中国をヴィヴィッドに感じるために--授業内における「映像」の活用
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(2) 語 学 教 育 部 ジ ャー ナ ル. り は 筆 者 に も な い が 、 彼 ら 学 生 諸 君 に 中 国 の 「こ と ば 」 を 教 え る 立 場 で あ る 以 上 、 少 しで もニ ュ ー トラ ル に あ の 国 を捉 え る機 会 を授 業 内 に作 れ な い だ ろ うか 、偏 向 を生 む もの が 「映 像 」 で あ る な ら ば 、 そ の 「映 像 」 で そ の 偏 向 を 修 正 で き な い も の だ ろ う か 、 と真 摯 に 考 え た 。 以 下 、2008年. 度 後期 の 中 国 語 担 当授 業 に お い て 語 学 教 育 の 間 隙 を縫 う よ う に実 践. し た 、 「映 像 」 を 使 用 す る 中 国 紹 介 の 試 み を 三 点 ほ ど記 録 し た い と 思 う 。. 2.北. 京の街を走 る. 五 輪 フル マ ラ ソ ン映 像 を 用 い て. 中 国語 基 礎 教 科 書 に は、 概 ね巻 頭 に 中華 人 民 共 和 国 地 図 が 用 意 され て い るが 、 時 に北 京 市 街 地 図 が 載 せ ら れ て い る も の も あ る 。 留 学 経 験 な どで 北 京 を 知 る 者 は 身 近 さ を 感 じ もす る が 、語 学 授 業 実 践 中 で この 市 街 図 を フル 活 用 す る機 会 が 必 ず しもあ る と は い え な い。 既 出 の 紹 介 映 像 教 材 は 北 京 市 の 著 し い 変 貌 振 り に 置 い て ゆ か れ る 有 様 で あ り、 ま た 、 道 を 尋 ね る 会 話 練 習 に 使 用 す る に は 都 市 の 規 模 が 大 き す ぎ る 。 し か し、2008年. に北京 で オ リン. ピ ッ ク が 開 催 さ れ る に あ た り 、 実 際 に 放 送 さ れ た 「映 像 」 と 市 街 図 と を リ ン ク させ 、 そ の 雰 囲 気 を 出 来 る 限 り活 き 活 き と伝 達 す る こ と は で き な い か 、 と考 え た 。 先 ず 用 意 した の は 、 北 京 オ リ ン ピ ッ ク の 最 終 競 技 、 男 子 フ ル マ ラ ソ ン の コ ー ス を線 で 描 き 込 ん だ 北 京 市 街 地 図 と 、 そ の コ ー ス が 巡 る 名 所 の 写 真 を刷 り込 ん だ プ リ ン トで あ る 。 名 所 の 写 真 に は そ の 名 称 を 書 く括 弧 欄 を 附 け て お く。 写 真 を 見 て 場 所 の 名 前 、 建 造 物 の 名 前 が 分 か る 学 生 に 回 答 させ る と 、 マ ラ ソ ン ス タ ー ト地 点 に 位 置 す る 「天 安 門 」 は 辛 う じて 正 解 が 出 るが 、 そ れ 以 外 は答 え られ ない 。 各 名 勝 の呼 び 名 とそ の 中 国語 音 、 お よび そ の 場 所 が な ぜ 名 所 と さ れ る か を 簡 単 に 紹 介 し た 後 、 ア ン ケ ー トを 出 し た 。 「質 問:環. 状構造 の北. 京 で は 単 純 な 円 で コ ー ス を作 る こ と が で き る の に 、 五 輪 マ ラ ソ ン コ ー ス は な ぜ 複 雑 に 入 り 組 ん だ 形 に し た の か?」. 返 っ て き た70回. 答 中 、 「科 学 技 術 の 発 展 な ど 、 中 国 の 凄 い 所 を 全. 世 界 に伝 え よ う と した」 な ど、 世 界 に向 け た 中 国 の 宣伝 、 ア ピー ル 目的 で あ った とす る も の が47回. 答 と圧 倒 的 多 数 を 占 め た 。 他 に は 、 「暴 動 が 起 こ りそ う な 箇 所 を外 し た 」 な ど の. 治 安 を 理 由 とす る も の が6回. 答 、 「良 い 面 だ け を 見 せ て 、 貧 し い 場 所 や 醜 い 場 所 を外 国 メ. デ ィ ア に 見 せ な い よ う に す る 」 な ど負 の 側 面 の 隠 蔽 と す る も の が5回 る も の 、 選 手 に 走 り易 い コ ー ス 取 り を した とす る も の が 共 に2回. 答 、 整 備 的 理 由 とす. 答 。 中 に は 、 「中 国 選 手. に 有 利 な 条 件 を作 り、 他 国 ラ ン ナ ー を ブ ッ つ ぶ す た め 」 と い う 中 国 国 内 選 手 の 便 宜 と 見 る もの が3回. 答 あ っ た。. そ の 翌 週 の 時 限 に こ の ア ン ケ ー トの 回 答 結 果 を プ リ ン トで 公 表 し た(回 は 無 記 名 に し た)。 そ の 後 、 男 子 フ ル マ ラ ソ ン の 中 継 映 像(計. 118. 答 意 見 につ い て. 約 二 時 間 半)を. 凡 そ6分. に.
(3) 沁○○⑩. 像 を、 名 所 の復 習 を 口頭 で 行 い な が ら学 生 に向 け て映 写 した 。 早 朝 七 時. Zρ ㎝. ま と め たDVD映. ス タ ー トに も か か わ ら ず 陽 光 を 否 応 な し に 照 り返 す 長 安 街 の コ ン ク リ ー ト打 ち 込 み 路 面 、 一 時 間 も経 た な い う ち に29℃. ま で 上 が る 過 酷 な 気 温 。 と りわ け 、 北 京 大 学 か ら 入 り清 華 大. 学 へ と抜 け て ゆ く コ ー ス は 、 ア ス フ ァ ル ト、 コ ン ク リ ー ト、 石 畳 に 煉 瓦 作 りの 花 壇 、 と 路 面 の 硬 度 が 目 ま ぐ る し く変 わ り 、 ラ ン ナ ー か らの 視 点 で 構 想 さ れ た 競 技 環 境 で な い こ と が 歴 然 と し て い る 。 こ こ に は 最 高 学 府 で あ る 北 京 ・清 華 二 大 学 の 存 在 を 全 世 界 に ア ピ ー ル す る 意 図 が 見 え よ う 。 一 方 で 、 コ ー ス 柵 か ら 遠 く隔 離 さ れ た 街 頭 の 応 援 者 た ち 、 上 空 か ら の 1府鰍 映 像 に 映 り込 ん で し ま う 、 予 定 で は 五 輪 ま で に 完 成 し て い た は ず の 建 築 中 高 層 ビ ル 群 な ど 、 決 し て 北 京=中. 国 を良 く見せ る もの ばか り とは言 え ない 。 生 中継 映像 は 、確 か に北. 京 の リ ア ル タ イ ム の 姿 を 世 界 に 向 け て 発 信 して い た 。 意 外 な の は 、 中 国 き っ て の 最 高 学 府 の 中 を ラ ン ナ ー に 走 ら せ る と い う か な り強 引 な ラ イ ン取 りが 、 上 位 に 位 置 し て い た 有 力 選 手 を 各 一 名 ず つ レ ー ス か ら脱 落 させ 、 ま た 先 頭 集 団 が 駆 け 引 き を 展 開 す る 高 潮 点 を 作 っ た こ と で あ る 。 結 果 的 に と は い え 、 全 世 界 に ハ イ レベ ル な教 育基 盤 を形 作 っ て い る こ と を ア ピー ルす る こ とが 目的 で あ る コー ス が 、 男 子 フ ルマ ラ ソ ン の 大 き な 見 所 と な っ た の で あ る 。 因 み に 、 学 生 数 名 が 挙 げ た 「自 国 ラ ン ナ ー に 有 利 に 」 と い う 見 解 は 、 中 国 選 手 が 全 く上 位 に 食 い 込 め な い と い う結 果 で 否 定 さ れ た 。 中 国 側 か ら見 れ ば、 世 界 マ ラ ソ ン選 手 の レベ ル に対 す る認 識 が 充 分 で な い 、 とい う省 察 点 と も なっ た で あ ろ う。 こ の 映 像 を 観 た 後 、 再 度 学 生 に ア ン ケ ー トを と る と 、 「日 本 で 報 道 さ れ る ほ ど 街 並 は 汚 く な か っ た 」 「天 壇 公 園 が す ご く大 き い 」 「北 京 大 学 構 内 に 森 や 湖 が あ っ た 」 「大 陸 性 気 候 の 過 酷 さが 路 面 の 反 射 で 分 か っ た 」 な ど 、 少 な か ら ず 北 京 と い う都 市 の イ メ ー ジ が 鑑 賞 前 よ り現 実 味 を も っ て 感 じ ら れ た こ と を 示 す 意 見 が 寄 せ ら れ た 。 ま た 、 授 業 後 に あ る 学 生 か ら 「観 客 が 叫 ん で い た`jiay6u"と. は 何 と言 っ て い る の か 」 な ど と い う 質 問 を受 け る な ど 、. 生 で 聞 こ え る 中 国 語 に 対 す る 関 心 が 開 きつ つ あ る こ と を 実 感 した 次 第 で あ る 。. 3.日. 中関係史を. 「音 楽 ・映 像 」 で 学 ぶ. 李香蘭 と. 『 蘇 州夜曲』. 前 節 で触 れ た よ う に、 日本 の メ デ ィア に よ る 中 国へ の批 判 的 な報 道 は 、 中 国 人 民 が 強 烈 な 反 日 感 情 を 露 わ に し た こ とへ の 「返 歌 」 で あ る と い う 一 面 もあ る 。 だ が 、 な ぜ 彼 ら が あ れ ほ どの 反 日感 情 を持 つ に到 っ て い るの か 、 そ こ に思 考 を巡 らす 地 点 へ と、我 々 日本 人 は 立 ち 返 ら ね ば な る ま い 。 そ う し た 場 合 、 避 け て 通 れ な い の が 「日 中 戦 争 」 と い う 史 実 で あ ろ う。. 中国をヴ ィヴィッ ドに感 じるために. 鷲9.
(4) 語 学 教 育 部 ジ ャー ナ ル. 2008年. 度 に採 用 した あ る 中 国 語 教 科 書 に は 、 基 礎 読 解 練 習 用 に 「盧 溝 橋 」 と題 す る 短 文. が 用 意 さ れ て い た 。 そ の 内 容 は 、 「八 百 年 の 歴 史 を持 ち 、260mの. 橋 壁 に そ れ ぞ れ形 態 の異. な る 石 獅 子 が 並 ぶ 」 との 叙 述 が あ る の み で あ り、 日 中 戦 争 の 火 蓋 を 切 っ た 場 所 で あ る 史 実 に 言 及 して い な い 。 お そ ら く は 意 図 的 に 避 け て い る の で あ ろ う 。 だ が そ の 教 材 が 、 例 え ば 「紫 金 城 」 や 「願 和 園 」、 「圓 明 園 」 で は な く、 敢 え て 「盧 溝 橋 」 を 挙 げ て い る 点 に は 、 授 業 担 当 者 に そ の 史 的 事 象 を語 る 契 機 を 与 え る 意 味 も 隠 さ れ て い る の で は な い か 。 こ の 文 章 を 復 習 し て い る 際 、 あ る 学 部 の 学 生 た ち に 「日 中 戦 争 」 は 何 故 起 き た の か 、 と の 問 い を 発 し た 。 す る と あ る 学 生 か ら 「"盧溝 橋 事 件"が. あ っ た か ら」 と の 回 答 が あ っ た 。. そ の 史 的 名 称 を 記 憶 し て い る こ と は 賞 賛 す べ き だ が 、 そ の 「盧 溝 橋 事 件 」 が 如 何 な る 「事 件 」 な の か 、 と も う一 歩 踏 み 込 ん だ 問 い 掛 け に 対 し て は 、 学 生 達 は 返 答 に 窮 し て い た 。 こ の よ う に 、高 等 学 校 教 育 まで の社 会 科 の 知 識 で は 、歴 史 上 の 単 語 名 称 を知 る こ とは で きて も、 そ の 内 在 や 具 体 的 な様 相 に触 れ る機 会 は殆 どない の で あ る。 中 国 語 を通 じて 、学 生 に は 中 国 とい う国 を知 る契 機 を持 っ て欲 しい 、 そ の た め に は嘗 て 日 本 と 中 国 が 宗 主 国/従. 属 国 の 関 係 で あ っ た とい う知 識 に触 れ る作 業 が 必要 で あ る とみ な. す 筆 者 は 、 近 年 様 々 な 実 力 派 歌 手 に よ っ て カ バ ー 、 歌 唱 さ れ る オ ー ル ド歌 謡. 「蘇 州 夜 曲 』. を 手 掛 か り に 、 中 国 に 対 す る 日 本 の 文 化 的 侵 略 に つ い て 講 義 す る 機 会 を授 業 内 に 設 け た 。 以 下 に そ の 概 要 を 記 した い 。 先 ず 、小 田和 正 に よる. 『蘇 州 夜 曲 』 を 聴 く。 服 部 良 一 の 手 に よ る 柔 和 な メ ロ デ ィ に 、 西. 条 八 十 の 歌 詞 が 乗 る。 一 .君. が御胸 に. 抱 か れ て 聴 くは. 水の蘇州の 二. 花 を浮 か べ て. 流 れ る水 の. 水 に 映 した 三.髪. に飾 うか. 花 散 る春 を. 二 人の 姿. 接 吻(く. 涙 ぐむ よ な. 夢 の船 歌. 鳥 の歌. 惜 しむ か. 柳 が す す り泣 く. 明 日の行 方 は. 知 らね ど も. 消 え て くれ る な. いつ まで も. よか. 君 が 手 折 り(た. お り)し. ぼ ろ)の. 月に. 鐘 が 鳴 り ます. 寒 山寺. 朧(お. ち づ け)し. 桃 の花. 学 生 の 話 に よ れ ば 、 カ バ ー 曲 の 存 在 に よ り現 在 の 大 学 生 で も 耳 に す る メ ロ デ ィ だ と い う 。 朗 々 と流 れ る 恋 の 歌 に 、 学 生 は 好 印 象 を抱 い た 様 子 で あ る 。 こ の 歌 の 原 曲 は 誰 が 歌 っ た の か と 問 い 掛 け る と 、 概 ね 返 答 は 無 い 。 そ こ で 、 テ レ ビ東 京 製 作 の ド ラ マ 篇(2007年)の. 『李 香 蘭 』 前. オ ー プ ニ ン グ場 面 を提 示 す る 。 上 戸 彩 演 じる 李 香 蘭 が リサ イ タ ル で. 『蘇. 州 夜 曲』 を歌 い 、観 衆 の 熱 烈 な る拍 手 に 包 まれ る 。 そ れ に継 い で 映 し出 され る場 面 は、 日 中 戦 争(第. 120. 二 次 世 界 大 戦)終. 結 後 の 李 香 蘭 に 対 す る 「貴 様 は 中 国 人 で は な い の か?」. 「"漢.
(5) h⊃OO①. ろ う1」. と の 尋 問 の 様 子 で あ る 。 上 戸 の 李 香 蘭 が 中 国 語 で 抗 弁 す る 。 「私 は 日本 人. Zρ α. 好"だ. な の で す11」 … … 学 生 に は 何 の こ と な の か 分 か ら な い 。 彼 女 が 中 国 人 な の か 日本 人 な の か が 何 故 問 わ れ て い る の か 、 ま し て 「漢 妊 」 と は 何 な の か 、 そ も そ も 、 誰 もが 知 る 上 戸 彩 扮 す る 「李 香 蘭 」 と は 何 者 な の か 。 こ れ が 学 生 の 興 味 関 心 を 惹 く大 き な 鉤 と な ろ う。 こ こで 李 香 蘭 の 経 歴 を 、 レジ ュ メ資 料 を用 い なが ら簡単 に解 説 す る。 1920年2月12日. 、 中 華 民 国 奉 天 省 撫 川頁市 に 生 ま れ る 。 南 満 洲 鉄 道(株)の. 教 師 、 山 口 文 雄 の 娘 、 本 名 山 口 淑 子 。 奉 天 市(現:遼. 寧 省 藩 陽 市)で. 中国語. 育 ち、 幼 い 頃 か. ら 巾 国語 に親 しむ 。 父 、 文 雄 と東 北 地 方 軍 政 局 官 僚 、 李 際 春 との 問 に 義 兄 弟 関 係 が 結 ば れ た こ と か ら 、 淑 子 は 李 際 春 氏 の 義 理 の 娘 と な り 、 「李 香 蘭 」 の 中 国 名 を 受 け る 。 日本 語 と 中 国 語 が 堪 能 で 、 声 楽 を 習 っ て い た こ と か ら 「奉 天 放 送 局 」(日 本 教 育 宣 伝 文 化 活 動 機 関)で. 歌 手 と し て デ ビ ュ ー 。 日 中 両 国 の 歌 を歌 い 人 気 を博 す 。. そ の 人 気 に 乗 じ、1938年. 「満 洲 映 画 協 会(満. 映)」 が 彼 女 を 中 国 人 女 優 と し て 映 画 デ. ビ ュ ー させ る 。 日 本 人 の 男 性 と 中 国 人 の 女 性 の 恋 愛 を 通 じ 、 日 満 親 善 、 五 族 協 和 の 宣 伝 媒 体 に 。 映 画 は ヒ ッ ト し な い も の の 、 彼 女 の 歌 う 主 題 歌 は 広 く人 気 を獲 得 。 日本 で は 、 そ の 出 生 の 秘 密 ゆ え 「東 洋 の 歌 姫 」 と称 さ れ 大 人 気 を博 す 。1940年 東 宝(株)製. 作 、 満 映 製 作 協 力 の 日本 映 画. 連 続 主 演(長. 谷 川 一 夫 と共 演)。1941年2月11日. 代 には. 『白 蘭 の 歌 』 『支 那 の 夜 』 『熱 砂 の 誓 ひ 』 に に は 日本 に"来. 国"、 日本 劇 場 で 「歌. ふ 李 香 蘭 」 リ サ イ タ ル を 開 く。 そ の 熱 狂 的 な 人 気 に 、 民 衆 と 警 察 隊 の 衝 突 が 起 こ る (日 劇 七 周 り半 事 件)。 "帰 国"後 、 李 香 蘭 は 満 洲 か ら上 海 へ と活 動 基 盤 を 換 え 、 上 海 で 撮 ら れ て い た 映 画 「萬 世 流 芳 』 に 飴 売 り の 娘 と し て 出 演 、 そ の 美 声 で 上 海 で も 人 気 を 博 す 。 後 に 満 映 を 退 社 、 終 戦 間 際 の1945年. 、 上 海 大 光 明 大 戯 院(GrandTheatre)に. て 「夜 来 香 ラ プ ソ. デ ィ」 公 演 、 上 海 入 を 魅 了 。 終 戦 後 、1946年. に 日 本 に 帰 国 、Lh口 淑 子 と し て 銀 幕 に 復 帰 、,池部 良 、 三 船 敏 郎 ら と. 共 演 。 後 、 ア メ リ カ で は 「シ ャ ー リ ー 山 口 」、 香 港 で は 「李 香 蘭 」 と し て 銀 幕 に 復 活 、 日本 外 交 官 大 鷹 弘 と結 婚,、 フ ジ テ レ ビ 系 「3時 の あ な た 」 司 会 な ど を 経 て 自民 党 参 議 院 議 員 と な る 。1992年. に政 界引 退 。. こ の よ う に 経 歴 を 列 挙 す る と 、 李 香 蘭 の 名 を もつ 山 口 淑 子 と い う 口本 人 は 、 戦 前 ∼ 戦 後 に か け て も 順 風 満 帆 な 人 生 を 送 っ て い る よ う に 感 じ ら れ る,,し か し、 満 映 の 看 板 女 優 で あ る 彼 女 は 日 本 と 中 国 と の 相 克 に 苦 し ん で い た 。 と りわ け 、 東 宝 製 作 の 『支 那 の 夜 』 は 、 彼. 中国 をヴィヴ ィッ ドに感 じるため に12遷.
(6) 語学教育部ジ ャーナル. 女 を 苦 し ませ る 日 中 文 化 相 違 を 図 ら ず も具 象 す る 作 品 と な っ た 。 筆 者 は こ こ ま で 説 明 し た 時 点 で 、 日 中 戦 争 終 戦 後 に 李 香 蘭 が 「漢 好 」=祖. 国反 逆 者 の 罪 名 をつ け られ る理 由 の一 つ. と も な っ た 「支 那 の 夜 』 の 、 主 人 公 マ ドロ ス 長 谷 が 中 国 人 女 性 の 桂 蘭 を 平 手 打 つ 場 面 を 中 心 とす る ダ イ ジ ェ ス トを 流 し、 学 生 に 鑑 賞 さ せ た 。 山 口 淑 子 は 当 時 を 次 の よ う に 回 想 して い る 。 (『支 那 の 夜 』 は)当. 時 の 世 相 や 時 局 を反 映 した 象徴 的作 品 で あ る。 と くに私 に とっ. て は、 漢 好 容 疑 の 罪状 と もな っ た映 画 だ け に 、無 知 な 時 代 の 自分 を 見 る恥 ず か しい 思 い の す る 作 品 だ が 、 い ろ い ろ な 意 味 で 思 い 出 が 深 い 。(略 、 本 作 中 長 谷 川 一 夫 演 じ る 主 人 公 に 殴 ら れ る シ ー ン で 、 カ ー 杯 殴 ら れ て)そ. の 平 手 打 ち の 痛 か っ た こ と1眼. から. 火 花 が 飛 び 散 る と い う の は 本 当 だ 、 と思 い 知 っ た 。 (略)戦. 後 の 日 本 で は 、 男 が 女 を 殴 る こ と も一 種 の 愛 情 表 現 で 、 殴 ら れ た 女 が 男 の. 強 さや 思 い や りに 感 激 し、 改 め て 愛 に 目覚 め る と い う 場 面 は よ く見 う け ら れ た 。 しか し 、 そ れ は 日 本 人 だ け に 通 じ る 表 現 だ っ た 。 『支 那 の 夜 』 で 日 本 人 男 性 に 殴 ら れ た の は 、 李 香 蘭 扮 す る 中 国 娘 で 、 そ れ を 見 て 問 題 に した の は 、 中 国 人 だ っ た 。 殴 ら れ た の に 相 手 に 惚 れ 込 ん で い くの は 、 中 国 人 に と っ て は 二 重 の 屈 辱 と 映 っ た 。 そ して そ の 行 動 様 式 を 、 侵 略 者 対 被 侵 略 者 の 日 中 関 係 に お き か え て 見 た 一 般 の 中 国 人 観 客 は 、(略) 日本 人 に 対 す る 日 頃 の 憎 悪 と反 撲 が 更 に 刺 激 さ れ た 。 映 画 の 教 育 宣 伝 目 的 は 全 く の 逆 効 果 で 、 抗 日意 識 を い っ そ う あ お る 結 果 と な っ た の で あ る 。 (『李 香 蘭. 私 の 半 生 』 よ り). こ の 時 点 で 、 李 香 蘭 演 じ る桂 蘭 が 長 谷 と共 に 蘇 州 を 訪 れ 、 『蘇 州 夜 曲 』 を 歌 う 場 面 を 映 し 出 す 。 す る と 、 本 歌 詞 の 「君 」 が 口 本 人 で あ り、 中 国 人 女 性 の 心 情 が 日 本 人 男 性 に 占 有 され る 図 式 が 明確 に浮 か び上 が っ て くる。 これ が 当 時 の 国策 映 画 の 思 想 教 育 作 法 で あ っ た が 、 中 国 人 の 思 考 様 式 を知 らな い 日本 人 が 撮 る国 策 映 画 は 、 中 国 人 の 感 情 を逆 撫 で した の で あ る。 当 時 上 海 軍 報 道 部 映 画 検 察 官 、 辻 久 一 は 著 書. 『中 華 電 影 史 話 』 で 次 の よ う に 語. る。 中 国 人 の 男 女 は 、 日本 人 の 立 場 に 都 合 よ く合 わ せ て 仕 立 て ら れ た 。 極 端 に い う と 人 形 の よ う で あ っ た 。 中 国 人 を侮 辱 す る 気 持 は ま る で な くて も 、 中 国 人 の 生 き た 姿 、 端 的 に い う と そ の 「心 」 を 描 け な い た め に 、 中 国 人 に 不 快 な 印 象 、 嫌 悪 感 を 与 え る 結 果 とな った の で あ る 。 そ の 嫌 悪 感 が 如 何 に 大 き い も の で あ っ た か は 、1989年 マ. 122. フ ジ テ レ ビ 開 局30周. 年 記 念 ドラ. 『さ よ な ら李 香 蘭 』 の ラ ス ト場 面 に 見 る こ とが で き る 。 李 香 蘭 に 対 す る 漢 好 容 疑 裁 判 が.
(7) 8 0⑩. 戻 っ た 彼 女 に 「あ な た が 告 げ る 事 実(こ. 既 に 山 口淑 子 に. Zρα. 無 罪 で 結 審 、 上 海 黄 浦 江 の 港 か ら 日本 に 帰 国 す る 際 、 裁 判 長 が 李 香 蘭. 『支 那 の 夜 』 な ど の 国 策 映 画 に 出 演 した こ と は 非 常 に 残 念 だ 」 と. れ は 山 口 淑 子 自 伝 に も記 さ れ て い る)は. 、 李 香 蘭 の 「利 敵 行 為 」 に 対 す る. 大 き な 遺 憾 と非 難 の 意 思 が 強 く現 れ 出 て い る 。 で は 、現 代 の若 者 に と って の. 『蘇 州 夜 曲 』 は ど う い う も の か 。 あ る イ ン タ ー ネ ッ トプ ロ. グ に は 、 若 い 日本 人 女 性 が 以 下 の よ う な 経 験 を し た こ と が 描 か れ て い る 。 先 日、 と あ る 小 さ な パ ー テ ィ ー の 後 、 ウ チ の 近 所 に 住 ん で い る と い う女 の 子 に 誘 わ れ て 、 カ ラ オ ケ に 行 き ま し た 。 メ ン バ ー は(略)、 い 妻 帯 者)、 ア メ リ カ 人(37歳. バ ツ イ チ)と. 中 国 人(若. い 男)と. 、 カ ナ ダ 人(若. バ イ リ ン ガ ル だ と い う 日 本 人 女 性(35. 歳)、 そ して 、 私 。 中 国 人 の 子 に 「『蘇 州 夜 曲 』 を 歌 お う か な 」 と 言 っ た ら 笑 っ て い た の で 歌 っ た の で す が 、 ワ ン コー ラス が 終 わ る か終 わ らな い か の 時 、 中 国 人 の 子 に カ ラ オ ケ を切 られ て し ま っ た の で し た 。 「操 作 の ミ ス だ 」 と 言 っ て い た け れ ど 、 い き な り切 ら れ て 吃 驚 し た し 、 ち ょ っ と し た 不 快 感 を 抱 い て し ま っ た の で した 。(略)家. に帰 っ て 調 べ て み た. ら、 な ん と 、 中 国 で は 『蘇 州 夜 曲 』 は タ ブ ー な ん で す っ て 。 日 中 戦 争 時 代 の 歌 だ か ら 、 と い う の が 理 由 だ そ う で す 。(略)私. は 反 省 し ま した。 無 知 で あ る こ と、 そ れ 自. 体 が 、 誰 か を 不 愉 快 に させ る の だ 、 と 。 歌 う前 に 教 え て く れ た ら よ か っ た の に 、 と も 思 い ま す 。 嫌 が らせ の 気 持 ち な ど 毛 頭 な い ど こ ろ か 、 わ か っ て い た ら歌 わ な か っ た の だ か ら 。 今 は た だ 、 自 分 の 無 知 が 恥 ず か しい 。 そ して 、 さ り げ な く カ ラ オ ケ を 中 止 させ た 中 国 人 の 子 の 賢 さ に 、 ち ょ っ と脱 帽 。 い や 、 い ろ い ろ な 意 味 で 、 さ み しい 話 で は あ り ます 。 ("「蘇 州 夜 曲 」 は タ ブ ー"2006.04.24記. 、 プ ロ グ 『「厭 離 薇 土 」 は 「飛 翔 」 に 非 ず 』. よ り、http://suwwakai.exblogjp/1902025) 若 い 中 国 人 は 『蘇 州 夜 曲』 と い う歌 謡 が 如 何 な る 意 味 を 持 つ も の か を 理 解 し て い る 。 そ れ は 中 国 に お け る 自国 史教 育 が 、亡 国 の危 機 に瀕 した とい う屈 辱 の 足 跡 を 、 人民 革 命 史 と セ ッ トで 踏 ま え て い る か らで あ る 。 そ れ に 対 し、 日本 の 歴 史 教 育 は 今 だ に 中 国 へ の 戦 争 行 為 を 「侵 略 」 と記 す か 「進 出 」 と記 す か の レ ベ ル で 紛 糾 して い る だ け で な く、 そ の 課 程 進 捗 上 、 日本 史 教 育 は 我 々 が 最 も熟 知 せ ね ば な ら な い"ご. く近 くの 歴 史"即. ち第 二 次 世. 界 大 戦 以 後 の 現 代 史 に 殆 ど触 れ な い ま ま 終 わ る 場 合 が 多 い 。 こ の 知 識 の 不 足 ゆ え 、 辻 久 一 が述 べ る よ う に侮 辱 す る気 持 は ま るで な くて も、 中 国 人 に不 快 な 印象 、嫌 悪 感 を与 え る可. 中国をヴ ィヴィッ ドに感 じるために. 稔3.
(8) 語 学 教 育 部ジ ャー ナ ル. 能 性 が 、 日 本 に 住 む 中 国 の 人 々 が 益 々 増 え る 現 在 に お い て 充 分 に あ り得 る の で あ る 。 そ の こ と を我 々 は 認 識 せ ね ば な ら な い 。 こ の よ う に 講 義 す る と、 『蘇 州 夜 曲 』 に 好 感 を抱 い た 学 生 を 落 胆 さ せ る 可 能 性 も あ る 。 そ の 折 角 の 感 受 性 を 損 ね な い た め に も 、 こ の 楽 曲 が や は り普 遍 な 美 し さ を 内 包 す る が ゆ え に 小 田 和 正(「 服 部 良 一 生 誕 百 周 年 記 念 ト リ ビ ュ ー トア ル バ ム 」)を は じ め 、 平 原 綾 香(ア ル バ ム 「Odyssey」)、 夏 川 りみ(ア Dance」)な (株)サ. ル バ ム 「歌 さ が し」)やAnnSally(ア. ル バ ム 「Moon. ど多 く の 実 力 歌 手 に 歌 い 継 が れ て い る 事 実 を 示 し た 。 ま た 逆 説 的 で は あ る が 、. ン トリ ー が テ レ ビCMに. 使 用 し た 中 国 語 歌 詞 の 日 本 歌 謡 曲 を 集 め たCD『Chai』. に. は 、 中 国 語 版 の 『蘇 州 夜 曲 』 ま で 存 在 す る 。 講 義 内 で は そ の 音 源 を 使 用 し な か っ た が 、 流 麗 な中 国 語音 声 の 響 きを学 生 に伝 え る ため 、以 下 の 同 曲歌 詞 を朗 読 した 。 依 倶 在 称 的 杯iE所 花 落 水 春 巳去. 着 那 卜駐'1般 的 歌. 迷 人的 水 多夢 州 ロ 阿. 軽 似1欧柔 似 水{愛 的 船 歌 物 柳 也在 力休 芙 泣 力 称 「 り ぐ息. 本 講 義 の最 後 に は 、 この 内 容 に興 味 を抱 い た学 生 の た め に以 下 の書 籍 と映 像 作 品 を紹 介 した 。 ㊤ 山 口 淑 子 ・藤 原 作 弥 著 ② 山 口淑 子 著. 年 記 念 ドラマ. 本 経 済 新 聞 社2004年12月). 「さ よ な ら 李 香 蘭 』(上. ・下 篇)(主. 演:沢. 口靖 子 、. 放 映 、 ビ デ オ 発 売 、 現 在 廃 盤). ⑤ テ レ ビ東 京 特 別 ドラ マ. 4.改. の 履 歴 書)』(日. 初 刊). 「李 香 蘭 と東 ア ジ ア 』(東 京 大 学 出 版 会2001年12月). ④ フ ジ テ レ ビ 開 局30周. ∼12日. 私 の 半 生 』(新 潮 文 庫1989年12月20日. 「「李 香 蘭 」 を 生 き て(私. ③ 四 方 田犬 彦 編 集. 1989年12月. 「 李香 蘭. 放 映 、DVD発. 『 李 香 蘭 』(満 州 篇/上. 海 篇)(主. 演:上. 戸 彩 、2007年2月11. 売). め て 《山 水 情 》 を 鑑 賞 す る 、 並 び に 開 か れ た 意 見 交 換 の 場 を つ く る. 筆 者 は 以 前 よ り、 上 海 で 作 ら れ た 水 墨 画 ア ニ メ ー シ ョ ン作 品 《山 水 情 》 を 中 国 語 授 業 の 中 で 学 生 に 鑑 賞 させ 、 そ の 作 品 に 対 す る 質 問 に 答 え さ せ る 機 会 を 作 っ て い る 。 嘗 て そ の 質 問 に 対 す る 回 答 を ま と め 考 察 し た 文 章 を書 い た こ と が あ る が 、 以 降7年. 来、学生の反応 に. つ い て 報 告 し た 機 会 が な い の で 、 こ の 場 を 借 りて 今 年 度 の 学 生 に 見 ら れ た 特 徴 を 記 して お きた い 。 水 墨 画 ア ニ メ ー シ ョ ン と は 、1960年. に 上 海 美 術 電 影 制 片 廠 に よ り試 行 を 繰 り返 し確 立 さ. れ た 手 法 で あ る。 ア ニ メー シ ョン映 像 は 、現 在 こそ コ ン ピ ュー タ ー映 像 に よる編 成 が 可 能 と な っ た が 、 嘗 て は 既 に 絵 画 済 み の 透 明 セ ル ロ イ ド を 背 景 画 に 重 ね 合 わ せ 、 連 続 撮 影 して. 124.
(9) 沁OO①. る と考 え られ るが 、水 墨 画 独 自の 滲 み や ボ ケ を作 り出 しなが ら動 作 を付 け る とい う、 中 国 独 自 の 技 巧 を備 え た も の で あ る 。18分. と い う短 編 で あ る た め 授 業 進 行 の 支 障 に な ら ず 、 中. 国 伝 統 楽 器 で あ る 古 琴 に よ る 音 楽 と 水 や 風 の 音 響 効 果 の み で 台 詞 が 無 く 、 中 国 語 基 礎 を学 ぶ 学 生 に も適 し て い る 。 ま た 物 語 要 素 が 希 薄 な た め 、 鑑 賞 者 の イ メ ー ジ に よ っ て 鑑 賞 様 式 が 変 化 し、 多 種 の 意 見 を 得 る こ と が 出 来 る 。 こ の 《山 水 情 》 の 物 語 を 簡 単 に 説 明 す れ ば 次 の 通 り に な る 。 古 琴 を 抱 い て 旅 を 続 け る 、 隠 遁 者 の よ う な 姿 を した 老 人 男 性 が 、 小 笛 の 演 奏 が 得 意 な 子 供 が 船 頭 を す る 舟 に 乗 り川 を 渡 る,。岸 に 着 くや 、 老 人 は 眩 蚤 を 起 こ して 倒 れ て し ま う 。 船 頭 の 子 供 は 彼 を 自 分 が 住 む 小 屋 に 連 れ 帰 り看 病 を し た 。 気 が 付 い た 老 人 は 、 琴 に興 味 を抱 くそ の子 供 に奏 法 を教 え る。 老 人 が 小屋 で 療 養 して い る 問 に 、 そ の 子 供 の 琴 を 弾 く腕 は み る み る 上 達 して い っ た 。 あ る 日 、 親 鳥 と 小 鳥 の 空 飛 ぶ 様 子 を 見 た 老 人 は 、 子 供 と 共 に 舟 に 乗 り深 き 山 中 へ と 向 か う 。 彼 は 自 らの 生 命 が 果 て る こ と を 子 供 に 告 げ 、 古 琴 を 託 す 。 子 供 は 老 人 の 前 に 脆 い て 恭 し く 琴 を 受 け 取 り、 老 人 が 山 の 中 へ と消 えて い く問 、琴 を引 き続 け る。 堂 々 た る演 奏 が 終 え た時 、 そ の子 供 は既 に成 長 し、 遠 く、 老 人 の 去 っ て 行 っ た 彼 方 を 見 や る 。 こ の 作 品 に 関 し て 筆 者 が 着 目 す る の は 、 老 人 に 付 き 添 っ て 暮 らす 子 供 が 意 図 的 か 否 か に か か わ ら ず 、 極 め て 中 性 的 に 描 か れ て い る と い う 点 で あ る 。 因 み に2002年 で 紹 介 され た際 に は邦 題 が. 、 本 作 が 日本. 『琴 と 少 年 』 と さ れ て お り 、 筆 者 は そ れ に 対 し疑 義 を 提 起 し た. こ と が あ る 。 そ れ に ま つ わ り、 鑑 賞 し た あ と学 生 に 質 問 す る の は 次 の 三 項 目 で あ る 。 1)登. 場 人 物 の 子 供 の 性 別 を 、 理 由 もつ け て 答 え よ。. 2)本. 作 に 託 さ れ た メ ッセ ー ジ と は 何 か 。. 3)本. 作 《山 水 情 》 に 相 応 しい 邦 題 を つ け よ。. こ の 第 一 項 目 の 回 答 に よ り、 学 生 が 各 々 い か に 本 作 を 捉 え た か が 明 確 と な り、 そ れ は 第 二 、 第 三 項 目 の 回 答 に 影 響 す る 、 と い う仕 組 で あ る 。 例 年 同 じ ア ン ケ ー トを 学 生 に 回 答 さ せ る と 、 第 一 項 目 は 三 分 の 二 が 「女 の 了・ 」 と 回 答 す る 。 今 年 に つ い て も 、4ク 名 中 の76名. ラ ス 総113. が そ の よ うに答 え た。. ど の よ う に 男 女 の 性 別 を 決 定 し た か に つ い て は 、2008年. 度 の 学 生 の 回 答 も例 年 の も の. と傾 向 が 似 て い る 。 少 数 を な す 「男 の 子 」 と 回 答 し た 代 表 的 な も の と し て は 、 「船 頭 を生 業 と して い る 」 「倒 れ た 老 人 を 小 屋 に 独 り で 連 れ て 帰 っ た 」 「走 る 姿 が ガ ニ マ タ に 見 え た 」 「琴 を 奏 で る 力 強 さ が 男 性 ら し い 」 な ど 、 本 作 中 の 子 供 の 行 動 や 身 体 的 力 量 に 着 目 し て い. 中国 をヴィヴ ィッ ドに感 じるため に125. Zρ. 動 作 を 組 み 立 て て い た 。 水 墨 画 ア ニ メ ー シ ョ ン も恐 ら くは 基 本 的 に 同 じ方 法 を 踏 襲 し て い.
(10) 語 学 教 育 部 ジ ャー ナ ル. る も の が 多 い 。 そ れ に 対 して 大 勢 を な す 「女 の 子 」 と 回 答 し た も の は 、 「髪 や 睡 毛 が 長 い 」 「顔 が ふ っ く ら と して い て 女 の 子 ら し い 」 「楽 器 の 触 れ 方 が 女 性 ら し い 」 「寒 そ う に 手 を こ す る 仕 草 が 可 愛 い 」 な ど 、 顔 の 形 象 特 徴 や 指 先 に 着 眼 し た こ とが 明 確 に 表 れ る 。 今 年 度 の 学 生 た ち が 極 め て 真 剣 に こ の 作 品 を鑑 賞 した 結 果 が 以 下 の 数 点 で 判 明 す る 。 子 供 の 性 別 を 決 定 す る 際 、 「舟 を 漕 ぐ」 と い う 行 動 に 対 し て 対 照 的 な 回 答 が あ っ た 。 「男 の 子 」 と 答 え た 学 生 は 「川 の 渡 し と い う力 作 業 」 を 理 由 と す る が 、 同 じ行 為 に 対 し 「舟 を 漕 ぐ姿 も 、 力 強 く漕 ぐ と い う よ り、 流 れ を 受 け 流 す よ う な 印 象 が あ り 、 女 性 的 だ 」 と 見 た 学 生 が 存 在 し た 。 筆 者 は 今 ま で 、 多 数 の 学 生 と幾 度 と な く こ の 作 品 を鑑 賞 した が 、 舟 を 漕 ぐ 行 為 に対 し これ ほ ど具 体 的 に捉 え た こ とは な か った た め に、 驚 き を もっ て そ の 意 見 を読 ん だ 。 ま た 、 こ れ は3∼4年. に 一 度 の 割 合 で 起 こ る 現 象 で あ る が 、 男 女 の 別 に 対 し 「ど ち ら. と も 言 え な い 」 と 答 え た 者 が 一 名 存 在 し た 。 理 由 は 、 「こ の 物 語 で は 、 男 女 の 区 別 を 決 め て は な ら な い と 思 う 」。 本 作 に 登 場 す る 人 物 は 自然 万 物 の 擬 態 化 で あ る 、 男 女 を 決 定 し て は 師 弟 の 関 係 性 に 微 妙 な 狂 い が 出 る 、 な ど と した 過 去 の 学 生 の 回 答 に 較 べ 多 少 言 葉 足 らず な感 が あ る が 、 自 ら想 像 を膨 らませ よ う とす る痕 跡 が 見 られ興 味 深 い 。 ま た、 第一 項 目に 「女 の 子 」 と 回 答 し、 「同 じ興 味 関 心 は 年 齢 を 超 え た 、 身 分 不 相 応 の 恋 心 を 引 き寄 せ る 」 と い う テ ー マ の 捉 え 方 を す る 学 生 が 二 名(男. 子 、 女 子 各 一 名)い. た が 、 こ の 現 象 は2002年. 度 以 来 で 最 も多 い 結 果 で あ る 。 こ の よ う に 本 作 に 興 味 を 抱 き 記 さ れ た ア ン ケ ー トの 中 に 、 や や 気 に 懸 か る 回 答 が あ っ た 。 「男 の 子 」 と 答 え た 一 学 生 の 理 由 に 、 「こ ん な に 可 愛 い 子 が 女 の 子 で あ る 筈 が な い 」 (男 子 学 生)。 「女 の 子 」 と答 え た 別 の 学 生 の 理 由 に 、 「あ ん な か わ い い 子 が 、 男 の 子 の わ け な い じ ゃ な い で す か 」(男 子 学 生)。 こ れ は 各 々 別 ク ラ ス の 学 生 が 書 い た も の で 、 互 い に 示 し合 わ せ た わ け で は な い 。 し か し正 反 対 の 回 答 を し な が ら 、 字 句 ま で 酷 似 し た 記 述 で あ る こ とに 、 筆 者 は驚 きを感 じた。 と りもな お さず 、 この 回答 は 登場 人 物 の 子 供 の性 別 を判 断 す る 「理 由 」 に な っ て い な い 。 こ の 記 述 に は 他 者 と の 議 論 を拒 絶 す る よ う な 、 独 特 の 閉 鎖 性 が こめ られ て い る よ うに感 じ られ た 。 第 二 節 の 北 京 フ ル マ ラ ソ ン の 時 と 同 様 に 、 学 生 か ら受 け 取 っ た ア ン ケ ー トは 典 型 的 な 意 見 を 選 択 して レ ジ ュ メ 化 し 、 回 答 者 名 を 公 表 せ ず 次 時 限 に 学 生 に 配 布 し た 。 あ る 対 象 に 触 れ る こ と で 思 考 を 促 し、 そ れ を 文 章 化 す る こ と を 練 習 す る と 同 時 に 、 ク ラ ス メ ー ト と い う 他 者 は 同 じ対 象 を 如 何 な る 角 度 か ら捉 え て い る か を 、 回 答 結 果 で 理 解 さ せ る の で あ る 。 筆 者 も そ の 結 果 を 口 頭 で 読 む 際 に 、 一 言 二 言 コ メ ン トを 附 け る 。 学 生 た ち は 小 テ ス トの 解 答 な ど よ り も遥 か に 興 味 深 く、 彼 ら 自 身 の 回 等 群 に 注 目 し、 ま た 筆 者 の コ メ ン トに も ヴ ィ. 126.
(11) 沁08 Zρ㎝. ヴ ィ ッ ドに反 応 す る。 この よ うな 、 講 義 者 ∼ 受 講 者 間 の 交 流 の み な らず 、受 講 者 ∼ 受 講 者 とい う他 者 の 交 流 とい う多 方 向 に 開 か れ た 意 見 交 換 の場 が 、 目下 の 大 学 生 に は 不 可 欠 で は な い か と、 瓜 二 つ の 表 現 で あ りな が ら正 反 対 の 方 向 を採 る 回 答 が 、 筆 者 に確 信 させ た の で あ る。. 5.お. わ りに か え て. 《山 水 情 》 の ア ン ケ ー ト結 果 公 表 が 終 わ っ た 授 業 後 、 あ る 学 生 が 質 問 に 来 た 。 「さ っ き の 答 え を 知 りた い ん で す が 」。 筆 者 は 筆 者 な り に 登 場 人 物 の 子 供 の 性 別 が ど ち ら で あ る か の 答 え を 持 っ て い る 、 と 話 し た の で 、 そ れ を 訊 き に 来 た の だ 。 そ の 「解 答 」 を 解 説 す る と 「逆 だ と 思 っ た の で す が 、 納 得 し ま し た 」 と 満 足 げ に 帰 っ て い っ た 。 そ の 学 生 の 真 剣 な 眼 差 しが 非 常 に 印 象 深 く感 じ られ た 。 2008年12月. 半 ば に 、 筆 者 が 年 度 初 め に 提 起 した 内 容 を 再 度 ア ン ケ ー ト と し て 提 起 し た 。. 但 し、 そ れ は 嘗 て の 単 問 で は な く、 次 の よ う な 複 数 の 問 い 掛 け を 付 随 さ せ て の も の で あ っ た。 1)中. 国 に 対 す る 今 現 在 の イ メ ー ジ は?【 歓(あ. ま り好 き で は な い)/不. 恨 喜 歓(と. 喜 歓(好. て も好 き)/喜. き)/不. 太喜. き で は な い)】. 2)現. 在 の 日 本 に 対 す る イ メ ー ジ は?【. 3)上. 記 を ふ ま え 、 自 分 自 身 は 大 学 生 活 で 何 を し た い か?. 1)と2)は. 歓(好. 恨 喜 歓/喜. 歓/不. 太 喜 歓/不. 喜 歓】. 、 中 国 語 で 選 択 す る 形 式 を 採 り、 そ の 理 由 を 日 本 語 で 自 由 に 書 い て 貰 っ. た 。 中 国 に 対 す る イ メ ー ジ は 、 恨 喜 歓 が2票. 、 喜 歓 が13票. 、 不 太 喜 歓 が38票. 、不喜歓が. 6票 。 授 業 を 受 け て イ メ ー ジ は だ い ぶ ん 変 わ っ た け れ どや は り未 解 決 問 題 が あ る か ら 、 な ど の 答 え に 、 中 国 に 附 与 さ れ た 負 の 側 面 の 根 深 さ を 見 る 思 い が す る 。 そ して 日 本 に 対 す る イ メ ー ジ も 、 根 喜 歓 が2票. 、 喜 歓 が18票. 、 不 太 喜 歓 が28票. 、 不 喜 歓 が7票. 、"?"が1. 票 。 「日 本 人 が 自 国 に 対 し無 関 心 。 こ の 先 や っ て い け る の か 不 安 で な ら な い 」 「現 政 権 は 何 を した い ん だ?」 3)に. と 手 厳 しい 。. 対 し て は 「社 会 的 常 識 を 身 に つ け た い 」 「社 会 勉 強 も 含 め バ イ トを し て み た い 」. 「人 と の 関 わ り 方 を 学 び た い 」 な ど社 会 性 へ の ア プ ロ ー チ を 試 み る 意 見 や 、 「固 定 観 念 を 捨 て て 自 分 自 身 を 磨 き た い 」 「中 国 だ け で な く 日 本 の こ と も学 び た い 」 「様 々 な もの の 見 方 が で き る よ う に な り た い 」 な ど 、 視 野 を 広 げ た い と 考 え る 意 見 、 「世 界 的 不 況 の 中 で 手 に 職 を つ け た い 」 「目 指 す 職 に 就 き た い の で そ の 仕 事 に 益 す る 勉 強 を し た い 」 「MadeinChina ば か りの 日本 にMadeinJapanの. も の を増 や し た い 」、 と 実 益 や 専 門 家 へ の 道 を 目指 す 心. 中国をヴ ィヴィッ ドに感 じるために. 肇27.
(12) 語学教育部ジ ャーナル. 強 い 意 見 が 見 ら れ た 。 ま た 、 ア イ デ ン テ ィ テ ィの 確 立 を 望 む 意 見 の な か に こ の よ う な もの が あ っ た 。 「自 分 は 真 実 を 知 り た い 。 今 の ま ま で は 疑 い ば か りで 何 も 信 じ ら れ な い 。 日 中 両 国 の 真 実 を 知 り、 ど う い う状 況 な の か を 知 り た い 。 自 分 に と り何 が 正 し い の か を 見 極 め た い 」。 こ の ア ン ケ ー トは 無 記 名 で 行 な っ た の で 分 か ら な い の だ が 、 そ の 真 面 目 さ は 《山 水 情 》 に 登 場 す る 子 供 の 性 別 の 「解 答 」 を 尋 ね て き た 学 生 の 、 真 剣 な 眼 差 し と被 っ て 見 え る 。 果 た して 「真 実 」 と は 何 か と な る と 筆 者 に も 回 答 が 浮 か ば な い が 、 こ の 真 摯 さ が 学 生 諸 君 に 新 しい 想 像 と 創 造 を も た ら さ ん こ と を 切 に 望 む 。 以 上 、 語 学 教 育 とは や や か け 離 れ た授 業 実 践 の記 録 と な っ たが 、 この よ う に若 き学 生 た ち の 意 見 を 聞 き、 ま た 筆 者 の 意 見 も交 わ し な が ら 開 示 し て ゆ く行 為 は 、 学 ぶ 者 た ち の 開 か れ た モ テ ィベ ー シ ョ ン を 高 め る 契 機 と な る の で は な い か 、 そ の フ ッ ク と し て の 「映 像 」 は 、 彼 ら の 目 を 見 開 か せ る 強 力 な 「教 材 」 た り う る 、 と筆 者 は 考 え た い 。 附 記 す れ ば 、 上 記 の ア ン ケ ー ト三 問 の 欄 外 に は 、 こ の よ う な 記 述 が 見 受 け ら れ た 。 「先 生 が 時 折 見 せ て く れ る 資 料 は と て も お も し ろ い 」 「こ う い う ア ン ケ ー トは 実 に 面 白 い か ら 、 是 非 や っ て ほ し い 」 「こ の 授 業 で 最 後 に や る"中. 国"の. 話 は す ご く た め に な る 」 「中 国 の 豆 知 識 を 知 りた い. (∼ した ら 喧 嘩 に な る と か)」。 既 に モ テ ィベ ー シ ョ ン の 萌 芽 が 、 こ こ に 見 え は し な い だ ろ うか。. 128.
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