博 士 ( 水 産 学 ) 奈 良 英 一
学 位 論 文 題 名
高 度 不 飽 和 脂 質 の 水 溶 液 中 で の 酸 化 安 定 性 に 関 す る 研 究 学 位 論 文 内 容 の 要 旨
脂 質 は 三 大 栄 養素 の ひと つで 、 効率 的な カ 口リ 一源 と して 重要 な だ け で な く 、 脂 質を 構成 す る脂 肪酸 に は、 それ ぞ れ特 有の 生 理 機 能 が あ る 事 が 知 ら れ て い る 。 特 に 、Eicosapentaenoic acid
( EPA) やDocosahexaenoic acid( DHA) は 、 学 習 能 向 上 、 網 膜 反 射 能 向 上 、 血圧 降下 作 用な どを 有 する こと か ら大 変注 目 さ れ て い る 。 し か し 、EPAや DHAは 分 子 中 に 多 く の 二 重 結 合 を 有 す る た め 、 空 気 中で は極 め て酸 化さ れ やす く、 こ の酸 化さ れ や す さ がEPAや DHAを 食 品 、 あ る い は 薬 品 に 利 用 す る 際 の 最 大 の 問 題 と な っ て き た。 一方 、 この よう な 著し い酸 化 安定 性の 低 さ に も か か わ ら ず 、 EPAやDHAは 各 種 生 物 中 に 広 く 分 布 し て お り 、 そ れ 程 酸 化 さ れる こと な くそ の機 能 を発 揮し て いる 。生 体 内 脂 質 過 酸 化 に 対 す る 効 果 的 な 防 御 機 構 と し て は 、 ビ タ ミ ンEな ど の 抗 酸 化 物 質 や 、 生じ た過 酸 化物 に対 す る分 解、 還 元酵 素な ど の 働 き が 知 ら れ て い る が 、 こ の よ う な 防 御 系 の み でEPAや DHA の 酸 化 が 完 全 に 抑 制 さ れ て い る と は 考 え 難 く 、 生 体 内 で はEPA やDHAな ど に 特 異 的 な 酸 化 防 御 機 構 の 存 在 が ` 予 想 で き る。 そこ で 本 研 究 で は 、 生 体 に お け る 、 EPAやDHAに 特 異 的 な 酸 化 防 御 機 構 の 解 明 を 目 的 と し て 、 以 下 の 検 討 を 行 っ た 。 O高 度 不 飽 和 脂 肪 酸 (PUFA) の 水 溶 液 中 で の 酸 化 安 定 性 : ま ず 始 め に 、PUFAが 、 通 常 、 生 体 内 で 水 を 媒 体 と し て 他 の 様 々 な 成 分 と 共 存 し て い る 事 に 着 目 し 、 水 系 で のPUFAの 酸 化 安 定 性 の 特 徴 を 検 討 し た 。 そ の 結 果 、 代 表 的 な 6種 類 の PUFAの Tween 20含 有 緩 衝 溶液 中 での 酸化 安 定性 は、 空 気中 とは 全 く異 な り 、 DHA (22: 6n− 3)冫 EPA(20: 5n― 3)> ア ラ キ ド ン 酸
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( 20 : 4n − 6 ) >a ― リ ノ レ ン 酸 (18 : 3n ー 3)>y ― リ ノ レ ン 酸 (18 :3n ―6) 冫リノニル酸(18 :2n ―6 )の順となることを初めて明ら かにした。この順序は 、水系では不飽和度の高い もの程酸化され にくく、また、 n ―3 系不飽和脂肪酸の方がn ―6 系のそれより安定 である事を示していた。
◎ 水 溶 液 中 で の PUFA の 分 散 形 態 と そ の 酸 化 安 定 性 と の 関 係 : 次 に 、 こ の よ う な PUFA の 水 溶 液 中 で の 独 特 な 酸 化 挙 動 に つ い てさらに詳しく探るた め、形成される分散粒子の 大きさが異なる 4 種 類 の 乳 化 剤 を 用 い て DHA と り ノ ― ル 酸 の 水 溶 液 中 で の 酸 化 安 定 性 に つ い て 検 討 す る と と も に 、 NMR を用 いて これ ら 脂肪 酸 の水溶液中とク口口ホ ルム中での、酸化にかかわ る水素(ビスア リル水素とオレフィン 水素)のケミカルシフトに ついて分析を行 っ た 。 そ の 結 果 、 DHA で は 分 散 粒 子 が 小 さい 程酸 化安 定 性が 向 上するのに対して、リ ノ―ル酸では分散粒子が大 きい程酸化され にくくなることが明ら かとなった。また、リノー ル酸( n −6 系、
二重 結合 : 2 個) は重 ク 口口ホルム中と重水中 で、ピスアリル水 素とオレフィン水素の ケミカルシフトの位置に全 く変化は認めら れ な か っ た が 、 DHA ( n ― 3 系 、 二 重 結 合 : 6 個 ) で は 重 水 中 の ケミカルシフトの位置がいずれの水素とも高磁場側ヘシフトした。
こ の 結 果 か ら 、 DHA は 水 溶 液 中 で 、 こ れ らの 水素 同士 が 水素 結 合などの何らかの相互 作用によって会合している ことが推測され た 。 以 上 よ り 、 水 溶 液 中 で PUFA の 酸 化 安 定 性 が 空 気 中 と 異 な った理由として以下の ように考えられた。すなわ ち、水溶液中で は PUFA は ミ セ ル の よ う な 一 定 の 規 則 正 し い 分 子 配 列 を と っ て 分 散 す る が 、 特 に DHA で は 、 プ ロ ト ン NMR で 示 さ れ た よ う に 、 酸化に関係するビスア リル水素やオレフィン水素 が何らかの相互 作用によって会合し、 その結果、二重結合を外に さらさないよう な、よルコンパクトな 構造をとっているものと考 察された。この よう な相 互 作用 は、 二重 結合 数 が多 い n ー 3 系 PUFA 程 強く な り、
またこの作用によって 形成される構造は、酸化を 引き起こすラジ カ ル や 酸 素 の 攻 撃 を 受 け に く い た め 、 DHA は 水溶 液中 で は非 常 に酸化されにくくなるものと推測した。
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◎ リ ン 脂 質 の 水 溶 液 中 での 酸 化 安 定 性: 一 般 に 生 体内 に お い て 、 PUFAは 主 に り ン 脂 質 の ア シ ル 基 に 組 み 込 ま れ て 存 在 す る 事 が 多 い。 特に、 リン脂 質は生 体膜を 形成 する主 たる構 成成分 であ り、
PUFAは 生 体 膜 脂 質 の 主 要 構 成 脂 肪 酸 と し て 膜 機 能 の 発 現 に 関 与 し て い る 。 ま た 、 リ ン脂 質 は 食 品 に広 く 用 い ら れて い る レ シ チ ン 中 に 多 量 に 含 ま れ て い る だ け で な く 、DHA含 有 リ ン 脂 質 の 形 態 が 生 体 に 対 し て 様 々 な特 有 の 活 性 を有 す る 事 が 知ら れ て お り 、 薬 品 と し て の 利 用 も 期 待さ れ て い る 。し た が っ て 、リ ン 脂 質 の 水 系 で の 酸 化 安 定 性 は 生 体内 脂 質 過 酸 化を 論 ず る 上 で、 あ る い は 食 品 や 薬 品 へ の こ れ ら り ン脂 質 の 利 用 を考 え る 上 で 重要 で あ る 。 そ こ で 、 DHAや り ノ ― ル 酸 な ど の PUFAを 主 要 構 成 脂 肪 酸 と す る3種 類 の Phosphatidylcholine (PC) の 水 系 ( ミ セ ル と り ポ ソ ― ム ) で の 酸 化 安 定 性に つ い て 検 討し た 。 そ の 結果 、 ミ セ ル で は DHAや EPAを 多 く 含 む サ ケ 卵 PCが 最 も 酸 化 さ れ に く く 、 次 い で 鶏 卵PC、 大 豆PCの 順 と な っ た 。 一 方 、 生 体 膜 モ デ ル で あ る り ポ ソ ー ム で は 、 リ ノ ― ル 酸 を 主 要 構 成 脂 肪 酸と す る 大 豆P Cが 最 も 酸 化 さ れ や す い 点 で は ミ セ ル と 同 じ で あ っ た が 、 鶏 卵P Cと サ ケ 卵PCで 酸 化 安 定 性 に 差 は 認 め ら れ な か っ た 。 ミ セ ル で は 遊 離 脂 肪 酸 の 場 合 と 同 じ よ う に 、 DHAや EPAを 多 く 含 む P C程 、 酸 化 さ れ に く い 立 体 構 造 を と っ て 分 散 し て いる た め に 、 サ ケ 卵PCの 酸 化 安 定 性 が ミ セ ル で は 最 も 高 く な っ た も の と 考 察 さ れた。また、サケ卵PCや鶏卵PCの主要分子種は
1→16:0,2―PUFAs−PCと考え られ るが、 このよ うな分 子種は 大豆P Cで主要な1,2ーdi18:2n―6(LA)‑PCよりも、非常に密で隙間のない 立 体 構 造 を と る た め 、 リ ポ ソ ― ム で は サ ケ 卵PCや 鶏 卵 PCは 大 豆PCよ り も 酸 化 さ れ に く か っ た も の と 推 測 さ れ た 。 こ の よ う な 考 え は ア シ ル 基 位 置 が 既 知 の 、 1− 16: 0, 2ー LAー PC、 1−16:0,2−DHA―PC、1,2ーdiLA−PC、1,2ーdi DHA−PCを用いた酸化安 定性の検討結果からも支持された。
@ リ ポ ソ ー ム の 酸 化 安 定 性 向 上 と そ の 利 用 : 次 にPCリ ポ ソ ー ム の 酸 化 に 対 す る 各 種 成 分の 影 響 に つ いて 検 討 し た 。そ の 結 果 、 鶏 卵 ア ル ブ ミ ン と 大 豆 タ ンパ ク 質 を 添 加す る こ と に よっ て 、 各 リ ポ
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ソ―ムの酸化が抑制されたが、これらタンパク質のりポソームに 対する酸化抑制効果には基質特異性が認められ、鶏卵アルブミン は 鶏 卵 PC の 、 大 豆 タ ン パ クは 大豆 PC の 酸化 を より 効果 的に 抑 制することがわかった。これは、各種タンパク質のりポソ―ムへ の吸着能カの差によるものと考察された。また、リポソ―ムの酸 化安定性は、コレステ口―ルや電荷剤の添加、リポソームの形態 やトコフェ口一ル及びタンパク質濃度によっても影響を受けるこ と が明 ら かと なっ た。 さら に 、リ ポソ ーム 中 にDHA 含有トリグ リ セ リ ド ( TG ) を 封 入 し た場 合、 サ ケ卵 PC リ ポソ ―ム を用 い た 時 に TG 及 び PC の 酸 化 安 定 性 が最 も高 くな る こと もわ かり 、 リ ポ ソ ― ム 素 材 と し て の サ ケ卵 PC 利 用の 可能 性が 示さ れ た。
本研究で初めて明らかに 性に関する特性は、限られ な く と も 水 系 で は PUFA 異なる事は確かであり、こ 察する上で重要な知見とな た 成 果 は 、 EPA や DHA 向上を図る上で有益であり 酸化防止剤を選択すること 酸化防止法の確立が期待さ
さ れ た 水 系 で の 各 PUFA の 酸 化 安 定 た実験条件下での結果ではあるが、少 の酸化挙動が空気中でのそれと大きく のような結果は生体内脂質過酸化を考 るものである。また、本研究で得られ を含む食品あるいは薬品の酸化安定性
、適切な乳化剤や脂質の分散形態及び で 、 EPA や DHA に 特 異 的 で 新 た な れる。
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学位論文審査の要旨 主査 教授 太 田 甼 副査 教授 高 間浩蔵 副査 助教授 宮下和夫
学位論文題名
高度不飽和脂質の水溶液中での酸化安定性に関する研究
ヒト にと っ て重 要 な生理作用を 有するエイコ サベンタエン 酸(EPA) や ドコ サ ヘキ サ エン 酸(DHA)など の海洋脂質成 分は、空気中で は極め て酸化 されやすいが 、生体中では それほど酸化さ れることなくその機能 を発揮 している。生 体内脂質過酸 化に対する防御 機構としては、ピタミ ンEな どの 抗 酸化 物質 や、グルタ チオンベルオ キシダーゼな どの抗酸化 酵 素 の 働 き が 知 ら れ て い る が 、 こ の よ う な 防 御 系 の み でEPAやDHA の 酸化 が 完全 に 抑制 さ れて いる と は考 え 難い 。 した がって 、生体内で は 、EPAやDHAに 特 異 的 な 、 こ れ ま で 明 ら か に さ れ て い な い 酸 化 防 御機構 の存在が予想 される。本研 究では、高度不 飽和脂質が生体中で通 常水を 媒体として他 の様々な成分 と共存している 点に着目し、水溶液中 で の 高 度 不 飽 和 脂 質 の 酸化 安 定性 につ い て検 討 する こ とに より 、EPA やDHAを 始 め と す る 各 種 不飽 和脂 質 の生 体 内で の 酸化 安 定性 を明 ら か にしよ うとしたもの であり、得ら れた主な成果は 以下のように要約され る。
1.水溶 液中での高度 不飽和脂肪酸の酸化安定性は空気中とは全く逆に、
不飽 和度 の 高い も のほ ど 安定 とな る こと を 初め て 明らかにし た。ま た、n‑3系不 飽和脂肪酸はn‑6系 不飽和脂肪酸 よりも酸化されにくいこ とも 示し た 。し た がって代表的 な6種高度不飽 和脂肪酸の水溶 液中で の 酸 化 安 定 性 は 、DHA (22:6n‑3) >EPA(20:5n‑3) > ア ラ キ ド ン 酸(20:4n‑6)>ロ・リノレン酸(18: 3n ‑3)>ア.リノレン酸(18:3n‑6) >リノ ール酸(18: 2n ‑6)の順となり 、二重結合を6個 有するn‑3系高 度 不 飽 和 脂 肪 酸 で あるDHAは水 溶 液中 では 極 めて 酸 化さ れ にく いこ とを明らかにした。
2. 水 溶 液 中 で は 、DHA分 子 中 の 二 重 結 合 が 何 ら か の 相 互 作 用に よっ て 、DHA同 士 あ る い は乳 化 剤な ど と会 合し 、 酸化 を 引き 起 こす ラジ カルや 酸素が攻撃しに くい立体構造 をとることを 明らかにした。リノ ー ル 酸 で はDHAの よ う な 相 互 作 用 は 見 ら れ ず 、 水 溶 液 で のDHAの
高い酸化安定性は、その特徴的な立体構造に起因することを示した。
また、DHAの水溶液中での酸化安定性は、分散粒子の大きさによる 影響をあまり受けないが、リノール酸では分散粒子が大きくなるほど その酸化安定性は向上することも示した。
3.生体膜脂質であるりン脂質においても、水溶液中での酸化安定性は空 気 中 と は 全 く 異 な り 、EPAやDHAを 多量 に 含 む サ ケ卵 リ ン 脂 質 は、リノール酸をその主要構成脂肪酸とする大豆リン脂質よりも酸化 されにくいことを明らかにした。また、生体膜モデルである1Jポソー ムの酸化安定性を左右する因子は、高度不飽和脂肪酸のアシル基分布 で あ るこ と も示 し、 サケ卵 リン脂 質のよ うに 、EPAやDHAな どの 高度木飽和脂肪酸をsn‑2位に有し、sn‑l位には飽和脂肪酸やモノエ ン脂肪酸を含む分子種は酸化されにくいことを明らかにした。これに ついては、アシ´レ基位置が既知の合成不飽和リン脂質を用いた実験に よっても確認した。さらに、コレステロールやタンノヾク質とぃった 様々な生体成分も、リン脂質膜の酸化安定性に大きく影響することを 見い出した。ただしその作用については各生体成分で異なり、例えば タンバク質は、リポソームの外側に吸着し、水層で発生したラジカル などからりボソームを保護するが、この吸着能はりポソームを構成す るりン脂質によって異なること、またコレステロールの酸化防止能は 二 分 子 膜 の 安 定 化 効 果 に よ る こ と な ど を 明 ら か に し た 。 L.EPAやDHAを 多量 に含 有する りポソ ームの 利用 法を図 ること を目 的として、サケ卵リン脂質から調製したりポソームの酸化安定性に関 わる因子について検討したところ、夕ンバク質やコレステロールの添 加の他、電荷剤や低濃度のピタミンEをりポソームに加えることや、
リボソームの形態をより小さくすることなどにより、その酸化を効果 的.に抑制できることを明らかにした。また、こうした条件で調製した りポ ソーム中に機能性の脂質成分を安定に封入できる可能性も示し た。
以 上 の 結 果 は、 化学 構造 的に非 常に不 安定なEPAやDHAが 、水溶 液中では酸化されにくいことを初めて明らかにしたものであり、EPA やDHAの生体中での酸化安定性について考察する上で重要な知見とな るも の で あ る 。ま た、 本研 究で得 られた 成果は 、EPAやDHAの生理 機能の解明や食品及ぴ薬品への利用を図る上でも極めて有益であり、今 後この領域の飛躍的な発展に寄与するものとして高く評価される。よっ て審査員一同は本論文が博士(水産学)の学位を授与するのに充分な内 容を有するものと認定した。