究−長期にわたる改善活動・設計・維持管理・評価
に関する継続調査を通して−
著者
小林 純子
学位授与大学
東洋大学
取得学位
博士
学位の分野
工学
報告番号
32663甲第371号
学位授与年月日
2014-09-25
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006741/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja【論文審査】 公共トイレは不特定多数の人が、外出先で自由に利用できる共用のトイレをいう。路上 や公園等に設置される公衆トイレのほか、学校を含む公共施設、駅や高速道路のサービス エリア等の交通施設、駅ビル・百貨店等の商業施設等に付属して設置されるものを総称し、 設置者は自治体、民間を問わない。公共トイレは都市で活動する人にとって不可欠な施設 であり、誰でも安全安心に利用でき、常に清潔が保たれていることが、基本要件と言える。 以前の公共トイレは 4K(暗い、汚い、怖い、臭い)と揶揄される状態のものが多く、 改善の必要性が高いにもかかわらず積極的な改善がなされず、施設全体の快適さやまち の豊かさを損なう状況にあった。1980 年代以降、「都市のアメニティの視点での見直し」、 「女性の社会進出」、「高齢者や障害を持つ人のためのバリアフリー環境の構築」、「量から 質への価値観の変換」などが社会的な課題として意識されるようになり、公共トイレにつ いても各施設種ごとに快適化の努力が進み、現在では排泄機能にとどまらず、心地よさが 求められ、化粧直しや身繕い、おむつ交換等、まちの中の多目的空間としても捉えられる ようになってきた。バリアフリーに関しては、2006 年から国が法整備を充実させ、障害 を持つ人に対して多機能トイレや付属機器の設置等が進められた。また、今日では、災害 に備えた公共トイレの在り方と整備が大きな課題となっている。 公共トイレの改善を図り、常に快適さを維持するためには、施設種別ごとの特性と個々 の条件の違いを踏まえて改善のための課題を把握する必要がある。また、トイレは設備的 要素が大きく、施設本体と比べ修繕・改修を含めた更新期間が短いことから、継続的な取 組を要し、長期間にわたり状態の変化や清掃管理体制を把握しながら、対策を明らかにす 氏 名( 本 籍 地 ) 小 林 純 子(東京都) 学 位 の 種 類 博士(工学) 報 告 ・ 学 位 記 番 号 甲第371号(甲工第103号) 学 位 記 授 与 の 日 付 平成26年9月25日 学 位 記 授 与 の 要 件 本学学位規則第3条第1項該当 学 位 論 文 題 目 公共トイレ改善の取組の評価と実現方策に関する研究 ─ 長期にわたる改善活動・設計・維持管理・評価に関す る継続調査を通して─ 論 文 審 査 委 員 主査 教授 工学博士 秋 山 哲 一 副査 准教授 博士(工学) 野 澤 千 絵 副査 教授 工 藤 和 美 副査 元本学教授 工学博士 長 澤 悟
る必要がある。 本論文では、公共トイレの改善について、トイレ改善の取組とその後の長期間にわたる 継続的な調査を通じて、独立した公衆トイレ、設置される施設種別の特性の違いに応じて、 トイレ改善の検討のプロセスや体制、改修設計の内容、清掃や維持管理の改善活動、使用 者等の評価を明らかにし、快適さの実現と持続のための課題・方策を提案している。具体 的には、商業施設のトイレ、学校トイレ、公衆トイレという、3種類のトイレ改善の取組 を調査対象として選び、それぞれの課題を明らかにし、方策を示すとともに、その比較を 通して、公共トイレ一般に共通する問題点や課題について考察し、提案を行っている。 本論文は、5章で構成されており、その概要は以下のとおりである。 第一章 研究の背景と目的 研究の背景、研究目的、研究方法、研究構成を示している。また、既往研究の考察を通 して本研究の位置づけ・特徴を論じている。 公共トイレ改善の取組を①利用者の不特定性の程度、②改善の取組の標準化の必要性の 程度から、3 つのタイプに整理し、そのそれぞれの代表的なトイレ改修事例として、商業 施設、学校、公衆トイレを取り上げてトイレ改修を円滑にすすめ、その効果の維持を継続 するための課題の整理と、公共トイレ改善の建築計画的提案をすることを目的としている。 第二章 商業施設のトイレ H 駅ビル 20 年の改善の取り組み 商業施設として、東海道線のH駅ビルを調査対象とし、20 年間にわたる施設・設備改 修の課題と設計内容及び清掃維持管理体制改善の取組を、使用者の評価の変化と共にまと め、快適さ持続のための課題について考察している。 商業施設は快適さやその持続の目的の一つとして顧客獲得がある。トイレの改善は他の 商業施設との差別化を図る重要な要素として捉えられるようになっており、利用者の要望 に対応するため、改修や維持管理に費用がかけられ、継続的な改善の取組が行われている 例が多い。 トイレ改修計画策定とその後のフォローアップに関わる関係者による検討会(メンテナ ンス会議)の議事録から、建築・設備、機器等、使い勝手、サイン、利用者のマナー、清 掃と管理の観点に基づいて、問題の発生時期、回収目標、解決方法を整理している。ま たアンケート調査結果から、トイレ利用者の高評価の一方で、改修では解決不可能な建築 自体の基本的課題や経年変化による老朽化の状況、仕様の欠陥上の見落とし等も判明した。 これらを通じて、商業施設の快適さ持続の要件として、次の 4 点を指摘している。 ① 商業施設であっても、多くの利用者はトイレの普遍的な快適性、すなわち落ち着いて利 用できる、明るい、清潔等の条件を優先的に評価しており、その上でデザイン性や多様
なニーズへの対応に関心を持っている。 ② トイレの配置、広さ、バリアフリーのため床の段差をなくす、換気量、自然採光等、改 修では対応できない条件については、将来の変化に耐えられる柔軟性、「ゆとり」を持 たせて計画することが重要である。 ③ 竣工後も、ニーズの多様化や課題の変化への対応、不具合解決のために、たゆまぬ改善 の努力と研究が必要である。 ④ 設置者と設計者と清掃管理者が、施設、設備、清掃管理、利用者の行動やニーズ等につ いて、実態や課題を共有し、協働してあたることが不可欠であり、持続的な検討体制を 整える必要がある。 第三章 学校のトイレ 世田谷区の 15 年の改善の取り組み 学校トイレは、建物全体の老朽化も進む中で劣悪な状態のものが多く、利用したくない ため不登校になったり、我慢して健康問題を生じたりし、深刻な問題となっていた。近年 は、その改善の必要性と効果について理解が高まっているが、改修対象校数や改修箇所数 の多さと財政難のためで改修が進まないという課題をかかえている。 東京都世田谷区の 15 年間にわたる学校トイレ改善の継続的な取組をまとめている。区 ではモデル校をまず作って目指す姿を示し、事後評価を行った上、90 校全校の老朽化対 策を迅速に行うため「標準化」を行った。両者について児童生徒の評価、仕様の違い、改 修の進み具合をもとに、この手順の評価と課題を考察した。 改修プランの標準化は、具体的には庁内に「学校トイレ改修検討委員会」を設けてモデ ル校を検証し、改修事業の迅速性、省力化、低コスト化を目標として「学校工事共通仕様 書」を作成し、これをもとにトイレ改修を進めており、2 年ごとに仕様書を見直す作業を 現在まで継続している。アンケート調査からは、1998 年には児童生徒の約 7 割が学校ト イレで大便ができないという回答だったが、改修後の 2011 年には約 2 割と大きく改善さ れた。 本調査から、学校トイレの快適さ持続のための要点を次のようにまとめている。 ① 学校でトイレに行けない児童生徒数は減ったが、どの子にも学校のトイレが快適になる ようにするには、ソフト面も含む改善実施が課題である。 ② 今後の改修内容については、現仕様書を実態と照合し改めて改良を進める等、総点検が 必要な時期に来ている。 ③ 快適さ持続のため、床清掃はドライ方式とウェット方式の両方の清掃ができる仕様にす ることが適切と判断される。 ④ 快適性の回復のためには、日常清掃では不十分な個所に対する定期的清掃や配管内部の 清掃等の特殊清掃の導入が必要である。
第四章 公衆トイレ 千代田区の 7 年の取り組み 公衆トイレは、都市での生活に不可欠な施設であるが、不特定多数の人が無人管理の状 態で使用するため、改修後も汚損や不適切利用が発生しやすい。快適さや安全の維持の方 策が必要とされているが、無人のままでは限界があり、解決策として有料トイレ化による 有人管理への移行が試行されている。その可能性と課題を明らかにすることが求められる。 一方、トイレは汚れが進みやすく、設備的な要素が多いため老朽化対策のサイクルが短 い。改善のための補修・改修と、快適さの持続のための清掃維持管理に継続的に取り組む 必要がある。 具体的には、東京都千代田区における 2003 年からの 10 年間の公衆トイレ改善の取組と、 秋葉原有料トイレの 7 年間にわたる利用状況と評価の変化を、1964 年以降、50 年間に設 置が把握できた我が国の有料公共トイレ 37 例の分析と比較しながら、公衆トイレのあり 方と有料化の可能性について考察した。 主要な結論は以下の通りである。 ① 有料公衆トイレの設置と廃止が繰り返されてきた経過を見ると、無料公共トイレの快適 化が進む中で、我が国には有料トイレが根付きにくいと言える。 ② 一方、公衆トイレ設置者は、無人の清掃・管理方法のまま持続することに限界を感じて いる。管理運営方法を基本から検討し直し、監視体制の強化、清掃頻度を多くする等の 対策が不可欠である。 ③ 有料公衆トイレはそれを実現する有効な手段であることに変わりはないが、利用者を増 やす工夫をしながら、不足の費用負担を税金で賄うことについて広く理解を得る努力が 必要とされる。 第五章 代表的な 3 施設の公共トイレ改善の比較を通して、公共トイレの快適さを持続する計 画・設計のあり方と実現手法について考察を行っている。 本研究を通して、公共トイレの改善は、利用者にとって快適なまちでの暮らしと密接に 関係すること、各事例とも改善の取組の意味が理解され、改修計画に取り組まれているこ とが確認した。また、同時に、竣工後の快適さの持続は設置される建物種別により、事例 ごとにコストや体制等の事情が異なっている。有料化については、効果は大きいが、利用 者の評価は高いものの、その理解や利用が広がらないという問題があることを指摘した。 公共トイレ改善の建築計画的課題として、快適性が持続するトイレを造ることが、利用者 にとっての継続する豊かさにつながること。そのためには、計画や設計、その後の清掃管理、 運営等での関係者が一体となって公共トイレ改善に取り組むことが快適さをより持続させる こと、それはトイレのみではなく、本体の長寿命化にも重要である、ことを明らかにした。
【審査結果】 本論文は、公共トイレの改善の取組とその後の長期間にわたる継続的な調査を通じて、 トイレ改善の検討プロセスや検討体制、改修設計の内容、清掃や維持管理活動、使用者等 の評価の実態をもとに、設置される施設種別の特性の違いに応じて、快適さの実現と持続 のための課題・方策を明らかにしている。具体的には、商業施設のトイレ、学校トイレ、 公衆トイレという、3種類のトイレ改善の取組の課題を明らかにし、方策を示すとともに、 公共トイレ一般に共通する問題点や課題について考察し、提案を行ったものである。 本論文では実際の公共トイレ改善の取組の実態とその効果について継続的に検証し、そ こから得られた主要な結論は以下のとおりであった。 第一章では、公共トイレの改善が盛んになったが、その目標は「快適さとその持続」で 共通していること。また、「快適さとその持続」は、施設種別毎に実現への課題が異なる こと。そのため、差異に対応した計画と設計が必要であること。実態に沿った多様な課題 を見出だすには、長期の継続調査からでないと把握できないことを述べ、研究の意義・目 的、公共トイレに関する実証的な研究の特徴・重要性を明らかにしている。 第二章では、商業施設のトイレとして、H駅ビルの 20 年間にわたる利用者への快適性 の創造と、快適さの持続に関わる改善の取り組みをとおした課題の整理を行っている。商 業施設トイレ計画や設計の際の優先項目、初期設計時のゆとり確保の重要さ、快適さ持続 のための竣工後の対応、設置者、設計者、清掃管理者が協同してその後の実態や課題を共 有することの重要さを調査を通じて明らかにしている。 第三章では、学校のトイレを対象として、世田谷区の 15 年の改善取り組みを整理し、 アンケート調査や実態調査から課題を明らかにしている。学校トイレ改善の課題は要改 修箇所数が多い事であり、改修の迅速化を進めるため標準化を進めたが、標準化のメリッ ト・ディメリットの再検討と学校のトイレの快適さ持続や清掃管理の面での見直しが重要 であることを明らかにしている。 第四章では、千代田区全域の公衆トイレの改善の取り組みと千代田区秋葉原有料トイレ における 7 年間の取り組みや評価を取り上げ、調査にもとづいた不特定多数の利用者の多 い公衆トイレの現状を整理し、改善の目標や効果を考察している。解決方法の一つに有料 化があると予見し、千代田区秋葉原有料公衆トイレの利用者数と評価の調査結果から、有 料化の効果と課題を考察している。 第五章では、以上の結果から得られた改善内容と評価と課題を、個別課題と共通点に分 けて系統的に整理し、施設種別毎の課題と公共トイレの計画設計のあるべき姿を提案して いる。
以上を踏まえ、特にこの論文から得られた知見して重要であるのは以下の 3 点である。 ① 公共トイレの改善の取組の目標や課題の違いを反映して、改修対象とする公共トイレの 固有の特性、条件を与える立地、トイレが設置される建築物の用途、トイレの形態、設 置者、利用者層による問題の整理の必要性を「快適さの実現に間接的に関わる要素」と してまとめた。 ② 公共トイレの改善を進める上で建築計画的に重要な検討内容として、改善目的、改善方 法、改善前の課題整理、改善内容、改善設計、改善後の効果確認といった内容を「快適 さの実現に直接的に関わる要素」として具体的に示した。 ③ トイレ改善の取組後の快適さ持続の重要性を踏まえ、改修間隔、改修コスト、管理運営 体制、清掃体制、清掃方法、清掃コスト、改修後の問題への即時的解決体制などの「快 適さの持続に関する要素」の重要性を確認した。 こうした知見を受けて、最終的に、本論文では、実態的な公共トイレ改善の取組の継続 的な調査分析を通じて、これからの公共トイレ改善のための方策として8点をとりあげて いる。 ①公共トイレ改善の重要性についての理解、認識の明確化と共有、②快適さに関わる固 有特性に対する方策、③快適さの実現に対する方策、④快適さの持続に関する方策、⑤長 寿命化と快適さを造る改善のための方策、⑥建築種別毎の課題解消のための方策、⑦改善 のための体制づくりを実施する必要性、⑧改善のためのその他の方策 これらは、施設・設備の機能・性能の維持・向上、長寿命化のための計画課題としてす でに取り上げられているものではあるが、公共トイレ改善のための方策として具体的にそ の内容を掘り下げて系統的に整理した点が、今後の多くの公共トイレ改善のための指針と なりうると思われる。 よって、本研究の成果は、今後の公共トイレ改善の設計に関する有益な指針の提示にと どまらず、その効果を維持するための施工後の長期的な維持管理活動やその体制のあり方 といった諸条件について設計段階にもフィードバックさせるべき要件としてとりまとめて いることであり、公共トイレ改善の建築計画論として有用な知見を示しており、高く評価 される。 以上のようなことから、本論文は工学研究科(環境・デザイン専攻)の博士学位審査基 準に照らしても妥当な研究内容であると認められる。したがって、所定の試験結果と論文 評価に基づき、本審査委員会は全員一致をもって、小林純子氏の博士学位請求論文は、本 学博士学位を授与するに相応しいものと判断する。