「自識(意識)」の発見 西村茂樹『心學講義』を
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著者
小路口 聡
著者別名
SHOJIGUCHI Satoshi
雑誌名
国際哲学研究
巻
8
ページ
143-158
発行年
2019-03
URL
http://doi.org/10.34428/00010726
「自識(意識)」の発見
—西村茂樹『心學講義』を読む—
小路口 聡
はじめに
古くから、洋の東西を問わず、「意識 consciousness」の/という問題については、様々な方面で、様々な かたちで問題にされ、議論されてきた。今日、脳科学の進歩とともに、その研究は、さらに大きな進展を遂 げている。現在、意識は、特に脳科学の領域において、「ニューロンの電気的発火」の一現象と、その効果の 問題として、研究されている。しかしながら、そうした脳という物理的実体の生み出す物理的現象が、一体 全体、どのようにして、「個人的で主観的な私のこの意識体験を生み出すことができるのか」という問題― ―「ハード・プレブレム」とも呼ばれている については、まだまだ十分に解明されたとは言えないので はなかろうか。 しかしながら、われわれ、個人にとっては、「意識」そのものは、極めて身近で、親切で、むしろ、あまり にも、近すぎるが故に、かえって明瞭に「意識」されることのない直接経験の事実として、現に存在する。 あらためて対象化しえない、「生(せい/なま)」の現実、まさに「主客未分の純粋経験」(西田幾多郞)の事 実として、既に、そして、常に、われわれは、その中にいるのである。われわれは、その中で、現に生きて いるのである。問題を複雑にして難解にしている要因も、また、そこにある。 ところで、明治の初め、文明開化とともに、堰を切ったように、西洋の学問がたくさん日本に入ってきた。 今回、取り上げる、文明開化期の日本における「西学」の紹介者の一人である西村茂樹もまた、西洋伝来の 「心理学(サイコロジィ)」を、「心学」と命名して、日本に紹介・導入する。その際、西村の前に、一つの 障壁が立ちはだかる。それが、まさに「consciousness(意識)」の/という問題であった。何よりも、従来 の日本の学問、そして、その師匠であった中国学の辞書には、consciousness に相当する概念は存在しなか った、と西村は言う。以下、そのことについて、考えてみたい。1. 西村茂樹『心學講義』
『西村茂樹全集』第3巻の解題に拠れば、西村は、本書に先立ち、『心學略傳』を刊行している。「上」が 明治 16 年 4 月、「中」が同年 5 月に印刷されたが、「下」は書かれず、未刊のまま終わっている。その2年 後に、本論とも言うべき『心學講義』の序文が書かれている。明治 18 年 3 月である。以後、第一冊の「緒 言」に始まり、第二冊から第六冊までは順次印刷に付されたが、第七冊と第八冊は手稿のまま残され、明治 25 年(1892)9 月 25 日、西村 65 歳の時に、日本弘道会特別会員の伯爵松平直亮の手により、手稿二冊を 含め、全八冊を上下二巻にまとめて、『心學講義』として出版された。全集本では、全 415 頁の大著である。 全集本は、全八冊本を底本としながら、松平版を参照したとする。なお、第八冊は、完結しないまま終わっ ている。 西村によれば、「心を論ずる学」、すなわち、「心學」を講ずるにあたって、まず「心」というものは、人々 自身の中に有るもので、「一身の主宰」となるものであれば、心の学を為そうとすれば、「他に求める」必要 はなく、ただ「自ら精察熟思」すれば、「能く得る」ことができるのは道理である。にもかかわらず、古来か ら心の学を講ずる者たちは、おおむね「高妙に馳せ」、初学者は、その要領を得ることできなかった。ひとり 西国の「メンタルフィロソフヒイ」は、心を論じて、「確実にして、虚無に流れず」、学ぶ者が、これに依拠すれば、考える方途を手にすることができるので、講義では、心を論ずるに当たって、「法を西国に取る」こ とにした、と言う。ただ、西洋の諸学士は、おのおの教義を異にすることから、その本末軽重、分類解義な どについて、多少の異同があるので、これを学ぼうとするならば、「必ず一つの主義を定め、その主義に合 うものを採用し、合わない者は省く必要がある」と忠告する。そして、本書の目的は、自己の意見を主張す ることにあるのではなく、「人を教える」ことにあるので、「高妙奇異」の説は採録せず、務めて「平易的実」 の説のみを録したとする。所謂啓蒙書である。最後に、訳語の選定に苦慮したことを述べ、あくまで暫定的 なものに過ぎないため、訳語の下に原語を記し、読者の記憶の便に供したという。 なお、『全集』本の「心學講義」には、附録として、和英対照「心學語彙」が付されている。これは、解題 に拠れば、「西村が苦心した訳語と原語、それにこの本邦最初の哲学辞典の訳語」1を掲載したものである。 ここに所謂「哲学辞典」とは、明治十四年四月に出版された、井上哲次郎(東京大学哲学科初代主任教授) による『哲学字彙』である。もともと松平版『心學講義』上・下に付録として添付されたものであるが、更 に、全集版に所収するに際して、現在一般に用いられている訳語も加えて付録としている。 『心學講義』は、西村が、弘道会の会員諸子に対して、主として西国の学者たちが「心」について論じた 学問、西国の「心學と云う者を教うる」ための講義の講義録であるが、そもそも、所謂「心學」とは何か。 いかなる学問なのか。また、なぜ、西村は、「心學」を講義しなければならなかったのか。
2. 「心學」とは
西村は、「緒言」において、所謂「心學」とは何か、について述べている。 概略は、以下の通りである。まずは、「心學」という名称について、西村に拠れば、自分がこれから講じよ うとする「心學」とは、中国(原文「支那」)の陸象山・王陽明などの「心學」ではなく、また、日本の石田 梅岩らの「石門心学」「心學道話」でもなく、世間で言う所の「心理学」の謂いであるとする。それでは、な にゆえ、「心理学」と言わずに「心學」と言うのかと言えば、それは、自分の心學は、「心の理を説く」もの ではなく、「心という物」、換言すれば、「心」をひたすら「物」として、対象的・客観的に「考究推索」する に止まり、「心の理」を説くものではないからであるとする。(p.23) 更に、その「要用(重要な用途)」については、「修身」「斉家」「治国」「平天下」から、法律学・経済学・ 修身学に至るまで、「心の学を知らざれば、根のなき樹木、源なき川流の如し」(p.23)と言う。更に言えば、 上記の形而上の学のみならず、数学・化学・格物学・博物学・生器学といった形而下の学に至るまで、全て の学の「必要の原質」となるのが、「心学」であるとする。 また、儒道の「心學」と自らの「心學」の違いについては、その「目的」の違いにあることを強調する。 すなわち、儒道の「心學」の目的は、「其の身を修め、徳を養う」ための「治心」の学であり、「道徳学」の 「附属学」であった。それは、換言すれば、「道徳を説く為めに心學を用いたる者にて、道徳を離れて心學を 説きたる者に非ざるなり」(p.26)ということである。なお、「道徳学」については、別に、「德學講義」(『全 集』第 2 巻所収)という著書がある。 これに対し、自らの「心學」は、道徳を離れて、心學を説くこと、すなわち、「道徳にも依らず、成仏にも 依らず、心學一個にて学科の全き体面を具ふる」(p.26)、「独立の学」であるとする。 更に言えば、「心學」とは、「心を治むるの学」ではなく、あくまで「心を知るの学」であるとする(p.30)。 ただ、西村自身言うように、「心を知る」ことのみに止まるものではなく、「蓋し心を治めんとする欲するに は、先づ心を知らざるべからず」(p.30)とし、「心を知る」ことは、「心を治める」ことを最終的な目的とす るものではあった。 そして、「心學」が「完全の学」となるためには、「十分に知識を開達し、諸学諸術は勿論、之を人生日用 の事業に貼用」(p.31)することが必要であるとし、自身の計画として、この「心學講義」の後に、「徳学」 を講義し(その後、『徳学講義』として出版)、最後に、「大道論」を著して、詳らかに説くことを予告している。 さて、以上見たように、西村の考える「心學(サイコロジィ)」は、道徳、修養、治心から離れて、純粋に 「心」を、一つの「物」として客観的に観察し、その「本質と性能」、「本性活用」、「本体と現象」とを明ら かにすることを目指す学(基礎学)であった。 その際に採用される方法が、「実験」と「推理」である。「サイコロジィ」は、「専ら自験上より心を論ずる 者」であり、「心の現象(喜怒哀樂の類)心の法則(快楽を求め苦痛を避るの類)及び直接の原因(食を欲す るの原因は飢に在りて、飲を欲するの原因は渇に在るが如し)を論ずることを以て主」とするものであると する。ここに所謂「自験」とは、次のような姿勢を言うのであろう。「総て吾自識(自識のことは後に之を説 くべし)に入る所を以て限りとし、自識に入らざる所のことは一切之を論ぜず」という姿勢である。(ここ に所謂「自識」については、本稿の主題として、次節以下で検討していきたいが、西村に拠れば、それは consciousness の訳語で、現代の用語に直せば、「意識」が、それに当たる。)すなわち、「意識の上にのぼっ てこないものは一切取り扱わない」という方針・立場の表明である。以上が、「実験」ということである。こ れに対して、もう一つの「推理」については、そうした心の「現象」「性能」「活用」を発している「実体」 「本体」を明らかにする方法であるとする。心の実体・本体それ自体は、「吾自識に入らざる者」であるが、 「現象あれば、其現象を発するの実体あるべきの道理」から、現象から実体・本体を「推理」するのも、自 分の「心學」の仕事だという。また、西村は、前者の「実験のサイコロジィ」を「後天の心學(アポステオ リ)」、後者の「推理のサイコロジィ」を「先天の心學(アプリオリ)」と呼んでいる(p.29)。 以上が、第一冊の「緒言」部分の概要であり、第二冊以降、本論として、第三篇で述べられた「心の性相」 に基づいて、心を三つの「性相(現象)」に分解する。すなわち、「識性」、「感性」、「意性」である。いわゆ る知・情・意に相当する。その内容については、下図を参照。それらを、西国の学士の学説を博引旁証しな がら、順番に、詳細に講じる。
心
識性
感性
意性
認識・知覚 了識[ 1記憶・2概念・3想像・4注意・5考認・判断・6瓜蔓想・連想] 理識[1推理・2抽象概括・3原因結果] 体感[1気性・2生欲・体欲] 知感[1動感・2情感・3熱情・4知欲・物欲] 理感 1天然の意性/動物性の意思・2理性の意性/責任ある意思・ 3自主と必至・4意端・動機・5意端の彙類・6意端の主観客観 7意性と識性の管係・8意性と感性との区別・9熟考・意間・努力 図 心の性相(『心學講義』の構成) それに先だって、西村は、「緒言」の第四篇として、第一性の「識性」より先に論ずべきものがあるとし て、「自識」という項目を立て、これについて解説を試みている。 では、「自識」とは何か。「自識」の語は、すでに出ているが、以下、詳しく検討していきたい。3. 「自識」の発見
西村は、心の性相(性質・能力)を、分解分類するにあたって、一つの重大な事実に気づく。本論におい て、心の三性について、詳細に講ずるにあたって、その前に、どうしても講じておかないといけない、重大 な問題があることに気づき、「緒論」の最後に、第四篇として、「自識コンシュスネス」という項目を付け加 え、次のように述べている。 已に心の性相を分かって三性と為したるときは、初めに其第一性なる識性を論ずべきなれども、其第一 性より猶先きに論ぜざるべからざる者あり、自識是なり、自識は三性中の何れにも属せずして、三性を 通貫して其働を現わす者なるを以て、之を三性の前に置くことなり、自識とは如何なる物なるかと問う に、吾心の働を知るの智是なり(p.59 *下線筆者。以下、同じ) つまり、「自識」とは、心の中にあって、心の中に生起する現象・働きを知り、それを私自身に告示する、 心の靈妙なる働きである。すなわち、「意識」である。 更に、所謂「認識」と「自識」の相違について、次のように言う。 余は吾前に在る椅子を自識すと言うは、不適当の語なり、余は椅子を見るとか、又は之を認識すと言う べし、自識すと言うべからず、吾心の働を知る所の自識は、吾身外の事物を知る所の認識とは全く別種 の力なり p.61) 「認識する」とは、自己の外にある物を「知る」ことを言い、一般に、五官を媒介にすることから、その れ自体、「無形」なるものである、内なる心の働きを、特定の「生器(感覚器官)」を媒介にすることなく、 直接的に、すなわち、無媒介に、自ら知る、換言すれば、「気づく」という事実について言うものである。そ れは、自ずと、外物を「認識する」場合とは、異なる力がはたらいていることから、名称を異にするのであ ると言う。 そして、とりもなおさず、この「自識」こそが、心学の成立の根拠であると同時に、その学問を遂行する 上での手がかりとなるものであるとする。 此自識の智なきときは、何程心の学を為さんとするも、目なくして物を見んと欲し、耳なくして声を聞 かんと欲すると同じく、全く其学問を為すの手掛かりを失うなるべし、然るに心神の霊妙なる、已に自 働受働の万般の活用を為したる上に、又其活用の如何を自識することを得しむ、造化の妙、実に測るべ からずと云うべし、自識の性は此の如き者なるを以て之を他の性能と並べ論ずること能わず、又自識を 指して直ちに心と為して説くこと能わず、故に性能の前に於て別に自識の条を掲げ以て学者に告ぐるこ と此の如し(p.67) 心の三つの性相(現象)の説明に先立って、別に、緒言において「自識」の条目を立てた理由も、まさに ここにあるとする。 そして、西村は、「支那人の書に詳に自識の事を説きたる者を見ず」(p.66)と指摘する。これは、注目に 値する、たいへん興味深い指摘である。このことについて、いささかこだわってみたいと思う。中国哲学に おいて、所謂「意識」をめぐる思考・思想は、西村の言うように、はたして皆無だったのか。4. Consciousness——「意識」と「良心」
中国哲学における「意識」の問題について見ていく前に、 近代において、consciousness という言葉= 概念が、どのように受容されてきたのか、見ておきたい。 石塚正英・柴田隆行監修『哲学・思想翻訳語事典』(論創社 2003)の「意識」の項の冒頭で、ラテン語 conscientia は「意識」および「良心」の語源であるが、近世において二つの意味が分化された、とする。 「意識」の項の執筆者の一ノ瀬正樹は、そうした分化に応じて、Consciousness や Bewußstein の用法も近 世に確立した。江戸末期の『英和対訳袖珍辞書』(1862)には「知覚」という訳語が記載されているが、明 治期には現在の翻訳語が定着した」(p.10)とし、更に、「翻訳語の意味」の歴史的変遷について、次のよう に解説する。 『英和対訳袖珍辞書』では、consciousness は「知覚」、形容詞の conscious は「心意知覚」とされて いる。このことからわかるように、日本人がこの語を本格的に移入しはじめたのは、「共有意識」とい う原義から一人称的な知識様態がかなりはっきりと分化されてきた後であり、しかもそうした一人称的 様態に著しく傾いた仕方で理解されていたようである。しかるに、明治を迎えると翻訳に変化が起こる。 明治 10 年代の『哲学字彙』では、ついに consciousness は「意識」、conscience は「道念、良心」と 訳され、現在にいたる翻訳語として定着したのである。けれども、「意識」という翻訳語に込められた 意義は、やはり一人称的な知識様態であった。「意識」はもと仏教用語であり、五感の対象を認識、推 理、追想する心の働きなどを意味していた(六識、八識の一つ)。つまり、内観的で一人称的な認識の仕 方を示す語だったのであり、日常の日本語としての「意識」もほとんどこの仏教の用法に端を発してい る。とはいえ、「人々の意識を高める」といった日本語の表現には、恐らく事柄の真相に誘引されてで あろう、「共有意識」という原義が垣間見られるのは興味深いところである。」( p.10)。 また、斎籐慶典は、『事典 哲学の木』(講談社、2002)の「意識」という項目の中で、「意識」を、「何か が何かとして、何ものかに対して、姿を現していること」と定義した上で、この「意識とは極めて近代的な 概念だということもできる」(p.53)と云う。どういうことか? 近代哲学の主要概念としての意識の語源に位置するのが、ラテン語の conscientia であることはよく知 られていよう。これは cum(ともに)と scire(知る)から合成された conscius 由来し、何かについて の知と、その知がみずからに知られていることの、二重の知を意味していた。意識においては、知の対 象と知の主体とが、まさに〈ともに知られている〉のである。 何かについての知と、それが何ものかに対しての知であることとの二側面の同時成立をまってはじめて 成立する「意識」の内で、近代はとりわけその後者の側面に注目したのである。しかもより詳しく見て みれば、その「何ものか」(与格)を私という知の主体として立てるという形で注目したのである。その 結果、「意識」とは私に何かが意識されていることとして、私との結び付きが何よりも濃厚な概念とな った。それと同時に、デカルトに顕著に見て取れるように、私が他の何ものにも依存しない独立の「実 体」として自己完結した領域を構成することが一種の閉じた「内面性」と受け取られるに及んで、意識 はそうした内面性の領域を示唆する概念ともなった。意識は、何かを意識する当の主体=私にのみ接近 可能で、その外部からは見えない一種の閉域を形成するにいたったわけである。(p.54 右) ここで確認しておきたいのは、「意識」が、近代以降、「他の何ものにも依存しない独立の「実体」として 自己完結した領域を構成する」主体(私)の「閉じた内面性」の領域を示唆する概念となったということ、そして、それは、当の主体にのみ接近可能な、「外部から見えない」「閉域」であるという点である。後に見 るように、西周が、「意識」を「独知(独り知る)」と翻訳したのも、まさにこの意味においてである
5. 大西祝の「心識」
今日、「意識」と訳されるドイツ語の、Bewußstein について、大西 祝はじめは、「心識」と翻訳している。 予 ガ 茲 ニ 良 心 ノ 性 質 ヲ 論 ス ル ニ ハ 敢 テ 新 奇 微 妙 ノ 分 析 ヲ 試 ミ ズ 専 ラ 吾 人 ノ 普 通 ノ 心 識ベブストザイン 〔Bewußstein〕ニ存スル事実ヲ写シ出サント欲スルニ過ギズ(「良心起源論」前書き2) また、「良心起源論」の第一章「良心」に言う。 路行く貧者あり、人なき露店に財嚢の遺しあるに気付きしと想像せよ。諺に云う貧の盗み、恐らくはそ を懐にして去らんと念を起こすべし。然し又之と共に一種無類の心識を浮かべ来りて、其欲念を果たす まじきもの、あるまじきものと覚知するならん。此貧者は右の心識の、何の故に現れ何の処より来るを 知らざるべし。然れども只だ心中を顧みれば、其心識の儼然として其居を占むるあるを見ん。それに面 せざらんと欲するも面 の心識を名けて良心の感覚又良心の命令と云う。(「良心起源論」『大西祝選集Ⅰ 哲学篇』岩波文庫、2013、 p.18) この「心識」の注に、「心識と云う語は、独逸語のベヴストザインの意にて用う。即ち何にても心に覚知す ることは、皆心識の一部分たるなり」と言っている。6. 西周——「意識」と「独知」
西周は、その著「生性発蘊」(1873=明 6・6、脱稿)において、「非布垤フ ィ ヒ テノ觀念學ハ、意識ヲ以テ、此我レ ナル者トシ、感覺ヲ以テ、此我ニ非サル者トス」(『西周全集』第 1 巻、p.33)と述べた上で、更に「意識」 に注をつけて、「英コンシウスニッス、佛コンネサンス、日ベウゥツトサイン、蘭ベウゥットヘイト、爰ニ意 識ト訳ス、我ガ感覚作用心裏ニ起ル時、我之ヲ知ルト知ル者之ヲ独知ト指スハ體也、意識ト指スハ用ナリ」 (同上、p.35)と記している。 この注によれば、「意識」についても体/用があり、「我、これを知ると知る」、その「知」の主体(体)を 指して「独知」とし、その「知る」という働き(用)を指して「意識」とするとしている。 この点について、西周の、漢文で書かれた『生性劄記』では、更に次のように言う。 そもそも「意」こそが、君主であり、君主の役職を「意識」という。英語の「孔修斯尼士〔consciousness)」 は、それがあらゆるはたらきに直接関わっていることをいう。これを解釈する者は次のように述べてい る。「意識」とは、今ここにある事物を認識しているという経験をいうものである、と。さらに次のよう に述べる。人心には二重の知識がある。その一つ目は、主体がその物を知ること。その二つ目は、主体 がさらにまた、自分自身がその物を知っている、ということを知ることである。前者を「知覚」とし、 後者を「意識」とする、と述べてもよい。3 夫意者爲君主、而君主之職任曰意識。英語孔修斯尼士、是其所以親臨萬機也。解之者曰、意識者、認 識現在事物之經過之謂也。又曰、人心之中、有二重之知識。其一、吾知其物、其二、吾又知我知其物。 前者爲知覺、後者爲意識也、亦通。ここでは、西は、「知」に二種類あるとし、一つは、主体が外の「物」を「知る」場合の「知」で、これを 「知覚」と呼び、もう一つは、主体が、その「知覚」の事実・経験自体を「知っている」という「知」を、 「意識」と呼ぶ、とする。 また、「西周自身の思想を代表しうる著作であり、彼自身の心理学的見解を披瀝した論文」(播本)である 『生性劄記』4の中にも、次のような記述が見える。 さらにもう一つ、意識と関係し相通じ合う一つの心術があるが、これもやはり工夫であって、理法では ない。これは道徳学(実践論)においては枢要な地位を占めるもので、古今東西の儒教哲学の教門の徒 たちが、道徳の根元を、ここに見るものは極めて多い。〔英語の孔腮然斯コンサイイーシスである。〕『大学』に所謂「誠 意」の義、「独知」の論は、もっぱらこの工夫を指すものである。おしなべて、われわれ人間は、知識に よって注意されたり、情動によってかき乱されたりと、千差万別、きわまることがないが、しかしなが ら、その草木の芽生えのような最初の[意識の]萌動き ざ しは、所謂天真の流露(あるがままの自然の心があ まねく溢れ出したもの)であり、これを「独知」と言う。つまり、その萌芽状態にある微細な[意識の] 動きは、自分だけはそれに気づいているが、顔色にもまだ顕現しておらず、容貌の上にもまだ発動して いないものとして、所謂「未発の中」であり、他人はまだそれに気づくことはない。われわれは、ここ のところで一つの工夫を施し、この「天真(あるがままの自然の心)」をしっかりとつかみとり、「惟れ 精にし、惟れ一にし(心を研ぎ澄まし、不純物を取り除いて純化し)」て、誠心誠意、これを大切に養う のである。外界に応接する場合、所謂「好色を好むが如くし、悪臭を悪むが如くして、必ず自ら慊るの み(美女を好む時のようにし、悪臭を厭う時のようになれば、必ず自分自身の心は満足する)」のであ り、これを「誠意」と言う。この[発動の萌芽としての]機(きざし)のところにおいて、しっかりと 把持せずに、放任したり怠惰にしたたならば、功利打算の思慮が続々とわき起こって、迷いや惑いが生 じる。所謂「人鬼の関(人と鬼畜を分ける境界)」というのが、それだ。これが濂洛関閩に代々受け継が 論であり、「四端」を指したものにほかならない。「親に親しむは仁なり、長を敬うは義なり」「人に存す と雖も、豈に仁義の心無からんや」とあるので分かる。いまだ、一挙に「当下便ち是なり(今現在こそ、 ただちに正しいのだ)」ということまで言い切っていないことは明らかであるが、しかしながら、王文 成公は、晩年になって、陸象山の、この要訣の語を、ただちに「良知」[を明らかにしたもの]とみなし た。思うに、これらの諸説は、経義や訓詁を考えれば、大いに差異があることは、もとより論ずるまで もない。しかしながら、それは説経家(経書読み)の仕事に過ぎない[ので、ここでは穿鑿しない]。そ の名称は、「独知」と言っても、「良知」と言っても、どちらでもよいことだ。ただ、それが意識と連係 し相通じあう一つの現象であることが分かれば、それで十分である。 又有一種與意識、連絡相通之一心術、是亦工夫、而非理法也、是於道德學、佔[樞]要之地位者、古 今東西、儒哲教門之徒、取其道德之元於此者極多、[英語孔腮然斯コンサイイーシス]大學所謂誠意[之義]、獨知之論、 專指此工夫、凡我人知識所誨告、情緒所攪動、千差萬別、莫有窮極、然其初頭一芽之萌動、所謂天眞 流露、謂之獨知、是其萌動之幾微、己獨知之、未顕乎顔色、未發乎容貌、所謂未發之中、他人未及知 之也、[我人]於此處、着一點工夫、把持此天真、惟精惟一、赤誠以奉之、應接外界、所謂如好々色、 如悪々臭、必自慊而已、謂之誠意、苟於此機、把持不堅、滑脱怠惰、乃利害計較之慮續興、迷惑斯生、 仁也、敬長宜(義)也、雖存乎人者、豈無仁義之心哉、可以證也、未遽謂當下便是、明矣、然及文成 至晩年、以象山此訣、直為良知、盖此等諸説、考諸經義、其為訓詁、有[不能無]多少差異、固不竢 [論]、然是説經家之事業、其名稱、或為獨知、或為良知、亦不必論也、唯知是為與意識連絡相通之一 現象、則足矣。
引用が長くなったが、細かい検討は、今は差し控えたい。ただ、「意識」の問題を扱い、それを「独知」、 更には、「良知」の語を使って解説を試みようとしている点に注目したい。西が、「意識 consciousness」と いう概念を、年少の頃から慣れ親しんできた『大学章句』の「誠意」章に見える「慎独」の「独」の語を通 して理解しようとしていることは、明白である。更には、陸象山の「当下便是」説に言及し、また、それを 王陽明の「良知」説につなげ、その上で、「独知」を「良知」とみなす思想(後述)へと展開していく、西周 の陸王心学理解は、かなり核心を突いており、非常に興味深い。これについては、すでに論じたことがある ので、参照されたい5。
7. 西田幾多郎『善の研究』における「意識」と「純粋経験」
ついでに、その後の日本哲学における「意識」の思想の展開として、西田幾多郎の『善の研究』(明治 44 年出版)の、次の一節を挙げておきたい。 普通に我々は意識現象というのは、物体界の中特に動物の神経系統に伴う一種の現象であると考えられ ている。しかし少しく反省して見ると、我々にも直接である原始的事実は意識現象であって、物体現象 ではない。我々の身体もやはり自己の意識現象の一部にすぎない。意識が身体の中にあるのではなく、 身体はかえって意識の中にあるのである。(岩波文庫、pp.36-7) 西田が「真の実在」と見なした「純粋経験」も、まさにこの「意識現象」にほかならなかった。そして、 この「純粋経験」の立場は、『自覚における直観と反省』(1917 年・大正六年)に至って「絶対意志」の立場 へと進み、『働くものから見るものへ』(1927 年・昭和二年)の後半において「場所」という考えに達するこ とになる6。8. 朱熹の「慎独」解釈
日本が近代化を進めていく上で、それ以前に学問の主流であった儒学思想、とりわけ朱子学が、どのよう な役割を果たしたのか、というのが、このプロジェクトの主旨である。西学の輸入に際して、当然、横のも のを縦にしてゆく必要があるが、とりわけ、「哲学」の分野においては、その翻訳語の選択にあたって、大き な供給源となったのは、朱子学、および、仏教の用語であった。それは、近代以前の日本において、「哲学」 的思考の枠組みを構成していたのは、朱子学であり、仏教であったためである。すなわち、現象を超えて、 その本質・根拠・根源といった形而上学的実在について考えるための思考の枠組みや概念を提供していた哲 学的資源は、歴史的に見た場合、まずは仏教であり、ついで、朱子学であった。そのため、西洋から新しい 学として「哲学」が入ってきたとき、それを日本語に翻訳するにあたって、採用されたのが、仏教学、もし くは、朱子学の用語・語彙であった。それは、ほかでもない、主たる翻訳者たちが、それまでに使用し、さ らに言えば、彼らの思考を深いところで規定していた概念は、そのほとんどが、儒学(朱子学)、もしくは、 仏教の言葉=概念であったからにほかならない。「独知」もまさに、その一つであった。 西が、consciousness の訳語に充てた「独知」の語は、上にも述べたように、『大学章句』伝第六「誠意」 章に、「誠意(意を誠にする)」の工夫として説かれる「慎独」に由来する。 所謂「其の意を誠にす」とは、自らを欺むくこと毋なきなり。悪臭を悪にくむが如くし、好色を好むが如くす。 此れを之れ自らに 謙あきた(=慊)ると謂う。故に、君子は必ず其の独りを慎むなり。所謂誠其意者、毋自欺也。如惡惡臭、如好好色。此之謂自謙。故君子必慎其獨也。 一読しただけで、容易には、その意味と論理的脈絡が捉えにくい文章ではあるが、朱熹は、『大学章句』の 注と『大学或問』において、二重、三重に詳細な注釈と解説を施している。朱熹の「慎独」の思想について は、以前、論じたことがある7。以下の記述は、これに拠る。以下、それに基づきながら、その脈絡を追いつ つ、その意味を読み解いていきたい。 朱熹は、「慎独」の「独」とは、「人、知らざる所にして、己、独ひとり知る所の地なり」と言う。 「意を誠にする」とは、自分自身を修めるさいの最初の段階である。「毋」は、禁止の辞である。「自ら 欺く」というのは、善を行い、悪を去る[べき]ことを[頭では]は知っていながら、心が発動したも のに、まだ「実」がないところがあることを言う。「謙」は、心地よいということ、満足しているという ことである。「独」とは、他人は知らない(気付いていない)が、自分だけが知っている(気付いてい る)領域である。つまり、自分自身を修めようとする者は、善を行い、悪を去る[べき]ことが分かっ たならば、実際に、自分自身の力で、「自分自身[の心]を欺く」ことを禁止し、悪を憎むときには悪臭 を憎むようにし、善を好むときには好色を好むようにして、いずれの場合でも、[悪は]力を尽くして きっぱり除去し、[善は]心から望んで必ず手に入れるようにし、そうすることで、自分[の心]が快活 になり、[疚しさのない]充ち足りた気分になるようにすべきであって、ひたすら、いい加減にやり過 ごして、[自ら考えることを放棄して]外に随順して、「人の為にする(人目を気にする)」(『論語』憲問 篇「古之學者爲己、今之學者爲人。」を踏まえる。朱注は、「爲人、欲見知於人也。」)ようなことをして はいけない。しかしながら、好悪に「実」があるか、「実」がないかは、他人には窺い知りえないところ があって、自分独りだけが知っているのである。だから、必ず、この「独」なる処において謹んで、そ の[実か不実かの]分かれ目〔「幾」〕を審判するのである。 誠其意者、自脩之首也。毋者、禁止之辭。自欺云者、知爲善以去惡、而心之所發有未實也。謙、快也、足 也。獨者、人所不知而己所獨知之地也。言欲自脩者、知爲善以去其惡、則當實用其力、而禁止其自欺、使其 惡惡則如惡惡臭、好善則如好好色、皆務決去、而求必得之、以自快足於己、不可徒苟且以徇外而爲人也。然 其實與不實、蓋有他人所不及知、而己獨知之者。故必謹之於此以審其幾焉。(『大學章句』誠意章の朱注) ここで、朱熹は、「意」を、他人は気付いていないが、自分自身が気付いている、心の「独」なる場所、す なわち、心の私秘的な領域と解釈し、そこにおいて、誠実にふるまうことの必要性を述べたものである。心 の発動の場としての、この私秘的な心の領域こそ、まさに所謂「意識」という場であると言えよう。朱熹は、 この「意識」という私秘的な世界においても、誰も気づかないからという理由で、工夫の手を緩めるのでは なく、あくまで強い意志をもって、事の善悪が表面化する以前の「心」の未発の段階において、既にして常 に、「意」(心の発動の端緒)の善悪を精査し、善を行い、悪を去るよう、誠実に力を用いるべきであるとす る。「敬」の工夫は、未発/已発、動/静を貫いて、間断なく行うべきであるというのは、まさにこの意味で ある。 朱熹は、また、「誠意章は二つの「自」の字の上に工夫を用いる」(『朱子語類』巻十六 三三〇頁)と言 っている。ここで所謂「二つの自の字」とは、すなわち、「自﹅欺(自分自身を欺く)」心と「自﹅慊(自分自身 に飽きたる=やましくない)」心であり、「欺」と「慊」との両者のはざまで、人欲に従い天を欺くか、天に 従い、疚しくない生き方を選ぶか、人の生き方の是非が問われているのである。ここでは、「自」意識が強く 強調され、実践主体の主体性に基づく決断が促される。人間の「自」意識を舞台とした心の葛藤(道心と人 心、天理と人欲のせめぎあい)が、ここでの主題となる。「誠意」が君子と小人の分かれ目・分岐点、関門*8 と言われる所以でもある。すべては、この「意識」の場で行われる出来事であると言えよう。
9. 王陽明の「良知」の思想
では、中国近世における「心学」の元祖とも言うべき陽明学においては、どうであろうか。「意識」の問題 は、どのように捉えられていたのか。陽明学は、基本的に、同じ儒学の一派として、心性論を論ずるに際し て、朱子学と概念を共有する。しかしながら、朱子の思いとは裏腹に、概念は固定化し、学問は形骸的にな っていった。実践は軽視され、朱子学は科挙の受験勉強に堕落していった。そうした中で、王陽明は、形骸 化した朱子学、その概念に、再び生命を与え、甦らせた。その際、王陽明は、朱子学以上に、生きて働く、 生身の「心」の存在、すなわち、実存を重視した。両者の違いについて、語弊を恐れず、敢えて言うならば、 朱子学が「本質は実存に先立つ」という立場(「理先後気」説)を取るのに対して、陽明学は、あくまで「実 存は本質に先立つ」という実存主義の立場(「心即理」説=心が理を創造する)に立つと言えよう。 さて、意識の問題に戻るなら、たとえば、次の王畿のテキストに見える「知」の意味に注目したい。 吾心之良知、遇父母自能知﹅孝、遇兄自能知﹅弟、遇君上自能知﹅敬、遇孺子入井自能知﹅怵惕、遇堂下之牛自 能知﹅觳觫。(「宛陵會語」『王畿集』巻二、p.44) これを訓読すれば、次のようになる。 吾が心の良知、父母に遇えば自ずから能く孝(する)を知り、兄に遇えば自ずから能く弟(する)を知 り、君上に遇えば自ずから能く敬(する)を知り、孺子、井に入るに遇えば、自ずから能く怵惕(する) を知り、堂下の牛に遇えば自ずから能く觳觫(する)を知る。 この場合、主語は「吾が心の良知」であるが、では、それが「孝を知る」「敬を知る」「怵惕を知る」「觳觫 を知る」とは、どういうことか。この場合、動詞「知」の目的語に注意したい。これらは、いずれも、外物 ではなく、内なる心的体験の事実である。つまり、ここで語られているのは、「意識」の場における出来事な のである。 父母の顔を見れば、自然と「孝心」がわき起こり、年長者に接すれば、自然と「弟心」がわき起こり、君 主に遇えば、自然と「敬心」がわき起こる。孺子が井戸に落ちそうな状況に遭遇すれば、自然と「怵惕惻隠 の心」がわき起こり、罪なくして死地に赴く牛の觳觫オドオドした様子を見れば、自然と、「不忍の心」がわき起こ 自ずと発生する、心﹅の「自然な」感応であり(「自」)、そうした応答能力(「能」)を、本来、人は固有してい ることを言う(性善説)。そして、ここで「知る」とは、目の前にある外物(対象)を目や耳と言った感覚器 官を媒介にして認知するのとは違って、「独処(意識の場)」において、内心の事実として、その発動を内側 から「知つかみ」とること、すなわち、無媒介的に、直接経験の事実として、内側から感知し、覚知することを 言うのである。こうした、状況に応じて、心が絶妙な配合とタイミングで現出させる「意」のうち、ここに 挙げられたような「孝(心)」「弟(心)」「敬(心)」「怵惕」「觳觫」のように、一切の思慮(打算・計画)の 混入を免れた、純粋無雑なる本心の発動こそが、「最初一念」、「一念霊明」、「一念独知」と呼ばれるものであ り、そして、こうした感応を成立させる、心の有り様こそが、人心の本来の姿(所謂「心之本体」)であると いうのである*9。 また、『伝習録』中の、次のテキストも、同様である。 愛因未會先生知行合一之訓、與宗賢惟賢往復辯論、未能決。以問於先生。先生曰、「試擧看。」愛曰、「①如今人儘有知得父當孝、兄當弟者、卻不能孝、不能弟、便是知與行分明是兩件。」先生曰、「此已被私欲 隔斷、不是知行的本體了。未有知而不行者。知而不行、只是未知。聖賢教人知行、正是要復那本體。不 是着你只恁的便罷。故『大學』指箇眞知行與人看、說『如好好色』、『如惡惡臭。』見好色屬知、好好色屬 行。只見那好色時、已自好了。不是見了後、又立箇心去好。聞惡臭屬知、惡惡臭屬行。只聞那惡臭時、 已自惡了。不是聞了後、別立箇心去惡。如鼻塞人、雖見惡臭在前、鼻中不曾聞得、便亦不甚惡。亦只是 不曾知臭。②就如稱某人知孝、某人知弟。必是其人已曾行孝行弟、方可稱他知孝知弟。不成只是曉得說 些孝弟的話、便可稱爲知孝弟。又③如知痛、必已自痛了、方知痛。知寒、必已自寒了。知饑、必已自饑 了。知行如何分得開。此便是知行的本體。不曾有私意隔斷的。聖人教人、必要是如此、方可謂之知。不 然、只是不曾知。此卻是何等緊切着實的工夫。如今苦苦定要說知行做兩箇、是甚麼意。某要說做一箇、 是甚麼意。若不知立言宗旨。只管說一箇兩箇、亦有甚用。」 徐愛は、先生の知行合一の教えがよく理解できなかったので、黄宗賢・顧惟賢と繰り返し議論したが、 いまだ結論が出ないままであった。そこで先生に質問した。先生は言われた。「試みに(例を)挙げてみ なさい。」愛は言った。「①今の人は父に孝行すべきで、兄に弟す(よく従う)べきだということを[知 識としては]「知ってはいる」けれど、[実際に、行為の場においては]孝行することができず、弟する ことができずにいます。とすれば、知と行が別々であることは明白です。」先生は、言われた。「これは、 もはや私欲によって分け隔てられているからであって、知行の本来のすがたではない。知っていて行わ ないなどということは決してない。知っていながら行わないのは、まだ知らないからにほかならない。 聖賢が知行を教えようとしたのは、まさに本来のすがたに戻そうとしたからだ。諸君を、そのまま(欲 に隔てられ、知と行とが分裂したまま)で終わらせてはいけない。それゆえ『大学』は真の知行[がど のようなものか]を指摘して人に示し、『好色を好むように』とか『悪臭をいやがるように』と言ってい る。[この場合]『好色を見る』ことが知に属し、『好色を好む』が行に属する。ただその好色を見た時に は、もう好んでいる。[好色を]見終わった後で、ことさらに[それを]愛好する心を起こしているわけ ではない。悪臭をかぐのは知に属し、悪臭を嫌悪するのは行に属する。ただその悪臭をかいだ時には、 もう嫌悪している。[悪臭を]嗅ぎ終わった後で、ことさらに[それを]嫌悪する心を起こしているわけ ではない。鼻づまりの人は悪臭[を放つもの]が目の前にあっても、[その臭いを]嗅ぐことができない から、またそれほど嫌悪しない。やはり臭さを「知らない」(に気づいてい)ないからにほかならない。 ②たとえば、ある人が孝を「知り」、弟を「知る」と口にする場合、必ずその人がすでに孝・弟を行った ことがあってこそ、はじめて彼は孝を「知っている」、弟を「知っている」と口にすることができるはず だ。まさか孝・弟について、ちょっとばかし話ができるほど理解しているからといって、孝・弟を「知 っている」と口にできるわけではなかろう。③さらに痛みを「知る」という場合、必ずすでに痛みを経 験したことがあったから、痛みを「知っている」というわけだ。寒さを「知る」というのは、必ずすで に寒さを経験したことがあったからであり、空腹を「知る」というのは、必ずすでに空腹を経験したこ とがあったからである。[この場合、]知行はどうして分けられようか。これが知行の本来のすがたであ り、私意によって分け隔てられることはないのだ。聖人が人に教える場合、必ずこんなふうにする(内 側から「知る」=つかみとる)ことを求めたのであって、それでこそ、はじめて「知る」と言える。そ うでなければ、ほかでもない「知らない」のと同然だ。これは、実になんとも緊要切実な工夫なのだろ う。[それなのに、世間の学者たちは]しきりに知行を二つにして説こうとするのは、どういうつもり なのか。私が、[知行は]一つと説いたのは、どういうつもりか。もし立言の主旨(「知行合一という主 張のねらい)を理解しなければ、ただただ[知行が]一つだ、二つだと説いたところで、何の意味もな い。」 一読して、①の「知る」と②③の「知る」の違いは明白であろう。
①は、「まさか孝・弟について、ちょっとばかし話ができるほど理解しているからといって、孝・弟を「知 っている」と口にできるわけではなかろう」とあるように、「孝・弟」についての言葉で解説できる「知識」 を所有するという「知」、すなわち、「対象認知」である。一方、②③は、自らの経験・体験を通して獲得し た「知(経験知)」であり、それ故に、それは、身体に蓄積された記憶として、自身の内側に発生する内的な 知として、内側から把捉するものとしての「内的感知/覚知」である。「意識」の働きである。かならず両者 は弁別すべきである。 それは、「痛み」や「寒さ」という例に見られるように、「痛い」こと、「寒い」という自身の経験として、 内側から、直截・無媒介的に覚知されるものであり、あえて、「知る」と言う必要のないものである。「痛い!」 「寒い!」という直接経験の事実を言う。 にもかかわらず、これまでの多くの訳書・解説書の類いは、これを、全て一律に「知る」という訓読で済 ませてきた。これは、訓読の弊害である。「知行合一」、および、「良知」の思想を解明する上で、両者は明確 に区別して理解することが必要である。 そして、王陽明が、知行合一という場合の「知」は、一般的な「対象認知」「対象知」「外的知覚」を指す のではなく、この直接経験の事実としての「内的覚知」を指していた。 こうした「知」は、また「真知」「根本知」とも呼ばれ、本来、自ずと行動に移行し、行為を伴うものであ る。寒ければ、身体が自然と反応し、身震いし、何かまとうものを探す。痛ければ、咄嗟に、間髪を入れず に、そこを手でさすったり、おさえたり、薬を塗ったり、といった痛みを緩和することに努める。これが、 「知行合一」ということである。 例えば、次のテキスト。 心は、単なる血肉の塊ではない。知覚する場が心なのである。たとえば、耳目が視たり聽いたりしてい ることを知り(覚知し)、手足が痛かったり、癢かったりするのを知る(覚知する)場合など、それを知 覚しているのが心である。 心不是一塊血肉。凡知覺處便是心。如耳目之知視聽、手足之知痛癢、此知覺便是心也。(『伝習録』下巻) つまり、心とは、「自知」するものである、すなわち、耳目や手足の動きと同様、心それ自身の活動につい ても、常にモニターしているのが、心である。目が視たり、耳が聞いているのを「知る」、あるいは、手足の 痛み・癢みを「知る」というのは、目の前にある外的対象(物体)の特徴や性質を、外側から「認知」する のではなく、端的に、見聞きしている自分を「意識する/している」ということである。この場合の「知覚」 とは、今日で言えば「意識」ということである。また、「独知」の謂いである。 次のテキストに見える、「理の霊なる処」とされる「知」も同様である。 惟乾問「知如何是心之本體。」先生曰「知是理之靈處。就其主宰處説、便謂之心、就其稟賦處説、便謂之 性。孩提之童無不知愛其親、無不知敬其兄、只是這個靈能不為私慾遮隔、充拓得盡、便完。完是他本體、 便與天地合德。自聖人以下不能無蔽、故須格物以致其知。」 惟乾問う、「知、如何んか是れ心の本體ならん」と。先生曰く、「知は是れ理の靈なる處なり。其の主 宰する處に就きて説けば、便ち之を心と謂い、其の稟賦する處に就きて説けば、便ち之を性と謂う。 孩提の童も、其の親を愛するを知らざること無く、其の兄を敬するを知らざること無し。只だ是れ這 個の靈、能く私慾の爲に遮隔されず、充拓し得て盡くせば、便ち完し。完きは是れ他の本體にして、 便ち天地と德を合す。聖人より以下、蔽わるること無き能わず、故に、須らく格物して以て其の知を
致すべし」と。 下線部の現代語訳は、以上の点を踏まえ、厳密に訳するならば、「孩提の童も、その親を愛する(大切に思 う気持ちが湧き起こってくること)に気付かないことは無く、その兄を敬する(敬う気持ちが湧き起こって くること)を気付かないことは無い」と訳すべきである。つまり、孩提の童の心には、明らかに、それを意 識する以前において、すでに、親を「愛おしむ」気持ちが現出しているのだし、兄を「敬う」気持ちが現出 しているという事実を語っているのである。親への愛、兄への敬は、「それらを認識し、知ることに先だっ て、すでに「起きている」生の事実」*10なのである。これが、すなわち、王畿の所謂「生機」である*11。そ れは、「易簡直截なる根源」12の現出である。 更に、王陽明が「知行合一」について述べた、次のテキスト。 門人の中に、「知行合一」の説を疑う者があった。直が言った。「知行合一は、もともと合一です。今、 親孝行を行うことができてこそ、はじめて孝を「知る」と謂うのである。弟を行うことができてこそ、 はじめて弟を「知る」と謂うのである。孝という言葉や弟という言葉の意味を理解しているから、それ を「知る」と言うわけではない」と。 先生が言った。「君の説は、まことにその通りである。しかしながら、一念が発動したところこそ、知で あり、同時にまた、行であることを理解することが大切だ。」と。 門人有疑知行合一之説者。直曰「知行合一自是合一。如今能行孝、方謂之知孝。能行弟、方謂之知弟。 不是只曉個孝字弟字、遽謂之知。」先生曰「爾説固是。但要曉得一念發動處、便是知、亦便是行。」(『陽 明先生遺言録』 銭明・呉光覆校『王陽明全集』(新編本)、第5冊・巻四十補録二、浙江古籍出版社、 2010、p.1551)13 ここに所謂「知」が「対象認知」でないことは、明白だ。やはり、あくまで、これは、「一念発動の処」、 すなわち、意識の場における「内的覚知」としての「知」である。それは、内なる「生機」の発動、良知の 一念の発動の気づきであり、「一念自反」の「知」である。「好む」「悪む」、「寒い」「痛い」という場合と同 じ。そして、それは、自ずと行為・実践を内包した「知」である。というよりも、ここにいたっては、知と 行とは不可分である。王守仁の「知行合一」は、まさに、この「一念発動の処」、すなわち、「主客未分」の 「意識」の場において、知と行とは、やはり、未分・不可分であることを言ったものにほかならない。
10. 王守仁の「知行合一」と西田幾多郎の「知即行」
ところで、現代日本の哲学者 永井均が、西田の「知即行」に関する、次の解説は、王陽明の「知行合一」 の思想を理解する上で、極めて興味深い。すなわち、 西田の「純粋経験」概念は、けっして知覚的・受動的なものではなく、当初からむしろ意志的・能動的 為の表象が全意識を占領していない」からである。しかし、ある思いに「真に純一」となれば、その思 いはそのまま実行される。これがすなわち「意志」である。 (『西田幾多郎』角川ソフィア文庫、2018.11. p.27) 永井は、そのように述べた上で、西田の、この「意志」についての認識が、「真理という概念と並行的に考 えられている」ことを指摘した上で、更に次のように言う。西田によれば、与えられた諸表象が最も強力かつ包括的に統一された場合、それがすなわち客観的真理 なのである。だから、真理を知るとは自分の経験を統一することなのである。(同上) と述べ、さらに、「西田においては、この真理観は先ほどの意志観と一体をなしており、意志(あるいは行 為)を成立させる欲求の統一と、真理(あるいは知識)を成立させる表象の統一が、主客未分の純粋経験に おいては、同一の事態であると考えられていた」と指摘する。そして、『善の研究』の「未だ知と意とに分か れておらぬ、真に知即行である」(岩波文庫 p.45)を引いて、「この場合もまた、もちろん、私という主体が 「知即行」をおこなうのではなく、この「知即行」そのものが、すなわち私なのである」と結ぶ。(以上、永 井、pp.27-8) ここに西田の所謂「知即行」とは、王陽明の所謂「知行合一」にほかならない。良知の「一念」の場にお いて、知と行とは、そもそも分けられないという意味での「合一」である。西田の「知即行」もまさに「主 客未分の純粋経験」の場においては、「知即行」であるという。
11. 王畿の「独知」論——独知は良知なり——
上述の通り、朱熹は、「慎独」の「独」を、「獨とは、人、知らざる所にして、己、獨り知る所の地﹅なり」 として、すなわち、「意識」の場としてとらえていた。これに対して、王守仁は、この「独り知る」場=意識 の場において、何が起こっているのかに注目する。すなわち、「一念の発動の処」において、「生機」の発動 を「自知」し、その是非善悪を見極める「良知」の現出に注目した。王守仁の「知行合一」の「知」とは、 まさにこの「独知」の場における「一念良知」の発動について言ったものであれば、それは自ずと「行」を 内に孕んだ、未分化なる本体の現出にほかならない。 王畿に至っては、更に、端的に、この「独知」こそ「良知」にほかならず、「天理」のほかならないとみな す。 良知こそ独知にほかならず、独知こそ天理にほかならない。独知の 体ありようは、本来、声も無く、臭いもな ければ、本来、分別知による認識の対象となることもなければ、本来、拘泥したり、選り好みしたりで きるものでもなく、本来は、徹上徹下なるものである。独知こそが本体であり、慎独こそが功夫である。 これは、千古の聖神が斬関立脚とした真の話頭であり、われわれ人間の生身の体が、天命として受けと った、正真正銘の霊妙なる知〔靈竅〕であり、また、聖に入り、神に入る、真の血脈路である。ほかで もない、これこそが、未発先天の学であって、二種類の学があるわけではない。 良知即是獨知、獨知即是天理。獨知之體本是無聲無息、本無所知識、本是無所黏帶揀擇、本是徹上徹 下。獨知便是本體、慎獨便是功夫。此是千古聖神斬關立脚真話頭、便是吾人生身受命真靈竅、亦便是 入聖入神真血脈路。(「答洪覺山」『王畿集』巻十 p.262) 「独知」の場から「良知」へ、という展開は、conscience の語には、「意識」および「良心」の二つの意 味が存在し、その意味の分化が近代以降のものである、という事実に照らして、極めて興味深い一致である と言えよう。 前掲の齋藤氏の、「何かについての知と、それが何ものかに対しての知であることとの二側面の同時成立 をまってはじめて成立する「意識」の内で、近代はとりわけその後者の側面に注目したのである。しかもよ り詳しく見てみれば、その「何ものか」(与格)を私という知の主体として立てるという形で注目したのである。」という指摘を重ね合わせると、更に興味深い。朱熹における「意識」の場としての「独知」理解か ら、王守仁・王畿における、即ち「良知」の現出と見なす「独知」の主体化。実践主体としての「良知」の 確立・定位こそが、王畿「良知」心学の本質と見ることができよう。
むすびにかえて
以上、とりとめもなく書いてきたが、後半部分は、筆者の専門である、「心学」としての陽明学研究の覚え 書きであり、ほとんど研究ノートの域を出ないものである。 小論の結論めいたことをあえて言えば、西村茂樹が、『心學講義』において、「心学」成立の前提条件とし て、「自識(意識)」の存在に気付いたこと(「自識の発見」)、及び、「自識」は中国哲学の辞書には無い概念 か、ということについて見てきた。この場合、「自識(意識)の発見」とは、未知の大陸を発見するといった 類いの「発見」ではなく、日常的に意識することなく、それを生きていながら、取り立てて注目することな く、見過ごしてきたことに、あらためて気付かされたという意味での「発見」である。西村は、「自識」の概 念は中国には存在しなかったとを言い、あたかも、「自識(意識)」の概念を、西学からの輸入品のように扱 っているが、中国、とりわけ、宋明の「心学」においては、「意識」をめぐる問題は、常に、その思考の中心 を占めていた、ということをとりあえずの結論としておきたい。註
1 『全集』第3巻、p.816。以下、『心學講義』からの引用は、全て(社)日本弘道会編『増補改訂 西村茂樹 全集』第3巻(思文閣出版、2005)に依る。なお、原文は、歴史的仮名遣い、漢字カナ混じり文である が、引用に際しては、現代的仮名遣いに、また、読み易さと入力の便から、漢字仮名混じり文に改めた。 2 テキストは、堀孝彦編著『大西祝「良心起源論」を読む——忘れられた倫理学者の復権——』学術出版 会、2009、p.198 に拠った。 3 訳は、播本崇史「西周『生性劄記』訳注(一)」『国際哲学研究』第 1 号、東洋大学国際哲学研究センタ ー、2013.3. *https://www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/638.pdf 4 「生性劄記」のテキストは、大久保利謙編『西周全集』第1巻(宗高書房 1981 再版)に所収するが、本 稿では、自筆浄書本・漢文草稿 国立国会図書館憲政資料室所蔵の原本を使用した。 5 「西周と陽明学——「生性劄記」における「当下便是」説批判をめぐって——」(『近代化と伝統の間—— 明治期の人間観と世界観——』教育評論社、2016.2. pp.24-52 6 以上、永井均『西田幾多郎』角川ソフィア文庫、2018、p.37 を参考にした。 7 拙論「朱熹の慎独論」『東洋大学中国哲学文学科紀要』第 20 号 2012.3. 8 「君子」と「小人」については、「君子小人之分、却在誠其意処。」(『朱子語類』巻十六 三二七頁)、「意 之誠不誠、直是公私之弁、君子小人之分。」(同 三四三頁)、「若意不誠、便自欺、便是小人。過得這箇 關、便是君子。」(同 三四〇頁)と言う。前に引いた西周「生性劄記」における「人鬼の関」を参照。 9 以上、拙論「林良斎と近藤篤山との論争を読む——「生機」論の背景とその可能性について」『陽明学(林 良斎特集)』15、2003 を参照。 10 「体験と、それを知ることとは異なる現実に属しているのに、それらがひとつであるように混同され続け てきた。……つまり、「走る、飛ぶ、投げる、眠る、呼ぶ」という動詞の使用法と、「見る、聞く、味わ う、凍える、夢見る、体験する」という動詞の使用法との間の根本的な違い…。/前者は、主体が何かを 行うという正しい動詞の使用法であるが、後者はそれと同じ構造で理解されてはいけない。……後者の動 詞群で起きていることとは、「主体的にふるまう以前に私に何かが起きている」ということに他ならない。/……それらは、認識し、知ることに先立ってすでに「起きている」生の事実である。」(稲垣諭『壊れな がら立ち上がり続ける——個の変容の哲学』青土社、2018、pp.67-8 *下線小路口) 11 「生機」とは、最も広義に捉えれば、われわれが、内的体験として経験する、様々な感情を指す概念であ る。中国では、喜・怒・哀・懼・愛・悪・欲と類型化されることもある(『礼記』礼運篇)、さまざまな感 情は、外からの様々な働きかけに対する、内からの応答として、内的に感知される心的事実である。そも そも、こうした、「感情」という内的経験の、不断の感知の上にこそ、人は、「生きている」という、紛れ もない証し、その実感をもつことができる。「生機」の「生」には、まさに、この、「生きて在る」ことの 切実さの感覚=実感を主題化しようとする意図が込められていると理解するならば、「生機」論は、「生」 の哲学として、読まれるべきものであろう。何よりも、「心学」とは、まさに、この「生」の直接経験の事 実から始まる「学」=思想-実践である。すなわち、「心学」とは、この「心」的事実を、真なるものと見 なし、その上に人間の道徳性の根拠を見いだそうとする思想であると同時に、その道徳性の実現を、自己 の使命として引き受けて立つ実践である。ここで注意すべきは、この内的体験が発生する現場を「心」と 呼ぶのであって、その体験=現場を離れて、「心」なるモノが実体的に存在するわけではない、という点で ある。以上は、拙論「林良斎と近藤篤山との論争を読む」に拠る。 12 「惟此良知精明、時時作得主宰、才動便覺、才覺便化、譬如明鏡能察微塵、止水能見微波、當下了截、當 下消融、不待遠而後復、謂之聖門易簡直截根源。」(「答季彭山龍鏡書」『王畿集』巻九 p.214)、「千古聖學 只從一念靈明識取、只此便是入聖真脈路。當下保此一念靈明、便是學。以此觸發感通、便是教。隨事不昧 此一念靈明、謂之格物。不欺此一念靈明、謂之誠意。一念廓然、無有一毫固必之私、謂之正心。直造先天 羲皇、更無別路。此是易簡直截根源、知此謂之知道、見此謂之見易。千聖之秘藏也。諸友勉乎哉。」(「水西 別言」『王畿集』巻十六 p.451) 13 この資料に注目し、「知行合一」説の再考を迫ったのが、次の呉震氏の論文である。「作為良知倫理学的“知 行合一”論——以“一念動処便是知便是行”為中心」(2018・宋明理学国際論壇——曁上海儒学院第届年会の 予稿集)を参照。 キーワード:西村茂樹、『心學講義』、心学、自識(意識)、陽明心学 *本稿は、2018 年 9 月 22 日、東洋大学白山キャンパス 5104 教室において開催された、国際哲学研究センタ ー(IRCP)主催の研究会「儒学者たちの日本哲学」で発表した際の発表原稿を、大幅に修正加筆したものであ る。その際、諸先生方、参加者から多くの有益な意見を頂戴した。ここに記して、感謝の意を表す。