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理学療法教育の専門性と可能性

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Academic year: 2021

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理学療法教育の専門性と可能性 343 はじめに  10 年後を見据えた理学療法教育とはなにか。現行の理学療 法教育は,理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則(以下, 指定規則)に基づくカリキュラムで行われている。それでは, 10 年後の指定規則を予測することが私に課せられたテーマな のだろうか。もっとも一般的に考えるならば,それが最善の選 択肢であろうが,別の選択肢を選んでみることにする。本稿で は,一度理学療法教育の原点に立ち戻り,少し異なる視点から 再構築し,将来像を考えることにしてみたい。 これまでの 10 年  これからの 10 年を考える前に,これまでの 10 年を振り返る。 過去 10 年間に「理学療法学」に掲載された教育関連の論文は 35 編。内訳は,総論 12 編(34.3%),学内教育 3 編(8.6%), 臨床教育 6 編(17.1%),臨床実習 14 編(40.0%)。これまで の 2 大テーマは総論と臨床実習であり,総論では専門職の在 り方と理学療法教育の標準化,臨床実習では現状の課題と対 策および具体的な指導方法がおもな内容であった。さらに同 論文のキーワードを分析すると,教育全般 29.5%,教育技法 20.0%,臨床実習 27.4%,教育制度 8.4%,その他 14.7%。代 表 的 な キ ー ワ ー ド は,OSCE(Objective Structured Clinical Examination;客観的臨床能力試験),診療参加型実習(クリ ニカル・クラークシップ),モデル・コア・カリキュラム等で あった。推測だが,これから 10 年後も大幅な変化はないもの と考えられる。 専門職としての理学療法士 1.スペシャリストとプロフェッショナル  理学療法教育を考えるうえでまずはじめに確認しておくこと は,専門職としての在り方,すなわち基本的概念の再考ではな いか。我々,理学療法士はスペシャリストか? プロフェッショ ナルか? この単純に思える素朴な疑問が大きな意味をもつ。 たとえば大工や寿司職人,ラーメン屋はスペシャリストだが, プロフェッショナルではない。なぜなら,スープのできが悪い からと開店しないラーメン屋や時価で提供される寿司屋にも理 解できるであろう。このように,スペシャリストとは単に優れ た知識と技術をもつ職種を意味する。一方,プロフェッショナ ルとは公共的使命を果たし,大衆がもたない高度な知識と技術 を有し,専門家協会を組織し,自立的な資格制度と倫理綱領を もつ職種とされる(表 1)。したがって,理学療法士はまさし くプロフェッショナルである。それでは,現状の理学療法教育 は本当にプロフェッショナルを育成しているのか。初学者に とって年々増加し続ける知識と技術を身につけるのは,それだ けでも容易ではなく,理学療法に加えて,他の領域を学ぶこと はさらに困難である。しかしながら,臨床実習の諸問題に注目 すると,専門教育としての知識と技術の不足より,むしろ社会 性や人間関係など教養教育の範疇であることが多い。これはな にも理学療法士に特有の問題ではなく,ある意味では我が国の 専門職教育の特徴といえる。 2.専門教育と教養教育  多くの専門職養成では,前半に教養教育,後半に専門教育と の捉え方が一般化し,加えて,1991(平成 3)年大学設置基準 大綱化以降には,専門教育がさらに拡大し,教養教育は縮小の 一途を辿っている(図 1A)。現代社会は,少子・高齢化,都市 化,情報化など,大きな社会変動の中で既存の価値観が揺らぎ, 社会に共通の目的や目標が見失われている。この時代において こそ,自らの立脚点を確認し,今後の目標を見定め,その実現 に向けて主体的に行動する力,すなわち,新しい時代の教養が 必要とされる1)。それでは,理学療法養成課程において,どの 理学療法学 第 42 巻第 4 号 343 ∼ 346 頁(2015 年)

理学療法教育の専門性と可能性

─ 10 年後を見据えた教育とはなにか─

小 林   賢

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大会テーマ

Mission of Physical Therapist Professional Education: Anticipated Activities for Ten Years Later

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慶應義塾大学病院リハビリテーション科 (〒 160‒8582 東京都新宿区信濃町 35)

Ken Kobayashi, PT, MEd: Department of Rehabilitation, Keio University Hospita1 キーワード:理学療法教養学,専門分化,並列モデル 表 1 プロフェッショナルの要件 公共的な使命を果たしている 高度な知識と技術を有している 大学院段階において養成される 専門家協会を組織している 自立的な資格認定制度をもつ 倫理綱領をもつ

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理学療法学 第 42 巻第 4 号 344 段階で教育するのが適切なのか。日本学術会議2)は,教養の 形成とその形成を主目的とする教養教育は,一般教育に限定さ れるものでなく,専門教育も含めて,四年間の大学教育を通じ て,さらには大学院での教育も含めて行われるものであり,一 般教育・専門教育の両方を含めて総合的に充実を図っていくこ とが重要としている。すなわち,教養教育は教育の初期段階に 止まらず,すべての時期において必要であり,すべての専門教 育の中心的な存在といえる(図 1B)。今,理学療法士に要求さ れるのは専門教育より,むしろ教養教育であり,我々に特化し た新たな学問として「理学療法教養学」が重要ではないだろう か。これに包含すべき内容は,プロフェッショナル・スキルと しての①説明責任,②社会的責任,③思いやりと心づかい,④ 誠実であること,⑤卓越していること,⑥利他主義,⑦コミュ ニケーションであろう3)4)(表 2)。 3.分化と統合  我が国の専門職教育は学年を追うごとに専門分化するため, 閉塞的な視野になりやすい。分化の歴史は進化の歴史であり, 生物に限らず学問においても,どれだけ細分化されたかがその 専門職領域の進化と考えられる。我が国の理学療法士も専門領 域が細分化され,多くの分野にプロフェッショナルが存在する。 学問および研究領域として専門分化することは喜ばしいが,一 方で臨床場面を想定すると大変危険な状況とも考えられる。  たとえば,次の症例を考える。「65 歳男性,突然の上下肢脱 力により救急搬送され,緊急 CT にて脳梗塞と診断され,保存 的に加療中である。血液検査より HbA1c 11.0,1 年前に心筋梗 塞,EF20%,2 年前に THA 施行,BMI 40 である。」この症例

を担当する理学療法士は,神経系,糖尿病,循環器,運動器, どの専門領域が適切なのか? ここでよく考えてみよう。この 場合に配慮すべきは,情報統合であるため,一部の特化した専 門性のみを有する理学療法士では担当が困難といえる。このよ うに,専門領域の細分化には,利点と欠点が存在する。臨床場 面を想定するなら,一定水準以上の幅広いスキルをもち,さら にステップアップとしての専門領域が望まれる。  理想的にはステップアップとともに視野が拡大し,他の学問 領域と接点をもつ必要がある。たとえば,現在の専門領域を基 軸に考えると,内部障害と神経系の統合による「循環動態管理 学会」,基礎と教育管理の統合による「運動認知学習学会」,運 動器と内部障害の統合による「体重管理学会」等,これまで想 像できなかった異色のコラボレーションによる統合で,新たな 視野が開けるかもしれない(図 2)。 理学療法教育の構造化に向けて  現状の理学療法教育はどのように展開されているのか。一般 的には学内教育で最初に知識,次に技術を学び,臨床実習で実 践を経験し,新人教育で実践を継続する。近代における専門職 養成の典型は,まず理論としての「基礎科学」を学び,次に「応 用科学」に基づく「応用技術」を学び,それを応用する「実習」 で仕上げるという 4 ステップで構成される(図 3A)。したがっ て,理学療法士も例外ではなく,専門職養成の典型と合致して いる。この従来型教育システムで一定の成果を上げてきたが, 一方で「学内教育と臨床実習では,それぞれなにを教育してい るかわからない」など,各教育間の連続性に課題が存在するこ とも事実である。Donald Sch n は近代の専門家について,と りわけ公衆の諸問題に取り組む専門職養成の限界を指摘してい る。これらの専門職は基礎科学が未確立で,応用科学と応用技 術も発展段階であるため,養成プログラムが不明確になりやす い。理想的には,基礎科学,応用科学,応用技術,実習を階層 化することなく,どの学習段階でも同時に学ぶことが望まれ, すべてが重要と考える(図 3B)。最初に基礎科学を行い,最後 に実習で仕上げると考えるのではなく,いきなりベッドサイド で実践を学ぶことも有効とする。近年,学内教育で注目され ている PBL(Problem Based Learning;問題基盤型学習)や OSCE,あるいは早期患者暴露が理学療法教育で有効なことは, 図 1 専門教育と教養教育の関係 従来の教養教育は学習初期段階にのみ行われていたが,理想 的にはすべての学習段階で常に教育されるべきであり,専門 教育の中心として位置づけられる必要がある. 図 2 専門教育の分化と統合 表 2 理学療法教養学に包含すべき内容 説明責任 社会的責任 思いやりと心づかい 誠実であること 卓越していること 利他主義 コミュニケーション 文献 3,4 を参考に作成

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理学療法教育の専門性と可能性 345 これまで階層化されていた教育に対する同時性への変更と考え られる。  このように専門職養成を大別すると,階層性としての「直列 モデル」と同時性としての「並列モデル」に分類される(図 3)。従来の理学療法教育は直列モデルを主体として展開されて いたが,どちらのモデルが適しているのか。たとえば,並列モ デルを導入したスケジュールでは,月・火曜日は「講義」,水・ 木曜日は「演習」,金曜日は「実習」になる。実習施設さえ確 保できれば,基礎と臨床を常に往来できる理想的なモデルであ り,「この学生は臨床実習にだす,ださない」といった議論は 不要になるであろう。 臨床実習の新しい試み 1.2:1 モデル実習  2:1 モデル実習とは,学生 2 名に対して指導者 1 名で教育す るスタイルである。指導者への依存が減少して学生相互の支援 が増加する,学生間で経験を共有して実践を通した問題解決学 習が増加するなどの利点がある5)。一方,学生同士の関係悪化, 学生と指導者の偏った関係により実習が円滑に進まない等の欠 点も存在する。  具体的には,日常のフィードバック時間は,学生同士の討論 を基本とし,その日に経験したことを振り返る。実際には,「お 互い見ている視点が違い,学生同士だからこそ意見を交換し合 い,疑問点について考えて解決できた」などの意見が聞かれる。 必要に応じて指導者も話し合いに参加するが,あくまでファシ リテーターとして支援する程度がよい(図 4A)。実践指導は スケジュール調整により,円滑に行うことが可能である。実習 初期には 1 人の症例を 2 人同時に見学し,交互に実践する(図 4B)。そうすることで,時間があれば 2 人で実技練習ができる。 後期には 1 人ずつ指導するが,重症例では 2 人同時にするなど 2:1 と 1:1 を併用するとよい。この場合,一方の学生だけを 指導しないように配慮する。 2.双方向型教育  従来の臨床実習は,施設内で学生と指導者の関係のみに終始 したスタイル,すなわち,単一施設完結型であった。そのため, 閉塞的視点になりやすい傾向があった。これに対して,情報共 有システムを用いた双方向型教育では,教員,他施設学生,他 施設指導者など,複数メンバーの参加が可能となり,多角的視 点からの教育が可能である6)(図 5)。ネットワーク環境の整備 等,一定の条件が必要であるが,すでに教員養成課程において 導入されているシステムであるため,今後の理学療法教育でも 有効と考えられる。 3.臨床実習指導者評価  多くの指導者が実践できる方法として,当院で使用している 臨床実習指導者評価を示す(表 3)。医学教育における教育業 績評価ガイドライン7)を参考に「実習計画」,「実習内容」,「教 育意欲」,「教育態度」,「実習指導技術」の 16 項目で構成され ている。学生および指導者に実施してきた全般的な傾向は,学 生は指導者を過大評価するのに対して,指導者は自らを過小評 価する傾向がみられた。学生から指導内容を評価されること で,一方的な指導を抑制する効果があり,指導者自身の振り返 りの機会を得ている。 ま と め  教育という短期的効果が得られ難い領域において,実は 10 年とは短過ぎる期間なのかもしれない。今すぐ新しいことに着 手しても,いつの間にか時間だけが過ぎていくであろう。しか しながら,たとえば,PBL や OSCE,あるいは,クリニカル・ クラークシップなど,一度定着すれば根強いのも事実である。 比較的エビデンスの少ない理学療法教育領域では,教育者のも 図 3 専門職養成の構造化 直列モデルは学年毎に基礎から実習まで積み上げる教育であ る.一方,並列モデルは学年に関係なくこれらを同時に学ぶ 教育である.今後の専門職養成では,並列モデルの導入も有 効と考えられる. 図 4 2:1 モデル実習の具体例 2 人同時に指導することで,過度の緊張を防ぎ,経験を共有することが可能になる.

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理学療法学 第 42 巻第 4 号 346 つ教育観が重要な位置づけになる。どのような人材を育成した いのか? なにを伝えたいのか? 時代とともに変化するものも あれば,変わらないものもある。私が見据えた 10 年後は,熱 い教育者が今より多く存在していることだろう。 文  献 1) 文部科学省 新しい時代における教養教育の在り方について(答申). http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/ toushin/020203.htm(2014 年 9 月 10 日引用) 2) 日本学術会議 21 世紀の教養と教養教育(提言).http://www.scj. go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-tsoukai-4.pdf(2014 年 9 月 12 日 引用) 3) 米国理学療法士協会.http://www.apta.org/uploadedFiles/APTAorg/ About_Us/Policies/BOD/Judicial/ProfessionalisminPT.pdf(2014 年 1 月 1 日引用)

4) Davis DS: Teaching Professionalism: A Survey of Physical Therapy Educators. J Allied Health. 2009; 38: 74‒80.

5) Currens JB: The 2:1 clinical placement model. Physiotherapy. 2003; 89: 540‒554. 6) 東洋大学 大学教育・学生支援推進事業[テーマ A]大学教育推 進プログラム「往還型教育システムによる学士力の育成」最終報 告 書.http://www.toyo.ac.jp/site/toyopsp/index02.html(2014 年 6 月 13 日引用) 7) 国立大学医学部長会議教育カリキュラムに関する小委員会教員の 教育業績評価方法に関するワーキンググループ:教員の教育業績 評価ガイドライン.2001,p. 19. 図 5 双方向型教育 文献 6 を参考に作成.従来の臨床実習は単一施設完結型であったが,情報共有 システムを用いた双方向型教育では,複数メンバーの参加が可能となる. 表 3 臨床実習指導者に対する評価 1.実習の初期に学習目標についての説明を受けたか? 2.実習はスケジュール通りに行われたか? 3.実習施設の指導体制は十分であったか? 4.臨床で必要な態度・資質の指導は十分であったか? 5.臨床で要求される知識・思考についての指導は十分であったか? 6.理学療法技術の指導は十分であったか? 7.臨床実習の指導に熱意が感じられたか? 8.指導者は学生を理解し尊重してくれたか? 9.学生が質問しやすい雰囲気であったか? 10.積極的に臨床行為をさせてくれたか? 11.学生を指導するための専門的知識が豊富で論理的であったか? 12.指導者は臨床の専門家として模範的であったか? 13.知的好奇心が刺激されたか? 14.学生が実施した評価・治療および提出物のチェックをしてくれたか? 15.学生にとって適切な難易度であったか? 16.実習内容には満足したか? 文献 7 を参考に作成.1 ‒ 3 項目は「実習計画」,4 ‒ 6 項目は「実習内容」,7 項目は「教 育意欲」,8 ‒ 10 項目は「教育態度」,11 ‒ 16 項目は「実習指導技術」を示す.

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