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『パイドン』における自然哲学批判(1)

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Academic year: 2021

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(1)『パイド ソコ における自然哲学批判. (1). 矢内光一 ". P1kato, S Criticismof Natur 杣 Philosophy Pln in the me r ん 4 (I) (Dept. ・. KOikChi YANM of!ntercultural Studies). Ⅰ. プラト ソ の自然哲学・ 宇宙論が本格的・ 具体的に展開されているのは ティマイオスⅠ においてであ る。 したがって、 われわれがプラト ソ の自然哲学・ 宇宙誇を論じようとすれ ば 、 まずもって取り 上げなければならない 作品は甲ティマイオス 山であ るということにな 丁. るであ ろう。 しかし、 プラト. ソ. は、 すでに. 甲. パイド. ソ 』においても (り 、. 自然哲学について. 一定の考え方を 示している。 Ⅰバ イドソコ ではそれはあ くまでまだ ア イデアの段階にとど さっており、 F ティマイオス におけるように 具体的・詳細な 形をとった自然哲学が 述べ られているわけではない。 しかし、 それだげにかえって、 自然哲学に関するプラト ソ の 基 コ. 本 的な考え方はⅠパイド ソ 』のなかで端的・ 鮮明な形で示されていると 考えられるであ ろ. う。 しかも、 プラト. ソ. は、. 甲. ティマイオス. コ. では他の自然哲学を 明示的に批判しながらそ. れに対抗するものとして 彼自身の自然哲学・ 宇宙論を主張するという 著述の形式を 採用し ていないのに リ. 対して、. ニ. パイド. ソコ. では、 従来の自然哲学全体. (. 「自然に関する 探究 ( ぺ. ・ピュ セ オース・ヒストリア 一 ) 」㏄ a7) を一定の仕方でとらえてそれの 批判を行 い ㈲ 、. その批判を踏まえながら、 彼自身の考え 方を提示しており、 この点からも、 では自然に関するプラト. ソ. 丁. パイド ソ 』. の基本的な考え 方が明確な輪郭を 描いて示されていると 言. う. こ. とができるであ ろう。 以下は 、. 丁. パイド ソコ における従来の 自然哲学に対する 批判を検討することを. 通じて、. プラト ソ の自然哲学の 基本的な考え 方が具体的にどのようなものとして 提示されているか を 明らかにしょうとするものであ る 0 それの解明はまた ティマイオスロの 自然哲学・宇 宙論を成立せしめている 思想的契機をとらえることに 通じていると 期待できるであ ろう。 仁. ,インターカルチャー講座.

(2) 矢内光一. 102. 2. 本稿で取り上げる. 下. パイド. ソコ. の箇所は、 9 5 e 8 一 9 9 c 9 であ り㈲、 以下ではこの. 箇所を中心に 検討していく。 しかし、 そのまえにⅠパイド. ソ Ⅰ全体を一定の. 仕方でまとめ. ておこう。 丁. バイド. ソ. Ⅰでは、 処刑を目前に. 控えた最期の 日のソクラテスが、 獄中に集まった 親し. ぃ 人々を相手にして 人間の死と死後を 論じ、 人間の魂の不死・ 不滅を四通りの 仕方で論証. してみせる。 第一の「循環的 (cyclical) 」論証、 第二の想起訴にもとづく 論証、 第三の 「親近性 ( 杣 finity) 」による論証を 終えたあ と、 ソクラテスは、 シソミアスとともに 対 話の主要な相手役を つ とめる ケベス から出された 疑問と反論に 答えるべく、 その準備作 業 として、 「生成と消滅の 原因を一般的な 形で問題にして、 それを徹底的に 調べなけれ ば な らない」 (95e10一 96a1) と告げ、 「原因 ( アイティア一 ) 」に関する一般的な 考察に移 る。 ソクラテスは、 次いで、 その考察を踏まえてイデア 一 原因説を提起し、 さらに、 これ. にもとついて 魂の不死・不滅を 論証する ( 最後のイデア 一論 にもとづく論証 ) 。 本稿で検討する 箇所は、 以上の下パ イドソコ の展開のなかで、 原因に関する 一般的な考 察 が行われている 部分にあ たる。 そこでは、 「各々のものが 生成するのは、 何によって ( ディア・ティ ) なのか ? 消滅するのは、 何によってなのか ? 存在するのは、 何によっ てなのか ? (96a8 一 90 また 97b4 一 5 を参照 ) という問題提起がなされたあ と、 ソクラ テスが「この 問題をめぐってわたし 自身が経験したこと ( タ ・エマ・パテ 一 ) (㏄ a1 一 」. 」. 2). を語るという. 次のよ. う. であ. る. 形式をとって、. -了. 原因に関する. 考察が進められる。. その「経験」はおよそ. ソクラテスは 若い日に「各々のものの 原因を知ること」 ( ㏄ a8) を望み、 自然哲学に熟 中した。 しかし、 その結果、 「それ以双には、 明瞭に知っていると 自分自身でも 思い、 他 の人々からもそう 思われていた 事柄があ ったが、 しかし、 私は、 そのとき、 この種の研究 によって、 そのような事柄を 見ようにも、 まるで見えなくさせられてしまい、 そのため、 それ以前には 知っていると 思っていた事柄までもが、 わからなくなってしまった」 ゆ6c3 一 7) 。 だがあ る 時 ソクラテスは、 アナクサゴラスのヌース 原因説というものを 聞かされ、 それに大きな 期待を寄せた。 けれども、 それを実際に 検討してみると、 アナクサゴラスは ヌー. スを原因として 主張しているものの、. イティアイ、. ト. 「其の原因. ・アイティオ ソ ・ト一・ オソ ティ. ). 」. ( ハイ・ホース・アレート. (9㎏ 1 、 99M). 一ス・ア. というものを 理解. しておらず、 ソクラテスのアナクサゴラスへの 期待は失望におわる。 だが、 ソクラテスは 「其の原因」が「実際にどのよ う であ るか」 (99c7) を見いだしえず、 それに代わって 独 白の原因説 ( イデア 一 原因説 ) を考えるにいたった。 ソクラテスの「経験」として. 語られている、. 原因に関する 一般的な考察の 箇所の全体を. 通じて、 ソクラテスは、 あ る具体的な事物・ 事象の特定の 原因を問題にしているのではな い 。 およそ原因というものをどのようにとらえるのか、 すな む ち、 原因そのものを 問題に し、 原因のとらえ 方を問 う ている。 以上の「 怪検 」は 、 次の三点にまとめることができる。 (1) 従来の自然哲学の 原因説に対する 疑問 (96的 一 c3) 、 および、 一般に行われている 原.

(3) Ⅱパイドソロにおける 自然哲学批判 (1) 因説. (. 103. ソクラテス自身も 自然哲学に熱中する 以前は当然のこととしてそれを 受け入れ. ていた ) に対する批判 (96c3 一 97 ㏄ ). (2) アナクサゴラスのヌース 原因説への期待と 失望、 それに対する 批判 (97㏄ 一 9 ㏄ 9) 、 および、 アナクサゴラス 説の批判のなかで 示される「其の 原因」の主張 (㏄ b2 一 4) (3) 「真の原因」を 実際には見い 出したなかったために (99c6 一 9) 、 独自の原因説 ( イ デア 一 原因説 ) を試みていることへの 言及 (97 ㏄ 一 7 、 ㏄ cg 一 d2). を. ここで提起されている、. 世界およ ぴ 世界の諸事物・. 原因というものをそもそもどのようにとらえるかという. 諸事象をそもそもどのようにとらえ、. 問いは、. どのように説明するかと. いう世界観の 問題に連なる 問いであ る。 このことを念頭に 置きながら、 以下では、 次の ,点 検討してい (1) 従来の自然哲学の 原因説および 一般に行われている 原因説がどのように 問題にされて く. いるか。. (2Y 従来の自然哲学に 対抗するとう. た. 自然哲学がどのような 形で考えられているか。 それ. にはどのような 特色があ るか。 (3) プラト ソ が彼自身の自然哲学を 構築するためには、 どのような課題が 残されているか。. 3. ①. ②. ソクラテスが 従来の自然哲学の 原因説の具体例として 挙げているのは、 次の二つであ る。 生命体形成の 原因について くはたして、 生命体は、 あ る人々が主張したよ たときに、 形成されるのか ? 》 ( ㏄ b2 一 3) 思考の原因について. う. くわれわれが 思考するのは、 血液によってなのか. に 、 熱と冷とがあ る種の腐敗に 与かっ. ?. 空気によってなのか ?. 火によっ てなのか ? それとも、 それらのいずれでもなく、 むしろ、 脳によってなのか 一一腰 が 聞く・見る・ 嗅ぐといった 感覚をもたらし、 次いで、 それらの感覚から 記憶と臆見 が 生じ、 さらに、 記憶と臆見が 安定した状態になると、 それらから知識が 生じるとい うことなのか ? (96% 一 9) ①は アル ケラオスの説への 言及であ り、 ②の血液 説はェソペ ドクレス、 空気説はアナク 》. シメネス、 アポロニアのディオゲネス、 火説 はへ. う. クレイトス、 脳説は アルクマイオ ソ を. 念頭に置いたものであ ると考えられる㈲ 0 しかし、 ソクラテスはそれらの 説を直接批判す るのではなく、 「これらの問題について、 あ あ でもない、 こ う でもないと、 何度も考え直 しながら、 考察を加えていき」 (96ag 一 b1) 、 「そのあ げく、 この種の研究にまったく (9㏄ 1 一 3) と述べ、 その「証拠」 ( ㏄ c3) とし 向いていないと 自分で思 、 う にいたった」 て ソクラテスは、 一般にはごく 当然のこととして 受け入れられており、 自分自身も受け 入 れていた原因の 例を挙げながら、 「今の私は、 それらのどれ 一つをとっても、 その原因を ( ㏄ e6 一 7) と告げ、 ただちに、 一般の原因説 知っているなどとはまるで 思っていない」 の 批判に移る。.

(4) 矢内光一. 104. 具体的に挙げられるのは、 次のような例であ る。 ③. 人間の成長の 原因について (. 人間が大きくなるのは、 何によってなのか. ?. ( 食べたり、. 飲んだりすることによってであ る すか わ ち、 ( 食物から、 [ 体のなかの 肉に [ 食物のなかの ] 肉が付け加わり、 骨に 骨 が付 け 加わる。 また、 その他のものどもにも、 同じ原理にもとついて、 その各々に 何 % のものがけ げ 加わる。 このようにして、 それらが付 け 加わったとき、 それまで か さな嵩であ ったものが大きな 嵩のものになった。 そして、 そのようにして、 小さな人 間 が大きくなる ) ( ㏄ cg 一 d5) (,) の人の大小の 原因 ( 二人が並んで 立ち、 一方が他方より 大きいことの 原因 ) ( その人がより 大きいのは、 ほかでもない、 その頭によってであ る > (96dg 一 e1) ⑤ 10 が 8 より多いことの 原因 <10 が 8 よりも多いのは、 2 がそれに付 け 加わっていることによってであ る ) の6e2 一 コ. ) 3 ⑥. 2 尺が. 尺 より大きいことの 原因 <2 尺が 1 尺 より大きいのは、 半分だげそれを 超過していることによってであ 1. るタ. (96e3 円 ) ソクラテスはこれらの 例を挙げながら、 原因というものがわからなくなったと 何がわからなくなったのか. 述べる。. ソクラテスはそれを 次のように・ 説明する。. 「今の私には、 1 に 1 を付け加えた 場合、 ( 付け加えられた 1 が 2 になった ) とか、 あ るいは、 ( 付け加わった 1 と付け加えられた 1 とが、 一方を他方に 付け加えることによっ て 、 2 になった》とか、 そのように考えることを 受け入れられたいからだ。 というのも、 私には不思議だからだ。 それらの各々が 互いに離れてあ ったときは、 各々は 1 であ って、 そのときはともに 2 ではなかったのに、 それらが互いに 近づいたときに、 はたして、 その. トト. 因 になったのだろうか。 さらにまた、 1 を分けた場合、 今度は、 このこと、 つまり、 ( 分. モ. a 結合》が、 それらが 2 になったことの 原. |. ことが、 つまり、 互いに近くに 置かれたという. @. 離 ) が、 1 が 2 になったことの 原因になったということも、 私にはやはり 信じられない。 なぜなら、 2 になることの 原因が、 今度は双とは 反対になる、 つまり、 前は、 ( 互いに 近 寄せられ、 一方に他方が 付け加えられた ことが原因になったのだが、 それに対して、 今 ことが原因になるからだ。 さらにまた、 度は 、 ( 引き離され、 一方が他方から 分 げられる <1 になるのは、 何によってなのか ? 》にしても、 そして、 一言で言えば、 他の何であ れ、 それが ( 生成するのは 何によってなのか ? あ るいは、 消滅するのは 何によってなのか ? あ るいは、 存在するのは 何によってなのか ? について、 自分はこの種の 探究の仕方に 則っ てそれを知っているたどとは、 もはや思っておらず、 今ではむしろ、 自分で別のやり 方を でたらめにでっちあ げているわけだが、 あ のやり方はまったく 認めていないのだ」 ゆ㏄ 7 一 Wb7). 0. ソクラテスはまた 別の笛所ではのの 例に即して次のような 説明をなしている。 「あ. る人は別の人より 頭によってより 大きくあ り、 より小さい人はこの 同じ頭によって. が目.

(5) パ イ ドンⅠにおける 自然哲学批判 (1). 下. よりりへさくあ. る」. (10㏄ 8 一 Olal) Ⅰ. 105. o. さらに、 「頭は小さいものであ るが、 それによって、 より大きい人は 大きくあ る」 (101 弘一 9) こ とになるが、 しかし、 「このこと、 つまり、 何か小さいものによって、 あ る人が大ぎくあ るということは 奇妙なことであ る」 (10lag 一 bl) o 原因というものがわからなくなったというソクラテスの 直接の説明は 以上で尽きている。 ここでソクラテスが 指摘している 難点はかえってわれわれを 当惑させるものであ り、 その 指摘は逆にさまざまな 問題をはらんでいるとも 考えられるであ ろう。 しかし、 仝はソクラ テスの言 う 難点を理解することに 努めるとすれば、 それは次のようにまとめられ ぅ るであ ろう。 (i) 相反する原因が 同一の結果をもたらしている。 例一一結合によって 2 が生じる。 分割によって. 2. が生じる。. 「結合」と「分割」という 反対の原因が「 2 」という同一の 結果をもたらし ている。 ( 五). 同一の原因が 相反する結果をもたらしている。 例. - 一頭によって 大きい。. 頭によって小さい。 頭 」という同一の 原因によって「 大 」と「 小 」という反対の 結果がもたら 「. されている。 ( 五 ) 原因がそれと. 反対の結果をもたらしている。 例一 ( 頭 という ) 小さいものによって 大きい。 小 」という原因が「 大 」という反対の 結果をもたらしている。 これらはより 一般的には次のようにまとめられ ぅ るであ ろう。 (W) 原因と結果の 関係が一定の 仕方で定まっていない。 [( i) 、 ( 五 )] (v) 相反するものの 間に原因と結果の 関係があ ることになる。 [a五 M 「. 逆に 、 ソクラテスにとって、 原因というものは、 次のような条件をみたすものでなければ ならないことになるであ ろう (7)0. (1) 相反する原因は 同一の結果をもたらすことはできない。 (In)同一の原因は 相反する結果をもたらすことはできない。 (fI)原因はそれと 反対の結果をもたらすことはできない。 また、 (Wn 原因と結果の 関係は一定の 仕方で定まっていなければならない。 (V) 相反するものの 間には原因と 結果の関係が 成立しない。 ここで以上の 原因説批判を 振り返ってみよう。 ソクラテスは 自然哲学の原因説の 例をま ず挙げ、 さらに、 一般に行われている 原因説の例を 取り上げ、 その難点を先の (i) 、 ( 五 ) 、 ( 五 ) 、 または (iVk 、 (v) としてとらえていると 言 う ことができる 0 しかしながら、 挙げら.

(6) 矢内光一. 106. れた例を改めて (i) 、 ( Ⅰ ) 、 ( 五 ) に照らし合わせてみると、 事態は必ずしも 単純でないこ とに気づくであ ろう。 挙げられた例のうち、 の、 ⑤、 ⑥は、 (i) 、 ( 五 ) 、 ( 五 ) に照らして 特に問題はない。 また③の人間の 成長の原因 --- ソクラテスはこれについて、 「多くの事 柄 がわからなくなったが、 とりわけわからなくなった」 ( ㏄ c6 一 7) と述べている に 関しても、 ( 下 ) が念頭に置かれ、 食物のなかの「小さな」 肉 ・骨が体のなかの 肉 ・骨にけ げ 加わり、 「小さい」ものによって「大きい」ものが. 生じると考えられていると 解釈する. ことができるであ ろう。 このように③、 の、 ⑤、 ⑥の一般の原因説の 例は、 (i) 、 ( 下 ) に該当すると. ( 五)、. 言ってよい。 しかし、 それに対して、 従来の自然哲学の 原因説の例とし. て挙げられている①、 ②は、 (iK 、 ( 五 ) 、 ( 五 ) にそのままの 形でただちに 当てはまちとは 言いがたいであ ろう。 このことは、 ソクラテスは 従来の自然哲学の 原因説を検討するうち に 、 およそ原因というものをどのようにとらえるべきかを 考察するようになり、 その結果、 一般に行われている 原因説を検討し、 一般の原因説については (iK 、 ( 五 ) 、 ( 五 ) の難点を 見 けだしたが、 しかし、 従来の自然哲学の 原因説については、 ソクラテスは 少なくともこ の段階ではそれに 対する正面からの 批判を実際には 行ってはいないということを. 意味する. であ ろう。 他方、 従来の自然哲学の 原因説をソクラテスが 認めていないことは 確かであ る。 では、 ソクラテスは 従来の自然哲学の 原因説をどのように 批判しょうとしているの た ろ う か 。 この点を検討するためには、 アナクサゴラスのヌース ( 理性 ) 原因説に対する 批判を 取り上げなければならないであ ろう。 ( 未完 ). 注 (1). ティマイオス コ の執筆時期に 関しては伝統的に 後期とされてきたが、 しかし、 今 目 ではそれに対する 異論が出されており、 中期説も有力であ る。 この問題については ここで立ち入らないが、 しかし少なくとも『パイド ソ山 との前後関係について 言えば、 『パイド ソ 山は中期のなかでも 早い時期に属すると 一般に考えられており、 パイド ソコ は p ティマイオスロより 前に位置づげられる。 Cf.D.Bostock, P ぬ to,s P ルaedo, OXford l986. pp,2 一 3, 干. 千. (2). 対する批判は、. プラト ソ の伝統的自然哲学に. ついては、 拙稿「自然、 偶然、 技術一一プラト の 説について」. (. 『横浜国立大学人文紀要第. 干. 法律』第十巻にも. 見られる。 これに. ソア 法律 ] 第十巻におけるく 知者たち ) 1. 穎哲学・社会科学Ⅰ第 37%.1 ㏄ 1 ヰ 、. 93 一 102 頁 ) を参照されたい。. (3). 甲. パイド. ソコ. のテキストとしては、 従来の Bumet 版に代わるものとして 近年 OCTr. に収められた、 E.A.Duke,. J.C.G,Strachan,P7%onis. W.F.Hicken, O タera, Tomus. した。 打数もこれによっている。 (4)@ Cf J Bumet , Plato , s@ Phaedo ・. Phaedo. (5). ・. , Cambridge@. 1993 , nn. ・. , Oxford@ 1911.nn ad@loc ・, C J Rowe ・. ad@ loc. ここの後半でなされているより. W.S.M.Nicoll, D.B.Robinson, I , OXford l ㏄ 5 に所収のものを 使用 ・. ・. , Plato. ・. 具体的な説明はアナクサゴラスのホモイオメ. レ 一説.

(7) 丁. パイドン コ における自然哲学批判 (1). 107. Cf.Bur,net, oP.cit.,n.ad l㏄・, Rowe, oP.Cit.,n.ad loc. (6) この一文は、 ギリシア語では 通常、 その人はその 頭の分 た げより大きい》を 意味 するが、 ここではいま 訳した意味で 言われている。 Cf.Rowe. oP,c 尭 ・,n.ad loc. を念頭に置いている. (7)@. o. Cf Bostock , op , cit , , ・. p. ・. 137..

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