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佛教学研究 第69号 014PHRAPONGSAK, K「止行者と観行者の対立 : 現代タイ仏教界の瞑想法をめぐって」

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Academic year: 2021

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(1)

止行者と観行者の対立

一一現代タイ仏教界の膜恕法をめぐって一一

K

.

PHRAPONGSAK

1

. 序 論

現代上座仏教で最もポピュラーな眠想実践法は,現象をありのままに観察 する「ウィパッサナー膜想法」と呼ばれるものであり r観j ( vi passana) を重視して行ずる「観行者j (vipassanayanika)という行者である。一方, 仏教の伝承では「観」と並んで.心を一点に集中する「止j (samatha)と 呼ばれる膜想法も存在し, r止」を重視して行ずる「止行者j (samatha -yanika)という行者である。これら二つの膜想法を修習するのが仏教の正 統的な立場であると考えられる。 現在,止観を指導している限延!指導所は上座仏教の国々に増え広まった。 その中で,タイ国の!民想指導所は全│司に

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ヶ所あり.様々な眠想法を指導 しているが.その中には主な i民恕指導寺│徒系がある。それは‘①マハータ ーツ寺院系‘②東北地方寺院系

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③パクナム寺院系である。この三つの寺 院系‘①は「観行者j,②と③は rl.

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行者」のi民想以;を指導している。しか しこの「止行者」と「観行者」の聞で対立が起き,以下のように相互に批 判しあっている。 「止行者」は r観」を修習する前に, f1

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j特に「四禅j (jhana)を前段 として修習しなければならない。そうでなければ, r観」の修習に入ること が で き な い と 主 張 す る 。 こ れ に 対 し て 「 観 行 者 」 は , r観」が「慧」 (panna)の段階であり,悟りを

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きi-'E繋に至る不可欠な修習には「四禅」 F D a q つ ' 臼

(2)

止行fiと鋭行fiの対立 の段階に到達していない「利那定J(khanikasamadhi)でも「観」の前段 として修習することができる。「四禅」に拘り過ぎると悟りの妨げとなると 批判する。一方「止行者」は,勿論「鋭」は浬繋に到達する不可欠な修習で あるが,その「観」は「四禅」に到達しなければ, r修慧J (bhavanamaya-panna)に 得 ら れ る 「 聖J(ariya)・「無漏J(anasava)や「出世間J(10・ kuttara)の段階でなしただ「思惑J(cintamaya-panna)に得られる「有 j崎J (sasava)や・r

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悶J (l okiya) の段 Irf~ に過ぎない「慈」であり,有 漏・世間の「観」は,現象をありのままに翌日解するだけで, r如実智見」 (ya thabhutanal)adassana)ではないと反論する。 以上からは。 r,上行者」であれ「観行者」であれ,止観をともに実修する と見られる。また, r観」は情りを IIHき浬繋に至る不可欠な修習であると両 行者とも認める。ただし「止」に対する必要性は両行者の観点がかなり異 なる。つまり, r止行者」の「止」は「四彬」を必要とするが, r観行者」の 「止」は「四禅」を必要とせずに「系JIJJ1S定」を必要とする。このように,止 観に対する観点,特に「問禅」の必要性が異なるため,両行者に対立が生じ ていると見られる。しかしこれは正誤問題なのか,それとも違う時代の文 献を取り扱うがゆえの問題なのか,という疑問が残る。ゆえに,本稿は初期 経典から註釈文献に至るまでのパーリ文献を精査し,両行者の現代の実践と ともに,文献的,実践的に証明して論じなければならない。また,その結果: をもって現代タイ仏教における

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l:をめぐる問題を解決させたいと !願う。

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<止行者・観行者〉と〈定〉

現代上座仏教界がよく用いる r.I1.:行者」・「観行者」というこ行者,及ぴ 「安止定J(appanasamabhi)・「近行定J(upacarasamadhi)・「手JI11IS定」

(khanikasamadhi)という三定は,正

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釈文献時代において新たな術語とし てはじめて現れるようになった。まず, Buddhaghosa (5世紀頃)の『清

(3)

II:HYiと観行者の対立

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争道論.IJ(1ノ

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α)を考察しよう。

『清浄道論』は

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品からなり. )氏・定・慧の三学の順序に説かれている。 まず,問題の「止行者」・「観行者」に関しては.第18品の「見消浄品」

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忽!処を 除いて.残りの色・無色界(繋)禅の中のどれか一つから出定して.尋 などの諸々の禅の支分.及ぴそれと結び付いた諸々の法を相やi味などの 力によって把捉すべきである。 と説明されているため. r止行者」は「止」を修背して「四禅・第七定以下 の無色定」に至ったものである。そして司

Suddhavipassanayaniko pana ayam eva va samathayaniko Catu -dhatuvavatthane vuttanarp tesarp tesa

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(Viお.588) また.純観行者あるいはこの止行者は.四界差別において説かれた. それぞれの界を把捉する門の中のどれか一つの

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により、あるいは,簡 略か詳細かで四界を把促する。 と説かれる。ここで. r観」のみを修習することを強調する「純観行者」 (suddha vi passanayanika)という言葉が現れる。一般に「純観行者」は 「定」の rl叫卜業処J(kammaHhana)に関わらないと見なされているが, 円 t a 9 q F U ︼

(4)

止行者と観行.t;・の対立 ここでは「純観行者」が「四卜業処J11=1の「問界差別」に関わるとされている。 また, i安.1

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二定」・「近行定」・「利司1$定」という三定は,どういうものであ るかについて,まず以下のように説かれる。

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「六随念処,死念,寂止随念,食厭恕,四界差別」というこれらによ って得られた心ー境性,そして,諸々の「安止定」の前段階におけるー 境性,これが「近行定」である。また, r初禅の予備は初禅の無!日j紋と しての縁となる」云々の言葉から,予備の庶後なるー境性,これが「安 止定」である。ということで,このように「近行・安止」によって二種 類となる。 ここで「安止定」は「初禅以上の段階」の定であり,「近行定」は「初禅 の前段階」であると確認される。また, r諸叢の捨断による定心」である 「近行地J

(upacarabhum

i)を「近行定」と呼んでいるところがあるため, 「近行定」は「諸蓋を捨断した初禅の前段階」となる。このようにして. 『清浄道論』は r r._~1 神」に至る段階(安止定)と,それ以下の段階(近行 定)を認めると見られる。ただし,上述の説明には「柔JI那定」が現れない。 また,『清浄道論』には「系JI11I$定」の術語がーヶ所しか見出されなL、。そこ では「止行者」であれ「観行者」であれ止観と関わらないとされている。さ らに, i定の種類」でも「柔JI那定」は現れないのである。 「 系JI那定」がよく普及されるのは,

Dhammapala (

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世紀頃)の『清浄道 -

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248-止行者と観行者の対立 論』の註釈書である『清浄道論証.o

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である。そこでは, r禅あるいは禅の近行における依止によって, 観を実践する者は止行者といわれるJ (Jhane, jhanupacare va patitthaya vip

assanarp anuyunjantassetarp namarp. tena samathayanikena)と説明 する。そして, r観行者のことを‘止によらないという点で純観行者という」 (vipassanayanikassa pana samatharp anissayati aha “suddhavipas -sanayaniko" ti)J と説明する。それゆえに,ここで「止行者」は「安止定」 あるいは r近行定」を修習するものである。一方「純観行者」は,完全に 「止」によらないとも考えられるが.実はそうではなく r止」によらない 「純観行者」といえども r利司15定がなければ,観は生成しないJ(na hi

kha1).ikasamadhirp vina vipassana sambhavati)と説明するところがある ため, r安止定」・「近行志」より下位の瞬間的な「柔JI

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5定」によって「観」 を修習するものである。 以上, r止行者J • r観行者」と,「安止定」・「近行定」・「季JI那定」との関係、 をまとめていえば,註釈文献時代において『清浄道論』では rJ上行者」は 「四禅」・「無色定」の段階に至る「安止定」を修押するものであるが‘「観 行者」はどの段階に至るのかが判明してない。その後 r清浄道論詰j では 「止行者」は「安止定」だけでなく「四禅」に至らない「近行定」を修習す るものに対して,「観行者」は「安 Jl: 定」・「近行定」より下位の「手!日IJ~ 定」 を修習するものであるとされている。

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<止行者・観行者〉の展開

それでは r止行者」・「観行者」の註釈文献時代以前の姿は何であろうか。 これに関して注目すべきは,三蔵註釈文献

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に述べられている 「四念処」と「渇愛行者J (tanhacarita)・「見行者J(ditthicarita)と「止 行者J・「観行者」との関係である。そこでは.四念処の第一「身随観念処」 (kayanupassana-satipatthana)と第二「受随観念処J (vedananupassana

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(6)

249-止行者と鋭行持の対立

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渇愛行者」及ぴ「止行者」へと導き,四念処の第三 「心随観念処J .

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と第四「法随観念処」

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見行者」及び「観行者」へと導 くべきであると説かれる。この点から見れば, r渇愛行者」は「止行者」と, 「見行者」は「観行者」と関係すると兄なすことができる。しかし,残念な がらその│則係に関して, ~I:釈文献においてこれ以上は説明されていない。註 釈文献より先に成立した「導論.ll

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に遡ってみると,「渇愛行者」・「見行者」の説明があり,それは次のように なる。

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見行者である外道の出家者たちは.白己の疲苦に専念して住する。渇 愛行者である外道の出家者たちは,諸欲に対する欲楽に専念して住する。 と述べられる。ここでは, r渇愛行者」が「欲楽に専念するもの」となり, 「見行者」が「自己の波苦に専念するもの」となる。阿合・ニカーヤにおい て,この術語としての「渇愛行者」・「見行者」は見られないが, r欲楽に専 念するもの・1'1己の波背に専念するものJは『転法輪車主』などの

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道に関す る文脈に兄られる。つまり, r渇愛行者」・「見行者」は阿合・ニカーヤ時代 において「欲楽に専念する者」・「自己の疲苦に専念する者」との表現から, アビダンマ文献と註釈文献との中間時代の『導論』及ぴ r蔵釈』に新たな術 語として民│羽し,註釈文献時代まで受け継がれてきたことになる。そして, 「渇愛行者」・「見行者」と止観との関係、は,次のように説かれる。

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そこで,四道があり,四人がいる。鈍い渇愛行者は,苦行道遅通達の ために‘念根によって〔四〕念処によって出発する。鋭い渇愛行者は. 苦行道述通達のために,定根によって〔四〕禅によって出発する。鈍い 兄行者は,楽行道遅通達のために‘

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根によって〔四〕正勤によって出 発する。鋭い見行者は,楽行道速通達のために,慧根によって〔四〕諦 によって出発する。 両者の〔鈍い・鋭い〕渇愛行者たちは司食欲拾離のために,心解脱の ために.止を先行させる観によって導かれる。両者の〔鈍い・鋭い〕兄 行特たちは,無明拾離のために.慧解脱のために,観を先行させる11.:に よって導かれる。 ここでは.「:品愛行者」が「食欲捨離と心解脱」のために「止を先行させ る観」によって導かれる。一方. r見行者」は「無明捨離と慧解脱」のため に「観を先行させる止」によって導かれる。この「止を先行させる観の修 宵」と「観を先行させる止の修習」の二道はそれぞれ別筒のものとして説明 されるが.何れにせよ「略解による智者j

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白前)に対してである ため.この二つの修習次第は.平等で差異がないといえる。 以上から見れば r止行者」は「止を先行させる観を修習する者」に相当 し.r観行者」は「観を先行させる止を修習する者」に相当すると見なされ る。

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を先行させる観の修習」・「観を先行させる止の修習」の表現は.阿 F 同 U 9 白

(8)

止行者と観行者の対立 合・ニカーヤからアビダンマ文献と註釈文献との中間時代の文献である『導 論』・『蔵釈』まで現れたが,註釈文献l時代に入ると消えてしまった。一方, 「止行者」・「観行者」の表現は,註釈文献i時代以前には見られない。したが って,阿合・ニカーヤ時代から「止を先行させる観を修習する者」・「観を先 行させる止を修習する者」の表呪を受け継.いで,註釈文献時代に r.ll:行 者」・「観行者」に展開していったと考えられる。

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<止〉としての〈定〉の展開

以上,註釈文献における「止行者」は「四禅」・「無色定」の段階に至る 「安止定」か「四禅」に至らない「近行定」を修習するものに対して, r観 行者」は「安止定」・「近行定」より下位の「系JI那定」を修習するものである と判明した。また, r止行者」・「観行者」は,初期経典の阿合・ニカーヤに おける「止を先行させる観を修習する者」・「観を先行させる止を修習する 者」の表現から展開したと明らかになった。ただしその「止」としての 「定」すなわち「安止定」・「近行定」・「利那定」はどのような展開があるの か,未だ判明していないため,これよりその展開を考察する。 初期経典の阿合・ニカーヤにおいては, J~.観は現れているが,その定義は 明瞭に説かれない。そのため, IliiJ合・ニカーヤに川いられる止観の定義を理 解するには,止観の!日例を通じて検討せざるを得ない。「止」とは「心」 (citta)を修習することであり,「観」とは「慧・J (panna)を修習すること であって,「止」を修習すれば,食欲が捨│析され, r観」を修習すれば,無l明 が捨断されるとするのである。そして, r心寂止J (cetosamatha)及ぴ「増 l~. 慧法観J (adhi pannadhammavi passana)も見られる。この観点、から, 「止」は戒・定・慈の三学でいえば「定J(samadhi),すなわち「増上心 学J (adhicittasikkha)に相当する。これに対して, r観」は「定」と不離 の関係、にある「慧J,すなわち「増

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慧・学J (adhipa自白asikkha)に相当する と考えられる。また,ときに「止」は「定」のかわりに,「観」は「慧」の - 252

(9)

I上行者と観行者の対立 かわりに用いられるところもある。このように,初期経典の阿合・ニカーヤ における「止」は「定J,すなわち「増上心学」に相当する。これに対して, 「観」は定と不離の関係にある「増上慧学」に相当すると考えられる。 では「増上心学」とはやすを指すのか,阿合・ニカーヤにおいては以下のよ うに説かれる。

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ω (AN. 1.235) 比丘たちよ,増上心学とは何であるか。 比丘たちよ,ここに比丘は諸々の欲望から離れ・H ・H ・..第四禅を具足し て住する。比丘たちよ,これが増上心学といわれる。 ここで,「増

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.

心学」は「四禅」を指す。ちなみに,初期jの時代において 「止」は「四禅」に至る境地である。また, ?属・煩悩を捨断するために、少 なくとも「初禅」の段階に到達したことがAN.9.4 Mahii-vagga36Jhanaに おいて,以下のように述べられている。

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に依りて諸々の煩悩が滅尽されることを説く。 比丘たちよ,私は第二ネ111に依りて諸々の煩悩が滅尽されることを説く。 比丘たちよ,私は第三禅に依りて諸々の煩悩が滅尽されることを説く。 比丘たちよ,私は第四禅に依りて諸々の煩悩が滅尽されることを説く。 比斤.たちよ,私は空無辺処に依りて諸々の煩悩が滅尽きれることを説く。 比丘たちよ,私は識無辺処に依りて諸々の煩悩が滅尽きれることを説く。 比丘たちよ,私は無所有処に依りて諸々の煩悩が滅尽さ・れることを説く。 比Ji..たちよ,私は非忽!非

4

1

ミ恕処に依りて諸々の煩悩が滅尽されることを 説く。 上述のように,漏・煩'陥を捨断するために,少なくとも「初禅」の段階に 到達しなければならないことが明らかになった。それ故に,阿合・ニカーヤ おいて「止」は「四禅」の段階に至る「定」を指している。 そして,次代に成立した『無磁解道.JJ(Patisambhidamagglα)において阿 合・ニカーヤで明瞭に説かれていない止観の定義は,はじめてlリ

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確化される ようになった。『無磯解道』でよく見られるのは, r止」を「心のー境性」 仰 凶

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であると説明するものであ る。また,アピダンマ文献の中, r止」の定義に関する記述は初期論書・とし ての『法集論J(Dhammasahga1Ji)r概説品J(Nikkhepa・初1}rja)において

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とは何であるか。 心の住立,定立,確立,平衡,不散乱.意の安定, .I 1~.. 定根,定力, 正定,これが止といわれる。 F 同 u つ 白

(11)

止行おと観行r.-の対立 と説かれる。ここで, r定 線J (samadhindriya)や「定力J(samadhi -ω bala}, r正定J (sammasamadhi)などを「止」という.と述べられる。さ らに,アビダンマ文献には,ニカーヤから引用したと見られるものに止観へ の言及がある。そこで, r心寂止」は「色似行か,無色{貝行かの等手~J (rupasahagatanarp va arupasahagatanarp va samapattinarp)となる, 聞 と説明されるので, r JL-:J は「四禅」と「無色定」を指すことが明らかにな った。 最後に.三蔵に対する諸註釈文献における止観の定義は, r無磁解道』や アピダンマ文献と同様に本質的に変わらないが.定型句による表現が見られ ないという点で異なる。「止J は「定J,r等至J (samapatti), r心修習」 (cittabhavana). r増上心」などと定義される。また前述のように,この 註釈文献時代において.現代上陸仏教界がよく川いる r

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行者」・「観行者」 というこ行者,及び「安止定」・「近行定」・「季JI1JIS定」という三定が新たな術 語として現れるようになった。 以上,初期経典から註釈文献に至るまでの「止」としての「定」を考察し た。初期経典及ぴアビダンマ文献における「止」は「問禅」・「無色定」を指 す。これに対して,註釈文献においても「止」は「四禅」・「無色定」を指す ことを受け継ぎ,またこれを加えて「四神」に歪らないこ段階の「定J,す なわち「安止定」・「近行定」・「系JI那定」という三定の新たな術語が現れるよ うになった。つまり「問禅」を必要とするのは,初期の忠忽であり,一方 「四禅」を必要とせずに「手JI那定」を指すのは.正1::釈文献時代の忠惣である と考えられる。

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現代タイ仏教界の膜想法と止観の観点、

以上,初期j経典から註釈文献に至るまでの「止行者」・「観行者」というこ 行者,及ぴ「安IJ二定」・「近行定」・「柔JI1JIS定」とL寸三定の展開を明らかにし た。これより,その検討の結果に基づいて呪代タイ仏教界の限想法と止観の F h d F h d 内 , u

(12)

11:行者と観行者の対立 観点を考察する。そのため,現代タイ上座仏教において止観を指導している 寺院①マハーターツ寺院系,②東北地方寺院系,③パクナム寺院系の膜

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想法と止観の観点を事例をあげて考察する。 ①マハーターツ寺院系の膜想法は,「ウィパッサナ一眼想」といわれるが, 「止・観」両方を修習する。まず,「死│姐念

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の中に記述されるすべての行動を行う中で常に感覚や 意識を持っていなければならない。あちらこちらに気移りさせてはいけない。 そのため,すべての行動を心の中で念じ統けることが「観」の修習に属する とされている。この膜想法では.息‘をl吸い,腹部が膨らんでいく時には「膨 らむ」と念じる。息を吐き,腹部が縮んでいく時には「縮む」と念じる。腹 部の膨縮を常に認識していることを「身随観念処」と呼ぶ。このように実践 し続けると「観智

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が生じて,最後に預流・ー来・不 還・阿羅漢となる。ただし,マハーターツ寺院系の「観」は「近行定」や 「安止定」によらず,ただ「準JI1jfS定」の修習だけを重要視している。 ②東北地方寺院系は

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i)が特色となっている。

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Jを修行する段階であり, 「観」の段階へ移る入り口となる。この│民想、法は,坐る膜想と歩く棋恕にも 対応している。この寺院系のl民想法は,戒定慈に基づいて修習されている。 「戒」は身体の行為を修習し「定」は心を清らかに修習し「慧」は物事の 無常・苦・無我を了知することである。修行の最中には,欲望が沸き起こら ないように「足るを知る」を基本として生活する。「プットー」と唱えるこ P O F h d つ 臼

(13)

止行者と銀行者の対立 とによって,心を明るく穏やかにさせ, rー境性J (ekaggata)に至る。こ こに至ると「五蓋」を抑える「四禅」になる。これは「止」の段階である。 この「止」が消えると苦しみが沸き起こる。しかしこの「止」は最高の目 的ではなく,さらなる目的が存在する。その目的を達するために rll:Jを必 国 要とするが司決して「止」に執着してはならない。そして,物事のありのま まである「無常・苦・無我」を了知する「智」により煩・陥を捨断し.頂流・ ー来・不還・阿羅漢という四沙門となる。これは「観」の段階である。 ③パクナム寺院系の眠想法は,止観両方を重要視している。かつて,

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を挙げて止観を説いていた。それに加え「止」は初級で あり.心を静止させること r観」は上級であり, I切らかに観じることであ ると定義付けた。膜想修行をするには,まず「光IlH遍J (aloka-kasina)と 「イム随念J (buddhãnussati)を交えて,心を落ち着かせる「止」の修*~を 初心者に指導する。「光IfJJ遍」と「仏随念」を交える眠想法では, I民想の対 象として透明で、傷のない「水品玉J (=光明遍)や「仏像J(=仏│姐念)を 身体の中心に置き,そこに意識を集中させる。そして,「サンマー・アラハン」 (samma araham)と心の中でゆっくりと繰り返い唱える。眠忽の対象が 見えなくても rサンマー・アラハン」と唱え続ける。そして rl叫禅」また は「無色定」の段階である「止」を達成した者に,より深い眠想に入る 「観」の膜想法を指導する。「観Jの修習は「四神」または「無色定」に至 信司 った後の R法身J(dhammakaya)に到達した時から始まる。すなわち.頭 で考えたり.思ったりするのではなく,法身の法眼 (dhammacakkhu)に よって五議・十二処・十八界・二十二線・四聖諦・十二支縁起を観じつつ, 十結及ぴ煩悩を捨断し預流・ー来・不還・阿羅漢という1'1.)沙門果に)1闘に到 達することである。「止」に続いて「観」を完全に修習したことになり,止 観の両方を重要視する。 以 上 , マ ハ ー タ ー ツ 寺 院 系 の 棋 想

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念処を指導しているが,後代の註釈文献 の解釈と同様に「安止定」や「近行定Jに至らない「柔

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定」により「観」 司 t

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(14)

止行r..と鋭利・抗・の対立 を修習する「観行者」の l呪恕法であるとlりjらかになった。ー)i,東北地方寺 院系とパクナム寺院系の限必法は,

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旦!神」または「無色定」に到達する rt_

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を先行させ「観」を修習するという観点から眠恕修行を行っている。 つまり,この限定!法は「安11.:定Jを修刊した後に「観」を修宵する rl.lニ行 者JI摂想法であり,初期j経典の修行法であるとlリjらかになった。

V

I . 結 論

本稿「止行者と観行者の対立ー現代タイ仏教界のl民想法をめぐって一」 は,止観に対する観点,特に fj国禅」の必要性が rJ上行者」・「観行者」の対 立の原因であることを念頭において,初期経典から註釈文献に至るまでの ノマーリ文献を精査し, Iihj行者の現代の実践とともに,文献的,実践的に証明 し論じたものである。また,その結果をもって現代タイ仏教における両行者 の対立をめぐる問題を解決させたいと望んでいた。そして,以下の結論に到 達することができた。 ①「止行者」・「観行者」と, r安11二定」・「近行定」・「系JI耳目定」との関係は, 註釈文献時代においてBuddhaghosaの『清浄道論』では「止行者」は「四 禅」・「無色定」の段階に至る「安11二定」を修習するものであるが, r観行者」 はどの段階に至るかが判明してない。その後, Dhammapalaの r清浄道論 註』では「止行者」は「安11:定」だけでなく「凹禅」に至らない「近行定」 を修習するものに対して, r観行者」は「安止定」・「近行定」より下位の 「柔JIJJlS定」を修習するものである。 ②「止行者」は「止を先行させる観を修間する者」に相当し, r観行者」 は「観を先行させる止を修潤する者」に相I

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'rすると見なされる。「止を先行 させる観の修習」・「観を先行させるJI:の修??」の表現は,阿合・ニカーヤか らアビダンマ文献と註釈文献との

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1:釈文献11寺代以前に見られなL、。したがって,阿合・ニカ - 258

(15)

止行者と観行者の対立 ーヤ時代から「止を先行させる観を修習する者」・「観を先行させる11二を修脅 する者Jの表現を受け継いで.註釈文献時代に「止行者」・「観行者」に展開 していったと考えられる。 ③初期経典から註釈文献に至るまでの「止」としての「定Jを考察した。 初期経典及ぴアピダンマ文献における「止」は「問禅」・「無色定」を指す。 これに対して.註釈文献においても「止」は「四禅」・「無色定」を指すこと を受け継ぎ.またこれを加えて「四禅」に至らない二段階の「定J・すなわ ち「安+止定」・「近行定」・「柔JI那定」という三定の新たな術訴が現れるように なった。つまり「四禅」を必要とするのは,初期の忠怨であり,一方「問 神」を必要とせずに「系JI那定」を指すのは,註釈文献時代の思想であると考 えられる。 ④ マ ハ ー タ ー ツ 寺 院 系 の 膜 想 訟 は,

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釈文耐えの解釈 と同様に「安止定」や「近行定」に至らない「系JI羽IS定Jにより「観」を修習 する「観行者」の膜想法であると明らかになった。ー}j,東北地 )j寺院系と パクナム寺院系の眠想法は,「四禅」または「無色定」に到達する「止」を 先行させ「観」を修習するという観点から!摂想修行を行っている。つまり. この際想法は「安止定」を修習した後に「観」を修宵する fll:行者JI民恕j去 であり.初期経典の修行法であると明らかになった。 以上,何れの寺院系の隈想法でも上座部文献に ~i~-<丸、て指導している。註 釈文献に見られる「止行者」であれ「観行者」であれ.初期の,思想に遡るこ とができる。また,両行者の対立の原因となった「四禅」の必要性について は.正誤問題ではなく,ただ違う時代の文献を取り扱ったゆえの問題であっ た。すなわち,

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四禅」を必要とするのは,初期の思想であるが,

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凹禅」を 必要とせずに「系JI那定」を必要とするのは.註釈文献i時代の忠忽なのである。 略号及ぴ参考文献 PTS

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Pali Text Society 大正=大正新情大蔵経 n y F 吋 U ワ 臼

(16)

止行者と観行者の対立 A N = Ahgut加ranik

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C

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I

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(

針冒111剖:T制削z叩11吋1明肉削d喝{l胡t摘j積也

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)

JI/パfンコク:マハ一チユラ一ロンコ一ン大学. ワリヤ一.シナワンノ一(

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他也)バ( 一夕イ上血仏教における三昧の解釈の展開一(制合剖iu'附z均:UII姐D伊n毛討f伽刷'1,110吋婦す1崩m可澗制恥削. ud!l由制4州制側制M守合剖B凱iu削判お司削別冒例削q鍋刷U1哨~h目tωtlf'l約f'l1判制iu凶U由T符::LVI別例叫1附)IJバンコク :チュラーロンコーン大学. ※削月'fの後ろの( ) I付の数字は,タイで使用されている仏暦である。 註 (1) 2000年に行われた大長老会議にて.眠想指導所は登録を義務付けられ,こう して123まされた│眠似指導所は2010年6

H

7 H現在,全国で1151ヶ所ある。タイ [E[仏教事務川の『全I:KIrn.~:tt\指導所登鉢書JI (電子版:http://www.onab.go. th)参}!日。 (2) Ii"消.1i争道論J(Visuddhimagga)は5世 紀 の 中 葉 , イ ン ド の 学 僧 Buddha-ghosaが大守派 (Mahavihara)において当時存在していたシンハラ語で書か れた三l践の杭釈

1

1

:

を参J!日し.r解脱道論J(Vimuttim伺ga)を底本として,大 寺派教学の.iE統説を純l述する立場からこれを改造増補して作ったものである (水野弘元(他)[2001: 122J参照)。三蔵の註釈書,特に現存「岡部註」と 『清浄道論』との成立の順は.引用関係から判断してー①『清浄道論』→② つ 白

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(19)

11:行者と観行者の対立

『長部註.!I(Dighanikのα-Atthakatha: Sumaizgalavilasini)→ ③ 『

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1

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部註』

(Majjhiman誌のla-Atthakatha:Papancωu, dani)→④『相応部証.B(Sa1?lyut・

抱nikaya・Atthakatha: Saratthattakasini)→⑤『増支部註.lI(A hgutfaran放のか Atthakatha: Manorathf1戸17rani)の順で作成された(森祖道 [1984: 92-104J 及ぴ馬場紀寿 [2008: 14-15J参照)Q (3) ~2. Catudhatuvavatthanassa bhavana (Vis.347-370) (4) 問十業処 (kammatthana):①十遍 (kasina). ② 十 不 浄 (asubha)、 ③ ト随念 (anussati). ④ 四 党 住 (brahmavihara). ⑤ 四 無 色 (aruppa)、 ⑥ 食 朕恕 (aharepatikfilasanna).⑦ 四 界 差 別 (catudhatuvavatthana) (5) Tattha upacarabhfimiya111 nivaral)appahanena cittiarp samahitarp hoti, . (Vis.126) (6) Vis.144 (7) Vis. 144;大正.32.414c (8) Vis.85, 371 (9) Dhammapalaの年代について明確な手がかりは得られないが. Buddha-ghosaより後代の人であったことは確かである。最近の説としては、 Pierisは 6 tU~紀後半(または 7 世紀初頭)としており. Normanは多分6世紀中頃では ないかと述べている。森祖道 [1984: 537-538J参照。 (10) Vis. IIL 449

) V1 is. II

I

.

450 ( 12) Vis.1.17 ( 13) DA. III. 754 ; MA. 1 . 239 ; PtsA_III. 696 (l4) Ito bahiddha te pabbajita tal)hacarita kamasukhallikanuyogarp anuyutta viharanti.Tena ye ca nissandena ditthicarita attakilamath亙nuyogarp anuyutta viharanti. (Pe.242-243) (15) SN.56. 11Ta.tお智'atenavutta1: Dve me bhikkhave anta pabbajitena na

sevittabba, Katame dve. Y 0 cayaJ'!1kamesu kamesu khallikanuyogo hino

gammo puthujjaniko anariyo anatthasarphito. yo caya111 attakilamatha -nuyogo dukkho anariyo anatthasal1lhito. (SN. V. 421), 1f'l-j..J阿合.!I56 r羅摩 経J:営知有二遁行。諸為道者所不嘗撃。一日著欲架下賎業凡人所行。二

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:

1

白 煩白苦。非賢聖求法。無義相謄。(大正.1.777c}, r転法輪経.!I:世間有二事堕 遁行。行道弟子捨家者。終身不嘗輿従事。何等二。ー為念在食欲無;青浮志。二 為狗・著身愛不能精進。(大正.2.503b)など。 (1同 Tatthaugghatitannussa samathapubbaugama vipassana neyyassa vipas -sana pubbaugamo samatho. (Pe.249) (1司 AN.2.3Bala・vagga10 p o

(20)

li:.行者と鋭行者の対立

Dve 'me bhikkhave dhamma vijjabhagiya. Katame dve?

Samatho ca vipassana ca. Samatho ca bhikkhave bhavito kam attham anubhoti ? Cittarp bhaviyati.Cittarp bhavitaI11kaI11attha111 anubhoti? Y 0 rago so pahiyati. Vipassana bhikkhave bhavita kam atthaI11anubhoti ? Panna bhaviyati. Panna bhavita kam attha中anubhoti? Ya avijja sa pahiyati: ragupakkilit -tharp va bhikkhave cittarp na vimuccati avijjupakkilictha va panna na bhaviyati.Ima kho bhikkhave ragaviraga cetovimutti avijjaviraga pan -navimutti ti. (AN. 1. 61) 比丘たちよ,これらの二つの法は明を分有するのである。 二つとは何であるか。 止と観とである。比丘たちよ司そして止が修習されたならば,いかなる利益 を受けるであろうか。〔それは〕心が修習されるのである。心が修習されたな らば,いかなる利益を受けるであろうか。〔それは〕いかなる食欲でも捨断さ れるのである。-比丘たちよ,観が修習されたならば,いかなる利益を受けるであろうか。 〔それは〕慧が修習されるのである。慧が修習されたならば,いかなる利益を 受けるであろうか。〔それは〕いかなる無明でも捨断されるのである。比丘た ちよ,食欲に汚された心は解脱しない。無明に汚された慧は修習されない。比 丘たちよ,これらは食欲を離れた心解脱といい,無明を離れた慧解脱という。 この経典に相当する漢訳『増ー阿合JI20.7においては.r阿練比丘蛍修行二法。 云何二法。所謂止輿観也。若阿練比丘得休息止。則戒律成就不失威儀。不犯禁 行作諸功徳。若復阿練比丘得観巳。便蹴此苦如賞知之。蹴苦習観背轟槻苦 ~H要 如寅知之。彼如是観巳。欲j属心解股有漏心無明j騎心得解脱J(大正2.600a-b) と説かれるが,パーリ経典のように詳細に説明されない。 (18) AN.10.6 Sacitta-vagga 54ぬmatha Sace pana bhikkhave bhikkhu paccavekkhamano evarp janati: labhi 'mhi ajjhatta中 cetosamathassa,labhi adhipannadhammavipassanaya t,i tena bhikkhave bhikkhl1na tesu yeva kusalesu dhammesu paticthayal1ttarirp asavanarp khayaya yogo karaI!iyo. (AN. V.100) 比丘たちよ, もし比丘が観察して次のように知るとしよう。 r(私は〕内に心 寂止を得た。増上慧法観を得た」と。比丘たちよ,その比丘はそれらの普法 (心寂止と増上禁法観)において住し,さらに煩悩の滅尽のために修行すべき である。 この経典に相当する漢訳『中阿合.!I109白観心経においては「若比丘観巳。 - 264

(21)

I上行者と観行者の対立 則知我得内11:。亦得品 l二慧観法。彼比丘住此善法己。嘗求j属議智通作詩J (大 正1.598c)と説かれる。この経典以外.相当する阿合経はないが.ニカーヤの み に 説 か れ る 場 合 はA N.4.10 Asura-vagga 92 (AN_ 11.92)などにおいて cetosamathaとadhipannadhammavipassanaが述べられる。 (1助 catuttha-をcatuttha・に訂正。 側 AN.3. 9 Sa1na1Ja-vagga 88: r雑阿合.a817 r何等為増上意撃。若比丘。離 欲謡不善法。乃至第四締具足住J(大正2.21Oa): r雑阿合J832r何等為増上 意串。若比 i王。離諸悪不善法。有費有観。離生喜集。初締具足住。乃至第四耕 具足住。是名j曾上意串J(大正2.213c)。

1) r無礎解道J(Pa

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sambhidatnagga)は『小部J(Khuddakanikのほ)中に摂め られ「経蔵」に属するが.内容形式ともに論書的であり.後代の諸論書とも大 関係があり.漢訳 r解脱道論』の責11きは,本書を「阿昆曇」と称してしばしば 引用しているので.本書はアビダンマに属するとされた場合もあり.15世紀の 諸苫:の刻文においても『清浄道論J(Visuddhimagga)の直前に置かれている (水野弘元 [1997: 190]参照)。 ωcittass' ekaggata avikkhepo samathabalarp(丹S.1 _ 97-98 ; 11.172). cittarp ekagganti samathabalarp

(

S.II. 176)など。 仰 samathassaavikkhepattho(月s.1. 16). samathassa avikkhepattharp (P{s. II. 119), avikkhepanhena samatho (P{s.1.21, 74 ; II.85, 90. 143. 161)など。

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パーリのアビダンマについてこれを見るならば‘パーリ七諭はその表現形式 及ぴ教理内脊から見て.大体これを、①初期論書::If'人施設論J(Puggalゆ, an -伽tti),r分JJI;jii命J(Vibhahga)中の「経分

8

1JJ (suttanta-bh巧'aniya)の部分. r法集論J(DhmnJ町'lsanga1Ji)の一部分,②中期論書:Ii法集論J,Ii"分81J論』 中の「論分別J(αbhidhamma-bh司janiya)・「問分J(ρα方ha・puccA昭如)の部分, ③ 後期論占:r界説諭.B(Dhlltulmthil), Ii'双論J(Yamaka), r発趣論J(Pat -thana).r論・J~ .JI(Kathavatthu)の3段階に分けるこおとができる(水野弘元 [1964 : 21-23]参!J日)。

ω

これに対応する文は『集異門足論』にある。「如設世間1'9静慮相態。心住等 住近11:安住。不散不乱撤止等持。心ー境性者。此穎内心止0 ・H・H ・-・是名者摩他

J (大

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26. 375c) 自国 A N.4. 10 Asuravagga 92 (AN. II. 92) (27) Pug.62 ω 「定J(DA.lll. 983; PtsA. 1.125). r等 至J(MA. 11.346). r心修習」 (MA. 11.284)など。 自助 各寺院のiu革及ぴ詳細な実践j去については.龍谷大学アジア仏教文化研究 -

(22)

265-止fj-.おと観Hf.'の対立 センターの2012年度ワーキングペーパー (No.l)rタイ上座仏教における眠想 実 践 法 の 現 在JI(屯子版:http://barc.ryukoku.ac.jp/research/working -paper!)を参照。 側 プラタンマティーララートマハームニー [2007: 48-54]参照。

1

)

DN. II. 290-315 側 MN.1.55-63

ω

「観」の修

i

狩司は「五 を修宵しi統統けて, r近行定」あるいは「安止定Jに至るのであれば,ただ「定 根」のみを得ることしかできない。残りの「信根・勤桜・念根・慧棋」は僅か に生じる場合もあるが,生じない場合もある。「止」のみの修習では,このよ うに「五線」のバランスを取ることができないのである。それ故に「観」の修 習は, r近行定」または「安止定」に依らずー瞬間的な「季JI那定」のみを修習 する。マハーチュラーロンコーン大学 [2008b: 136]参照。 (34) MN. III. 78-88 (35) プラポーティヤーナテーラ [2007: 5-6]参照。 側 AN.1.61 開 「法身 (dhammakaya)Jは,悟りの身体であり‘すべての人間のうちに存 在する覚性である。プラパーワナーウィリヤクン [1997: 317]参照。また, 初期経典から後代パーリ文献における

q

,去身」に関する記述は.プラクルーパ ーワナーモンコン [2003: 63-436]が詳細にまとめている。 キーワード 止行者,観行者¥間判i,I民恕法,タイ仏教 いつもお 111:話になっており.研究者の知識や常識などを親しく教えて下さった 恩師桂紺降先生には,青葉に言い表せない程の感謝の念でいっぱいである。貴重 なご意見やアドパイスがなければ,この日まで来ることは出来なかったであろう。 このj丸 改 め て 心 か ら 佐11礼 111し上げるι (本稿は ,2012年度飽谷大学アジア仏教文化研究センタ一公募研究補助金による 研究成果のー古11である) - 266

参照

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