放射線の基礎と防護の考え方
東京大学大学院医学系研究科 鈴 木 崇 彦
講義の内容
放射線の基礎
放射線の単位
低線量被曝のリスク
放射線防護
放射線の特徴は?
物質を透過する 線量が大きくなると障害を引き起こす
放射線とは?
エネルギー です。
どんな?
原子を電離・励起する、または
原子核を変化させる能力を持つ。
エネルギーの形は?
(粒子線)
α線、β線、中性子線
(電磁波・光子)
γ線、X線
原子が電離するとどうなる?
電子(陰イオン)が原子からはじき
出され、原子がイオン対に分かれ
ます。
核 放射線 電子(-) 核 (+) 放射線 → 電離放射線と呼ぶ 原子が電離される → 分子(DNA)であれば結合が切れる 化学物質であれば、結合が変わる (3価→2価、重合など) 放射線影響の基本原理 吸収
放射線のDNA障害 修復 1本鎖切断 2本鎖切断 修復 欠損 放射線 DNA DNA分子を構成する 原子を電離 放射線の障害密度が大きい
未処理核 4Gy X線照射4hr X線照射によるヒト細胞のDNAの切断
放射線の特徴
透過性(力)と電離作用
透過性(力):電荷、質量、エネルギーによって決まる。 電荷を持つ(α、β)・・・直接相手を電離する(直接電離放射線) 電荷を持たない(中性子、電磁波)・・・(間接電離放射線) 電荷が大きい=相手と相互作用し易い =奥に進めない=透過力が弱い 電荷が無い=相互作用しずらい=透過力が大きい 相互作用の相手:電磁波・・・相手の軌道電子* 中性子・・・小さな原子核*放射線のエネルギーを止める
→ 放射線を
遮へい
する
それぞれの放射線は、何と相互作用して効率良く エネルギーを失うか? α線・・・・何とでも相互作用し易い(+2の電荷、大きな質量) 紙一枚でも遮へいできる β線・・・・相互作用し易いがα線ほどではない 薄い金属、アクリルなどで遮へいする γ線・・・・相手原子の電子と相互作用する→電子を多く持つ原子 と相互作用し易い→原子番号の大きな原子・・・鉛 中性子線・・・中性子と同じくらいの大きさの原子核と衝突して エネルギーを効率良く失う→陽子(水素の原子核)・・・水放射能(radioactivity)
・・・放射線を出す能力を表す
単位 ベクレル(Bq)
(定義)1秒間に何個の原子が壊変(崩壊)するか
1 Bq = 1 disintegration/second (dps)
壊変に伴って放射線が出るので、放射線を出す能力を
表す。
2.放射線に関する単位
放射能と放射線影響は別々の単位で表される。
放射線の(人体)影響を表す単位 その前に・・・・
放射線には、
(1)ある
線量以上
受けないと影響(放射線障害など)
が出ない(確定的影響)
(2)
少ない量
でも放射線を受けるとがんになる可能性
(リスク)がある(確率的影響)
という
2つの影響
がある。
(1)は、ある温度以上のものに触れると火傷をするのに
似ている。
(2)は、車に乗れば、ある確率で事故に遭遇する
可能性(リスク)があるのと似ている。
(1)ある
線量以上
受けないと影響(放射線障害など)が
出ない(確定的影響)
たとえば、30℃のお湯に手を入れても火傷すること
はない。しかし、90℃になると火傷してしまう。
→火傷(障害)は与えられたエネルギーに依存する。
放射線の場合、障害を起こす最低線量を「しきい線
量」または「しきい値」とよぶ。
影響の単位は吸収線量グレイ(Gy)で表す。
物質の質量1kgあたりに吸収されたエネルギーが
1ジュール(J)のときを吸収線量1Gyとする。
1 Gy = 1J/kg
(2)
少ない量
でも放射線を受けるとがんになる可能性
(リスク)がある(確率的影響)
たとえば、交通事故でも、バイク、自転車、乗用車、
電車、飛行機と、利用する移動手段によってリスク
の大きさが異なるのに似ている。
放射線の場合、放射線の種類によって、がんの起こり
易さが異なる。
放射線の種類 放射線荷重係数 光子(γ線、X線) 1 電子(β線) 1 陽子 2 α粒子、核分裂片、重い原子核 20 中性子 2.5~22放射線の種類だけではなく、放射線を受ける側の(人体)組織に よって放射線に対する感受性(発がんのし易さ)が異なる。 組織・臓器 組織荷重係数 組織・臓器 組織荷重係数 赤色骨髄 0.12 食道 0.04 結腸 0.12 甲状腺 0.04 肺 0.12 皮膚 0.01 胃 0.12 唾液腺 0.01 乳房 0.12 骨表面 0.01 生殖腺 0.08 脳 0.01 膀胱 0.04 残りの 組織・臓器 0.12 肝臓 0.04 がんは、どこにできても個体の死につながる影響と考えると、 部分的に被曝した場合でも個体としての影響を評価する必要が ある。 この個体への影響評価は実効線量として表す。
つまり、放射線による発がんと遺伝的影響は、 ①吸収された放射線のエネルギー ②放射線の種類 ③どこに吸収されたか の3つの要因から算出され、単位はシーベルト(Sv)で表される。 実効線量(Sv)=吸収線量(Gy)x放射線加重係数x組織加重係数 組織が複数になれば、それぞれの合計。
放射線・放射能・放射線影響の単位(まとめ)
放射性物質 (radionuclide) 放射能 (radioactivity) Bq(ベクレル:dps) disintegration/sec 放射線 (radiation) 吸収線量 Gy(グレイ) J/Kg 放射線の 種類 組織の 感受性 等価線量(組織・臓器) 実効線量(全身) Sv(シーベルト) エネルギー(eV) 確定的影響 確率的影響放射能は放射性
原子固有
の時間で半減する
放射能が半減するまでの時間を
半減期
という。
例
U-235
7 億 年
U-238
45億 年
C-14
5,730 年
C-11
20.4 分
Cs-137
30 年
I-131
8 日
α線 β線 γ・X線 中性子線 外部被曝(線源が体外) 内部被曝(線源が体内) α線 β線 γ・X線 人体への影響は、何線を出すか、エネルギーの大きさは? どこにあるか(対外・体内)、どれくらい長く体内に留まるか で異なる。放射能(ベクレル)が大きいだけでは判断できない。
被ばくの形態
体内被ばくと体外被ばく
体内被ばくの方が体外被ばくより危険ではないか?という質問 →シーベルトで表されれば、体外・体内での区別は無い。 137Cs
体外被曝の指標(1cm線量等量定数) 0.091μSv・m2/h/106Bq* 体内被曝の指標(実効線量係数) 経口:1.3 μSv/100Bq 吸入:0.67 μSv/100Bq このシーベルトで表された数値は実効線量であり、個体への評価である。 たとえば、137Csで汚染された地区に住み、汚染された空気を吸い、汚染さ れた食べ物を食べれば、それぞれに寄与する放射能(Bq)から、その合計と して被ばく線量を評価することになる。 *通常、体外被ばく線量は、直接、測定器によって測定できる。50年間(子供は70歳まで) 1回の体内への取り込みからの被ばく線量は、 50年間の放射能残存量の積分値から計算される。 → 預託線量の概念 RIは実効半減期に従って体内から 指数関数的に消失していく 取 り 込 ん だ 放 射 能
131
I:
606 keV のβ線、 364 keVのγ線 半減期約8日、 実効半減期 乳児4.63日、5歳児5.94日、成人7.27日 甲状腺(約15g)に取り込んだヨウ素の30%が集積 体外被曝の指標(1cm線量等量定数) 0.065μSv・m2/h/106Bq 体内被曝の指標(実効線量係数) 経口:2.2 μSv/100Bq 吸入:2.0 μSv/100Bq 137Cs:
514 keVのβ線、 662 keVのγ線 半減期約30年、 実効半減期 1歳まで9日、9歳まで38日、成人90日 全身に分布 体外被曝の指標(1cm線量等量定数) 0.091μSv・m2/h/106Bq 体内被曝の指標(実効線量係数) 経口:1.3 μSv/100Bq 吸入:0.67 μSv/100Bq ベクレルとシーベルトが分からない → 放射能から被ばく線量への 換算食品中 137Cs の暫定規制値 100Bq/kg(4月1日~) たとえば、1kgに100ベクレルのセシウムを含む魚を200g 食べたら、どのくらいの被曝線量になるか? 137Cs の消化管からの(経口)摂取による線量係数は、 1.3 μSv/100Bq だから、1.3÷5=0.26μSv (ちなみに、秋田県の玉川温泉の岩場での線量は、1時間あたり 1.8~2.3 μSv。) 年間200回食べれば、52μSv=0.052mSv と、計算できる。 (ちょうど胸部レントゲン写真1枚分)
2.4 (自然放射線レベル) (mSv) が ん 発 生 増 加 率 自然発生率 100 200
低線量放射線によるがん発生リスクの考え方
1,000 +5% UNSCEAR 2010 報告書 原子放射線に関する国連科学委員会 報告書の内容:日本の原爆被爆者の全 ての癌を総合した結果が被曝線量と発 がんのリスクの関係を最も明確に示し ている。 発癌のリスクが統計学的に有意に上昇 するのは100から200ミリシーベルト以 上である。疫学的な研究では,これら の被曝線量以下で有意な上昇を示すこ とはないであろう。2.4 (自然放射線レベル) (mSv) が ん 発 生 増 加 率 自然発生率 100 200 放射線防護(ICRP)では 安全側に考え、「しきい値の無い 直線仮説」を採用
低線量放射線によるがん発生リスクの考え方
+0.5%要因 対象 比較対象 がんになるリスク の増え方 喫煙(男性) 現在の喫煙者 非喫煙者 1.6 広島・長崎での 放射線被曝 1000ミリシーベルト 被曝無し 1.5 大量飲酒(男性) エタノール換算で週300- 449g 時々飲む 1.4 やせ(男性) BMI:14.0-18.9 BMI:23.0-24.9 1.29 肥満(男性) BMI:30.0-39.9 BMI:23.0-24.9 1.22 運動不足 1日のMETs時が男性 25.45、女性26.10 1日のMETs時が男性 42.65、女性42.65 1.15-1.19 高塩分食品 干物等で1日43g、たらこ 等で4.7g 干物等で1日0.5g、たらこ 等で0g 1.11-1.15 広島・長崎での 放射線被曝 100ミリシーベルト 被曝無し 1.05 非喫煙女性の受 動喫煙 夫が喫煙者 夫が非喫煙者 1.02-1.03 放射線被曝と日常生活のがんリスク (国立がんセンター調べ) METsは運動エネルギー消費量が安静時の何倍に当たるかを示す単位。 大量飲酒は1週間にビールなら大瓶13-20本、ワインなら26-39杯分。 (倍)
喫煙
個人における発がんリスク
リスクの総和 大量飲酒 やせすぎ 太りすぎ 高塩分食 野菜不足 放射線 被ばく 環境 基礎疾患 ストレス放射線のみによる発がんリスクの増加 100 mSv 1,000 mSv
個人の発がんリスク全体の増加(黄色い円の大きさ) 放射線被ばくのがんリスク
安心や不安はひとりひとりの考え方。 人に考えを押しつけられることで解消するものでは無い。 知識と知恵で不安を小さくする。世の中にゼロリスクは無い。 低線量の被曝を心配するのであれば・・・ ・がんリスク全体の縮小化を考える ・野菜不足、運動不足の解消 ・喫煙量を少なく ・線量の把握 漠然とした不安を解消するためには、具体的な数値を確認する、 具体的なリスクの大きさを知ることが大切。リスクの(大きさ)を受け 入れるためには、具体的な物差しを持つことが必要です。 物差しの例:健康診断の胸部レントゲン写真1枚 約 50μSv 年間の自然由来被曝放射線量の変動 1mSv~数mSv 程度
放射線の防護の考え方
放射線の被ばくはできるだけ避けるのが基本。
ICRP(国際放射線防護委員会)の防護基準 1.被ばくの正当化 個人、あるいは社会の利益が放射線の被害を上回るときだけ 放射線被ばくが正当化される。(医療、事故における救助作業など) 2.被ばくの最適化 基準の設定によって防止できる被害と、そのことによって生じる 他の不利益の両者を勘案して、リスクの総和が最も小さくなるよう 最適化した基準をたてること。(大量の集団避難による不利益、 その過程で生じる心身の健康被害など) 3.被ばく限度の設定 緊急時であれ平時であれ、個人の被ばく線量には限度を設定する こと。ICRP2007年勧告による最適化の目安(急性または年間線量) ・緊急時救助活動を行う者 500-1000mSv ボランティアによって行われる救助活動に対しては、救命に 携わる者のリスクを上回る便益がある場合には、線量を制限 しない。 ・緊急時被ばく状況(突発的な非常事態の発生) 20~100mSv ・現存被ばく状況(緊急事態が収束に向かっているが、平時より 線量が高い) 1~20mSv ・計画被ばく状況(平常時) 1mSv/年
現存被ばく状況での線量をいかにして受け入れるか。 → リスクの大きさをどう考えるか (がん)検診体制の構築・強化 被曝線量の把握 1日も早い計画被ばく状況(1mSv/年)への回帰 ・・・困難な場合 立入制限区画の設定 小さなリスク(潜在的な危険性)を受け入れる社会の構築には リスクコミュニケーションが大切。