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児童・生徒の行動変容を促進する要因と教育的支援:特別支援学校高等部の事例 利用統計を見る

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山梨大学教育学部紀要 第 31 号 2020 年度抜刷

特別支援学校高等部の事例

Factors and educational support in promoting students' behavior modification:

A case of special needs high school

田 中 健史朗  森   秀 昭 TANAKA Kenshiro  MORI Hideaki

(2)

* 山梨大学教育学部幼小発達教育講座 **

山梨大学教育学部附属特別支援学校・高等部

児童・生徒の行動変容を促進する要因と教育的支援:

特別支援学校高等部の事例

Factors and educational support in promoting students' behavior modification:

A case of special needs high school

田 中 健史朗*  森   秀 昭**

TANAKA Kenshiro   MORI Hideaki キーワード:行動変容,教育的支援,特別支援学校,高等部 要旨:近年非認知能力を高める教育に注目が集まっている。本研究では,特別支援学校 高等部において心理的な安定と人間関係の形成を目指して教育的支援が行われた事例を 取り上げ,対象生徒A の行動変容を促進した要因について検討を行った。取り上げた事 例では,心理的な安定や人間関係の形成に向けたスキルの獲得を目指した教育的支援だ けでなく,“なりたい自分”を意識づけるなどの動機づけ支援や,エモーションボードを 通して対象生徒が抱える抵抗を取り上げるなど抵抗の緩和に対する支援が行われていた。 その結果,対象生徒の発表の仕方や他者との関わり方が変化していった。この事例を通 して,児童・生徒の行動変容を促すためには,「行動の仕方・スキル」,「やる気」,「抵抗」 の3つの要因をアセスメントし,それぞれの要因への教育的支援を行うことが重要であ ることが示唆された。 Ⅰ.はじめに  経済学者であるJ. Heckmanは2000年にノーベル経済学賞を受賞した。そのHeckmanは「非認知的能 力」の重要性を説き(Heckman & Rubinstein, 2001),非認知的能力を高める教育に注目が集まってき ている。また,OECD(2017)も非認知的能力である社会情動的スキルの向上を目指すことの重要性 を示唆している。新学習指導要領においても,総則において「主体的・対話的で深い学び」の実現が 謳われており,知識を習得するだけではなく,その学習内容に対して忍耐強く取り組み,他者との協 働のなかで学ぶことが求められるようになってきている。このような背景から,情動を調整する能力 や他者と協働する能力,目標を達成する能力を向上させる介入について検討が行われてきている。  学校においては,対応を求められている事象も多く発生している。文部科学省(2019)の調査によ ると,小学校・中学校・高等学校・特別支援学校におけるいじめの認知件数が1年間で 543,933 件と 報告されている。いじめの認知件数は年々増加しており,学校はいじめを積極的に認知し,早期にい じめを解消することが求められている。また,小学校・中学校・高等学校における不登校児童・生徒 数は 217,251 名となっており,不登校児童・生徒数も増加傾向にある。年間 30 日以上欠席しないが, それに近い日数を欠席している児童・生徒や,保健室や相談室といった別室への登校をしている児 童・生徒,学校長の裁量により登校日数とカウントされる早朝や放課後登校の児童・生徒がいること を考えると,教室登校でない児童・生徒はこの数字以上にいることが考えられる。このような状況に より,教師は児童・生徒のいじめという行動を変容させたり,不登校という状態を変容させたりする

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ことが求められている。  では,児童・生徒の行動変容を促進する教育的支援とはどのような点に留意する必要があるのだろ うか。本論文では,情動を調整することや他者との協働に困難さを抱える特別支援学校高等部の生徒 に教育的支援を行った事例を通して明らかになった行動変容の要因と,その要因ごとの支援について 論じることを目的とする。 Ⅱ. 特別支援学校高等部の事例 (1)事例の概要  事例として取り上げる特別支援学校高等部では,対象生徒Aに対して心理的な安定と人間関係の形 成を目指して進路指導での介入を中心に教育的支援を行った。対象生徒Aの心理的な安定の実態とし て,人前に立つと落ち着きがなくなり,前を見て話すことができなくなってしまうという課題があっ た。進路指導の授業において人前で発表する場面になると,息遣いが荒くなり,落ち着きがなくな り,手元の発表原稿のみをみて発表するという状況であった。そのため,落ち着くための方法を考え て,自分から援助要請を他者に行えることが目標として設定された。さらに,対象生徒Aは授業時間 以外でも情緒が不安定になることがあり,落ち着きがない,座っていられない,息遣いが荒くなる, という状態が毎日のようにみられる状況であった。  対象生徒Aの人間関係の形成についての実態として,目的意識が低いときは他者と協働することが 難しいという課題があった。自分の興味がある内容であった場合には,積極的に自身の知識や言いた いことを他者に伝えるという行動はみられたが,自身の興味のない内容であったり,疲れている状況 などであったり気持ちがのらない状況では,他者への意識が低下し,話し合い活動に参加しないなど の様子がみられた。そのため,自分と他者の気持ちを考えて,やりとりすることができる場面を増や すという目標が設定された。 (2)心理的な安定に向けた教育的支援  心理的な安定の第一目標として,人前に立つと落ち着かなくなることへ教育的支援を行うことと なった。最初の支援として,望ましい発表の仕方を視覚的に示すという発表スキルへの支援を行っ た。対象生徒Aの良い発表の様子の写真と,望ましくない発表の様子の写真とを対提示し,望ましい 発表の写真には「視線があがっている」,「明るい表情」,「背筋が伸びでいる」というポイントを記載 した。また,望ましくない発表の写真には,「視線が下がっている」,「不安な表情」,「背筋が丸まっ ている」というポイントを記載した。対象生徒Aは発表前にこの資料を確認したうえで,人前で発表 することを行った。そして,発表中も望ましい発表の仕方を確認できるように,教師は発表中も対象 生徒Aの目線の先にこの資料を掲げ,ポイントを確認できるように支援した。また,うまくポイント を押さえられていない場合は,意識すべきポイントについて教師より声掛けを行った。その結果,発 表し始めや教師声掛けがあった瞬間は,ポイントを意識し,聴き手の方に目線を配って発表すること ができるようになったが,それは持続することはなく,すぐに下を向いて発表するなど,期待した行 動変容は起きなかった。  次の教育的支援として,対象生徒Aが興味関心を向けているアニメのキャラクターのイラストを授 業前に提示することで授業への動機づけを高める支援を行った。どのようなキャラクターが好きで, どのようなキャラクターを提示してほしいかということは教師と話し合い,対象生徒Aの意向を踏ま えて決定した。また,対象生徒Aの要望に応じて,人前で発表する際に,聴き手側からそのイラスト を提示し,対象生徒Aが発表中にそのイラストを見ることができる支援を行った。さらに,発表の後 には教師から良かったところを積極的にフィードバックし,クラスメイトからも良かったところを

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フィードバックを受けるという教育的支援を行った。その結果,人前で発表する際に発表資料等で顔 を隠す様子はあるが,前を向いて姿勢よく発表する意識は高まっていった。  さらなる行動変容を促すために,対象生徒Aが“なりたい自分”を意識し,それと進路学習を関連 づける声掛けを行った。具体的には,対象生徒Aは生徒会長になりたいという目標をもっていた。そ のため,生徒会長になるためには人前で良い発表をすることが重要であることについて教師と話し 合ったり,人前で発表する前にそのことを意識づける声掛けを行ったりした。それ以外にも,なりた い自分として「輝く自分」という目標設定をし,そのために何をしていく必要があるのか教師と話し 合い,ワークシートに具体的な指標を記入する活動を行った。さらに,エモーションボード(Buron & Curtis, 2004/2006)を活用し(Figure 1),自身の感情を表現できる工夫を行い,その表現について教 師と話し合う機会を設けることとした。エモーションボードとは,児童・生徒自身の気持ちを5段階 で視覚的に表現するボードである。1点が落ち着いている状態であり,5点が不安定な状態である。 エモーションボード活用の手順として生徒は,①児童・生徒が自身の気持ちを評価し,現在の気持ち の段階にマグネットを貼る。②段階を表現するだけでなく,そのときの具体的な気持ち(例えば,緊 張している,悲しいなど)を選択肢のなかから選択し,その気持ちのマグネットを貼る。③その気持 ちが落ち着くための方略(例えば,一人になる,外に出るなど)を選択肢のなかから選択し,その方 略のマグネットを貼る。④方略を使用した結果,気持ちに変化があった場合,自身の気持ちの段階を 変更する。このエモーションボードは児童・生徒が個人で取り組むリソースではなく,このエモー ションボードを通して教師と児童・生徒が現在の感情やその対処方法について話し合うためのリソー スであった。そのため,対象生徒Aもエモーションボードに取り組むなかで,教師と自身の感情につ いて話し合い,どう対処すれば良いのかということを教師と話し合っていった。これらの教育的支援 の結果,人前で発表する場面において,顔を上げて,聴き手をみて発表をすることができるように なった。 Figure 1 エモーションボード

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(3)人間関係の形成に向けた教育的支援  人間関係の形成については,目的意識が低いときには,他者と協働することが難しく,共同注意が できないという課題があった。そのため,自分と他者の気持ちを考えて,やりとりすることができ る場面を増やすことが目標として掲げられた。その教育的支援として,まず協働して活動していくと きに必要なスキルについて学習する時間を設けた。具体的には,どのようなことを話し合えば良いの かを明示したり,話し合うときにはどのようなことに気を付ける必要があるのかを事前学習したりし た。さらに,その学習したスキルをどのタイミングで活用すれば良いのかを,協働する場面で教師が 声掛けをすることで示すという教育的支援を行った。また,心理的な安定に向けた教育的支援と同様 に,協働スキルの学習と実践を行うだけでなく,その学習と実践に向けて,対象生徒Aのなりたい自 分という目標と関連づける声掛けを事前に行った。さらに,エモーションボードを活用し,自身の気 持ちを表現する機会を設けた。  これらの結果,協働する場面は増えてきたが,それが持続することにつながらなかった。協働活動 のグルーピングとして,初期は対象生徒Aが異性の生徒とペアを組み活動を行うという状況であった。 その異性とのペアとなかなか協働できない状況があったため,同性とペアを組むように変更し,対象 生徒Aが安心して活動できるグルーピングを行った。その結果,対象生徒 Aはペアを組む同級生と会 話する機会が増え,地域のシニアクラブの方と協働してプランター作りをするという活動にも積極的 に取り組むようになった。最終的には,進路学習のリーダーとなり,地域のシニアクラブの方との活 動の中心的役割を担うまでになった。 Ⅲ.行動変容を促進する要因と支援  人が行動を表出するためには3つの要因が関わっている(Figure 2)。行動を表出するまでには,「行 動の仕方・スキル」,「やる気」,「抵抗」の要因をクリアする必要がある。これら3つの要因がそれぞ れクリアできなければ行動表出が起きない。行動変容も既存の行動とは異なる行動が表出される必要 がある。各要因とその支援について以下に述べる。 Figure 2 行動表出の要因

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(1)行動の仕方・スキルの獲得  最初の要因が「行動の仕方・スキル」という知識的な要因である。人はどのように行動する必要が あるのか,いつその行動をすることが有効なのかなどの行動の仕方とスキルを有していないと行動を とるができない。行動変容についても同様であり,行動を変えるといってもどのように行動すれば良 いのかという行動の仕方(スキル)を獲得していないと行動を変容させることができない。例えば, 児童・生徒に困っている他者がいたときにサポートできるようになってほしいという目標を設定し た場合,児童・生徒がその行動を表出するためには,他者が困っているとはどのような状況なのか, 困っている他者にどのように声掛けをすれば良いのか,などと行動の仕方(スキル)を理解していな ければ,他者が困っている状況を理解できなかったり,困っているとわかってもどのように声掛けす れば良いかわからなかったりすることにより,サポートするという行動は表出しない。  行動の仕方・スキルという知識的な要因への教育的支援としては,その行動に関する行動の仕方や スキルを伝えたり,その行動の仕方やスキルを使用すべきタイミングを伝えたりする教育的支援が有 効となる。上記で取り上げた特別支援学校高等部の事例において,心理的な安定(人前で落ち着いて 発表)に向けて望ましい発表の仕方を視覚的に示すという教育的支援が行われた。望ましい発表とは どのようなことなのかというポイントを対象生徒Aは学習する機会があり,さらにその学習した行動 の仕方・スキルを使用するタイミングには,望ましい発表のポイントが書かれた資料を提示したり, そのポイントについて声掛けしたり,行動の仕方・スキルを使用するタイミングを理解できる教育的 支援を行っていた。その結果,それを意識した発表という行動がみられるようになった。  しかし,児童・生徒の行動変容を促す教育的支援を行うためには,行動の仕方・スキルを獲得する 教育的支援だけでは不十分である。特別支援学校高等部の事例において,望ましい発表の仕方・ス キルについて教育的支援を行うことは重要であり,行動変容の萌芽がみられた。しかし,教師側が目 標としていた行動変容は起きなかった。学校現場において,児童・生徒の行動変容を促すために,知 識やスキルに焦点を当てた教育的支援が多く行われていると考えられる。効果的な学習方略を指導し たり,適応的な生活様式を指導したり,望ましい行動を指導したり,という教育的支援は,行動の仕 方・スキルの要因へは有効な介入となるが,それだけで行動変容が起きるわけではない。 (2)動機づけの向上 (a)自己決定理論  児童・生徒の行動変容を促す2つ目の要因は「動機づけ」の要因である。私たちは行動の仕方やス キルを学習したとしても,それを実行しないということがある。例えば,受験対策や資格試験対策, 就職試験対策において,どのような対策を行えば良いかということは参考書で学習したり,他者から 情報を得たりすることで,対策のための行動の仕方や対策スキルを理解することができる。しかし, 対策がわかったからと言って,その対策を熱心に取り組むかといったら別な要因が関わってくる。そ れは「動機づけ」(やる気)の要因である。仮に,受験勉強の方法を知っていたとしても,その勉強 法を実施する動機づけ(やる気)がなければ,受験勉強をするという行動は生起しない。受験勉強を するための動機づけが必要である。別な例であると,困っている他者をサポートするという行動を促 進したいという目標をもっていた場合,児童・生徒が困っている他者を理解し,どのように行動すれ ば良いのかを学習できていたとしても,その他者のことが嫌いである,罰としてサポートすることを 強要されるなど,サポートしたいという動機づけが高まらない状況ではサポートするという行動は生 起しない。

 動機づけを高める支援を考える理論として,自己決定理論が挙げられる(Ryan & Deci, 2001)。この 理論において,動機づけは,その自律性を指標として5つの段階に分けられている(Figure 3)。この

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段階に沿った教育的支援を行う必要がある。  最初の段階が「非調整」という段階である。この段階は全くやる気がなくなっている状態を指す。 次の段階は,「外的調整」という段階である。この段階は報酬の獲得や罰の回避が目的の段階である。 保護者や教師から褒められるからその行動を行う,保護者や教師から怒られるからやらないというよ うに,児童・生徒自身がその行動を決定しているのではなく,外的な要因によって行動が左右される という状態である。全くやる気をなくしている状態から次の段階に進めるためには,その行動を行う ことによるご褒美を用意する支援が考えられる。具体的には,目標行動に対して児童・生徒が好きな キャラクターのシールやスタンプをご褒美として提示したり,目標を達成することにより児童・生徒 が好きな活動を用意したりするなどの教育的支援が考えられる。また,次の段階に向けて自尊感情を 高める必要がある。そこで,物質的報酬から言語的報酬へとつなげていき,行動を生起することより 自尊感情を高めることができるようにしていくことが支援目標となる。  次の段階が「取り入れ的調整」の段階である。この段階は自尊感情の維持が目的の段階である。具 体的には,自身のプライドを保つためであったり,保護者や教師の期待に応えるためであったり,他 者との競争に勝つためであったり,恥をかきたくないからという動機づけの段階である。この段階の 教育的支援としては,自尊感情を高めるために褒めたり,競争心を刺激したり,認める声掛けを行っ たりという支援が有効となる。また,次の段階に向けて,特定の他者から自尊感情を高める支援を受 けるのではなく,同級生や家族等の様々な他者から自尊感情が高まる声掛け等を受けられるよう広げ ていき,プライドのためにその行動を生起させるのではなく,その行動がその児童・生徒にとってど のような意味があるのか,将来や日常生活にどのような価値があるのかという,価値づけを行ってい くことが求められる。  次の段階が「同一化的調整」の段階である。この段階は,ターゲットとなる行動の価値(獲得・利 用)を理解している段階である。その行動が児童・生徒にとって価値があることを意識しており,自 Figure 3 動機づけの種類

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分にとって意味があるからその行動を行っている状況である。この動機づけの段階になると,その行 動が持続的かつ効果的に行動へ影響を与えることが明らかになっている(西村・河村・櫻井,2011)。 そのため,この動機づけの段階へと高める教育的支援が求められている。  「内的調整」という段階もある。これは内発的動機づけとされる段階であり,その行動自体に興 味・楽しさを感じている段階である。「内的調整」と「同一化的調整」の段階が自律的な動機づけの 状態として,望ましい動機づけの状態とされている。  自己決定理論における動機づけの段階を意識し,各段階にあった教育的支援を行う必要がある。逆 に,全くやる気のない児童・生徒に対して,将来の夢との関連づけを行う教育的支援を行うことは効 果が薄いと考えられる。児童・生徒がどの動機づけの段階であるかをアセスメントし,次の動機づけ の段階にあった目標設定と教育的支援を行うことが求められる。  また,自己決定理論では動機に関する「自律性」,「有能さ」,「関係性」の3つの欲求があることが 示されている(Figure 4)。この3つの欲求が満たされるときに動機づけが高まるとされている。  自律性の欲求とは,自身の行動を自分で決定したいという欲求である。他者からその行動をとるこ とを強要されるなど,やらされているときには動機づけが高まらない。自分でその行動をとることを 自身で決めている感覚が高い方が動機づけが高まるということである。そのため,教育的支援として は,児童・生徒自身が自分で何を目標とするか,どのような行動をとるか,ということを自己決定で きる機会を用意するという支援が動機づけを高めることにつながる。しかし,なんでも児童・生徒に 決めてもらうだけでは,教師が設定した目標にたどり着かない可能性がある。教師の設定した目標を 達成する行動を行ってほしい場合にも,いくつかの選択肢を用意して自己決定できる部分を残してあ げたり,選択肢がない場合でも「よく自分で決めて取り組んだね」などと自律性の欲求を刺激するよ うな声掛けを行うことが有効となる。教師側が提示した行動を児童・生徒がとり,うまくいった場合 に「ほら先生の言った通りにやればうまくいったでしょ」などと,児童・生徒の自律性の感覚を奪う 声掛けをすることで動機づけが高まらない状況となってしまうことに留意する必要がある。 Figure 4 動機づけに関わる欲求

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 有能さの欲求とは,行動することにより自分が有能だと感じたいという欲求である。その行動をと ることにより自分の有能さを感じられるとき,その行動への動機づけが高まるということである。例 えば,罰として掃除を行う場合は,掃除を行うことに対して有能さを抱くことができないため,掃除 を行うことに対する動機づけが高まらない。しかし,教師から「あなたの掃除の仕方はとても素晴ら しいからみんなにお手本をみせてほしい」と言われた状況で掃除を行う場合は,お手本として掃除を することに対して有能さを抱くことができるため,掃除をすることに対する動機づけが高くなる。教 育的支援としては,行動変容を行うことで有能さを感じられるような仕組み(上記で示したように罰 してではなく,お手本をみせるという枠組みにするなど)を作り出したり,有能さを感じられる役割 を与えたり(例えば,お掃除担当大臣に任命するなど)する支援が有効となる。  関係性の欲求とは,周囲と良い関係を築きたいという欲求である。例えば,嫌いな人と活動するよ りは,親友と活動する方が動機づけが高まるということである。そのため,教育的支援としては,児 童・生徒間の関係性を良好にするための活動を日頃から取り入れたり,教師自身が児童・生徒と良好 な関係を築くことをしておくことが有効となる。また,児童・生徒の行動変容が他の児童・生徒と良 好な関係につながるのか意識する必要がある。 (b)特別支援学校高等部の事例における動機づけ支援  特別支援学校高等部の事例においても,望ましい発表を行う動機づけへの介入が必要であった。望 ましい発表を行うという目標が設定されていたが,望ましい発表の仕方を理解していても,望まし い発表をしたいという動機づけが必要である。対象生徒Aについても,望ましい発表の仕方への教育 的支援により,望ましい発表の仕方を理解できていても,望ましい発表をしたいという動機づけが備 わっておらず,教師側が目標としていた行動変容は起きなったと考えられる。動機づけ要因への教育 的支援として,対象生徒Aが興味・関心を向けているアニメのキャラクターのイラストを授業前に提 示する支援,対象生徒Aが“なりたい自分”を意識し,それと進路学習を関連づける声掛けを行った。 対象生徒Aの動機づけの段階を「外的調整」の段階と見立て,好きなキャラクターのイラストを報酬 として動機づけを高める支援を行った。その際,報酬であるイラストについては対象生徒Aと話し合 いのなかで決め,発表時にイラストを提示してほしいという対象生徒A自身が決定した要望を受け入 れた。これらの支援は,対象生徒Aの自律性の欲求を刺激する支援であったと考えられる。また,発 表に対して良かった点をフィードバックする支援が対象生徒Aの有能さを刺激していたと考えられる。 さらに,クラスメイトからも同様のフィードバックがあり,望ましい発表を行うことがクラスメイト から認められるという良い関係性につながるという対象生徒Aの関係性の欲求を刺激する支援となっ ていたと考えられる。これらの支援により,対象生徒Aの望ましい発表を行うことに対する動機づけ が高まっていった。その結果,望ましい発表を行うという行動変容がみられるようになってきた。良 い発表ができることで教師やクラスメイトから認められ,対象生徒Aの自尊感情が高まり,次第にそ の自尊感情をさらに高めたいという「取り入れ的調整」の段階へ変化していった。そこで,対象生徒 Aが目標として掲げていた“なりたい自分”,“生徒会長になりたい”という目標と,望ましい発表が できるようになることがどのようにつながるのかという関連づけを行い,「同一化的調整」段階へと 動機づけの質を高めていったことにより,望ましい発表の仕方ができるようになるという行動変容が 起きたと考えられる。このように,行動の仕方・スキルを指導するだけでなく,動機づけへの教育的 支援を行うことも,行動変容を促すためには重要なことである。 (3)抵抗の緩和  行動の表出における最終要因が「抵抗」の要因である。私たちは行動の仕方・スキルを理解し,そ

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の行動を行う動機づけをもっていたとしても,行動を表出しない場合がある。例えば,恋愛感情を抱 いている他者に対して告白する場面では,「好きです。付き合ってください」という行動を行えば良 いことは理解しており,より深い関係になりたいという動機づけをもっているにも関わらず,告白す るという行動が生起しない。それは,断られたらどうしようという不安,今の関係が変化することへ の危惧,傷つくことへの懸念などの「抵抗」が要因となって,行動が生起しない。児童・生徒に困っ ている他者をサポートするという行動を生起させたいという状況では,サポートの仕方やタイミング を理解し,他者をサポートしたいという動機づけを高めるだけでなく,サポートを断られるかもしれ ない,サポートを申し出た自分を他者がどのように感じるのかについての懸念などの抵抗を乗り越え るための教育的支援が必要となる。  特別支援学校高等部の事例では,対象生徒Aが抱える不安や緊張についてエモーションボートを用 いた教育的支援を行った。抵抗の要因への教育的支援としてまず必要なことは,どのような抵抗を抱 いているかということを理解することである。エモーションボードに対象生徒A自身の状態について 回答してもらうことで,教師は対象生徒Aの状態を理解する機会となる。また,エモーションボード にただ回答させるだけでなく,その対象生徒Aの状態には何が関わっているのか,どんな気持ちなの かを話し合い,その対処方法を提示することで,対象生徒Aは人前で発表するということに対する抵 抗を表現し,対処することで,抵抗を緩和することができたと考えられる。その結果,人前で望ま しい発表を行えるようになっただけではなく,他者との協働も積極的に行えるようになり,最終的に は,進路学習のリーダーとなり,地域のシニアクラブの方との活動の中心的役割を担うまでになっ た。  また,人間関係の形成に対する教育的支援では,初期は対象生徒Aが異性の生徒とペアを組み活動 を行うという状況であった。これではペアの相手と協働するという行動は生起しなかった。なぜな ら,高校生が異性と協働して活動することには恥ずかしさ等の抵抗がある。同性とペアを組むよう に変更し,対象生徒Aが安心して活動できるグルーピングを行い,その抵抗を緩和する教育的支援を 行った。その結果,対象生徒Aはペアを組む同級生と会話する機会が増え,協働する行動が生起する ようになった。 Ⅳ.行動変容を促す教育的支援における留意点  これまで人が行動を表出する要因について取り上げ,その教育的支援について考察を行った。それ 以外に児童・生徒の行動変容を促す教育的支援における留意点について,特別支援学校高等部の事例 からみえたことを以下に述べる。 (1)「目的」と「方法」の弁別  方法が目的化することに留意する必要がある。特別支援学校高等部の事例において,対象生徒Aが 心理的な安定のターゲットとして人前で望ましい発表ができるという行動を目標としていた。しか し,望ましい発表ができるということはあくまで「方法」である。例えば,教師から良い評価を得た い,同級生から認められたいという「目的」を達成するために「望ましい発表を行う」という「方 法」が用いられる。仮に児童・生徒が教師から嫌われたい,同級生から真面目なやつだと思われたく ないという目的をもっていた場合,望ましい発表をするという方法は用いられず,あえて望ましくな い発表をするという方法を用いるということになる。つまり,望ましい発表という「方法」を生起さ せるためには,その方法を用いる「目的」にも教育的支援を行う必要がある。特別支援学校高等部の 事例の対象生徒Aにおいても,なりたい自分になって輝きたい,生徒会長になってみんなから認めら れたいという「目的」を明確にし,人前で望ましい発表をするという「方法」がその「目的」につな

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がっていくことを指導している。またそれは,人間関係の形成促進のターゲットである協働の促進に ついても同様に教育的支援を行い,協働という「方法」を用いることの「目的」を意識化することに より,協働活動が生起されるという行動変容が起きたと考えられる。 (2)社会情動的能力を育む他者  社会情動的能力を育むためには,他者の要因も重要となる。特別支援学校高等部の事例では,対象 生徒Aの社会情動的能力の育くむために,心理的な安定と人間関係の形成を目標として教育的支援を 行った。その結果,情動を安定させたり,他者と協働したりする行動が生起された。しかし,そこに は行動変容を促す要因としての他者が存在する。心理的な安定に向けた取り組みのなかで,教師は対 象生徒Aの動機づけを高め,抵抗を緩和する教育的支援を検討する際に,対象生徒Aの興味・関心や 目標を理解するように努めた。また,エモーションボードに表現された対象生徒Aの感情について理 解し,その対処方法について対象生徒Aと話し合いながら検討した。この教師の存在が重要な役割を 果たしていたと考えられる。  社会情動的能力の1つである情動調整とは,一人で行うものだけではない。例えば,幼児が恐怖や 不安を感じたときに,重要な養育者に抱きついたりすることで情動を調整することはよくあることで ある。このように,情動調整は個人内で行うものばかりでなく,他者との関係のなかで行うものもあ る。大人の場合でも,仕事でのストレスを同僚や友人に話し,そのフィードバックを受けることで気 持ちを落ち着かせたりする。そして,他者との関係のなかで身に着けた情動調整スキルを用いて,個 人内で情動調整を行うという流れとなる。つまり,情動調整のスキルを身に着けるためには,まず他 者との関係のなかで情動調整を行い,そのエッセンスを理解し,そして個人内の情動調整に応用する ことで,情動調整のスキルを身に着けていくということである。そのため,情動調整のスキルを身に つけさせたい場合は,その児童・生徒個人に焦点を当てるのではなく,まず教師をはじめとした他者 との関係で情動調整を体験するという教育的支援から始める必要がある。特別支援学校高等部の事例 でも,動機づけへの教育的支援やエモーションボードという教育的支援を通して,対象生徒Aが教師 との関係のなかで情動調整を体験していったこと(教師が対象生徒Aの情動調整を支援すること)が, 個人内の情動調整へとつながっていったと考えられる。  他者との協働についても同様に他者の要因にも焦点を当てる必要がある。協働は一人で行うもので はない。特別支援学校高等部の事例において,当初対象生徒Aの協働する他者は異性の生徒であった。 高校生が異性とペアを組んで協働するという行動が生起しにくいということは想像しやすい。しか し,教育現場では協働という行動を生起させるときに,児童・生徒の個人に焦点が当たりがちで,協 働を促進させやすい他者について焦点が当たりづらいところがある。特別支援学校高等部では同性の 他者とのペアに変更する教育的支援を行った。それにより協働の行動が生起されやすくなった。この ように,行動変容を促したいときに,児童・生徒の問題だけに着目せず,行動変容を促進する他者に も焦点を当てた教育的支援を検討する必要がある。 引用文献

Buron, K. D., & Curtis, M.(2004)The incredible 5-point scale: Assisting students with autism spectrum

disorders in understanding social interactions and controlling their emotional responses, Kansas: AAPC

Inc. 柏木諒(訳)(2006)これは便利!5段階表 自閉症スペクトラムの子どもが人とのかかわ り方と感情のコントロールを学べる5段階表活用事例集,スペクトラム出版社 .

Heckman, J., & Rubinstein, Y.(2001)The importance of noncognitive skills: Lessons from the GED testing program, American Economic Review, 91, 145-149.

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文部科学省(2019)平成 30 年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」. 西村多久磨・河村茂雄・櫻井茂男(2011)自律的な学習動機づけとメタ認知的方略が学業成績を予測 するプロセス : -内発的な学習動機づけは学業成績を予測することができるのか?,教育心理学 研究,59, 77-87.

OECD(2017) PISA 2015 results (Volume V): Collaborative problem solving, OECD Publishing.

Ryan, R., & Deci, E. (2001)On happiness and human potentials: A review of research on hedonic and eudaimonic well-being. Annual Review of Psychology, 52, 141-166.

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