博 士 ( 文 学 ) 李 忠 奎
学 位 論 文 題 名
日韓語の動詞結合に関する対照研究 学位論文内容の要旨
本 論文は,日本語と韓国語における動詞結合を言語学的な観点から比較対照したもので ある。ここでいう「動詞結合」とは,動詞と動詞が結合したものを広く指すが,「舞い散る」
等の複合動詞以外に,「変わっていく」のように助詞類を間に介在させたものも含んでいる。
前 者のようなタイプは,これまで複合動詞として多くの先行研究があるが,後者のような タ イプは複合動詞の研究からは同じ枠組みで検討されることが少なく,枠組みを広く設定 して網羅的に論じた研究ということができる。論文本文は,多くの例文を含み,221頁(400 字 詰原稿用 紙換算414枚) に及ぶが,さらにそれに「第矼部巻末資料編」として,『日韓 複 合動詞辞 典』と 『逆引き 日韓複合動詞辞典』が付されており,これらは二段組み183頁 (400字詰原稿用紙換算933枚)に及ぶ浩瀚なものになっている。
本 論文では,動詞結合について,伝統的な言語学の方法論に基づき,音韻レベル・形態 レ ベル・統語レベルに分けて,日本語と韓国語それぞれの精密な記述をまず行い,分析を 加 えた上で,対照を行っている。対照言語学的な分析に基づいて両言語における動詞結合 の 差異と共通性を明確にし,それぞれの動詞結合がどのようになされるかを理論モデルと して提案している。
本 論文は,7章 で構成さ れ,予備 的議論 を経て, 第2章では形 態構造の レベル ,第3章 で は音韻の レベル ,第4章では統語レベル,とそれぞれのレベルに分けて日本語と韓国語 の 動詞結合 につい て詳細な 記述と対照的分析を行い,第5章で両言語の動詞結合の形成を 説 明するモ デルを 提案し, 第6章ではそのモデルの妥当性と実用性を実際の分析に適用し て 検証して いる。 そして, 結論と課題を第7章でまとめて論考を終えている。以下,章ご とに簡潔に趣旨を述べる。
第1章では,「動詞結合」の定義を明確化し,どのようなものを動詞結合に含むのかにつ い て具体的に示した上で,対照分析に先立って予備的に確認しておくべきことを簡略にま と めている。第2章では,動詞結合の形態構造を論じる。日本語については,接続助詞‑te が介在するものを,韓国語は‑a/‐eo/‑yeo,‑go,‑ ada/‑eodaが介在するものを「関与する要素 あり」とし,「関与する要素なし」のタイプと区分する。次に,日本語と韓国語で,それぞ れの動詞の語幹を「活用変化しない部分」「基本形から.daを除外した部分」とし,子音語 幹 動 詞 と 母 音 語 幹 動 詞 を 同 じ 基 準 で 扱 う た め の 枠 組 み を 提 示 し て い る 。 第3章で は,日 本語と韓 国語の動詞結合をそれぞれ音韻レベルで分析記述している。日 本語では,‑teの後接夕イプを音便も含めて記述し,介在要素のないタイプについても母音 ―63―
添 加 ・ 母 音 脱 落 ・ 子 音 交 替 な ど の プ 口 セ ス を 想 定 す る こ と で 分 類 し ,記 述し てい る。 韓 国 語 も 語 幹 末 の 音 と 介 在 要 素 の 組 み 合 わ せ を 一 通 り 挙 げ て 記 述 し , 介 在要 素が ない タイ プ も 子 音 脱 落 と 子 音 交 替の プロ セス を 想定 する こと で 分類 ・記 述し てい る 。両 言語 の対 照で は , ど の 位 置 で ど の よ う な 音 韻 現 象 が 生 じ る か に よ っ て 対 応 関 係 を 示 し て い る 。 第4章 で は , 名 詞 句 に 対 す る 格 支 配 能 カ の 保 持 と い う 観 点 か ら , 動 詞 結 合 の タ イ プ をVV ハT/vV/vv (Vは 保 持 ,vは 喪 失 ) と 分 け , さ ら に 介 在 要 素 ( 本 論 で は 「 関 与 す る 要 素 」 と 呼 ぶ ) の 有 無 で 分 け て , す べ て の 組 み 合 わ せ に つ い て 記 述 し て い る。 この こと によ り , 日 本 語 で は 介 在 要 素 の な い 複 合 動 詞 が 大 半 で あ る の に 対 し て , 韓 国 語で は介 在要 素を 伴 う 複 合 動 詞 が 大 半 で ある こと ,「 上 り下 りる 」「 開 け閉 める 」な ど対 義 語を 素材 とす る複 合 動 詞 が 日 本 語 で は 不 適 格 で あ る の に 対 し て , 韓 国 語 で は こ の 種 の 複 合 動詞 が適 格に なる こ と が ある こと など を 指摘 して いる 。
第5章 で は , 両 言 語 に 共 通 し て 適 用 可 能 な 動 詞 結 合 形 成 モ デ ル を 提 案 し て い る 。 こ の モ デ ル で は , 素 材 入 力 段 階 と し て の 第I段 階 , 前 項 と 後 項 が 決 ま り , 子 音 語 幹 に 母 音 を 付 加 す る な ど 音 韻 処 理 が な さ れ る 第H段 階 , 形 態 的 完 成 段 階 と さ れ , 複 合 動 詞 と し て の ラ イ セ ン ス が 行 わ れ る 第 皿 段 階 , 前 段 で 明 確 に 区 分 が な さ れ な か っ た 動 詞 結合 につ いて フィ ル タ リ ン グ を 行 い , 意 味 的 統 合 の 処 理 も 行 う 第I段 階 , 前 段 ま で で 複 合 動 詞 と ラ イ セ ン ス さ れ な か っ た 動 詞 結 合 に つ い て 意 味 的 統 合 と 意 味 変 化 に よ っ て 複 合 動 詞 とし てラ イセ ンス す る 第V段階 , とい う5つの 段階 が設 定さ れ ,個 別に 説明 さ れて いる 。
第6章 は , 前 章 で 提 案 し た 動 詞 結 合 形 成 モ デ ル の 応 用 と 称 し て , 実 際 の 分 析 に 適 用 可 能 で あ る こ と を 示 し て い る 。 本 章 で は , 後 項 動 詞 に , 日 本 語 は 「 食 べ る 」 , 韓 国 語 は
「q rl‑(meogda)」 (「 食 べる 」の 意)をとる複合動詞に ついて分析して,日本語の 子音語幹動 詞 がノiノ とい う母 音を 付 加す るこ と,両言語の介在要素 の違しゝ,両言語における 複合動詞の 形 態 夕 イ プ の 偏 り の 差 異 , 形 態 的 緊 密 性 の 相 違 な ど に つ い て 確 認 し て い る 。 第7章 は , 前 章 ま で を 振 り 返 り , 全 体 の 論 点 を ま と め た の ち , 今 後 の 課 題 と し て , 複 合 動 詞 を 含 む4つ の タ イ プ に 分 け る 妥 当 性 と そ の 区 分 基 準 に つ い て い ま だ 検 討 す べ き 点が 残っ てい るこ と , 形 成モ デル の精 緻 化と 再検 討の 二点 を 示し ,論 を閉 じ てい る。
本 論 文 の ポ イ ン ト と し て は , 複 合 動 詞 の 分 析 に 前 項 動 詞 の 「 語 幹 」を 基準 とし て適 用 し た こ と , そ れ に よ っ て 日 本 語 の 動 詞 は 語 幹 の 自 立 度 が 高 い の に 対 し て, 韓国 語の 動詞 は 語 幹 の 自 立 度 が 低 い と 分 析 し て い る こ と , 介 在 要 素 の 有 無 で 網 羅 的 に 動詞 結合 を分 析記 述 し た こと ,韓 国語 で は対 義語 複合 がt―ヱ (go) )に よっ て可 能に な るの に対 し日 本 語では介在 要 素 が 対 義 語 複 合 に関 与し なし ゝ こと を明 らか に した こと ,複 合動 詞 のタ イプ とし て日 本 語 で は 介 在 要 素 な し が 大 半 で あ る の に 対 し て 韓 国 語 で は 介 在 要 素 を 伴 うも のが 大半 で構 成 の 分 布 が 対 照 的 で あ る こ と を 明 ら か に し た こ と , 日 本 語 の 子 音 語 幹 動 詞が モー ラ構 造保 持 の 観 点か らノiノ の付 加を 行 うと して ,形 態論 的 な分 析を 統一 的に 適 用し てい るこ と ,などが挙
げられる。
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(以上)
学 位 論 文 審 査 の要 旨 主 査 准 教 授 加 藤重広 副 査 教 授 津 曲 敏 郎 副 査 准 教 授 李 連珠 副査 名誉教授 門脇誠一
学 位 論 文 題 名
日 韓 語 の 動 詞結 合 に 関 する 対 照 研 究
日本語と韓国語の対照言語学的研究は,さまざまなテーマでなされている。また,複合 動詞を扱った研究も意味に関する研究を中心に多くの成果が見られる。しかし,日本語と 韓国語の複合動詞を,広く関連するものも含めて,網羅的かつ統合的に分析しようとした 研究はほとんど他に例を見ない。また,本論文が大部の『日韓複合動詞辞典』を作成しな がらの分析であることは,地道な記述と考察に基づく研究であることを物語っている。複 合語辞典は巻末資料とされているが,通常の小型辞書に匹敵する規模と完成度であり,独 カで編集と項目記述を含む全作業を遂行したことは高く評価できる。これは,データの確 実な記述と蓄積を前提要件とする,科学的な言語研究においては,基本的な研究方法と態 度 で あ り , 方 法 論 的 に 見 て 模 範 的 な 手 順 を と っ て い る と 言 っ て よ い 。
本論文が,音韻・形態・統語の各レベルに分けて分析を行い,それによって,日本語と 韓国語の基本的特質をも明らかにしていることは重要である。特に,従来の複合動詞研究 の枠組みを拡張して,両言語の複合動詞に構成夕イプの分布における差異が見られること,
複合における形態的緊密性に違いが見られることなどを指摘したことは,重要な成果と認 めることができる。
また,動詞結合形成モデルは,実際の分析の途上で着想したものであり,高い説明カの あるモデルとするには今しばらくの彫琢を要するものの,両言語の差異を踏まえて共通の モ デ ル を 創 出 し た 点 は , 今 後 の 対 照 研 究 に と っ て も 重 要 な 成 果 で あ る 。
以上述ぺたように,日本語と韓国語の動詞結合をテーマとした網羅的かつ統合的な対照 研究として,本論文のような規模と一貫した方法論で記述・考察したものが他になしゝこと を踏まえ,意義ある研究成果と認めることができる。
もちろん,本研究にも見直すべき軽微な誤解やわかりにくい用語法があるほか,連用形 と語幹,また,語基という概念を再検討する必要性,格支配の認定方法,子音語幹動詞に 付加される川についての位置づけがあまり明確でないこと,記述の枠組みに冗長さがあるこ となど,いくっかの問題点は見られるが,それらは本論文の成果の全体を考察したとき,
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むしろ,これまで の研究を発展させるための手がかりともなりうるもので,相応の研究成 果として認めるこ とができる。また,総じて,明確な言語学的手順に従って網羅的な記述 と分析を行い,日 韓対照言語学の領域においても,複合動詞研究というテーマにおいても 相応の成果をもた らしたことは明らかである。
審査委員会発足 後,口頭試問を挾んで5 度の 審査委員会を開催して,子細に評価を議論 し,本審査委員会 は,委員全員の一致した見解として,博士(文学)の学位を授与するに 相応しいとする審 査報告書を文学研究科教授会に諮り,本学位申請論文については満票を 以て学位授与が認 められたものである。
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(以上)