実世界指向
Web
アプリケーションの創出
筧
康明
†a)Design of Real-World Oriented Web Applications
Yasuaki KAKEHI
†a)あらまし 近年のインターネット環境の発展に伴い,より自由な表現が可能になったことで,新たなWeb 環 境とのかかわり方を設計することが重要となってきている.特に,実世界とWeb 世界の乖離を解消するために, 実世界とのつながりや,他のユーザとの緩やかなつながりを提供することが重要な課題とされる.このために, 本研究では,(1) Web 上のアクティビティの視覚化,(2) 実世界情報の取得と視覚化,(3) 実世界と関連づけた情 報提示の三つの要素をアプリケーション上に付与し,実世界指向Web アプリケーションを提案する.本論文で は,Web と実世界をつなぐ試みとしてこれまでの筆者らの試みを紹介するとともに,それらの運用を通した考察 を行う. キーワード Web アプリケーション,実世界情報,情報視覚化
1.
ま え が き
インターネット技術の急速な進歩やモバイル端末に 代表されるコンピュータの普及により,我々はいつで もどこでも,快適にWeb世界にアクセスできるよう になった.今や我々の生活にとって,実世界での情報 と同様,時にはそれ以上にWeb世界での情報収集や 情報交換が重要になってきているともいえる.しかし, インターネットにアクセスすればあらゆる情報を得る ことや伝えることができるという状況は,我々の暮ら しやコミュニケーションを便利に変える一方で,Web 世界と実世界の乖離を生み出す要因ともなっている. このような乖離を解消するために,Web世界の中で ディジタル化された情報に単にアクセスするのみなら ず,それを通して実世界の事象やアクセスする他者の 存在を緩やかに感じ取れるような仕組みが今後よりそ の重要性を増すと考えられる.また,Web世界の情報 と実世界情報を連携して提示することで,Web世界の 状況把握やWeb世界でのコミュニケーションのきっ かけを与えることも期待される.本研究では,Web世 界または実世界の事象に対する不特定多数のユーザへ †慶應義塾大学環境情報学部,藤沢市Faculty of Environment and Information, Keio University, Fujisawa-shi, 252–0882 Japan a) E-mail: [email protected] の動機付けを目的とし,Web世界情報と実世界情報を 相互に結び付けて視覚化するWebアプリケーション の提案を行う.今回,筆者はこれを実世界指向Webア プリケーションと名づける.この取組みでは,具体的 には以下の機能を満たすアプリケーションを実現する. • Web世界情報の収集と視覚化 • 実世界情報の収集と視覚化 • Web世界情報と実世界情報の連携 このようなアプリケーションとして,我々は多人数 が参加するイベントと連動し,それに関連した動機付 けを行うために以下の三つを設計・実装し,運用を行っ た.それぞれのアプリケーションの概要を表1に示す. まず一つ目は,“Firefoxの灯” [1]及びその発展形 である“灯の音” [2]である.これはWeb世界でのア プリケーション配布というイベントを対象に設計した もので,Web世界でのダウンロード情報とその際の実 世界での位置情報を合わせて取得する.本アプリケー ションでは,これらのデータをリアルタイムに視覚化 及び音響化することで,ダウンロード行動の促進や他 のユーザの存在を通じてアプリケーションへの興味や 理解を促す. 二つ目は,バナーを利用した参加型Webアプリケー ション“interFORest” [3]である.これはWebキャ ンペーンと連携し,そのキャンペーンの影響の広がり
表 1 提案 Web アプリケーションの概要 Table 1 Basic information of proposed Web applications.
アプリケーション1:Firefoxの灯/灯の音 対象イベント ブラウザアプリケーション Firefox3のWeb配布 ねらい ダウンロード行動の促進 アプリケーションへの興味や理解喚起 視覚化情報(Web世界) ダウンロード数など 視覚化情報(実世界) アクセス地点 アプリケーション2:interFORest
対象イベント WebキャンペーンDiscover Shiretoko 狙い キャンペーンへの参加や 参加者同士のコミュニケーションの促進 視覚化情報(Web世界) バナー数・バナークリック数 書込みなど 視覚化情報(実世界) 天気・時刻 アプリケーション3:ORFSIGHT 対象イベント 研究発表展示会 慶應義塾大学SFC ORF2009 ねらい 会期前の盛り上げ,会期中の来場促進 会期後の感想共有 視覚化情報(Web世界)Web書込み(つぶやき) 視覚化情報(実世界) ディジタルキャプション操作情報 を視覚化することで,キャンペーンへの参加や参加者 同士のコミュニケーションを促すものである.Web世 界の情報としてバナー設置数,バナークリック数,及 びWebサイトへの書込みなどを収集し,実世界情報 として天気情報を取得する.これらを合わせて視覚化 するキャンペーンWebサイト及びバナーを実装した. 三つ目として,ウェブを介して,展示会期前及び会 期中の人々の関心の分布や盛り上がりを視覚化し伝え るシステム“ORFSIGHT” [4]を挙げる.これは,実 世界における展示会に関連づけて設計したもので,会 期前の盛り上げ,会期中の来場,また鑑賞後のコミュ ニケーションの誘発を目指すものである.Web世界の 情報として参加者のつぶやきと,実世界情報として展 示会場における参加者のキャプション操作情報を収集 し,これらをWebサイト上で視覚化する. 本論文では,実世界指向Webアプリケーションと しての各システムの詳細及びそれらのアプリケーショ ンの運用・展示を通じた考察について述べる.
2.
関 連 研 究
本研究で扱うWeb世界と実世界を結び付ける試み は,従来にもいくつか提案されてきた.中でも先駆的 研究としてsensorium [5]が挙げられる.sensorium は,世界中の地震データをグラフィカルに表示したり, Webアクセスのデータからアクセスポイントを導出 し地図上にマッピングするなど,Web上に実世界情報 を視覚化する一連の試みである[6].この研究は,実世 界情報を取得しWebに提示するという点で本研究と 類似するが,Web上の不特定多数のユーザの情報を取 得するものはなく,またユーザへの動機付けという本 研究のねらいとも異なる. コミュニケーションの促進や,行動の誘発など,ユー ザへの動機付けにつながるWebサービスとして, Ama-zon [7]のおすすめ商品サービスなどが挙げられる.こ れは,ユーザの購入履歴を利用してユーザの購買行為 へのきっかけとなる情報を提示するものである.わく らわ[8]や呼吸する美術館[4]では,同時刻の同じペー ジを閲覧しているユーザの数や名前,マウスの動き 等のイベントを視覚化し,Web世界での他のユーザ の行為・存在を緩やかに知らせ,コミュニケーション のきっかけとなることをねらっている.本研究でも, Webサービスを通じてユーザに動機付けを行うとい う点でこれらのサービス及び研究と近いねらいを有す るが,本研究では実世界情報との連携を行うという点 で異なる. 本研究では,実世界及びWeb世界に関連する不特 定多数のユーザの情報を取得する手段として,ブログ やSNS(Social Network Service)を通してユーザが 発信する文字や画像,及びそれらに付随する情報を 積極的に利用する.同様の例として,flickrvision [9], Panoramio [10]は,ユーザの公開した写真を,写真 に付随して取得できる撮影位置情報に応じて地図上に マッピングするサービスである.また,撮った写真に 対して,撮影時刻・位置・向き等に関連する情報を付 加して提供するサービスも提案されている[11], [12]. セカイカメラ[13]は,ユーザが携帯端末をかざすと実 世界のその場に埋め込まれた文字情報を重畳的に見る ことができる. 中でも,本研究で定義する実世界指向Webアプリ ケーションの要素を満たす先行研究として,台風前 線[14]が挙げられる.これは,台風という自然現象の 状況と連動したサービスであり,台風の進路に合わせ てユーザの書込みを地図上に表示することにより,不 特定多数のユーザを巻き込んだコミュニケーションを 目指している.本研究との違いを述べるとすれば,台 風前線ではユーザが居場所の情報を自分自身で指定し なければならないなど明示的な行為を必須としている のに対し,本研究ではIPアドレスから位置を同定す るなどユーザへの負荷を軽減する手段を導入している 点が挙げられる.3. Firefox
の灯
&
灯の音:
Web
アクセス
情報の視覚化・音響化
3. 1 システム概要 本アプリケーションでは,ソフトウェア公開に伴う ダウンロードというWeb上でのイベントに着目する. Webブラウザなど多くの利用者数を抱えるソフトウェ アでは,新規公開やバージョンアップに応じて,世界 中でそのソフトウェアを求めてアクセス/ダウンロード が集中的に行われる.全体のアクセス数やダウンロー ド数を数値的に目にすることはあるが,実世界の時間 や空間と関連づけて理解する機会はほとんどない.本 アプリケーションでは,ソフトウェアのダウンロード と実世界情報を関連づけて視覚化し,新たな理解やコ ミュニケーションへと発展させることをねらう. 本ツールでは,ダウンロード状況をリアルタイムか つ視覚的に提示することで,ダウンロード頻度,朝・ 昼・晩と時が移り変わっていく際のアクセス変化,盛 り上がっている地域,自分の住んでいる地域の様子な ど,臨場感や雰囲気を交えて提供する.特に,対象と するソフトウェアとしてMozilla社の開発・提供する インターネットブラウザFirefoxを選び,世界中のダ ウンロード状況を地図上に視覚化する. 本研究では更に,上記のマッピングされたデータを インタラクティブに楽しむためのソフトウェア“灯の 音”を合わせて制作した.これは,Web上のデータを 用いて映像・音響を創り出す/変化させるもので,Web 上の盛り上がりを別の形で楽しむ体験を提供するもの である. 3. 2 システム設計 3. 2. 1 Webアクセス位置情報の収集 本システムでは,対象とするWebサイトへのアク セス情報とデータベースからリアルタイムにアクセス 地点情報を同定する. 位置情報の取得のために,実装ではIP情報と緯度経度情報を対応づけたMaxMind社のGeoIP Cityデー
タベースを用いた.IP情報は灯サーバに蓄えられ,定 期的に位置情報へ変換,同時に集計される.この際, IP情報を灯サーバに送る機能が必要になるため,対 象となるウェブサイトにフックを掛け,これを取得す る.具体的には該当ページにimgタグ等を挿入し,収 集を行った. 3. 2. 2 Webアクセス位置情報の視覚化及び音響化 Firefoxの灯では,上記のように取得したアクセス 図 1 Firefoxの灯 Fig. 1 Tomoshibi of Firefox.
位置データを,図1 のように地図画像上に光る点群 (以後,灯と呼ぶ)として視覚化する.背景の地図は 表示または非表示を選択することができるが,表示時 にはFirefox公開時からの都道府県ごとのダウンロー ド総数に応じて各都道府県の色を変えて表示される. ユーザは画面を眺めることで,現在のFirefoxのダウ ンロード状況を位置情報を通して直感的に把握するこ とができる. 一方の灯の音ソフトウェアでは,視覚化されたデー タを鑑賞するだけでなく,Web空間の盛り上がりを視 覚・聴覚を通してインタラクティブに楽しむための機 能を付与した.本ソフトウェアでも,Firefoxの灯と同 様に地図上に灯がプロットされる.更にユーザはマウ スやタッチパネル等のポインティング入力デバイスを 用いて,拡大・縮小・移動など地図の表示範囲の操作 や,画面上に線を自由に描画することができる.描画 された線は,その形状を維持しながら一定スピードで 画面の左端から右端へと画面上を周回的に走査し,そ の線と画面上に表示された灯が衝突した場合には,そ の点を中心として光が広がるような映像効果(図 2) とともに音響が生成される.この際,モニタ座標系に おける灯の位置と地図の表示スケールに応じて,生成 される音の属性(ピッチ,変調周波数,アタック・ディ ケイタイム,加算合成の成分数,ディレイの速さなど) が変化する. 3. 3 運用・展示の様子 筆者らは,Mozilla Japan社の協力を得て,2008年 6月18日にリリースされたWebブラウザFirefox3 のダウンロードサイトを対象としたアプリケーション Firefox3の灯を実装し,Webにて公開した.ユーザ
図 2 灯の音の映像効果(走査線に衝突した灯が輝く) Fig. 2 Sparkling lights appear with collisions of the
hand-drawn line and tomoshibi particles.
の反応としては,ダウンロードされていく様子を眺め るのが面白い,楽しいなどの肯定的な意見が多かった. また,“○○(地域名)はみるみるうちにダウンロー ド数が増えているようで見ていて面白い”,“△△(地 域名)もっとがんばれ,□□(地域名)も寂しいぞ” などのように,地域ごとのダウンロード数の変遷に対 して一喜一憂したり,地域の他のユーザに対してブロ グ等を通してダウンロードを呼びかけるなどの反応も 見られた. 一方,インタラクティブな視覚化・音響化の機能を 付与した灯の音ソフトウェアもFirefox3のダウンロー ドデータを入力として実装した,この際,以下のよう に2通りのアプリケーションを用意した.一つは15 秒おきに現在のダウンロード状況を視覚化・音響化す るリアルタイムモードであり,もう一つはリリースさ れた6月18日の前後1日のデータの変遷を早回しで 再生するプレイバックモードである. 灯の音ソフトウェアは,Webでの公開には至らな かったものの,2008年6月26日に行われたFirefox3 のリリースパーティー及び2008年7月28日∼8月1 日まで行われたMozilla Summit 2008においてユー ザ体験の場を設けた.ここでは,図3のように操作の ために透明ハーフミラーとモニタを組み合わせた入力 インタフェースとともに展示し,200人を超えるユー ザが本システムの鑑賞と操作を体験した.体験者の中 には,アクセス分布の変化を注意深く観察する人,地 図の操作による音響の変化を楽しむ人,文字や模様な どの形状をした走査線を描く行為に集中する人など, 様々なアプローチで楽しむ姿が見受けられた.今後, 不特定多数のユーザが参加できるWeb版(Firefoxの 図 3 展示した灯の音
Fig. 3 Exhibition of the light of Firefox.
灯)でも同様の機能を実装し,視覚化だけではなく,
Web世界情報及び実世界情報を用いたインタラクショ
ンに関する検討も更に進めていきたい.
4. interFORest
:
Dicover Shiretoko
キャンペーンにおける実世界と
Web
を
つなぐ取組み
4. 1 システムの概要 近年,広告等の分野では,Webを通じたキャンペー ンが数多く見られるようになってきた.その中には,ブ ログパーツやバナーなどを配布することによるユーザ 参加型のものも増加してきている.本節で述べるアプ リケーションinterFORestは,このようなWebキャ ンペーンと連動し,参加しているユーザ同士や実世界 との緩やかなつながりを演出することを企図するもの である.具体的に今回は,Discover Shiretokoキャン ペーン[15]を対象とする.Discovery Shiretokoキャ ンペーンとは,(財)知床財団と一般社団法人Mozilla Japanが共同で取り組む環境保護を訴えかけるWeb キャンペーンである. 本アプリケーションでは,Shiretokoというキーワー ドのもと集ったユーザ間・Webページ間・土地間の新 たなつながりの生成,視覚化を行う.このために,筆 者らは配布されるWebバナーを用いたアプリケーショ ンを開発した.元来,バナーはWeb空間上のある地点 から別の地点に移るためのリンクの始点として存在す る.バナーからはリンク先のWebサイトの様子を伺 うことはできない上に,リンクを貼られる側からもリ ンク元の様子を知ることができない.これに対し,筆図 4 interFORest Fig. 4 interFORest. 者らが提案するのはWeb空間内での双方向的な窓と して機能するバナーである.具体的には,バナーの中 に樹を表示し,そのバナーを通じたWebサイト間の ユーザの往来を樹の形状に動的に反映し,視覚化する. 更に図4のように,各バナーからリンク先として誘 導される場として,知床半島をモチーフとしたWeb サイトを制作する.各バナーのアクセス数により生成 される樹はこの森の中に配置され,それぞれのバナー を通じたアクセス数の変化やバナーの向こうにある Webサイトやブログの状況を樹々の形状や森のざわめ き等を通して視覚化する.このように,サイトはキャ ンペーンの広がりを俯瞰的に観察できるとともに,本 キャンペーンに共感するユーザ同士を新たにつなぐ場 として機能する.このほか,実際の知床の時間や天気 に合わせて,バナー及びWebサイトデザインに反映 させるなど,Web環境にアクセスしながら実世界情報 を垣間見ることもできる. 4. 2 アプリケーション設計 4. 2. 1 成長するバナー まず,ユーザはバナー登録サイトにて,バナーを貼 るWebサイトのアドレスを入力する.その結果,バ ナーのリンクアドレスを取得し,それを各自のWeb サイト内に組み込むことで簡単に参加できる.図5左 のように,バナー内には最初は小さな幹と根のみを有 する樹が生成される.本バナーは各Webサイトから Discover Shiretokoキャンペーンサイトへのリンクと なっている.各Webサイトからバナーを通じてキャ ンペーンサイトにアクセスがあると,そのアクセス数 に応じてバナー内の樹の幹が成長し,枝葉が増える. 逆に,後述するinterFORestサイトから各ユーザの 図 5 バナーの成長 Fig. 5 A change of banner.
Webサイトにアクセスがあった場合には根の本数が増 え,成長する.これによりユーザのWebサイトとキャ ンペーンサイトを行き来するアクセスの数に応じて, 各バナー固有の形状・バランスをした樹が成長する. 4. 2. 2 interFORestサイト Discover Shiretokoキャンペーンサイト内には,本 バナーキャンペーンを俯瞰的に閲覧することができる Webサイト(以下,interFORestサイト)を作成し た.interFORestサイトは,全体を俯瞰できるバーズ アイビュー,一部にフォーカスして表示するクローズ アップビュー,更にそれぞれの樹の詳細情報を表示す る図鑑ビューの三つのビューモードに分けられる. (1)バーズアイビュー バーズアイビューでは,図 6のように生成された バナーに対応する樹が知床半島の形状をした地図上に マッピングされる.各樹の形状は定期的に更新される. また,リアルタイムのアクセスの分布をより直感的に 示すために,バナーからのアクセスがあった樹にはに ぎわいを表すアニメーション効果が施され強調される. 更に,このバーズアイビューでは,登録された各ユー ザのWebサイト内で“知床”若しくは“Shiretoko”と いうキーワードを含む書込みがなされた場合に,それ を自動的に抽出キーワードの前後20文字の文章を画 面中の海の部分に一定時間表示する. (2)クローズアップビュー ユーザは,バーズアイビューの一部をクリックする ことで,ある範囲を拡大したビューを閲覧することが できる(図6).このクローズアップビューでは,画面 上部にある矢印をクリックすることで,地図上を移動 することができる.それぞれの樹の上には,その樹に 対応するバナーを貼っているWebサイトのタイトル が表示される. (3)図鑑ビュー クローズアップビューにおいて,ある樹を選択する と,画面中央に図6のような図鑑ウィンドウが現れる. 図鑑ウィンドウには,樹の詳細な形状が表示されるほ
(a)バーズアイビュー
(b)クローズアップビュー
(c)図鑑ビュー 図 6 ビューモード Fig. 6 View mode.
か,樹が生成されてからの経過日,樹の生まれた国(対 応するWebサイトのサーバの登録国籍),樹の枝葉の 数(対応するWebサイトのバナーからキャンペーン サイトへのアクセス数)及び根の本数(interFORest サイトから各Webサイトへのアクセス数)が表示さ れる.更に,各Webサイトへのリンクが貼られ,ユー ザはその樹に対応するWebサイトにアクセスするこ とができる.ユーザは図鑑を左右にドラッグすること で,本をめくるように直感的に樹の情報を閲覧するこ とができる. 図 7 天気情報の反映
Fig. 7 A background image changes according to Shiretoko’s weather. 4. 2. 3 知床の情報の反映 上述のように本アプリケーションでは実際の知床の 土地との緩やかなつながりを感じるために,バナー及 びinterFORestサイトのクローズアップビューの背 景には実際の知床の時間及び天気を反映させる.天 気情報は,1時間ごとに日本天気協会のWebサイト (http://tenki.jp/)より情報を取得し,更新する.ま た,背景情報は,朝焼け,昼間,夕焼け,夜という時 間による四つの段階と,晴れ,曇り,雨(降水量によ り7段階)という天気の情報の組合せにより決定され る(図7). 4. 3 アプリケーションの実装 まず,本システムはCanvasを利用して,バナー及 びinterFORestサイトのすべての描画処理を行った. 本システムで扱うデータは以下のとおりである. • 各樹の枝葉イメージ,根イメージ, • バーズアイビュー用の樹々俯瞰イメージ, • 各樹々の方形データやバナーからのアクセス数 などを含んだ基本情報, • 樹々のざわめきを表現するための最近のアクセ ス数情報, • バナーが貼られているサイトの本文から“知床” 及び“shiretoko”をキーワードとして前後20文字か ら抽出した単語群情報, • バナーやクローズアップビューの時間と天気に よって変化する背景イメージ 実装にあたり,サイトやバナーの表示回数,描画負 荷などを考慮し,操作に必要な画像や木々の方形デー タなどはサーバアクセスのたびに描画計算を行うこと を避け,静的コンテンツとして提供するように設計し た.このため,各バナーやinterFORestサイトからの アクセス数は都度データベースに更新されるが,それ らが木々の成長やバーズアイビューへの反映はサーバ 上の更新プログラムにより一括で行う仕様とした.な お,今回の実装ではデータの更新は1分間隔で行った.
また天気データは,その性質から一時間に一度の頻度 とし,バナーやクローズアップビューの背景イメージ もそれと同間隔で更新する. 4. 4 運用の様子 本 ア プ リ ケ ー ション は ,2009年6月23日 か ら http://interforest.org/にて公開された.公開から約 3ヶ月経った2009年9月12日時点で集計したデー タでは,海外を含めた2028個のWebサイトにてバ ナーが作成され,interFORestサイトにマッピング された.各バナーからの総アクセス数は92,598回, interFORestサイトからの図鑑ビューを通じた各Web へのアクセス数は15,231回という結果となった. ユーザからは“クローズアップビューにて,自分の バナーの樹の近くにマッピングされたWebサイトが 気になって見てしまう”,“図鑑ビューを利用してキャ ンペーン参加者のWebサイトを概観すると新たな発 見があった”,“バナーの樹の成長が気になり,度々ア クセスした”,“樹が隣同士になったブログの管理者と 交流した”などの意見を多く得たことから,本アプリ ケーションの企図した効果を少なからずユーザに提供 できた可能性が示唆される. 一方で,PCやネットワーク環境によっては描画速 度に不満があるなどの意見もあり,Canvasを用いて 大規模なデータを視覚化する際の今後の設計課題と なる.
5. ORFSIGHT
:展示会の会期前・会期
中の盛り上がりの視覚化
5. 1 システムの概要 三つ目の取組みでは,実世界における展示会の開催 にかかわる準備や会場の盛り上がりを対象とする.筆 者らは,展示会の盛り上がりを扱うにあたり,会期中 だけではなく,その前後の期間のサポートが重要だと 考える.例えば,美術館や博物館に足を運ぶ前に,展 示概要や展示物に関する情報をあらかじめウェブやチ ラシにて調べることは少なくないだろう.また,鑑賞 後にも,展示を振り返って気になった作品に関して情 報を収集・交換したり,次の鑑賞に向けて予備知識を 得るフェーズが存在する.本研究では,このような鑑 賞前後の行動やコミュニケーションをWebアプリケー ションを用いて支援し,より深い理解を促したり,新 たなコミュニケーションを生むことを目的とする. 今回実装したアプリケーションでは具体的なイベン トとして,2009年11月23,24日に開催された慶應 義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)Open Research Forum(ORF)2009をターゲットとした.この展示 会は,大学の各研究室や研究プロジェクトがブースや セッションを構え,研究成果を発表する形式である. 本アプリケーションでは,Twitterサービス[16]を利 用して会期前の準備段階から会期中,そして会期後に 至るまでを視覚化する.また会期中においては会場で の人々の行為がサイトに反映される仕掛けを構築した. 5. 2 システムの設計・実装 5. 2. 1 Twitterを用いたWeb上の盛り上がりの 視覚化 本アプリケーションは,会期前から会期終了後まで の本展示に関連するTwitterのつぶやきを用いて,展 覧会のロゴとなる画像を動的に生成していく. Twitterにおいて#orf2009という本展示会のハッ シュタグを設定し,このタグを含むつぶやきを自動的 に収集する.つぶやきがなされた場合に,図8のよう に惑星の表面に草花のようにつぶやきデータを配置・ 表現する.それぞれの草花の草にあたる部分がつぶや き文字列で構成されており,草の上には,つぶやいた 図 8 ORFSIGHT Fig. 8 ORFSIGHT.図 9 ORF会場での ORFSIGHT(奥)と ORF-Navi (手前)
Fig. 9 Setting of ORFSIGHT (far side) and ORF-Navi (near side) on Site.
ユーザのアイコンが表示される.また,#A01のよう なハッシュタグ(ブースタグ)を出展ブースごとに割 り当て,#orf2009に加えてこのブースタグも記した 場合,同じブースに関係するつぶやき同士が近い位置 に表示されるように表示位置を調整した. この視覚化されたデータの見方として本アプリケー ションでは,全体が見える俯瞰モード及び一部をズー ムして閲覧する詳細モード(図8),過去のデータを 閲覧する履歴モードの三つのモードを用意した.この ウェブサイトは会期開始の1か月前から公開し,会期 前の準備期間の変遷を表示させた. 5. 2. 2 展示会場での盛り上がりの視覚化 更に会期中には,会場での盛り上がりをウェブに反 映させる試みとして,中澤らが開発したディジタル キャプション端末ORF-navi [17]との連携を行った. これは,図9のように展示ブースごとに割り当てられ たiPod Touchが,会場に配置されており,それぞれ の情報を確認することができる. 今回,ユーザが情報を見ようとこの端末を触る際の デバイスの揺れをiPod Touchの加速度センサを通し て検知し,そのデータをORFSIGHTの対応するブー スのつぶやき草の揺れに対応づけた.これにより,会 場の人が興味をもっているという現象をウェブを閲覧 するユーザに直感的に知らせることができる. 5. 3 システムの実装 本システムは,つぶやきの収集と保持を担当する つぶやきサーバ,ウェブコンテンツを保持するウェブ サーバ及び可視化クライアントの大きく三つで構成 されている.なお実装は,つぶやきサーバにphp及 びcron,ウェブサーバにApache2,クライアントに はAdobe Flashをそれぞれ用いて実現した. ユーザはウェブサーバにアクセスすると,ウェブサー バはクライアントコンテンツを含んだウェブページを 返す.ブラウザで展開されたクライアントコンテンツ はつぶやきサーバと通信を行い,つぶやき情報を取得 する.取得したつぶやき情報をもとに上記のような描 画処理を行う.つぶやきは常に更新される可能性があ るため,定期的につぶやきサーバに問い合わせ,新た なつぶやきがあれば,それを加えて描画する.つぶや きデータは,定期的にハッシュコード#orf2009をも つつぶやきを検索し,データベースに保存している. この際,つぶやき内に別のハッシュコードがあれば, これをブースタグとして取り出し,対象となるブース を割り出す.また,クライアントからの要求があった 場合,その時間から,クエリ部分に含まれている時間 の間に追加されたつぶやきをXMLとして返す. 5. 4 運用の様子 会期前1か月の時点から公開を開始し,会期後1週 間までのTwitterのつぶやきの数は5,320件,Webサ イトへの総アクセス数は20,748回であった. ORFSIGHTに対しては,各ブースの展示を担当す る研究室の活動が準備期間中から伝わってきて良かっ たというような,肯定的な意見が多く聞かれた,また, 研究のビジビリティを目立たせる目的で,一定時期に つぶやきを集中させるような,本アプリケーションで 視覚化されることを前提とした特徴的な行動も見受け られた.一方でTwitterを知らない,あるいはやって いない参加者からは利用することが難しいという意見 が得られ,参加への障壁を取り除くための工夫が課題 として挙げられた.また,本アプリケーションは,会 期後の感想共有の場としての機能も期待されたが,実 際には会期後のつぶやきはほとんど見られなかった. 参加の継続性や,会期後のコミュニケーションにつな げる仕組みに関しては再度検討する必要がある.
6.
む す び
本論文では,Web世界と実世界をつなぐための実世 界指向Webアプリケーションを提案し,実際に三つ のイベントやキャンペーンと連動する形でアプリケー ションの実装と運用を行った. 実世界指向Webアプリケーションを多くの場で展 開していくためには,アプリケーション及びそこで生 じたインタラクションやコミュニケーションの評価は重要な課題である.上述のように,Webのアクセス数 やコメント数など定量的に計れる項目のほかに,どの ような行為が見られたのかを観察し,フィードバック することが重要となる.また不特定多数のユーザに対 して動機付けを行うという本研究の目的に対する効果 を調べるために,ユーザの行動を継続的に調査するこ とも必要となる. また,参加者数やコミュニティに応じてもこのよう なアプリケーションの効果は変容する.キャンペーン や展示会など多くのユーザを巻き込んだインタラク ションを展開できる場を活用し,今後も更なるアプリ ケーションのデザインを行う.また,これに関連して, ユーザの参加性の向上も重要な要素として挙げられる. ユーザにとって負荷を増やさず,かつ新鮮な発見やつ ながりを提供できるような“参加したくなる”仕組み の設計を更に検討する必要がある. 今後Web世界の状況を,関連する実世界側に効果 的に提示する手段も重要な課題として挙げられる.単 純に大画面にWeb画面を提示するのみにとどまらず, Augmented Reality技術やインタフェース技術などを 取り込みながら,必要な場所,必要なときに,必要な 人に直感的に情報を届ける仕組みを開発していく.そ して,ディジタルサイネージ領域,ブラウザデザイン の分野とも連動しながら,更なる検討を行いたい. 謝辞 本研究を進めるにあたり,共に開発を行った 慶應義塾大学赤塚大典氏,久野崇文氏,平山詩芳氏, 東京大学橋田朋子氏,及びアプリケーション開発の機 会及び実装に関する有益な御助言を頂いた瀧田佐登子 代表理事をはじめとするMozilla Japanの方々,知床 財団の方々に感謝申し上げます. 文 献 [1] Firefox3.5の灯 http://tomoshibi.mozilla.jp/(2010 年 8月現在) [2] 筧 康明,赤塚大典,橋田朋子,平山詩芳,灯の音:Web アクセス情報と連動したインタラクティブ空間演出システ ム,EC2008, pp.45–48, 2008.
[3] 筧 康明,“interFORest プロジェクト:Discover Shire-tokoキャンペーンにおける Web と実世界をつなぐ試み,” 信学会 MVE 研究会,2009.
[4] 赤塚大典,筧 康明,“ウェブを介した鑑賞前・鑑賞中・
鑑賞後をつなぐ展示支援システムの提案,”信学技報,
MVE2009-138, 2010.
[5] S. Takemura, Y. Nishimura, and H. Ohno, “Design-ing a Public Sensory Platform on the Net,” INET98, 1998.
[6] Web Hopper, http://www.sensorium.org/webhopper/ (2010 年 8 月現在) [7] Amazon, http://www.amazon.com/(2010 年 8 月現在) [8] 赤塚大典,“弱い紐帯に注目したコミュニケーションメディ ア「わくらわ」,” WISS2006, pp.139–140, 2006. [9] flickrvision, http://flickrvision.com/(2010 年 8 月 現 在) [10] Panoramio, http://www.panoramio.com/(2010 年 8 月現在) [11] 石山雅三,中西泰人,“flashed Time:写真とニュースを同 期的に閲覧するインタフェースの提案,”インタラクション 2009,インタラクション 2009 論文集 CD-ROM, 2009. [12] 竹下さえ,赤塚大典,筧 康明,“「その後」が届くフォ トツール photocatena の提案,”インタラクション 2010, pp.37–40, 2010. [13] 頓智ドット株式会社,セカイカメラ, http://www.tonchidot.com/(2010 年 8 月現在) [14] 北本朝展,“台風前線:大規模自然イベントを象徴とする時空 間インタラクション,”インタラクション 2008, pp.77–78, 2008. [15] Discover Shiretoko, http://www.discovershiretoko.org/(2010 年 8 月現在) [16] Twitter社,Twitter, http://twiter.com/
(2010 年 8 月現在) [17] 中澤 仁,ORF-Navi,http://orf.sfc.keio.ac.jp/ program/garden/145.html(2010 年 8 月現在) (平成 22 年 9 月 10 日受付,10 月 4 日再受付) 筧 康明 2007東京大学大学院学際情報学府博士 課程了.科学技術振興機構さきがけ研究員 を経て,2008 慶應義塾大学環境情報学部 専任講師,現在に至る.実世界情報環境, メディアアートなどに関する研究に従事. 博士(学際情報学).