の 過 去 を 背 負 っ た 人 間 故 に 、 そ の ま x で は 永劫
に 出 離 の 縁 な き 、希
望 を 失 っ た 現実
の 人 間 で あ る こ と を 意 味 す る 。 こ れ が機
の 深 信 であ
る 。 こ の 希 望 を 失 っ た機
が 弥陀
名 号 に よ る 衆 生摂
化 の 故 に 必 ら ず 未来
に は 救 済 さ れ る と い う 希 望 を持
っ た 確 信 を得
る に 至 る の が法
の 深 信 であ
る 。 お 証 空 は 「 五 段鈔
」 に 「 深 心 と 言 ふ は 即 ち こ れ 深 く信
ず
る の 心 な り 」 と善
導 、 法 然 同様
の 解 釈 を し て い る 。 そ し て そ れ を 「 本 願 に信
楽 と 云 ふ な り 」 と 阿弥
陀 仏 を 信 楽す
る 心 と し て い る 。 扁18rr
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無 量
毳
第 + 八 願 の 『 至 心 信 楽 欲蓋
国 』 の 文 が 観 無 量 涛縫
禅
『譲
心 、落
、 廻 向 発 願 心 』 の 三陰
あ る. . と を嘆
は 『 観 無 量 寿 経 釈 』 に 『 今 此 . 経 . 三 心 . 即 開 3 本 願 . 三 心 → 尓, 故 . 至 心 者 至 誠 心 也 信 楽 者 深 心 也 欲 生 我 国 者 廻 向 発 願 心 也 』 と 云 い、 第 十 八 願 文 は 三 心 を 具 足 し て 念 仏 す る 者 を 摂 取 せ ん と 誓 わ れ た 本 願 で あ る と し て い る 。NII-Electronic Library Service 「 信