• 検索結果がありません。

<海外ニュース> ジェイン・ヴィシュヴァ・バラティテーラパンタ派ジャイナ教研究所

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<海外ニュース> ジェイン・ヴィシュヴァ・バラティテーラパンタ派ジャイナ教研究所"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

● f 、 ノ く / 、 / ○ J i ノ 、 〆 、 f j r 、 ノ 、 / 、 ノ 、 、 〃 、 ノ 、 ノ ー f 、 / 、 f

海外一三−ス

v1J、ノ、f、ノ、f、r、f、r軍J1ノ、ノ、〆、/、/、/、ノ、ノー 一九八八年の六月末に、ここジェイン・ヴィシュヴァ.。ハラ ティにやってきてから早二年になろうとしています。日本とは 全く異なった環境の下、様均な体験をしました。野生の孔雀が 闇歩するこのインドの片田舎で行われている研究が、日本の方 々の目に触れ、研究に資することがあらんことを願いつつ、こ の研究所の紹介をさせて戴きます。 ジャイナ教の研究所ジェイン・ヴィシュヴァ・バラティ ︵舂旨急骨ぐゆ国富目は、以下JVB︶は、インドの西北部、。︿ キスタンと国境を接するラジャスタン州︵”且Pの目四口︶のラド ヌーンP且ロロ胃︶に位置しています。この地名をご存知の方 はまずおられないと思います。デリーからほぼ南方に位置して おり、鉄道で三八○町約九時間かかります。ジョドプール

ジェイン・ヴィシュヴァ・バラティ

テーラパンタ派ジャイナ教研究所

ニラドヌーン

|はじめに

橋本篤司

96

(2)

この研究所JVBはジャイナ教の中のテーラパンタ派︵門馬︲ 圃冨昌冨︶に属する研究機関です。テーラ・︿ンタに属する機 関はJVB以外にも多くあり、ジャイナ教の普及に努めたり、 瞑想の指導を行っているのですが、このJVBは特に学問の中 心として位置づけられ、現在ではテーラパンタ派の本山的な存 在で、一番重要な機関と言えそうです。それだけに研究所と派 の関係は大変密接ですので、まず簡単にテーラパンタ派の説明 した。 きました。一時町が警官で溢れ、外出禁止令が出されるほどで 八九年から一九九○年にかけて死者が出るような抗争が二度続 ずっと良好だったのですが、最近になって関係が悪化し、一九 れ二五パーセントの割合です。ヒンズー教徒と回教徒との仲は ンズー教徒が五○・ハーセント、回教徒とジャイナ教徒がそれぞ の最も暑い時期には五○度を越えることもあります。住民はヒ 中の町だけに、四月上旬頃から気温は四○度をこえ、五、六月 や水道も来ていますが、停電、断水が日常茶飯事です。砂漠の に迷い込んだ様な錯覚に捕われることもあります。勿論、電気 交います。古い時代の建物も多く、町を歩いていると中世の町 て込み、馬車を始め、鮒馬や路駝、、ハッファローの荷車が行き りを砂漠に囲まれた人口数万の小さな町で、中心部は建物が立 主な都市は、それぞれバスで数時間の所にあります。ここは周 ︵]○旦豈pbpH︶、ビカネール︵国涛色ロ日︶といったラジャスタンの

三テーラパンタ

をしておきます。 ジャイナ教は大まかに分けると、一切衣服を着用しない裸形 の空衣派︵&彊日93︶と白衣を着用する白衣派︵いぐの酌993︶ とに分かれます。更に白衣派も、寺院を有し、マハーヴィーラ や他のティールタンカラ︵胃昏目冨国︾ジャイナ教の聖者、全 部で二四人想定されており、マハーヴィーラが最後の二四番 目︶等の彫像を崇めるマンディル。マーギィ︵旨四目胃日胃唱︶ と、それらを一切認めない派に分かれます。後者の、寺院を有 さず彫像を認めない派には、更に、自分達の専用の住居施設を 所有するスターナック・ヴァーシン︵陣目ロ鳥煙q開冒︶と、専 用の住居を持たない純粋な遊行派のテーラ・ハンタ派があります。 テーラパンタ派は戒律が緩んだスターナック・ヴァーシンに 対する批判から、スターナック・ヴァーシンの僧侶であったビ クシュ︵国冨原口︶が二三○年ほど前に新しい派を作ったもので 一種の復古運動です。その伝統は今も受け継がれ、現在も戒律 を厳しく守っています。雨期の四ヶ月間以外ずっと遊行を続け るわけですが、乗り物に乗ることは一切禁じられており、どん なに遠くに行く場合も徒歩で行くしかないのです。髪の毛、髭 も剃刀を使って剃るのではなく、手で抜きます。手洗いも使う ことができず、野外で用を足さねばなりません。ジャイナ教の 僧侶達は、不殺生という考えからトイレを使わないのです。 ジャイナ教の不殺生主義は徹底しており、地水火風悉く霊魂 含ぐゅ︶を持っていると考え水も一旦沸騰させたものか、石灰 を混ぜたものしか使えず、毎日在家から托鉢してくるのです。 97

(3)

それ以外の水は、たとえ渇きの為に死にかけている時ですら決 して飲むことを許されません。それ故、普通の水を使うトイ レなどは以ての外です︵因みにインドのトイレは殆ど水洗式で す︶。この派は瞑想と苦行に重点を置いており、苦行の基本は 断食です。一年間に最低三十日の断食を行わなければなりませ ん。水は飲めますが、日没後はそれも禁じられます。そのよう な断食を十日以上続けたり、隔日に断食したりしている僧侶が 多くいます。僧侶達の中には、自分の死期を悟ると断食を始め、 死ぬまで続ける者も多くいます。マハーヴィーラの時代からこ の伝統は続いているのですが、彼らはこの死に方を決して自殺 とは認めず、サンターラ︵$昌酌日︶と呼び、最上の死である として、死後天界に生まれることが出来ると堅く信じています。 テーラパンタ派の教団は、男性はサードゥ︵の目冒︶、サマナ ︵閏目目色︶、在家であるシュラーバカ︵臂留鳥四︶、女性はサー ドゥヴィー︵の目冒巳、サマ’−−︵の騨日四日︶、ムムクシュ︵日巨︲ 目烏曾︶、ウパーシカー︵口凰の涛巴、在家のシュラーバカー ︵降習凹圃︶から成り立っています。統率者はアーチャーリャ ︵シo腎憩︶と呼ばれています。絶大な権力を有し、教団に関す る総ての決定を行います。戒律ですら変更できます。現在のア ーチャーリャは九代目で、アーチャーリャ・トゥルシー︵シ&︲ 旦角巨冨︶と言います。ここラドヌーンの出身で現在七十五歳 ですが、十一歳の時に出家し、二十一歳でアーチャーリャにな り、五十四年間も現在の地位に留まってテーラ。︿ンタを統率し てきました。これだけの期間アーチャーリャを続けたのはテー ラパンタ始まって以来の記録だそうです。アーチャーリャ・ト ゥルシーは信者の信望も厚く、一般にも声望が高く、テーラパ ンタ派は大きく発展しました。 アーチャーリャの後継者としてユヴァ・アーチャーリャ ︵曙巨33q四︶という位があります。この地位はいつも決まっ ている訳ではないのですが、アーチャーリャが高齢になってく るとアーチャーリャ自身が決めます。この地位のおかげで後継 者争いが防げる訳です。現在はマハー・プラッギャー︵冒騨目 印旦冒︶という方ですが、非常に優れた学者として有名で、こ こで出版されている経典等の校正、監修などは殆どこの方が手 掛けておられます。テーラパンタでは学問を大変重要視し、学 問に秀でた人が高い地位に就くようです。ユヴュ・アーチャー リャの次にマハーシュラーマナ昌昌隙国自営四︶という地位 があり、将来はアーチャーリャになることを想定されています。 この地位は現在のアーチャーリャによって作られた新しい地位 です。 女性の教団もあくまでアーチャーリャの統率の下にあるので すが、女性教団の統率者としてサードゥヴィー・プラムクハ a目彦昌︲弓3日目戸口巴という地位があり、マ︿I・サマ’−1 ︵旨四目留日凹昌︶の称号も同時に授かっています。この地位も アーチャーリャによって指名されます。そしてサマニーの代表 者として一ヨージカー︵zご○蔦巴が毎年交替で選ばれます。 サマナには人数が少ないこともあってこの地位はありません。 本来テーラパンタの教団は出家のサードゥ、サードゥヴィー 98

(4)

JVBは一九七○年にここラドヌーンに創設されました。現 在のアーチャーリャがここラドヌーンの出身であることが、こ の地が選ばれた大きな理由のようです。JVBには、一、文化 部門。二、瞑想・ヨーガ部門。三、ア﹃一ル等ヘーダ部門。四、教 育部門。五、研究部門の五つの部門があります。一から三まで の部門は研究所の組織として奇異に響くかも知れませんが、こ の研究所は日本人が研究所と聞いて想像するような、学者や研 究者、学生だけがいる学問だけの研究機関ではなく、あくまで ジャイナ教の教えを中心としたテーラパンタ派の総ての活動を 包括した機関なのです。ですから研究部門だけが切り離されて が乗り物に乗るのを許可しているところもあります。 せんが、その代わり教団によってはサードゥやサードゥヴィー テーラ。ハンタ以外の教団ではサマナ、サマニーの制度はありま ャが認めた者だけがサマ’−1、サードゥヴィーになれるのです。 ット、インド哲学、英語等を学びます。その中でアーチャーリ そこではジャイナ教の教えは勿論、サンスクリット、プラクリ 以上も、全寮制の学校で学ばねばならない制度も作られました。 シヵーとして一年、更にムムクシュとして数年、長ければ十年 れました。またサマ’−−になる準備段階として、女性はウパー マナとサマ’−−の制度が、現在のアーチャーリャによって作ら 布教の為に、乗り物を利用でき、戒律も本来の出家より緩いサ と在家だけから成り立っていたのですが、海外などの遠隔地の

四研究

所 独自に存在するのではなく、ジャイナ教という宗教があって、 ジャイナ教の発展の為の必要不可決な一部門として、研究部門 も存在しています。学問の為の学問ではなく、ジャイナ教の真 理を追求し続ける為の学問の場として存在しているのです。で すからこの研究部門は学者だけが中心になって研究しているの ではなく、多くの僧侶達が研究者として活動しています。テー ラ・ハンタの本山とも言える位置づけが為されているこの研究所 には、アーチャーリャの滞在中には多くの信者達がインド全土 から集まって来ます。彼ら在家との接点として一から三の部門 が重要な役割を担っています。 文化部門ではアートギャラリーを建設中で、一般の人々への 芸術、文化の啓蒙を図る趣旨のようですが、残念ながら今のと ころ準備段階で、実際の活動は今暫く待たねばなりません。 瞑想・ヨーガ部門は、ジャイナの瞑想を普及させるのが目的 で、研究所内に宿泊施設を有する道場を持っており、瞑想・ヨ ーガの指導を行っています。瞑想はプレークシャ・メディテー ション︵胃①厨呂耳曽四︶という、テーラ・︿ンタ派独自の瞑想 を指導しています。この瞑想はユヴァ・アーチャーリャによっ て考案された、新しいものです。ジャイナ教では苦行に中心が 置かれた為、伝統的な瞑想法は失われてしまったそうです。プ レークシャ・メディテーションは精神治療にも有効との事で、 インド各地から、ジャイナ教徒に限らず多くの人達がやってき て講習を受けています。海外から訪れる人達もいます。海外か らの人々に対しては無料で宿泊、食事等の便宜がはかられてい 99

(5)

ます。突然訪問しても気安く受け入れてくれますので、興味の ある方は一度お訪ねになるのも良いでしょう。 アュル。ヘーダ部門では、研究所内に診療所と製薬工場を有し ており、無料で地域住民の治療を行っています。薬は総て薬草 から造られ、金や銀を含んだ物もあります。ここで造られた薬 はここやデリーなどの都市で売られてもいます。 教育部門は主に僧侶の教育の為のものです。僧侶の中でも定 住が許されているサマ’−1やムムクシュが主な生徒です。テー ラパンタに限った事ではありませんが、ジャイナ教では僧侶の 教育に重大な関心が置かれています。授業はヒンディー語で行 われています。ジャイナ教、プラークリット、平和運動言○国︲ ぐ目①ロ。①舞弓画○の儲①の①凹呂︶、生活学︵盲色目且副ロ⑳︶の四つ の学科があります。そして各学科はそれぞれ教授一名、助教授 一名、講師二名の四人態勢ということになっています。しかし 実際には、この砂漠の中の辺境とも言えるラドヌーンに優れた 学者を呼ぶ事は難しく、教員スタッフ全員で八名というのが現 状です。現在は、ピカネールのサンスクリット・カレッジを定 年で退職した教授や、カルカッタ大学やマドラス大学などを卒 業した三十歳前後の若い講師などの方々がスタッフになってい ます。しかし僧侶の中に優れた知識を持った学者が何人もおり、 彼らが先生となって授業を行ったり、カルカッタ大学等の他大 学から講師を招き、プラクリットなどの集中講義を行ったりも しています。サマニー達はプラクリットやジャイナの哲学を中 心に、他のインド哲学全般の講義を受けています。しかしこの 研究所は近く大学になる予定で、既にインドの文部省からは許 可が下りていますので、教育部門に関してはスタッフの充実も 行われるでしょうし、大きな変化があると思われます。 研究部門はジャイナ教研究を主眼とした機関です。私はこの 部門の研究員として在籍しています。この部門はドクター・タ ティアeH.z伊昏日巳門鼻笛︶がディレクターとして統括して います。研究は学者だけで行われるのではなく、必ず博識の僧 侶を交えて、単なるテクスト上の言葉に流されることなく、内 容を重視し言葉を一つ一つ厳重にチェックして行われます。同 じジャイナ教でも宗派によって用語の定義が異なっていたりし ますし、重要な用語でも未だに定義付けがしっかりされていな い言葉も多いのです。ですから僧侶の厳しい生活を通しての実 際の経験から言葉の内容を吟味しています。この部門は僧侶全 員がスタッフとも言えますが、実際スタッフは充実していると は言い難く、ドクター・タティアの他には教育部門と兼任の若 い研究者が三人いるだけです。 ここで今実際に進められている主な研究は、一、バガヴァテ ィー・スートラ局冨鳴くP威普吋四︶の英訳。二、ユヴァ・ア ーチャーリャによって書かれたアャロ参乱儲。︶の註釈の英訳。 三、ジャイナーのアーガマ︵少唱日四︶に対する百科全書的なプ ラクリットの辞書の作成です。一と二に関してはドクター・タ ティアを中心にパンディットの僧侶一人、研究所の講師三人が 参加しており、ジャイナ・アーガマに興味がある私も参加させ て貰っています。三に関してはカルカッタ大学の言語学科の教 100

(6)

授であるドクター.。ヘナルジーe院.印両.国色目①号①︶が指揮 を取り、多くの僧侶が仕事を分担し総力を挙げて取り掛かって います。 ここでの出版物について触れますと、重要な物としては三十 二部のアーガマの出版があります。ジャイナ教には四十八部の 経典があるのですが、テーラ・ハンタではそのうちの三十二だけ を権威あるものとして認めています。これらは僧侶が遊行をし ながら成し遂げたものです。基になった原本の種類は余り多く はありませんが、校正は僧侶達の経験と、学問上の言葉の意味、 内容を重視して行われました。アーガマ︵炉盟目秒︶のテクスト のシリーズとしてはこの他にプラクリットのテクストに加えて、 それに相当するサンスクリットとヒンディー訳を付けたシリー ズも随時出版されており、曽曽噌昌・目言葛鼻曽ミミ亀園︺g︲ 言§ご言ミミs、b畠§亀昌逗sが既に出版されています。他にも ジャイナ関係の書籍が数多く出版されていますが、多くはピン ディー語で書かれています。

五最後に

以上この研究所のあらましを紹介しました。現在もタティア 博士を慕って、台湾やアメリカなど海外からの留学希望者があ ります。実際私が勉強させて貰い学んでいることも、タティア 博士の様為な執筆の手伝いをする事から得ている所が多いよう です。残念ながらこの研究所自体としては、現在海外留学生の 十分な受け皿となっているとは言えないようです。しかし実際 に僧侶に接し、日本では決して窺えない彼らの生活を間近に見、 長老達から教えを受けられるのは真に貴重な体験と言えると思 います。この研究所がより一層発展し、留学生の立派な受け皿 となり、ジャイナ教研究に於て確固たる地位を築く事を願いつ つ報告を終わりたいと思います。 101

参照

関連したドキュメント

(1) 日時及び場所.

湖水をわたりとんねるをくぐり 日が照っても雨のふる 汽車に乗って

音節の外側に解放されることがない】)。ところがこ

(志村) まず,最初の質問,出生率ですが,長い間,不妊治療などの影響がないところ では,大体 1000

[r]

そのため、ここに原子力安全改革プランを取りまとめたが、現在、各発電所で実施中

彼らの九十パーセントが日本で生まれ育った二世三世であるということである︒このように長期間にわたって外国に

社会福祉 協議会 民生委員 児童委員 消費生活 センター 行政機関