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(1)

国 際 婦 人 年 記 念 増 大 号

あごら

12号

特集

/

世界婦人会議

概要・国際婦人年世界会議と卜リビューン

記録・

第三世界の手工業と刻配分科会

感想・メキシコ・キューバ・私たちの旅

資料・世界行動計画・メキシコ宣言・採択決議

・│し

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行動計画・第

7

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国会婦人問題集中審議

(2)

くあ こ ら 〉 は 、 女 性 解 政 人間 解 放 を め さ す ク ル ー プ で す 雑 誌 〈 あ こ ら 〉 は 、 そ の 方i去 の た め の 情 報 、 中で も 女 に 関 す る 情 報 を 集 め 、 お 届 け す る こ と を目 的 に、1972 年 誕 生 し ま し た 特 定 の 、 管 理 さ れ た 情 報 は あ ふ れ て い ま す か 、 私 た ち 力 、 ほ し い 情 報 、 と く に 女 か 求 め て い る 情 報 の 入 手 は 困 難 て す 皆 さ ま の 生 き た 情 報 、 あ ふ れ る 知 恵 を 、 と し ど し お 寄 せ く た'さい 分断 さ れ て い る 仲 間 た ち と 考 え 、 行 動 す る 、 ヒ ン ト を送 り 合 い た い と 思 い ま す, 既 1号 く女 が 働 く こ と> Y 200 〒70 ・む1,.'. '^が{引くこと 松 行 み よ fほか ・;tiポf(~引く!.c!立 j品 f~~泌か

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2号 く女 性 と 能 力〉 Y 200 〒70 . ,1I~11t 例く 9:.1'1:のJ也(,i:li,)J-_をめく Jご ・テ 1--{-イン !'KitとIi'UJ ・fiJf'欠 9:.1'1:はなぜ'i'i'f'I'ijil~ になれないか 3号 く主婦の解放〉 Y 200 〒85 . ,¥I;,J:ti 1m也の1・品,}の解欣.:J:Jt& ・子1 -f-イン i:ltllの 解 般 を め ご っ て .fHú~ 分:来;2; (戸時d み{ -4 5号 く壁を破ろう〉 ¥300 〒85 . ,lCi止 ("Jかしたいl:財のための七ミナー ・イ ン タ ピ Lー 怪 を 破 3た人々 ・資料 2つの;f別 決 判 を Kえる 6/7号 く運 動 を す す め よ う 〉 ¥300 〒85 ・飢;可 解 般 へ の 道 除 外 の 鮒 人 た ち . 'tel'↓ 行

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(3)

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あ ご ら

国際婦人会議

メキシコで開かれた国際婦人年世界会議とは何だった

のか、世界行動計画とは、メキシコ宣言とは、そして国

さまざまな疑問がいま日本のおんなたちの問でうず巻

いています。それはこれからの十年間の行動計画をわが

手でまさぐろうとする投影でもありましょう。

これらの意義を早急に結論するのは危険ですが、富の

公正な分配を、おんなの平等の条件として宣言させた会

議の意味を、評価しないわけにはいくまいと考えます。

七四年の世界人口会議に続く七五年の世界婦人会議は

﹁産む性﹂としてのおんなを規制するものとして警戒さ

れましたが、会議は、世界が第三世界といわれる国々の

力を無視し得なくなったと同様に、おんなの平等と発展

を認めざるを得ない新しい世紀に入ったことを明らかに

ここに、できるだけ多くの資料を掲載し、事実の中か

ら真実を読取る作業を重ねたいと思います。

特集

(4)

あごら

1

2

特集・国際婦人年世界婦人会議とトリビュ

l

国際婦人年世界会議とトリビューン

日本婦人問題会議構想を語る・

:

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久保田真苗:6

メキシコ集会を振返る・・:

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公式

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国際婦人年世界会議

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行動計画を熟読玩味してほしい

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-藤 田

た き

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世界行動計画とメキシヨ宣言の審議に参加して

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-森 山 真 弓

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会議の戸から︿公式﹀

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トリビュ

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八分科会の記録から﹀

﹁ 婦 人

と 文 化

-- 担

﹁第三世界の手工業││経済発展の中の女性の役割﹂

会議の戸から(民間﹀

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一 物 世 界 行 動 計 画 ( 全 文 ) : : ・ ・ ・ : 一@婦人の平等と開発と平和への婦人の寄与に関する 一 九 七 五 年 の メ キ シ コ 宣 言 ( 全 文 ) : : : : : : 則 一 一 段 国 際 婦 人 年 世 界 会 議 に お い て 採 択 さ れ た 諸 決 議 : : : ・ : : : : : : : : : : : : : 則 一 一 務

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活 動 計 函 : : : ・ : : : : : 一感第七五国会衆議院社会労働委員会記録:・: (国際婦人年に際して婦人に関する諸問題について) 一 慾 ト リ ビ ュ

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ンで展示されたパンフとり

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フ ・ : : : : : : : : : : : : ・

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(5)

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L

ノー

キューバ

はじめてのラテン・アメリカ

1

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国際婦人会議・メキシコ・キューバで考えた女の暮し

H I

-青 木 や よ ひ ・ : 必 日常の私、非日常の旅 j i -j i -j i -j i -j i -: : : ・ 宮 下 喜 代 ・ : 印 メキシコ見聞記 : j i -: : : ・ j i -: ・ ・ ・ : j i -: : : : : : : : ・ : : : 犀 川 千 代 子 : ・ 印 私が読んだ婦人年国際会議新聞報道:・ : j i -: : : : -j i -: : : 深尾勝子:・百 メキシコ会議 P 女のほざき a 無名考 : : : j i -: : ・ : j i -: : : ・ 溝 口 明 代 : ・ 包 私 の 旅 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 川 上 正 予 : ・ 出 ハ バ ナ 湾 の 夜 明 け : : : : : : : ・ : : -j i -j i -: : : -j i -: ・ : : 神 馬 由 貴 子 ・ : 卯 キ ュ ー バ

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フライポイアソとハパナ H I j i -j i -: : : : 平岡ふき子

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鳴り響いた鐙 : : : : : : : : : : j i -: : : : : i j i -j i -・ : : : 斎 藤 千 代 ・ ・ ・ 関

明日を考える女のひろばくごあごら>

旅 記 -- K F : ・ お アプレ・メキシコ

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旅のあとの活動:::: 日 I l i -: ・ : j i -・ : : 赤 松 良 子

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@グループ紹介︿国際婦人年あいちの会

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・ -あごら読書室::: 新聞切抜帖::・ 報道されたあごら::: あごらのあごら j i

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(6)

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フのための

華々しい

お祭りにしたい

日本婦人問題会議構想を語る

十 一 月 五 、 六 日 の 、 国 際 婦 人 年 中 央 行 事 に は 、 多 ︿ の 関 心 が 集 ま っ て い ま す 。 詳 細 を お 教 え 頂 け ま せ ん か 。 正式名称を﹁日本婦人問題会議﹂と申 しまして、政府関係のメイン・エベント と な る 行 事 で す 。 十一月五日の午前中は、内外のトップ レベルの方々をお招きして開会式、午後 はシンポジュ l ムです。男性三名、女性 二名のパネラ!とゲストスピーカーとし て国連国際婦人年事務局長ヘルピ・シピ ラ女史にも出席して頂いて、シンポジュ ー ム を 行 な い ま す 。 ま た 二 日 目 は 、

OECD

経済社会にお サる婦人の役割部会議長のシルパ・ゲル

パーさんをお招きして、国際的なお話を 伺うことと、フォーラム(ひろば﹀によ る討議を行ないます。これには、先ごろ の﹁男女平等を考える﹂意見募集の応募 者の中からも参加して頂く予定です。 会 場 は プ リ ン ス ホ テ ル 、 定 員 は 一 、 00 0 人 と 聞 き ま し た が 、 そ の よ う な 特 殊 な 会 場 を 選 ば れ た 理 由 は ? 武 道 館 の よ う な 大 き な と こ ろ で 大 衆 の 戸 を 集 め る べ き だ っ た の で は あ り ま せ ん か ? 武道館となると、一万人を集めなけれ ばなりませんが、一年前に一万人集める 自信はありませんでした。また、教程式、 マ講堂式の、会場よりは平たい会場を選ぴ 允かったこと、長時周の日謹のため、皆 さんの休憩の場所ゃ、いくつかの小部屋 の必要等からこの会場を選びました。 皇 族 を お 招 き す る と い う う わ さ も あ り ま す が 。 できればご臨席いただきたいと思って います。私どもはこの行事を内容のある ものにしたいと思いますが、同時に記念 的な要素もほしいと思っています。婦人 年は、政府だけのものでも、労働者だけ のものでもありません。今まで日の当た らぬ場所にあった婦人問題を、この際な るべく真中に押し出し、もっと高い位置 につけたい、というのが私どもの希望で す。婦人問題はとかく日かげにありまし 允が、国諜婦人年を契機として、少しず

(7)

つ日なたに出てきました。また社会通念 としても、男女平等を、まだまだ声高く 語り合えないところもありますが 、 そう いう情況の中でトップレベルの方々の参 加は 、 一 つの啓蒙的な役割を果たすので はないかと思っています。またその席で 、 ﹁ あの方が::: ﹂ というような、一種の おすみつきになるおことばをいただくこ とも、今後の婦人問題のためにプラスに なると考えています。 プ リ ン ス ホ テ ル H 皇 族 と い っ た 発 想 は 婦 人 問 題 を 考 え 続 け て い る 人 々 に と っ て は ま こ と に 意 外 と い う か 、 残 念 な 気 が し ま す 。 天 皇 制 と 婦 人 問 題 の 関 係 を 想 起 す る 人 も い る で し ょ う し 、 こ こ で ま た せ っ か く 民 衆 の も の に な っ て き た 婦 人 問 題 が 雲 の 上 の こ と に な る 懸 念 は な い で し ょ う か 。 そういった問題も考えてみましたが 、 そのうえで 、 やはりトップレベルの方々 のご参加も必要と判断したわけです。こ れは政府主催の行事で すから、政府ので きる役割を果たしたいと考えます。民間 にも各種の立場からの運動があって、そ れらすべてがあいまって婦人問題を幅広 く前進させることが必要ではないでしょ う か 。 一 、 0 0 0 人 の 参 加 者 は 、 ど う い う 人 々 で す か 。 圏内連絡会議に参加されている団体等 を中心にお招きする予定です。招待者に 限るのは 、 第一日目の午前中の開会式だ けで、一日目の午後と二日目は 一 般に開 放されますから、どなたでも参加できま す 。 フ ォ ー ラ ム に 、 意 見 募 集 の 応 募 者 が 参 加 発 吾 一 目 す る と い う こ と で す が 、 そ の 人 数 は ? ま た 選 考 委 員 は ? 意見には、約二三

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余名の応募があ りましたが、その中から三 │五名 をお招 きする予定です。選考委員は 、 福 武 直 、 縫田障子 、小 幡操氏らで 、 ただいま選考 がすすめられています。 日 本 婦 人 問 題 会 議 で は 、 何 か の 決 議 を 出 し ま す か ? 決議はいたしません。これはどなたで もいらっしゃれるものですし 、 あくまで も 一 年をしめくくる﹁お祭り﹂ですから。 お 祭 り に 、 多 額 の 予 算 が 使 わ れ る の で は あ り ま せ ん か ? 国 際 婦 人 年 の た め の 二 、 ニ OO 万 円 の 特 別 予 算 の 明 細 を 教 え

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て く だ さ い 。 広報資料、記念出版物が三

OO

万 、 メ キシコでの国際会議への首席代表他二人 の費用がニ七

O

万、そのほか国内連絡会 議、意見募集の経費、その他各種記録な どの印刷物の費用です。日本婦人問題会 議は二三

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万 で す 。 総 予 算 と し て は 少 な い 額 だ と 思 い ま す が 、 単 発 的 な も の に 使 わ ず 、 も っ と 恒 常 的 な も の に 使 う 方 法 も 考 え ら れ る の で は ? このお祭りを機会に、できる限りの啓 蒙活動を行ない、恒常的な予算をふやす のがねらいです。会議は、政府内の婦人 問題の地位をあげるだけでなく、地域や 職場のリーダーである参加者たちが、会 議の成果を持帰るメリットも大きいと考 えています。ディスカッションに、男女 の役割などのテ l マが入ると、一つの啓 蒙活動になりましょう。とにかく、この 機会に、政府が婦人問題に取組む姿勢が あることを表明し、それを基本に施策と してやれることを継続的に地道に実行し たいと考えています。私ども婦人課は、 婦人の地位向上のための運動を担当して いますが、運動そのものは広く民間で行 なわれることが望ましく、運動について いろいろなサービスをするのが婦人課の 役 割 で す 。 具 体 的 に は ど ん な サ ー ビ ス が あ り ま す か ? ・ 諸決議、活動計画案、国際婦人年参考 資料(統計・条約等)、国際婦人年情報な どの資料の発行などを行ない、無料で配 布 し て い ま す 。 就職差別では、国家公務員行政織で、 男子だけに限っている職種が七つ入つあ りますので、局としては人事院に申し入 れるなどの実際的なことも実施していま す 。 運動をサポートずるのが私たちの役割 と申しましたが、皆さんのような活動的 な方々は、もうずっと前から準備してや っていらっしゃると思います。そうした 運動にサジェストするのが私ども政府の 役割だと思います。 運動というのは非常に幅の広いもので 政府、民間団体、地方自治体、地方出先 機関、労働組合、婦人団体、教育団体、 また国連協会のような専門機関もやって いらっしゃる。その中で私どもは政府の できることをやりたいと思っています。 政府のできることは、いつも片ずみにあ った婦人の問題をできるだけ真中に出し てやること、もう一つは政府の中でのラ ンクづけを上げることです。ふだんはな かなか首相に出てきてもらえない、そこ で機運の盛り上っている今年、いろんな 方に来て頂いて、婦人問題への注目を促 すようにしたいと思っています。そして もちろんそれは、今後の恒常的な活動の ための布石であることは申すまでもあり ません。私たちは職場の中の差別を取り 除くとともに、家庭婦人の評価も確立し た い と 思 っ て い ま す 。 そ の 家 庭 婦 人 の 評 価 に つ い て 、 家 庭 省 構 想 が 、 役 割 固 定 化 の 危 険 な 働 き を す る の で は な い か と 危 慎 さ れ て い ま す が 、 こ れ に つ い て は ど う お 考 え で す か ? ヘ 家庭省構想は、まだ打ち出されている わけではありませんし、その後きいてお り ま せ ん 。 (質問女のグループ連絡会準備会) (久保田さんは、この会見の直後、総理 府審議室参事官に転勤、行動計画の推進 面を担当されることになりました)

(9)

一九七五年を国際婦人年とすることは 国連の﹁婦人の地位委員会﹂で一九七二年 決議され、向年の第二七回国連総会で全 員 一 致 可 決 、 ﹁ 男 女 平 等 の 促 進 ﹂ ﹁ 開 発 努 力 への婦人の全面的な参加の確保﹂﹁国際 平和への婦人の貢献﹂に関する行動を加 盟各国と国際社会で、一九七五年を期し て強化するこすことが決議された。 ﹁婦人の地位委員会﹂は、一九六七年に

国 際 婦 人 年 を 提 唱 、 世 界 婦 人 会 議 を 企 画 、 これが採択されたものである。一九七五 年が選ばれたのは、﹁婦人の地位委員会﹂ が設立されて四半世紀が経過したこと、 ﹁第二次国連開発の十年﹂の期央に当た る こ と な ど が 理 由 で あ る 。 開催地はコロンビアの予定だったが七 四年辞退、メキシコが引継いだ。これは ラテン・アメリカの盟主、第三世界の一

メキシコ集会を振返る

国連で採択された﹁婦人の差別撤廃宣言﹂ に基づき、毎年各国に差別撤廃の実施状 況の調査を要求し、宣言の効果を検討し てきたが、法制上の男女平等はかなり達 成されたものの、実行上は多くの差別が 残存しているという共通認識に立ち、﹁宣 言﹂を、より国際的拘束力を持つ﹁条約﹂ に変える運動をすすめるとともに、世界 的規模の一大キャンペーンの手段として 方の旗手を自任するエチェベリア大統領 の、次期国連事務総長への野望に由来す るとも噂されたが、性差別の解消を目指 す婦人会議が、南北問題(先進国と被搾 取国の問題)を世界に突きつけている、 いわゆる第三世界で行なわれたというこ とは意義があったと思う。 国連の﹁国際婦人年世界会議﹂と並行 し て 、 NGO( 国連非政府機構)主催の 民 間 会 議 ( ト リ ピ ュ l y ) も、同じメキシ コ・シティで、会期を全く同じくして聞 かれた。国連の会議が、各国政府代表に よって構成されたのに対し、民間会議に は 、 国 籍 資 格 を 問 わ ず 参 加 が 可 能 だ っ た 。 一 九 六

0

年代から植民地の独立が相つ ぎ、多年にわたる先進国の侵略、資本主 義の害悪に対する告号か活発となってい る国際情勢を反映して、差別の根源への 追求は、当然、社会経済問題へと発展し, た。マスコミはこれを﹁女の内ゲバ﹂と 報じたが、男女を問わず国際会議が関か れれば南北論争となるのは当然のことで あった。その論争の中で、国際社会の中 における日本の位置は一層鮮明になった ともいえよう。公式会議で日本政府代表 は一つの提案も提出せず、あたらずさわ らずの態度で終始した。民間会議で日本 女性はほとんど傍聴にとどまった。それ は日本の国際的位置と婦人の地位を象徴 するものだった。しかし、世界の潮流が 大きく変わろうとしており、性差別撤廃 をもはやどこの国も無視心得ないことは 明らかになった。会議を振返り、国際婦 人年の意味をあらためて考えてみたい。

(10)

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-歴

国連日国際婦人年世界会議

-参加者 国連の会議は、一国の代表者に参加が 限られるが、婦人問題は国連ないしは国 連加盟国だけに限った問題ではないとい う観点から、今回の会議には、非加盟国 もふくめ、すべての国に参加が要請され た。このため永世中立をうたい国連に参 一加していないスイスや、未承認の南ベト ナムも参加、二ニ三か国の参加を見た。 ま た FAO( 農 村 問 題 ) 、 W H O ( 母子 保健機構)、ユニセフ(母子福祉)など七 つの国連機関と八つの政府機関、また

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L 0 、アフリカ統一機構等、入つの解放 団 体 、

NGO

九八団体など、合計二六七 団体、約三

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名が参加した(うち約 七割が女性)。このうち投票権を行使でき た の は 、 = ニ 三 の 主 権 国 政 府 だ け で あ り 、 他はオブザーバーとして意見は述べ得た が、投票権は行使できなかった。なお日 本政府代表団および顧問団は次の通り。 ︹日本政府代表団︺首席代表 H 藤田たき ︿婦人少年問題審議会会長)代表 H 森 山真弓(労働省婦人少年局長)・大鷹正 (国連日本政府代表部公使)代表代理日 東浦めい(婦人少年問題審議会委員)・矢 口光子(農林省農蚕園芸局生活改善謀長) ・ 士 山 熊 敦 子 ( 文 部 省 社 会 教 育 局 婦 人 教 育 課長)・長尾立子(厚生省児童家庭局母子 福祉課長) ︹顧問団︺衆議院議員金子みつ(社)・ 栗山ひで(白)・高橋千寿 ( H ) ・ 田 中 美 智子(共・革新共同)参議院議員 柏原ヤス(公)・佐々木静子(社)・山東 昭 子 ( 自 ) ・ 志 村 愛 子 ( H ) ・ 中 沢 伊 登 子 ( 民 ) ・ 中 村 登 美 ( 自 )

2

経 過 会期は六月十九日

l

七月二日の十四日 間だったが、このうち二回の土日は、国 際会議の慣例に従い会議が開かれないの で実質十日間、さらに開会式、議長その 他の選挙、形式的な報告の採択等を差引 くと、正味一週間たらずの聞に、世界的 な大問題が討議された。いわゆるアスタ マ ニ ャ 1 ナの国(何ごとも、ま 7 明日に しましょうヨ)のメキシコで、これはか なりきびしい条件であった。 国連の会議は、本会議と委員会が並行 して行なわれるのが通例になっているが 今回も、本会議と、第一第二の二つの委 員会が並行して審議をすすめた。 本 会 議 で は 議 題 七 ( 国 際 婦 人 年 の 目 標 、 現在の施策および経過)、議題入(国際平 和の強化および人種主義、アバルトへイ ト、人種差別、植民地主義、各国による 支配および武力による領土の獲得撤廃へ の婦人の参加)を討議、その間際を縫っ て各国元首の会議あてのメ y セ l ジが紹 介 さ れ た 。

(11)

第一委員会では議題十一(世界行動計 画)を審議、その後メキシコ宣言の審議 採択を行なった。また第二委員会では議 題九(男女の地位および役割の変化、な らびに平等の達成についての障害)と、 議 題 一

O

ハ男性と対等な立場での婦人の 発展への参加﹀を審議、各国から提出さ れた教多くの決議案の審議、採択を行な っ た 。

3

代表者の特徴 本会議では一二六か国、三六機闘が入 れ替り立ち替り演説を行なった。日本の 藤田首席代表も、二十日午後、代表演説 を行ない、国会の決議も紹介した。 各国の代表者は、大別して次の四グル ー プ に 分 か れ た 。 ①女性で、一国の政策決定に参加してい る 人 ( ス リ ヲ ン カ の パ ン ダ ラ ナ イ ケ 総 理 、 西 独 フ ォ ッ ケ 少 年 ・ 保 健 大 臣 、 フ ラ ン ス 、 ジ ル 1 婦人の地位向上庁長官など﹀ @一国の代表者または代表的政治家の夫 人(フィリピン・マルコス大統領夫人、 エジプト・サダト大統領夫人など) @女性官僚(日本など) @名流女性(ソ連、テレシコワ宇宙飛行 士など)

4

主張の概要 いわゆる先進国と発展途上国では、そ の主張に大きな差があった。途上国は、 ﹁われわれは婦人の地位だけを抽出して 論じる情況にはない。わが子にミルグも 与えられずして解放を語り得ょうか。世 界人口の七

O%

を占める途上国は世界収 入 の 三

O%

を受けているだけだ。なぜこ のように社会の情況そのものがよくない のか。過去数世紀にわたる白人を中心と した帝国主義、槌民地主義のもとに搾取 され続けた結果である。したがって婦人 の地位向上のためには、まず帝国主義、 植民地主義の残存と戦わなければならな い。しかし現実には、先進国は途上国の 資源を安く買って加工し、高く売りつけ るというきわめて不公平な国際秩序があ る。それを克服しない限り婦人の解放は あり得ない﹂と、新経済秩序に基づく"発 展 u を 主 張 し た 。 先進国側は、﹁そのような主張には、も ちろん十分な理由があると思うが、世界 人口会議、世界食料会議、国連総会など で論じられるべきであり、二週間たらず の会議でそれを論じていると、かんじん の婦人問題を論じられない。婦人に直接 関係のある問題をもっと具体的に論じ合 おう。われわれは、経済開発、社会開発 の進展が婦人の地位向上に直結しないこ とを経験的に知っている。また単なる法 制度の改卒だけが、女性解放をもたらす ものでもない。人間の考え方、人間の態 度について、男女双方が考え合い、理解 し合うことが必要ではないか﹂と n 平 等 u を中心に論じた。さらに社会主義国 は H 平和 u なくしては婦人の地位向上は あり得ないとし、はしなくも、平等・発 展 ・ 平 和 の 一 一 一 つ の 主 張 が 、 三 者 = 一 様 に 展 開 さ れ た 。

5

粉糾した委員会の審議 世界行動計画を審議した第一委員会で は、まず一国五分ずつ各国の基本的姿勢 を発言したのち審議に入ったが、二百六 項目の計画案に対して八百以上の修正案 が 提 出 さ れ た 。 八 百 の 中 に は 、 ﹁ 男 と 女 ﹂ を﹁女と男﹂に入れ替えよといった小さ

(12)

なことまでふくまれていたが、ともかく 教だけでも八百の修正となると容易なこ とではない。結局、十六項目の序章に九 項の修正を加えた二五項と三五項目の第 一章に十一修正を加えた四六項目を採 択、第二章以降は事務局原案通りという こ と で 一 一 一 九 項 が 決 議 さ れ た 。 行 動 計 画 案 は 日 ・ 米 ・ 英 ・ 仏 ・ ソ ・ 豪 ・ イラン・比・メキシコなど二三か国から 成る諮問委員会で激しい論議を重ねて七 五年三月に最終案をまとめ、国連事務局 が ニ

O

六項目にまとめたものだった。国 連世界会議としては異例のニ

O

六項目も の多数に達したのは、原案では第三世界 の実情にそわないと、大幅な修正案が加 えられた結果であったが、会議参加者と しては、参加者自身が作り出した意志表 明をしたいという希望があった。特に七 七か国の第三世界グループから、政治・ 経済・社会面での格差是正の主張を盛込 んだ宣言を、という強い要望があり、別 途、いわゆる﹁メキシコ宣言﹂が六つの決 議案とともに第一委員会で決議された。 第二委員会では、最初、一国五分ずつ の発言を、豆分超えると議長がたちどこ ろにスイッチを切るという乱暴な方法で とにかく一巡したのち決議案の審議に入 ったが、六十近い決議案が提出された。 そのほとんどは、行動計画の中で自国が 特に関心を持っていることを、少しふく らませたものだったので、カテゴリー別 に整理し、本会議に七項を送付、第二委 員会としては二八項を採択した。 第一・第二両委員会の後を受けた本会 議では、一般発議終了後、委員会で採択 された文書の審議に入ったが、まず発言 者が一国の代表であることを証明する託 明書が正しいかどうかでもめ、結局、会 期も残り少ないし、全員代表と認めよう と い う こ と で 落 着 し た 。 行動計画案は、第一委員会の採択を経 ていたので、本会議では投票等は行なわ ず、拍手かっさいのうちに通過した。 宣言案は、内容の一部にアメリカ・イ スラエル等が強硬に反対、投票の結果、 賛成人九、反対三、棄権一入で採択され た。先進諸国の多くが棄権に回った中で 日 本 が 賛 成 の 一 一 回 請 を 投 じ た の は 注 目 さ れ た 第一・第二委員会から送付されてきた 三四の決議案については、中南米諸国が 次から次へと修正案を提出、午後二時半 終了予定が夜半十一時まで延長、ようや く 審 議 を 終 え た 。 最後にイランのアシェラフ王女が、﹁今 回の決議の実施状況をチェックするた め、五年後の一九人

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年に会議を持ちた い﹂と提案、次回の国連総会で審議され -る こ と に な っ た 。 このような経過で決議された行動計画 は、別掲のようなぼう大な内容を持つ。 その評価はさまざまだが、ともかく世界 の女性史の新しい一ページを聞く端緒と なり得るものであることは、否めまい。 これは国際的な拘束力をもっ﹁条約﹂ ではなく、その実施は各国の実情にゆだ ねられているが、採択に賛成した各国 は、それに沿って、努力する道義的責任 を負っているわけであり、一定期間ごと にモシタリングも行なわれる。実施を監 視するのは、納税者である国民の一つの 責 任 と も い え よ う 。 な お 、 世 界 行 動 計 画 、 メキシコ宣言、採択された決議と日本の 態度、国会での婦人問題集中審議内容は 巻 末 に ま と め た 。

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務それぞれ印象的だった各国代表 メキシコに行って大変だったろうと言 われるが、私はぼう大な会議のごく一部 分にかかわったにすぎず、群盲象をなで る感であったというのが真実である。 その中で特に印象的だったのは、まず マスコミの活躍である。私たち婦人が国 連の会議に出ても、これまではマスコミ はてんで相手にしなかったが、今回は、' 各国の新聞・テレピ関係者が一五

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名 も参加、大々的に報道された。それだけで も国際婦人年の意義はあったと思うが願 わくは今年だけに終わらず、少なくとも 今後十年は続いてほしいと思っている。 この会議は、女がはじめて舞台の真中 に立つことができた会議であった。参加 者の中には、好奇心が半分という人もい ないわけではなかったが、私は一応大成 功だったと思っている。 開会式はオリンピックのときの体育館 だったが、すり鉢型の会場の底に当たる 部分に私ども代表が座り、上に傍聴席が つくられていた。その中央にきれいなグ レイのスロープがあり、そこをエチェベ リア大統領、シピラ夫人、ワルトハイム さん等が登って行き、万国旗の前に立っ て演説した。婦人の解放は社会的諸条件 の変革と国際関係の再編成なしにはあり 得ないと強く訴えた大統領、政策決定に 婦人の参加がもっともっと必要と説いた シピラ夫人のスピーチが特に印象に残っ ている。会場はそれこそ万国衣裳がずら っと並び、大した華やかなものであった。 翌六月二十日からは、会場を外務省に 移し、本会議が行なわれた。外務省は大 理石を豊富に使ったりっぱな建物であっ たが、会議場としては、うなぎの寝床の ようにたてに長く、最適のものではない よ う に 思 わ れ た 。 私の主な役目は、この本会議に出席す ることにあった。そこでいろいろな国の 方々のお話を聞けばよいというやさしい 役 割 で あ っ た が 、 一 一 一 一 一 一 一 か 国 の 話 を 聞 く のは、やはりなかなか大変なことだった。 植民地主義、新植民地主義、軍国主義、 アバルトヘイトといったことばが出ると 拍手が強く響き、これは婦人問題の会議 ではないという気がしたほどであった。 またサダト・エジプト大統領夫人、マ ルコス・フィリピン大統領夫人はじめ、 何々夫人というのが多いのも、とても気 になった。仮に日本で何々大臣夫人が会 議に出席したら、あれほど寛大に受け入 れるかという感じがした。 サダト大統領夫人は、アフリカの一員 としてアフリカ婦人開発センターを置く ようにと主張、同時に、パレスタインと 南アフリカの現状が続く限り世界に平和 はない、と、アラブの態度を非常に強く 打出したのが印象に残った。イスラエル 代表は、この演説の途中で退席した。マ ルコス大統領夫人は、非常に古風な東洋 婦人で、婦人の運動は男性を敵とするも のではない。奏であり母であることの重 要性・:などということばが出て、ほかの 人々とあまりにもちがうのが目立った。

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タイの女性は女性の意識の不足を非常 に強調した。中国代表の李索文さんは、 中国では天の半分を支えるのは女性であ り、革命も女性なくしては出来なかった と強調、同時に、ソ連とアメリカ合衆国 の覇権主義、ヘゲモニーについて何度も 繰返し、この覇権主義、植民地主義、人 種主義が払拭されてしまわない限り、婦 人の解放はあり得ないと、しきりに訴え ていた。国の政策そのものを反映してい たのは当然のことではあるが印象的だっ た。好もしいと思ったのは、=一人の中国 婦人代表が一人の男子の通訳を連れて、 狭苦しい会場をあちこち歩き回り、大い に友好をあたためていたことである。 米国代表フタ l ル女史は私が見た限り では余り目立たなかったが、軍縮会議、 軍縮交渉には女性代表が大いに当たるべ きだといっていたのは印象的だった。私 は昔、第二次世界大戦に米国が参戦する とき、たった一人の婦人議員が反対投票 をして、﹁自分はこの戦争には反対だ﹂ と、よよと泣きくずれたというのを読ん だことがあるが、婦人の地位向上をはか つて、軍備縮小会議などにも女の人がた くさん出るようにならなくてはという米 国代表の説に共感した。 西独のフォッケ少年・保健大臣は、社 会開発は婦人の地位向上に必要だが、こ れは婦人の参加なしにはできないと述べ たが、開発と平和・平等は三位一体だと いう私の持論と一致した。 カナダ代表は、一九六七年に王室婦人 の地位委員会ができ、一九七

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年に二ハ

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の勧告をふくむ報告書を提出したと報 告、人間の心の変革なしにはすべての変 革はでき得ないとつけ加えた。 英国代表は、開発途上国の農村婦人の 現状を改善するために、七六年から三年 問、総額二

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万ポンドを国速に寄付した いと述べたが、このようなことをどんど ん提案できるととてもよいと思った。 務国際的な流れの変化を痛感 全体を通じて驚いたのは、非常に政治 的な流れが強いことだった。たとえばモ リタニア代表は、婦人は、貧困・飢餓・ 無知・疫病との闘争のみを通じて解放さ れると述べ、シリア代表は、婦人の発展 の最大の障害である植民地主義、外国に よる援助を打破しなければならないと主 張したが、こうした発言はザラであって、 パナマ運河が USA の軍事墓地的存在で あるのはけしからぬなどという話のとき には、婦人の婦の字すら出なかったほど で あ る 。 このような国際情勢の反映は、中近東 の代表の登場の際にも明確にみられた。 イスラエルのラピ γ 首相夫人が登檀する と、約二分の一の人がぞろぞろぞろぞろ 席を立って出て行ったが、彼女はそれを 平 然 と 見 て 、 ﹁ エ グ ゾ ダ ス ( 出 エ ジ プ ト ) が 終わるまで待ちましょうよ﹂と言ったの はちょっとユーモアがあった。彼女はま た﹁モノローグをダイアローグにしよう、 独りで言うのでなく、対話をしよう﹂と 呼びかけたが、現在の国際情勢ではそれ はなかなかむずかしいことに思われた。 十何年前、私が国連に出た時と同じく 今回もジヨルダンと隣合わせてジャパン が座ったので、私は前回のふとしたエピ ソードを思い出した。その時のジヨルダ ン の 女 の 代 表 は 、 ひ と 言 も 発 言 で き な い 、 何もわからないほんの奥様ーーといった 感じの人で、うしろに、非常に頭の切れ

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る男の随員がついていた。第三委員会で 次から次へと修正案が出て、議長さんが 困惑しているのを見て、その男が、会巧 0

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-女は修正 案なんか出さずに靴下でもつくろってろ と 、 そ ん な 失 礼 な こ と を 言 っ た 。 私 は ﹁ ご ジヨルダンでしょう/﹂と叫んだものだ ったが、その時と同じ女の代表が、今度 の会議では獅子奮迅の活躍をしたのを見 て、当時は未開発国といわれたアラプの 方たちが、ずばりしく成長したことを非 常 に う れ し く 思 っ た 。 やはりこの前の時、ガlナのかわいい 代表が、﹁この会議は先進国の方々がた くさんいられるはずだのに、その方々の 発想が低開発国の人の発想とよく似てい るところがあるのは、どういうものでし ょう﹂と言って、ゃんやの拍手を受けた が、今回の宣言案は、三一か国対七七か国 で七七か国のほうが勝利を得た。私はつ くづくと今までの国連のことを考えて、 困朱はめぐる小事と言っては変だが、国 際的な変化が起こっていることを感じ た 1 中国が国連の加盟を要求してから、

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年かかってようやく認められたが、 最初のうちは中国の加盟を議題にするか どうかというようなことを何年も論じた も の で あ っ た 。 ま た 、 安 保 理 事 会 で の ソ ビ エトの拒否権のことなどを思い出した。 今回は、開発途上国が、よかれあしかれ 非常な成長を建け、各国の代表がそれを 無視できないということは幾分予期して いたが、それは予想を超える強い政治力 になっていることを感じた。世界の流れ が確実に変わっており、日本はいろんな ことを考えなくてはならない時に来てい る、函連もいろんな点を考えなければな らない時に達していると思った。 先 日 、

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で、この会議に参加した ある方が、世界行動計画は、日本の農村 の 人 、 日 本 の グ ラ ス ・ ル ー ツ に と っ て 、 何 の役にも立たないような、遠くで、遠く で、鐙が鳴っているような気がするとい うことをおっしゃったと聞くが、ほんと うにそうだろうか。行政に関しても女の 人々が力を得、軍縮会議にでも、他の重要 な政策決定会議にでも、どんどん進出し て力をつくすことができたら、この行動 計画はりっぱなことをなし得ると思う。 行動計画について、ある婦人記者は、 宝の山だと言い、またある人は、聖書の 中の福音書みたいなものだと評したが、 掘れども掘れども尽きない、女のための いろんな計画、いろんな政策が書いてあ る。今日は詳細を語れないが、皆様ご熟 読のうえ、このうちのいったい何を自分 はすることができるか、何を国会に要求 することができるか、何を政府に要望し たらいいか考えて下さるとよいと思う。 三木総理も外務大臣も、私どもに、こ の行動計画に従って、具体的な案を述べ て、日本のため、婦人のためによくした いとおっしゃった。国会の婦人議員は超 党派で宣言をした。また総理府では婦人 問題懇談会を拡大強化するとおっしゃっ てるから、本当に拡大強化していただい て、行動計画をそノにしていただきたい と思う。それにはもちろん皆様方一人一 人の力がなくてはだめである。私は、宣 言も、決議案も、大事だがこの行動計画 が一番大事だと思う。行動計画を十分ご 勉強下さって、要求すべきことは要求す る こ と を 、 お 顕 い し た い 。 ︿政府代表報告会から)

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-はじめに 会議の経緯、主な内容については新聞 などでご承知と思うので、私が直接体験 したこと、感じたことを中心にお話しし た い 。 まず、開会式前日に行なわれた事前協 議からすでに予想外のハプニングがおこ って、大きな国際会議の舞台裏のややこ しさを知り、前途の多難なことを予感し たが、日本がはからずもアジアグループ のまとめ役をおおせっかり、大小様々の 調整や連絡を引きうけ、会議の円滑な運 営に多少の貢献ができたことはよかった と思う。会議参加の意味は表裏両面あり、 両面とも重要だということがよくわかっ た 。 -ほとんど審議できなかった 行動計画 国連の会議のうち、私は第一委員会を 担当した。第一委員会は二

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に 打 合 せ があり、実質的には二三日から始まった が、世界行動計画の審議に取りかかった のは二五日から、公式の実質審議は二日 間 だ け で あ っ た 。 最初の第一第二の二つのパラグラフの 審議に第一日の午前中かけても結論が出 なかったので、午後になって、これだけ みんなで時聞をかけて討議しても一節も 採択できない、もっと能率的に話をすす めようではないかと、ワーキング・パー ティ(作業部会)に分けて審議すること になったが、修正案がものすごく多く、 なかなか進行しない。そこで序章と第一 章ついて修正案を出した国土かもう少し 調整するため、作業部会を二つに分け、 さらに二五、六日以後は、各修正案の似 た部分と相違点を個々に相談して調整す ることになり、第一委員会・作業部会と も、公の会議は聞かれなかった。 二七日夕刻になって、序章と第一章に ついては合意が成立したので修正を加え て採択することとし、残る八

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余の修 正案については、到底審議できないので 基本的にはみんなが諒承しているのだか らと]事務局原案どおり採択することが 提案された。これに対し異論を出す国も あったが、結局、この意見が採択され、 世界行動計画の審議は実質的にはほとん ど行なわれないまま原案どおり採択され た次第であった。日本代表としては、婦 人問題について発言したいことも質問し たいことも多々あり、大いに準備をして いったつもりであったが、このような状 況で実際にはほとんど討議や質問の機会 が与えられず残念であった。行動計画が 全会一致で採択されたあと、婦人の問題 をもっと討議してほしかったと各国がこ もごも述べた。私も許された時間、精一 杯気持をぶちまけたつもりである。 -﹁シオ=ズム﹂でもめた宣言案 行動計画採択後、メキシコ宣言の審議 に移った。メキシコ宣言が提出されるだ ろう、そして相当もめるだろうと予想さ れていたので、行動計画にいつまでもか

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かわっているわけにもいかないというこ ともあって、行動計画の審議は急がされ たという事情もあった。 メキシコ宣言提案の動きは初めからあ り、自分たちの考えを鮮明に宣言したい と、代表演説の中でも何人かが述べてい た。第三世界を中心とするいわゆる七七 か国グループのほか、米・芙・西独の三 か国が用意した宣言案もあり、ほかに東 欧グループも出すらしいという話もあっ て、最初の二、三日はどういうものが出 てくるか、ちょっと見当がつかなかった。 アメリカなど三か国グループはなかなか 手回しがよく、﹁こういう内容のものを 考えているが皆さんどうでしょう﹂と、 いくつかの国の意見を聞いて回ったりし ていた。日本も相談にのったが、なかなか いい原案で、正直にいって後に採択され た七七か国の宣言案よりも婦人の問題に 集中したすっきりした形のものであり、 中味としては異議を申し立てるところは な か っ た 。 その後何日かしてセブンティ・セブン・ グループハ実際は七七か国以上の多数の 開発途上国をふくむ)がスポンサーにな った提案の内容が次第にわかってきた。 丙案とも、それぞれの立場を主張してい るもので、それなりにりっぱであり、基 本的にはどちらも婦人の地位を高めた い、社会参加させたいということである から、もう少し話し合いをすすめれば、 みんなが全会一致で快く採択できる宣言 ができるのではないかと、私どもはこの 七七か国案にも大いに意見を言い、とに かく双方が話し合ってなっとくできるも のにしてほしいと願った。 しかし七七か国案は提案者だけでも何 十という国があり、それぞれ国情がちが うため、この案自体がなかなかまとまら ず、最終案決定が遅れたため、三か国案 との調整の時聞はなかった。最終日にな って両案が同時に第一委員会に提出され た 。 両案の審議順序は、早々とまとまった 三か国案がニ二番、遅れた七七か国案が 三八番の予定であったが、議事進行に関 する提案が多数決で可決され、三人番の 七七か国案が先行審議された。 七七か国案は非常にすぐれたもので、 基本的には米・英・西独、日本にとって も反対すべきことはあまりなかったが、 婦人の地位向上を阻げるものとしての ﹁シオニズム﹂の字句の挿入については 多くの固から異議が出、別途審議するこ と に な っ た 。 開発途上国の多数を占めるアラブ諸国 は当然ながらシオニズムに標傍されるイ スラ且ルの武力侵略を非難したが、イス ラエルは、何千年と苦しんできたユダヤ 人が自由と団結を求めて努力しているの がシオニズムであると主張して対立し た。地域的に遠く、政治的に直接接触を もたない日本としては判断に苦しむこと ばであった。結局、賛成・反対・判断不 能の三派に分かれたので、各国別に可否 を問うたのち、さらにシオニズムという ことばをふくむパラグラフについて賛成 か 反 対 か を 一 一 一 一 一 一 一 か 国 一 人 一 人 に 問 う た。結果としては多数を以て挿入が可決 されたが、このようにシオニズムという ことば一つのために二度も三度も可否を たずねるため、非常に時間をとり、審議 のほとんどはこうしたことに費やされ た 。 最後にこの宣言案全体についての可否

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が問われた。日本はシオニズムについて は棄権したが、全体案については賛成し た。アメリカとイスラ且ルは、こういう ことばをふくむ宣言案は全体としても賛 成できないという態度をとり、最終的に メキシコ宣言が全体の一致をみることが できなかったのは残念だった。日数の不 足、準備の不十分、その他いろいろなこ とがわざわいしてこのような結来になっ たが、あと二、三日あれば全会一致の宣 言が出せたのではないかと大変残念であ る 。 -仕事はこれからだ 最終的に本会議でこの宣言を採択する ときにも委員会のとき以上の興奮で、各 国 別 の 投 票 、 あ る い は 投 票 に 関 す る 説 明 、 その説明に対する反論など、非常にホタ トな議論がたたかわされた。とくに日本 をはさんでヨルダ γ とイスラエルの代表 が座り、両方が大声で熱弁をふるうた め、私たちも興奮状態になったほどであ っ た 。 このような奥奮状態があったうえ、二 時半終了の予定が夜の十一時近くになり 一同へとへとにくたびれた。私は、世界 の婦人たちが婦人の問題を論じようと集 まってきて、二週間一所懸命努力したの に 、 畳 一 口 い た い こ と も 言 え ず 、 聞 き た い こ とも聞けず、何とも残念だったと思って い た が 、 最 後 に シ ピ ラ 女 史 が 立 ち 、 非 常 に 印象的な閉会の辞を述べた。﹁これから皆 さんは帰国して会議についていろいろな 評価をされると思うが、自分は誰よりも 先 に 評 価 し た い ﹂ と 前 置 き し た の ち 、 ﹁ こ の 会 議 に は 一 一 一 一 一 一 一 か 国 の ほ か 多 数 の 関 連 機関や

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人にも及 び、その三分のこが女性であったのはま ことに画期的なことである。またて五

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人のジャーナリストが世界中から集ま って取材し、各国の新聞のトップを女性 が飾ったが、このようなことは、今まで国 連が行なったどんな会議にもなかったこ とである。これらは婦人年がまことに時 宜を得ていて、みんなが非常に重大だと 思っていることを表わしており、この会 議は人類の歴史に残るであろう。この会 議では政治的発言が多す・きたと落胆して いる人も多いと思う。また政治的発言が 始まると、参加者中では少数の男性がが ぜん活発に発言した。女性はやはり政治 的な力が弱いと失望した人もあると思 う。しかし何千年の人聞の歴史の中で政 治を支配してきたのは男性であることを 考えると当然であり、その中で、数は男 より少なかったかもしれないが、自国の ために大戸で愛国的な政治的発言をした 女性の発言内容と態度が決して男性にヒ ケをとらなかったことを思い出してほし い。これは女性の分野が家庭や育児に限 られるという固定観念を破るものであ り、国際政治の表舞台ではじめて女性が 活躍したこの会議の意義は非常に大きい と思う﹂と力強く評価し、最後に﹁大き な仕事を短期間に、連日深夜にわたって 頑張って、皆さん疲労困ばいしておられ ると思うが、実は仕事はこれからだ﹂と 話 を 結 ぼ れ た 。 ﹁仕事はこれからだ﹂とは、正に私も同 感である。この会議は日本の婦人にとっ て、また私自身にとっていろいろな意味 でよい勉強となり、刺設になった。この 経験を新しいスタートとして、女性の地 位向上のために全力をつくしたいと思 う 。 ( 政 府 代 表 報 告 会 か ら )

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わが子のためのパンも学校 も薬も持たない状況ほど人聞 にとって過酷な差別と搾取は ない。女性の革命は社会の変 革のための決定的な圧力にな ることが望ましい。︿品チェ ベリアメキシコ大統領) カ2 ま 女 だ 性 未 と 聞 い * 発 う 国 立 だ 場 。 で 団 は 結 世 し 界 て 中 (パルメ・スウェーデン首相) * 回数文化の中では、本来、 経済・社会的な男女平等が行 なわれていた。女の地位が低 下したのは、全く異質な外国 文化の支配下に置かれて以来 のこと。(サダト・エジプト 大統領夫人) 也 辛 新しい女のネットワークをつ くろう。この会議はそのため の 始 ま り で あ る 。 (国際婦人年事務局長 シピラ夫人) * 女性解放が達成されたとき 貧困の現実は変わるにちがい ない。世界行動計画への新国 際経済秩序樹立の明記は尊重 さ れ る べ き で あ る 。 個人主義に基礎を置いて、 男と女を対立させて考える西 洋的な女の解放の理論は、調 和や合一に立つ東洋文化とは ち が う 。 ( パ ン ダ ラ ナ イ ケ ・ ス リランカ首相) * 東洋の女性は解放を得るの に反男性的である必要がない の で 幸 せ だ 。 J 聖書では女は男 の ア パ ラ 骨 か ら 作 ら れ た が 、 。 フィリピンの伝説では、男女 は一本の竹から一緒に生まれ た 。 ( イ メ ル ダ ・ マ ル コ ス ・ フ ィリピン大統領夫人) 也 -T 二分の一(男性)が自由で 二分の一(女性)がドレイで あってはどんな国でも生残れ ない。四分の一(先進国)だけ が 富 み 、 四 分 の 一 二 ( 第 三 世 界 ) が貧しくては世界は前に進め な い 。 ( マ γ リ l ・ ジ ャ マ イ カ 首席代表) 本 人類の半分を占める女性が 団結して、苦しんでいる女性 の解放に力を合わせるきっか けになったと思う。(北朝鮮 代表ホ l ジュン・スク女史) * ' 私たちは民族独立のために 男女ともに闘ってきたので改 めて女性の社会参加をうんぬ んする必要はない。︿南ベト ナム政府代表ファン・ミン・ イェン夫人) * 国際問題について婦人がも っと強い発言力を持てば、戦 争はもう二度と起こらないだ ろ う 。 多 分 中 東 で も ・ : 。 女 の 兵隊ばかりが戦っている場面 なんて像想できるかしら? (イスラエル・ラピン首相・ レア夫人) 本 政治化を非難する側は、過 去 五

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年にわたる帝国主義 と植民地主義ですべてを政治 的にしてしまったのだ。政治 を語るなというのも政治的で あり、世界の富の再配分要求 に反対するのは、それから利 益を得ているからだ。 ( ソ マ リ ア 代 表 ) 本 婦人代表たちは、各国政府 のマリオネ v ト︿あやつり人 形)だ。(西独フォ γ ケ青少 年家庭保健大臣﹀

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世界各国のトップレディ、外交官、は では首相まで参加した、はなばなしい表 舞台﹁国際婦人年世界会議﹂に対し、民 間会議﹁トリピュ I Y ﹂はあくまでもわ き役ではあったが、国連の会議とはちが っ た 熱 気 に 包 ま れ た 。 国連社会経済委員会とメキシコ政府の バックアップのもとに、

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を母体と して行なわれたとはいえ、リポーターも 会場からの発言者も、﹁一国を代表する 女 性 ﹂ で は な く . ﹁ 一 個 の 女 性 ﹂ で あ っ て 、 自国の政府の主張を反映する必要はなか った。といっても、女性解放は、政治・ 社会・経済と切離して考えるわけにはい かない。その住む社会の基盤によって、 発想はおのずからわかれる。公式会議と 同じ南北論争が展開され、﹁公式﹂という 歯止めがないだけに、それは一層激しい かたちであらわれたといえよう。

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公式会議と会期は全く同じだったが、 公式会議とは全く別個の独立した会議で あって、公式会議が結論を出すこと

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決議が最終目的であったのに対し、世界 各地、さまざまな背景を負う男女が、女 性の社会的経済的地位について、情報や 意見を交換することを目的として開催さ れた。その討論の結果は、国連の会議に、 そして、平等・発展・平和を目指す国際 婦人年の目標達成に示唆を与えるものと さ れ た 。 したがってテ l マは、国連の本会議で 論じられるものと軌を一にし、﹁文化と婦 人﹂﹁法と婦人の地位﹂﹁農業と農村の発 展 ﹂ ﹁ 栄 養 と 健 康 ﹂ ﹁ 就 労 婦 人 ﹂ ﹁ 教 育 ﹂ ﹁ 人 口 と 家 族 計 画 ﹂ ﹁ 婦 人 と 政 治 参 加 ﹂ ﹁ 家 庭﹂﹁平和と軍縮﹂﹁第三世界の手工業に 従事する女性と経済発展﹂﹁男らしき・女 らしきはどうしてつくられるか﹂﹁婦人と 環境

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特に都市化をめくって﹂をメイン テ l マ に 分 科 会 が 持 た れ た 。 各分科会では決議は出されなかった。 個人またはグループでどのような意思表 示を行なってもよいが、トリピュ l γ の 名では宣言をしないことが原則だった。

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参加者 資絡制限は全くなく、事前に、住所・ 氏名・国籍・所属団体・婦人問題につい て関心のあるテ l マ等を記入した申込書 により登録され、バッジを携行している 者は、だれでも参加できた。固によって は園内会議を重ね、一種の民間代表を送 り込んだ国もあったようだが、日本のよ うに全く無作為に、ごくあたりまえの女 が参加した閏もあった。 圧倒的多数を占めたのはアメリカ合衆 国からの参加者だった。アメりカの一部 は旧メキシコ領であり、地続きで、オー トバイでも一来込める距離にある。ちょう

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ど九州から東京に来たくらいの感じで特 にリプ系の人が多く参加しているように 見受けられた。中国とベトナムは、公式 の国連の会議であろうと、民間のトリピ ュ I ンであろうと見解は一つ、タテマエ とホンネの差はないから、特にトリピュ l y に参加する必要はないという意だ ったようだが、結果的には南ベトナムは 発言した。参加者は三、

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名を超え たが、男性の姿はほとんどみられなかっ た

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会 場 メキシコ政府か無償貸与した国立医療 センター(セントロ・メディコ)が会場で あった。前述のメインテ I マ は 約 二 、

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名収容の第一会議室と、約五

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名 収容の第二会議室で討論された。 医療センター内には、ほかに四つの小 会議室があり、あらかじめ予定されてい たメイン討論のほかに、臨時の分科会が 持たれた(あごらグループも臨時の分科 会を持つことができた)。また、廊下の 片すみで、医療センター前の階段で、隣 接するレストランで、私的な話し合いが 随時聞かれた。各国からの参加者が宿泊 ずるホテルや、市内の集会室でも、連日 のように集会が開かれた(その一つ、新 宿リプセンターの優生保護法をめぐる集 会も人気をよんだ)。会場の入口近くに 掲示板があり、だれでも自由にメ y セ l ジを貼ることができ、何かのアピールを することも、集会をよびかけることも可 能 だ っ た 。 地下室は展示場に開放されていた。キ ュ ー バ の よ う に 、 国 が 主 催 し て 一 一 回 の 女 性の情況を展示したところもあったが、 健康、受胎調節など、テーマ別のパネル が多かった。ここにはコーヒー飲み放題 の無料サービスがあり、比較的廉価な弁 当も用意されていた。

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経 過 第一日目は、第三世界の主張を色濃く 打出したエチェベリア大統領夫人による 開会式、二日目から分科会別の討論が行 な わ れ た 。 前述したような個々のテ l マ を 軸 と し て、コ一│五人のリポーターが壇上に立ち 問題提起じたのち、会場の参加者が自由 に発言するというパネルデイスカッショ γ 方式で討論がすすめられた。パネリス トの意見発表をめぐって、参加者たちと の聞で討論をすすめるねらいであった が、一つの発言を受けて他の人が挙手し 反論を出すというのではなく、一般発言 に入ると、発言希望者が壇の下に並び、 並んだ服に発言した。したがって発一言内 容は前後して入り乱れ、系統的な討論を すすめることはできなかった。発言者の 中には、討論内容とほとんど-無関係なア ジをぶつ人、アピールをする人も少なく なかった。中には﹁トリピュ l y で発言 した﹂ことを帰朝報告に盛込みたいので はないかと思われるような、首をかしげ る発言もあったが、パネリストの口から は決して聞くことができないような切々 たる訴えも少なくなかった。順番がやっ と回ってくると、自国の女性の差別状況 を訴え、その由来する貧困の原因を告発 した。結果として何の分科会かわからな いような分科会も少なくなかったが、女 性解放の基本的路線を提案しあったとい うことはいえると思う。 主張はそれぞれ微妙にちがっていたが 大 別 す る と 、 次 の よ う な こ と に ・ な ろ う 。 ①国際政治による解決を一子どもたちに

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ミルクも与えられないところで、どうし て女性解放を語り得ょう。しかし、後進 国は生まれながらの後進国ではない。大 国の帝国主義、小国搾取によって生まれ たものである。国際政治上の問題を解決 し、国際的な富の配分の公正をはからな ければ女性の権利は回復しない。 ②構造改革が必要女性差別の情況は、 国により、地域によって異なる。雇用の 不平等・賃金格差はそれぞれの国の体制 に由来する。多くの国で女性の法的権利 が確立しながら実態はともなっていな い。社会的・政治的な全面的変化が起き ない限り、実質的平等は確立されない。 資本主義体制下では、真の平等はあり得 ﹄ h 、 。

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③共闘こそ解放の道社会変革だけで平 等になるだろうか。男性の意識改革は容 易なことではない。侵略からの解放、貧 困からの解放などを男女で共同すること によって真の平等は生まれるのではない 、 。 4 μ ④人間解放が基本男の解放のないとこ ろには女の解放もない。戦争になれば男 女共に死に、貧困によって男女共に苦し む。どんな問題も女だけに起こることは あり得ない。男とともに平和、平等をか ちとらなければならない。 ⑤女性自身の変革が先決女の散は女性 自身である。他人を変える前に、まず自 分自身を変えなければならない。自分を 甘やかすことをやめ、自立して力を持と h h y

以上のような主張に対する反応はきわ めて率直だった。共感は、割れるような 拍手になって返ってきたが、否定はしら じらしい無視となった。ナマの体験をも とにしたアジテ1ション型の演説は受 け、官僚の統計や数字の羅列には反応が 少なかった。参加者の反応で見る限り、資 料を読めばわかるような報告ではなく、 皮膚から皮膚へ伝わることばが求められ て い た よ う に 思 う 。 公式会議とちがって、公式な記録はと られなかった。特に会場内の一般発言者 のことばは、入々の心にしか記録をとど めなかった。まして廊下会議、階段会議、 ホテル会議の記録はない。しかし、この ような記録に残されなかった討論にこそ 民閉会議の価値はあったように思う。

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アピールをめぐって 前述のように、トリピュ I Y は全体と しての決議を出すことを最初から視制さ れていたが、女たちの熱気はクレッシェ ンドで盛上ってきた。特に NOW( ア メ リカ最大のリプ組織)は、ベテ 4 ・ フ リ ー グ γ を中心に、米国政府代表はわれわ れの意見を反映していないと、米国大使 館に押しかけるとともに、国連の世界行 動計画に対する独自の修正案を提出しよ うと、会の最初から活発に動いていたが、 二 七 日 午 後 一 時 か ら 一 一 一 時 ま で の 昼 休 み を 利用して集会を聞き、シピラ事務局長と 各国政府代表を招き、行動計画の修正案 に対する見解を問いただそうとした。し かし開会直後から中南米の女性が激しく 抗議、﹁トリピュ l γ なら自分たちの戸 を世界に伝えられると思って集まったの に、分科会などという小グループでしか 発言できない。われわれはあざむかれた。 自己満足だけで終わるのは承服できな い﹂と、まずトリピュ 1 ンのあり方その も の を 問 題 に し た 。 ¥帝国主義の園、米国が主導権をとろう とすることに対する反発は強かった。プ

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エルトリコの女性は、﹁ラテンアメリカ 諸国に共通する悲惨の原因は米帝国主義 にある。ベティ・フリーダンが主導権を 持つことはゆるせない。アメリカとは共 闘できない﹂﹁行動計画の中の、国連内 に女性副事務総長のポストを設ける要求 などはナンセンス﹂と批判した。遅れて あらわれたシピラ夫人は、﹁トリピュ l ン参加者はオブザーバーにすぎない。自 国の代表を通じて意見を反映してほし い﹂と説教したが、中南米グループの反 発は強まるばかり。午後の分科会を始め ようとパネリストたちが壇上に上ったと き、一人が壇に駈け上り、ラテンアメリ カ女性宣言を読みあげようとした。が、 電源が切られ、同時通訳の戸も聞こえな くなった。予定されていた分科会は会場 を変え、中南米勢は、いなされた。以上 のような経過に、中南米側は米国資本が 会議を支配したと告発している。 プログラムに記載されている関係者は 次の通りである。︹組織委員会︺世界 Y WCA( 議 長 ) 、 NGO 、世界友好協議 会、宗教的自由国際協会、国際問題教会 委員会パ国際婦人連盟 1 国際有職婦人グ ラプ、国際婦人会議、社会民主婦人会議、 国際国連協会、人口危機委員会、︹賛助 者︺オランダ政府、ノルウェー政府、メ キシコ政府、ウクライナ婦人世界連盟、 アメリカ、パプテイスト・ホ l ム ミ ッ シ ョン、メソジスト協会、国際婦人有職婦 人 ク ラ ブ 、 ロ ッ ク フ ェ ラ ー 一 一 一 世 、 ガ ル フ 石油、フォード財団ほか。また、報告者・ 企画者(総数四八名)の国籍は、二一名 ( U ・ s -A ) 、五名(英国)、三名(メキ シ コ ) 、 二 名 ( オ ー ス ト リ ア 、 ブ ラ ジ ル 、 コロンビア、エチオピア、フランス、ィ γ J アィア、ナイジェリア、フィリピン、 タンザニア、ユーゴスラビア)一名(デ ンマーク、エジプト、フィジ I 、エクア ドル、フィンラ γ ド 、 ド イ ツ 、 ガ 1 ナ 、 グアテマラ、ホンジュラス、イラン、日 本、ヶニア、レバノン、オランダ、セネ ガル、シエラレオネ、スイス、スウェー デ ン 、 タ イ 、 ベ ネ ズ 孟 ラ ) 。 ( 同 数 は ABC 順)

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そ の 他 同時通訳は、英・仏・西三か国で行な われたが、リポーターの報告はともかく、 一般発言者の発言の同時通訳は、完全な ものとは思われなかった。もっとも、発 言者のことばは、自国語による発言以外 は、不正確・不明瞭なものが多かったか ら、同時通訳も非常に苦労をしたと思わ れる。このような状況でコミュニケーシ ョンは完全に行なわれたわけではなかっ たが、世界の女たちが、はだとはだでふ れあった収穫は、何といっても大きかっ たのではないかと思う。それぞれの園内 で、自国の特色に応じた運動をしなけれ ばならないと感じ、まず国内で手ぬかり にされている問題から着手すべきこと、 しかもそれはグローバルな視点を必要と することを痛感したことは否めまい。 日本女性は、ことばの壁もさることな がら、国際的な情報不足、国際的連帯の 欠除を痛感した。それにもまして、国内 の情報過疎、国内の連帯不足を痛烈に感 じた。帰国後、メキシコ集会参加者が中 心になって、﹁女のグループ連絡会﹂をよ びかけたのはそのためである。 なお分科会の概況は、私たもが直接参 加した分科会を中心に紹介する。また末 尾に、トリピュ l ンで配布された p l フ ・パンフ類の一覧表を付した。︿ S 記 ﹀

参照

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