小学校における英語の教科化に向けて
──アメリカの公立小学校での日本語イマージョン教育からの示唆──
加 藤 あや美
Towards “English” as a Subject in Japanese Elementary School
—Suggestions from the Japanese Immersion Program in the U.S.A.—
Ayami K
ATO 1.はじめに 現在、日本における英語教育は大きな転換期に差し掛かっていると言える。特に、最も変化 が著しいのは小学校段階における英語教育である。小学校において2011年から「外国語活動」 が必修化されたことは記憶に新しいが、小学校の段階における英語教育へのさらなる取り組み として、2020年には小学3・4年生で「外国語活動」が、そして5・6年生では教科として「英 語」が必修として位置付けられることになっている。大きな転換期を迎えているのは小学校に おける英語教育だけではない。大学入試では、大学入試センター試験に代わる「大学入学共通 テスト」が2020年度からスタートすることが決定している。これまで実施されてきたセンター 試験における「英語」と共通テストにおける「英語」とが大きく異なる点は、センター試験で は Reading と Listening の2技能での評価が中心であったが、共通テストにおいては、民間の 資格・検定試験を活用し4技能を評価することになるという点であろう。なぜ、このような変 更をするに至ったかということに関して文部科学省は、「グローバル化が急速に進展する中、 英語によるコミュニケーション能力の向上が課題となっており、現行の高等学校学習指導要領 では、「聞く」「読む」「話す」「書く」の4技能をバランスよく育成することとされている」と 述べており(1)、加えて、民間の資格・検定試験を活用する理由としては、「大学入学者選抜に おいても、英語4技能を適切に評価する必要があり、共通テストの枠組みにおいて、現に民間 事業者等により広く実施され、一点の評価が定着している資格・検定試験を活用し英語4技能 評価を推進することが有効と考えられる」としている(2)。これらのことからも、現在、日本の 英語教育の分野において大きな変化がもたらされていることがわかる。 そこで、本稿では小学校の英語教育に焦点を当て、2020年から教科となる「英語」について、 教科化に至るまでの経緯や学習指導要領を中心に据えながら検討をし、論を進めていく。また、 アメリカの公立小学校で実践されている日本語イマージョン教育の観察を通して得られた知見 から実践的な指導方法についても考察し、日本の小学校における英語教育に新たな可能性を示唆したい。 2.小学校における英語教育 2.1. 小学校の英語教育をめぐる経緯 前章で触れた通り、小学校において「外国語活動」が必修化されたのは2011年のことであ るが、日本において小学校英語教育について具体的な議論がされ始めたのはかなりの時間を遡 ることとなる。 日本における小学校英語教育の始まりは、明治時代にエリート教育の一環として行われてい たこととも言われている。その後、日本語を重視した教育政策への方向転換や度重なる戦争等 の影響もあり、小学校英語教育は一部の私立小学校を除いて廃止されていったとされる(3)。そ の後、紆余曲折を経て、今日の「英語」教科化にまで至る訳であるが、畑江(2013)では、「外 国語活動」必修化までのプロセスと教科化に向けての動向として以下のようにまとめている。 表1 「外国語活動」必修化までのプロセスと教科化へ向けての動き(4) 1974年(昭49) 中央教育審議会答申の中で、外国語教育について「コミュニケーションの手段として外国語能力の基礎を養う為の教育内容・方法及び教育環境について一層の改 善を図ること」とされた。 1986年(昭61) 臨時教育審議会第二次答申に「英語教育の開始時期についても検討する」という 文言が入った。 1992年(平4)「国際理解教育の一環としての英語教育」を実験的に導入。研究開発学校として 大阪の公立小学校2校が指定校となる。 1996年(平8) 全都道府県に1校ずつ、47の研究開発学校が指定された。 1998年(平10) 2002年度から実施の、小学校・中学校学習指導要領が告示され、小学校の「総 合的な学習の時間」の中で、「外国語会話等」を実施することが可能になった。 2000年(平12) 公立小学校3校が「英語科」として研究開発校の指定を受ける。 2002年(平14) 小学校学習指導要領が完全実施され、全国の小学校で「総合的な学習の時間」に おいて国際理解教育の一環として英語教育が可能になる。文部科学省による「『英 語が使える日本人』の育成のための戦略構想:英語力・国語力増進プラン」が発 表される。 2006年(平18) 中教審外国語専門部会の審議経過報告で、高学年での週1時間程度の英語教育が 提案される。 2008年(平20) 2011年から実施の小学校・中学校学習指導要領告示に伴い、「外国語活動」が、 高学年から週1時間の割合で、「教科」ではなく「領域」として必修化されるこ とになった。中学校外国語は週4時間に戻されることになった。 2009年(平21) 共通教材『英語ノート』発行、移行措置として「外国語活動」が開始された。 2011年(平23) 「外国語活動」が必修化され、高学年で週1時間本格実施され始めた。 2012年(平24) 『英語ノート』に代わる新共通教材『Hi, friends!』が発行された。 2013年(平25) 教育再生実行会議第3次提言の中に、小学校での英語を教科化する方針が盛り込 まれた。5・6年生では教科として、3・4年生においては「外国語活動」が導入 されるというものである。文部科学省による小学校英語教育の実施方法を細かく 規定した「グローバルに対応した英語教育改革実施」が発表される。
2014年(平26) 英語教育の在り方に関する有識者会議より「今後の英語教育の改善・充実方策について 報告∼グローバル化に対応した英語教育改革の五つの提言∼」が発表さ れた。 2016年(平28) 学習指導要領の改訂がされる。(∼2017年(平29)) 2018年(平30) 新学習指導要領を段階的に先行実施(∼2019年(平31)) 2020年(平32) 新学習指導要領小学校全面実施 2.2. 学習指導要領からみる小学校英語 1998(平成 10)年に改訂された学習指導要領に、「総合的な学習の時間」が設けられ、総合 的な学習の時間の取扱いの一項目として、「国際理解に関する学習の一環としての外国語会話 等を行うときは、学校の実態等に応じ、児童が外国語に触れたり、外国の生活や文化などに慣 れ親しんだりするなど小学校段階にふさわしい体験的な学習が行われるようにすること」と規 定され、全国の小学校において英語活動が広く行われていくようになったとされている(5)。こ れに続いて、2008(平成 20)年の学習指導要領改訂により、小学5・6年における「外国語活動」 が新設された。「外国語活動」の教育課程上の位置付けは、5・6年生それぞれにおいて、年間 35 単位時間の授業時数を確保し、英語を取り扱うことを原則とするというものである。2008(平 成 20)年の学習指導要領における「外国語活動」の目標は以下の通りである(6)。 外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろ うとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーショ ン能力の素地を養う。 また、上記の「外国語活動」の目標を踏まえ、内容は次のように設定されている(7)。 〔第5学年及び第6学年〕 1 外国語を用いて積極的にコミュニケーションを図ることができるよう、次の事項について指導 する。 ⑴ 外国語を用いてコミュニケーションを図る楽しさを体験すること。 ⑵ 積極的に外国語を聞いたり、話したりすること。 ⑶ 言語を用いてコミュニケーションを図ることの大切さを知ること。 2 日本と外国の言語や文化について、体験的に理解を深めることができるよう、次の事項につい て指導する。 ⑴ 外国語の音声やリズムなどに慣れ親しむとともに、日本語との違いを知り、言葉の面白さや 豊かさに気付くこと。 ⑵ 日本と外国との生活、習慣、行事などの違いを知り、多様なものの見方や考え方があること に気付くこと。 ⑶ 異なる文化をもつ人々との交流を体験し、文化等に対する理解を深めること。 2008(平成20)年の『学習指導要領解説外国語活動編』によると、「外国語活動」の内容の 構成は、学年ごとに内容を示すのではなく、2学年間を通じて達成される内容を示していると
述べられている。これは、各学校が児童の実態に応じて、学年ごとの指導内容を設定すること が適切であるという考えのもと、必要な内容を繰り返して指導するなど、2学年間を通して柔 軟に指導することが適当であると考えたからという理由が示されている。また、目標は「言語 と文化に関する事項」、「コミュニケーションに関する事項」、「外国語の音声や基本的な表現に 関する事項」の三項目から成り立っているとし、「外国語活動」の目標を実現するためには、 内容面では、異なる言語や文化を理解したり、他者と積極的にコミュニケーションを図ったり することとし、設定されている内容に関する活動を外国語を通して行うことで、外国語の音声 や基本的な表現に慣れ親しむことが大切であるからと述べている(8)。 次に、2017(平成29)年3月に告示された新学習指導要領について見ていくこととする。 先述の通り、小学校における英語の教科化のプロセスに則って、新学習指導要領には第2章第 10節に新たに5・6年生を対象とした教科としての「外国語」が、また第4章には3・4年生 を対象とした「外国語活動」が加わっている。文部科学省によると、外国語科導入の趣旨は以 下の通りである(9)。 〇グローバル化が急速に進展する中で、外国語によるコミュニケーション能力は、これまで のように一部の業種や職種だけでなく、生涯にわたる様々な場面で必要とされることが想 定され、その能力の向上が課題となっている。 〇平成20年改訂の学習指導要領は、小・中・高等学校で一貫した外国語教育を実施するこ とにより、外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的に外国語を用いてコ ミュニケーションを図ろうとする態度や、情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝え たりする力を身に付けさせることを目標として掲げ、「聞くこと」、「話すこと」、「読むこと」、 「書くこと」などを総合的に育成することをねらいとして改訂され、様々な取組を通じて 指導の充実が図られてきた。 〇小学校では平成23年度から高学年において外国語活動が導入され、その充実により、児 童の高い学習意欲、中学生の外国語教育に対する積極性の向上といった成果が認められて いる。一方で、①音声中心で学んだことが、中学校の段階で音声から文字への学習に円滑 に接続されていない、②日本語と英語の音声の違いや英語の発音や綴りとの関係、文構造 の学習において課題がある、③高学年は、児童の抽象的な思考力が高まる段階であり、よ り体系的な学修が求められることなどが課題として指摘されている。 〇また、小学校から各学校段階における指導改善による成果が認められるものの、学年が上 がるにつれて児童生徒の学習意欲に課題が生じるといった状況や、学校種間の接続が十分 とは言えず、進級や進学をした後に、それまでの学習内容や指導方法等を発展的に生かす ことができないといった状況も見られている。 〇こうした成果と課題を踏まえ、今回の改訂では、小学校中学年から外国語活動を導入し、「聞 くこと」、「話すこと」を中心とした活動を通じて外国語に慣れ親しみ外国語学習への動機 付けを高めた上で、高学年から発達の段階に応じて段階的に文字を「読むこと」、「書くこ
と」を加えて総合的・系統的に扱う教科学習を行うとともに、中学校への接続を図ること を重視している。 次に、新設された「外国語科」の目標及び内容はどのようなものであるかということについ て見ていくこととする。以下は、「外国語科」で設定されている目標である(10)。 第1 目 標 外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ、外国語による聞くこと、読む こと、話すこと、書くことの言語活動を通して、コミュニケーションを図る基礎となる資質・能力 を次のとおり育成することを目指す。 ⑴ 外国語の音声や文字、語彙、表現、文構造、言語の働きなどについて、日本語と外国語との違 いに気付き、これらの知識を理解するとともに、読むこと、書くことに慣れ親しみ、聞くこと、 読むこと、話すこと、書くことによる実際のコミュニケーションにおいて活用できる基礎的な 技能を身に付けるようにする。 ⑵ コミュニケーションを行う目的や場面、状況などに応じて、身近で簡単な事柄について、聞い たり話したりするとともに、音声で十分に慣れ親しんだ外国語の語彙や基本的な表現を推測し ながら読んだり、語順を意識しながら書いたりして、自分の考えや気持ちなどを伝え合うこと ができる基礎的な力を養う。 ⑶ 外国語の背景にある文化に対する理解を深め、他者に配慮しながら、主体的に外国語を用いて コミュニケーションを図ろうとする態度を養う。 以上が、新設された「外国語科」における目標である。文部科学省では、「外国語科」での 目標を踏まえて、第2の項目において各言語の目標及び内容等を設定している。ここでは、「英 語」における目標のみを取り上げることとする(11)。 第2 各言語の目標及び内容等 英語学習の特質を踏まえ、以下に示す、聞くこと、読むこと、話すこと[やり取り]、話すこと[発 表]、書くことの五つの領域別に設定する目標の実現を目指した指導を通して、第1の⑴及び⑵に 示す資質・能力を一体的に育成するとともに、その過程を通して、第1の⑶に示す資質・能力を育 成する。 ⑴ 聞くこと ア ゆっくりはっきりと話されれば、自分のことや身近で簡単な事柄について、簡単な語句や 基本的な表現を聞き取ることができるようにする。 イ ゆっくりはっきりと話されれば、日常生活に関する身近で簡単な事柄について、具体的な 情報を聞き取ることができるようにする。 ウ ゆっくりはっきりと話されれば、日常生活に関する身近で簡単な事柄について、短い話の 概要を捉えることができるようにする。 ⑵ 読むこと ア 活字体で書かれた文字を識別し、その読み方を発音することができるようにする。 イ 音声で十分慣れ親しんだ簡単な語句や基本的な表現の意味が分かるようにする。 ⑶ 話すこと[やり取り] ア 基本的な表現を用いて指示、依頼をしたり、それらに応じたりすることができるようにす
る。 イ 日常生活に関する身近で簡単な事柄について、自分の考えや気持ちなどを、簡単な語句や 基本的な表現を用いて伝え合うことができるようにする。 ウ 自分や相手のこと及び身の回りの物に関する事柄について、簡単な語句や基本的な表現を 用いてその場で質問したり質問に答えたりして、伝え合うことができるようにする。 ⑷ 話すこと[発表] ア 日常生活に関する身近で簡単な事柄について、簡単な語句や基本的な表現を用いて話すこ とができるようにする。 イ 自分のことについて、伝えようとする内容を整理したうえで、簡単な語句や基本的な表現 を用いて話すことができるようにする。 ウ 身近で簡単な事柄について、伝えようとする内容を整理したうえで、自分の考えや気持ち などを、簡単な語句や基本的な表現を用いて話すことができるようにする。 ⑸ 書くこと ア 大文字、小文字を活字体で書くことができるようにする。また、語順を意識しながら音声 で十分に慣れ親しんだ簡単な語句や基本的な表現を書き写すことができるようにする。 イ 音声で十分慣れ親しんだ簡単な語句や基本的な表現の意味が分かるようにする。 以上が、「英語」において掲げられている目標である。改定前(2008(平成20)年)の小学5・ 6年において必修であった「外国語活動」は、「外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しむ」 ことを目標としており、音声を中心とした活動が主であった。文部科学省では、上記の「外国 語科」設置の趣旨においてもまとめている通り、「外国語活動」では、児童の高い学習意欲や 中学生の外国語教育に対する積極性の向上といった成果が認められると述べている一方で、次 の3点を課題として挙げている。①音声中心で学んだことが、中学校の段階で音声から文字へ の学習に円滑に接続されていない、②日本語と英語の音声の違いや英語の発音と綴りの関係、 文構造の学習において課題がある、③高学年は、児童の抽象的な思考力が高まる段階であり、 より体系的な学習が求められることに課題がある、という点である。このような成果と課題を 踏まえたことで、中学年から「聞くこと」、「話すこと」を中心とした「外国語活動」を通して 外国語に慣れ親しみ、外国語学習への動機付けを高めた上で高学年から発達の段階に応じて段 階的に文字を「読むこと」及び「書くこと」を加えて総合的・系統的に扱う教科学習を行うと いうことに至ったと言う(12)。改定前の「外国語活動」と新設された教科としての「英語」と の最も大きく異なる点は、「聞くこと」、「話すこと」を中心としていた「外国語活動」におけ る言語活動に、「読むこと」と「書くこと」という言語活動が加わった点であろう。3・4年生 の段階の「外国語活動」において学習への意欲や動機付けを高め、5・6年生において教科と して「英語」の学習を始めるという枠組みであることは『新学習指導要領』からも見て取るこ とができる。 諸外国と比較すると日本における外国語教育の開始時期については、これまではあまり早い とは言えない時期からの開始であったが、今回の学習指導要領の改訂により、3年生の段階か ら英語に触れる時間が必修となれば、他国と比べてもあまり大差はなくなったと言える。また、 学習に費やす時間数に関しては、3・4年生において「外国語活動」として2年間、計70単位
時間(年間35単位時間)、5・6年生においては教科として2年間、計140単位時間(年間70 単位時間)、合計210単位時間をかけて英語教育に取り組むことになり、大幅に増加すること となる。さらに、これまでの「外国語活動」で扱っていた400語前後の語彙数から200∼300 語を増やした600∼700語程度を授業の中で扱うということとなり、文部科学省によると、語 彙数からは国際的な基準に照らしても妥当な数字であるとしている(13)。 3.アメリカの小学校における日本語イマージョン教育 これまで、日本における小学校の英語教育について、導入をめぐる動向や学習指導要領を中 心に目標や扱う内容について述べてきた。本章では少し視点を変えて、海外における外国語教 育の現状について見ていくこととする。筆者は、2017年12月8日∼15日の期間で、アメリカ 合衆国オレゴン州ポートランドにて小学校における外国語教育の情報収集と調査を実施した。 その際に得た情報をもとに、この章では海外における小学校段階での外国語の教育に関して検 討していく。
3.1. Richmond Elementary School in Portland, Oregon
アメリカ合衆国の西海岸に位置するオレゴン州最大の都市であるポートランドにあるリッチ モンド小学校(Richmond Elementary School)は、日本語イマージョン教育を実践している公 立の小学校である。厳密に言うと、リッチモンド小学校は Dual language Immersion Program の カリキュラムにより教育が運営されている。Immersion Program とは1960年代にカナダにて始 まった外国語の教育方法であり、2ヵ国語に堪能なバイリンガルの育成を目的とした外国語学 習のプログラムで、教科の内容を目標言語である外国語で学ぶことを通して、母語の学力の発
達を妨げることなく目標言語をも習得するという学習方法のことを言う(14)。最近では、日本
でもいくつかの学校で Immersion Program により教育が行われていることから、Immersion Program という教育方法が浸透しつつある。この Immersion Program には複数の異なる種類が 存在するが、本稿においてはリッチモンド小学校にて実践されている Dual language Immersion Program に焦点を当てる。このプログラムは、双方向イマージョン(Two-way immersion program)とも呼ばれ、カリキュラム及び指導の50%を母語もしくは第一言語で行い、残りの 50%のカリキュラムと指導を目標言語で行うという両言語で教科内容を含む学習を行う教育方 法のことを指す。実際に、リッチモンド小学校では、午前と午後で学習をする言語が異なって おり、午前中に日本語による授業を受けた児童は午後は英語による授業、その反対に、午前中 に英語による授業を受けた児童は午後は日本語による授業を受けるといった形式が取られてい た。また、各言語による授業を担当する教師は、日本語は日本人教師が、英語はアメリカ人教 師が担当するというものであった。
3.2. 日本語イマージョン教育の実践 ここでは、リッチモンド小学校における日本語イマージョン教育の実践の特徴について4点 に絞って紹介していく。 ⑴ 学習環境の整備 まず、リッチモンド小学校の日本語イマージョン教育実践において特徴的な部分は学習環境 の整備である。校長である Dave Allen 氏へのインタビューによると、「日本語のイマージョン 教育を実践する教育機関として、リッチモンド小学校で学ぶ子どもたちが日本の文化や言語に 対して尊敬の念を抱き、学習に対する意欲や動機づけが高まるよう日本の文化を取り入れた環 境の整備に力を入れている。」とのことであった。実際に校内を案内していただいた際には、 多くの日本にまつわる展示や装飾が施されている様子を観察することができた。このことから、 目標言語に関する知識やスキルだけでなく、この小学校では目標言語の国や文化を尊重すると いう心を育てることから教育を行っていることがわかる。 写真1 両言語で表記された学校名(校舎入口) 写真2 鳥居を模した絵が描かれている壁面 ⑵ 日本語イマージョン教育の開始時期 次に、日本語イマージョン教育を開始する時期についてである。Immersion Program には、 イマージョン教育による指導を受ける時期により、いくつかのカテゴリーに分けられるが、リッ チ モ ン ド 小 学 校 で は、Early Immersion を 採 用 し て い る こ と か ら 早 期 の 段 階 で Immersion Program による教育を開始している。この小学校には、1∼5年生に加えて、5∼6歳児が通 う Kindergarten のクラスも設置されている。このクラスにおいても小学1年生以上と同様に、 日本語と英語の両言語で学ぶ時間が設定されており、教師も日本語を担当する日本人教師と英 語を担当するアメリカ人教師が各クラスを担当している。従って、最も早い段階から日本語と 英語の両言語を学ぶ子どもは5∼6歳ということになる。 ⑶ 日本語イマージョン教育おける授業 続いて、実際の日本語イマージョン教育による授業についてである。今回の現地における情 報収集及び調査では、主に1年生の授業観察を行った。まず、日本語イマージョン教育を行っ ているクラスでは、原則として教員による子どもたちへの指示や声かけはすべて日本語で行わ れており、低学年であっても児童に対する指導はすべて日本語を使用していた。それに対する
子どもたちの反応は、教員が行う日本語での指示をほとんど理解している様子で、指示に対し て適切に行動できているという印象を受けた。リスニング能力は十分に備わっている一方で、 スピーキング能力は1年生という学習初期の段階ではあまり十分ではない様子で、教員に対し て質問等において日本語で伝えられない場合は、母語である英語を使い質問を投げかけている 様子が何度も見受けられた。そのような場合における教員の対応は、英語での発話を咎めるも のではなかった。子どもの英語での発言に耳を傾け、それに対して、子どもに理解しやすいよ うジェスチャーや教材、またわかりやすい日本語を使って説明をするという方法で対応してい る様子を観察することができた。このことから、日本語イマージョン教育を実践していても、 日本語の使用を強制するのではなく、子どもの発達段階に合わせ、また、日本語の習熟度レベ ルに合った対応をしているということが推察できる。 ⑷ 保護者の教育に対する積極的な姿勢 最後に、保護者の学校教育への協力姿勢について述べることとする。リッチモンド小学校に 通学する子どもを持つ保護者の中には、多くの日本人もしくは日本にルーツを持つ人が多くい ることから、日本語イマージョン教育を実践している授業にボランティアとして参加し、子ど もたちの日本語習得のサポートを行うというシステムを持ち、運営しているとのことであった。 特に、低学年の教室では習熟度に差が出やすいことから、重点的に保護者ボランティアを配置 し、授業についていけない子どもを中心に日本語教育の支援を行っているとのことである。ま た、日本語と英語の2ヵ国語を使用しながら学習を進めていくため、子どもたちには毎日多く の宿題が課される。その宿題は、各家庭で保護者が確認をしながら進める形となっているとい う情報も得た。これらのことから、学校においても、家庭においても保護者の手厚いサポート があるために、日本語イマージョン教育を円滑に運営することができているのではないかと考 えられる。校長の Dave Allen 氏から、「リッチモンド小学校に通う子どもの家庭は決して裕福 な家庭ばかりでなく、ほとんどが中流家庭であるが、子どもの教育に対しては大変熱心な保護 者が多く、多大なる支援があるおかげで子どもたちの成長と着実な日本語力の向上が実現でき ている。」というコメントが得られていることからも、学校と家庭の連携により日本語イマー ジョン教育による日本語と英語の2ヵ国語による教育が実現できているのではないかと考えら れる。 4.日本語イマージョン教育からの示唆 前章では、リッチモンド小学校における日本語イマージョン教育の実践について述べた。本 章では、現在、大きな転換期を迎えている日本の小学校における英語教育に、そこでの日本語 イマージョン教育の取り組みから浮かび上がる参考となる点について提案していく。 まず、学習者に合った学習環境の設定を行うという点についてである。リッチモンド小学校 では、子どもが日本の言語や文化に興味を持つような展示や装飾を工夫するということに力を 入れていた。このことから、学習者に合った環境の設定をすることにより、外国語に対する学
習意欲や動機付けを高めたりすることに繋がる可能性があると考えられる。リッチモンド小学 校で行われていた環境設定の工夫は、子どもが目標言語の国の文化について「知りたい」、「学 びたい」と思わせるような日本独自の文化にまつわる紹介が至るところに施されており、それ らは学習に対する意識を高めるということに効果があるのではないかと考えることができる。 つまり、学習者自身が主体的に学ぶということを意識させるような環境が設定できているので はないだろうか。 次に、イマージョン教育の中であっても母語での発言を禁止せず、目標言語での発話を強制 しないという点である。Immersion Program という教育の手法は、目標言語で教科を含めるす べての教育を行うことにより、目標言語の習得を目指すというものであるが、母語での発言を 禁止したり、目標言語での発話を強制することは、学習者にとっては自由に発言する機会を奪 われるだけでなく、授業の内容それ自体の理解ができていない状態を見過ごしてしまう可能性 があり、2ヵ国語を習得するどころか、基本的な学習の機会、知識の定着さえ奪い兼ねない危 険な状況となってしまうことも考えられる。そのため、外国語を学習する場合、特に初期の段 階においては、目標言語を強制的に使用させようとせず、また、ある程度の母語の使用も認め つつ、学習者レベルに合った外国語教育を行う必要があるのではないかと考える。 最後に、小学校の段階における外国語教育では、保護者の協力・家庭での支援があることに よって目標言語の習得の可能性がより高まるのではないかと思われる。リッチモンド小学校で は小学1年生から習熟度別のクラス編成が行われているが、授業内容を理解することが困難な 児童がいた場合においても保護者ボランティアによる授業サポートを得られる体制が整ってい たり、自宅に帰った後においても各家庭で保護者による支援があるということから、2ヵ国語 での学習を諦めることなく取り組むことができているのではないかと考える。そのため、日本 の英語教育においても、保護者の協力のもと行うような自宅学習時間を作り出すことができれ ば学校から自宅へと一連の英語学習サイクルを構築することができ、学校での学習効果をより 高めることができる要因の一つとなり得るのではないかと考えられる。 5.まとめ 本稿では、2020(平成32)年から教科化される小学校における「英語」について、日本に おける小学校英語教育を取り巻く状況や学習指導要領における「外国語活動」と「英語」との 目標や内容についての違いについてまとめてきた。また、アメリカで実践されている日本語イ マージョン教育に焦点を当て、その実践から得られた知見を参考に日本の英語教育においても 応用できる点について提案を試みた。日本の小学校における英語教育において実践可能なこと は、①学習者に合った学習環境の設定をすること、②母語使用を許容し、目標言語での発話を 強制しないこと、そして、③学校と家庭が連携し保護者の協力を得ることの3点である。ここ で提案したことはすべて子どもたちの学習意欲や外国語学習への動機付けを高めたり、主体的 な学びの手助けをするものである。今後は、実際の日本における小学校英語教育現場において、
部分的でも本稿で取り上げた Immersion Program における方法が英語力を向上させるための有 効な教育の手法であるかということ、また、この手法が日本の教育現場に相応しいものである かということについて実践的な側面から検討をしていきたい。 謝辞 本研究を実施するにあたり、インタビュー及び授業観察、写真提供にご協力いただきましたリッ チモンド小学校 Dave Allen 校長先生をはじめ、学校関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。 注 ⑴ 文部科学省 HP「大学入学共通テストについて」http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/koudai/ detail/1397733.htm ⑵ 同上 ⑶ ベネッセ教育総合研究所「小学校英語のこれまでの流れ」http://berd.benesse.jp/berd/center/open/ report/syo_eigo/2006/pdf/data_17.pdf ⑷ 畑江美佳(2013)「小学校英語の教科化をめぐる最近の動向」『鳴門教育大学小学校英語教育セ ンター紀要』第4号 pp. 5‒6 なお、2013年以降の部分は筆者によるまとめを加え記載している。 ⑸ 文部科学省(2008)『小学校学習指導要領解説外国語活動編』pp. 2‒3 ⑹ 同上 p. 7 ⑺ 同上 p. 9 ⑻ 同上 pp. 9‒10 ⑼ 文 部 科 学 省(2017)『 小 学 校 学 習 指 導 要 領 外 国 語 活 動 編 』pp. 5‒6 http://www.mext.go.jp/ component/a_menu/education/micro_detail/_icsFiles/afieldfile/2017/07/25/1387017_11_1.pdf ⑽ 文部科学省(2017)『小学校学習指導要領』p. 137 http://www.mext.go.jp/component/a_menu/ education/micro_detail/_icsFiles/afieldfile/2017/05/12/1384661_4_2.pdf ⑾ 同上 pp. 137‒138 ⑿ 前掲⑼ pp. 16‒23 ⒀ 同上 pp. 29‒30 ⒁ 宇野久恵(2008)「米国の公立小学校におけるバイリンガル教育─日本語・英語の双方向イマー ジョンプログラム─」『立教女学院短期大学紀要』40巻 pp. 103‒104 なお、伊東(2007)及び 湯本(2003)においても同様の内容が説明されており、参考とした。 参考文献 伊東治己(2007)「カナダのイマージョン教育の成功を支えた教授学的要因に関する研究」『鳴門教 育大学研究紀要』第22巻 宇野久恵(2008)「米国の公立小学校におけるバイリンガル教育─日本語・英語の双方向イマージョ ンプログラム─」『立教女学院短期大学紀要』40巻 岡田俊惠(2016)「学習指導要領の変遷と小学校の英語教育」『桐蔭論叢』第35号 清水真紀・山口陽弘(2016)「中学生の英語学習に対する動機づけはどのように変化するか─英語 イマージョン教育を受ける中学生と公立中学校の生徒を比較して─」『群馬大学教育実践研究』 第33号
畑江美佳(2013)「小学校英語の教科化をめぐる最近の動向」『鳴門教育大学小学校英語教育センター 紀要』第4号 松本由美(2016)「小学校英語を取り巻く議論の動向─外国語活動の導入から小学校英語教科化に 向けて─」『玉川大学リベラルアーツ学部研究紀要』第9号 湯本和子(2003)「カナダのバイリンガル教育・日本のバイリンガル教育─イマージョン・プログ ラムの概略と評価─」『神奈川県立外語短期大学紀要総合篇』26 文部科学省(2008)『小学校学習指導要領解説外国語活動編』 文部科学省(2017)『小学校学習指導要領』http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_ detail/_icsFiles/afieldfile/2017/05/12/1384661_4_2.pdf 文部科学省(2017)『小学校学習指導要領解説外国語編』http://www.mext.go.jp/component/a_menu/ education/micro_detail/_icsFiles/afieldfile/2017/07/25/1387017_11_1.pdf(最終閲覧日2018/01/07) 文部科学省(2017)『小学校学習指導要領解説外国語活動編』http://www.mext.go.jp/component/a_ menu/education/micro_detail/_icsFiles/afieldfile/2017/07/25/1387017_13_1.pdf(最終閲覧日2018/01/ 07) 文部科学省 HP「大学入学共通テストについて」http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/koudai/detail/ 1397733.htm(最終閲覧日2018/01/07) ベネッセ教育総合研究所「小学校英語のこれまでの流れ」http://berd.benesse.jp/berd/center/open/ report/syo_eigo/2006/pdf/data_17.pdf(最終閲覧日2018/01/07) (受理日 2018年1月10日)