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日本の排外主義について 学籍番号 : 氏名 : 佐藤廉士 ( さとうれんじ ) 指導教員 : 遠藤元 卒業予定日 : 2017 年 3 月

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日本の排外主義について

学籍番号 : 13152003 氏名 : 佐藤 廉士 (さとう れんじ) 指導教員 : 遠藤元 卒業予定日 : 2017 年 3 月

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目次 序章 第1章 日本の排外主義の問題を巡る流れ 第1節 在日コリアン 第2節 嫌韓の背景 第3節 デモ運動とヘイトスピーチ 第4 節 「在日特権」 第2 章  日本の排外主義の形成と拡大       第1 節 歴史修正主義の形成        第2 節 ネット右翼の形成  第3 章  排外主義運動の参加・支持       第1 節 2 つの分析方法    第2 節 在日外国人への差別・偏見とインターネット        第3 節 西欧の排外主義との比較 結び 参考文献

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序章  現在の日本には、中長期在留者がおよそ196 万人、特別在住者がおよそ 34 万人おり、合 計231 万人ほどの外国籍者が共に生活している(法務省による 2016 年 6 月末の確定値)。「在 日外国人」と言われる彼らの中には、コミュニケーションのための日本語の修得に苦労し、食 文化や宗教の違いにも慣れずにいる者も多い。また、もともと日本で生まれ育ったために、コ ミュニケーションや文化における弊害はとくに持たず生活できている二世・三世在日外国人も いるが、法や制度的な面においては選挙権が与えられないことなど、「在日外国人である」とい う条件だけで彼らの前に立ちはだかる問題もある。それが故、日本におけるマイノリティである 在日外国人の生活環境は決して安泰とは言えないと私は考えている。しかし昨今、それにも 関わらず彼らをさらに追い込もうとする排外主義的な言説が多く見られる。それを象徴する出 来事が、2000 年代後半から起こった在日コリアンへの排斥デモである。  主催したのは、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」(2007、初代代表・桜井誠)などを中 心とした排外主義団体である。彼らは「愛国」や「日本人の権利を守ること」を前提とし、街頭を 行進しながら、在日コリアンに対してヘイトスピーチを浴びせた。2013 年 3 月の大阪・鶴橋の デモでは、100 人超の参加者によって行われ、「朝鮮人を追放しろ」「ゴキブリ」「殺せ」「差別し ろ」などの言葉も飛び交った(朝日新聞 2013/4/6)。ヘイトスピーチとは、直訳で「憎悪表現」と いい、「人種、民族、宗教、外見などに基づいて個人や集団を誹謗・中傷する発言や言動」と 一般的に定義される。ただし、定義について、集団のマイノリティへの言動を対象としたものを 指すか否かなど、若干の議論はある。また、デモの後にその光景がデモ参加者や市民によっ て撮影され、インターネットの動画共有サイトなどに上げられて世に拡散された。デモの現場 に居合わせることのなかった私は動画を視聴したのだが、その光景は日常生活では見ること のない、異様さがあった。日本人である私にとっても飛び交う罵詈雑言は不愉快であり、やる せない気持ちが残ってしまう。排外主義の問題やヘイトスピーチについて、現場取材を通じて 記した安田(2015)のインタビューによると、在日コリアンは以下のように話している。  「ショックを受けた、と表現するだけでは物足りない。在日である自分が全否定されたような気 がしたし、ほんとうに殺されるかもしれない、という絶望に近い思いがいつまでも離れなかった んです。」(安田,2015 p96)

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 生活をする地で自らの存在が全否定され、「殺す」とまでの言葉を多人数からかけられる。運 動参加者はごく一部とはいえ、本人たちにとっては耐え難いものだろう。仮に彼らの主張が理 にかなったものだとしても、人の生活を脅かす差別的かつ侮辱的な言動を認めていいはずが ない。  ただし、デモを起こす以上は、主催者・参加者が今日の社会に対して不満・不安を持ってい るということは自明である。排外主義運動が起こるのも然り、在日外国人を攻撃する者は、何か しらの不安・不満を抱えているはずだ。また、排外主義の形成につながる要因といえる何かが、 日本社会のどこかにあるとも推測できる。それらを知らずして、ただデモやヘイトスピーチを止 めようと働くだけでは、事の解決には繋がらない。排外主義が構築される要因を知ることこそが、 問題を根本から打開する糸口となると私は考える。以上のことから本論文では、現代日本にお ける排外主義がどのように形成され、拡大されていくのかを明らかにすることを目的とする。  また、排外主義の問題は現在の日本に限った事ではないことも予め述べておく。たとえば、 移民の受け入れの多い西欧では極右的な政党が存在し、政治のステージにおいて排外主義 的な言説がみられる。オーストラリアでも1980 年あたりから多文化主義をスローガンとして打ち 出しているため差別撤廃の動きはあるが、依然として白豪主義が根強く残っている。その他、 アメリカでも同様に人種差別や偏見が根強く残っているし、中国でも「反日デモ」から分かるよ うに、排斥運動が行われている。グローバル化が進む今日は、以前より国境を越えた人の行き 来が多く、移民の受け入れも各国に求められている。その中で人々の摩擦や衝突を避けること は難しいということが各国の状況から見て取れる。排外主義問題は非常に普遍性の高いもの だといえよう。ただし、排外主義と一括りに扱っても、各国における排外主義の要因や特質は どれも相違する。たとえば、西欧では日本のようなヘイトスピーチなど差別表現への規制は強 い一方で、前述したように排外主義的な言説をもつ政党が台頭しており、かつ一定の支持を 得ている。また、西欧ではイスラム教徒が排斥の標的とされる事象が多々見られるが、日本で 在日ムスリムに対しての批判的な言説はあまりみられない。もしくは、在日ムスリムへの認知度 が低いということも考えられる。日本型の排外主義の特徴を客観的に見るには、このような他国 の排外主義・人種差別問題を扱い比較することも極めて重要となるだろう。  以上のように、本論文の問題意識は、「日本の排外主義」とは何かを明らかにすることにある。 構成は以下のとおりである。まず、第1 章では、日本の排外主義について、過去に起きた事件 や問題を取り上げながら実情を探っていく。とりわけ、対象として最も顕著である在日コリアン の関わる事象を中心的に書き上げる。また、現在の排外主義者や団体の主張で度々耳にす

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る「在日特権」なる言葉についても、その言葉の内容や正当性について検証していく。そこか ら、第2 章では、排外主義が形成された原因を検証する。とりあげるのは、「歴史修正主義」と 「ネット右翼」である。いかなる経過を経て在日外国人への排外的な言説が生まれたのかを明 らかにする。第3 章では、排外主義運動が現在もなお参加・支持される原因を探る。第 1 に、 日本の排外主義の土台になる差別・偏見が、インターネットという情報空間を介して生まれてき たことを検証する。第2 には、西欧の排外主義勢力である極右政党について分析して日本と 比較する。そこで、排外主義が構築される要因をあらゆるケースで知ることで、排外主義の普 遍性が見えてくるはずだ。そして、明らかにした現代日本の排外主義問題の実態についてまと めて、結びとする。

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第1 章 日本の排外主義の問題を巡る流れ  本章では、日本の排外主義について、過去に起きた事件や問題を取り上げながら実情を 探っていく。また、日本で起こる排外主義問題は、大多数が「在日コリアン」を対象としたもので あるため、取り上げる問題は在日コリアンを巡るものとする。どのような背景があり、在日コリアン に強い敵意を持つ者があらわれたのか。その論点についても、排外主義に関わる出来事を過 去から探る中で、明らかにしていく。 第1 節 在日コリアン  在日コリアンとは、基本的には日本に在留する韓国・朝鮮籍を持つ者のことを言う。ただし、 あくまで呼称であるから定義については、特別永住者のみを指す場合もあったり、帰化による 日本国籍取得者または「先祖が韓国・朝鮮籍であるが日本国籍で誕生した者」も指す場合も あったりと、さまざまな範囲で扱われる。また、「在日」と短縮して呼ばれることもある。在日コリア ンは現在46 万人ほどが居住しており、日本の特別永住者は大多数が彼らである。人数は中 国系住民につぐ2 番目に位置する(法務省 2016)。また、戦中の植民地支配の背景があり、も ともとは日本定住外国人の中では最も多い人数であったが、日本に帰化する者が増加してい ることもあり減少傾向にあり、2007 年には急増中にある在日中国人を下回っている。  彼らに対してのステレオタイプや嫌悪傾向は、戦中・戦後から既に見られるものであった。た とえば、1923 年に起きた関東大震災では、「朝鮮人が井戸に毒をまいた」という流言が飛び交 い、それを真に受けた人々によって「朝鮮人大量虐殺」が起きた。この事件の背景には、日頃 馬鹿にしていた朝鮮人がこの混乱時に復讐するかもしれないという恐怖心もあったという、一 般市民の差別的な視角を通した危機感が働いている。実際に、震災の前には在日コリアンに よる過激な独立運動も起きており、住民に中では恐れる存在であった。  戦後の1950 年代から 60 年代にかけても、在日コリアンは「きたならしい」「臭い汚い」といっ たネガティブな偏見が持たれ、呼び方においても「チョーセンジン」「チョン」といった蔑称が あった。外国籍であるという理由から社会保障から排除されることなどの制度的な差別もあり、 その他にも、「日本名でないだけで雇われない」などの就職差別も多くあった(原尻,1998 p70)。  こうした差別に対しては1970 年代頃から、一定の改善が見られてくる。たとえば、日本が国

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際人権規約や難民規約などの社会保障における内外人平等を求める規約・条約に批准した ことによって、制度的な面において在日コリアンへの差別的な扱いは減っていった。具体的に は、国民年金への加入、公営住宅への入居、児童扶養手当などがこの頃に認められている。 そのほか、1974 年に起きた「日立就職差別裁判」でコリアンである原告が勝訴したことや、 1977 年に最高裁判所の判断で在日コリアンが司法研修生になることが認められた事象などを 受けて、就職上におこる差別的な扱いも少し緩和されたと言える(朝日新聞 1990/5/28)。また、 コリアンが「人種的に劣っている」といったステレオタイプ的な見方は、人種差別だという認識 が広がり、少なくとも口に出すことは良くないという考え方が広まっていった。  このように、日本社会の在日コリアンへの差別的な言動や態度は少しずつ軽減されていき、 平等な立場で生活していこうという風潮へと変わっていった。ただし、差別的な扱いが減った だけのことであって、関連した事象がなくなったわけではない。  しかし、その一方でコリアンへの嫌悪的な言説は別の形で立つようになっていく。1990 年代 にはいると、小林よしのりが社会の風潮に対して批判的に述べた『ゴーマニズム宣言』がブー ムとなる。そして、「新しい歴史教科書をつくる会」(1997)が結成されるように、日本の戦争責任 を否定したり、植民地支配をしたことや慰安婦問題などを根本から否定したりする歴史修正主 義が台頭する。ただし、こうした考え方は社会全体に広まったわけでもなく、一部のものであっ たといえる。 第2 節 嫌韓の背景  では、何を期にコリアンへの差別的な言葉が飛び交い、排外主義運動すらも起こってしまう ような「土壌」が構築されていったのかというと、それには2000 年代のいくつかの出来事によっ てコリアンへの嫌悪感が高まったことが関わっている。  その一つとして挙がるのが、2002 年に行われた日韓共催の FIFA ワールドカップでのことだ。 イベントは当初、日本の単独開催という話が進んでいたのだが、韓国からの提案で共同開催 に持ち込まれた。このときから反発心を持つものも少なくなかったという。そして開幕後も、韓国 代表戦で明らかに韓国に有利な判定が続いたことや、ラフプレーが多かったこと、日韓戦にお いて韓国側サポーターが日本人選手にブーイングを行ったことがメディアを通して広まり、日 本のコリアンへの批判ムードが強まった。また、同年には、小泉純一郎元首相による訪問に よって朝鮮民主主義人民共和国の日本人拉致が発覚している。この二つの事案が短いスパ

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ンで起こったことは、世間がコリアンに対しての嫌悪を抱く大きなきっかけとなってしまったのは 確かである。実際に排外主義団体の在特会のメンバーに対して行われたインタビューでも、嫌 韓のきっかけは2002 年の日韓ワールドカップからであったと話している者がいる(安田 2012,2015:樋口,2014)。また、2003 年には NHK で『冬のソナタ』が放送され、その後も K-Pop(韓国のポップス音楽の総称)などが流行り韓流ブームが起こるが、一方では、「テレビ局が 韓国に乗っ取られている」という陰謀論がインターネットを通して広まることなどもあった。他に も、日韓問題において韓国側を批判的に書いた山野車輪の『マンガ嫌韓流』(2005~09、晋遊 舎)もその頃にヒットするなど、まさに「表では韓流ブーム、裏では嫌韓」のような構図が見られ た。この頃から、インターネットというステージで、コリアンに対しての非難や差別的な言説が再 び飛び交っていったのである。また、インターネットで発信された内容は暴言だけでなく、「在 日コリアンの7割は生活保護を受けている」などいった流言・デマも見られるようになった。これ らのデマは驚くべきことに、現在もインターネットの空間で目にすることがある。 第3 節 デモ運動とヘイトスピーチ  こうしたデマや差別的な言説がインターネットの世界に留まらず、現実のデモ運動という形で 表出されるようになったのは、2007 年 1 月の在特会の結成以降のことである。外国人排斥を 主張として掲げる団体は他にも存在するが、在特会は規模が極めて大きく、デモ運動に関わ る頻度も高い。日本の排外主義運動の先駆けとも言える在特会の人数は、結成当時は500 人 ほどであったが、2016 年 11 月末時点での公称会員数は 16000 人を超えている(在日特権を 許さない市民の会)[http://www.zaitokukai.info/](2016/12/11)。彼らのデモでの発言には特徴 がある。1 つは、その過激さである。在日コリアンへの攻撃的な姿勢を隠さず、憎悪に満ちた差 別表現であるヘイトスピーチを弄しているのである。もう1 つが、インターネット上で見られる排 外主義的・差別的な発言と酷似していることである。詳しくは第3 章で述べるが、ここからはイ ンターネットの極右派の論壇から派生した者達がいることが推定される。  彼らは結成して以降、コリアンの多く在住する場所や朝鮮学校などのコリアンが生活する施 設の周辺でデモを行った。また、デモの様子を動画で撮影してインターネットに拡散すること で、さらなる支持者や運動参加者を増やすことに成功していている。その他、デモに限らず過 激な運動を起こしており、たとえば2009 年 12 月には、京都の朝鮮学校で刑事事件として扱わ

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れる騒動も起こった。これは、朝鮮学校が近隣の公園を体育の授業として利用しているものを 不法占拠として、在特会や右派系団体が抗議したものである。「朝鮮人は日本に住まわせて やってる」「キムチくさい」など差別的な罵声も多く、団体メンバーの4 人が威力業務妨害の容 疑で逮捕され、地裁判決においても「街宣の禁止」と「賠償金1200 万円ほど」が科せられた (安田,2015 p99)。  排外主義団体は、行動の過激さゆえの事であるのだが、2000 年代後半からは国内外のマス メディアで批判的に報じられることが増えていった。たとえばマスメディアからは、インターネット で排外主義的な発言を弄する者は「ネット右翼」と揶揄されるようになった。次章で詳しく迫る が、ネット右翼のようなインターネットでの排外主義は、現在の排外主義の問題に触れるとき、 非常に重要な着目すべき言論空間である。そして、2013 年は運動がより一層増えていったこ ともあり、「ヘイトスピーチ」という言葉も注目されて関心を集めるようになっていく。そして同年 のユーキャン新語・流行語大賞のトップテンの一つとしてヘイトスピーチが選ばれた(日本経済 新聞 2013/12/2)。また、メディアに限らず、市民のなかにも関心を持つ者が増えていった。そ の象徴的な出来事が、「カウンター」なる存在の台頭である。カウンターとは、排外主義運動へ の対抗運動であり、デモについての情報を事前に仕入れることで、当日の現場にて居合わせ て追い返すことなどを主に行っている。排外主義運動の起こる場で、「レイシストは帰れ」とデモ 隊に向けてカウンター勢が罵声を飛ばす光景はお馴染みとなっている(安田,2015 p247)。た だし、カウンター側の者たちも、排外主義団体同様に暴言を吐くことや、デモ行進を止めるた めに路上に寝そべる等の行為があり、そのモラルに対して批判的な声も上がっている。ここか ら、一概に正当な運動とは言いにくい側面もあると言える。  このように排外主義は、現実のステージに現れることでその過激さが人々の目についたため に、日本社会の重要な問題として扱われるようになった。そのためか、制度面や自治体の範囲 においても排外主義運動を抑えようという動きが見られてくる。2014 年 7~8 月には、国際連合 の2 つの委員会が日本政府にヘイトスピーチ対策を求める勧告を行った。そして 2016 年 1 月 には、大阪市で「ヘイトスピーチ禁止条例」が可決・成立され、同年6 月には与党提出の「ヘイ トスピーチ対策法」1が施行される。ただし、ヘイトスピーチ対策法はあくまで理念法であり、国 や自治体によって、相談体制の整備や教育・啓発活動によって差別の解消に臨むものであり 罰則はない(法務省 2016)。しかし、法として国に定められることでヘイトスピーチや差別的な行 1

 

正式名称は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」という。

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為は許されざるものだという認識は広まるかもしれない。今後の排外主義デモを抑止することも 大いに考えられるだろう。  以上が日本の排外主義を巡る社会の流れである。ここから、排外主義運動のきっかけは一 つの出来事でなく、あらゆる事象が重なり合ったものであり、非常に複雑な構図であることがわ かる。戦中・戦後の差別意識、戦争責任を否認する言説の台頭、嫌悪を高める事件など、さま ざまな事象が排外主義へと繋がっているのである。 第4 節 「在日特権」  また、排外主義運動での主張は基本的に、「在日特権を許さない市民の会」という名前から も分かるように、「在日特権」なるものへの抗議である。ただし、この言葉に正当性はないと言っ てよいだろう。在日特権という言葉が使われるとき、在日は基本的に在日コリアンのことを指す。 つまり、在日コリアンがいくつかの制度によって他より優越した権利を利用しており、それを廃 止すべきだという主張である。具体的には、「特別永住資格」「朝鮮学校補助金交付」「生活保 護優遇」「通名制度」などが批判の対象にある(野間,2013 p16)。しかし、これらを検証していく と正当性のあるものではないことが分かる。  第1 に、特別永住資格についてだが、これは入管特例法2に基づいた資格である。つまり、 平和条約によって日本国籍を離脱した旧植民地地域の人々に対し、出来るだけ日本人に近 い法的地位を保証するための特例法であり、それに該当するのが永住権を持った在日コリア ンたちである。第2 に、朝鮮学校補助金交付であるが、朝鮮学校は国からの給付金は支給さ れてはいない。自治体で支給される場合もあるが、公立学校や私立学校と比べれば優遇はさ れていない(安田,2015 p199)。第 3 に、生活保護優遇という主張は、在日コリアンの生活保護 の給付率が高いことを指している(野間,2013 p136)。厚生労働省の 2011 年の調査では、在日 コリアンは年間2 万 5 千世帯程給付されており、全体の割合で 2%程となる。これを「搾取」さ れているとは言うのには相応しくないだろう。また、人口と比べてみれば、確かに「日本人より受 給率が高い」という説明はつくが、それは条件を満たす生活の困難な状況が示していることと なる。第4 に、通名制度について、これは「通名によって成りすましができる」ということに対して の批判である。たとえば事件が起きて報道された際に、「本当は在日が犯人だが実名を隠して いる」といった邪推とも言える言説が、散見される。しかし、通名は、日本の植民地時代の創氏 2

 

正式名称は「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」という。

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改名による日本名の強制がもととなり、それが戦後も引き継がれている(原尻,1998 p162)。また、 戦後は就業における差別的な扱いを防ぐために使われていることも背景にあるものである。  以上のように、在日特権という主張は、正当性を欠くものであり、歴史的背景を無視した議論 である。ただし、特権という解釈は誤りではあるが、通名制度が悪用される可能性がないわけ でなく、在日コリアンの批判意見を頭ごなしに反論をする態度が好ましくないことも留意すべき である。

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第2 章 日本の排外主義の形成と拡大  本章では、現在の日本社会の排外主義がどのように形成されたのかを考察する。その為に、 まず、排外主義的な言説の根源にある「歴史修正主義」の思想がどのような経路で生まれて いったのかを探っていく。そして次に、インターネットで排外主義的な言説を弄する「ネット右 翼」なる存在は何なのか、またどのように形成されていったのかを探っていく。 第1 節 歴史修正主義の形成  排外主義運動の主張である「在日特権」は、日本と在日コリアンの歴史的経緯を否認した上 での議論であり、歴史修正主義の思想が土台となっている(ただし、在日特権なる言葉が使わ れるのはインターネット・ムックの言説空間である)。歴史修正主義とは、日本の戦争責任や慰 安婦問題などの歴史的背景を自虐史観3として否認する考え方である。 排外主義運動が根深いのは、ただ在日外国人への嫌悪感があるからでなく、このような歴史 否認論が在日特権を成り立たせてしまっているからであろう。つまりは、昨今の排外主義が形 成された仕組みを探るには、在日特権を生み出した歴史修正主義の思想が形成される経緯 を追っていく必要があると私は考えている。   歴史修正主義は、1997 年に結成された「新しい教科書を作る会」をはじめとした保守系論 壇と共に台頭した考え方であり、他には1996 年に自民党の右派の政治家を集めて結成され た「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(2004 年に「日本の前途と歴史教育を考え る議員の会」に改名)などがある。もっとも、歴史認識にまつわる議論は 1960 年代から登場して おり、主なテーマは登場した順に上げると、朝鮮半島の植民地支配の美化と正当化、南京大 量虐殺の否定と矮小化、歴史教科書における戦争責任と植民地責任の有無・内容、日本軍 の慰安婦問題の否定と矮小化の4 つがある(清原,2015 p77)。  では、そもそも日本ではどのような過程で加害責任が意識化されたのかというと、ベトナム戦 争とそれへの反戦運動が日本で起こった事が原因と言える。日本は、アメリカに基地を提供す る形でベトナム戦争に関わりを持っていた。しかし、ベトナムに対するアメリカの空爆は、かつ てのアジア・太平洋戦争で日本の市民が受けた空襲を想起させるものであり、それをきっかけ 3 太平洋戦争後の日本の歴史学界において主流であった歴史館を批判・否定的に評価する言葉。

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に日本では反戦運動の「ベトナムに平和を!市民文化団体連合」(1965~74)が結成された。そ して、彼らによって「加害」という視点が定式化され、戦争責任を意識化するようになっていった のである。そして1970・80 年代には、新聞での記述でも加害意識の広まりを示すものが見られ るようになっていった。  1980 年代を迎えると、まず中国との南京大虐殺の問題についての歴史問題が抱えられ、 1990 年代には韓国の民主化が起こる。これを期に、元「慰安婦」が名乗り出たことで問題が集 中的に議論されるようになる。そして1993 年には、河野洋平内閣官房長官が「河野談話」の 発表で、日本軍慰安婦問題について政府の間接的な関与を認めて謝罪した。ここで、日本で は「政府が慰安婦問題を認めた」という理解が広がり、歴史をめぐっての言説が開けていった のである(清原,2015 p84)。このようにして、右派論壇でも、90 年代以降で中国との議論は政 治経済軍事が取り上げられていくのに対し、韓国では慰安婦を中心とした歴史問題が多く なっていった(樋口,2014 p157)。  また、当時の新聞の対立関係も、現在の排外主義に関わっている可能性が見られるなぜな ら、慰安婦問題をめぐって読売新聞に見られた朝日新聞への対抗の姿勢が、次節で説明する マスメディアとネット言論の対立の構図の形成に繋がったからだ(清原,2015 p105)。  以上のように、歴史修正主義は、韓国との歴史背景をめぐった問題が浮上しだしたことで、 右派勢力がそれを追求する「歴史否認」の立場として活動し、生まれていったのである。 第2 節 ネット右翼の形成 1 ネット右翼とは何か  日本の排外主義の実情を明らかにするためには、排外主義的な言説が蔓延している場、す なわちインターネットに着目する必要がある。というのも、実際にデモの参加者は、排外主義団 体の構成員であるとともに、インターネットで排外主義的な言動を行う「ネット右翼」が極めて多 いからである。動員のための告知は、インターネットの排外主義団体のHP や SNS(ソーシャ ル・ネットワーキング・サービス)に多くみられる。また、デモで飛び交う罵声も、そこで用いられ る話法やその背後にある発想には、ネット上で盛んに用いられる言葉が多々見られ、初期の デモでは電子掲示板「2 ちゃんねる」などで用いられる活字アートがプラカードに書き込まれて いた(安田,2015;伊藤,2015)。以上のように、ネット右翼という存在は現在の排外主義と密接な

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関係にあり、運動の土台となっていると言える。したがって、ネット右翼の言説がどのように形成 されていったのかを探ることが、現在の排外主義の形成そのものの理解に繋がるだろう。  ネット右翼の主張は、基本的には嫌韓や在日特権のように在日コリアンを対象として攻撃す るものである。従来の右翼系の論壇のように、ロシアや中国、日教組や民主党などの国内左派 に対しての敵対心があまり見られず(多少は敵対心が見られることもある)、コリアンを激しく敵 視している部分が特徴的である。また、「われわれ」の「敵」の存在は強調しながらも、実態的な 国民統合の追求には積極的ではなく、包摂への関心の薄さには従来のナショナリズムと違う奇 妙さがある(山崎,2015 p14)。ここからも、街頭でデモを起こす排外主義運動と体質は非常に 似ているといえよう。では、どのようにしてネット右翼なる言説の場が生まれたかというと、電子 掲示板の「2 ちゃんねる文化」と「新保守論壇」の交流から説明する伊藤(2015)の分析が的確 である。そこで、伊藤の分析を中心に以下に記していく。 2 「2 ちゃんねる文化」と「新保守論壇」  ネット右翼的な言説が生まれた場は、電子掲示板である「2 ちゃんねる」にある。2 ちゃんねる には、もともと政治的に一貫した考えが見られるわけでもなく、1999 年の成立当初には排外主 義的な要素はなかった。しかし、「反マスメディア」という思想的な特徴が、ネット右翼なる傾向 に派生したのである。当時、マスメディアの報道にある偏りや触れられない情報に対しての不 信感を語る場として、2 ちゃんねるが使われていた。敵手としては主に、朝日新聞、NHK、フジ テレビなどが設定され、「ヤラセ」や「捏造記事」、「偏向報道」を暴露するという、既存メディア への対抗メディアという思想の傾向が見られたのである(伊藤,2014 p48)。  世間に嫌韓の雰囲気をもたらした2002 年の日韓共催 FIFA ワールドカップ(第 1 章 参照)で も、2ちゃんねるでは韓国に対して直接的な抗議運動が行われたわけではない。この事件で 最初に非難が飛び交ったのは、フジテレビのニュースバラエティ番組「とくダネ」であり、番組内 で解説者が誤審について取り上げようとした時にCM に切り替わってしまった、という事案に対 してである。その後も、トルコ対韓国で3位決定戦が行われたときに、親日国家であるトルコの 表彰の映像が放映されなかったことが波紋を呼んだ。結果、電子掲示板では告知が行われ、 フジテレビへの抗議運動が起こったのである4  こういった中で、嫌韓という敵意が2 ちゃんねるの言説空間に芽生えて右翼化していったの 4抗議運動は、報道の後に行われたフジテレビの生放送番組「27 時間テレビ」のごみ拾い企画に対し、開始される 前にごみを拾うという方法で行われた。なお、フジテレビの報道姿勢の真意は明らかになっていない。

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には、新保守論壇のアプローチがある。新保守論壇とは、1990 年代半ば頃に既成の保守論 壇から派生して台頭した、歴史修正主義の思想を中心にした新しい保守論壇のことである。既 成の保守論壇は、雑誌では『諸君!』(1969~2009、文藝春秋)、『正論』(1973~、産業経済新聞 社)、『Will』(2004~、ワック)、組織では「日本会議」(1997~)、「日本を守る会」(1974~97)、「日本 を守る国民会議」(1981~97)があり、言論の場だけで展開されていた(古谷,2013;伊藤,2015)。 それに対し、新保守論壇では、組織である「維新新党・新風」(1995~)、「主権回復を目指す 会」(2006~)、「在日を許さない市民の会」によってデモ・署名活動などの市民運動的なスタイ ルで行われた。その為、「行動する保守」とも呼ばれるようになっている。また、それだけでなく、 『マンガ嫌韓流』といった漫画のようなサブカルチャーの分野でも活動が行われ、インターネッ トでの言論活動も著しい。たとえば在特会元代表の桜井は、成立直後から2 ちゃんねるで自 身の言論ブログとともに言論活動を展開しており、当時からインターネットへの依存度が非常 に高い(樋口 2014)。とりわけ、彼らの展開した在日特権と嫌韓という議題は、2 ちゃんねるの敵 手である朝日新聞やフジテレビに対抗するものとして相応しかった。というのも、在日特権であ れば、マスメディアによって隠された在日コリアンのインチキを暴く、というまさに対抗的メディア としての自意識を満足させる論題である。嫌韓にしても、朝日新聞で見られる慰安婦問題に対 しての左翼知識人の言論を糾弾する立場になれるし、フジテレビが流行らせた韓流コンテンツ の地位を貶めて拒絶することもできる。このように2 つの議題は 2 ちゃんねるの反マスメディア の立場と相性がよく、結果として嫌韓運動を2 ちゃんねるに定着させていったのである(伊 藤,2015 p59)。  また、フジテレビを対象とした「反韓流デモ」が2011 年 8 月にも行われており、反マスメディア と嫌韓の結びつきをより一層強くしている。デモは、フジテレビの番組編成が「韓流への偏重」 であると批判するものであり、「行動する保守」の先導によって行われている。前もって言うと、 フジテレビの韓流コンテンツの多さは、ソフトの安さや高い視聴率が取れることが理由にある。 つまりは、テレビ局にとっては、社会的合理性で動いているだけのことである。しかし、「テレビ 局が韓国に乗っ取られている」という陰謀論が当時多く出回り、著名な俳優の批判発言などが 注目を浴びる中で起きたデモは、5000 人の規模までに及んだ(伊藤,2012 p40)。デモの名目 は「フジテレビへの抗議」であったが、「韓国は帰れ」などの暴言なども見られ、その他参加者 が日章旗を掲げるなど嫌韓・排外主義を煽る行為が見られた(中川 2013 p189)。  また、今回のデモでは、動員がツイッターなどのSNS によって行われたことにも注目すべき

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である。ツイッターやフェイスブックの登場以来、「アラブの春」などの中東のデモに始まり、 SNS は現実のデモにおいて動員を生むツールになっている(伊藤,2012)。2ちゃんねるをはじ めとしたインターネットの保守論壇は、さらにツイッターなどのSNS から現実への動員へと繋 がっていった。こうして、ネット右翼は現実の場での排外主義運動を起こすまでの存在に変貌 していった。  このように、反権威の姿勢を持った2 ちゃんねると、歴史修正主義の思想を主とする新保守 論壇が、敵手である朝日新聞などの既存マスメディアへの攻撃に際し、共鳴することでネット 右翼が形成されたのである。

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第3 章 排外主義運動の支持・参加 第1 節 2 つの分析方法  本章では、どのような人物が運動の参加者になりうるのかを考察する。これまでの章では、排 外主義そのものが形成されるまでの流れを時系列ごとに追っていくことを主に、「日本の排外 主義とは何か」という論題にアプローチしていった。しかし、今なお彼らが支持される現状を打 破していくためには、運動の参加者にある、共通した傾向を探っていく必要があると私は考え る。その為には、以下の2 つの方法から検証していく。  一つは、運動の参加者が在日外国人への差別・偏見をどのような過程で形成していくのかを 考察することである。運動が起こるとき、人々が運動に参加しようと決断するまでには、そのきっ かけが存在することは自明であり、それを探らずして問題の実態は解明できない。また、これま での章をもとに考えると、排外主義運動は、それ自体が偏った歴史修正主義の思想、すなわ ち在日コリアンへの偏った認識のもとに行われているのが特徴的であるとわかる。これを考え たとき、「運動参加者はどのような過程の中で、在日外国人への差別・偏見を形成させていっ たのか」を明らかにすることで、運動に参加する人物についての分析ができるのではないだろ うか。よって、ここでも在日コリアンに関する内容が中心になる。在日コリアンへの差別や偏見 は、とりわけ、インターネットでの情報収集において大きな関わりが見えてくる。  もう一つの方法は、西欧の排外主義運動をモデルに分析していくことである。西欧社会は、 日本と比べると移民受け入れが多く、その一方で排外主義という問題は顕著だ。実際に、極右 政党なるものが存在し、かつ支持を集めている状況にあり、政治の場で移民排斥を訴える運 動が行われている。ここで、極右政党がなぜ支持されたのかを探ることで、日本の分析だけで は明らかにならない「排外主義が支持される背景」が見えてくると考えられる。さらに、日本の 排外主義運動との比較も試みたい。   第2 節 在日外国人への差別・偏見の形成とインターネット 1 インターネットを分析対象とする理由  これまでに行われてきた在日コリアンを対象とする運動では、前述の通り在日特権に対して

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の抗議が主である。そして、在日特権は、歴史修正主義の思想のもとに出来たものだが、言葉 そのものはインターネット空間で生み出された言葉であることに注目したい。嫌韓という言葉は 以前から右派論壇でも使われたのに対し、「『在日特権』なる言説は、新聞はもちろん右派論 壇誌も含めて流通することはなく、インターネット・ムック限定で広まった」(樋口,2014 p159)ので ある。つまり、「在日コリアンに特別の権利を与えすぎではないか」という保守系の批判を、イン ターネットの空間では在日特権という言葉に変換して広めることで、差別的な認識を人々に持 たせていった訳である。ここから考えても、インターネットは昨今の排外主義運動との関わりが 親密で、在日コリアンに関する差別的な言説の温床となっているのではないだろうか。ここから、 在日コリアンへの偏見とインターネットの関わりについて分析していく意義があると私は考える。 そして、インターネットがどの程度、排外主義と関わっているのかを知るためには、調査をもと にした文献が必要である。本節では主に、樋口(2014)、古谷(2013)、高(2015)の研究を参考に 考察していく。 2 排外主義運動の参加者とインターネットの関わり  排外主義運動の参加とインターネットの関わりについて、樋口(2014)は排外主義運動の活動 家を対象とした聞き取り調査を行っている5。結果として、活動家34 人の中で 25 人がインター ネットを介しての参加であることが分かった。他9 名は、既存の組織や人的な繋がりを介して参 加した者となる。また、もともと運動に関心を持つ傾向のあった者は19 名と多かった。その内 訳は、自発的に検索する中で運動にたどり着いた者が10 名、検索をする中で偶発的に排外 主義の言説を閲覧した者が9 名である。ここから、インターネットは運動の参加者を誘引するよ うな情報や、動員する効果を持っていることが分かる。例えば、もともと保守的な考えを持って いた者や、経験から在日コリアンにネガティブな印象を抱いる者が、新たに在日特権という偏 見を持つ際には、インターネットでの情報の働きが強いだろう。また、無関心の状態からイン ターネットで検索していくにより、排外主義の言説に関心を持ち始めていく者もいたが、6 名と 比較的に少なかった。つまり、現在の運動参加者では、もともと排外主義に関心を持つ傾向を 持っていた者の方が多い。ここから、インターネットには「政治的な立場を変えるほどの影響力 を持つわけでなく、既存の立場を拡張する媒介」(樋口,2014 p140)に過ぎない可能性が高い。 ただし、無関心であっても、インターネットでの情報収集で運動参加に至るケースも少なからず 5

活動家のライフヒストリーを聞くという方式。内訳は、在特会の会員25 名、その他の団体会員 9 名である。

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はある。  以上のように、樋口(2014)の調査では、少なくとも 34 名の中の 25 名はインターネットから在 日コリアンに関する偏った情報を収集していたことが分かった。その中の多くは、もともと排外 主義になりうる傾向を持っていて、そこから在日特権や嫌韓といった情報に共鳴しているのだ。 しかし、排外主義的な態度を持つ者が皆、情報収集にインターネットを活用しているとも限らな い。  たとえば、古谷(2013)は、ネット右翼とされる傾向の強い者を対象としたインターネット上のア ンケート調査を1 万2千人ほど対象に行っており、「普段から情報収集や価値判断の基準とし て利用・活用している媒体は何か」という問を設けている。回答をみると、「大手テレビ14.4%、 新聞12.6%、書籍・雑誌 10.6%、ラジオ・CS・独立メディア 10,1%、インターネット・テキスト 19.5%、インターネット動画 16.8%、SNS12.8%、リアル空間 4.8%」といったように、情報収集手 段は分散していることが分かる(古谷,2013 pp135-136)。インターネット関連での情報収集の ケースが最も多数ではあるものの、テレビや新聞といったマスメディアも十分に利用されている ことが分かる。  ただ、以上の古谷(2013)のアンケート調査方法は、SNS やブログを中心に呼びかけながら独 自に行っているものであり、結果がすべて断定出来るほどの精度があるかといえば、そうとも言 いにくい。しかし、排外主義的な人物が、情報収集をインターネットや保守系論誌に頼ってい るとは限らない、という結果を見出すには十分な統計ではある。また、古谷(2013)は、同アン ケート調査において、「排外主義運動の参加者やネット右翼が社会的な底辺だというイメージ は間違い」という結論も導き出しているが、これに関してもその通りだろう。前述の樋口(2014)の 調査でも、対象者の34 人の中で正規雇用者は 30 名であり、ホワイトカラーが 22 名、ブルーカ ラーが6 名であった。また、在学中・中退を含む大卒者も 24 人と、学歴も相対的に高いものが 多かった(樋口,2014 p54:朝日新聞 2014/10/2)。 3 インターネットによる差別・偏見の形成  次に、排外主義運動の参加者やネット右翼的な者でなく、一般の大学生を対象にした調査 研究をもとに、在日コリアンへの偏見について考えてみる。高(2015)のインターネットと在日コリ アンへの差別・偏見の関係性についての分析は、慎重かつ定量的な研究に基づくものであり、 排外主義の偏見を分析するには欠かせない知見であると私は考えている。研究では、2 つの

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レイシズム、すなわち「古典的レイシズム」と「現代的レイシズム」が区分されている。具体的に は、戦中・戦後に多く見られた「人種的に劣っている」というものが「古典的レイシズム」であり、 歴史修正主義の台頭した頃から多く見られた、「すでに差別は解消されているのに、制度的に 優遇されている」というものが「現代的レイシズム」である。この区分けは、アメリカの黒人差別の 変容についての先行研究6がもとになっており、日本にもその区別を適用できると実証されて いる。  たとえれば、在日コリアンと犯罪を結びつけた差別・偏見では、「在日コリアンは道徳的に 劣っているから犯罪を行いやすい」というのが前者、「通名は在日コリアンの犯罪を隠蔽する制 度だ」というのが後者になるだろう。また、研究はいくつかの質問紙調査から成り立っており、古 典的レイシズムと現代的レイシズムの尺度を測る質問、在日コリアンへの純粋な好悪の態度を 測る感情温度を測る質問、それから各調査項目を分析するに見合った質問で構成されて行わ れている。以下、主に高(2015)に依拠しながら考察していく。  まず、「インターネットの使用と右翼傾向に関係はあるのか」という問には、東京都の大学生 206 人を対象として、テレビやインターネットを利用する時間を問う質問などで構成されており、 以下のような研究結果を出している(高,2015 p122)。第 1 に、インターネットの使用時間は現 代的レイシズムと古典的レイシズム共に強める傾向があった。ただし、それは認知的側面にお いてであり、感情面での影響は相対的に小さい。第2 には、インターネットの使用時間は社会 支配指向との間に相関があった。社会支配指向とは、社会を競争の場と考え、集団を「優れ た」ないし「劣った」という次元で捉え、また格差の存在を是認するイデオロギーである。ただし、 レイシズムないし社会支配指向の強い人ほどインターネットを利用するという、逆の因果関係 の可能性もあり、一概にインターネットが差別・偏見を高めるものという断定はできない。つまり、 「インターネット上に蔓延するレイシズムが、レイシズムの強い人をインターネットに引き寄せ、 レイシズムの弱い人をインターネットから敬遠させているという可能性も、排除できない」 (高,2015 p141)。  次に、「インターネットの何がレイシズムに関わるのか」という問いに対しては、東京都内の大 学の学生286 人を対象として、インターネットの目的別の使用時間や、社会支配指向と情報 収集の関わりを分析するための設問があり、以下のような研究結果が出されている(高,2015

6 Kinder&Sears (1981) Prejudice and Politics: Symbolic Racism Versus Racial Threats to the Good Life , McConahay (1986) Modern Racism, Ambivalence, and the Modern Racism Scale による研究

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p144)。第 1 に、インターネットの使用を情報収集に費やす時間が長いほど社会的支配指向が 強く、教育・学習に費やす時間が長いほど社会支配指向が弱いという傾向があった。第2 に、 サイト別の分析においては、2 ちゃんねる又は 2 ちゃんねるまとめブログを利用する人は、右 翼的な傾向があった。加えて、2 ちゃんねるの利用者は古典的レイシズムを持つ傾向が強く、 2ちゃんねるまとめブログの利用者は現代的レイシズムを持つ傾向が強い傾向にあった。利用 率においては、2 ちゃんねるは 7 人に 1 人、2 ちゃんねるまとめブログは 4 人に 1 人を超える学 生が利用しているという結果になっている。個人によって利用する程度に差はあるが、大学生 の利用者は極めて多いと分かる。2 ちゃんねるの情報は、在日コリアンへの偏見を煽るものが 多い。調査の範囲ではあるが、大学生世代が在日コリアンへの偏見を持つに際して、2ちゃん ねる又は2 ちゃんねるまとめブログの働きは強いと考えられる。  また、在日コリアンへのレイシズムを弱める要因についての検証もされており、「一部に性差 はあるものの、概して直接・間接の接触経験はレイシズムを弱める効果を持つ」(高,2015 p165)という研究結果にも注目したい。対象は日本国籍の大学生 1140 人であり、「在日コリア ンとの接触の有無」について、直接・間接又は男性・女性に分けた質問がされている。結果、 直接的な接触、間接的な接触はどちらにしてもレイシズムの低減効果をもったことを示してい る。とりわけ直接的な接触は古典的レイシズムを好転させ、男性に至っては、現代的レイシズ ムをも弱める効果があったとされる。さらに、間接的な接触は、古典的レイシズムや男性の現代 的レイシズムに軽減効果を表さなかったことも示されている。ただし、以上の調査について高 (2015)は、接触において「単に友人の有無だけではその質・量は十分に扱うことができない」と 調査の限界があるとしながら、レイシズムが弱い人ほど接触経験を持ちやすい可能性があるこ とも示唆している。確かに、在日コリアンとの接触は、もともと差別・偏見の少ない者の自発的な 行動があったがゆえであると想像してもおかしくない。しかし、在日コリアンとのコミュニケーショ ンの経験があれば、トラブルがない限り、彼らに対する印象や知見はポジティブな部分から出 発するとも考えられる。この調査は、立証するまでには至らなかったものの、在日コリアンとの 接触が」レイシズムを軽減させるものである可能性には限りなく近づけたと考えられる。  このように、高(2015)の調査研究から、インターネットでの情報収集は、右翼傾向や在日コリ

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アンへの偏見を強める傾向を持つ可能性が高いという事がわかった。 私の経験から、イン ターネットで検索を行っているときに、2 ちゃんねるやそれに似た類の「まとめブログ」に行き着 く事が多い。そして、ネット空間での政治的な言説は、右翼的なものの方が相対的に目につき やすい。私たち若い世代が、活字とインターネットの情報はどちらを多く目にしているかと聞か れれば、後者が多いと答えるだろう。以上から、現在の排外主義運動の参加者層は一つには 括れないが、インターネットを活用して在日コリアンへの偏見を強めている者は多いということ が本章の結論となる。今後も、インターネットによって排外主義を容認する土台が固められて いく可能性は、十分にあると私は考える。 第3 節 西欧の排外主義との比較 1 政党のステージでの排外主義  西欧では、日本の排外主義運動のようなヘイトスピーチが見られることは少なく、差別的な表 現への規制は厳しい。たとえば、ドイツでは、刑法で民衆煽動罪(ドイツ刑法 130 条)が定まっ ており、歴史修正主義的な「ユダヤ人は、民族虐殺をいうデマをつくった」といった主張の文書 の配布した場合は犯罪とされる(野間,2013 p192)。  しかし、西欧には「極右政党」の存在があり、政治というステージで排外主義運動が行われて いる。極右政党は、保守系の「右派」よりも右寄りの政治思想を持っており、定義すると「国家 主権やキリスト商の伝統的な価値観を重視する立場から、反欧州統合や移民排斥を主張」(朝 日新聞 2006/11/18)する政党である。ただし、極右政党という用語は西欧のメディアでは使わ れるものの、政党自らが「極右」と名乗っているわけではない(樋口,2014 p30)。彼らは歴史修 正主義とはまた一線を画し、平等や普遍的な人権を批判せずに、制度・政策・言説によって移 民やの排斥進めているのである(古賀,2015、中野,2015)。また、ポピュリズム7の傾向が強いの も特徴であり、既成の政治エリートと「大衆」の対立という図式に当てはめて既存政党を批判す ることで支持を得ている8 7 一般的に、「エリート」に対立する集団として「大衆」を善良な集団とし、腐敗した悪いエリートから受ける権利こそ が尊重すべきだという政治思想をいう。ラテン語のポプルス(populus)=「民」が語源で、日本語では大衆主義、人民 主義と訳されることもある。 8

その為に、「右翼ポピュリスト政党」や「ポピュリスト政党」と呼ばれることもある。

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2 極右政党の支持される背景  極右政党が台頭してから支持される要因について、以下の3 つを考察していく。 (1) 近代化の敗者  極右政党が台頭したのは1980 年代以降のことで、1973 年の石油危機を期に起こる経済成 長の陰りの影響が大きい。当時の西欧の各国では、脱工業化やグローバル化で社会構造が 変化する中で、従来の福祉国家像のあり方も変わっていった(古賀,2015 p143)。また、移住労 働者の増加、新興国からの輸出攻勢もあり、生活水準が低下していく層が増加していった(樋 口,2014 p31)。極右政党は、そうした改革によって打撃を受けた「大衆」の現状への批判を主 張する者として台頭した。そして、実際に支持をしたのは、教育程度が低い者や非熟練労働 者であり、この支持層は「近代化の敗者」と呼ばれている。近代化の敗者である人々は、改革 によって変わっていく社会構造には不安を抱いており、それを解消するために極右政党を支 持していったのである。 (2) 競合  彼らの主張の軸は、大衆を苦しめる既成政党の改革に対する批判に基づいている。そのた め、グローバル化がもたらす移民の増加に対する反発は強く、それまでに見られなかった新し いナショナリズムを掲げている。それは、既存の国家統合へと向かうものでなく、「誰が国民か を再定式化し、文化的、あるいは民族的に背景の異なるものを脅威として排除する」という傾 向を持つナショナリズムである(山崎,2015 p11)。このナショナリズムのもと、極右政党は失業率 の高さや社会保障の財源の不足、治安の悪化といった問題の原因として移民の存在を指摘し た。つまり、移民が増えていくことによって、大衆による労働市場や社会福祉が奪われて犯罪 が増えていくという問題を訴え、移民との間に競合があるという構図を提示したのである。  ただし、競合論について、現在は貧困層と難民の職の奪い合いの構図が見られ、現実的な 問題だと言える。たとえば、難民受け入れの多いドイツで企業の人材不足がある反面、不足す る業種の需要に難民は噛み合わないことが問題視される。そのために難民は低賃金業種で 職を探すが、そこには以前から住むトルコ系などの移民や白人の貧困層が多く、職の奪い合 いになってしまうのである(日本経済新聞 2015/11/22)。 (3) イスラム嫌悪 極右政党が支持される背景としてもう一つ留意しておくべきは、異文化間の摩擦であり、すな わち「イスラム嫌悪」の問題である。大衆の不満を刺激する主張は、政治腐敗が深刻化してい

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る状況もそうであるが、近年起こるイスラム過激派によるテロが著しいときに関心を集めやすい。  西欧ではイスラム系の移民・難民が増える一方であり、かつ移民2 世・3 世の時代になってい る。米民間機関の「ピュー・リサーチ・センター」の調査によると、2010 年の EU 域内に住むイス ラム教徒は約2 千万にも及んでいる。国別の割合として、最多はフランスであり 7.5%、次にドイ ツが5.8%をイスラム教徒が占めている状況にある。その後もアラブの春の影響もあり内戦が広 がっていき、2015 年の春以降にはシリアやイラク、アフガニスタンから 100 万人近いイスラム難 民が欧州に来ており、未だ増加の傾向にある(三井,2015 p158)。  このような状況の中、イスラム系の過激派組織によるテロ問題は、市民に恐怖や嫌悪感を与 えてしまっている。たとえば、2000 年代半ばに目立つようになった「ホームグロウン・テロリズム」 の存在は欧州市民に驚異とされている。ホームグロウン・テロリズムとは、国内で生まれ育った 者が過激派組織の思想に共鳴し、祖国を標的としたテロを起こすことである(日本経済新聞 2015/12/5)。とりわけ移民2世、3 世であり、祖国で教育を受けている者が多く、主にグループ や個人との日常的な接触、SNS を通じて過激思想に傾倒する(三井,2015 p66)。この問題は、 身近なイスラム教徒に不信感を抱かせてしまう問題であり、イスラム系の移民への嫌悪を増幅 させる。  以下、実際に「イスラム嫌悪」の高まりとともに極右政党の支持率が上昇した例を挙げる。パリ の同時多発テロ事件が起きた後、フランスの極右政党とされる「国民戦線」は、2015 年 12 月の 地方選において、2 回投票の 1 回目では得票率 28%と首位に立ち、最終的に議席は得られ ず敗北したものの注目を浴びた(日本経済新聞 2015/12/21)。また、オーストリアの 2016 年 5 月の大統領選では反移民を掲げる「自由党」のホファー議員が、勝利には及ばなかったもの の、決選投票で僅差となる多数の表を獲得した(朝日新聞 2016/5/22)。これは、シリア難民が 増加して議論されていることや、テロの脅威、単一通貨ユーロへの不安が重なったことなどが 背景にみられる。 3 日本との比較  このように、西欧の排外主義、すなわち極右政党が支持を得るのには「近代化の敗者」「競 合」「イスラム嫌悪」の3 つ背景がある。西欧は排外主義が蔓延する原因は多方面にあり、排 外主義が生まれる原因は多岐に渡るということがわかった。  日本と西欧の排外主義の比較では、まず政党の在り方の違いについて着目する必要がある。

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西欧は相対的に政党結成のハードルが低い。理由には政党助成金の仕組みがあり、西欧は 選挙によって議席が獲得できなかったとしても、一定の票を獲得すれば助成金を受け取れる ことは日本との違いだ(古賀,2015 p156)。日本の場合であると、助成金が議席の数に従い配 分されるから、新政党の参入が西欧より難しい訳である。  また、以上の3 つの背景が西欧の排外主義の土台であるのだが、これは日本とはまた違う形 であると言える。たとえば、「近代化の敗者」と「競合」という背景は、前述の通り低賃金業種に つく貧困層が支持されている状況から説明がつく。しかし、4 章で取り上げた樋口(2014)の調 査をみてもわかるように、日本の排外主義運動の参加者は、経済状況に不満を抱えた者や社 会的地位の低い者ではなく、そういった背景には一貫した答えはない。「イスラム嫌悪」によっ て起こる排外主義も、過激なテロという、現実的な恐怖があってこそ説明がつくものである。日 本でも北朝鮮による拉致問題によってコリアンは嫌悪されたが、それは排外主義運動に繋 がった直接的な原因ではない。  このように、日本で排外主義運動に参加する理由は、西欧の極右政党が支持される背景か らは説明できないものであることがわかった。在日外国人の人口と西欧の移民の人口は、その 数が圧倒的に違う。日本では、在日外国人が身近であるという感覚が相対的に少ない。その ために、「在日外国人に搾取されている」という被害意識も低いことも違いであるだろう。しかし、 高(2015)の研究からも、在日コリアンとの接触は差別・偏見を和らげることが説明されている。 「身近な存在」という意識が少ないということも、日本で差別的な言説が蔓延する背景なのだろ う。    

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結び  本稿では、「日本の排外主義とは何か、なぜ起こるのか」という問に対する答えを探ってきた。 第1 章では、日本の在日コリアンを巡る流れから、排外主義の形成を時系列ごとに追っていっ た。在日コリアンに対する差別的な態度の根深さや、嫌悪を増幅させていった出来事が読み 取れる。また、排斥運動の主張である在日特権という言葉が、正当性に欠けることを提示した。 第2 章では、排外主義が形成される原因となった歴史修正主義とネット右翼について考察し た。とりわけ、ネット右翼の存在を見ると、日本の運動はただ在日コリアンへの敵意だけが起こ したものではないということが理解できる。第3 章では、排外主義運動の参加・支持が行われる 原因を探った。そのために、第1 に、日本の排外主義の土台になる差別・偏見が、インター ネットという情報空間を介して生まれていっていることを検証した。第2 には、西欧の排外主義 勢力である極右政党について分析し、日本と比較した。  排外主義という問題は、西欧のモデルで見たように普遍性の高い問題である。差別や偏見、 不合理な排除はあらゆる出来事を起因として生まれ、暗に支持されていく。イスラム過激派の 驚異は、市民の恐怖・不安を煽り、たとえ極右政党を支持していなかった者でも票を投じてし まうことになる。また、このような時代背景に伴ってなのか、近年は差別・偏見に基づいた発言 が多く他国においても、差別・偏見に基づいた表現を避ける「ポリティカル・コレクトネス」(略し てポリコレ)に対して「ポリコレは行き過ぎている」「ポリコレ疲れ」などという言葉が交わされてい るのを目にする。この現状が、インターネットでの偏見に基づいた情報を増やし、排外主義を 煽るのではないかという懸念も生まれている。  本稿で検証していくことで、現在の日本社会には、排外主義に誰もが繋がるような差別的な 言説や情報が蔓延していることが理解できた。これから排外主義という問題に抗うためには、 差別や偏見を認めない態度を共有し合っていくことが、欠かせないものだと私は考えている。

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参考文献表 【書籍】 ・伊藤昌亮 (2012) 『デモのメディア論』 筑摩書房。 ・高史明 (2015) 『レイシズムを解剖する 在日コリアンへの偏見とインターネット』 勁草書房。 ・小林まさのり (1996) 『新・ゴーマニズム宣言 第 1 巻』 小学館。 ・中川淳一郎 (2013) 『ネットのバカ』 新潮新書。 ・中野裕二、エレン・ルバイ、森千香子、浪岡新太郎、園山大祐 (2015) 『排外主義を問い直 す フランスにおける排除・差別・参加』 勁草書房。 ・原尻英樹 (1998) 『「在日」としてのコリアン』 講談社現代新書。 ・樋口直人 (2014) 『日本型排外主義 在特会・外国人参政権・東アジア地政学』 名古屋大 学出版会。 ・古谷経衡 (2013) 『ネット右翼の逆襲』 総和社。 ・三井美奈 (2015) 『イスラム化するヨーロッパ』 新潮新書。 ・野中広務・辛淑玉 (2009) 『差別と日本人』 角川 one テーマ 21。 ・野間易通 (2013) 『在日特権の虚構 ネット空間が生み出したヘイトスピーチ』 河出書房新 社。 ・安田浩一 (2012) 『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』 講談社。 ・安田浩一 (2015) 『ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力』 文春新書。 ・山崎望 編、伊藤昌亮、清原悠、富永京子、古賀光生、塩原良和、関戸隆浩、五野井郁夫  (2015) 『奇妙なナショナリズムの時代 排外主義に抗して』 岩波書店。 ・山野車輪 (2005) 『マンガ嫌韓流』 晋遊舎。 【Web サイト】 ・在日特権を許さない市民の会 [[http://www.zaitokukai.info/] (2016/12/11)] ・法務省 『平成28 年 6 月における在留外国人数について(確定値)』 [http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00060.html] (2016/12/11) ・法務省『ヘイトスピーチに焦点を当てた啓発活動』 [http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html] (2016/12/11)

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【新聞】 ・朝日新聞 1990 年 5 月 28 日 ・朝日新聞 2006 年 11 月 18 日 ・朝日新聞 2011 年 10 月 5 日 ・朝日新聞 2012 年 8 月 28 日 ・朝日新聞 2013 年 4 月 6 日 ・朝日新聞 2014 年 2 月 11 日 ・朝日新聞 2014 年 10 月 2 日 ・朝日新聞 2015 年 1 月 27 日 ・朝日新聞 2016 年 5 月 22 日 ・朝日新聞 2016 年 5 月 26 日 ・朝日新聞 2016 年 6 月 1 日 ・朝日新聞 2016 年 7 月 25 日 ・日本経済新聞 2013 年 12 月 2 日 ・日本経済新聞 2015 年 11 月 22 日 ・日本経済新聞 2015 年 12 月 5 日 ・日本経済新聞 2015 年 12 月 21 日

参照

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