印度學佛激學研究第39巻第1號 卒成2年12月 「心 浄 き に 随 い て 仏 土 浄 し 」 に つ い て 真 田 康 道 「若 し菩 薩, 浄 土 を 得 ん と欲 す れ ば, 当 に 其 の 心 を 浄 む べ し。 其 の 心 浄 きに 随 い て 則 ち 仏 土 浄 し」 と記 述 され る経 文 は, 羅 什 訳 『維 摩 詰 所 説 経 』(以 下, R本)仏 国 品 中 の, 有 名 な一 節 で あ る。 こ こ云 う,「浄 土 」 お よび 「仏 土 浄 」 とい う 言 葉 で あ るが, 原 語 的 に解 す るな ら ば1), 浄 土 は,「 二 万 五 千 頸 般 若 経 」等 に 言 う浄 仏 国 土 の意 味 に解 さな くて はな らな い。 浄 土 と言 う語 は, 羅 什 の造 語 で原 典 に はな い 語 で あ る とされ て い る(平 川彰 「浄土思想 の成立」『講座大乗仏教』5, p.11)。 菩 薩 の浄 土(浄 仏 国土)建 立 に関 し て,「 仏 国 土 品 」 で は,「 菩 薩 もか くの如 く, 衆 生 を 成 就 せ ん が 為 の故 に, 仏 国 を取 らん と願 う」 と述 べ て, 17種 の菩 薩 の浄 土 く西蔵訳 は, 18種)を 述 べ る2)。こ の17種 の菩 薩 の浄 土 とは, 直 心 ・深 心 ・菩 提 心 ・ 六 波 羅 蜜 ・智 慧 ・四 無量 心 等17種 の 実践 徳 目を修 し て 行 け ば, 菩 薩 の心 が浄 ま り, そ の清 浄 な心 に よ って一 切 の功 徳 が浄 ま って, 浄 らか な仏 国土 の成 就 が あ る と述 べ る。 そ れ で は, 菩 薩 の 心 を 浄 め る こ とに つ い て,「 般 若 経 」 で 見 てみ る と,『 八千 頒 経 』 第1章 で, 一 切 智(sarvajata)に 近 づ い た 菩 薩 は, 身 体 と心 の 清 浄(kaya-cit-taparisuddhi)・容 姿 の 清 浄(laksapa-parisuddhi)・仏 国土 の 清 浄(buddhaksetra-suddhi) が 得 られ る とい う3)。こ こに い う内容 は, 身 体 と心 の 清 浄, お よ び 仏 国土 の 清 浄 を 述 べ て は い るが, 菩 薩 の 心 が 清 浄 化 され る程 度 に 随 って, そ の 国土 の清 浄 化 も 決 ま る とい うよ うな, 徹 底 性 は な い。 この 点 が 他 の 「般 若 経 」 に 見 られ な い 『維 摩 経 』 の 独 自性 と言 え る であ ろ う。 さて, 仏 土 を 浄 め る菩 薩 の 清 浄 心 は, 17種 の 徳 目の 中 で 特 に 初 め の 直 心 ・深 心 ・菩提 心 が 重 要 で あ ろ う。そ れ らを 他 訳 と比 較 し てみ る と, まず 西 蔵 訳 で は, 「ま っす ぐな 意欲 」(bsampa, Sk. abhipraya)・ 「深 い決 意 」(lhagpa'i bsam pa, Sk. adhyasaya)・ 「修 行 」(sby・rba, Sk. prayoga)・ 「発 心 」・(byanchubkyisems, Sk.bodhi-citta)と, 修 行(sbyorba)と い う語 が 挿 入 され て い る(『イ ン ド古典 研 究 』1, p.151)。 玄 奏 訳 で も, 無 上 菩 提 心 ・純 意 楽 ・善 加 行 ・上 意 楽(大 正14, 559 鋤)の 四 つ が 見 られ る。 しか し, 訳 の古 い 羅 什 ・支 謙 の両 訳 に は, 三 つ の心 を 挙 げ るだ け で あ る。 した が っ て, 後 に修 行 が 付 加 され た も の で あ ろ う。 も っ と も,
-454-(53)「 心浄 きに随いて仏土浄 し」 にっい て(真 田) 羅 什 訳 に も17種 の浄 土 を述 べ る後 と,「 菩 薩 品 」 で 発 行 心 を 述 べ て い る(大 正14, 538b; 542c)。 しか し, 支 謙 訳 で は,「 仏 国 品 」 に 無 求 ・善性 ・弘 其 道 意 の 三 つ を, また,「 菩薩 品 」 に は, 無 生 之 心 ・淳 淑 之 心 ・聖賢 之 心 の 三 つ を 述 べ て い る に と どま る(大 正14, 520; 534a)。 三 心 につ い て, も う少 し立 ち 入 って考 察 す る こ とにす る。 まず, 直 心 に つ い て, R本 は 「不 詔 」(大正14, 538b)と か 「虚 仮 無 き」(同542c)と 形 容 し て い る よ うに, これ は ま っす ぐな心 の こ とで あ る。 僧 肇 は,「 直 心 とは, 質 直 に し て 詔 無 きを 謂 う。此 の心 乃 ち是 れ 萬 行 の本 な り」(『注維摩詰経 』大正38, 3356c)と 注 釈 し てい る。R本 に は, ひ きつ づ い て,「 菩 薩, 其 の 直 心 に 随 って 則 ち 能 く行 を 発す。 其 の発 行 に随 っ て則 ち深 心 を得 ……」(大 正14, 538b)と 陳 述 す る。 僧 肇iは, これ すな お お こな お こし を 「夫 れ 心 直 な れ ば, 則 ち信 固 し。信 固 けれ ば, 然 る後 に能 く いを 発 し行 を 造 る。 然 れ ば則 ち萬 行 を 始 め る は, 唯 直 心 の みか 」(大 正38, 336c)と 注 釈 し てい る よ うに, 真 っ直 ぐな心 で あ って, 直 心 は 自ず と菩 薩 に行 を 発 させ, 深 心 を 得 る の で あ る。 つ ぎ に深 心 につ い て。 吉 蔵 は, 『維 摩 経 義 疏 』 に お い て,「 発 心 の始 め は, 正 観 に始 ま る。 正 観 い よい よ明か な るを 称 して深 心 と為 す。 深 く固 くを 以 て抜 き難 き が, 深 心 の義 な り」(大 正38, 928b)と 注 釈 して い る。R本 に は,「 其 の深 心 に随 い て, 意 調 伏 す 」(「仏国品」大正14, 538c)と 云 い, 或 い は,「 功 徳 を増 益 す 」(「菩薩 品」同, 542c)と も云 って い る。 経典 の 前 者 の 陳述 に つ い て, 僧 肇 は,「[無 上]道 お も そ つ う へ の情 い 既 に深 け れ ば則 ち意 に麓 獲 無 き也 」(大 正38, 336c)と 釈 してい る。R本 で は, 心 を 深 心 に よっ て調 伏 す る こ と よ り, 菩 薩 は, 説 か れ る とお りに行 じ, そ の 功 徳 を 衆 生 に廻 向 し, 方 便 有 っ て衆 生 を 教 化 し仏 土 浄 し(大 正14, 538bc), と云 う ご と く, 心 を 制 御 す る こ と(意 調伏)に よ って得 られ る果 が, 先 の 「功 徳 を 増 益 す 」 の こ とな ので あ ろ う。功 徳 を 増 益 す る深 心 につ い て,『 智 度 論 』 巻85に は, 『維 摩 経 』 を 引 用 しつ つ, 次 の よ うに 述 べ る。 深心 とは, 衆生に於いて慈悲心 ・不 捨心 ・救 度心を得 て, 諸法中に於 いて無常 ・苦 ・空 ・ 無我, [すなわち,]畢 寛空の心を得 ることな り。乃ち仏 に至 るも仏 の想 ・浬繋 の想を生 ぜず。是れを深心清浄 と名つ く。深心清浄の故に能 く衆生 を教化す る。(大正25, 657bc) 『智 度 論 』 の 云 う深 心 は, まず 衆 生 を 対 象 と して は, 慈 悲 ・不 捨 ・救 度 の心 を 得 る こ とで あ り。つ ぎに 法 を 対 象 と した 場 合 に は, 無 常 ・苦 ・空 ・無 我, す な わ ち 畢 寛 空 の 心, 換 言 す る と仏 や 浬藥 の 想 を 起 こ さな い 心 の こ とで あ っ て, この よ う な 心 境 に 達 した 菩 薩 の 心 は, 深 心 清 浄 と言 わ れ, 能 く衆 生 を 教 化 で き る とす る。
-453-「心浄 きに随 いて仏土浄 し」 にっ いて(真 田) (54) 最 後 に, 菩 提 心 につ い て。 『注 維 摩 詰 経 』 に は, 羅 什 の説 と して 「深 心 増 広 し, 正 し く仏 慧 に趣 くを 菩 提 心 と名 つ く」(大 正38, 335c)と 記 して い る。 経 典 に 云 う 「智 慧 浄 き に随 っ て則 ち其 の心 浄 し」(大 正14, 538c)の 釈 で あ る。 す な わ ち, [仏 に成 る]智 慧 が次 第 に浄 め られ て 行 く こ とが, 菩 提 心 で あ る。 さ らに, 菩 提 心 が, 強 くな るに 随 って, 菩薩 の 心 も次 第 に 浄 め られ て 行 く。平 川 彰 博 士 に よ る と, 自性 清 浄 心 が 菩提 心 を起 こ し, 菩 薩 に 自覚 の 心 を 持 た せ る とい う(『初期大乗 仏教 の研 究』(p.200)。 す な わ ち, 自性清 浄 心 が 菩提 心 の 源 で あ り, 其 の 心 が 浄 ら か に な るに つ れ て, 菩 提 心 は, ます ます 強 固 な もの に 成 長す る。 と ころ で 『維 摩 経 』 の文 も平 川 博 士 は, 心 性 本 浄 を説 い て い るの で は な い が, しか し 自性 清 浄 心 が菩 提 心 を 持 続 せ しめ る こ とに 通 ず る思 想 で あ る と, 指 摘 され て い る(同p.212)。 『維 摩 経 』 で は, 自性 清 浄 心 を説 く よ りは, む しろ 「心 を浄 め る」 こ と を 強調 す る傾 向 が 強 い。 しか し,「 菩 薩 品 」 で菩 提 の諸 相 を 述 べ て い る 中, 無乱 は, これ菩提な り。常に 自ら静の故に。善 寂は菩提 の性な り, 清 浄の故に(R本, 大正(14, 542c) と言 う表 現 は, 菩 提 心 と清 浄 心 との 関 係 を 述 べ てい るが, 西:蔵訳 で はい っそ うは っ き りして い る。 菩提 には混乱がな く, 本性 として清浄であ り, 光 り輝 くもの として本質的に浄 らかです (長尾雅人訳)4)。 さ て, 冒頭 に挙 げ た 経 文 にか え るな らば, 若 し菩薩, 浄土を得 よ うと欲すれば, 当に其の心を浄むべ し。其の心浄 きに随 いて, 則 ち仏 土浄 し。(大正14, 538c) こ の文 は, 浄 土(=浄 仏国土)建 立 を 願 う菩 薩 の決 意 で あ る と 言 え よ う。す な わ ち, 菩 薩 が 直 心 ・深 心 ・菩 提 心 を 如 何 に 自覚 し, 修 して心 を 浄 め て行 くか の程 度 と内容 次 第 で, 永 劫 の未 来 に完 成 され る仏 国土 の清 浄 性 が 粗 悪 な もの で あ るか, そ れ と も浄 妙 の もの で あ るか, お のず と決 定 され る の で あ る。
1) sans kyi zin yons su cag par byed; sans rgyas kyi zin yons su dag par 'gyur
ro(『 イ ン ド古 典 研 究 』1, p.153)Sk.buddha-ksetra-parisuddhi 2) 大 正14, 538a・b;『イ ソ ド古 典 研 究 』1, pp. 151-152
3) Buddhist Sanskrit Tex. No. 4, p. 6 12-13
4『 大 乗 仏 典 』1, p.57;『 イ ン ド古 典 研 究 』1, p.171.21-22 <キ ー ワー ド>浄 仏 土, 心 清 浄,『 維 摩 経 』
(仏 教 大 学 助 教 授)