Nagoya City University Academic Repository
学 位 の 種 類
博士 (薬科学)
報 告 番 号
甲第1762号
学 位 記 番 号 第359号
氏 名
太田 悠平
授 与 年 月 日
令和 2 年 3 月 25 日
学位論文の題名
ケミカルスクリーニングを志向した CARM1 および LSD1 活性検出プローブ
の開発
論文審査担当者
主査: 樋口 恒彦
副査: 中川 秀彦, 井上 靖道, 中村 精一
おおた ゆうへい 太田 悠平 氏 名 学位の種類 博士(薬科学) 学位の番号 薬博第 359 号 学位授与の日付 令和 2 年 3 月 25 日 学位授与の条件 学位規則第 4 条第 1 項該当 学位論文題目 ケミカルスクリーニングを志向した CARM1 および LSD1 活性検出プローブの開発 論文審査委員 (主査)教授 樋口 恒彦 (副査)教授 中川 秀彦・ 准教授 井上 靖道・ 教授 中村 精一 論文内容の要旨 近年、ケミカルバイオロジー研究の発展により、蛍光プローブを利用した酵素活性測定法や細胞内イメージング法など が数多く報告されている。しかしながら、蛍光の on/off に関する制御原理が確立されているにも関わらず、未だに酵素 活性を簡便に評価できない酵素が存在する。その例として、タンパク質リシン残基やアルギニン残基を基質とするメチル 化酵素や脱メチル化酵素が挙げられる。これらの酵素活性検出が困難な理由として、最小の化学修飾であるメチル基の有 無を蛍光の on/off に変換することが難しいからだと考えられる。そこで本研究ではそれらの酵素に対して、プローブ開 発を基盤とした簡便な活性検出系の構築を行った。
1. Protease-coupled method を利用した FRET 型 CARM1 活性検出プローブの開発
CARM1 は PRMTs(Protein Arginine Methyltransferases)ファミリーに属し、タンパク質中のアルギニン残基の非対称 的なジメチル化を触媒する酵素である。多くのがん細胞において CARM1 の過剰発現が見られることから、CARM1 は魅力的 な創薬ターゲットであると考えられる。これまでに種々の CARM1 阻害剤が報告されているが、in vivoにおいても作用が 確認されている阻害剤の報告は少ない。また、CARM1 活性検出法がいくつか開発されているが、市販の評価系は信頼性や 再現性が低いという問題を抱えている。本研究では、信頼性が高くケミカルスクリーニングにも耐えうる簡便性を持った 新たな評価系の構築を目指した。 これまでに当研究室では、ジメチル化アルギニンを含むペプチドが塩基性アミノ酸を認識する peptidase の加水分解 を受けないことを見出し、それを利用した蛍光プローブの開発に着手していた。2018 年に同様の原理で他のアイソザイ ムである PRMT6 に対する酵素活性検出法が報告された。この報告では、アミノメチルクマリンにアルギニンを結合させた 化合物(Bz-Arg-AMC)を基質として用いて、PRMT6 によるメチル化反応後、そのメチル化体が trypsin による加水分解を受 けないことを利用し、その蛍光の差から PRMT6 活性を評価できる。しかしながら、Bz-Arg-AMC を CARM1 にそのまま適用 することは難しいと考えられる。すなわち CARM1 の基質に関する知見から、アルギニン周辺のアミノ酸も重要であること が報告されているため、単純な AMC 型の基質ではほとんどメチル化されない、もしくはメチル化されたとしても大量の酵 素を必要とする可能性があると考えられる。そこで、既知の CARM1 の基質となるペプチド配列の両末端に蛍光団を組み込 んだ FRET 型プローブであれば、基質特異性の高いことが知られている CARM1 でも同様の方法で酵素活性を評価できるの ではないかと考えた。既知の CARM1 基質である BAF155 のメチル化配列の両末端に良い FRET ペアである fluorescein お
よび hydroxycoumarin を組み込んだ FRC、コントロールとしてモノメチル化体である FR(Me)C、および非対称的ジメチル 化体である FR(Me)2C を設計・合成した。 まず各種プローブの吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルを測定した。その結果、どの蛍光プローブにおいても hydroxycoumarin 由来および fluorescein 由来の 400 nm および 500 nm 付近に特徴的な吸収がそれぞれ観察された。さら に各々のプローブを hydroxycoumarin 由来の吸収極大である 400 nm の光で励起すると、hydroxycoumarin 由来の 450 nm 付近には弱い蛍光が観察された一方で、fluorescein 由来の 520 nm 付近に強い蛍光が観察されたことから、分子内の FRET が起こっていることが示唆された。 また、10 µM の各種プローブに対して、100 nM trypsin 存在下、37 °C、2 時間インキュベーション後の蛍光スペクト ルの変化を検討した。その結果、FRC では fluorescein 由来の 520 nm 付近の蛍光強度は減弱し、hydroxycoumarin 由来の 450 nm 付近の蛍光強度が増大した。一方、コントロールであるメチル化アルギニンを含む FR(Me)C および FR(Me)2C にお いては、蛍光スペクトルの変化は観察されなかった。以上の結果より、FRC が CARM1 によりメチル化を受ければ、trypsin との酵素反応後に測定される蛍光のレシオ値(FIcoumarin/ FIfluorescein)が減弱するため、CARM1 活性を測定することができる
と示唆された。
次に、96 穴プレート上で実際 FRC を用いて CARM1 活性を検出できるかどうか検討した。1 µM FRC, 9.3 ng/µL CARM1 (141 nM), 20 µM SAM 存在下、37 °C、3 時間インキュベーションした後、2 µM trypsin を加えさらに 20 分間インキュ ベーションし、蛍光のレシオ値を測定した。その結果、CARM1 未処理群(CARM1 (-), SAM (+))と比較して、CARM1 処理群 (CARM1 (+), SAM (+))では顕著な蛍光レシオ値の減弱が観察された。さらに、その蛍光のレシオ値の減弱は既存の CARM1 阻害剤である MS049 を用いることで CARM1 未処理群と同等の蛍光レシオ値に回復した。すなわち、この蛍光レシオ値の減 弱は CARM1 の酵素活性を反映した結果であることが示唆された。したがって、この蛍光のレシオ値の差から CARM1 の阻害 剤の評価が可能であると期待できる。 さらに MS049 を用いて、用量依存的な阻害曲線から IC50値を算出できるかどうかを検討した。その結果、用量依存的な 蛍光レシオ値の変化を示し、阻害剤濃度に対する阻害率を算出することで、IC50値を求めることができた。このことから、 本評価系を応用することで、CARM1 阻害剤をスクリーニングできる可能性が示唆された。 一方、本評価系が HTS(ハイスループットスクリーニング)に利用可能であるかどうかの評価を行うために、Z’ factor を算出した。一般に、Z’ factor が 0.5 を超える値ならば、HTS にも耐えうる適切なアッセイ系であるといえる。実際に 実験値から求めた Z’ factor は 0.67 であり、本評価系がスクリーニング系にも適用できることが示された。本評価系 は、洗浄操作が不要で、高コストな抗体を用いることなく、必要な試薬を混和するだけであることから、既存の評価系と 比較して簡便に CARM1 の活性を評価することができるため、CARM1 阻害剤スクリーニングへの応用が期待できる。 2. 触媒メカニズムに基づく一段階 LSD1 活性検出プローブの開発 リシンのメチル化はその結合の強さからこれまでに不可逆的な修飾だと考えられてきた。しかし、2004 年に Lysine specific demethylase 1 (LSD1)がメチル化リシン、ジメチル化リシンに対して脱メチル化活性を示すことが発見された。 LSD1 は DNA の遺伝子配列によらないエピジェネティックな遺伝子制御に関わる興味深い酵素であるため、研究が盛んに 行われている。 LSD1 は様々ながん細胞において過剰発現が見られるため、バイオマーカーや創薬標的として魅力的である。また、LSD1 を標的とした阻害剤開発が精力的に進められており、抗がん剤としての応用が期待されている。これまでに LSD1 活性を 評価する手法として、様々な手法が開発されてきた。最も利用される市販のアッセイキットの多くは、LSD1 の脱メチル 化反応の後に生成する過酸化水素やホルムアルデヒドを他の酵素や試薬を用いて、吸収や蛍光を有する化合物へと導く 間接的な方法が一般的である。また直接的に LSD1 の酵素活性を観察する方法として、脱メチル化後の生成物を質量分析 で定量する方法があるが、スループット性は極端に低い。そこで本研究では、新たに LSD1 の酵素活性によって一段階で 吸光や蛍光物質へと変換される新規 LSD1 活性検出プローブの開発を目的とした。
LSD1 と同様に amine oxidase domain を有する Monoamine oxidases(MAOs)はフラビン依存的にアミンを酸化し、脱ア ミノ化する酵素である。脱アミノ化活性の検出プローブとして、フェノール性水酸基を有する蛍光団に propylamine 構造 を結合させた蛍光プローブが数多く報告されている。これらのプローブは MAO によりアミンが酸化を受け、生成するイミ
ンが加水分解を受けることで、蛍光性の蛍光団が遊離するため、MAO 活性が検出できる。 また、非選択的な FAD 依存的アミンオキシダーゼの阻害剤である PCPA をリシン誘導体に共役させることで LSD1 選択 的な阻害剤へと導いた例が報告されている。すなわち、Lys 誘導体が LSD1 へと輸送するキャリアーとして働くことを示 唆している。 以上の背景を基に Lys 誘導体に吸光団または蛍光団を propylamine を介して結合させた化合物であれば、LSD1 に特異 的に認識され、そのアミンオキシダーゼ活性により、リシンが酸化を受け、吸光団や蛍光団が放出されると予想した。こ れにより、吸光変化あるいは蛍光変化として LSD1 活性を一段階で検出できることが期待される。
プローブの基本骨格として、LSD1 特異的阻害剤の例に倣って、Lys の N 末端は benzoyl 基、C 末端は benzylamino 基を 持つ骨格とした。また、蛍光団としてフェノール性水酸基を有する代表的な蛍光団である coumarin、また波長の長い resorufin、さらにサイズの小さい吸光団であるp-nitrophenol を選択し、15 種類の LSD1 プローブを合成した。 合成した LSD1 プローブを LSD1 存在下、LSD1/HRP buffer 中でインキュベーションし、時間依存的な吸光または蛍光変 化をプレートリーダー上で 3 時間測定した([LSD1] = 5 ng/µL, [Probe] = 25 µM)。その結果、p-nitrophenol 構造を有 するプローブ(PhCO-Lys(NP,Me)-NHBn)で、時間経過に伴う吸光の増大が観察された。また、その吸光増大は熱失活させた LSD1 では観察されなかったことから、吸光増大は LSD1 の触媒活性依存的であることが示唆された。一方、coumarin や resorufin を有する LSD1 プローブでは蛍光強度変化は観察されなかった。これは、触媒ポケット周辺には、nitrophenol 程度のサイズしか許容できないポケットが存在するためであると考えられる。 さらに、既知の不可逆的な LSD1 不活性化剤である GSK-LSD1 と LSD1 を 30 分間プレインキュベーションした後、プロ ーブを加え、さらに 3 時間時間依存的な吸光度を測定した。その結果、阻害剤を添加した条件では、吸光の増大は抑制さ れ、LSD1 のみの群と同程度の吸光度を示した。したがって、PhCO-Lys(NP,Me)-NHBn は LSD1 活性依存的に吸光が増大する ことが示唆された。すなわち、吸光度の変化から LSD1 活性を一段階で検出できることが示唆された。 3. 総括 本研究では、酵素活性を評価する酵素としてアルギニンメチル化酵素である CARM1、およびリシン脱メチル化酵素であ る LSD1 に対する新たなプローブの合成に成功した。構築した CARM1 の評価系は、従来のものに比べ簡便かつケミカルス クリーニングにも耐えうる評価系である。また、LSD1 の評価系の構築では、LSD1 の触媒活性依存的に吸光の増大が起こ る新たなプローブを合成し、LSD1 活性の評価に利用できる可能性を示した。 CARM1 評価系を用いた大規模スクリーニングは既知の CARM1 阻害剤とは異なる骨格を有した有望な骨格の探索を可能と し、CARM1 阻害剤の研究を加速するツールになり得る。また、開発した LSD1 活性検出プローブは、LSD1 の活性評価に応 用可能なだけでなく、本研究で得られた知見は、今後の新たなプローブ開発の一助となることが期待される。 論文審査の結果の要旨 タンパク質翻訳後修飾はタンパク質機能を制御する重要な過程であり、多くの疾患に関与することが示されている。こ れらの翻訳後修飾の多くが酵素によって触媒されている。タンパク質アルギニン残基メチル化及びタンパク質メチル化 リシン残基脱メチル化酵素はがんなどの重要疾患に関わる創薬標的酵素として注目されており、これらの酵素の制御化 合物及び制御化合物を見出すためのスクリーニング系の開発が期待されている。 太田悠平は、疾患に関わるエピジェネティクス制御に着目し、タンパク質メチル化・脱メチル化酵素(PRMT4/CARM1、 LSD1)の活性制御化合物をスクリーニングする測定系の構築を目指して、化学プローブ分子の設計・合成・評価・解析を 行い、アルギニン側鎖メチル化酵素(PRMT4/CARM1)活性のスクリーニング系を構築することに成功し、リシン側鎖脱メ チル化酵素(LSD1)活性測定法開発にかかる有益な知見を得た。 上記内容による本論文は、博士(薬科学)授与に値すると認める。