第 2 章 政治、外交、軍事
1. 政体
フィリピンの政体は、行政府の長としての大統領を元首とする立憲共和制である。三権 分立制度が確立されているほか、公務員の不正や汚職を調査、訴追するオンブズマン制度 が 1987 年に設置され、行政監察院(オンブズマン事務局)が独立機関としてその任にあ たっている。2. 元首
2013 年 2 月時点でのフィリピン国家元首は、2010 年 5 月の選挙で当選し、同年 6 月 30 日に就任したベニグノ・アキノ3 世大統領(愛称はノイノイ)である(任期は 2016 年 6 月末 まで)。フィリピンの大統領は、国民による直接選挙によって選ばれ、任期は 6 年で再選 は禁止されている。大統領には、閣僚や大使等の任命権、裁判官任命権、軍の統帥権、戒 厳令発令権、恩赦、予算案提出権、法案の拒否権がある。 フィリピン第15 代の大統領となるアキノ大統領の母親は、1986 年にいわゆるエドサ革 命(ピープルパワー)によって長期独裁マルコス政権が倒れた後にフィリピン初の女性大 統領となった故コラソン・アキノ元大統領である。又、アキノ大統領の父親は故マルコス 大統領の最大の政敵であり、1983 年に暗殺された故ベニグノ・アキノ・ジュニア元上院議 員である。 アキノ大統領は、大統領当選前までに、下院議員を3 期 9 年、上院議員を 3 年務めた。 所属政党は自由党(Liberal Party)で、汚職撲滅を最重要課題の一つとしており、前任のグ ロリア・マカパガル・アロヨ元大統領による汚職疑惑追及の急先鋒でもある。 アキノ大統領が掲げる主な選挙公約には下記がある。 z アロヨ大統領の汚職疑惑の追及 z モロ・イスラム解放戦線(MILF)との和平交渉継続 z マルコス政権下での不正蓄財に係る裁判の続行 z 民主的な法の執行3. 国会
フィリピンの国会は上・下二院制となっている。上院は24 議席、任期は 6 年で、連続 三選は禁止されている。下院は最大で286 議席、任期 3 年で、連続四選は禁止されている。 下院の286 議席のうち、小選挙区の議席が 229、政党リスト制(比例代表制)が最大 57 議席 となっている。国会には、大統領弾劾権、戒厳令取消し権、閣僚や政府高官の人事承認権などがある。 条約の批准を行うのは上院である。 図表 2-1 フィリピンの国会概略 定員 任期 選挙規定等 被選挙権 主な権限 上院 24 6 年 三選禁止 全議席全国区 フィリピン国籍、 読み書き可、35 歳以 上、2 年以上居住 条約批准権、弾劾権、 戒厳令取消権、閣僚や 政府高官の人事承認権 等 下院 286 3 年 四選禁止 全議席の 20%は政党リス ト制、それ以外は小選挙 区制 フィリピン国籍、 読み書き可、25 歳以 上、1 年以上居住 予算・関税・公債起債に 係る法案起草、弾劾発 議等
4. 内閣
フィリピンの内閣は、大統領、副大統領、官房長官、報道官、国家経済開発庁長官等の 他に19 の省の大臣から構成される。閣僚名簿は図表 2-2 を参照。 図表 2-2 フィリピン閣僚名簿 (2012 年 12 月現在) 役職 氏名 (“ ”内はニックネーム、太字が姓) 機関略称 大統領 ベニグノ・”ノイノイ“・アキノ 3 世 副大統領 ジェジョマール・ビナイ 官房長官 パキト・"ジョジョ"・オチョア EO 大統領報道官 エドウィン・ラシエルダ OPS 大統領府通信開発戦略企画 室長 ラモン・カランダン PCDSPO 大統領府通信室長 ヘルミニオ・コロマ PCOO 大統領首席補佐官兼 秘書室長 フリア・アンドレア・アバド PMS 農地改革大臣 ヴィルヒリオ・デ・ロス・レイエ DAR 農業大臣 プロセソ・アルカラ DA 予算管理大臣 フロレンシオ・"ブッチ"・アバド DBM 教育大臣 アルミン・ルイストロ DepEd エネルギー大臣 カルロス・ヘリチョ・ペティリア DOE 環境天然資源大臣 ラモン・パヘ DENR 財務大臣 セサール・プリシマ DOF 外務大臣 アルバート・デル・ロサリオ DFA 保健大臣 エンリケ・オナ DOH 内務自治大臣 マヌエル・ロハス DILG 司法大臣 レイラ・デリマ DOJ 労働雇用大臣 ロサリンダ・ディマピリス・バルドス DOLE 国防大臣 ヴォルテル・ガズミン DND 公共事業道路大臣 ロヘリオ・シンソン DPWH役職 氏名 (“ ”内はニックネーム、太字が姓) 機関略称 科学技術大臣 マリオ・モンテホ DOST 社会福祉開発大臣 コラソン・"ディンキー"・ジュリアノ・ソリマン DSWD 観光大臣 ラモン・ヒメネス DOT 貿易産業大臣 グレゴリー・ドミンゴ DTI 運輸通信大臣 ジョセフ・エミリオ・アバヤ DOTC 国家経済開発庁長官 アーセニオ・バリサカン NEDA (出所)フィリピン政府官報ホームページ(www.gov.ph/directory/)掲載情報より作成
5. 政党
フィリピンは多党制である。単独で政権を担える政党はなく、選挙の度に様々な連立グ ループが形成されてきた。 2010 年 5 月の大統領選後、与党はアキノ大統領の所属する自由党(Liberal Party)を中心 とする勢力である。2013 年 5 月統一選挙時は、与党自由党を中心に、左派政党アクバヤ ン、民族主義国民連合(NPC)、ナショナリスタ党(NP)等が参加する与党連合と、ビナイ副 大統領のPDP ラバン党、弾劾されたエストラーダ元大統領の PMP 党、エンリレ上院議長 などを中心とする野党連合のUnited Nationalist Alliance (UNA)が 2 大勢力となった。 図表 2-3 フィリピンの主要な政党 陣営 政党名 主要メンバー 下院 議席数 上院 議席数 Liberal Party (LP) (自由党) ベニグノ・アキノ大統領、マヌエ ル・ロハス内務自治大臣等 111 4 Nationalist People's Coalition(NPC) (民族主義国民連合) エドゥアウド “ダンディン“・コファン コ氏等 42 2 Nacionalista Party (NP) (ナショナリスタ党) マニュエル・ビリヤール上院議員 等 19 5 与党 連合
National Unity Party (NUP)
(国民統一党) パブロ・ガルシア下院議員 22 0
Pwersa ng Masang Pilipino (PMP)
(フィリピン大衆党)
ジョセフ・エストラーダ元大統領等
野党
連合 Partido Demokratiko Pilipino-Lakas ng Bayan (PDP-Laban) (PDP-ラバン党) ビナイ副大統領等 4 2 野党 Lakas–Christian Muslim Democrats (Lakas-CMD) (ラカス党) フィデル・ラモス元大統領、グロリ ア・アロヨ元大統領、ラモン・レヴィ リア上院議員等 13 2 (出所)各政党ホームページ等より作成
図表2-3 に示した主要政党の他、左派系政党としてバヤン・ムナ(Bayan Muna、党首 はテオドロ・カシニョ下院議員)やアクバヤン党(Akbayan)がよく知られている。 ひとくちメモ (3): フィリピンの選挙事情 フィリピンでは、3 年毎に下院議員選挙、上院議員の半数改選、地方首長選挙を合わせた統一選が、6 年 毎に大統領選を含めた統一選が行われる。日本と大きく異なるフィリピンの選挙事情の特徴として、①暴力 事件多発、②全国規模の電子投票、③投票日前日から禁酒令、④長期にわたる選挙運動期間、⑤民間監視団 体による並行開票が挙げられる。 ① 選挙関連暴力事件/殺人事件の多発 フィリピンでは、政治一族間の熾烈な対立関係に起因
した、選挙期間中の暴力事件や殺人事件が多発する。 さながら、日本の「戦国時代」を思わせる権力争いが繰り 広げられる。こうした暴力事件や殺人事件のほとんどは、 国政選挙よりも地方選挙に関連して発生する。フィリピン 政府は、3 年毎の選挙期期間中、警戒を強化すべき重点警戒州(2013 年選挙では 15 州)を指定している。 フィリピン国家警察(PNP)によると、フィリピン国内では 30 の州に約 85 の政治家による私設武装団が存 在する。PNP は選挙絡みの暴力事件防止のため、投票日4ヶ月前から 1 ヶ月後までの 5 ヶ月間、銃火器類 の携帯禁止措置をとっており、2013 年は全国 899 か所を監視地区に指定している。 ② 2010 年から全国規模での電子投票を実施 フィリピンでは世界でもまだ例の少ない全国規模での電子投票が導入された。その背景には、集計時間短 縮と不正防止という2 つの大きな目的があった。過去の手作業による集計では開票結果発表までに長期間を 要していた。例えば2004 年の大統領選挙では、当選者発表までに1ヶ月半かかっている。手作業での集計 過程における得票数操作などの不正も蔓延しており、電子化によって不正が困難になることも期待された。 2010 年の初の投票電子化に向けては、システムの不具合や投票所での混乱などへの危惧から直前まで選挙 の延期や手作業集計への切り替えを求める声が上がっていた。ところが、ふたを開けてみるとこうした心配 を裏切り、投票・開票ともに概ねスムーズに進み、投票日翌日には新大統領の当選発表が行われ、集計時間 の劇的な短縮が実現した。 ③ 投票日前後は禁酒期間となる フィリピン政府は、投票日前日及び当日に、以下の行動を禁止している。 前日:選挙運動、アルコール類の販売・提供・飲用、無料送迎・飲食、金品贈収 当日:(前日の禁止事項に加え)複数回投票や代理投票、投票所の半径30m 以内での選挙絡みでの 政治活動や露天売買、市場・闘鶏・ボクシング・競馬等の開催 ④ 長期にわたる選挙運動期間 日本の選挙運動期間は諸外国と比べても短く、参議院選や知事選が17 日間、衆議院選が 12 日間などであ るが、これと比べるとフィリピンの選挙運動期間は非常に長い。上院選(半数改選 12 席)、及び下院のうち比 例代表選(58 席) は 3 ヶ月間、下院の小選挙区(234 議席)や地方首長などの選挙戦は 2 ヶ月間ある。 ⑤ 民間監視団体(ナムフレル)による開票監視
中央選管による開票は、1983 年に設立された民間選挙監視団体ナムフレル(Namfrel: National Citizens' Movement for Free Elections)が全ての投票所において監視している。ナムフレルは、中央選管の開票と並
行して独自開票を実施し、開票速報を発表してきた。 フィリピンの選挙速報では、中央選管の速報とナムフ
レルの速報の両方が発表される。
(出所)Pacific Strategies and Assessments 社、在比日本大使館発表、各種報道、ナムフレルホームページ 等より作成 選挙の年 暴力事件数 (件) 死者数 (人) 内、政治家や 候補者(人) 2004年 234 149 40 2007年 145 121 61 2010年 265 213 n.a. 2013年 (3月末時点) 96 71 55 出所: Pacific Strategies and Assessments (PSA)
6. 行政単位
フィリピンの行政単位は、Region と呼ばれる 14 の行政区、National Capital Region (NCR)又は Metro Manila と呼ばれるマニラ首都圏、1 つの自治区(ムスリム・ミンダナ オ自治区)、1 つの行政地域という、計 17 の行政管区に分けられている。 図表 2-4 フィリピンの行政区分 (出所) ジェトロアジア経済研究所ホームページの図を引用 (http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Asia/Philippines/index.html) 地方自治機構としては、日本の県にあたる州(Province)が 80 州あり、その下に州を構成 する市(City)又は町(Municipality)がある。市や町の下には、更にバランガイと呼ばれる最 小自治単位があり、バランガイの長(バランガイ・キャプテン)や評議員も住民による選 挙で選出される。
図表 2-5 各行政単位の数 区分 数 Region (リージョン) 17 Province (州) 80 City (市) 143 Municipality(町) 1,491 Barangay (バランガイ) 42,028 (注)2012 年 9 月 30 日時点 (出所) NSCB の情報より作成
7. 司法
10 現行のフィリピン憲法は 1987 年に制定されたものである。この憲法は、1986 年にエ ドサ革命によってマルコス権威主義体制が崩壊した翌年の1987 年 2 月、国民投票による 承認を経て制定された。長期にわたる権威主義的な独裁政権であったマルコス体制への反 省から、1987 年憲法には大統領の権限集中を排除し、司法府の独立性を制度的に補完する 条項が加えられた。 フィリピンの司法システムは、最高裁判所の下に控訴裁判所、地方裁判所、都市圏裁判 所や町(Municipality)レベルの裁判所という 3 階層の下級裁判所を持つ 4 つの階層で構成 されている。又、その他に特別裁判所として、汚職など公務員による犯罪を扱う公務員特 別裁判所(サンディガンバヤン)や、憲法の規定によって設けられた公務員委員会、選挙委 員会、会計検査委員会なども準司法機関として位置づけられている。これらの委員会は、 憲法によって各々の所轄事項に対しては調停及び仲裁に関する権限を付与されている。 「最高裁判所は、長官と 14 名の判事の合計 15 名の裁判官、大法廷と 3 つの小法廷に より構成され、法律、条約、国際協定、行政協定、大統領令、布告、 命令、通達、条例な どの合憲性が争点となる訴訟を審理する権限を有する。又、最高裁判所は司法行政の要と しても機能し、全ての裁判所及び裁判所職員に対する行政監督権と下級裁判所判事に対す る罷免を含む懲戒権を有する。」1110 司法に関しては、全般的に 知花 いづみ 「フィリピンにおける司法制度の枠組み」(ジェトロ ア ジア経済研究所, 2012 年) http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/2011/pdf/114_ch5.pdf を参照、一部 引用した。 11 (出所)知花 いづみ 「フィリヒンにおける司法制度の枠組み」(ジェトロ アジア経済研究所、 2012 年) http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/2011/pdf/114_ch5.pdf
図表 2-6 フィリピンの司法制度
(出所) 知花 いづみ 「フィリピンにおける司法制度の枠組み」(ジェトロ アジア経済研究所、2012 年)に掲載された図を引用
8. 外交
フィリピン外務省(Department of Foreign Affairs: DFA)は、現行の 1987 年憲法におけ る外交政策の枠組みを規定する重要な条項として以下の2 項を挙げている12。 (1) 第2 条第 1 項:フィリピンは、国家政策遂行手段としての戦争を放棄し、一般に受容 された国際法の原則を国内法の一部分として採用し、全ての諸国の平和、平等、正義、 自由、協力、そして友好を政策として堅持する。 (2) 第2 条第 7 項:国家は、独立した外交政策を追求する。他の国家との関係においては、 主権、領土保全、国益、自決権を最重要に考慮する。 又、共和国法7157 号(1991 年フィリピン外交サービス法)では、フィリピン外務省の責
12 (出所)フィリピン外務省
任として以下の外交三本柱を定義している。 (1) 国家安全保障の強化 (2) 経済外交の推進 (3) 海外のフィリピン人労働者の権利、福祉、利益の保護 更に、アキノ大統領は外交における8 つの現実認識として以下を掲げ、これを総合的に 実践していくものとしている。 (1) 中国、日本、米国及びこれら各国の関係は、東アジアの安全保障並びに経済発展に決 定的な影響をもたらすものである。 (2) フィリピンの外交政策における意思決定は、ASEAN 加盟国であることを踏まえてな されなければならない。 (3) 国際的なイスラム教コミュニティは、今後も引き続きフィリピンにとって重要な存在 である。 (4) 多国間並びに地域内の機関が共通の利益を推進することが、今後益々重要になる。 (5) 島嶼国として、主権の防衛と自国の環境及び天然資源の保護は、自国の海洋領域の領 有権を主張し、他国がそれを尊重する範囲においてのみ可能となる。 (6) フィリピンの経済政策は、国内外からの直接投資を歓迎する。 (7) フィリピンは、国際観光によって最も早期に恩恵を受ける事が出来る。 (8) フィリピンの経済及び社会の安定性の観点から、海外在住のフィリピン人が重要な役 割を果たすものと引き続き認識する。 アキノ政権は、ASEAN を安全保障強化の基礎としつつ、米国との強固な防衛協力関係 の構築、日本、中国、インド等との互恵的な安全保障対話を行うとし、又、貧困削減と雇 用創出のため、良好な投資環境を整備し、外資を呼び込むこと、官民パートナーシップに よるインフラ整備などを通じた経済外交の強化等を掲げている13。 なお、フィリピンは、2 つの主要な領有権問題を抱えている。いずれも、南シナ海 (フ ィリピン政府は2011 年 6 月以降、南シナ海のうち自らの領有権が及ぶとする海域を「西 フィリピン海」と呼称し、公式発表に用いるようになった14)の島々を巡るものである。一 つはルソン島中部スービックの西約200km にあるスカボロー礁(中国名 黄岩島)を巡る 領有権問題で、2012 年 4 月 10 日から 2 ヶ月両国の艦船がにらみ合いを続けるなど状況が 緊迫した。二つ目は、同じく南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)を巡るもので、フ ィリピンの他にベトナム、マレーシア、ブルネイ、中華民国、中華人民共和国が領有権を 主張している。 2012 年、中国が新旅券に南シナ海全域を自国領とするかのような地図を掲載したことに
13 日本外務省「最近のフィリピン情勢と日・フィリピン関係」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/philippines/kankei.html 14 防衛研究所 (NIDS) 東アジア戦略概観 2012 年 第 4 章 (P128)
ついて、フィリピン外務省は「新旅券にフィリピンの査証スタンプを押すことは、自国領 に関する中国の主張を認めることにつながる」として反発し、フィリピンの入国管理局は 中国の新旅券に査証(ビザ)スタンプを押さない対抗措置を始めた。代替措置として、ビ ザ申請書に押印している。更に 2013 年に入り、フィリピン外務省は南シナ海での中国と の領有権問題について国際海洋法裁判所に仲裁を求める考えを示しており、中国側はこれ に強く反発している。
9. 軍事/国防
フィリピン国軍(Armed Forces of the Philippines: AFP)は、陸軍、空軍、海軍から成る。 兵役は志願制、国軍士官学校(Philippine Military Academy)はルソン島北部のバギオにあ る。兵力は、正規軍が約12.5 万人 (司令部/統幕 1.1 万人、陸軍 8.6 万人、海軍 2.4 万人、 空軍1.5 万人)で、予備役が約 13.1 万人である。 2011 年のフィリピンの軍事支出額は、22 億ドル(2010 年を規準とする実質値)で、米国 や東アジア、東南アジア諸国と比べると非常に低いレベルにある。一方軍事支出の GDP 比をみると、フィリピンの軍事支出はGDP の 1.2%であり、日本やインドネシアよりも高 くなっている。しかしながらフィリピンの軍備は脆弱で、「AFP は自国領土の保全のため に提供し得る軍事的オプションがほとんどないという程度にまで衰退している」15と述べ る専門家もいる程である。特にフィリピン空軍は、2005 年に保有していた F5 戦闘機が全 て飛行不能となり退役した。その後はアキノ政権発足後までにSF260F ジェット練習機を 導入していたが、2013 年に入り、FA50 戦闘機 12 機を韓国から調達する事を決めたと発 表した。 第2 次大戦後から冷戦期にかけて、フィリピン側の事情として国防と国内治安維持を自 国の力のみで実現するのは困難で、米比同盟のもとでスービックとクラークへの米軍駐留 を認め、自国の安全保障を米国の力に頼っていた。一方米国側も、国際軍事戦略を実行す る上で比は重要な中継地点であり、且つ冷戦時代のソ連との勢力均衡を維持する上での軍 事プレゼンスを確保するためにも、フィリピンに米軍を駐留させる意義を重視していた16。 冷戦後、フィリピンの上院が軍事基地協定延長の批准を拒否した事から、駐比米軍は 1991 年、1992 年にそれぞれスービックとクラークから完全撤退した。しかしながら、そ の後南シナ海における中国の台頭や領有権問題、フィリピン国内の反政府運動の活発化な どを背景に、フィリピンは国内外から新たな安全保障上の脅威にさらされるも、自力での
15 ハーマン・クラフト「2011 年のフィリピンの安全保障状況 - 国内に脆弱性を抱えたまま、対 外防衛における(巨大な)穴を埋める- 」 http://www.nids.go.jp/publication/joint_research/series7/pdf/series7-3.pdf 16 JIIA-日本国際問題研究所平成 22 年度外務省国際問題調査研究・提言事業報告書「日米関係の 今後の展開と日本の外交」第 10 章「東南アジアにおける米国同盟―米比同盟を中心に」(福田保) を参照
国防力強化が不可能で、あらためて米国との同盟関係の強化に頼らざるを得なくなった。 こうしたことから1998 年には「訪問米軍に関する地位協定(Visiting Forces Agreement: VFA)」が締結され、フィリピン国内での「合同軍事演習」という名目での軍事行動が可能 になった。更に、2001 年の 9.11 テロを受け、米国は全世界での対テロ戦争の一環として フィリピンにおけるテロリストグループの掃討を図り、2002 年には米比両国が相互補給支 援協定(Mutual Logistics Support Agreement: MLSA)に調印、これによって米軍はフィリ ピンの港湾や空港を自由に使えるようになった。このように、フィリピンの安全保障は、 現在も米国との同盟関係に大きく依存している。 図表 2-7 米、中、日とアジア諸国の軍事支出比較 (単位:100 万ドル) 国(地域)名 2006 2007 2008 2009 2010 2011 (名目値) 2011 米国 570,769 585,749 629,095 679,574 698,281 689,591 711421 中国 76,065 87,730 96,663 116,666 12,1064 129,272 142,859 日本 54,637 53,885 53,159 54,339 54,641 54,529 59,327 韓国 23,622 24,689 26,297 27,708 27,572 28,280 30,799 台湾 7,824 8,380 8,932 9,500 9,067 8,888 9,717 シンガポール 7,640 7,935 7,998 8,264 8,323 8,302 9,475 インドネシア 3,387 4,073 3,800 3,971 4,663 5,220 5,709 タイ 2,966 3,908 4,600 5,485 4,846 5,114 5,521 マレーシア 4,094 4,571 4,674 4,413 3,859 4,223 4,587 ベトナム 1,718 2,215 2,182 2,397 2,672 2,487 2,675 フィリピン 2,202 2,414 2,391 2,322 2,438 2,225 2,417 (注)右端の2011 年名目値以外は、2010 年を規準年とする実質値。2011 年の実質値の大きい順 に並べてある。
(出所)ストックホルム国際平和研究(Stockholm International Peace Research Institute: SIPRI)データベースより作成 図表 2-8 米、中、日とアジア諸国の軍事支出の対 GDP 比比較 (単位:%) 国(地域)名 2006 2007 2008 2009 2010 米国 3.9 4.0 4.3 4.8 4.8 中国 2.0 2.1 2.0 2.2 2.1 日本 1.0 0.9 0.9 1.0 1.0 韓国 2.6 2.6 2.8 2.9 2.7 台湾 1.9 2.0 2.2 2.4 2.1 シンガポール 4.0 3.7 3.9 4.1 3.7 インドネシア 0.7 0.8 0.6 0.6 0.7 タイ 1.1 1.3 1.6 1.9 1.5 マレーシア 2.1 2.1 2.0 2.1 1.6 ベトナム 2.1 2.5 2.3 2.5 2.5 フィリピン 1.3 1.3 1.3 1.3 1.2 (出所)ストックホルム国際平和研究所データより作成
現在、フィリピンの対外安全保障においては、大きくは南シナ海(フィリピン政府は 西フィリピン海としている)のスプラトリー諸島やスカボロー礁を巡る領有権問題と、 200 ヶ国を超える国々で就労するフィリピン人海外労働者(Overseas Filipino Workers: OFW) 保護が大きな課題となっている。 領有権問題は、ここ数年緊張状態が続いており、特に2012 年は 4 月にスカボロー礁周 辺で中国籍の漁船 8 隻が停泊しているところをフィリピン海軍が発見、拿捕したことを きっかけに中国とフィリピンの艦船が 2 ヶ月にわたってにらみ合いを続け、国際機関に おいても両国の主張の応酬が繰り広げられた。このように、昨今の領有権問題の緊張の 高まりを受けて、フィリピン政府が米国との関係強化によって中国を牽制する傾向が強 くなっている。 一方、人口の10%にも上ると推定され、年間 200 億ドルを超える外貨をフィリピンに 送金しているフィリピン人海外労働者(OFW)の保護は、安全保障強化とならんでフィリ ピン外交政策の 3 本柱の一つである。例えば海外で死刑判決を受けたフィリピン人の権 利保護のための支援や、内戦状態/紛争状態にある国で就労するフィリピン人の安全確 保や国外退避17などが重要な課題であるが、外交要員不足や国内の政治力学などから、困 難に直面している18。 又、フィリピン国内の治安に目を向けると、イスラム教分離主義のモロ・イスラム解 放戦線(Moro Islamic Liberation Front: MILF)やフィリピン共産党の軍事組織である 新人民軍(New People’s Army: NPA)の問題、自然災害への脆弱性などが大きな課題であ る。 アキノ政権は2012 年 10 月、マレーシアのクアラルンプールにおいて、フィリピン政 府と MILF との間でミンダナオ和平に関する歴史的な「枠組み合意(Framework Agreement)」にこぎ着けた。2001 年に始まった和平交渉は、10 年以上の曲折を経て、 漸く「最終合意」の実現に向けた重要な一歩を記すことができた。一方、この「枠組み 合意」は、いくつかの重要な課題を今後の交渉に委ねており、最終合意に至るまでには、 これまで以上の困難を伴うことが予想される19。枠組み合意によると、アキノ政権の最終
年となる 2016 年に、現行のイスラム教徒自治区(Autonomous Region of Muslim Mindanao: ARMM)に変わる新たな自治政府「バンサモロ」を創設する事をうたっている。 アキノ大統領は、2012 年 12 月 17 日、枠組み合意履行の第一段階として、ARMM から バンサモロへの移行委員会の新設を定めた大統領令120 号を発令した。 フィリピンは世界的に見ても自然災害に対してきわめて脆弱な国である。英国のリス
17 例えば、2012 年に派遣された 120 万人を超えるフィリピン人海外労働者の半数以上が中東諸国 で就労している。 18 (出所)ハーマン・クラフト「2011 年のフィリピンの安全保障状況 – 国内に脆弱性を抱えた まま、対外防衛における(巨大な)穴を埋める- 」 http://www.nids.go.jp/publication/joint_research/series7/pdf/series7-3.pdf を参照。 19 (出所)2012 年 10 月 24 日の日本外務大臣談話より
ク調査会社メイプルクラフト社による、自然災害にともなう経済リスク評価2012 年版に おいて、フィリピンは世界ワースト10 の第 2 番目に入っている20。特に台風による被害 が毎年甚大である。近年では気候変動の影響により台風等による洪水被害は更に増大し ているといわれており、都市部を中心とした洪水対策がフィリピン政府の喫緊の課題と なっている。こうした課題の克服に向けては、日本政府もJICA を通じて洪水対策や森林 再生などで大型の円借款を通じた支援を行っている。