部 落 問題 と差 別意識 との関連 につ いて
序 「部落 問題」 といえば,「
今 時そんな ものはみ られない」,「
民主主義の世 の中に差別 なんて考 え られない。 それは部落民 のひがみであ る」等 と大抵 は答 え る。 また,次
の よ うに答 え,
この問題 か ら逃避 した り,正
面 か らと りあげ ることを さけた り,
自分 と全 く無 関係 な問題 で あ る とす る考え 方 や態度 を とる人 が極 めて多い。すなわ ち,「
差別 意識 を も ぅてい るのは少数 の限 られ た人 々にす ぎないゆえ,そ
っと しておけば時がたつ につれて 自然 に解消 して しま う」,「
差別 され るの は部落 の もつ様 々な低位 の生活か らくるのだか ら,そ
の改善 向上 が問題である」等 々であ る。 それでは,現
在 わが国にどれ位部落 が存在 す るか とい うことを,
どれ ぐらいのひ とが知 っている で あろ うか。民主 国家 といわれ るわが国 に, 6千
におよ本部落 があ り, 5百
万 の人達 が不 当な差別 と圧迫 を受 けてい ることを,ど
れ くらいの人 が知 っているであろ うか。 そ して同時 に,そ
う した差 別圧 迫 があ りなが らそれに対す る怒 りを封 じ られた り,差
別 を差別 と してつかむ ことが 出来 な くさ れて い ることを。 「 機 多非人等 ノ称被 廃候条,自
今身分職業共,平
民 同様 タルヘキ事」 これは,明治4年
8月28日に明治政府 が発布 した大政官布告64号,いわゆ る「解放令」 であ る。)。 そ して政府 の この「解放令」 は文字通 り「機 多非人等 ノ称」 を廃止 したに止 ま った もので あ り,そ
れ は多 く政府 と しては一厘 も金 のかか らない「解放」であ った。 いや,そ
れ どころで はな く,江戸 時 代 には隷属 の代償 と して「諸役免除」であ ったのに,解
放 の代償 にあわよ くば「諸役」 も一般 なみ に負担 させ ようとい う極 めて政府 に都合 のよい「解放」であ ったのである。更 に,明
治政府 は,封
建 制 の最大 の犠牲者 ともい うべ き部落民大衆 には一厘 も与 え ることな く,む
しろ封建 時代 に付与 さ れ て いた最低 の生活保障 (部落民 の皮革取扱 の特権等)を
奪 い とることによ って「解放」 したので あ る。 ここに,わ
れわれは明治政府 の「 解放令」の欺肺性をは っき りと認識す ることが 出来 る。 し か も この よ うな空虚 な「解放令」は「 名称」を さえ廃止す ることも困難であ った。 とい うことは, このよ うな強制力を もたぬ一片 の法令が, 5百
年来 の身分制下 に形成 され た一般 国民 の差別意識 を 解 消せ しめることは不可能 に近かか った。例 えば,奈
良県 で見 られ たよ うに一旦解放令を部落民 に 達 したの ち,「
あれ は五万 日延期 された」 とい ったよ うな欺肺的な手段 でその効果 を抹 消 して部落 民 の待遇を改 めなか った例が多か ったの。 そ して このよ うな思想 が地方農村 の封建 的な上層階級一 85 臣 ]具 歳 國臣 86 般 のものであった し
,維
新政府の人民支配がこれ ら上層階級一般 によって行われたもの で あ る 限 り,身
分解放の意義が徹底 させ られるはずがなか った。すなわち,明
治政府が行なった幕藩的身分 制度の廃■Lは決 して真 に人間平等をつ らぬ く人民階級の立場 に立 ったものではかった。ゆえにかれ らは天皇の下 に新 しい貴族制をつ くり出 し,農
民 にたいす る封建的搾取をつづけると同時に,農
村 か ら低賃金労働者を生み出す政策を とった。 この政策のなかで,封
建時代の被差別身分であった部 落住民の完全解放を怠 り,最
低の労働者,農
民者 として部落を温存 したのである。それゆえに名 目 としては封建身分の廃止を うたった解放令が,百
年以上た った今 日にいた ってもなおその目的を達 しなかったばか りか,む
しろ差別は強化 され,巧
妙 に利用 されつつあるといえる。すなわち,為
政 者の意図は部落を解放す ることではな くて,細
民を部落 に追込み閉 じ込めることによって,部
落を 再編成す ることにあった(3), とぃ ぅことになる。 しかも一般労働者,農
民は,
このような為政者お よび資本家によって搾取 され支配 されているにもかかわ らず,そ
の支配 に甘ん じて共 に闘 うべ き部 落民 に対 して差別意識を温存 しているのが現状である。私は,本
稿によって,現
在の一般民の差別 意識の温存状態を調査結果 により明 らかに し,そ
の不当性を追求 し,差
別解放の一助に したいと思 う。 「 解放令」については,「
部落」 (71, 8号)が
行な った「特集 e解放令百年」を参照 藤谷俊雄「 明治解放令の本質」,P167
同■1, p207 工,部
落 の 一 般 概 況1,全
国の部落数 と部落人 口 部落 は,北
海 道 をのぞ いて,ほ
ぼ 日本全国 に散在 してい るが,そ
の分布 の仕方 は一様ではない。 近 畿,瀬
戸 内,北
九州 な どの諸 地方 に,よ
り多 く集中 し,東
北や北陸,そ
れ に九州南西部 な どには 比較的少 な くな っている。 こ う した部落分布 の事実 を どうみ るか,と
い う点 が先ず 問題 になるが,一
応次 の よ うに理解 すべ きで あ ろ う。 近世 の差別 的な身分制度 は,原
則 的 には,幕
藩体 制下 において,封
建領主 によ って民衆 を分裂支 配 させ る必要 か ら作 られた とい ってよい。横山勝英 は,そ
れを次 の ごと く述 べている。 「 部 落 が形成 され,長
い間差別 され続 けるのは,部
落 が単 に封建権力 に対 して少数者 集団であ っ た とい うことだ けで はな く,近
世封建制,特
に幕藩体制 における封建 的秩序 の維持 とい うことと密 接 に関連 した社会 的機能 を もって いたか らであ る(1)。 」 徳 側 切 0部落問題 と差別意識 との関連について 更 に横 山が指摘す る如 く
,近
世初期 には,皮
革 生産 とい う軍事 的機能,秩
序維持 の機能 のため, 主 と して城下 町を中心 に賤民部落 が作 られ,ほ
とん ど全 国画一 的に分布 していた。 ところが近世 中 期 にな ると,農
工生産 力の発展 および農業・ 工業・ 商業 の社会 的分業 がすすむ につれて,封
建支配 が ゆ るぎだ して くる。 そ こで商品生産 の発展 した畿 内・ 瀬戸 内海沿岸 な どでは,ゆ
らいで い く農民 支 配 を強化 して い くために,没
落 して い く農民 を賤民身分 に再編成 しなが ら,部
落民 に警察 的機能 を もたせ つつ,身
分差別政策が強め られてい った。 ゆえに,近
畿,瀬
戸 内海 沿岸 な どの地方 で は, 部 落 がよ り広範 に,
しか も高 い密度を もって分布 してい った といえ よ う。 さて,部落解放 同盟 の綱領 は「 全 国に散在 す る6千 部落5百
万 の部落民 」 と述べ て いる。 この数字 は都市 な どに流 出 してい る部落民 や2, 5戸
の小 さな部落を合 めた もので あ り,私
は実数 250万 人 前後 と見 ている。 そ こで全 国的な論査 のあとを辿 ると,第
一 表 の示 す通 りである。 これ は,明
治以 降現在 にいた るまでの約百年 間の,部
落戸数,人
口の推移を しめ したものである。(2) 明治初年 のものは太政官が各部 落 に命 じて報 告 させ た もので,そ
の 内訳 は税 多459′450人,非
人55′ 259人 で あ り,
明治 15年 の内訳 は 機 多 445,995人,非
人77′558人 で あ るが,脱
落が非 常 に多 い。 しか し,一
応 粥治初期 の状 態 とみ るこ とがで き る。 また,1962年
すなわ ち昭和42年 のものは,内
閣 の同和 対策審 議会 が「 当該地方 において 一般 に同和地区で あると考え られ ているもの」を対象 として,行
政機関を通 しておこなったものであるが,同
審議会 も認めているよ うに実際の数値をかな り下廻 っている。その上に,
自治体当局が調査報告を拒否 した り,特
に,都
市部落の場合部落の地域が どんなに膨張 しても,当
局がかた くなに部落地域を固定 して,は
みだ し た部分を切 りすてている場合が多い。それゆえに,た
しかに,
この表 によれば,近
代百年の間に, 部落人 口は約2倍
にふえていることにな り,
この間のわが国の人 口が約5倍
にふえていることか ら 考えると,部
落人 口は減少の方向をたどっているといえるが,実
際にはそうではないことが分 る。 更 に,地
域別部落人 口の変動を指数で示 した第二表をみてみよう。(3) これによると,今
日の部落の分布状況が,近
代以降大 きく変 っていることが分 る。すなわち,近
畿地方および九州地方な どの増加が著 しく,約
5倍
の増加率を示 している。 このことは,資
本主義 の発展にともない人日の都市集中という法則が部落にとっても例外でないことを しめ している。従 って,現
在み られ るところの部落分布のかたよりは,資
本主義の発展 とともにいっそう助長されて 第一表全国部落戸数 (世帯数
)人
口の推移二
菖
芹
\
ミ
J部
落数
1′刊15′045 1′0681502臣 第二表
地域別部落人 口の変動 (指数) お り
,馬
原鉄男 が述べ るごと く,極
論す れ ば,資
本 主義 の も とで再編成 され た分布 の姿 を しめ して い る(4), ともいえよう。2,鳥
取 県 にお ける部落の一般概況 第二表鳥取県部落戸数 (世帯数
)人
日の推移 鳥取県 の同和地 区は,第
二 表 に あ るよ うに97,人
口25′651人 で あ り,こ
れ は全 国都道府県 中第4位
で ある。 (昭和42年 総理府調)こ
の全 国四番 に位す る精密 な分布を 見 て も,本
県 にお け る部 落 問題 が 見 す ごす こ との 出来 な い重要 な も ので あ ることが分 る。 また,第
1図を見ればわか る様 に本県 の部落 の分布 は,小
部落多 在 の傾向にあ り,さ
らに東部偏重性を しめ しているということが出来 る。 これをよ り細か く見てみ ると,部
落の県内分布は,東
部52地区,中
部25地区,西
部20地区となってお り,特
に東部に密集 し ているが,部
落数5地
区以上を含むのは鳥取市,郡
家町,河
原町である。 さらに人 口か らみて1000 人以上の部落民を有す るのは,鳥
取市,河
原町,八
東町,
赤崎町となっている。 部落の集落規模 1ま,50世
帯以上の部落が59地区,こ
の うち400世帯以上の大集落を形成 しているのは14地区 (200世 帯以上のマ ンモネ集落を形成 しているのは2地
区)と
な っている。なお10世帯未満の小集落はわず 148.7 1解.4部落問題 と差別意識 との関連について
図
1鳥
取県同和地区の分布
集会所指導事業 1 団体
育 1 86…同和地 区数 5′472…同和地区世帯数 125′る51…同和地区人 口 4.4…同和地区人 口 割合
(%)
郡家町 郡家町 。東伯町 郡家町 東伯町 郡家町 東伯町 東伯町 東伯町・ 大山町 赤崎町・ 溝 口町 鳥詈君き目葺路 :箱 品辟 鳥取市 。米子市 富罫蟄き菜季平 :告 祟解 船岡町 。大栄町・ 溝 口町 鳥取市 。大栄町 。大山町 岩美町・ 郡家町・ 智頭町 東伯町 東伯町・ 大山町 森宴器 :企 牌器.馴
町 東熔議V江
府町・ 米子市 ・ 大栄町 岩美町・ 用瀬町・ 大栄町 。日南町 国府町 。岩美町 江府町 。日南町 酪岡町・ 日南町 。江府町 認 ヲ 苺 ψ 40 4︲ セ 文 部 省 委 嘱 事 業 の 実 施 市 町 村 (注)1.
¶地区4世帯未端の場合は含まず。2.
■は委嘱事業を実施 した地区5.
県教委社会教育課調べ,同
和地区概況は県厚生援護課調べ(S42.1,1現
在)に
よる。 か に16地 区を数 え るにす ぎない。 ところで,鳥
取藩 にお け る部落の支配体制 は,他
の諸藩 にはみ られ ない特殊 なものがあ った よ う で ある。宇 田川宏 の研究 によれば,鳥
取藩 にお いて弾左衛 門の役割 を果 したのは田ノ島村 の孫 次郎 (職名 で あ って個人 名ではない。 田ノ島村在住 の部落民 よ り選任 された)で
あ り,他
の部落 におけ剖為
μ
聖一
田 正
3 一 209 一 858 一 0 ・ 9構棉
帯ぱ
討 ﹁
曝樫
6 8 7一田
h
︲3 一 777 一 328〇 一 6 . 5 倉吉市 八 東 町 ′ // 4
一2︲2
一
︲ 078
一画
伊 お = 3 一4 6 一22 4 一蜘畑
型54
一240副
一
2 一 74 一 30︲ 一 2 . 3臣 真 歳 る代表者 た る判頭 または組頭 は
,一
方 で は,そ
れぞれ の村 の庄屋 の支配を うけ ると同時 に,部
落特 有 の業務 につ いて は,孫
次郎 の統制 に服す るとい う二 重組織 にな って いた。機 多頭 た る孫 次郎 の職 務 は,第
一 には,「
御運上 白皮五十一枚 の取立」であ り,第
二 は刑罰等 の死体 の処理 であ り,第
二 は,馬
綱 の取立,そ
して,第
四は,仲
間 出入 の取捌 きで あ った とい う。(4)さ
らに当時 における部 落 民 の一般 的な業務 は,刑
場事務 の下働 き と,斃
牛馬処理 と皮革加工 にあったが,
このほかに渡守 と,そ
れ に関連す る川舟運送業 に従事す る部落 もあ った とされ る。 また,楡
多 は,単
に刑場 の下働 きの ご とき職務 の ほかに,鉢
屋 や非人 とともに,警
察 的 な業務 を も果 して いた と考 え られ る(5)。 また,鳥
取県 で は,現
在 あ る97部 落 の うち,幕
末 以後分村 の形 を とって新部落 を形成 した ものが 約 半分を しめて いるといわれてい る。 そ して,そ
の大半が,池
田藩 の新 田開発政策,お
よび明治以 降 の地方地主 の開 田事業 に使役 させ られて,そ
のその まま土地 にいつ いた ものであ る。 ここでは, ほぼ三期 に分 けて,東
部 か ら中部 にかけての部落移動が行 なわれてい る。 まず第一期 は安政年間の 藩 の入百姓奨励 に応 じた もので,東
部 の因幡地方 内部 で分村形 態 を とった近距離移動 が行 なわれて い る。次 の第二期 は文久年 間以後 の ことで,や
は り囚幡地方 を移住元 として,
こん どは,中
央 の東 伯地方へ の遠距離移動 にかわ った。 そ して,さ
い ごは,明
治 か ら大 正 にか けて地方 地主 の潅漑工事 にや とわれて倉吉周辺 に移動 し,い
わ ゆ る開田部落をつ くってい る(6)。 さて,現
在 の鳥取県部落 の職業構造 をみてみ ると,零
細 な第二種兼 業農家 ない しは土工 。日雇 い 労務者 な どが殆ん どで ある。本県 では,本
来部落 に特有 な地 区 ぐるみ の部落産業 といわれ るものは 見 当 らない。 か ってはそのころの主産業であ った農業 か ら疎外 されて いた し,近
代 にいた って は近 代 的労働者 か らはみ出された不安 な 日雇 い労務者 とい う存在 にあ り,そ
して そのあた りに生活の根 本 で あ る経済 的安 定 とい うものの欠 如 が見 られ る点 に問題 が あ る といえ る。 生 活保護世帯 と税金滞納 問題 が部落 に集 中的であるとい う事実 は,や
は り部落 の貧 困性を赤裸 々 に物語 っていて,上
の事実 によ く即 してい る。 ちなみ に昭和57年度 中学卒業者 の高校 進学率 をみ る に,全
県平均 は75%で
あ るのに,部
落 出身 の中学生 で は55%と
い う低 さにな ってい る(つ。 最後 に,昭
和58年 2月に松崎で開かれた同和教育講習会 の分科会 における発言 の中で,部
落問題 研究所 の東上高志 は本県 におけ る部落問題 の捉え方 と して五つ の特徴を しめ して い るが,参
考 と し たいので掲 げてみ る。 第一 は,次
のよ うな例 があ る。 あ る園芸組合 の慰労会 で,部
落 の人 と一般 地 区の人 が酒 を飲 む と い うことがあ った。 その時 にあ る人 が,部
落 の人 に向 って こうい うことを言 って い る。「 あなたは 部落 だ とい って差別 され気 の毒だ。 こうして一緒 に酒を飲 むの も気兼 ねをす るん じゃないか。 しか し,今
日はそんな ことは気 に しないで酒を飲んで くれ。」 第二 は,
こ うい う例であ る。 あ る小学校 の6年
生 の担任 の場合 で あ る。卒業す る前 の 日に,
自分 の クラスで子供達 にこうい う発言を してい る。「 この村 には一種 の違 った人 はいなか った。 しか し 中学校 へ行 くと一種違 った人達 がい るか ら気をつ けよ。 」 これ は中学校へ来 てか らど うい う人 がい部落問題 と差別意識 との関連について
91
るのかな とい うので発言 して問題 にな った実例である。 その次の例 は鳥取市 の例であるが,市
内の あ る高等学校 の2年
生 が,「
あん た らはなんば勉強 して もええ とこへ は行 けんね。」 とい った。 こ の ことを従弟 の1年
生 の子 に伝 えた。す ると,
この従弟 の子 が原因不 明の 自殺を した。 そ こへ高校 の先生 が行 って,私
が そんな ことを言 ったな どと言 わないでおいて くれ と発言 してい る。 第 四の例 は,部
落 のお父 さん が言 われた ことであるが,「
私 の娘 は職場 で恋愛 して結婚す ること にな った。なん とか結婚式を あげさせ てや りたいと思 った。相手方 も結婚 は許 して くれそ うな様子 な ので,相
手方 に話 しに行 った。 その時相手 は次 のように言 った。『結婚 は認 めよ う。 しか し私 は 式 に正 式 に参列す ることは出来 ない。私が正式 に出席す ると,親
戚 の古 い人達 か ら義絶 されて しま うか ら。』 こうい って この ことを断わ られた。」同 じく結婚 の ことにか らんで倉吉市 の例 がある。 部 落 の人 か ら話 された ことであ る。「 私の兄 の子で今年26才 にな る子 が家 か ら40米 位離れた所 の人 と恋愛 した。 ある 日す ぐ来 て くれ とい うので驚 いて行 ってみ ると, 2, 5人
の人か らひ どい折檻 を 受 けて い る。 またあ る時 は,夜
の2時
か5時
頃逃 げて来 た ことがある。 こうい うことが2, 5回
あ ったのであ るが,
この娘 の決心 は堅 く,結
局両親 が相談 して他 の土地 に逃 が した。」 とい うのであ る。 第五番 目の例 は,あ
る谷間 の小学校 の例であるが,毎
年1人
か2人
しか入学 しないよ うな非常 に 小 さな学校である。冬 は雪 が積 って 1ケ 月 くらい学校を休 まな くてはな らない。 そ こで集会 が持 た れ,教
育 委員会へ行 って隣の小学校 にかわれ るよ うお願 い しよ うではないか とい うことで交 渉 に行 ったそ うだ。す ると教育委員会 では こうい った とい う。「 冬 に一週間や10日休 まな くて はな らない とい うことでは理 由にな らない。 しか し,あ
なた方 が こう して来 るところをみ ると他 に理 由があ る ので はないか。」おそ らく教育 委員会 の頭 の中には差別 の ことがあ ったのだ ろ う。 そ こで次のよ う に説 明を した とい う。「 今表面 だ った差別 とい うことでお願 い してい るので はない。 しか し子供達 が学校 で充分勉強が習えない とい う状 態が,将
来就職や進学 が 出来 ない とい うも っとも大 きな差別 にな って くるのではないか。 私たちは,言
葉 や身振 りの差別 よ りも,
こ うして勉強が出来 ない こと の方 を大事 に考えて いる。 この ことが差別 だ と思 う。」 とい った ら,教
育 委員会 では,「
あ あそ う ですか」 といって転校を許可 した とい う。 以上5つ
の例をあげたが,一
つ一つ考えてみ ると非常 に大事 な ことがい くつかあ らわれて い る。 第 一 の例で述 べた組合 の慰労会 で今 日ぐらいは差別 のことな ど気 にせず酒を飲みな さい と言 った こ とは悪意で言 ったわけではない と思 うが,そ
の中には,こ
の県 内にお ける 日常の差別 の状 態が どの よ うな ものであるかを よ くしめ して いると思 う。 あ るいは,部
落 の もの との結婚 の場合 に,式
に出 席 したいが皆か ら村八分 にされ るか ら式 には出ない とか,
こ うい った ものの中に鳥取県 の部落問題 の非 常 な深 さとい うものを認 め ざるを得 ない。部落 に対す る間違 った考え方,差
別 意識 が温存 され て い るとい うことであろ う。次 に,
これを具体 的 に見てみたい。臣 真 一 歳 国 92 (注) (引 横山勝英イ未解放部落の社会構造的意味
J関
西学院大学社会学部紅舞 第知号,P102
鬱)こ
の表は,馬
原鉄男および鈴木二郎の珠の2論文から作製したものである。 馬原鉄男「部落の動 噛,pp絡
∼静 鈴木二郎「現代の差別と偏見」,P55
0)馬
原鉄男「伺上」,70
催)宇
日川宏「 鳥取県における新部藩の形成J「
部落」..69号,昭
靴,26
150 宇田川宏「 口上Jl,27
161 宇日川宏「 同上,,,28-52
t71〔
同和地区進学生徒数】 業 数 卒 者 全 日制 国公立 定時制― 酪 立 全 日制 私 立 定時制 私 立 高 専蓉
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一 獅
427 454 495 25一駆
742 7523
一﹁
一1
一 8
485 541 67,7 4刊.2 60.5 鳥取県教育委員会「同和教育資料」,.54部落問題 と差別意識 との関連について Ⅲ
,鳥
取 県 の差 別 意 識 状 況 今迄,鳥
取県 における一般的部落概況 についてみてきた。そこで次 に,鳥
取県の一般地区民の差 別意識を より具体的に検討 してみたい。 これか ら検討す るものは,東
郷町教育委員会より委頼 され て行なった「東郷町民意識調査」の一部である(1)。1,調
査対象地域の概観 東郷町は鳥取県のほば中央 に位 し,総
面積46′55km2に
及び,東
は泊村,青
谷町,南
に二朝町, 倉吉市,北
西は羽合町に隣接 している。近隣都市 までの距離は,本
県の県庁所在地である鳥取市 ま で50.2km,西
部の商業都市米子市 まで51.8km,中
部の田園都市倉吉市 までがワ.クkmで
ぁる。 第四表東郷町の人 口 。世帯の推移 また
,昭
和28年 の人 口調査 によ ると東郷町の人 口は8′746人 で鳥取県総人 口600′477人 の4.4%を
しめ,当
時 121市 町村人 口順 位 は,
鳥取市95′858人,
米子市62′555人,
倉 吉市49′る77人,智
頭 町 15′445人,二
朝 町11′172人,青
谷 町40′045人 に次 いで7番
目で あ ったが,昭
和40年10月 1日 現在 の 国勢調査人 口によ ると東郷 町の人 回は8′044人 とな り鳥取県総人 口579′851人 のア。24%で
,県
下 市 町 村 の うち人 口順 位 は24番 目で あ る。 これは昭和55年 国勢調査人 口8′55る人 と比 べて512人 の減少を示 し,減
少率 は6%で
あ る。 東郷 町 は先ず昭和26年 5月 1日 東郷村,松
崎村 が合 併 して東郷松 崎町が生 まれ,次
いで昭和28年 4月 1日 隣接す る舎人村,花
見村 の5ケ町村 が合体合併 して町名を東郷 町 と して新発足 した。 そ し て現在,田
畑二 区 とい う未解政部落が存在 してい る。 これ は,東
郷村 に合 まれ る故,昭
和26年 以来 東郷 町 の未解放部落 と して存在 していることにな る。真 歳 国
2,調
査 方 法 図2.調
査 地 点 .・′
│■1田
:韻
i:│ 調査 は次 のごとき方法 によ って実施 された。 第一 に,調
査 の対象 は,年
令別 に選 ばれ た男女で あ り,調
査方 法 と しては,調
査票を使用 した個 別面接法 によ って行 なわれた。 第二 に,標
本 の抽 出は, 2図
にあるよ うに,大
き くは松崎地 区,舎
人 地 区,東
郷地 区,花
見地 区 の四つ に分 け,更
にそれぞれ る地点, 7地
点,10地
点, 6地
点 と合計29の 調査地点を も うけた。 そ して,夫
々の人 口比 において標本数を割 り遊てた。 第二 に,調
査は調査者 が直接面接す るとい う方法を とり,被
調 査者 の「 たて まえ」的解答 と「 ほ んね」的解答の両方を出来 るだけ収集す ることに した。︺酬
織
♪ V 儀部落問題 と差別意識 との関連について
95
なお,本
稿は,調
査報告ではないので,
具体的な調査数値を全てあげることは しない。 ここで は,又
,間
われた質問全ての数値をあげることも出来ない。 ここでは,直
接,差
別について問 うた もののみをあげて考察す ることにす る。3,東
郷町民の差別意識状況 先ず,部
落差別の事実 について,い
かに多 くの人が見聞きしているかを問 うた結果をまとめると 第五表のよ うになる。 第五表-1
差 男ι事 実 に つ ヤヽて 一 性 男J (%)(N)
全 体 48。4溢劇
1 2 1 5 舎 人129.5
1.
差別事実を知 っている2.
差別事実を聞いた ことがある 5。 知 らない 28.7 “ 。9 28.2 全 体 42.5 この表 よ り先ず指摘 出来 ることは,約
70%ま
で が,部
落民 が現実 に差別 されて い る ことを知 って い るとい うことである。 また,
同和地 区「 田畑2区
」 に近 い所 ほ ど知 って い るとい うことも,
東 郷,松
崎 の両 地 区が約80%の
ものが4・2を
あげて い る ことによ って明 白で あ る。特 に,東
郷 地 区 男子および松崎地区男子が,「
知 らない」 と答えたものがわずか,19.9%,16.4%し
かいないこと は,い
かに現実 に,部
落民が差別 されているかを示 したものである。 さらに,
これを年令別 にみる と表5-2の
よ うになる。 東帥
郷1 48.5
一脚
48 刊21 61 80 510 118 61 87 100.0 1 515 21.5鞘 陽
臣 国 表
5-2
差 別 事 実 に つ い て 一 年 令 別 (19∼24才女一鞠
51.1 55.2 緯1112
舎 人 1 16.71 55。 5 5(%)│(N)
5Cl.0 100.0 東 一/ 頻 一 24.2 57.9松 崎
1 50.01__空
二
! 4 里1型
1褐
ワ 45。4生
│フ
'1悟
身
1寺1寺
100.0 56 59.5 51.1 57.8 20.4鋏
舎 人 東 郷 松 崎 100.0 100。9東 郷
│
る2.51 12.51 25.01 100・
01
認 松 崎 1 29。41 17.61 55.01 4C10。91_47
花 見140,9115。
る145,51100,0
男 12.2 17.5了
1 27.5 全 体 1 45。 7 別 (女)I A
BICIDIE
一 2 . 0 一 2 . ︲ 一 1 . 5 一AIBIC
3.9 1 12.5奪
│零
│ 部落問題と差別意識との関連について 年 令別 で顕著 な ことは,16∼
24才 位 までは, 未 だ知 らな い ものが40%近
くい る と い うこと と,25才
か ら44才 位 の ものが一番 よ く知 ってい るとい うことである。特 に,松
崎,東
郷両地 区 で は,25∼
44オ 位 の人 は,約
80%以
上 のものが 部落 に対す る差別事件 を 目に した り,聞
いた り して い るわけである。 そ こで,い
かな る事実 を 見 聞 したかを 間 うたのが,表
6-1表 6-2で
ある。∽
lω
結婚差別 言葉・ 行動が変 ってい る 刊9。 1C,四
つ,賤
称,新
平民D,人
種が違 うE,就
職差別F,そ
の他 (よく覚えてい ない) 15。4 100`0 100.0SQ2,
性DIEIF
6i91
59.7 1鞠一帥
一櫛
一鞠
49,1 55。9 1.8 5.る 1.るSQ2,
A B 舎 人1 44.4
東 郷1 56.6
赫
│――
―
―
―
i;:;:│:│― 花 見1 55.8
全 体1 55.0
4 7
一 “
一 騒
2.0︲00.0
一側
100.0 η3.5 フ.1 9.4 1.0臣 真 歳 国 98 表 る
-2
差 55.7 55。9 46.7 職 実 事 5.5 4.4 15.5 5.5 7.0 42.9 100.0 刊00.0 lCXl.0 刊5.8 102 lCIl.0 18 学 14.4 15.4 54.2│∽ lω
自営商工業主 78.0 57.9 農・ 林・ 漁業 59。2 58.2%.5
100.0 16。7 20.8 100.0 この表 よ り,先
ず顕著 な ことは,部
落差別事象 と して必 らず 出て来 る結婚差別(54.4%),就
職 差別(44.1%)「
賤称 を言 う」(8.5%)が
,
ここで も差別事件 のほ とん どを 占めて いるとい うこ とで あ る。特 に部落差別解消 の最大 の難事 といわれ る結婚差別 が,同
和地 区 との距離 の遠近 を間わ ず 高 い とい うことは,部
落解放 が ほ とん ど行 なわれて いない ことを示 して い る。 この結婚 差別 につ いて は後 でふれ ることにす る。第二 に,表
6-2を
見 てみ ると, 2つ
の事実 に気がつ く。 その一つ は,労
務職 (会社・ 官公庁等 の労務 的職業従事者,大
工等 々)が,部
落民 は言葉・ 行動 が一般 地 区 民 と異 な るとす る者 が多 い ことで あ る。 も う一つ は,学
生 が「 賤称 」を使 うことを よ く聞いてい る とい うことで ある。(26.5%)。
す なわ ち,こ
れ は学生 同士 が「 誰 々は四つだ。新平民 だ」な どと 言 って い ることを示 して い る。差別意識 を植 えつ け られ る第一源泉 は,家
族,第
二 は近隣,第
二 は 学 校 といわれてい るが,こ
の数字 は この ことを顕著 に示 して い る。答 えて い るものの中に,母
親 か ら友達を選ぶ際の注意 と して聞 いた ものが多か った こともこの ことを物語 って い る で あろ う。 ま た,Dの
人種 が違 うとい う,い
わゆ る異人種説 が未 だ残 ってい ることは,
この地域 の未解放性 を示 して い る。 中には「 豊臣秀吉 が朝鮮征伐 した時,加
藤清正 がつれて帰 った捕虜 の子孫 と聞いた」 と 答 えて い る人 までいた。 ところで,
この考 え方 が どれほ ど間違 って い るか は,今
で は中学生 にさえ 寸旨摘 出来 ることである。すなわち,
日本民族 は複合民族であること,部
落民 は封建 領主 によ って作 られた もので あ ること等 か ら今 で は この説 を真面 日に取 りあげ るものはいない といわれて い る(3)。 に もかかわ らず,この誤 った考 え方 が未 だ存在 して い ることは,いか に支配者 が巧み に流布 したかを 物語 って い る。すなわち,
この「 異人種起源」説 とい うのは,明治 の支配階級 が,当時植民 地 と して 差別 され,国民 自身 も劣等種族 かのよ うに思 い こまされていた朝鮮人 を もち出 し,その人達 と同 じ人 種 だか ら差別 されて も しかたがないのだ と,部
落 の差別 を合理化 し,同
時 に朝鮮人 に対す る差別 を 半 永久的 に固定化す るために持 ち出 した もので ある(4)。 そ して,い
かな る理 由をつ けるにせ よ,身
部落問題 と差別意識 との関連について 分 によ る差別 もデ人種や民族 による差別 の合理化 も決 して許 されない ことにもかか らず
,
日本帝国 主義 は,
この2つ
を関係づ けて,更
に徹底 した差別 の合理化を行 こな って きたわけであ る。 次 に就職差別 につ いて少 しふれてみたい。部落 に対す る半封建的な身分差別を利用 した国民 の基 本 権 にた いす る侵害 は,就
職差別 にも っともす るど くあ らわれ る。 よ く若年労働力が不足 して い る 今 日,部
落 の子 を差別 して採用 しないな どとい うことは考 え られない とい う人 がい る。 これは とん で もない間違 いで ある。第一 に,就職差別 は,他
の差別 と異 な り,国の労働力政策,資
本 の雇用政策 とも直接・ 間接かかわ るだけに,時
代 とともにその あ らわれ方 にい くぶんかの変化 はあるが(5),事 実 と して就職 差別事件 があとを たたない こと(6), 第二 に,就
職差別事件 とい うのは,就
職差別 の全 体 か らみれば,永
山の一角 とい うぐらいに しか表面化 しない こと,第
二 に,就
職差別 がお こる前 に 学校 の就職指導 の過程で,部
落 の子 を と らない企業 は始 めか らさけ られて いることな どか ら(7), 表 面化す るものは ご く限 られて い るわけで ある。 それゆえに,表
6-1・
2に
お いて も,思
ったよ り 少 い といえ る。 さ らに,就
職差別を明 らか にす ることは,同
時 に,部
落 出身で あ る ことを公 表せ ね ばな らず,現
在 のよ うに半封建 的な身分差別 の きび しい中では,組
織 的 な文 えが あ り,か
つ個人 的 にも部落 の解放 につ いての見通 しを もっていない限 り,
それは大変困難 な ことで ある。 それゆえ に,就
職差別 はた といわずか しか表面化 しな くて も,全
体 の傾向な り,本
質 を代表す る「 典型」 と して重視す る必要 がある。 さて,次
に,
このよ うな差別事件 につ いて いか に考 えるかを間 うた ものが,表
7で
あ る。 表7,差
別 事 実 に つ い て の 意 見Q5,
性41∽
44.1 45.6 刊00.0 花 見 21.6 18。4 49 255 全 体 56.6 55.6 100。0SQ5, 14
別 (女) (N)鈴
舎 人1器1斜
144.0140.0陽際
1瑞
陪
1,ま
ったくけしからんことだ2,仕
方のないことだ5,あ
た りまえのことだ 4, わか らなヤヽ孵
1目
票疇需
1甲
隠
△ 人 44.1 郷 44.5 72.5 67.4 11.8 5.9 5。9 東 松 崎 2.0 全 体1雨 1覇 │万 1言
11阻
0防
臣 真 歳 国 この表 をみてみ ると
,先
ず 第一 にお どろ くべ きことは,「
たて まえ」の論 と して,多
分90%位
は1の
「 ま った くけ しか らん」 とい う意見 にな ると仮 定 して いたの に,51%し
かいなか った とい うこ とで あ る。特 に女性 が花見地 区をのぞ き,松
崎地 区を筆頭 に42.5%し
か,
この「 たてまえ論 」 さえ 表 明す るものがな く,逆
に,松
崎地 区で は, 2の
「 仕方 の ない ことだ」の方 が多 くな って しま って い る。(46,7%)こ
の「 仕方 のない ことだ」 とい うの は,
日本人特有 の「 長 い ものにはまかれ ろ」 式 の考 え方 ととれ るか も しれない。 しか し,私
は,
これ は完全 に差別 であると断定 出来 ると思 う。 何 故 な らば「 仕方 がない」 とい うのは,「
差別 されて も仕方 が ない」 とい うことで あ り,更
につ き つ めれ ば,「
部落民 とい うの は差別 され るべ きもので あ り,私
も差別 をす る」 とい うことにな る と 恩 う。す なわち,「
ほんね」 と して は, 自分 が も しそ う した情況 に出会 うな らば,当
然差別者 にな る, とい うことを表 明 したもの といえよ う。 そ こで,こ
う した事実 が残 ってい る理 由につ いて間 うた所,表
8の
よ うにな った。 表3,差
別 事 象 残 存 理 由HIII」
(%)
(N) 10,5 1る ∼ 18 18,8 12.5 19 ∼ 24 27.5 25 ∼ 59 14.0神
1奪
8.5 一b O ′ 1.9 6.0 12.5(%)
(N) 18.8 100,0 塑 43.2 4.6 9.1 4.る 14.0 40 ∼ 44 5。8 7.51 45 ∼ 49 フ.8 9.8 50 ∼ 59 5,8 7.5 η5。η 100.0 60才以上 11.5 15。2 8.7 10.9 10。9 100.0 種 々の理 由があげ られたが,私
はそれを,次
の10種類 に分類 し,表
を作製 したので ある。す なわ ち,固
昔 の職 業 によ る,(B)昔 か らの意識 の残存,(Cl集 団煮識・ 集団結合 が部落民 は強い,lDl風 習, (E)徳川封建制の身分差別 の残存,lFl政 治,9部
落民 の ひがみ,lHl人 間 の偏見,(I)部 落民 の悪 さ,(J) そ の他,の
10種 類 で あ る。 これ らを,そ
れぞれ簡単 に見 てみよ う。 先づAの
「 昔 の職業 によ る」 が,や
は り相 当強 く出てお り,特
に老人 にこの意見が多 いのは全 国 6.5 21`7 15。2 4.5添刊
AIBICIDIEIFIG
11.5 1 10。2 1刊.51 9.19.512.5
11.5 1 5,7 11.81劉.6 15,7 1 5.9部落問題 と差別意識 との関連について 共 通 で あろ う。 いわゆ る,これ は「 職業起源説」 とよばれ るもので ある。 すなわ ち,部落民 はいや し い職業 に従事 して いたがゆえ に差別 され る
,
とい う説 で ある。 ここでい う「 いや しい仕事」 とは, 動 物 を殺 した り,そ
の皮を はぎ,皮
の加工 をす ることを さ して い る。 いわゆ る四つ足 の動物を とり 扱 う仕事 に従事 して い る所 か ら,部
落民 を いや しめて,「
四 ツ」等 とい う差別語 も作 られて きた。 しか し,果して皮革産業 に従事 して いたか ら,部落民 は差別 され るよ うにな ったので あろ うか。歴 史 的 に検討 してみ ると,
これ は間違 いだ とい うことが分 る。す なわち,わ
が国 において も,奈
良朝 時 代 にお いて は,神
の祭 りに天皇 も貴族 も平民 も牛馬を殺 して食べて いることは 日本書紀 に記 されて い る。 この ことか らも明 らかなよ うに,「
いや しい職業」 に従事 したか ら,「
いや しい人」 にされ た とい う説 は成 りたたない ことにな る。 そ うではな くて,同
じ人間の中 に支配す る者 と支配 され搾 取 され る者 の別 が生 じ,支配す る者 が 自か らの支配をゆ るぎない もの にす るために,身分 の差別 を作 ったので ある。 そ して,身
分 の高 い ものは苦 しい肉体労働 をせず,被
支配者 のみが労働 を強制 され て きた。 ここか ら,人を支配す る仕事,精
神 的労働 は「 尊 い」,肉
体 労働 は「 いや しい」 とい う考 え 方 が作 られたので ある。 中で も,特
に苦 しい危院な不快 な仕事 は,一
番身分 の低 い もの にお しつ け られ,遂
に,一
定 の職業 と一定 の身分 が結合 されたのである。 ゆえ に,「
いや しい職業」があって 農 民 が出来 たので はな くて,人
間 に「 尊 い人間」 と「 いや しい人間 」の差別 をつ くり,「
いや しい 人 間」のす ることは全て「 いや しい」 と考 え させ られて きたので ある。すなわち,「
論理 の逆転現 象 」で あ る。 しか し,現
代社会 において も,
この考 え方 は強 い。 ここに,現
代 の差別 が生 き残 る基 本 的な関係 が あると思 う。 これはBの
意識 の残存 にも通 じるもので ある。 さて,問
題 は, C,D, G, Iで
あ る。 これ は全て,「
部 落民 の側 に,差
別 されて も仕方 がない 面 を持 って い る」 とい う論理 で あ る。 われ われ は部落差別 を語 る時,「
いわれな き差別」 とい う言 葉 を用 い る。 しか し,
これ は半面 の真実 しか伝 えていない言葉 で もある。す なわち,部
落民 に とっ て は「 いわれな き差別」であ るが,部
落差別 その もの には「 いわれがある」わ けで ある。換言すれ ば,部
落差別 は,「
部 落 が存在す るゆえ差別 が存在す る」 もので あ る。「 住みたい所 にも住 めず, 就職 も出来 ない,
自由な結婚 も出来 ない」よ うな,人
間 と して の権利 を保障 されて いない者,こ
れ が部落民 で ある。 た しか に,未
解放部落―― そ こには差別 されて も仕方 のない生活 が 営 ま れて い る。 しか し,正
確 に言 えば,営
ま されて い るので ある。「差別 は実 態の反映であ る」 といわれ る。 す なわ ち,人
間 の心 の 中の差別 は生 活実態か ら生れて きた,
とい う意味で ある。 ゆえに,差
別 の本 質 は,人
間の心 の中の観念 と して の差別 よ りむ しろ,厳
然 と して存在す る差別 の実 態で ある。 集団 結 合 を強 め ざるをえな い よ うな,低
位 の生活,こ
れ が部落差別 の一切を支 えてい る根 本 な の であ る。 同様 な ことは,「
偏見 」 にもいえ る。「 偏見 とはなにか」 とい う間 に対 して,多
くの学者 が多様 な規定を下 して いる。 あるものは,くくpre‐iudgement''と
規定 し,ま
た あるものは,「
社会 的規範 によ って否認 された態度」 ともい う。K・ ヤ ングは「 その対象であ る人 々に対 して,Stereotype
臣 真 歳 国 102 の名前や レ ッテルをは りつ ける傾 向の ある誤謬 を合んだ分類概念」 と規定 して い る(a)。 これ らの規 定 は
,偏
見 の もつ特徴を指摘 してお り妥 当な もので あろ う。 しか し,よ
り包括 的な もの と して は, G・W・
オル ポー トの規定 があげ られ る。彼 は次 の よ うに規定す る。 「 偏見 とは ある集団 に所属 して い るあ る人 が,単
にその集団 に所属 して い るか らとか,そ
れゆえ にまた,そ
の集画の もって いる嫌 な特質 を もって い ると思われ るとかい う理 由だ けで,そ
の人 に対 して 向け られ る嫌悪 の態度,な
い しは敵意 ある態度 」なので ある。(9) それで は,何
故人 は偏見 を持 つので あろ うか。偏見 の心理 は複雑で ある。 ここでは,米
山俊直 が 指摘す るよ うに(10), 偏見 の主 要要 因 としての5つ
の心理過程を提 出す るに止 め る。す なわ ち,偏
見 は,「
憎 しみの転位 と投射」,「軽蔑 による劣等感の補償」,「無 意識的行動 の投射」 とい う5つ
の心理過程 の継続 の結果生ず るといえよ う。つ ま り,(a)人 間の心 にひそむ敵意や憎 しみが,あ
る特 定集団に転位 され,い
)他者が 自分 より下位 にあると思 うことによって,自
らの劣等感か ら逃避 しよ うとす る軽蔑・ 騎 りがその特定集団にむけられる。そ して,(C)無意識な様 々な不都合でいまわ しい 衝動がその集団に投射 され,ま
さにいまわ しいimage=pretudiceを
つ くり出す と考え られ る。 そ して,こ
の偏見が差別意識をつ くり出 し,差
別事件をひきおこしているといえる。 しか し,上
記 の ことか ら切らかなように,や
は り,偏
見が生れるということは,そ
こにそのよ うな実態があると いうことであり,
ここにも,差
別事実の存在が先ずあり,そ
れに対 して偏見が生 じることになる。 以上のものは,東
郷町における部落差別の事実 とそれに対する一般地区民 の態度を検討 したわけ である。次 に,部
落差別の内で,も
っとも難事 といわれ る結婚差別 についての意識を検討 してみた い。Q5は
,そ
の ままここに質 問を提示 してみ る。Q5
こんにちの世間には,本
人同志がその気 になっていても,相
手が同和地 区の出身であるか らといって,親
や親戚が結婚 に反対 している事実が少な くないようです。 あなたが親であればどうしますか。4
結婚は本人同志のことだか ら,子
供が結婚 したいといえば 結 婚 さ せ る。2
自分 としてはどうしても結婚 させない。5
自分はよいが,親
戚や世間のてまえか らいって,で
きれば結婚 しても らいた くない。4
わか らない。 結果 は表9と して提示す る。部落問題 と差別意識 との関連について 表9, 別 (男)
11215
結 婚 差 別 に つ い て21541∽
47 119 松 崎 歪 刊5。9 88 12.5 127.5 1 18.7 57.7 1 13.0 1 29。 2 1 15.1215141∽
14.5 28.る 55.4 12.乙 54.7 原 住 者 (女) 20`8129。 2 1 lCCl.0 21.51閉。刊125.91100・0 100.0 刊00.0 100.0 100.0セ
一 ぉ
一 似
一 矧
Q5,
来 住11215
い
一
︲ 7 。 ︲
一
︲ 9 。4
一略
一障
”
一卵
一4︲
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一40
. 0一
狸
41∽
lω
陣
一7
. 0
(%)│(N)
舎 人 東 郷 松 崎Q5,原
住 者(鉢
19.0 29.7 100.0 花 見 51.9 21.ワ 100.0臣 1 数別 2 1∼ 5
│∽
(N) 舎 人 55.5 9.7 29.0 25.8 東 郷 57.2 17.9 24.4 20。5 78 松 崎 41.9 52.5 12.9 12.9 花 見 5Cl。0 η5。3 20.7 lCkl.0 58隆別 \
男 45,7 16.5 17.4 92 女 57.7 18.9 25。6 19.8 100.0 1酪 全 体 41。4 17.7 22.2 198111215141∽
lω︲5
一 “
一 “
一 ︲ 5
一 ︲ 2
一 宙
髯
1量
蜘
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一
57. ︲
︲ 2. 4
一翻
一騨
工
盤
【女) 5 100.0 1 4∽
一
︲ 0 0 ・ 0
ω
一 ︲
事務職 51.4117.6 労務職 45.2 1 1る。1 25,8 12.9 51 自由業蜘
│ 25.0 25。0 llll,0 4 商 主節上節
26,7 6.7 15 ・ 林・ 業 │ 55。1 52.2 15.2 学 生 5玩71個
.7 59.5 28 無 職 20。も 1 26.5 55.5 17.る 68管
一
2 ︲. 7
一
︲ 0 。 5
Q5,
職 業 別 (全体) 65.2 1 る.5 59。5 128.る 55。7 47.4︲ 5, 7
一和
一審
部落問題 と差別意識 との関連について
Q5,
年 令洪
舎 人11
140.01215417)
る。71る
。71Ъ
.61 100.0 (N)1 15
東 郷 28.6 17.9 52.1 21.4 松 崎 47.る 9.5 19.1 25.8 100.0 21 花 見 57.5 8.5 41,7 24生別 \
男 44.2 ワ.5 25.5 25.5 45 女 15.る 15.る 全 体 57.5 11.4 19.5 区 1 2 5 4(%)
(N) 舎 人 55.5 4る。7 つ と 東 郷 41.4 10.5 17。2 フ Э つム 松 崎 08.0 4 花 見 つ ム 45,4 男 10.5 15.8 24.2 100.0 女 7.4 44.4 つた 全 体 8,9 12.5 55。9工浪
年 イ │コ 討 労u 1 2 (25∼ 1 5 4(%)
(N) 舎 人 28.6 28,6 28.る 100.0 1 14 東 郷 55。2 η3.9 55.1100.01
フ 松 崎 25,0 40.0 刊00.0 1 20 花 見 5.5 24。 1100,01 29
男 56.7 12.2 ψ.7 100。0 1 49 女 27.5 21.6 55.5 lCEl.01 51 全 体 52.0 100。01100
器
1器
1器
︲5 一 58 一 20 57.0 1 7.5 1 100.0 57.8 20,0 44.4 14.8 1 26.0 1 14.8│ │―
互
1亜1亜
1巨
排
1器1誹1瑞
臣 真 歳 国
Q5
年 舎 人 東 郷 松 崎 花 見 15,1 11.1 12.0 6.9 戦前 の ことだが,内
務省 の統 計 に よる と,全
国 で毎年一千件近 くの差別問題 が起 きた ことに な って い る。 もちろん これは,「 事件」と して間 題 にな り,表
面化 した ものの数 ゆえ,表
面化 し なか った ものを加 え ると,多
分 この十 数倍 にな るで あろ う。 そ して,こ
の中で一番 多 いものが 結婚差別 で ある。結婚差別 のた め に 自殺 した例 も毎年数 えきれないほど生 じて い る。有名 なも の として は,「
悲濤」を残 した福本 ま り子 の 自 殺 が あ る。 この部落差別 の恐 ろ しさを,
も っと もよ くあ らわ して い る結婚差別 意識 につ いて, 全 体 表 ワによ って みてみたい。 先ず,男
女別 か らみて い こう。 ここで は,表
か ら明 らかな よ うに,や
は り,女
性 よ り男性 の方 が 差別 意識 が少 い ことが分 る。すなわち,女
性 の うちで も,特
に東郷地 区,松
崎地 区 において は, 2
の完全 な差別者 が26.0%,52.5%と
他 の もの よ り多 くな って い る。 そ して全体 と して みて も一応4 の差別 しない とい うものがわずか57.7%し
かな く,実
に62.5%の
もの が差別 意識 を持 って い ること を示 してい る。 また同和地区 との物理 的距離 が,差
別意識 といかに関連す るかを よ く示 して い るの が,「
来住者 (地 区別)」 で ある。す なわ ち,舎
人地 区,花
見地 区が,40%以
上 の人 が差別 意識 を 持 たないの に対 し,東
郷地 区,松
崎地 区で は70%か
ら75%の
人 が差別 す ると答 えて い る。 次 に,修
学年数別 に見てみ ると,修
学年数 によ って さほ ど差 はな いので あるが,た
だ女性 のみは,修
学年数 が長 くなればな るほど, 2の
絶対差別 が多 くな って いる点 が特徴で あるだろ う。 さ らに職業別 の表 をみてみ ると,管
理職,
自由業 が60%位
は差別 しない と して い る。 もちろん, 数 が少 な く,た
て まえ としての解答で はあ るが,
これ に対 して,問
題 は,事
務lPa(64,4%),
自営 商工業主(60.7%),農
林 漁業(64,5%),無
職(76.5%)と
い う差別意識 の存在 で ある。特 に山 陰農村 の閉鎖的姿 を示 して い るのが,
自営商工業 主で あ り,農
業者 で ある。 ことに,農
業従事者 が52.9%の
ものが,世
間 のて まえ,親
せ きの手 まえ,か
ら差別せ ざるを得 ない とい う所 に,深
こ くな 問題 が ある。 また,学
生 の半数 以上 が,差
別 意識を も って い る ことをみ ると,鳥
取県 にお け る同和 教育 が,い
か に行 なわれていないかを示 して いる。年令別 で も同様 な ことが言 えよ う。 これ らの表 か ら分 った ことは,男
性 よ り女性 が,若
者 よ り,い
わゆ る壮年層 が,同
和 地 区か ら離 れ た所 に住 む者 よ り近 い所 のものが,差
別 意識 を よ り強 くも って い ることで ある。 そ して,
こと結 婚 の問題 につ いて は,ほ
とん どの ものが差別意識を ある程度残 して い るので はなかろ うか。 「 他 の差別 はだんだんな くな って い るが,結婚 だ けはまだ残 って い る」 とい う人 が割合 いた。 しか しこの考え方 は根本的に間違 って い る。何故な らば,結
婚 の問題 は,単
に二 人 の男女 が結合す る, 100.0(%)│(N)
100,0 刊00.0 100.0 lCIl.0 100.0 100.0 男 60.0 55.0 44.4 5η。2 45.2而
lπ
―――…――――-1-器
│ヂ
柁部落問題 と差別意識 との関連について とい う単純 な問題ではな く
,結
婚 の問題 こそ,同
対 審答 申にい う実 態的差別 と心理 的差別 が も っと も あ らわ に表 出す る問題 だか らで ある。 第 一 に,就
職差別 によ って,近
代的な職場 に入 ることが出来ず,定
職を持 ち得 な い と した ら,す
なわ ち,生
活 の安 定 がな けれ ば,結
婚 な ど考 え ることも出来 ないで あろう。 そ してそれが,そ
の ま ま結婚 の条件 の悪 さとな って あらわれ る。 第二 は,部
落 につ いて の差別 が,国
民 の中に根深 く植 えつ け られて いることで ある。 と くに部落 差 別 は「 生 れ」 によ る差別で あるだけに,結
婚 の場合 に とりわけきび しくあ らわれ る。 第二 に,
日本 における結婚 問題 の特殊 な事情 が加 わ る。現在,
日本 の結婚 は,敗
戦 以後,家
と家 との関係 か ら,表
面 的 には個人 と個人 との関係 にな って い る。 しか し,「
閏閥」 とい う言葉 が社会 性 を なお残 して い るよ うに,現
在 で も社会 的な地位 を越 えた結婚 は,ま
だ まだ少ない といえ る。す な わち 日本 では,結
婚 その ものが,き
わめて階級 的 。社会的な制約を受 けて いるといえ る。 そ うい う 日本社会全体 にある,結
婚 の機会 の不平等 が,も
っとも深刻 に部落 にの しかか って い ると見て よ い。 以上 の5点
か ら見 て も,結
婚 にだ け差別 が残 存 して い るとい う意見 は明 らか に誤 りで あろ う。 次 に,も
う一つ の問題 は,結
婚 におけ る差別 は,部
落 の人 々に とってだ けの不幸ではな く,国
民 全体 の不幸だ とい う問題 が忘れ られていることで あ る。 例えば,東
郷 町民 の意見 の中に多か った も の として,「
結婚 をす る場合 には義絶 す る以外 にな い」 また は「結婚す る場合 には,
この土地 でや るので はな く,何
処 か遠 くで挙 げて,そ
こで生活 して ほ しい」 とい ったものがあった。 この場合 の 結婚差別 は,二
人 ともこの土地では夫婦 と認 め られない もので あ り,三
度 と故郷 にも どれ な い こと を意味 して い る。 しか も,生
れて くる子 どもは,ま
た差別を受 けることにな る。 それで は,
逆 に,
差別 をの こりえて,
結婚 を成 立 させ た例 はな いか といえば,
徐 々にで は ある が,確
実 にふ えて はい る。 そ う した場合特長 的だ な と思 われ る点 と して,東
上高志 は次 の5点
を あ げて い る(1つ。 第一 にそ う した結婚 は例外 な く,部
落解放運 動 や 同和教育運動 に支 え られて成立 して い ること。 第二 に例外 はあるが,比
較 的組織 労働者 同士 の場合 は うま く運 んで い ること。 第二 の特 長 は,二
人 だ けの問題 として とらえず,社
会 問題 と して とらえ,社
会 的 に問題 を 明 らか に し,社
会 的 に と り くむなかで,部
落 問題 の認 識を かえて い く,一
大教育運動 に して い って い る こ と。 こ う した ことか らもわか るように,結
婚 の問題 は,部
落 が どれ ほ ど解放 されたかを はか るバ ロメ ー ターだ とい って よい。 その点か らいえば,鳥
取県 の部 落 は,ほ
とん ど解放 されて いない とみて よ いで あろ う。 もちろん,結
婚 が成立 したゆえ部 落 が解放 され るので はな く,憲
法 に保 障 して い る, 「 両 性 の合 意 のみ」 によ って結婚 が成立す るべ く,部
落 の人 々に対す る市民 的権利 が保 障 され,
と りわ け,就
職 や教育 や意識 にお ける差別 がな くなれ ばな くな るほ ど,そ
れ に正比例 して結婚 の問題コ
08
国 歳 も解決 してい くにちがいないか らである。いわば結婚の問題は部落を解放する全体の事業の進行度 を社会的に認定す る「 ものさし」だと考えるべきだろう。 表10-1
「 差別はけしか らぬ」X結
婚差別 表10-2
「 差別は仕方 のない こと」×結婚 〔SQ5-4〕
X
∽lω
100.0 56.0 100.0 ηO.5 59。9 57.5 表40-1は
差別 事象 を否定す る人 が結婚差別 をいか に と らえ るかを表 わす もので あ り,表 40-2
は差別事実 は仕方 のない ことだとす る人 が,結
婚差別 を いか に考 え るかを表 わ した もので あ る。先 ず 表40-1が
示 して い る数字 は,差
別 を「 たて まえ」 と して否定 してい る人 が多い とい うことで あ る。す なわち,表
5で
見 た様 に,差
別事実 に対 して51%の
人 が怒 りを感 じると答 えて いなが ら,
自 か らが問題 に直面 した時に差別 しない とい うのは,そ
の 内47.4%し
かいない ことを しめ して い るの で ある。換言すれば,東
郷 町の一般地区の人 々の うち,差
別意 識 を持 たない ものは,20%に
み たな い とい うことで ある。 さ らに,調
査 において は,「
ほんね」で はな くて,「
たて まえ」の解答 が多 い ことを考えれば,真
に差別意識を持 たぬ人 は10%も
いない と見て いいのでなかろ うか。 また,表
5で
「 仕方 がない」 と した人 が,結
婚 問題 で差別 をす るの も道然 で あ るが,そ
れ に して も,は
っき り と「 差別者 であ ること」 を表 明 した数字 が一番高 くな った ことは (59。9%),一
種 のいなお りで あ りこのままで は,部
落差別 は,鳥
取 において は,消
滅 しない ことを示 している。 そ こで東郷 町民 の部落解放運動へ の姿勢 を問 うたものが,次
の表 11で ある。すなわち,部
落 問題 にたいす る姿勢を調べ よ うと したもの といえ る。 (Jは,「
差別 は決 してな くな らない」 と答えた者,12)は,「
自然 にな くな って い く」 と した者, (9は,「
世 の中を変 えな けれ ば」 とい う者,性
)は,「
差別意識撤 廃教育 の徹底 」 を説 く者,低
)は, 「 同和教育 と同時 に,同
和地 区の差別実 態を とり除 くことが,さ要 」 とす る者 ,16)は「 わか らない」 と答 えた者 で ある。 この表 か ら明 らかな よ うに,一
般地 区民 の40%の
ものは,「
自然 にな くな る」 と答 えてい るので ある。 これ はどうい うことで あろ うか。すなわち,
この「 自然 にな くな る」とい うのは,「寝 た子 を起 こす な」 とい う論理 に結果 す るもので ある。 もともとこの論理 は,部落 の人 々が,外部 の人 々の生 活秩 序 破壊 に対 して用 いた武器で あった。す なわち,外
か らや って くる好 ま しくない諸 々の条件を排除す 臣 真郷
一 %
一 5 7
一 割
一 殿
2 5
一 あ
一 5 ︲
一 2 ︲
一 傷
50.0 1 10。7 52.2 東 狙Б 44.2 1 10。5 松 崎 花 見部落問題 と差別意識 との関連について 表
11
部落問題についての姿勢 る とい う積極 的な働 きを したので あ る。 しか し,反面,部落 の解 放 を ひ きのばす力,部
落 の人 々の解 放 意 識を眠 らせ る根拠 にもな って い た。 そ して,現在 で は,この言葉 を 積 極 的 に利用す るのは,部
落 の中 の極 めて保守的な人 に限 られて来 つ つ ある。しか も,この東郷 町の一 般 地 区民 が使 った「 ねた子 を起 こ す な」とい う言葉 は,部落差別 を知 らない ものに ことさ ら に 知 ら す な,と
い うことで ある。 問題 は こ こにある。 ここで使用 されてい る 「 部落差別」の内容が,実は,「エ ケ」 とか「 ヨツ」とかい う言動,い
いか えれ ば,観
念 的現象的な「 差別」 が その 内容 とな ってい ることで あ る。すなわち,
この「 ねた子 を起 こすな」 と言 う者 は,観
念 的 な部 落 差別 を「 ねた子」 とい う比 愉で あ らわ し,部
落差別 の本質 を観念 的 な議論で もって片づ けよ うとす るもので ある。結局 は, 自か らが 差別者 であることも気づかず に差 別 を助長 して い くので ある。 同様 な ことは,「
差別意識撤廃教育」 のみを徹底 しるとい う議論 にもい え るで あろ う。結局,部
落差別 の 本質 といわれ る差別 の実 態を解 消 しなければな らない ことが分 って い るものは,27%し
かいない。 そ して私 にとって衡撃を与 えた もの が次 の表12で ある。 これは,や
は 舎 人 4.0 花 見 全 体 59.2 19.8 25.る 100.0 52.8 100.0 17.0 12.る 100.0 100。0 26.5 1臥〕,0 100.0 11.5 (N) (%) 舎 人 東 郷 松 崎 4.る 5。η 12.1 表12,
部落問題への姿勢 (小学生) 舎 人 8 一 2〇 一 “ 一 % 一 55 54.0 50 124 61 86 翌1 40.4 4.5 14.9 19。1 5。0 42.8 0.3 1.る 花 51.0%│(N)
崎 松 12.5 55.0 18.2 花 見 56.5 54.2 η2.5 62.5 55.0 100.0 18.2 45。4 100.0 100.0 つ と 18.2 loO.0 東 郷臣 真 歳 国 り
,東
郷 町の小 学生 に同 じ質 問を した もので ある。 この表で顕著な ことは, 1の
差別 は決 して な くな らない と答えた者 が55%も
いた こ とで ある。小学生 が,すで に,部落 差別 は決 してな くな らない と考え て い ることを思 うと,
この山陰の 部落差別 の根 の深 さにおそろ しく さえな る。 そ して,ま
た,こ
の数 字 は,表
44で「 自然 にな くな る」 と答 えてい る者 のホ ンネは,や
は り決 して差別 はな くな らない, と い う意見で あることを 示 し て い る。 その ことを証 明す るもの とし て,次
の表 12が ある。 これ は職業別 に集計 したもので あ る。 これ と表7の
職業別 を比較 して み ると部落別 の深刻 さが明白 になる。す なわち,結
婚差別 を否 定 した割合 が高 か った管理職 。自 由業・ 学生 で さえ,「
ねた子 を起 こす な」 とい う論理 が高いパ ーセ ンテー ジを示 してい る こ と で あ る。特 に,学
生 (高校生)に
おい て は,
この論理 が一番高 いとい う 点 を考慮す る時,鳥
取県 の部落差 別解消 の困難 さと真 の同和教育 の 必 要を痛感せ ざるを え な い。 ま た,表
9に
おいて,結
婚 に対す る 強 い部 落差別意識を しめ した 国営 商工業 主 が,
この表12に お い て は,55.2%も
の高い率 のものが, 「 自然 にな くな るだ ろ う。」 と答 表12,
部落問題つにいての姿勢 (職業別)Q7,
職111215
(%)(N)
lη.2 2.2邪
一駆
24.4 5.る 42.0 。漁業) 14.2 12.1 15.2 5.0 1.る 1訂 100.0 る│∽
lω
女15。 4144.11刊
.7 2.6 1 41.0 1 1.5 ︲0 ・ 5 一 ︲5 .5 一 ︲2 , 3 100.0 1 19部落問題 と差別意識 との関連について えて い る ことは