無技巧主義者の
レトリック
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田山花袋と 「描写 の 時代」 の 再検 討─
こ れ はあまりにも初歩的 な 疑問 で あ るというべ き かもしれない。 な ぜなら自然主義 の 代表的 な描写 論 で ある 「平 面描 写 」 を提 唱したのが田山花袋だか ら で あ る。 周知 のように花袋は、 「『 生』 にお ける試み 」 (一 九 〇 八 [ 明 治四一 ]年 九 月 、「早稲 田 文 学 」) で「客 観 の 事 象に対し ても少し もその 内 部に立 ち 入 らず、又人 物の 内部精 神 に も 立 ち 入 ら ず 、 た ゞ 見 たま ゝ 聴 い た ま ゝ 触れ た ま ゝ の 現 象 を さ ながら に 描 く 」 こ とを 提唱 して い た 。 と こ ろ が、 花 袋 の発言を 辿って い けばす ぐに判る よ う に、私 たち の文学史 的理解ど おり の、いわ ゆ る 外 的焦 点 化 (ある い は内的 焦 点化の 禁 止) とし て の 「 平 面描 写 」 は 、 花袋の 〈 描 写 〉 概 念の核心で は けっし て なかった。 花袋に よれ ば「立体 を描 き始め る には 、卑近 な 平面 描 写 か ら 始め なけれ ばな らぬ [ 1 ] 」 。 し た が っ て 「 平 面 」 は 斥 け ら れ る べ き も の で あっ たは ず で あるが、 こ の 主張は ほ とんど顧みら れるこ と なく、 分 かりやす い 「 平面描 写 」 と いう イ メージだけが一人歩 き し 、 いつしか自然主義の 描 写論 を代表する花袋の描 写 論という 安定した像 を 持つよ う に なっ た 、 というのが 実 情 で あろう 。 自然主義の文学論はとかく単純な二項対 立の 枠組みの中 で 把握されやすい。 曰く、 技 巧/排技 巧 、 主 観 /客観、 理想/事実、 叙述/描写 …… 。 つ ま り 「 平面描 写 」 と は 、 こ れら の 前項を 束ねるための 役割 を担 っ て き た わけ で、 であるがゆ えにそれ は 、 何 よ りも単純化さ れ てい て、 安定した 概念 を 提示するも の で な く て はならな かったのだ。 だ が は た し て 、 ここで 自明 視され て いる ような安定し た 「自然主 義」 の文体、ある いは「平面描写 」 は ほ んと うに存在する のか。 たとえば、田山花袋は明治三十年代に一貫した 写 生文 批 判 を行っ て い る。 そ も そ も 花袋にとっ て 「 平面的」 という 形 容は 写 生 文に付 さ れるも の で あ り、小 杉 天外 ら の 「 ま るで 画 家 が 画 を 描 くやう に 只 外 面 の みを描い て」 [ 2 ] いる写 実 主義と 同 じ よ うに、 乗 り 越 えら れる べき 対 象 だ っ た。 し か し、 従来 の自然 主 義 理 解で は 、 花袋 が 写生 文 を 攻 撃 し な く て は な ら な か っ た 理 由 や 、「 平 面 描 写 」 と 「 写 生 」 との 本 質 的 な 差 異 を説 明 す る こ と は で 高見 順 は 「 描 写 の う し ろ に 寝 て ゐ ら れ な い」 (一九 三 六年五 月 、「 新 潮 」) にお い て 「描 写 に 対する今日 的 な懐疑 」 を表明した 。 こ の と き の 高 見 が自然主義 的 な文 体 を 念 頭 に置 きなが ら 論じ ていた こ とは、 「 田山 花袋一派の 自 然主 義 作 家 が 描 写 万 能 を唱 へ 、 なん でも か ん でも描 写 だ と 言つ た 」 と い う 言 い方 か ら し て も明 らか であ る が 、 それにし て も どう し て こ の とき の 「 描写 」 あ るいは 「 自然 主義」 が 「 田山花袋 」 に よ っ て 代表 されなく て は な らないの だ ろ うか。はじ
めに
学位請求論文 概要書永井聖
剛
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文学史の田山 花袋/田山花 袋の文学史─
第 一 章 で は、 自然 主義 前 夜 の 花 袋 の文学史 観 に 焦 点を 当て 、 時 代遅 れ の 感傷 的な浪 漫 詩人がい か に し て 文学 史 の 最前線に 登録 され得る舞台を 用 意したのかを 明ら かに する。 さて 、 田 山花 袋 の 文学 史記 述が も っ とも 盛 ん だ っ たのは 、 日 清 戦争 後 の世 界 同時性を 実 感 でき る 空 気 の 中、 欧州 文学史を 普 遍 的なも の と し 、 そ れに対 置 されるべき 日 本文 学史 を発 見 = 編纂しようとする気 運 の 高 まっ て い た 時期 の こ とで あっ た。 ただ し、 日 本 文学 史 の編 纂は い ま だ模 索期で 、 欧州と日 本 の 文学 上 の 発 展 段階を イ コー ル で つ な い で みせ るよ うな論理 を 見 出せずにいた 。 そ ん な 中、 自然主義 こ そ が欧州の 現在と日本の 現在と を 無 前提に結びつけ て 見せ、 それが 歓迎され たのだった。 博文 館 の 週刊 雑誌 「太 平洋 」 に 断続 的に 掲 載 され た 田山 花袋の 「 西花 余 香 」 ( 一 九〇一[明治三四 ]年九 月 〜翌年九月) は、まさにそ う した 役 割 を担った 先 駆 的 な 文 学史記述にほか な らない。その影 響 力 に つ い ては、近松秋江の 証言 [ 6 ] がある。 「吾 れ 等 は 既 に此 の 写 実 主 義に 飽 き た り 」 と 述 べ た の は長 谷 川 天 渓 「幻 滅 時 代の 芸術 」 (一九 〇 六[明治 三九] 年一〇月 、「 太陽 」) であ った が 、 島村 抱 月 も 「 小 説 界 (小 説 界 の俯 瞰図 ) 」 (一九 〇 七 [ 明 治 四〇] 年 三月、 「 早稲 田文 学」 ) の冒頭、 「最 近の新現 象と し て 一部 の勢 力とな り来 た りしも の」と し て 「自然派を 以 て 目 せら る ゝ 一派」 を挙 げ、 それが 「 在 来の 写 実派 の 傾向に慊 ら ず し て 、 その上に一歩を 進 めんとするも の で あ るはいふま で もな い」 という歴 史認識を提示し て いる。 こ れ ら は 「 写 実主義か ら 自然主義 へ」 という欧州文 学史が辿った進化の 範 型 を 用 いて の、 自然派側 から の明治 文 学 史 の分節= 意味 付 け に ほ かな ら な かっ た。 本 研 究に収めた論考の底流に あ る の は 、「自 然主義」 、 こ と に 田山花袋の 「平面描 写 」 を、 エクリ チ ュールと 文学 史 の 〈 零 点 〉 に 据 え つ つ文 学史を 構 想して し まう よ う な無意 識への懐疑 で ある。 こ の 問 題意 識を貫徹させ るために本研 究 で は、次の 二 つの方針 を 用いる こ とにした。⑴ 座標の 〈 源流=零 点〉 を「 写 生 」にず ら し、 そ こ から の距 離に よって 〈 描写 〉 な る 概 念を 測 定す る 。 ⑵ 〈 描 写 〉 の生 成経 緯を 、 明 治三 十 年 代 か ら の 連綿と したリア リズム文体の 推移の 中 で動態的 に把捉する。 なお、 ⑴ につ い て 補足し て おけば、 こうすることによ っ て 、 自然 主義 を 〈 零点 〉に置く 文学史記述が陥 り がちだっ た「自然主義の単純化」と 同じ轍を踏む 危険性を、 本研究も抱 え る こ とになる が、 こ の こ と によっ て 新た に見 えて くる も のの方 を 重 んじたい。⑵ は、 〈描 写 〉 を 明治四十年代特有のトピッ ク とし て 見 做しがちな研究動向の外部 、、 に出る た めの方策 で あ る。 従来「 『 生』に 於 ける 試み」 や 「描 写論 [ 5 ] 」 な ど の 評論を中心 とし て 整理される こ との 多かった評価の 軸 を、 意 識 的 に 小説の 語 り 本位 のも のへとスラ イ ドさせるこ と によっ て 、 新 たに 見 え て くるも の を 拾い上げる こ とを 心掛けた つもり で あ る。 第一章歴史
認識
として
の
自
然主義
きなか っ た 。 そ れ は、 「 只 あ り の ま ゝ 見 た る ま ゝ に 其 事 物 を模 写する を 可 とす [ 3 ] 」という 「 写 生」の思 想が、一 見したと ころ、 「 平面描 写 」 と何の相違も な いように見 え るか らで あ る。ちなみに江藤淳による と、 こ の 写 生 文 こ そ「一種透明な記 号」 を 目 指した文章実践で あ り、 「リ アリズムの源流」に ほ かなら な か った [ 4 ] 。だとした ら、 執拗に 写 生文を批判する花袋の 〈描 写 〉 に、 透明 な媒体とし て の 自 然主義エク リ チ ュ ールの成立 を 求め る ことは 、 はた し て 適当 なの だ ろ うか 。自然主 義 と歴 史記述 と を切り離し て 考 える こ と は できない 、 と い う のが本 研 究 を 貫く 基本的 な 考え方 で あ る 。 特に、 田山花袋の 場合、 その文学史記述者と し て の影響力 の大き さ は折 にふれ て 言 及 され こ そ すれ、 その歴史 記 述 の実 態と、 そ れ に よって 「 物語ら れる 田 山花袋」 とが いかなる相補 的関 係にあっ たのかは ほと んど論 じ ら れ て こ な かった。しかし、次章以降で も明ら かになっ て い く よ うに、 〈 写 生 ・ 写 実〉を 批 判し、それを 超え た 場所 にお のれの立ち 位置 を 設け ようとする花 袋の歴史記述 のレトリ ックは 徹底し て い る。 そし て 、 彼 の 〈描 写 〉 概念もまた 、 こう した歴 史 観と 密 接 にかかわるかた ち で 形 成され て いく の で ある。 田山花袋の回想に よ れば、 『 重右衛門の最後』 (一 九〇 二[明 治 三五 ] 年 五 月 、新 声 社 ) の題材は 、「 明治廿七年 の夏」 、彼自身 が 「目撃した 事 実」だ った [ 8 ] 。 そ れを、当時硯友社内 で もっ とも親しく交 わっ て い た江見水蔭に 話 し たとこ ろ 、 興 味を 持っ た水 蔭が 「十 人斬 」 (『 春夏 秋 冬 』、一 八九 四 [明治 二 七]年 九 月、 博文 館) と い う作品に した。 た だし、 花袋は それに 「 満足が出来な かつた」 とい う。 こ の不満 が、 花袋に後 年 『 重右衛門 の最後』 を 書かせたのだった 。本章 は、ともに 探 訪 者 フィー ル ド ・ ワ ー カー の体 験 を介 し て語 られ る 二 つ の テ ク ス ト の 、 現 地 で の 物語の 採集 と そ の報告の仕方の相 違、 そし て そ れに よっ て 現 れ て くる 〈 事 実 〉 の質の 違 いを 、 同時代 の 〈 事実 〉 を め ぐる 諸言 説と の相 関 の も と に 俯 瞰し ようとす るも の で ある 。 いわゆる『野の花』 論争 [ 7 ] の時期 の 作家 、、 田山花袋は、文壇 の最新潮流とはまっ たく無縁 で あるこ と (不 器 用 だ が誠 実な 美文作 家、 紀 行 文 作 家 で あ る こ と) によっ て 、 逆 にその 存 在意 義 が 確認 され るような位置 にい たよ うだ。 しかし 、 花袋 は こ の 文 学史 記述によ っ て 、 日 本 ば かりか欧 州の文壇情況すべ てを掌握する超越的な 視 座 を 獲 得 し、 さら に、自作 『野の花 』を も自然主義に 収束する文学史 の 中に分節し て み せ たの で あ っ た 。『 野の花』論 争は 、そのような 自己の歴史化=権威化の 営 みとし て 読み 直すこ とが で きる。 「十人 斬 」 に 満足 できなかっ た 花袋が書い た 『重 右衛門 の 最後』 は 、 逆 に、 新聞報道の レ トリック を思 わせ 第二 章
田山花袋
における
三人称文
体
の
獲得
─
江見水 蔭「十人斬」 と 田山花袋『 重右衛門の最 後』─
江見水 蔭 「十 人 斬 」には、 いまひ と つのプレテクス ト が存在する。 それは 、一八九三 [明治二六] 年六月に 河内 ・ 水 分村 で 起 こ っ た 「 河内 の十 人斬 」 と 呼ば れる 事件 と、 その事件を め ぐる物語で ある。 こ の 事件報道の レトリッ クと水蔭の 「 十人 斬」 と を 比較すると、 水 蔭のテクス ト の 〈 事実 らしさ〉 構 築 の 特 徴 が はっ きり と浮 かび 上がっ て くる 。 まず 「 河内 の十人斬」 を めぐる新聞記 事の特徴 で あ るが、 それは 、 ⑴十人の斬 殺 という結 末を 見据え た うえ で 、 こ の 残虐 な結末を 必然 とする よ うな 「過去」 が、 噂 ・ 証言 ・ 推 測 ・ 断定など あらゆる情 報 を 総動員しつつ編成される。 ⑵ 噂 ・ 証 言 ・ 推測 ・ 断 言など、 諸言説の間 の 信憑 性の位相の違いはいったん等 閑に付され、 取捨 選択され、 し かるの ち にも っともらしく 地均しされた 「 ひ とつの 物 語」 が作 られる、 と要約 される。 こ れ らが 事件の 「 当事者の声」 を 抑 圧しながら 成 立し て い るのに対し、 水蔭 の 「 十人斬」 は、 徹底的 に「当事者 の 声」 で あ るこ とを 貫くこ と を 以 て 〈 事実ら し さ〉の担保とする。こ のとき 探 訪 者 フィー ル ド ・ ワ ー カー は「十人 斬」 の主人公 ・ 平 助 の 〈自己言 及の物語〉 を 引き 出し、 相 槌を打 つ 役 割を 担 う。 ただ し、 水蔭 「十 人斬」 の悲 劇 と は、平 助 が〈自 己 言及 の 物 語〉 を紡 ぎ出 す過程 で おの れの 身体 に染 み付いた 傷痕 を呼び覚 まし てし まい 、 そのこ と がき っかけ で 凶行に及ん で し まったこ とだった。 い わば、物語 が身体に敗北したのだ。─
『重右衛門の最後 』と 『遠野物語』における〈事実〉の語 り方─
第三章経験
と
伝
聞
周知 のように、 柳 田國男は 『遠野物語 』 ( 一 九一〇[ 明治 四三 ] 年 六月、 聚 精堂 ) 序文におい て 「 要するに此書 は現 在の事実 、、 なり」 と 述べ、 同 時 代 の 経験 、、 主義 的 な リア リズ ムの 風 潮 への あ か らさ まな 疑義 を呈 した 。 本 章 の 目的は、 その 〈事実 〉 構築の機構を、 あえて 「 柳田の経験 、、 」 と い う 観 点 を 導 入 し 、 さ ら に 同 時 代 の リ ア リ ズ ム ・ テク ストと比較しながら再検討 する こ と で あ る。 主たる比 較 の 対象は 、 当時多く用いら れ て い た額 縁小説 (こ れは、 ま さに〈 経験 〉 を担 保に そ の リア リティ を 獲得 する 方法 であ る ) の形式 を 用い た田 山 花 袋『重右 衛門の最後』 である 。 こ のよ うに 、 田山花袋の 画期となる作 品 で あり、また 、「前期自然 主 義」の 代表 作 ともいわれ る 『重右衛門 の最 後』 が 達 成し た境地とは 、 こ れ ま で 文学 史で 指摘 されてき たも のと は 違 う 意 味で の 〈 傍観 〉─
傍観す る ことで 外 側か ら描くの ではなく、 傍 観する こ と で 外 側か ら も内 側か らも 描く─
がも た ら したも の だった。 た だし 、〈 他者 の物語 〉 の抑 圧に基 づく 『 重 右 衛 門 の最後』 的な物語 行 為 は 、「十 人斬 」 の平助が 垣 間 見 せ て くれ たような 〈 物 語 の 干渉を 拒 む 身 体 〉 の 可 能性 を 以 後 の テク ストから 封印 し て しまうこ とも 意味し て い た はずで ある 。 相手 の立場を 重 ん じ、 親身に な って 話を 聞 く 態度。 そ して 、 対 象から 距 離を おき 、 自 分 の 存在を 悟 ら れ るこ とな く、 徹底し て 傍観者を 決め込む 態度。 対 他者的な 倫理 の点から いえ ば 前者に 理が ある のは 明白 だが、 どち らが 「 自 分に納得でき る物語」 をドラ マ ティ ックに仕立 て る こ と が で き るだろうか、 と 考えて み れば話は別 で ある 。 あくま で 傍 観し、 噂 の収集や観察を 重 ねるからこ そ 、 (いい意 味で 、 無 責 任 に) あた かも当事 者が思 っ てい るこ と・語っ て い るこ と で あるかのような言 葉 を 作り上げ、 そ れを当事者 の しぐさや表情、行動に関連づけ、 ひとつながりの物語とし て 編集し語る ことが でき るの で あ る。 『重右 衛 門の最後』 が 「なにがし といふ男」に 担 わ せた 役割 と は まさ にそ れ だ った 。 彼 は、 重右 衛門 か ら 「声」 の 所有権 を 剥奪し 、 噂 や 伝聞、 観 察 、 推測 と い っ た 〈 物 語〉 か らな る 、 イ メ ー ジ とし て の重右 衛門 を自在 に 物 語 る 任 務 を 与 え られ、 そ れ を遂 行 した 。 そ し て一方 、 それ と は ま っ た く 対 照 的 だ った の が 「 十 人 斬 」 の 「 旅の者=詩人 フ ィ ー ル ド ・ ワ ー カ ー 」 の 方 法 だ っ た 。 彼 は 平 助 の 物 語 を 尊重した がため に 「自分の 納得できる物語」を貫徹 す る こ とが できなかったの で ある。 さ て 、前章 で も考察した よ うに、 『 重右 衛門の最後』 の方 法 と は、 現地に赴 いた おの れの 足跡 と体験 を 物語 り、参与・観察 の 身 振 りをテク スト 上に痕跡とし て 振 り撒 くこ とで それを 〈 事実ら し さ 〉 の 担 保 と し つ つも 、 一方 で、 そ こ で採集し えた はず の 直 接的 な情 報 を あ え て限 定 し 、 間 接的な情報の パッチ ワ ーク を通し て ひとつ る方法 で 自 然 児・重右衛門 を 物語っ て いく。 探 訪 者 フィー ル ド ・ ワ ー カー であ る 「 な に が し と い ふ 男 」 は 、 そ の 気 に な り さ え すれば本人 か ら本心 を聞く ことが で きるにも かか わ ら ず、 徹底して 重右衛門との間に 隔たり を 設け、 傍 観者 で あ る こ と を 貫 徹す る 。 そ し て そ の代 わ り に 、「 友 の言 葉や ら 、 村 の 評判 や ら から 綜合 して 」 重 右衛 門 の 物 語 を 編成し て いくのだ。 ま た その 過 程 で 、 こ の 「 男」 は、 本来知り得ないは ず の重右衛門 の 内面ま で も、 さも 〈事 実 ら しく〉 作 り上げ て しまう。 徹底した重右衛門への隔た りが、 逆 に、 重右衛門への同 一 化、 すなわち心中思 惟の代弁ま で をも 可能にする の だ。田山花袋 における言文一致・三人称 文 体 の 獲得まで はあと一歩で あ る。─
田山花 袋の〈小説〉 認識につい て─
いっ ぽう の 『 遠野物語』はどうか。 「こ の類 の書物は少なくも現代の流行に非ず 」 ( 『 遠 野 物 語 』 序 文 ) と述べ るとき の柳田國男 が、 当時の文壇で 主流だっ た素朴実在論 的な 〈 事 実〉 認識に対し て 批判 的 で あっ た こ とは間 違いない。し かし、にもか かわらず、 〈現在の事実 、、 〉を表 象す る 『 遠 野物 語 』 の 文 体 は 、 あ る 物 語を 継承 して きた 何 層 に も わた る 匿 名 の 語 り 手 た ちの 知 覚 (発見 ・ 気付き ) が、 あ たかも 物語 の語り手 自身 の知 覚 で あるかの ように 綴 ら れたも の で あった。作 中 人物のも のとも 語 り 手 のも のとも取 れる話 法 を 多 用す るこ とで 、『 遠 野 物 語』 は、 佐々木喜善か らの 聞 き 書 き という ひ とつの 陳 述のレベル を 消し、 さ らに読 者 を作中人 物の 「いま ・ こ こ 」 へと誘う。 つ まり こ こ で も また 、 もとも と 「 伝聞」 で あったもの を 「経験」 で あ るかのように 装うレトリ ックが見出さ れるのだ。 こうし て 『 遠野 物語』という孤高のテクス トは、 『 重右衛門の最後』と い う き わめ て 近代 的なリアリズ ム・テクスト と近接する こ とになる。 第四章〈美文
〉
と〈小説
〉
自然主義 作家 とし て の 位置 を 名 実 と も確 かなもの に す る た め に 、 花 袋は 〈 写 生 ・ 写 実 〉 を 乗り越えるの と同 時 に 、 自 ら の 〈美文〉 的 な 資質と定評も克服し て いかなくてはな ら なかった 。 本章 で は、 花袋の な か で 〈美文〉 がいかに相対化され、克 服され て い っ た のかを 「 蒲団 」 ( 一九〇 七[ 明治 四〇] 年九月、 新小説 ) に至るま で の い 『遠野物語 』 と 『 重右衛門の最 後 』 で二人が試 み た こ とは、 〈 経験〉 と 〈伝聞〉 という密 度の 異 な る情報 を 、 その 密度 の違いを 気付 か せ ない ように 埋 めな がら 〈 事実 〉 を 構 築す る、 とい うこ とに ほかなら な か っ た 。 そし てそ れ は 、 写 生 文 に 代 表 さ れ る よ う な 、 明 治 三 十 年 代 的 な リア リズムの方 法 を乗り越えるための 試 み で あった の で はないか。 こ の二人 はともに 写 生文 を (程度 の 差 こ そあ れ) 肯定 的 に 評価 し て いた が 、 リア リズムの 手 法 と し て の 写 生文の 要 諦 は、参与・観察する語り 手 (体験す る者 ) と読 者 ( 追 体験 する 者) とが 均質に結ばれ得る 点 にあ っ た 、 と いえ る。 逆 に いえ ば、 写 生 文に は 〈 経 験 〉 は あるが 〈 伝聞 〉 は な い。 写 生 文 は 〈 伝聞 〉 を 排 除 す る こ と で 、情報の密度 を均一にする こ と が で き た のだ。 写生 文 的 な 〈 経 験 〉 が 、 生 き ら れ た 空 間 と 時 間 に よ っ て 持 続 す る 物 語 世 界 を 構 築 し や す い の に 較 べ る と 、〈 伝 聞〉 は無時間的 で 具体的な場 を 持た ない点に特徴があると いえ よう。 お そ ら く、 柳田は 「山人」 や 「他界」 を 介して 間 接的に 「 日 本 」 の 同一 性を 物語るた めに、 花 袋は 三人称によって 語 ら れ る抽 象的な物語空間を 獲得す るため に 、 こ の 〈 経験〉 と 〈伝聞〉 を接 続させ る 技術 を必 要とし ていた 。両 者に とっ て 重 要だ ったの は 、〈 経 験〉 をテ クス ト上に顕 在化させ て 〈 事 実 らしさ〉 の担 保と しつつ も 、 実 際はそれ をほとんど機能させ ず 、 性 質 的に は 〈 伝聞〉 の時空に近い、 無時間的 で 抽 象的な世界を 物語りつつ創造し て い たと いう こ と で あ る。 もちろ ん、本 人 たちがどれくら い意識 的にこ れ にあ たって い たのかを 測 定 するこ と は 不 可能だし、 〈 事 実 〉とはいっ て も それぞれのテクストのめざす方向性は大き く異なっ て いた 。 言 文一 致と文語という大きな相違もある 。 し か し 、〈 伝 聞 〉 を 〈 経 験 〉 に接 続す る と いう 表 現 上 の課題を 共 有 し て い たと い う 点 で 、 両 者 は やは りこ の 時 期 に現 れるべき テク ストだったの で ある。 の 物 語 を 編成 するというもの だ った 。 語り手 で あ る 「 なにがしといふ男 」 は 、 も ともと 「 伝聞」 で しかな か っ たも のを 「経験 」 の位相 に 限 り な く 近接 させ る よ う な レト リ ッ クを 用いて い た こ とに な る 。『重右衛 門の最後』 の 結末、 語 り終わった 「 なにがしといふ男」 は 感 極 まっ て 「 諸君、 自 然 は 竟に自然に帰 つた!」 と叫ん だ 。 こ れは、 ツ ル ゲ ーネフ 『 猟人 日記』 に ちなん で 語 ら れ出した 物語が、 結局 、 話 者の 感傷 に 収束 し て しまっ た 、 い か に も 花 袋 的 、、、 な 結 末 で あ っ た 。 ち な み に 、 そ の 前 年 に 書 か れ た 『 野 の 花 』 の 結 末 も 「 悲 し い の は 運命 ! 」 であった 。 つ い 「 運命 ! 」 とか 「あ はれ!」 と叫び、 涙し てし まう、 こ れ が 当時の 花 袋の限 界で あ っ たとし た ら 、「悲 劇? 」 (一 九 〇 四 [ 明 治 三七] 年 四 月 、「文 芸 倶 楽 部 」) とい う題名 のテ ク ス ト に 、 そ う し た傾 向 から の 脱 却 の傾 向を 読み 取 るこ と がで き よ う 。 それ は 一 言で い っ て 、 こ れ まで 決 し て 付 さ れ るこ と の な かっ た 「 ? 」 が 〈 悲劇 〉 と いう 花袋的 、、、 語彙 、、 に付さ れ た こ とに 現れ てい る。 花 袋に お い てこ こ で はじめ て 、 あ る 事 件 を 「 悲劇 」 と し て 誇張 的 に表象 ・ 伝 達 し よ う と す る主 体 と 、 同 じ 事 件 を 「悲 劇」 であ ると は思 えな い 主 体 との、両 者の アイロニ カル な〈対話〉 が 明確なかた ち で テ クス ト化され たの である。 主 人 公の 〈感傷癖〉 を 誇張し、 滑稽 化しようとする志向性は、 〈 美文 〉 の 時 代 の 終 焉を宣言した 『美文作 法』 ( 一 九〇 六[明 治三九] 年 一一 月、博文 館) に 明 確に 示 さ れ て いる。 た とえ ば 花 袋 は 、「 煩 悶と言 ふこ と が 、 美 文 を 作 る 上 に甚だ 必 要で ある」と述べる。 「煩 悶と言ふこと は、青年に は 必ず伴ふべ き もの で 、 大 抵な人 には こ れが無いもの はな」い。し かし、 こ の「 情緒時代、憧憬時代」は長 く続かない。 「 こ の時代には 只 々あ こ が れ て 、 もだえて 、 恋 し て 前の こ と も後の こ とも 知らず、 夢に 夢を 見 て 居るやうなも の で あるが、 一 た び此天地を 出 る と 、 常 識 の 翼 、 智 力 の 翼 が 逸 早 く そ の 空 地 を 占 領 し て 、 今 ま で 住 ん で 居 た 境 の い か に 夢 に 似 た る か に 驚 く の で ある」 。 これに続け て 、花袋が「此の 煩 悶、空想、神経過敏 を 一 歩 進めると、誇張になる」 と述べ て いる こ と に 注 目し たい。 お そら くこ のとき 、 花袋 は、 お のれ の 感傷癖 (悲哀・ 憂鬱 ・煩 悶 ) を有効 活 用 す るた め の 方 法を 見出して い た で あ ろ う 。 そ れは 、〈 美文 〉的な要 素 を 「誇張」し て 〈小説〉に す るという方 法 にほかなら ない。いわば〈美 文〉のパロデ ィ化 で あ る。 『 美 文作 法』 に は 、「 嗅 感 と 触 感と は 是 非 美 文に 入れ て 欲 しい 」とい う くだ りもあ る。 「 手を 握る (触感) と いふこ とが甚しく、 其 恋を 増さしむる動機に なるし、 衣 服 のかを り 肉の かを りを 嗅ぐ (嗅 感) といふこ とが益々 胸を とき めかせる 材 料 と な る 」 からで あ る 。 そう いえば 、「蒲団 」 の美 文作 家 ・ 竹中 時雄は テ クスト冒 頭 か ら 「か を り 」に胸 を と き めか せ、自己を統御 で きなくな っ て いた 。「 ハ イ カ ラ な庇髪 、櫛、リ ボ ン 、 洋燈の光線 が其 半身を 照 し て 、 一 巻 の 書籍 に顔を 近く寄 せると、 言ふ に言は れ ぬ香 水 のかを り、 肉の かを り、 女の かを り ──書中 の主人公が昔 の恋人に フアー ス トを 読ん で 聞 かせる段を 講 釈する 時 には男 の 声も 烈しく戦へた」 。 ま た同 様に「少 女病」 で も、 「 臭感、触感」 は 美文作家・杉田古城 を 「愉快」にし、前後の見境 をつかなくさせ ていた 。 〈美文〉あ るいは〈美文 作 家〉の パロ デ ィという見 地 か ら すると、 「臭感、触感 」 を め ぐる これ ら の 用例に は、あ きらか に一貫性が認 め ら れる。 「少 女 病」と「蒲 団 」にうかが え るの は、時 流 か ら 外れた 美文作家た ち の紋 切型ともいう べき 思考や行 動 の アクセン トや 無意識 の イデオロギー の強調と反復で ある 。 そして 、 そ の パ ロデ ィ的な様式化 の試みは間違いなく同時代 読者に対し て 通じ て い た形 跡が 認め ら れる [ 9 ] 。 し か し 、 こ れ ら の 過 剰さが喚起するは ずのユーモアは、 周知のように、 赤 裸 々 な 告 白を 読も うとす る モ ー ドに よって 完 全に 抑 圧 さ れて しまっ た 。 一 九〇九 [明治四二] 年二月 の 「早稲田文学」の 「推讃 之 辞」 は、 「痛切化」 「 深奥化」 を新派 の作 品 の 鍵概念と し、そのもっ とも進んだも のとし て 花袋 の「蒲団 」を 挙 げ 、 同号の 「明治四十年 文藝史 料 」 は「 『蒲団』は自己を大胆に告白せるも の と し て 大いに文壇 の視聴をあつ む 」と史的な位置付け を 行った。お くつかのテクスト の分析を 通して 明 ら か にして ゆ く。
─
田山花 袋の文体練習 と修辞学の動 向をめぐ って─
第五章「無技
巧
」
の修辞学的
考察
たと えば、 一 本 の 木 や 枝の 様 子 を記述し て 落葉 林全 体の様子 を言い表すの は 「 全 体 ─ 部分」 または 「 入れ物 ─ 中身」 の換喩 で あるし、 木 の 葉 が そ よぐ のは 微細な風が 動い た こ と を 、 林 の 中が ぱっと明るくな る のは雲 間 から 陽 光 が 差 し たこ と を 表 す[原因 ─ 結果 ] の換喩 で あるこ とになる 。 林 の奥 で 物 音 が したの を 「多分栗が 落 ち た の で あら う、 武蔵 野には 栗 樹も 随分多い から 」 (「武蔵野 」) と 推 理 す る の も同 類の認識 であ る 。 つまり 、「武 蔵野」 や 「憶梅記 」の 言述 は、 換 喩 的認 識に よ る 言表 を時間的順序にし た が っ て 連 ね た も の な の で あった 。 田山 花袋 「 憶 梅記」 (一 九 〇 一 [ 明 治 三 四 ] 年 二 月 、「 文 芸 倶 楽 部 」) には、 場 面に内在する 視点人物の設 定、 郊外 の秋 の風景、 楢林 の中 の小 路、 日差 しを 遮る 気まぐれな 雲 、 が ら が ら と いう 空車 の音 、 そし て 、 私 語く ような 物音などの 特 徴的な言葉の用い 方など、 國木 田独歩 「 武蔵 野」 ( 初 出「 今 の 武 蔵 野」 、 一 八九八 [ 明治 三 一 ]年 一〜 二月、 「国民 之友」 ) ・二 葉亭四 迷 訳・ツ ル ゲ ー ネ フ 「あひ ゞ き 」 (一八 八 八[ 明治二 一 ]年七〜八月、 「 国民之友」 ) の 文体 の、露骨とも いえ る模倣= 文体 練習 ス タ デ イ をみ る こ と が で き る 。 さて 、 そ こで 花袋はどうしたのか。 一方で は 、 与 えら れ た 自然 主義作家のイメージ をみず か ら引 き 受 け 、『生』 に始まる三部作 を 、 藤 村 『 春』 がしたよ うな 〈自 己 の 歴 史 化〉 という方法 で書 き綴り、 文 壇 内 で の地歩 を固め る こ とになる だろう。また 一方 で は 、「 蒲 団 」 で 理解さ れ なかった「 離 れた形」 を、 より明瞭な形 で テ クスト に構造化 する方法を模索し、 そ れ を 『田舎教 師 』 や 『縁』 など で具現させ 、 やが て そ れ は 〈観照 〉 の境 地と呼 ばれる こ とになる だろう。 一 般 に、 二葉亭 訳 「あひ ゞ き 」 が 独 歩 ・ 花袋ら に 与 え た影響は、 表現 位置とし て の 「い ま 」「 ここ 」 の 発 見 、 そして 「 譬喩や 修 辞 の 排除 」 で あるといわ れ て い る (杉 山康彦 『 こ と ば の 芸術』 、 一九七 六 年 三 月、 大修 館書店) 。 た し か に 独 歩や花 袋 の新 しい文体 から は 、 隠 喩 的な 認識が 排 除 されて い るこ とが つ ぶ さに 確 認 でき る 。 ただ し、 隠喩 の排除がそのまま 「譬喩や 修辞の排除」 や 「あ り のま まの 模 写 」 に つ な がるの か という こ とに関し ては留 保が必 要だ ろ う。というの も、 「あ ひゞ き」 も「武蔵野 」 も「憶梅記」 も、 こ れ らいずれもが基調とし て い る 外界 認識 の形式は 、 換喩 メト ニ ミ ー 的な それに ほ かなら な い か らで ある 。つま り 、独歩 ・ 花袋ら は 譬 喩 を 排 除 し た の で はな く、 隠喩 メタ フ ァ ー と は別の譬喩体系 に 移行した 、と捉えるの が適当なの で ある。 今日の 文 学 史 把握 では 、「 露 骨な る 描写 [1 0] 」 の 訴 え や 「 論 理 的 遊 戯 を 排す [11 ] 」 と いっ た声に圧されて 、 文飾を 以 て美と な すよ う な 文 学 の 潮 流 は (たとえ ば泉鏡花に代 表さ れ る よ う に ) 壊滅的な打撃 を受 け た というよ うに整理さ れる のが 通例で あ る。 ただ し、 こ う し た 見取 り図は 、 自然 主義 文学 者 た ち の 声高な排 技 巧 ・ 因 襲打 破 の スロ ー ガン がは たし て 同 時代 のレトリ ック研究 の急 所をきち んと 撃ち得て い た のか、 と いう 大切な問 題 を 等閑にし て いるといわねばならない。 そして、 結論をいえば、 自 然主 義者 たち のスローガンは 同 時代 のレトリ ック研究を 正当に斥けるだけ の 論 理は持ち 合わせ て いな かった 、 とい う こ とになる 。 本 章 で は、 その こ と を 同 時代のレト リ ッ ク 研 究 の 集大成 で ある 島村 抱 月 『新 美辞 学 』 ( 一 九 〇二[明治三五 ]年五 月 、東京 専 門学 校 出 版 局) 、および五 十嵐 力『新文章講話』 (一九〇 九[明治四二]年十月 、早稲 田 大学出版部) など の 言 説 を 参照 しながら検証 した 。 そ ら く花袋は、 こ うした評価のされかた に戸 惑いを感じ て いた はず で あ る。─
明治三十年代の 写 実 表 現と田山花 袋─
第六 章写実から描
写
へ、
平面
から立体へ
一般 に 、 田 山 花 袋 の 〈 描 写 〉 は 、 素 朴 実 在 論 の 立 場 に 立 っ てい る も の と 理 解 さ れ てい る 。 も ち ろ ん そ れ は 、 彼が 平面描 写 の提 唱者とし て 記 憶され て いる からで あ ろう 。 ま た、 紀行 文作家とし て の資質とキャリアが花袋 を客 観描 写に 向か わせたの だと する論調 にも、 〈描 写 = 素朴 実 在 論 〉 の 定 式 は色濃 く出 て いる。 し かし 、明治 三十 年代以来の リ アリズムの水脈 の うちに彼 の思想を 置い て 眺 め直し て みると き 、 その よ うな見方が必ずしも 妥当なも のと はいえないと いう こ とが分かっ て くる。本章は、 〈 写 生〉 〈 写 実〉 〈 ス ケツ チ〉など 、明治三十年 代 のリ ア リズムの試み の下流に 田山花袋の〈 描 写 〉 を 置 き 、 こ の 概 念 の生成過程を 辿るも の で あ る 。 抱 月 は述べ る 。「 言語と思 想との 相 応ず る場 合は、言 語が章 を 成し た る 時 に 限る 。此の場 合に あり ては、思 想即 ち言語にし て 、 言 語即ち 思 想な り、 内容 と 外 形とは 分 かちて 言 ふべ から ず。 是を 辞と称す 」。 つ まり 「辞 」 を 構 成す る と こ ろ の 「 人間 の思 想 」 と 「 声音 若 し くは 字記 」 の 二 つ の要 素は 分 か ち が たく結 び ついて い て 、「 声 音若 しくは 字 記」 以 前 の何も の かは存在しな いというのだ 。 こ うした形相一如の認 識 に立つとき、 花袋らが大 前提 とし て い た 「 自然 ・ ありのまま」 と 「 鍍 されたもの」 という 、 言語 化以前/以後 の 二元論に基 づ いた 批判 の 矛 先 が レ ト リック そ の も の に 向 け られ る こ と は不 当 であった は ず である 。 そ し て、 抱 月 の 主 張 を 継 承 し つ つ 、 排技巧 を 唱 え る自然派への 攻撃 の 姿 勢 を さ ら に明確 にした のが五十嵐力 『新 文章講話』 で あった。 ただ し、 五 十 嵐 が攻撃 的 な 姿 勢を 取ら なけ ればなら ない ほど、 排 技巧 のムードはも はや 動かし よ う の ない支配 的な 認識に なって い たの で あ った 。 さて 、 田山花袋 の リアリズム 観 を 「 隠喩から 換 喩へ」 と いう 変節 の中で 捉 え た とき 、 花 袋の 「象徴主 義」 「印 象主義」への 関心が た いへ ん理に適った も の で あ った こ と が判る。たとえば花袋 は、 「印象主義 は 客観 の文藝 で あ る」 、「 主観を 要 する こ と が 客 観を要するやうに重要 で あ るにも拘ら ず 、 猶 且つ客観の文藝 で ある」 と いう [1 2] 。 純 客観 主義的な 見地 から す れ ば、 こ れ は い かにも 晦 渋な 物言 いで あり、 ほ と んど矛 盾に しか 見え ないが、 同 じ文章の 次の 箇所 を 見 れ ば 、その 言 わん とし ている こ とが了 解され る。 「ゴ ンクー ル の 小 説の 省 略 に富ん で 居 るのは有名 で ある。 眼 に領略し た処 だけ を、 点 で も打つ や うに、 ボ ツボツ書い て ある。 主 人 公 のボン ヤ リ歩い て 居 る所などを十行ばかり書いて 、 それ で 一 章になつ て 居 ると ころなどもある。 かと 思ふと、 ある 行為 を一寸 刷毛 で 塗 つた やうに粗く書 い て 済まし て 置く こ と もあ る」 。要するに こ れは、 換 喩 に よる全体 の 暗 示、すなわ ち 「 象徴 」 に ほかならない。 眼 に 見 え るも の を 書くという 位相におい て こ の表現は 「客観 」 で あ る が、 「 全体」 から 「部 分 」 を 抽 象す る 位相 に お い て こ の表 現は 「 主観 」 的な の で ある 。 明 治 三十年代は 「 写 実 」 の 時代 で あ っ た 。 こ の時代 の 一 道 標となる國 木 田独歩 「 武蔵野」 の初出は一八九八 [明 治 三一 ] 年一月 〜 二月、単行 本 の発刊は一 九〇一 [明治三四 ] 年三月のこ と で あ っ た が、まさに そ の同時代 こ の ような地 平 に 達し たとき 、 あ ら ため て 当 時 の花袋に と って の 「 描写 」 理 念が、 単 な る 外面描写 の提唱な ど で はなく、 花袋 的な 「象徴」 的手法の説明で あった こ と が理解されよう。 こ の時期 の花袋の、 自 然主義の典 型 を 示す ような客観描 写 の 提唱 と象徴主義へ の傾倒は、 一 般に、 矛 盾あるいは対立 ・ 葛藤し て いる ものと理解 される向 きがあっ たが、彼にと っ て 、 こ の両者を矛盾なく 結びつけるも のが〈描 写 〉 だったの で あ る。田山花袋の 〈 描 写 〉 が 〈 写 生 ・ スケツ チ 〉 と 異なるの は、 こ の 〈精細 さ〉 へ の信仰の度合 いにおい てで ある。 花袋は〈描 写 〉 を 定義し て 次のように述 べ て いる。 「描 写 といふこ と は 、観察した こ とに適当な る文字 を 当嵌 め 、 その調子── 軽 い とか重いと か 、 可 笑いとか、 悲 しいとか── を そ の事件 人 物に従つ て 顕 す方法 で あるが、 こ の 調子 を合せる といふ こ とは 実に至難中の至難 で ある [1 5] 」。 たと えば、 「 蒲団 」 の 視点 人物 ・ 竹 中 時 雄を 思 い 浮 かべて み よう。 彼 の 「 視点= 調 子 」 に 合わ せて 描き 出され る 物語世界は 〈 精細 さ〉 を欠き 、 時代遅 れ の美文作 家の、 明 ら か に 偏 向したまなざ しに支えら れ て いる。 つま り こ こ に は、 リ ア リズムが 対象の正確な 複製 で な く て は ならない という観念が きわ め て 稀薄 なのだ。そ こ で は 、「 精」 「密」 「細」に代 わり「疎」 「 偏 」「欠如」と いう主題が浮 上し て く るよ うになるだろう。かくし て 、〈 描 写 〉は〈 写 生・スケツチ〉との関係 性 におい て 、 おのれ を 異化するこ と になるの で ある。 こ の 、 現 実の複製とし て の 〈 写 生 ・ スケツ チ 〉 は、 事 実らしさ を支 え る 要件とし て 〈 精細 さ〉 を重んじ て い た。 たとえば子規は「叙事 文」 で 次 のよ うに述べ て い る。 「作者若し須磨に在 ら ば読者も共に須 磨 に在る如く 感じ、 作 者若し眼前に美人 を 見居らば読 者も 亦眼前に美人を 見 居る如く 感ずるは、 此 の如く 事 実 を 細叙した る 、、 、、、、、、 文の長所 、 、、、 にて 、 此 文 の 目 的 も 亦 読者 の同感を 引くに 外 なら ず 」。 こ う し た 志 向性は 、「ホトト ギ ス 」 の 写 生 文募 集の文章にも如実にうかがう こ とが できる。 ま た 、 二 葉亭 四迷は写 生 文 の こ とを 、 表 現 主 体と対 象 と の間にあ る「 窓硝 子に 描 うつ るもの を描く」 こ と に見立 て、 「 何 を 描 うつ すにして も、目に映 る もの を 、 何もかも悉く書く必 要 はな かろう」 とい う苦言を 呈して いる [1 4] 。 要 す る に 〈 写 生 〉 に お い て は 、 こ の 「 窓 硝 子 = 平 面 」 に 投 影 さ れ る 情 報が 細かけ れ ば 細 かい ほど、 ま た、 情 報 量が 多け れば多い ほど、 そ れは まるで キ ャン バ ス を 細い筆 致で 埋め尽 くす写 実 画のよう に、 事実を あ りのままに 写 したも の と 認 め ら れる のだ っ た 。 と こ ろ で 、 こ れ ら 「写 生 」「写 実 」「 ス ケ ツ チ 」 に は 、 記 述 主 体 の 位 置 の 明 示 と 、 そ こ か ら 知 覚 さ れ る も の の 記述、 とい う 共通 点がある。 つ まり 〈 写 生 ・ スケツ チ 〉 は 、 ま さにその 名の通りに、 画家の景物に 対する身ぶ りを 文体 上に 顕在 化させるこ と に よ って 、 そ の記 述 の 客観 性を 獲得 し よ うとし て い た のだ。 そ こで 記 述 され た もの は、観察 者の (視覚を中心とした) 認知 のもと で 編 成 される図像で あり、 そ の特質とし て 、〈 いま・ こ こ 〉 における一回的 な 観察 行為の 所 産 で ある風景が、 まる で写 真 や リア リズム 絵 画のよ う に、 それ と は 異なる時空 におい て も反復し て、 しか も均質的 に受 容可能 な もの とし て 受 け止め ら れ る とい う 役 割 も 担 っ てい た 。 要する に〈写 生 ・スケツ チ〉は、現実 の複製とし て の機能を要 請 され て い たので ある。 におい て 、 同 時 発 生的 にいくつかの 〈模 写 〉 の 試 みがなさ れ て いるという こ とは注目に値する。 正 岡子規が 「 叙 事文 」 (一九 〇 〇 [ 明 治 三 三 ] 年 一月〜三月、 「日本 」) のなか で 、「 写 生 ・ 写 実」 を提 唱したのが一九〇〇 [明治三三] 年、 小杉天外が 「 写 実 小説 [13 ] 」 を 発 表 す る のも、 島 崎 藤 村が 小 諸 で 「 スケツ チ 」 の スタデ ィ を 始 める のも 同年 の こと であ る 。 「自己研究も甚だ必 要 で あ るが、世 の 中 に は自己の やうに生活し て居ないさまざ ま の人間があ る 。一々違つ た心 持を 持ち、 一 々 違 つた行 為 を し て 居 る。 こ れ 等 の 人生 の実に迫るに は、 一々細か い行 為 の 観 察 、 事 象の研 究か ら 其 の 深 い処 に入 つ て 行か ね ば 駄目 だと 私 は 考へ 出 した [16 ] 」。 花袋は、自らが傍観 者 的傾向 を 抱くようにな った経緯を、 右の ように説明して い る。 彼 の 傍観者的傾向は、 一般に、 反硯友社 ・ 反 美文的な文脈で 捉 えら れ るこ と が 多 い から 、 反 写 実 、、 、 主義 的な立場として の 傍観者的 態度という の は 意外に思わ れるかもしれない。 し か し花 袋にはまちが いなく、 作者 (語 り手 ) ・ 作 中 人物 ・ 読者 の三 主体が共 感す るこ とに よって 得ら れ る 〈 写 生 ・ * * * * *
語り手の目 、、、、 、 には中根坂か ら佐内坂に至 る風景はどう 映 ったの だ ろうか。 それはテクストからは知 り 得ない。 なぜ なら 語り手は あえて 自 分の 見方 を 示 さな い で 、 時 雄と いうある一箇 所に限 定 され た視点から 見 た光景だけ をテクス トに 示し ているか ら で ある。テ クス トに展開 される「 こ の 夏の夜景」 は 、「 時 雄 」の 「 眼 」 に 映った ものにほ か な らない。 しかし 、 これ を両 者の癒 着 や感 情移入 と とるべ き ではない。 あ くま で 「 焦点化」 の 問 題 とし て捉 えるべ き であ っ て 、 ここに は時 雄の「 調子 アク セ ン ト 」が 刻み込 ま れ て いる のだ。 引 用 文 は 地の文 で あるか ら 、 こ れは 、 文 法 的 には語り手によ る 客 観 的な物語の場面状況の 記述とみなすべ き とい う理屈になる が、 しかし、 意味論上はこ れ を 主人公竹 中時雄の 知覚 の 言表行為と とる こ と も で きる。 なぜ なら、 すで に 読者は こ こに至る ま で の文脈に おい て 、 竹中 時 雄が若い女性に対し て 「 空想を 逞 う」 する 「調子 」 の 持 ち主 である こ と を知っ ているか らだ。 し かも こ の 引用 部分 は、 恋敵 である田 中の上 京を知った 竹中 時 雄 が、 酒に 酔った勢い で 横山芳子 を姉 の家か ら 連れ 戻そ うと外出 した場面 で あ るか ら、その酔った視界に 「若い娘」 や 「 若い妻君」 を 連れた紳士の姿などが飛び込ん でくるさま を記述し て いるもの で あると判断 する の が自然 で あろ う。 時雄 のま なざしは酩酊 状態の混沌と した視覚世界 のうちか ら若 い女性ばかりを 分 節し、 彼 女 らを 中 心 に 世 界像 を造形 し てい るの だ。 彼の ま な ざ し に感じ ら れ るの は 、 透 明 さ や精細さ と い うより は むし ろ不透 明 さ、 ある いは肌理の粗 さ で ある。 これ は 「 蒲 団 」 お よ び 同 時 期の 花 袋 テ ク ス ト に 頻 出 す る 描 写の 典 型 であ る 。 つ ま り 、 語 り 手 の もの か 作 中 人 物のもの か は 判然とし ない が 、 ある主 体 の 視 覚 に よ っ て捉 えられた事象が描出され て いくという手法の 言述 で ある。 見 て の 通り、こ の「 発 見 ・気付き」 を 重ね て い く文体は〈 写 生・スケツ チ 〉のそれに酷 似し て いるが、 こ れ を 「 主観か客観 か」 「描 写 か 叙述か」 という二者 択 一 的 な基 準をもって 評 価するこ とは いちじる しく 不都 合で あ る 。 〈描 写 〉 では、た と え 語り 手の視 点 と作 中人 物の視 点 が重なり、癒 着し て い るかのように見 え る こ とがあっ て も 、 そ れは レト リ ッ クと して の情 報限 定の問 題と し て 考 え る べきで あ る。 最初、 語 り 手 は、 作 中 の竹 中 時 雄 の徘 徊行 為 の「い ま・ここ 」に す り 寄る か た ちで 、彼 の知 覚に 準じ た世 界 像 を そ のま ま テ ク ス ト 上 に 「 再現 」 して い た (傍線 部 ①) 。 し か し 語 り 手 は 、 そ の [ 作 中 人 物 = 語 り 手 ] と い う 情 報 を 限 定 し た 状 況 を い つ ま で も 持 続さ せ て おかずに 、 さ りげなく そ こ か ら 身を 引 き 、 竹 中時雄を過去時制におい て 対 象化し (波線部②) 、 さ ら に 作中他者 ( 「 職 工 風 の 男 」 ) との 関係 性の う ち で相対化 し て みせ る (波 線部 ③ ) 。 〈 描 写 〉 が 企 図 す る と こ ろ は 、 お そ ら く こ うした 、 同 一 状況 を め ぐっ て の 作中 人物と語り手 (あ るい は 他 の作 中 人 物 ) の見方の ズレ を基 盤とし た 作 中 人物相 対 化 の 機構を 構 築す るこ とで あっ た。 ス ケ ツチ 〉 的 な 世 界 が平 板 きわまり ない ものに見 え て いたはず であ る。 重 要 な の は共感 で はなく感覚の ズレの 方に ほかなら な い 。 そ の具 体 的 な様 相を 「蒲 団 」 を 例 に 簡 単 に 確 認 して おき たい。 夏の 日 は もう暮れ 懸かつ て いた 。矢来の 酒井の森に は 烏の 声 が 喧し く 聞 える。何の 家 でも夕飯 が済 ん で 、 門口 に若い娘の白い 顔 も見 える。ベースボールを投げ て 居る 少 年もある。 官 吏らしい鰌 髭の紳士 が 庇髪 の 若い細君 を 伴れ て 、 神楽 坂に散歩に出懸けるの にも幾組か邂逅し た 。 ① 中 根 坂 を 上つ て 、 士官 学校の 裏 門か ら佐内坂の上ま で 来た頃は、 日 はもうとつ ぷりと暮れた 。 白 地 の 浴 衣が ぞ ろ
ぐ
と通る。 煙草屋の前に若い細君が出 て居る。 氷屋の 暖 簾が涼しそ うに夕風に靡 く 。 ② 時雄 は こ の夏の 夜景を 朧 げに 眼には 見 なが ら 、 電信柱に 突当 つ て 倒れ そうにし たり 、浅い溝に落 ちて 膝頭 を つい たり、 ③ 職工 体 の 男に、 「 酔漢奴! しつかり 歩け!」 と罵 られたりし た 。技巧 を排し 、 事実 を外側か ら あ りの ままに写すもの と 見倣され てき た花袋のテ ク ストの文 体は、 た しかに明 治三 十年代 的 な 〈 写 生 ・ ス ケツ チ〉 のそれと 似通っ て いる 部分を持 つ。 しかし、 こ の 一 見 し て 〈 写 生 ・ スケツ チ〉 と 類 似した花 袋のテクスト の文体は、 こ こ ま で 見 てき たように、 じ つは より多層 的な対話構造を 有 し て い るの ではないだ ろ うか 。 作 中人 物によ る眼 前 の事象認 知の 行為 が 「 平面」 的 であ るとするならば、 その 平 板 さ 、 軽薄 さ を 対象化 す る端緒 を 与 え るの が語り手の醒めた視線 である。 これは作中人 物の属 する物語世 界 を 俯瞰 す る 、 いわ ば 「 立 体 」 的 な ま な ざ し であ る 。 写生の 弊 を 説 い た 「 写生 と い ふ こ と 」 (一九〇七 [ 明治四〇 ] 七 月、 「文 章世 界 」) のな かで 、 花 袋は 「一 人称で 書 く 場 合 と 、 三 人称で 書 く 場合を 少し研究 して 見る 必要 が あ る 」 と 前 置 き し な が ら 、「一 人 称 で 書 く 長 所 と 三 人 称で 書 く 長 所 と が 渾 然 と 一 致 し て 、 平 面 立体 共 に 残 す とこ ろ が な く な る」 ような文体を 獲得する こ と が大事だとい うように述べて いる。 花袋 の 〈 描 写 〉 と は、 一人称 で 綴ら れる 〈 写 生 ・ スケツ チ 〉 の 一 元 性 ・ 平面 性を 、 そ の多 声性 ・ 多 層性 において 克 服、 ある いは相 対 化し ようと す る試みだ ったの で はなか ろ うか 。 こ の 「 硝 子 窓 に描 る も の 」 とい う 比 喩 は 「 写 生 」 の 特 徴と 欠 点 をた いへ ん う ま く 言い 当 て てい る。 「 硝 子窓」 を前にし て私た ち は 、 そ の 手 前に い る ことしか 許 さ れ な い。 つ ま り、 「硝子 窓 」 を 打 ち 破 ら な い 限り、 「 作 者 = 読者 」 は 対 象に 触 れるこ と はで き な い。 こ れ は 自 ずと写 生 文を 、 離 れ た とこ ろ か ら 見 たまま、 聞 い たまま の み
─
「文 章世界」の 「 写 生 と写 生文」特集 か ら─
田山花 袋が編 集 主任を務 める「文 章世界 」 は一 九〇七 [明 治四〇 ] 年 三 月に 「 写 生 と 写 生 文」と い う特 集を 組 ん だ 。「写 生と写 生 文と は、 今 の 文壇を 動 か し つ ゝ ある 一 問 題で ある 」と 特 集 の序 文は 敬 意 と親 近 感 と を 表 明して いるが、 その内実は 「 写 生 文 」 と 「 今の文壇 」 と の間に横 た わ る 断 絶を 強調す るも の で あっ た 。 ま た同 時 に 、 そ の 時 期 は 、 高 浜 虚 子 が 「 写 生 」 に 限 界 を 感 じ 、 そ れ を 「 小 説 」 に お い て 克 服 し よ う と し て い た と き で もあった 。 作中人 物 は物 語内 現在の 「 いま ・ こ こ」 にお い て、 現 前しつ つ あ る 知覚 的 体 験 を 不可 避 的 に主 観的 ・ 感 情的 に 捉え言語化 し て し ま う 。 つ ま り 、 視 点人 物はそ もそ も不自 由 であり 、 なおかつ 過 ち やすい 、 、、、、 ので あ る 。 お の ず とそ の観察行為は 、 そのつど瞬間的 で あ り、 そのつど情動 的 になる。 そ こ に 働くの は 、 狭 さ 、、 の原理で あり、 偏 、 り 、 の原理 で あり 、 有 限性 、、 、 の原理で ある。 そして 、 こ の一 点 において 、 花袋 の 〈 描写 〉 観 と、 岩 野 泡 鳴 の一 元描 写 論 は、かなりの接近 を 見 る こ とになるだろ う 。 第七章〈虚子
の写生から小説
へ〉の意味
こ の 特 集 記 事 の な か で 、 柳 田 國 男 は 「 ほ と ゝ ぎ す 派 の 写 生 文 は 、 全 く 客 観 的 の 描 写 の み が 多 く 、 や ゝ も す れ ば、 散漫 に 陥 らん とす る 弊 もあ った 」 ( 「 写 生 と 論 文 」 ) と述 べ て い る が、同じ 「 散 漫」 とい う 語 を 用 いな がら、 二葉亭四迷は「 写 生文に就い て の工夫」 で 以 下のよう に指摘し て い る。 「描 写 の 仕方が散漫 で あ る。例へば、 硝子窓に 描 うつ るもの を 描くとすれ ば 、 庭 前の樹木なり 、 石燈籠なり 、 鳥の影なり を、 唯 だ 臚列するに止まるや う な気味がある。 (中 略 ) 天然 なり 、 人 間なり 、 その 他、 何 を 描すにし ても、 目 に映る も の を、 何 もか も悉 く書 く 必要 は な から う 」。 * * * * *虚子の 「 写生文と客 観 描 写 」 (一九 〇 九 [ 明 治 四 二 ] 年 一一月、 「文章 世 界」 ) の一部で ある 。 一 見して 明 ら かな よ うに、 こ の時 期の虚子は、 客観 描 写 の形式と し て の 「 写 生 」 を 西洋的 リ アリズムに至るま で の進化 の 一過程と し て 認 識 する文学 史観を、 自ら 自明の こ とがらとし て 語って い る。 こ の 史観は、 虚子 自身が、 いま まさにその 内部 にい て 実感して いる文学史 観にほかなら ないという点で 説 得力がある。 虚子は、 花袋 らが打ち 立 て た 「 自 然 主 義に 収束する 文学史 」 を な ぞる か た ちで お のれ の 主体 性を 確保 し、 それと 同 時に 、 所 与の歴史 観 の 妥当性 を、 自身が体験し た こ ととし て 立証し て もい るの で あ る。 虚子の 「 写 生 か ら 小説へ」 は、 虚子一人 の 問 題とし て片 付 け る べ き では な い 。〈 虚 子 の 写生 文 か ら小 説 へ 〉 は 、 自 然 主 義 の 興隆 と い う コ ンテ ク ス ト の な か で改め 虚子の 「 小説 」 第 一作 であ る 「 丸の 内 」 (一 九 〇 〇 [ 明 治 三 三 ] 年 六 月 、「 ホ ト トギ ス 」) は、 こ う した 「 写 生」 の 困難を露呈 し たテクス ト で あるとい える。 こ れ は 、 語り手 「余」 が 仕事帰りに遭遇し た電話交換手 の女 性に興 味を 覚 え 、彼女 らを追跡し ながら、 その 言動を写 生的 =現場中継的 に描出し て い く形態の「小説」 で あ るが、 こ の 「現在」 性に重 き を 置 いた物語 行為 は、 できごとの 過去 ─ 現在 ─ 未来と連 なる 因果関係 を構築 する こ と に おい て 著 しい不都合を 抱 え て い る。 「過去」時制 で 語 られる こ とが前 提 の「小説」 で は、結末を見据え た上 で 過去 遡 及 的にエピソ ー ドを統 辞 するこ と がで き るが、 「現 在」的な知覚的発 見を 積み重ねて ゆ く こ とを 基 調 と した 「 写 生」 では、 原 理的 にそれ が 不可 能な の だ 。 被 写体 の 言動 を 内面 、、 と関連づけ て 語る こ と が で きない こ と も、 さ ら に事態 を 困難にし て い る。 こ れ ら の 障害 を 乗 り越えるために 「 丸 の 内」 は、 不自然な偶然や無理のあ る推 察 を 幾重にも 重ねる こ と で なんとか首尾一貫した ド ラ マ を 作り得たの だ った 。 本 章 で は、 こうし た 「 写 生」 の制 約を虚子 が克服し て い くさ まを、 「 三畳と四畳 半 」 (一九〇九[ 明治四二 ]年一月、 「 ホトトギス 」) 、 「京 のお も ひで 」 ( 一 九〇六 [ 明治三 九] 年 一〇月、 「ホトト ギス」 )、 「畑打 」 (一 九 〇 六 [ 明 治 三 九 ] 年 四 月 、「 ホ ト トギ ス 」) など の 具体 的 な 分析 を通じ て 確認 した。 「 丸の内」 が掲載された 当初か ら、 「 ホトトギス」 は虚子の 小説 を 「 小説」 と し て 扱い、目 次にも「小説 」 と 明 記 し ていた が、 「 写 生 」 か ら 「小説 」 への 転化 はそ れほ ど容易 な こと ではな かっ た。虚子は、 狭義の「 写 生 」を棄て なくて は なら なか っ た の で ある 。 「 文 章 世 界 」 の 「 写生 と 写生 文 」 特 集 は 、「 写生 文 」 をよ り 開 か れ た 場 所 へ 紹 介 し た 、 と い う よ り も 、 そ の 「 歴 史 的 意味」を 確 認 す る 、 歴 史 化 の作業 そ のも の で あっ た。 重要な の は 、「写 生」を 歴 史 化 しよう と す る こ れら の言説が当 時 の文 学青年 た ち に 強 力 な 規 範とな り うる自然主義 側 の メ ディアにおいて 断続的に表 れ て い たと いうこ と で あ る。 を記 述するスタイ ルへと固定す る こ とになる。 二 葉亭は 「 硝子窓」 の手前に居続けるこ と を 強 いら れる 写 生 文 の語 り 手に 、 取 材 範 囲 の 不 自由 さや 経 験 世 界 の広 が り の限 界を 見出して い た の で ある 。 語 り 手 は 他 者 の心中を 記すことは で きな いし、 一 時に 複 数 の時間 ・ 空間 を 股 に掛 け て 「 写 生」 する ことは で きない。 こう した 性格は 写 生 文 が 本質的に現実世 界 の再現 を 志向 するもの で あ り、 非日常 的 な 時 空の構 築 を 志 向 す る「 小 説 フィクシ ョ ン 」とは 根 本 的 に 異 質 な も の で あ る こと を示 し て い る 。 い わ ば 「硝 子 窓」 と は 、「 現実」 と 「 虚 構 」の 境 界 で あり 、し たが っ て 、 表現 主 体が それを打 破し て 、 自由 に時空 を 移動でき る非人間 な存在と化し た瞬間に それは本質的な 意 味 で 「 写 生 」 で はなくなるのだ。 という こ と は 、 い わゆる無人 称 の 語 り手 を設定 し た と きに、 写 生文 は、 そ もそもの 立脚 地から大 きな跳 躍 を果た し た こ と になる 。 写 生 文は 今後何うなる といふ の で す か。 写 生 文 を 書く人の心持 も常に進歩して ゐる。今日 の 写 生文 は 最早昔日の 写 生文 で は ない 。単なる客観描 写 で は 満足しない で 、作 者の主観に主 きを 置く。 (中 略 ) 西洋 の作 物などはどれを 見 て も 客観 描 写 は旨い。写 生 といふ事は皆卒業済だ 。
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「蒲団」 、文学者の 煩 悶のゆ く え─
いっぽ うの 芳 子はど う か 。 藤 森 清 が 「手 紙と い う 形 式 が、 彼女 によ っ て 選び と ら れた コミ ュニ ケー ショ ンの 形式 な のだ [1 7] 」 と 指摘 する よう に、 芳子は終 始、 「 手紙の書き 手 」 とし て の 同一性を 維持し な がら 物 語 世 界 を 生 き た 。 芳子の戦略とは、 面 と向かっ て の 反駁や説得の危険性がなく、 ま た虚実の断定が不可能な書 簡 を 送り続 けな がら、 物 語と し て の事実 を 構築 する こ と にほかならな かった 。 こ の 意味におい て 、 芳 子 におけ る 〈書く こ と〉 とは、自 己 を め ぐ る統 辞への執着と も言い換 えられる性質の も の で ある。統 辞的 に自己完 結するため に 、 彼女 は二階へ 上り、他者を謝絶し、机に向かい、 〈書く こ と〉 が必 要 だ ったの で あ る 。そ し て 、 受 け手の 反 応 ま で 想定し て 念入りに練 ら れたに違いない書 簡 を 読んだ時点 で 、 す で に 時雄は 、 芳子 の用意した コ ンテクスト に組み込まれ て い た 。 た だ し、 だからといって彼がた だ不幸だった わけで もない。 と いう の は、 時 雄が 欲し て い た のも 手紙の文句に よっ て 構 築される「神 聖なる芳子」に ほかなら な かっ たから だ 。 「蒲団」の 主 人公・竹中時雄の こ と ばの重要な特徴 は 、〈 書かない こ と 〉にある 。 こ の こ とは 、もう一人の 主人公 ・ 横山芳子が 「 書く主人公」 で あ る こ とと比較し て み ると際だって 見 え る。 書 き こ と ばにも話し こ とば にも ならない、どこ にも届かな い こ とば 、、、、、、 、、、、、 こそ 竹 中 時 雄 の こ と ば の 本 質 なの で あ る 。 第八章〈書
くこと〉
と
〈
忘れる
こ
と〉
時 雄 が 、 ま だ 見 ぬ 芳 子 へ 宛 て た 手 紙 に 「 写 真 を 送 れ と 言 つ て 遣 ら う と 思 つ て 、 手 紙 の 隅 に 小 さ く 書 い て 、 そ し て また こ れ を 黒 々と塗つ て 了 つた」 と いう 場面がある。 おそらく 〈書く こ と〉 とはこ の ような自己疎外とそ こ か ら の 再統合を 内包した一連 の営為 で あっ たはず で ある。 こ こで 時雄 は 「 写 真 を 送 れ」 という過 去 の お の れ の筆 跡を 見、 理性 的な 規制が働き 、 その結果、 そ れを 黒々 と 塗 り、 それを ま た芳子に 送るというこ とを し て い る。 こ れ が〈書く こ と 〉 を介在 した 相互の 距 離の 均衡 点だ とい う ことに なるし、 こ の こ と によ っ て過去 ─ 現在 ─ 未来と 連 なる 「竹 中古城=時雄 」 の同 一性が構築された こ とにもなる。 しかし こ のあと、 時雄が 〈 書く こ と 〉 を 機 縁に し た こ の ような躊 躇や 後ず さりを 見 せる 場面は ほ と んど 見 ら れ ない。 〈 文 学者 〉 と い う 名付けを さ れ て 物 語に 登 場 して き た 竹 中 時雄は、 つまるとこ ろ 、 こ とば の 〈 よそおう 〉 機 能 に つ い てあ ま り に 無 自 覚 であった 。 こ の 点 で、 この 〈文 学 者 〉 は 最 初 か ら 喜 劇 性 を 付与 さ れ ている 。 彼 に と っ て の騙る こ ととは、 師 を 裏切 る こ とといっ た程度の ごくごく素朴な意味合い で しかなかった。 芳 子が 〈書く =騙る〉 こと で 次 々と自己 を多 重化し て いることに気付かず、 真/偽、 裏/表といっ た皮 相的次元か ら 抜け出 〈書 く こ と〉 を禁じ ら れ た 弱者 と し ての 女主 人 公 は 、 弱者 であるか らこ そ 、 た く まずも〈語る=騙る こ と〉 によっ て の み 慣れない東 京 で の 自己 を 正 当化 でき たの では なかったか。 もちろん、 彼 女の自己正 当 化には、 そ の 〈 語 り =騙り〉 を 認 め て くれる相 手が 必要で あ り、 その意味で は 強者/弱者 と いう単純な 区 分は 不当だ ろ う。 ただ し、 興味深い の は 、 彼 女の 〈語り=騙り 〉 を 誤読し、 相互補完的に 彼女の存在 を 認める こ とに なったのが 、 彼女か ら 〈 書 く こ と〉 を 剥奪しよ うとした 〈文 学者 〉 にほか な らなか っ た 、 と いうアイ ロニ カル な構図 だ 。 こ の 〈 文 学者〉 は、 最後まで 芳子 の 物 語 を 理解できなかった 。 彼 は、 その 「師」 と し て の振舞いとは う ら はらに 〈語 り=騙り〉 を 越 える知を 決し て 有し て は い なかったからで あ る。 て位置 づ け さ れ な く て は な ら な い の であ る 。るこ と が な い の で ある 。 そ のこ とを 象 徴 的に 表 し て い る の が、作品中、 彼が ほとんど 何も〈書かな い文学者 〉 で あ るという こ とだ。竹中時雄は〈書け ない=騙れな い〉主体とし て 語 ら れ て い る。 〈書く こ と〉か ら 疎外さ れて いる のは、 芳 子 で は な くむ しろ 時雄 の方 な の で あ る。 第十 章