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ヘニング・ローゼナウ「臓器配分不正操作の可罰性」-香川大学学術情報リポジトリ

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[訳者はしがき] 以下は,ヘニング・ローゼナウ教授が, 年 月 日㈮に本学において四国グロ ーバルリーガルセンター主催で実施されたセミナー『日本とドイツの臓器移植の現状と 課題』において講演された原稿を邦訳したものである。当日は,本学の筧喜行教授(医 学部),平野美紀教授(法学部)も登壇して我が国の臓器移植に関する法と実務の状況 について概説し,法学のみならず医学関係者らも多数参加して,両国における臓器移植 に関連する問題について,非常に活発な議論が行われた。 当日の議論でも話題となったが,ドイツでも,日本ほどではないにしろ,臓器提供数 が少ないという問題があり,移植を待つ患者が多数存在している。本稿では,そうした 状況に起因するゲッティンゲンの臓器移植をめぐる一大スキャンダルがテーマとして取 り上げられているが,これはドイツにおいて医学界のみならず社会にも大きな影響を与 え,移植医療の信頼性が大きく揺らいだ事件であり,日本にとっても示唆に富むものと 考えられるので,ここに紹介する。 Ⅰ.待機リストにいる間の死 実施された臓器移植数と臓器移植待機患者数との間にはかなりの開きがある。肝臓に

臓器配分不正操作の可罰性

ヘニング・ローゼナウ

佐 川 友佳子(訳)

* マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク教授

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ついては, 年に 件( 年には , 件)の移植に対して,約 , 人の患 者が待機リストに登録された⑴。こうした状況に多少の変化は認められないのだろうか。 いや,むしろ逆である。臓器移植の需要は,供給の側よりも早いペースで増大している。 例えば, , 件の新規肝臓移植登録がなされたのと同時期に,死後に提供された肝臓 の移植数は減少したのであった。 こうした深刻な臓器不足は,多くの患者にとって,ドナーの臓器が適切な時期に提供 され得ない,という致命的なものとなっている。毎年,千人の患者が,臓器待機中に死 亡している。後述のスキャンダル以前にも,そのような患者は全体の パーセントを 占めていた⑵。大まかに定式化するならば,毎日,待機リスト中の約 人が死亡する,と いう状況にあったのである⑶。 年 月 日にドイツ連邦医師会(BÄK)によって発覚した,以下に示すゲッティ ンゲンの本件不正操作事件は,すぐに公にされたが⑷,臓器という資源が欠乏していると いう問題を一層悪化させるものとなった。提供者数は劇的に落ち込んだ。 年には . パーセント下落した。 年には , 件の肝臓が提供されたが, 年後には 件にしかならなかった。我々は,毎日 人ではなく, 人の待機リスト上の患者が死亡 するという心構えをしておかなくてはならないであろう。 Ⅱ.臓器配分スキャンダルとしてのゲッティンゲン臓器スキャンダル .臓器配分スキャンダル この出来事全体は,国中のいたるところで「臓器提供スキャンダル」との称号を用い られたものである。しかし本件スキャンダルは提供の方とは何の関係もない。これは臓 器の割当の側,つまりは,臓器を配分する側の問題なのである。しかし既に述べたよう に,臓器の配分よりも,提供態勢に,明白に一層深刻な影響を与えるものとなった。 .MELD スコアの操作 簡単に説明すると,ゲッティンゲン大学病院の移植医師であり,医長(Oberarzt)で あった医師 O は,彼の患者たちの健康状態につき,故意に虚偽の文書記録を作成した。 それは,彼らの健康状態が一層悪いように見せかけることによって,臓器移植待機リス ! DSO, Organspende und Transplantation in Deutschland , Frankfurt , S. .

" Rosenau, in : Lilie u. a.(Hrsg.), Die Organtransplantation, Baden-Baden , S. . # Lilie, DÄBl. , A , spricht vom „Organspende-Versagen“.

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トの上位に採用させ,あるいは待機リストのより上位に移動させ,それに応じて,臓器 がより早期に割り当てられるようにするためであった⑸。 このようなことがどうして可能となったのかを理解しようとするならば,肝臓配分の ルールを知っておく必要がある。臓器移植法 条 項によれば,肝臓は,医学的知識 の水準に応じて斡旋されなければならない。立法者は,この点につき,「成功の見込み」 と「緊急性」いう基準に決定的な役割が与えられる,と定めた。そして同時に臓器移植 法 条 項 号によって,連邦医師会に対し,医学的水準に依拠した割当を指針の中 に具体化する権限を与えた。この指針は,学際的に設置された常設臓器移植委員会に よって作成されたが,とりわけ,通常手続と機能障害のある臓器のための迅速な手続と を規定したものである。 肝臓の場合の通常手続は,主として二つの患者群に分けられている。優先的に考慮さ れるのは,例えば急性肝不全に苦しんでいるような,生命の危機が切迫している患者 (いわゆる,高度に緊急性のある患者)である。その場合には,その患者が,他のすべ ての患者よりも先に移植される必要があるかどうか,という迅速に実施される所見手続 が決定的となる。 大部分の患者については,MELD スコアに基づいて順番が決まる。これは,アメリカ のシステムで,ある患者が ヶ月以内に死亡するという蓋然性を点数の中に反映させる ものである。その場合,MELD は,末期肝疾患モデル(Model for Endstage Liver Disease) を現している。MELD の点数水準は,複雑な公式によって,ラボパラメータである, (訳注,以下同様:腎機能に関係する)クレアチニン,(肝機能障害に関係する)ビリル ビン,(血液凝固に関係する)プロトロンビン時間から計算される⑹。こうしたラボパラ メータが,いわゆる labMELD となる。これは,インターネット上で,正体を明かさず に点数値を自分で計算することができる。 週間以内に透析が実施されていたならばク レアチニンの値は(透析によって過小評価されるためにその補正として) . と高く設 定される。 このスコアは,その患者の ヶ月内の死亡可能性と相関関係があるものとして算定さ れる。最も低い 点評価の場合には, ヶ月以内に死亡する蓋然性は パーセントであ る。 点評価の場合には, ヶ月以内に死亡する蓋然性はほぼ パーセントとなる⑺。 特殊な事案について,指針は更なるアルゴリズムを定めている。 ! OLG Braunschweig, NStZ , . " Herzer u. a. DtschMedWochenschr , , . # OLG Braunschweig, NStZ , .

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MELD スコアから,そうした患者が待機リストに登録される順番が明らかとなる。 平均して目下 MELD が の場合に移植がなされる⑻。こうした MELD システムは,最 も状態の悪い患者を待機リストで優先するために,特に,緊急性要件を反映することを 意図していた。技術的には,このシステムは,オランダのライデンにあるユーロトラン スプラントによって実行される。そこでは,病院からの登録に基づいて待機リストに採 用され,到着した臓器はより優先順位の高いレシピエントに割り当てられる。 ゲッティンゲンにいた O は,ライデンに向けて虚偽の患者情報を登録するという不正 操作によって,こうしたメカニズムに影響を及ぼしたのである。彼は患者たちを真実に 反して透析患者であるとして登録した。それにより,自動的に,腎機能を反映するクレ アチニン値が,虚構で,できる限り最も高い値となるようにした。これには,肝機能そ れ自体は改善していなくとも,透析をすることがクレアチニン値を低下させるものであ る(ため,システム上その補正として値が高くなる)という医学的な背景があった。 透析していない患者が透析の必要がある患者として登録されることにより,その者の MELD 点数値は跳ね上がった。つまり, から に, から に, から に, から に等々。O がインターネット上で正体を隠して,新たに操作された値を算出さ せたのかどうかは分からない。いずれにしても,彼は成功したのである。つまり,こう した事例のすべてにおいて,通常の MELD スコアであれば臓器割当の可能性がなかっ た患者に,肝臓が配分されたのであった。なおも詳細には立ち入る必要はない更なるシ ステム上の操作があった。 更にシステム上なされた操作は,よく知られたものである。例えば−O の場合もそう であったが−指針上設定された ヶ月のアルコール節制は,いくつかの事案では遵守さ れていなかった。この禁酒要件は,それがなくては移植が不首尾に終わるという,医学 的に立証可能な遵守の必要性に従ったものである。O は,一部の患者に禁酒について 誤った指示をすることによって,予期されるよりも前に手術がなされることを可能にし たのである。 .臓器配分スキャンダルの結果帰属 こうした不正操作の帰結は,既に素描したところである。O は,臓器提供者に無理に 割込んだことに対して,責任を負わねばならないのだろうか。この操作をないものとし て考えるなら,このスキャンダルと提供数への割込はもはやなくなってしまうだろう。 にもかかわらず,ここで,待機リスト中のおよそ 人が死亡したであろう,という状況 ! Herzer u. a. DtschMedWochenschr , , .

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を,O に帰属させることはできない。彼に道義的責任はある。その不幸な帰結に鑑みて, 彼の行為が,医師の倫理観と調和させることができるものかどうかは,問われねばなら ないだろう。しかし,移植医療に対する刑法上の結果の責任を負わせるためには,十分 な帰属連関が欠けているのである。あまりに多くの他のプレイヤーたちが共働していた。 一部でこうした事件をオーバーにスキャンダル化するメディア,常に自己の政治目的の ためにこうした事件を道具として用いる政治的主導者ら,そして,動揺して臓器提供を 拒絶する,潜在的な臓器提供者と,特にその親族である。臓器配分について何か怪しい という印象が喚起される場合,世間はそれを受け入れない⑼。誤って用いられた臓器も, 重篤な患者を助けたのだということ,そして拒絶するという態度は,まさしくこうした 不正操作に何もできない患者を巻き添えにするということに,どんな場合であれ,目を 背けることになる。このような不正はなおも例外であるということも,計算には入れら れない。 つの肝臓移植センターでは,審査の際に,相応のシステム違反が確認された。 すなわち,ゲッティンゲン,ライプツィヒ,イザール川右岸のミュンヘン,ミュンスタ ーである。ドイツのさらなる の臓器移植センターは,規則通りに運営されていた⑽。 つまり O を可罰的とするか否かを問うならば,マクロレベルの事柄を放置しておいて, ミクロレベルの現実に没頭せねばならないのである。 今回は,この不正操作の問題について立ち入るものとするが,これについて我々は, 刑法総論の基礎にある問題と直面する。刑法解釈学上,特に,因果性と客観的帰属の問 題,並びに未必の故意の基準が問題となる。 Ⅲ.患者データ操作の可罰性 .健康データの操作,臓器移植法 条 a 項 臓器移植法 条 a 項には,ここで扱う事案に対応する刑罰法規がある。この規定 による錯綜した指示と奮闘した者は⑾,臓器配分を意図して,意図的な文書偽造,虚偽文 書,不正確な健康データを送信することにつき,可罰的である,という結論に到達する。 もっとも,この犯罪が成立するための構成要件は,本件不正に対する立法者の反応で あって, 年 月 日にようやく施行されたものである−つまり O は,(ドイツの憲 ! Schroth NStZ , , .

" Kommissionsbericht der Prüfungs- und Überwachungskommission, abgerufen am . . unter www. bundesaerztekammer.de

# Über Abs. S. TPG auf Abs. S. TPG, mittelbar dann auf Abs. S. TPG ; vgl.Schroth MedR , .

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法である)基本法 条 項の確たる核である 及処罰禁止の原則があるため⑿,この規 定によっては処罰されない。 .刑法 条の故殺 すべての人が,重大犯罪という,全く明瞭な雰囲気を切望して期待を寄せているのに 対して,本稿が,我々がまさにそうしているように,軽微な犯罪という底辺に拘泥して いるのだとすれば,若干,後ろめたい気持ちがある。ともかくも O は何ヶ月も勾留さ れており,そしていずれにしても司法は−当時ゲッティンゲンにおける審理はなお継続 中であった−重大であるとみたのである。そこで我々はここで殺人罪について検討しよ う。 刑法 条は結果犯であって,行為者の行為と,死亡の発生との間に因果関係が存在 し,そしてその死が行為者に帰属される,ということを要する。したがって,自分の患 者を助けるという意識で O がデータ操作をしたことが,待機リストにいる他の患者の うちの一人を死亡させることになったのかどうかが,明らかとされるべきであろう。そ の際−明白に−被害者たりうる者としては,ゲッティンゲンの患者が追い越した者,つ まり,統一の待機リストに,その操作の時点で,ゲッティンゲンの患者よりも上位に登 載されていた者のみが考慮されうる。 事例 A : もっとも単純な状況では,ある者が,彼よりも優先的なリスト上の位置にある緊急の 患者によって肝臓を得られず,それによって死亡する,ということがありうるだろう。 ここで,ゲッティンゲンではどうだったのか,ある事例を見てみよう。操作事案 A で は,患者番号 と が, に順番を飛ばされたにもかかわらず,それぞれ 年の 月 日と 月 日にレシピエントとして臓器を得,その移植が成功した。この両患 者については,殺人の既遂は問題にはならない。これと異なるのは患者番号 であり, 彼は,待機リストにいる間,臓器提供がなく,現実に死亡した。

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a)構成要件該当行為 まず,我々は,O の行為を規範的にどのように位置付けるのかをいずれにしても明ら かにする必要がある。というのも,これは,因果関係および結果が本人に帰属するかと いう問題に影響するからである。結果犯の場合,原則的にそれぞれの行為は,構成要件 該当的な殺人行為として考慮されうるので,不作為を検討する余地もある。 この点,現象学的にいえば,O は積極的に患者のデータを改竄,ないしは虚偽の記録 を作出した。この積極的な行為は,第一には,作為としてなされたことである。我々が O の到達しようとした目標を検証する場合,このことには全く疑いの余地はない。彼は, 臓器を割り当てるための待機リストに登載されていた自分の患者を更に上位に繰り上げ ようと意図した。確かに,彼は,臓器割当を自分では実現できない。というのも,この 割当は,コンピュータに依拠したアルゴリズムを介して,ユーロトランスプラントに よって実行されるからである。しかし彼はユーロトランスプラントを,自分の目的のた めの故意なき道具として利用し,その結果−刑法上の帰属カテゴリーの中で考えれば− 間接正犯として臓器割当を操縦したのである。 もっとも,このことは,リストで順番を飛ばされた,死亡した患者に立ち返ってみる と問題がある。その者は,その順番の中にはいたにもかかわらず,臓器が与えられず, そして同時に,生存のチャンスが与えられなかった。O の操作によって提供された肝臓 がユーロトランスプラントから割り当てられなかったことは,不作為を意味する⒀。ユー ロトランスプラントでの経過が,患者データの操作によって,結果的にO の積極的作 ! Schroth NStZ , , . Nr. 提供数 移植年月日 年の状況年 月 − 待機中に死亡 − 年 月 日死亡 年 月 日 移植後に死亡 − 待機中に死亡 年 月 日 生存 − 待機中に死亡 年 月 日 生存 − 登録,移植不可能 − 登録,移植不可能

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為によって引き起こされたということは,不作為による配分というこの評価につき,ま さに不作為であることを何ら変更するものではない。 この経過は,不作為を引き起こす積極的行為と共に,二層の事象として現れる。それ によって,O は,全体的には不作為による故殺の間接正犯たりうるのであり,それゆえ, 自身で,不真正不作為犯の正犯者たりうるのであるが,以下のような広範な結論を伴う ことになる。つまり,その可罰性は,待機リストにいる,彼が全く知らない患者すべて に対する保障者的地位を要求するということになるが,これはおよそ歓迎されるもので はない。 道具の不作為を招来することがどのように評価されるべきなのか,という問いは,ほ とんど論じられていない。その態度は作為と不作為の限界付けに関する一般原則に基づ いて評価されるだろうし,そして非難可能性の重点がどこにあるのかについて問われる だろう⒁。それは,積極的作為とみることに多少有利となる。というのも,我々は,核心 において操作を実行した者として O を非難しているからである。 これは,漠然かつ規範連関を覆い隠し,そして最終的には信仰告白のような重点公式⒂ を全く援用する必要がないために,しばしば批判される。というのも,O の態度は,彼 が既に第三者によって設定された救助のチャンスを無に帰す,ということによって特徴 付けられるからである。亡くなった患者はユーロトランスプラントによって−すべて正 当なやり方であったとすれば−臓器を得ただろう。臓器配分は,彼を救助するはずのも のだったであろう。そこで O は,こうした救助の因果経過を遮断したものとされる⒃。 この救助の因果経過を遮断することは,圧倒的多数の評価によれば,当然ながら,積極 的作為の事案として位置づけられる⒄。 b)因果関係 積極的作為の因果関係は,等価式にしたがって算定される。これに依るならば,すべ ての条件は同価値であり,そしてそれらは,それを取り除いて考えたときには,その具 体的な事象における結果がなくなってしまう場合,原因であるとされる⒅。 したがって,O が操作を企図しなかったとすれば,何が生じたのか,ということが問 われるべきである。虚偽の指示をユーロトランスプラントに転送することを取り除いて

! BGH NStZ , ; Wessels/Beulke/Satzger Strafrecht AT, . Aufl. , Rn. . " Vgl. nur Roxin Strafrecht AT II, , S. .

# Kudlich NJW , , ; vgl. Schneider/Busch NK , , . $ Satzger/Schluckebier/Widmaier/Kudlich, StGB, . Aufl. , Rn. .

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考えれば,通常の順番通りになるだろう。優先された O の患者−上述 A 事例の患者番 号 −は,虚偽に基づく自分のリストの順位を明け渡しただろうし,後にいた患者は上 位に移動し,臓器が供給されたであろう。 もっともこのことは,決して確実ではない。死亡した番号 の患者よりも前に,番号 の患者は臓器提供を受けたかもしれない。例えば番号 が 年 月 日に感染症 に罹患したため移植の適応外となる,という理由で提供を退けられたとしても,その肝 臓は 番の患者に提供されただろう。その場合でも,確実な因果関係の確定は不可能で ある。 番の患者についても, 年 月 日という潜在的な臓器提供の時点で,彼 自身の問題であるにせよ,臓器の質が不十分であるにせよ,あるいは病院の組織的な事 情に基づくものであるにせよ,移植の障害となるような事由がなかったのかどうかは分 からない。 番の患者の場合,なんと 事案で臓器提供が拒否された。同じように 番の患者についても,臓器移植の適応とは全くなり得なかったかもしれない。 さらに二つの観点が付け加えられる。つまり(臓器の)授与基準は,別のレシピエン トを数学的に厳密に決定することを許容するものではない。現在の臓器配分手続を背景 にしては,臓器を最終的に割り当てられるのが誰であるのかを確実に言うことはできな い。このことは特に,迅速な斡旋手続とも関連している。これは,ドイツにおけるドナ ーの平均年齢がかなり上昇しているために導入された。死後の臓器提供者の年齢が高い ことによって,質的に制約のある臓器が多く流通している。そのような臓器は,待機リ ストにいる多くの弱った患者には移植できない。そうした臓器は,配分ルールの枠内で 提供はされるものの,センターによって,不適合であるとして拒否される。臓器は 回 拒否された後には,虚血時間が長くなるため,無駄になってしまうおそれがある。そこ で,まさに迅速な斡旋手続において,特別な手続の枠内で配分が行われうるのである。 この手続は決して副次的な現象ではなかった。提供された臓器は医師による評価に左右 されるので,この手続を採るかどうか,その臓器が最終的に行き着くのはどこかを予め 口にすることは決してできない⒆。 因果関係を認めることに対する第二の異議は,移植は確かに生命を助けることにはな りうるが,必ずそうでなければならないわけではない,という点に見出されるだろう。 例えば移植された臓器が拒絶反応を起こすこともありうる。なるほど,一定の延命には なる,ということでも十分といわれる。しかしそれ自体,確実ではない。患者が移植の 際,又は移植後間もなく死亡したが,移植がなければまだかなりの間生存していたであ

! Schroth NStZ , , . Mittlerweile wird auch im beschleunigten Verfahren zunächst patientenorientiert alloziert.

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ろう,という場合のように,若干の事案では,移植が延命どころか逆に作用すること, つまりは生命の短縮となることもある。それと共に患者集団が全体的に脆弱であるとい うことも,より確実な因果関係の確定を阻害している。 この点,そのような検討は,仮定的因果経過あるいは予備的原因を考慮してはならな い,という因果関係論の第二の原則と矛盾する,という異議を唱えることができるであ ろう⒇。しかし,このことは作為犯に対してのみ要求しうる。なるほど,ここで問題となっ ている O による操作は,作為である。しかし,それによって臓器の割当がなされなかっ たということは,依然として不作為を意味する。救助的な因果経過に介入する場合,不 作為犯の場合のように,非常に確実な仮定的考慮を許容する,ということが認められて いる。というのも,ユーロトランスプラントを介して想定される臓器の割当は,純粋に 仮定的な考慮だからである。 因果関係の検討を再度分析的に説明するならば,二つの段階で考えなければならない だろう。第一に,ユーロトランスプラントによる不適切なレシピエントへの割当決定が なかったとしても,O の行為,つまり作為は,コンディツィオ公式に従えば除外されう るものであったに違いない。それを出発点とすべきではない。O の行為は,第一段階で の具体的な割当にとっては,因果的だったのである。 ユーロトランスプラントによって正当なレシピエントに割当がなされなかったことは 不作為として理解されねばならないので,これは第二段階で,不作為犯に対する準因果 関係則にしたがって評価されうるであろう。ここでは,正当な資格のある者に肝臓の割 当が考えられれば,その者の死が,刑法 条の結果としてほとんど確実といえるほど の蓋然性をもって消失するのかどうかが問題となりうるだろう。この確実性は−上述の 検討で示したが−なおさら存在しない。 こうしたことによれば,法廷で維持できるような因果性の証明はできない。O は患者 番号 の死に対して因果的ではなかった。実際のところ,付言すれば,臓器配分に時間 がかかっていた間に,患者 は既に死亡してしまった。 逆の結論になるのは,危険増加論に鞍替えした者だけである。危険増加論は,因果関 係の要件を,法益である生命に対する危険の十分な増加に置き換える。この手法は,結 局,結果犯から危険犯を生じさせることになるため,当然ながら圧倒的多数に否定され ている。

! Gropp Strafrecht AT, . Aufl. , S. .

" Jescheck/Weigend Lehrbuch des Strafrechts, . Aufl. , S. f.

# Zutreffend Schneider/Busch NK , , ; Schroth NStZ , , ; zweifelnd auch Kudlich NJW , , .

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c)客観的帰属 以下では第二の事例 B の方に移ろう。 事例 B : ここでは,順番が変わった複数の患者,つまりは患者 , , , , が死亡し た,という現象が生じている。しかし彼らはすべて複数の臓器提供の申し出を得て,全 員が移植を受けている。ここで問題となるのは,O によって,彼らを追い越して患者 に与えられた臓器で,この患者たちがもしかすると延命されたか,さらには生き延びた 可能性はあるのかどうか,ということである。 上で言及された因果関係の問題はここで同様に生じるが,後で確実に因果関係の証明 をすることはできない。さらには,故意犯の場合にも関連する,客観的な帰属可能性が 問題となる。 その患者たちは,態度規範,つまりは配分ルールの保護目的の範囲内にはもはやない, との主張がなされる。より長い待機期間の場合には不確実であるということに基づくな ら,リストのかなり後ろの順位の患者の誰もが保護領域に当てはまるわけではないだろ う。後の臓器割当のチャンスが十分確実であるということは保障できない。その患者た ちは新たに加わった患者によって追い越される可能性があっただろう。彼らは移植不可 能という可能性もあったであろうし,逆に,状態が改善することもあり得たのであって, ! Dagegen Schünemann GA , , . " Schünemann GA , , . # Kudlich NJW , , . 番号 提供数 移植年月日 年の状態年 月 日 年 月 日 移植後死亡。 − 登録,回復 年 月 日 移植後死亡 年 月 日 移植後死亡 − 登録,移植不可能 年 月 日 移植後死亡 年 月 日 生存 年 月 日 移植後死亡 − 登録,移植不可能

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そうなれば,手術は不要となるのである。 もっとも,こうした主張は,果たしてリストのどの位置にいれば保護目的が徐々にな くなるのだろうか,という問いを投げかける。保護目的が完全に,つまり,見通しの利 く順位内で移動する者に対しても欠けている,とされることは,ほとんど説得力がない。 なるほど,それぞれの患者は,臓器配分システムへの派生的な参加権のみを有してい るのであって,臓器への固有の権利を有するものではない。そこから,医学的基準に基 づき臓器移植法において規定された配分は,関係のある患者を保護しようとするもので はない,と結論付けるのは,あまりに近視眼的であるように思われる。他の状況でも, 可罰性を根拠づけるために,保障された法的地位は必要とはされない。まさに れてい る人を救助しようとしている,関係のない通行人に足を引っ掛ける者は,その れてい る人が包括的な法律上の救助請求権を有していなかったとしても,可罰的である。その ようなことは,刑法 c 条による一般的な救助義務からもなお導きだされるかもしれ ない。しかし,アフリカの飢餓で苦しむ人に食料を提供しようとする人について,その ような義務はもはや認められないだろう。それに干渉し,殺意をもって食料を処分する 者は,可罰的とされる。そのためには,飢餓者の法的に守られた請求権は必要とはされ ない。実際に行われようとしている救助が阻止される,あるいは妨害されることで十分 なのである。 .刑法 , , 条,故殺未遂 O が殺人未遂を理由として責任を問われなければならないのかどうかは,依然として 検討されねばならない。周知のように,行為決意の承認には,故意が必要である。この テーマは, 年 月 日の決定で,ブラウンシュヴァイク高等裁判所(OLG)が認 めた勾留状に根拠がある。 上述のように,行為決意を承認するには,故意が必要であるが,このことは,まず第 一に,行為者が結果発生の可能性を認識していた,ということが前提となる。認識的な 故意要素を確定した後,第二段階では意欲的な故意要素が確認されるべきであろう。 a)行為決意の認識的要素 ブラウンシュヴァイクOLG は,以下のように論拠を示した。つまり,O が身元を証 明された専門家として知られていたこと,そして日々,それどころか毎分ごとに生死に ! So wohl Schroth NStZ , , .

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かかわっており,いかなる引き延ばしも,生命を救う移植を待っている患者に「より一 層死に近い状態」をもたらすものであった,ということである。 しかし,このような論拠は,因果関係に関する従来の考察を完全にフェードアウトし てしまうことになる。許容できない。というのも,既遂犯の場合のように,客観的構成 要件と行為決意の間には完全な一致が要求されるべきであるから,因果経過も共に包含 されるものでなければならない。迷信犯の場合のように,いかなる因果関係とも関係の ない,想像された行為は,刑法の対象ではない。いずれにしても因果経過は,その本質 的な流れの中で把握されねばならず,ただ,本質的でないズレは,故意にとっては重要 ではない。それと共に,その可罰性は,結局のところ,既遂の場合とそれほど変わらな いのである。因果経過が,考えられる結末が多層的であるということに基づけば,事後 的に証明不可能であったという場合,行為者にとってその因果経過は,通常その本質的 な流れの中で事前にあり得るものとしては予期され得ないことになる。OLG が焦点を 当てた専門家的知見は,O に不利となるものではなく,まさに有利になるものであっ た。というのも O は,その連関を完全に見通しており,長い間そのシステムの一部と なっていたからである。それと共に,彼にとっても,自分の操作と,待機患者の死亡と の間の因果関係の関連性がまさに存在していなかったことは明白である。行為決意とい う 回道を通じて,証明不可能な因果関係の問題を避けて通ることは許されない。OLG がこの問いを考慮しないことによって,その論証は,故意の擬制となっているのであ る。 b)行為決意の意思的要素 それ以上に,故意に対してさらなる要素が必要であるのか否か,そして必要であると すれば,どのような要素が,どの程度必要であるのかということが争われる。この複雑 な議論にここで立ち入ることはできない。それゆえ,ここでは,さらなる意思的な故意 要素を要求し,そして行為者が法益侵害を深刻に捉え,それを甘受したかどうかを問う 見解に限定することにする。 ! OLG Braunschweig, NStZ , , .

" Roxin(Fn. ), S. f. ; SSW-StGB/Kudlich/Schuhr, Rn. ; LK/Hillenkamp Rn. f. ; Welzel Das Deutsche Strafrecht, . Aufl. , S. ; wohl auch Struensee ZStW ( ), , .

# RGSt , , . $ Kudlich NJW , , .

% Treffend Schneider/Busch NK , , . & Schneider/Busch NK , , . ' Rissing-van Saan zur debatte / , , .

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64 32 16 8 4 2 1 0,5 0,25 0,125 0,0625 0,03125 0,015625 6−10 11−15 16−20 21−25 26−30 31−35 36−40 HU HU/MELD 移植の蓋然性 死亡率/登録取消( 2 日) 率% (高度に緊急) こうした故意要素を確定することは,確かに,裁判実務の最大の試練である。ドイツ 連邦通常裁判所(BGH)はあらゆる客観的および主観的行為事情の全体的考察を要求 する。事実審裁判所は,詳細に,行為者の人格,その犯行動機,そして犯行事象にとっ て重要なあらゆる事情を分析した。その際,中心となる基準は,行為の危険性である。 結果発生に対する蓋然性の程度が高いということは,行為者がその結果を受け入れた, ということに対する強い兆候を示している。 興味深いことに,ある統計的手法を用いると,結果発生に対する蓋然性の程度が算定 される。これは以下の図に示される。 この図は,特定のMELD スコアごとに,待機リスト中の患者が 日以内に死亡する蓋 然性を表現したものである。それはMELD スコアが であれば,およそ パーセント となり,より緊急性の高い患者については指数関数的に移植の蓋然性が上昇するにもか かわらず,およそ . パーセントとなる。この死亡の蓋然性の程度は十分なのだろう か? そこで,多くの故意論はまさに明白に,行為者がその結果を表象していた蓋然性 について問うのである。もっとも,どの程度の蓋然性であれば故意が是認されるべきな のか,という具体的な申し立ては,それを主張している者が依然として当然立証責任を ! BGHSt , , ; , , . " BGH NStZ , ; , .

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負う。単純に可能であったというよりは高いが,圧倒的に蓋然的であった,ということ よりは低い,という一般的なルールにとどめられる。 パーセントの蓋然性で十分であ るかどうかは,依然として不明確である。別の面からすると,類型的な全体評価の帰結 として客観的な危険性が欠けているということは,他の要素によって補塡されうる。耐 え難い行為主導的な動機に直面している場合には,結果の蓋然性が かである際にも, 意思的な故意の側面が認められうる。しかし,この点,シューネマンによって作成さ れた基準は,首肯できない。O による行為の最終目的は人の生命の救助である。順番を 飛ばされた別の患者に O は行為支配を有していない。つまり,待機リストにいる間, 死のリスクは常に存在しているのであり,それどころか,必要がなければ臓器提供証明 は記入されないままであり,矛盾の解消を政策的に貫徹できないことは,ある程度,受 け入れられているのである。そしてそれに一層有利に作用するのは, かな程度の危険 は,O が甘受していると逆に推論することが認められるという事情によって補整される ものではない,ということであろう。 c)いわゆる「抑制をかける心理的障壁論(die Hemmschwellen−Theorie)」 これに加えて,例えば,BGH がしばしば判断を下しているのは,少なくともここ 年,「殺人の故意の前には」「より高い抑制の障壁」がありうる,ということである。つ まり,人の殺害に対しては高い抑制をかけるような心理的障壁があるので,ある行為が 明白に危険であるにもかかわらず,行為者は,結果の不発生を真剣に信頼し得たといえ なければならない,というのであって,つまり,性急に,殺害の故意が認められてはな らない,というのである。 このような手法は,最初から,自然科学的なものとしては証明できない,ないしは非 論理的であるとして批判される。例えば次のように 笑的に述べられる。「殺人の故意 の前には,なるほど,抑制をかける心理的障壁論はあるが,抑制をかける心理的障壁は 存在しない」と。新たな決定は,この批判に同調し,同時に,確立した判例をその意味 において軽く扱うものであった。殺人の故意は,こうした(抑制をかける心理的障壁と ! Vgl. BGHSt , , ff. " Vgl. Schünemann FS Hirsch, , S. , .

# Zur verfassungsrechtlichen Zulässigkeit von Widerspruchslösungen s. Rosenau, in : Lilie u. a.(Fn. ), S. , ff.

$ BGH StV , ; NStZ , .

% Schünemann FS Hirsch, , S. , Fn. ; Münchener Kommentar StGB/Schneider Rn. ; Mandla NStZ , , .

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いう)公準(Postulat)に立ち戻ることなく確定されうるだろう。いかなる論拠も重要 ではなく,結局は,きちんとした証拠評価を指示することに尽きるだろう。 こうした最高裁の撤回に関して学説の大勝利であるとファンファーレを吹くことは, 性急であると思われる。我々は,外的な事情から,人の内心的立場の見えない事実を推 量することに頼らざるを得ない。抑制をかける心理的障壁という常套句が,我々に,あ まりに急速に故意をこじつけようとするのを思いとどまらせる場合,それは理性的であ るように思われるし,そして重大犯罪のもっとも重い刑罰が問題となる場合には,特に 重要である。 O にとっての抑制をかける心理的障壁の発端とは,何を意味するのだろうか? これ は以下のように述べられるだろう。つまり, かか,何もないか,である。というのも, 待機リストに居る別の患者たちは,O にとってはユーロトランスプラントの繫がり全体 の中の,匿名の被害者であったからである。このことは抑制を根拠づけ得るものではな かった。彼自身の患者の健康への配慮がさらに加わる−それは,分かっていることすべ てに依拠すると,O にとって指導的な動機のうちの一つであったものであり,彼をそれ だけ一層容易に,待機リストにいる没個性の序列には全く関心を持たないようにさせて しまったのであると。 これは説得力がない。医師は一般的には生命を救おうとするものであって,生命を破 壊しようとするものではないとされる。判例によって再三強調されるこの想定は,彼自 身の患者に狭められるというものではない。操作した者が,リストの順位の意味を知っ ていたことは確実に裏付けられるが,彼が他の患者の死を予め計算に入れていたとは必 ずしもいえない。 たとえどの立場に立つとしても,である。行為決意は,既に上で言及した検討からし て,不首尾に終わる。 .刑法 条の文書犯罪 O の可罰性は,結局のところ,刑法 条又は 条にしたがって考慮されるべきも のであっただろう。これについてここで述べるべきことはさほどない。一つには,構成 ! BGHSt , , f. " Heghmanns ZJS , ; Trüg JZ , , ; Sinn/Bohnhorst StV , , . # Schünemann JR , , . $ OLG Braunschweig NStZ , , . % Schroth NStZ , , .

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要件はある程度しか明白には充足されなかった。第二には,時が経過していた。そして 第三に,最終的に,再度,些末な犯罪という底辺に拘泥する必要があるとは思われない。 あとのことは,議論に委ねられるだろう。 .ゲッティンゲンにおける無罪 医師O は,ゲッティンゲンで起訴され,そこで長期間勾留され, 人の証人が意見 を聞かれた 日以上の審理に応じ,ほぼ 年にわたった訴訟において, 年 月 日,無罪とされた。その際,ゲッティンゲン地方裁判所は,私の論拠に沿うものであっ た。不正操作の影響は確認できず,そして医師O には,他人を死なせないという正当 な動機があった。裁判所も,殺人の故意は欠けている,ということを前提としていた。 医師O がドイツの移植界に莫大な損害を与えたことは,別問題であって,道義的責任 を負うことはあっても,刑法上の責任を負うものではないのである。 [訳者あとがき] ドイツにおいても臓器移植における提供臓器の不足は深刻な課題となっているが,そ うした状況の中で,本件は,現職の医師が臓器移植に際して不正をしたことが明らかと なり,刑事裁判にまで発展したという点で非常に注目された事件であって,ゆえにここ でも「スキャンダル」という名称が用いられている。ただ,本稿でも詳細に論じられて いるように,臓器移植待機患者に関するデータの改竄をもって,他の移植を受けられな かった患者に対する殺人等の刑事責任を認めることは理論的にかなり困難であり,実際 の裁判の結論としても,否定されている。とはいえ,本件は単に医師の倫理的な問題に とどまらず,臓器移植の在り方,法整備や制度構築について再考を迫るものとなり,事 件後,ドイツでは様々な措置が採られ,同様の事件の再発防止が図られているとのこと である。しかし,移植医療そのものに対する社会的信頼性が失墜したことにより,臓器 移植に関わる人々が多大な影響を被ったことは事実である。今後,医療の進歩ととも に,移植医療も変容していく可能性はあるが,しかしながら,現段階で,臓器移植とい う手段に依るしか助かる見込みのない患者も多数存在しており,そういった人々にとっ て移植医療の問題は極めて切実な課題である。そうした状況を前提とするならば,本件 が投げかけた問いは,医療関係者,法学者だけでなく,社会全体が真摯に受け止めなけ ればならない性質のものであろう。 講演者であるローゼナウ教授は, 年,ドイツで生まれ,ゲッティンゲン大学, フライブルク大学で法学を学ばれた後, 年にゲッティンゲン大学で博士号,

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年に教授資格を取得,アウクスブルク大学教授, 年には同大学副学長を務めら れ, 年ハレ大学に移籍された。専門分野は多岐にわたるが,特に医事刑法の領域 で重要な貢献を果たされている。 日本には何度も来日されており,数多くの講演の他,中央大学での滞在研究や早稲田 大学の客員教授を務められた経験などがあり,日本の研究者との繫がりも深い。本稿は 東京で行われた中央大学日本比較法研究所および独日法律家協会(DJJV)の共催シン ポジウム『裁判員裁判に関する日独比較法の検討』を控えられ大変にご多忙な日程の中 で本学にお立ち寄りご講演くださったものである。教授には心からの感謝を申し上げた い。 また,ローゼナウ教授を日本に招聘され,シンポジウム直前にもかかわらず本学での 講演をご快諾くださった中央大学の只木誠先生には多大なご尽力を賜った。さらに,当 日のシンポジウム並びに関連研究会に際しては,岡山大学の一原亜貴子先生,北海道大 学大学院の冨山侑美さんにも大変にお世話になった。そしてこの翻訳に際しては,島根 大学の大庭沙織先生に大変有益な助言を賜った。先生方のご厚情にもこの場を借りて深 謝申し上げたい。 この事件は,樺島博志「ドイツ臓器移植スキャンダルについて」東北ローレビュー第 号( ) 頁以下でも紹介されている。 ドイツ刑法 条「人を殺害したが謀殺者でない者は,故殺者として, 年以下の自由刑に処する」 「阻止域の理論」とも訳される。これについては,ルト・リッシング・ファン・ザーン(大庭沙織訳) 「未必的な殺人の故意と連邦通常裁判所の『抑制をかける心理的障壁論』」早稲田法学 巻 号( ) 頁以下,菅沼真也子「未必の故意:殺人における『阻止域の理論について』StGB , , 」 比較法雑誌 巻 号( ) 頁以下等を参照。 ドイツ刑法 条 項「法的取引において欺罔するために,不真正の文書を作成し,真正の文書を変 造し,又は,不真正若しくは偽造の文書を行使した者は, 年以下の自由刑又は罰金に処する」 同 条 項「法的取引において欺罔するために,⑴不真正の技術的記録を作成し若しくは技術的記 録を変造した者,又は⑵不真正若しくは変造の技術的記録を行使した者は, 年以下の自由刑に処する」 (さがわ・ゆかこ 法学部准教授)

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