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特集 : 研究する動物園 9 第 22 回日本野生動物医学会大会自由集会 年 9 月 17 日 ( 土 ) ハズバンダリートレーニングにより広がる動物園での獣医療と研究の可能性 川瀬啓祐 *, 椎原春一 大牟田市動物園 福岡県大牟田市昭和町 163 [2018 年 1

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[2018 年 1 月 13 日受領,2018 年 7 月 8 日採択] 責任著者:川瀬啓祐(E-mail: k_2929_k@yahoo.co.jp)

特集:研究する動物園 9

第 22 回日本野生動物医学会大会 自由集会 3 2016 年 9 月 17 日(土) 要 約  大牟田市動物園では飼育管理の一部として多くの動物種を対象に体重測定,検温や採血に対してハズバンダリート レーニングを取り入れている。ハズバンダリートレーニングを取り入れることによって,これまで診察および検査に機 械的保定や化学的保定が必要であった霊長類や大型ネコ科動物などにそれらの保定を行うことなく,行動的保定により 採血などを行うことが可能になった。 採血により得られた血液検査値は,他園と共有することでデータの蓄積を行い, 健康管理に役立てている。また,一部の動物では人工採精のトレーニングも取り入れており,動物園動物の繁殖にも寄 与できる可能性がある。また,定期的な採血が可能となれば,薬剤成分の血中動態も把握することが可能であり,今後 の獣医療の発展に寄与できるであろう。ハズバンダリートレーニングを取り入れると多くの知見を得る機会が増える。 そういった知見をもとに多くの園館や大学との研究機関と連携,協力することが可能となれば,今後の動物園での研究 や獣医療が大きく進展するだろう。  キーワード:行動的保定,健康管理,研究,獣医療 -日本野生動物医学会誌 23(3):65-70,2018

ハズバンダリートレーニングにより広がる動物園での獣医療と研究の可能性

川瀬啓祐

,椎原春一

大牟田市動物園 〒 836-0871 福岡県大牟田市昭和町 163

はじめに

 筆者らが所属する大牟田市動物園(以下,当園)では『動物 福祉に配慮した科学的な飼育管理』を目標に掲げている。飼育 管理には飼育員側,動物側,そしてそれらを取り巻く環境と多 くの要因が存在している。その中でハズバンダリートレーニン グは動物に協力してもらい,治療行為や検査が行えるため,動 物への負担を少なくすることができる可能性がある。そこで当 園ではハズバンダリートレーニングを飼育管理の一部として取 り入れて,多くの動物たちで実践している。そこで本稿では, 実践しているハズバンダリートレーニングの中で採血,聴診, 削蹄等の受診動作トレーニングを中心に紹介する。

なぜハズバンダリートレーニングが必要か?

 動物園の動物たちは当たり前だが簡単には触らせてくれな い。少しの検査,体温測定,採血であっても,麻酔を利用した 化学的保定,スクイズケージによる機械的保定および用手によ る物理的保定が必要であった[1]。しかしながらそれらの方 法は動物及び人双方に危険がおよぶ可能性がある[2]。しかし, ハズバンダリートレーニングを行うと行動的保定と呼ばれる保 定が可能となる。Chiristman[3]によると行動的保定とはハ ズバンダリートレーニングと脱感作,オペラント条件づけの少 なくとも 1 つが,処置の実施や促進のために利用されている 状態を指す。この保定方法は動物に協力してもらい治療,検査 が行える保定方法である。そのためハズバンダリートレーニン グを取り入れると,動物と人双方に少ない負担で検査が行え, 治療や検査がスムーズにいく可能性がある。

ハズバンダリートレーニングの実践例

1)採血と聴診  採血により得られた血液検査値は動物の生理状態をよく表 し,健康管理の指標として用いられてきた[4]。動物園動物 では採血を行う場合,前述のように化学的保定,機械的保定, 物理的保定が必要であった。これらの方法により得られた血液 検査値は,麻酔薬の影響やストレスによって変動することが指 摘されている[4-6]。しかしながら,ハズバンダリートレー ニングを用いた行動的保定による採血は従来の保定方法より も,動物に与えるストレスは少ないだろうと言われている[7]。 また,トレーニングによる採血が可能となっていれば,急な体 調変化などで急遽採血が必要となったときに採血が可能となる だろう。当園ではハズバンダリートレーニングを用いた行動的

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保定により,キリン(Giraffa camelopardalis),ツキノワグマ (Ursus thibetanus),トラ(Panthera tigris),ライオン(Panthera leo),サバンナモンキー(Chlorocebus aethiops),マンドリル (Mandrillus sphinx),ゴマフアザラシ(Phoca largha),オオ カンガルー(Macropus gigantues),レッサーパンダ(Ailurus fulgens)およびラマ(Lama glama)で採血が可能となってお り(図 1),定期的に採血を行っている。これらの動物のうち トラ,ライオン,サバンナモンキー,マンドリルは日本で初め てハズバンダリートレーニングを用いた行動的保定による採血 に成功した。定期的な採血を実施できていれば,その個体の健 常値も把握でき健康管理に役立つことだろう。また,いざ麻酔 をかけるときの術前検査を行うことも可能となり,より安全に 麻酔をかけることが可能となるだろう。  先述の動物うち,サバンナモンキー,レッサーパンダ,キリ ンでは聴診も可能となっており,日々の健康管理に役立ってい る(図 2)。 図 1 採血の様子 a:キリンの採血,b:ツキノワグマの採血,c:オオカンガルーの採血,d:レッ サーパンダの採血 図 2 聴診の様子 a:レッサーパンダの聴診,b:キリンの聴診

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トレーニングにより広がる動物園での獣医療と研究 図 3 キリンの直腸検査の様子 2)直腸検査  海外では既に報告があるが,よく馴れたキリンでは直腸検査 が可能となる[8]。直腸検査を行うことができれば,エコー 等を用いての妊娠鑑定や人工授精等を行う技術につながるだろ う。当園では現在,雄キリンで実施可能となっており(図 3), 将来的には雌でも行えるようにしていきたい。 3)削蹄と爪切り  飼育下のキリンなどの有蹄類は,飼育環境の影響,加齢によ る運動不足などにより過長蹄のような蹄病に罹患することがあ る[9]。しかしながら,キリンのような大型の動物の麻酔は リスクがあることが知られている[10]。そこで,ハズバンダ リートレーニングにより削蹄を行うことが可能となれば,早い 段階で疾病を発見することができ,治療を行え,もし罹患して しまっても一定の処置が行える可能性がある。当園ではキリン の削蹄トレーニングを取り入れており,日々の飼育管理に役立 てている(図 4a)。  飼育下のライオンやトラのような肉食動物は加齢による運 図 4 削蹄と爪切りの様子 a:キリンの削蹄,b:トラの爪切り

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動不足や飼育環境の影響で過長爪に罹患することがある[9]。 当園でも高齢のジャガーが毎年罹患し,麻酔下にて処置を行っ ていた。しかしながら,ハズバンダリートレーニングを取り入 れることで,麻酔をかけなくても爪切りが可能となることが ある。当園では,トラにおいて可能となり実施している(図 4b)。 4)その他の検査  当園ではハズバンダリートレーニングにより多くの検査が 可能となった。ライオンやトラでは,ワクチン接種などのた めの皮下注射,カピバラでは妊娠鑑定のための経腹エコー検 査,カピバラ,レッサーパンダ及びサバンナモンキー等の動物 では直腸温測定,カピバラおよびケヅメリクガメ(Geochelone sulcata)等の動物では体重測定が可能となっている(例:図 5)。

今後の展望と課題

1)血液データ共有化にむけて  当園では 2015 年度,ハズバンダリートレーニングを用いた 行動的保定による採血,化学的保定による採血,また,物理的 保定による採血で約 300 検体の血液検査を行った。この血液 検査値を当園のみに留めておくのは結果を十分に利用できてい るとは言い難い。そのため,筆者らのように大型ネコ科動物に 対してハズバンダリートレーニングにより採血を行っている日 立市かみね動物園とともに,血液検査値の共有化を進めている。 現在,Web 上のクラウドを用いて血液データの共有を行って いる。今後はこの取り組みを続け,データの蓄積を行い,今後 の健康管理に役立てていきたい。 2)ハズバンダリートレーニングと今後 (1)繁 殖  現在,動物の高齢化や輸入の規制などで,動物園での飼育下 繁殖が非常に重要になっている。当園ではキリンとレッサーパ ンダにおいて,人工授精に向けた取り組みとして,まず雄にお いて,それぞれ直腸マッサージおよび陰茎マッサージによる採 精トレーニングを行っている。まだ採精まで至っていないが, 今後もこの取り組みを続けていき,成功を目指していきたい(図 6)。 (2)栄養学  動物園動物の栄養学が科学的調査の対象となったのは最近の ことであり,現在でも,優れた動物園でさえ,動物に給与して いる飼料は科学的というよりは慣行的なものによって決められ ているといわれている[11]。また,野生動物の飼料要求量に 図 5 様々な検査の様子 a:ライオンの皮下注射,b:カピバラの妊娠鑑定のための経腹エコー検査,c:サバンナ モンキーの直腸温測定,d:ケヅメリクガメの体重測定

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トレーニングにより広がる動物園での獣医療と研究 関する情報は不足しているといわれている[11]。例えば,多 くの動物園で取り入れられている大型ネコ科動物の絶食日さ え,栄養的にどのような結果をもたらすかを報告したデータは ないとされている[12]。しかしながら,栄養学は動物管理に おいて鍵となる要素の一つとされており,非常に重要な要素で もある[12]。当園では,ハズバンダリートレーニングを用い た行動的保定により,採血や体重測定を定期的に行っている。 ここから得られた検査値をもとに給餌量の変更や見直しを行っ ているが,今後は,大学等の研究機関との連携をより深め,栄 養生理学的な観点からも探求していきたい。 (3)獣医療  動物園の獣医療はまだ分かっていないことが多い。例えば, 多くの動物で薬剤成分の血中動態のデータも少ない。当園のよ うに定期的な採血が行うことが可能となれば,これらの調査も より進むのではないかと考えられる。これらは当園だけではな く,多くの園館や大学などの研究機関との協力,連携が重要で あり,そうすればより一層調査が進むのではないだろうか。ま た,尿の理学的及び化学的検査なども動物園では定期的にでき ないことが多い,しかし,ハズバンダリートレーニングを用い るとこれらの検査も可能となるかもしれない。そして,今後は 動物種に適した検査が行えるようなハズバンダリートレーニン グを取り入れていき,動物の健康管理に役立てていきたい。ハ ズバンダリートレーニングが広がることで多くの知見が得られ るであろう。今後の動物園動物の獣医療の発展に期待したい。

最後に

 ハズバンダリートレーニングはあくまでも,飼育管理の一部 でしかない。動物を物理的に保定しなくてはいけないとき,麻 酔をかけなくてはいけないときは必ずある。ハズバンダリート レーニングを取り入れることは治療の選択肢を広める働きがあ ると筆者らは考えている。キリンの削蹄をしなくてはいけない とき,「麻酔をかけて実施する」,「ハズバンダリートレーニン グを用いて実施する」,このどちらも選択できることが動物園 の獣医療には必要なのではないのだろうか。今後の動物園での 研究,獣医療の発展が進むことを切に願っている。

謝 辞

 本稿は大牟田市動物園の取り組みを本自由集会で紹介したも のであり,日々の飼育管理を行っている飼育員一同に深謝する とともに,多くの協力と情報を提供してくれる動物たちに感謝 する。また,血液データ共有に関して,快く協力いただいてい る日立市かみね動物園の皆様に厚く御礼申し上げる。

引用文献

1. 林 輝昭. 1997. 哺乳類の捕獲・保定. 新飼育ハンドブック動 物園編 2(日本動物園水族館協会飼育ハンドブック編集委員 会 編), pp. 64-71. 日本動物園水族館協会. 東京. 2. 橋崎文隆. 2014. 捕獲・移送技術. 動物園学入門(村田浩一, 成島悦雄, 原久美子 編), pp. 80-83. 朝倉書店, 東京. 3. Christman J. 2014. 哺乳類の物理的捕獲, ハンドリング, 保定. 動物園動物管理学(村田浩一, 楠田哲士 監訳), pp. 45-56. 文 永堂出版, 東京. 4. 吉田高志, 鈴木絹江, 清水利行, 長文昭, 本庄重男. 1986. メス カニクイザル(Macaca fascicularis)の血液性状におよぼす ケタミン麻酔の影響. Exp Anim 35: 455-461. 5. 佐藤 博. 1986. 乳牛における血液成分とその栄養生理的意 義. 日畜会報 57: 959-970. 6. 山田稲生, 高橋秀之, 大石浩之. 1989. 子豚における鼻保定採 血の各種血液成分に及ぼす影響. 日獣会誌 42: 855-858. 7. Hosey G, Melfi V, Pankhurst S. 2011. Box 13. 3 トレーニン

グ を通して何を達成できるのか. 動物園学(村田浩一, 楠田 哲士 監訳), p. 503. 文永堂出版, 東京. 8. Bush M. 2007. キリン科. 野生動物の医学(中川志郎 監訳), pp. 613-621. 文永堂出版, 東京. 9. 七里茂美. 1995. 哺乳類の病気. 新飼育ハンドブック動物園編 1(日本動物園水族館協会飼育ハンドブック編集委員会 編), pp. 107-110. 日本動物園水族館協会, 東京.

10. Hosey G, Melfi V, Pankhurst S. 2011. キリンの麻酔. 動物園 学(村田浩一, 楠田哲士 監訳), p. 423. 文永堂出版, 東京. 11. Hosey G, Melfi V, Pankhurst S. 2011. 給餌と栄養. 動物園学

(村田浩一, 楠田哲士 監訳), pp. 427-468. 文永堂出版, 東京. 12. Baer CK. 2014. 栄養. 動物園動物管理学(村田浩一, 楠田哲

士 監訳), pp. 97-123. 文永堂出版, 東京. 図 6 レッサーパンダの陰茎マッサージによる採精トレーニン

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Possibility of Veterinary Care and Study at the Zoo Spreaded by Husbandry training

Keisuke KAWASE*,Shun-ichi SHIIHARA

Omuta City Zoo, 163, Showa-machi, Omuta, Fukuoka, 836-0871, Japan

[Received 13 January 2018; accepted 8 July 2018]

ABSTRACT

 We adopt husbandry training for measurement of body weight and body temperature, and blood collection into many animal species as the rearing management at Omuta city zoo. Adopting husbandry training, it has enabled, by only behavioral restraint, the medical examination and examination of the primates and big cats without the mechanical and chemical restraints. Hematological and biochemical values were shared with an another zoo. So that we made good use of health control by stored data. Some animals were incorporated in sperm collection. Therefore, husbandry training has possibility to contribute to the breeding of zoo animals. If regular blood collection is possible by husbandry training, we are able to understand the blood kinetics of drags. So that, it may contribute to the development of the veterinary care of zoo animals. Taking in husbandry training, it could increase to get many knowledges. If we cooperate with research institutes based on these knowledges, the study and veterinary care of zoos will be developed.

 Key wards: behavioral restraint, control, health study, veterinary care

-Jpn J Zoo Wildl Med 23(3):65-70,2018

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