【岡山ダルク】
〒701-4244 岡山県瀬戸内市邑久町福中477 TEL 0869-24-7522 FAX 0869-24-7523 《Eメールアドレス》 o k a y a m a - d a r c @ key.ocn.ne.Jp ~贖罪寄付に関しては受け付けをしています~薬 物 ・ ア ル コ ー ル 依 存 症 回 復 支 援 施 設
岡 山 D A R C 通 信
トップニュース 1 仲間からのメッセージ 2 仲間からのメッセージ 3 仲間からのメッセージ 4 活動写真 5 活動報告 6 岡山家族会ぴあのお知らせ 7 献金報告・お願い 8目次
『 素晴らしい仲間たち 』
未来をあかるくする会おかやま代表 吉岡 創 岡山DARCの皆様には、本当にお世話になっております。私の 本業はキリスト教会の牧師ですが、20年以上前より岡山少年 院、岡山鑑別所、そして現在は岡山刑務所において教誨師とし ての働きをさせていただいております。 この働きにおいて痛感させられることは「孤独と死の問題」 です。孤独が生み出す様々な犯罪。そして人間関係における 死、社会の中での死、そして加害や自らの手による死。それら が大きく問題の中に横たわっています。 5年前、岡山DARCのことを知りました(それまでDARCが 岡山にあることを知りませんでした)。ちょうど薬物に関する 相談を受けておりましたので、早速電話をし、千坂代表とお話 しする機会を得ました。この件を通し、DARCの方々の丁寧な 対応と相談に対する的確なアドバイスにとても感銘を受け、 千坂代表とDARCの方々に対する良い印象が心に残りました。 3年前、未来をあかるくする会おかやまが誕生し、県下の 青少年に呼びかけ薬物乱用防止キャンぺーンをまず行うことと な り ま し た。こ の と き「千 坂 代 表 と 岡 山DARCにお声かけを させていただこう」と思い立ったのです。早速代表に連絡した ところ、すぐに快諾をいただき、以来、熱心で強力な、そして 私たちの趣旨をよく理解した上でのご協力をいただいておりま す。 実のところ傷つき過去を背負う協力者ほど、現在苦しんでい る当事者の支えになる方々はおられないのです。DARCの皆様 が、私たちの主催する行事に参加してくださり、その赤裸々な 体験を分かちあってくださることで、当事者たちがどれほど励 まされることでしょうか!本当に感謝の思いが尽きません。 これからもどうぞよろしくお願いいたします。一緒に光を 灯してまいりましょう!素晴らしい仲間であり理解者である DARC関係者のお一人一人の働きが、岡山に光を灯すことを 私は信じます。そして天来の祝福をお祈りいたします。2
(3フェーズ)
『 依存症のカメです!』
カメ
こんにちは、依存症のカメです。6月梅雨に入りました。毎年この 時期に入る前に冬物、ライダースジャケットを丁寧に拭いてから防虫 剤や除湿剤などと共に岡山ダルクの屋根裏(倉庫)に収納しています。こ の時期は特に湿気によるカビに注意して毎年やってます。 10代の頃、ガソリンと言うパンクバンドを組んでモヒカンにしてい ました。バイト代を握りしめて、東京の上野までライダースジャケッ ト を買 いに 行っ たの を今で も覚 えて いま す。週 に2 回ス タジ オに 入り、ギターのアンプの上でコカインを使っていました。もともと 洋楽やファッション、サブカルチャーに憧れ、兄のジャケットを改造 したり、父の革ジャンに鋲を打ち付けて着ていました。海外のパンク スや、アーティストがクスリを使っているのも当たり前だと思っていました。月1回、埼玉県内や都内のライブハウスで ライブをやるようになり、ギターを背負ってクスリをキメてステージに上がっていた。もともと大人しい性格なので、 ステージの上で表現するにはクスリがどうしても必要でした。そして影響されたアーティストに自分を投影してギターを 叩き壊していた。自分が何に対して情熱を燃やしているのか?何者なのかが分からなくなり、24歳の時に自殺未遂をし た。投影した結果だった。その後も、目的が分からないまま転々として生きていた。何も変わらなかった。時間だけが 過ぎていった。 岡山ダルクに繋がって4年になりますが、12stepやフェローシップを通して沢山の事を学ばせてもらいました。 ステップ4、5をやった時に、誰にも明かさなかった過去の行動の事実をスポンサーに明かしました。それまで引きずっ ていた地元の友人の事や、罪悪感などが自分の中から取り除かれたような気がしました。 少しづつ施設生活が楽しめるようになり、部屋長やNAの役割などを通して、先行く仲間に伝えてもらった経験を新しい 仲間に伝えています。日々、ステップ6,7の実践をする中、自分の問題と向き合い、MTや相談で明かしています。 アドバイザーからの提案で、ビックブック必読のページを毎日読んでいますが、欠点が出ると心を閉ざし妄想の中で 仲間を裁き、周りが信じられなくなります。ハイヤーパワーに全てを委ねるのはとても難しいのですが必読のページを 毎日読み続ける事で、自分の意志では上手くいかないことを認めています。 6,7の実践や祈り、黙想を通して、自分には劣等感が強くいつも心の中がざわざわしていた事に気付き、呼吸を意識し て生活するようになりました。食事の面でも体に必要な物をよく噛んで食べる事で内側からの変化を楽しんでいます。 心のざわつきはなくなり、とても落ち着いています。仲間とのフェローシップを楽しみ、よく笑い、今を楽しむ事が出来 るこの施設やプログラム、代表やスタッフにはとても感謝しています。 アドバイザーが言う「ありのままの自分」でいる為に、今日も『依存症のカメです!』と自分を明かします。読んで いただきありがとうございました。
ティー
初めまして、依存症のティーです。今、ニュースレターを書きながら昔の事 を振り返ってます。実家は自営業をしており、3人兄弟の長男として生まれ ました。 高校生の頃、よく停学になり親に怒られた事があります。高校を卒業と同時 に、友人と当時流行っていたローライダーのチームを作り、よく駅に溜まった り埼玉、東京に遊びに行ってました。 覚せい剤との出会いは、19歳の夏頃だったと思います。地元の古河駅に いつものように溜まっていると、イラン人がいたので興味本位で声を掛けると マリファナ、覚醒剤をすぐに売ってくれました。初めて使った時、こんなに ハイになれるモノがあるのだとびっくりしました。何年か使い、気が付けば 逮捕されました。警察がガサ入れに家に来たとき、親はびっくりしたと思いま す。「まさかうちの子がと」。 保釈金を積んで裁判までのあいだ自宅にいるとき、母親の悲鳴が聞こえ風呂場に行くと血まみれの父親の姿がありました。包丁でざっ くり腕を何か所も切り付けてありました。目にした瞬間、泣き崩れながらまだ意識のあった父親に謝りました。病院のICUに入っている 間、何回も祈りました。助かりますように…と。先生が出てきて「お亡くなりになりました」と聞いた時頭が真っ白になりました。自分 が覚せい剤に手を出さなければこんなことにはならなかったのに、と自分を恨みました。 その後、覚せい剤には手を出さないと決心しましたが、依存のすり替えでアルコール処方に依存していき、気が付けばまた家族を めちゃくちゃにし、友人も裏切り、いつの間にか生きる意味も無くなってしまいリストカットをしました。 生きることも死ぬことも出来なくなり17年前、母に連れられ茨城ダルクに入りました。当時、岩井さんに「お前は病気だ、いずれ 死ぬぞ」と言われたのを覚えています。入寮を決めた次の日、茨城は地元だから駄目だと言われ磐梯ダルクに行ったものの、仲間との クスリの使用がとまりませんでした。このとき、今の施設長のチーさんとの初めての出会いでした。生活の中で違い探しがとまらず、 「俺は社会でやっていける」と思い施設を出ました。 その後、何年か社会で生活したもののまた潰れ、岩井さんに電話をし助けを求めました。1人で秋田ダルクに行けと言われ新幹線で 秋田に行ったのを覚えています。秋田ダルクではクリーンものび、施設でスタッフ研修をしないかと言われ、一緒に講演に行ったり、 2人で飛行機に乗り、ダルクフォーラムに行かせてもらったのを覚えています。いつの間にかそんな生活にも慣れ、治っちゃた病にかか り、NA会場から1人で飛び出しました。 あれから10年近く社会で生活してきましたが都合の良い職場を見つけ、アルコール、処方を使い続け、周りを巻き込み、色々な問題 を起こして現実から逃げてきました。昨年5月に大阪で生きることがどうにもならなくなり、気が付けば1人になり岩井さんに『もう 限界です」と電話をしました。「心配するな」と優しい言葉をかけてもらい、今岡山ダルクでプログラムをしています。1回病気が出て 施設を飛び出し、アルコールを飲んでしまいましたが代表に「また1からやります」と言い、また仲間とプログラムをしています。色々 ありましたが今は自分の回復を信じ、日々今日一日の生活をしています。 代表のチーさん、スタッフのQPさん、仲間の支えがあって今の自分がいます。自分に対しての恨みの感情はなかなか手放せませんが プログラムを通して治していきます。岡山ダルク、鳥取ダルクの仲間、いつも共に回復の道を歩んでくれてありがとう。4
(2フェーズ)
『岡山ダルクに繋がって』
アツシ
こんにちは、依存症のアツシです。今回、岡山ダルクで初めて ニュースレターを書くことになりました。 自分は、北海道で生まれました。小さい頃から柔道を始めて 子供の頃は柔道に励んでいました。中学生の頃は北海道大会で 準優勝など良い成績を残しました。でも、中学3年生の頃から アルコールを親に隠れて飲む様になりました。週末になると、 友人の家に泊りアルコールをを飲んでました。 高校の頃にはシンナーにも手を出しました。匂いがきつく親に 何度も怒られましたが、なかなかやめられませんでした。社会人 になり、ますますアルコールを飲むことが多くなりひどい日には休みの日は朝から酒を飲んでいました。自分 ではコントロールして飲んでいたつもりでしたがうまく飲むことが出来なかったと思います。毎日夜遅くまで 酒を飲み仕事も二日酔いで行くことが多かったです。 アルコールのせいで仕事も色々と変えました。なんの仕事についても、酒が原因で辞めることが多かったで す。23歳の頃には、酒を飲み彼女とケンカになり、普段ではしないことなのですが酒を飲んでいるせいで気持 ちが大きくなり殴ってしまいました。結果、刑務所に行くことになりました。バカなことをしたと思います。 刑務所に2年半服役し出所するのですが、酒で服役したのにも関わらずまた毎日酒を飲み続けてました。若い 頃より飲み方がひどくなっていました。ビールだけでやめようと思ってもコントロールがきかずに焼酎も飲ん でべろべろになるまで飲まないと気が済まないと思っていました。その後、自分の生活がどうにもならなく なってしまいました。飲酒運転でも刑務所に行って、とうとう自分がどうにもならなくてダルクに繋がりまし た。 ダルクに入って最初はこんなことやって意味があるのかなど、色々と不満がありましたが、今ではミー ティングやスポーツのプログラムを楽しんでやれる様になりました。悩みがあるときは仲間に相談もできる し、一人ではありません。仲間と共に回復出来ることに今は感謝します。 岡山ダルクに入寮して4ヶ月程が経ちますが、今まで親や友人にもかなりの迷惑をかけてきたので、ダルク で、酒や薬をとめる努力をして社会に出ても人間らしい生活が送れるようになりたいです。 皆さん、今後ともよろしくお願いします。最後まで読んでいただきありがとうございました。
月一レクでカラオケに行きました。
鳥取・岡山ダルク・岡山家族会ぴあ合同鳥取県「雨滝」観光
鳥取・岡山ダルク合同で 自主的に邑久町内清掃をしました。 鳥取・岡山・九州ダルク合同で カウンセリング神戸を行いました。6
平成29年
5月
活動報告
平成29年
4月
1日 NAワークショップ(福岡市 市民福祉プラザ) 参加 2日 〃 5日 岡山県精神科医療センター内ダルクミーティング(メッセージ) 8日 岡山家族会ぴあ 9日 NA中国エリア花見フェローシップ 参加 11日 岡山ダルク内 ヨガプログラム 12日 岡山県精神科医療センター内ダルクミーティング(メッセージ) 15日 岡山県精神科医療センター家族会(ひだまりの会) 18日 岡山ダルク内 ヨガプログラム 19日 岡山県精神科医療センター内ダルクミーティング(メッセージ) 20日 瀬戸内市ボランティア連絡協議会 26日 岡山県精神科医療センター内ダルクミーティング(メッセージ) 26日 未来をあかるくする会おかやま 会議 29日 鳥取・岡山・九州ダルク カウンセリング神戸 30日 〃 5日 鳥取・岡山ダルク合同ソフトボール大会 9日 岡山ダルク内 ヨガプログラム 10日 岡山県精神科医療センター内ダルクミーティング(メッセージ) 13日 鳥取・岡山ダルク、岡山家族会ぴあ合同フェローシップin鳥取 14日 鳥取・岡山ダルク カウンセリング神戸 17日 岡山県精神科医療センター内ダルクミーティング(メッセージ) 20日 岡山県精神科医療センター家族会(ひだまりの会) 24日 岡山県精神科医療センター内ダルクミーティング(メッセージ) 28日 福田地区コミュニティセンター代表者会議 31日 岡山県精神科医療センター内ダルクミーティング(メッセージ)