3 伊丹市昆虫館研究報告 第 3 号 2015 年 3 月
リアルなカイコ型チョコレート「かいこの王国」
昆虫が係る食文化:食品のデザインとしての昆虫のイメージの利用事例
(文化昆虫学的観点からの論考)
高田兼太
大阪市西淀川区(在野研究家)
Realistic silkworm-shaped chocolate
“ Kaiko no Oukoku (Kingdom of silkworm)”
Food culture in associated with insects : An example of use of insect image as a food design
(Study from the aspect of cultural entomology)
Kenta TAKADA
Independent researcher of cultural entomology
問い合わせ先 〒 555-0011 大阪市西淀川区竹島 3-13-29
3-13-29, Takeshima, Nishiyodogawa-ku, Osaka, 555-0011 (2014 年 12 月 14 日受理) 近年、昆虫が係る食文化として、これまでに民族昆虫 学の分野で長年にわたり注目されてきた伝統的な昆虫食 文化だけでなく、文化昆虫学的な観点から、消費・物質 社会における食品のデザインとしての昆虫のイメージ の利用にも目が向けられはじめている。例えば Takada (2013)は、尼崎のケーキショップに売られていたケー キ上にのせられたチョコレートが、リアルなテントウム シ型であったことを記載している。加えて保科(2013)は、 著書「アキバ系文化昆虫学」の中で、福井県のベーカリー ショップで、テントウムシ型のチョコクリームパンが売 られていたことを記録している。これら Takada(2013) と保科(2013)の報告では、かわいらしいイメージとし て昆虫を食品のデザインに用いた事例として紹介してい る。一方で、宮ノ下(2008)は、いくつかの昆虫グッズ やイメージとともに、リアルでキモかわいいものとして 評判だったカブトムシの幼虫を再現したチョコレートを 記録した。宮ノ下(2008)は、このキモかわいいという あいまいなイメージは日本人と虫との新しい接点である 可能性があると指摘している。 驚くべきことに、昆虫をデザインしたお菓子はテント ウムシやカブトムシの幼虫に限ったことではない。本報 告文では、昆虫をデザインしたお菓子の追加事例とし て、「かいこの王国 お蚕さま(おこさま)チョコレー ト」(以下、「かいこの王国」と表記する)を紹介したい。 製造元のホームページを見ると、この商品の売れ行きは 順調であり、かなりのヒット商品となっているようであ る(http://yurugido.com/ 2014 年 7 月 20 日アクセス)。 本報告文では、社会における昆虫の認識についての理解 を深めるために、このお菓子が生み出された背景に関し て記載・議論するとともに、「かいこの王国」がヒット 商品となった秘密について探りたいと思う。 「かいこの王国」は、群馬県にある有限会社丸エイ食 品が製造・販売しているチョコレートで、そのモチーフ は「クワの葉の上にいるカイコ」である(図 1)(http:// yurugido.com/ 2014 年 7 月 20 日アクセス)。カイコは、 リアルに作られていて、おそらくお茶うけ菓子として客 人に出すと、一瞬本物の昆虫と間違えてびっくりする方 も中にはいるかもしれない。なお、おもしろいことに、 カイコ本体の味はホワイトチョコであるが、クワの葉を かたどった部分には本物のクワの葉パウダーが入ってい て、ほんの少しクワの風味がするのである。 図 1. リアルなカイコ型チョコレート「かいこの王国」
4 高田兼太 ここで疑問に思うのは、このような一般的には物珍し いと思われるリアルなカイコをモチーフにしたお菓子 が、何故作られたのかである。「かいこの王国」のパッ ケージには、富岡製糸場などの群馬県の絹産業を支えて きた施設の絵が描かれており、「富岡製糸場及び絹産業 遺産群を世界遺産へ」と書かれている(図 2)。群馬県と いえば、最近世界遺産に登録された富岡製糸場に象徴さ れるように、かつては絹産業がたいへん盛んだったとこ ろである。群馬県 HP(http://www.pref.gunma.jp/06/ f2210011.html 2014 年 7 月 19 日 ア ク セ ス ) に よ れ ば、県内世帯における養蚕農家世帯の割合は明治 21 年 に は 56.6 %(74,451/131,430 世 帯 )、 昭 和 33 年 に は 27.9%(84,470/303,217 世帯)、平成 17 年には 0.1% (650/726,203 世帯)であり、かつては県内の全世帯の 半数以上が養蚕農家であるほど、絹産業が盛んであった。 したがって、「かいこの王国」が群馬県から発信された その背景には、かつての群馬県で絹産業が盛んであった ことがあるだろう。 リアルなカイコをモチーフにしたお菓子「かいこの王 国」の具体的な誕生秘話を明らかにするために、2014 年 3 月 15 日に、製造・販売元である有限会社丸エイ食 品の横尾博之社長ならびに横尾美恵子専務取締役に電話 にてインタビューを行った。両氏によると、商品化の時 期は 2012 年 2 月であり、商品のコンセプトは「2014 年 6 月の富岡製糸場等の世界遺産化の後押しするような もの」、また「養蚕がさかんだった群馬県を象徴するよ うなおみやげ」であるという。また、有限会社丸エイ食 品社長の個人的なコンセプトとしては、「おいしくてびっ くりするようなものを作りたかった」ようで、これら商 品・個人的コンセプトがリアルなカイコのチョコレート にこだわった理由であったようだ。 インタビュー後に閲覧した有限会社丸エイ食品のサイ トによれば、2014 年 6 月に富岡製糸場の世界文化遺産 登録勧告があったことから、「かいこの王国」はその後 も複数のメディアによって取り上げられたようである。 これにより注文が集中し、7 月 20 日現在では製造元の 生産量を大幅に超過する事態になっているようで、「か いこの王国」は、注文してから届くまでに 2 週間待ちで あるほどのヒット商品となっている(http://yurugido. com/index.php?Media 2014 年 7 月 20 日アクセス)。 しかしながら、「かいこの王国」がこれだけのヒット商 品になった要因は、単に富岡製糸場の世界文化遺産登録 勧告があったことだけでないだろう。ヒット商品になっ た背景には、有限会社丸エイ食品社長の「おいしくて 『びっくりする』ようなものを作りたかった」という言 葉にも大きなヒントが隠されているように思われる。お そらく、食品のデザインとしてカイコのイメージが登場 したことが、単に物珍しいだけでなく大きなインパクト を与えるものだったのだろう。これには、現在の日本社 会ではカイコをはじめとする昆虫が、食という概念に簡 単に結びつかないという社会的風潮が背景にあるものと 思われる。 さらに、テントウムシなど一部の種をのぞいた昆虫は、 一般的には嫌悪感の対象とされやすい。特にカブトムシ の幼虫やカイコなどの実物を見ると、気持ち悪いといっ た反応を見せる人も多いのではないだろうか? したがっ て、「かいこの王国」がヒット商品となった背景とし て、リアルなカイコのイメージをデザインに採用してい るこの商品が、社会的に受け入れられる要因を考える必 要があると思われる。もちろん、「かいこの王国」の購 入者層には、昆虫に対してはネガティブな印象を持って いたり無関心ではあるが、びっくりされたり気持ち悪が られたりするのを承知で、遊び心やいたずら感覚、話題 提供のためのおみやげとして購入している人々もいるだ ろう。つまり、昆虫に対する嫌悪感を前提にしたサプラ イズ・グッズとしてのニーズである。しかしながら、一 方で購入者の中には、そもそも昆虫に対してもっとポジ ティブな感覚を持って接している人々がいる可能性も十 分に考えられる。あるいは、宮ノ下(2008)によれば、 カブトムシの幼虫チョコレートなどの評判を受けて指摘 しているように、日本人と昆虫との新しい接点として、 「気持ち悪い(嫌悪感)」というネガティブな感覚に加え、 「かわいい」というポジティブな感覚が入り混じった、「キ モかわいい」というあいまいな感覚が昆虫に向けられる ようになってきているようであり、このような価値観が 社会に浸透していることが、「かいこの王国」のヒット に関係しているのかもしれない。その他には、モチーフ としての昆虫であればあまり抵抗に感じないなどの理由 も考えられるだろう。 末筆ながら、本報告文を執筆するにあたり、岩西哲博 士ならびに小林誠博士(十日町市立里山科学館)、岩西 紗江子氏(新潟県十日町市)には貴重な情報を賜った。 また、横尾博之氏ならびに横尾美恵子氏(有限会社丸エ 図 2. 「かいこの王国」パッケージ
5 リアルなカイコ型チョコレート「かいこの王国」 イ食品)については、快くインタビュー調査に応じてく ださった。この場を借りて、お礼申し上げる。 引用文献 保科英人(2013)アキバ系文化昆虫学∼ 2 次元世界の 美少女の虫たちへの想い . 牧歌舎 , 兵庫 . 宮ノ下明大(2008)幼虫チョコとキモカワイイ -. 家屋 害虫 (30): 19-21.
Takada, K.(2013)Ladybug-shaped Chocolate on a Mousse Cake Bought at a Bakery in Amagasaki City, Japan. Elytra, Tokyo, NS, 3:195-198.