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没理想論争の論理

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Academic year: 2021

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- 94-投理想論争の論理

明治二十四年、遭遇'鴎列のいわゆる「没理想論争」が,世の注 目をあぴた。当時数多-の文芸批評がなされ始め'いくつかの論争 が繰-返された中にあっても、この論争は通達と鴎外が積極的に新 知識を取-入れてのものであっただけに'その注目度は大きかった であろうっ それ故この論争に関する文献も'以来数多くあるが,本稿では, これらの諸説をふまえながら、しかし'これらの諸説とは異なった 視点からこの論争を取-上げ、鴎外の論を中心に大きく四つの時期 に区分し、鴎外がどのように遺遥に反論しているかということに焦 点をあわせてへこの論争を追って行きたい。 二第7期 鴎外は「遭遥子の新作十二番申既饗四番合評'梅花詞集評及梓和 子」の中で'まず遭遥の「小説三派」について詳細なるまとめを行 >   ⊃ ' ︼ ヽ ノ   ^ _ 0 0 ^ ナ J ヽ LJ日引11′K /nAbrJへ 心ト 橋     本     佳   代   子 った。そしてそのあまりにも丁寧すぎる要約のあとで'性急とも思 える程の断言を行う。 かかればわれはハルトマンが審美の標準を以て、画をあげつろ はた ひしことあれども、嘗て小説に及ぼざ-き。今やそを果すべき めがね 時は衆ぬ。いで遵遥子が批評眼を覗-にへ ハルトマンが淫幾を もてせばや。夫れ固有と云ひ'折表と云ひ'人間と云ふ'その 義皆ハルトマンが審美撃の中に存ぜ-。今多くその文を引かむ もやうなし。 唯夏にハルトマンが哲学上の用語例によ-て'右の三日を寄せ ば足-なむ。固有は類想な-. カ ツ ツ ン グ ス ヂ エ 折 衷 は 個 想 ふ -'   人 間 イ ン ジ ヰ ア ア ル イ デ エ はか天地憩な-.注射 コ ス ⋮ ス ム ス この断言には'他の者のロをはさませる余地が全くなく、鴎外の 決めつけた結果のみがあるだけである。何故遺遥の批評眼(ここで は三区分)をのぞくにハルトマンの眼鏡を持ってエなくてほならな いる.

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子」の中で'まず遺遥の「小説三派」について詳細なるまとめを行 は三区分)をのぞくにハルトマンの眼鏡を持ってこなくてほならな かったのか。遭遥が分けた固有派、折東派'人間派の区分をハルト マンの類想・個想・小天地憩とどうやって同769ものと確定したの かoこの点については'鴎外は言葉を濁してしまって明解な解説は 少しもなされていない。 従来このことについては多くの人々が'遵遥が直感的経験によっ て区分した小説の三派に対して、鴎外がハルトマンの審美学を適用 し論理的に引き上げにかかったとしている。しかし果して本当に引 き上げたのであろうか。全く別のものへと変えてしまったのではな いだろうか。久松氏は、遭道が価値の差はつけないとしながらも無 意識に行ってしまった価値批判を、鴎外が明らかにしようとして, 性質から価値へと変ってしまったとされた。しかし何故鴎外が性 質から価値へと変えたのかについてはへ触れられていない。ここに こそ鴎外の無理を承知での態度があると思われる。遭遥は「小説三 派」の最後ではっきりと' 此故に評者は「勝開」と「桂姫」とをもて物語派の作とし,「此 ぬし」と「教師三昧」とをもて人情派の作とLt下に其然たる 所以を郷ぜん.敢て此四者の優劣を判ぜんとにはあらず,其質 の相異なれる所以を分析せんとす.注釦 と述べている。この近道の「優劣を判ぜんとにはあらず,其質の相 異なれる(後略)」という断言を鴎外が全く無祝してハルトマンの眼 鏡をあてはめたのは'明らかに横暴と言える行為であろう。 鴎外はその後で'何故道道の三区分が全くもってハルトマンの冨 ぅ三区分と同7であるのかを'それぞれ数行をもって解説しようと している。 遵遥子のいはく。固有派にては'(中略)「ゼネラリティ」はあ れども'「インヂヰデユアリティ」はなし。所謂固有派の死し たる概念を具ふるところ'「ゼネラリティ」を存ずるところ、こ れこそハ九トマンは類括の意を取-て類憩と名づけたるなれ. このように「ゼネラリティ」という遵道が「小説三派」において ただ哀しか使わなかった語を持ち出して,その言が遭遥とハル トマンの共通であるとしたのである。遭道の折衷派をヘルトマンの 個恵派と結びつけるにいたっては'いよいよ語勢が強まり, 折衷派にいた-ては'遭遥子活きたる観念あ-といひ,「イン ヂヰヂユアリティ」あ-といふ。足れハルトマンが個々の拾物 の意を取-て個恵と名づけたるものにあらずして㌫にぞや。 と述べている。これでは何7つ解説がなされているとは言えない. ただ頭ごなしの決めつけがあるだけである。 また鴎外の論文のはじめに遭遥の「小説三派」を短くまとめてい ることは先にも触れたがへそこの部分とこの遵遥とハルトマンの区 分が同盲あるとしている解説の部分は'内容的にみてほとんど重 なるところがない。つまり鴎外は「小説三派」を都合のよいように 途中で二つに切って'その後半の「ゼネラリティ」という語が使用 してある部分のみをピックアップしたと考えられる。 そしてもう7つ鴎外の態度として注目すべきところは,この近道 の小説の三派をハルトマンの三区分とが同7であると断言している ● ● この段階では'ハルトマンの三区分が美の三階級であるということ

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- 96-ヽ には少しも言及していない点である。この段階では'全くハルトマ ンの論については戯れられていない。ただ寮想・個想・小天地憩の 三つの言葉が唐突打、並べてあるだけである。これでは何のことか理 解する間もなく'沃めっけられたものを黙って受けとるしか方はな いようである。ここに'鴎外がハルトマンを絶対者としてかつぎ出 してくるための周意周到な手法を見ることができる。遺遥の三区分 を「小説の派を分たむとせしもの多しといヘビも'何人か能-そが 右に出でむ。」 と絶賛しておきながら'直後で有無を言わさずその 考え方はハルトマンと同じであると言い切ってしまう。そしておも むろにその後で、実はハルトマンの類想・個想・小天地憩とは美の 三階級であって'それは彼の審美学の基本となるべきものであると ハルトマン哲学を説き始める。これはハルトマン哲学へとこじつけ るための最も効果的な方法ではないであろうか。ハルトマンの美の 階級とはあくまでも階級であって'遺道の「三派の優劣をいへるに あらず」と述べていることと明らかに対立する。それを無理してハ ルトマンの眼鏡をあてはめるのであるから'少々無理が-るのは当 然であったはずだ。それを鴎外は見事にすっかり、入れ代えてしま ったのである。 このように撃々しくハルトマンを登場させた鴎外は'次に、ハル トマンの美の階級づけと引用とを並べたて唯1無二の存在であるか のような説明を加えている。そしてその後で遭遇にむかって少しの 反論も許さぬよう計算しっくきれた言葉を述べるのである。 遣遥子とても、固有・折衷・人間の三日を立てゝ流派とせしは、 あながち尊卑を其間に置かざりしにはあらざるべし。 遼遠が「小説三派」の中で再度繰り返した発言を巧妙にすり代え てしまったのである。これでは過遥の論をふまえた上でのハルトマ ン説の展開とは決して言えない。むしろ頭ごなしに遵遥の意見をバ カにし、自分の好きなように新たな解釈を設Lt手をつくして自分 の意見(この場合はハルトマン)を優位に展開させたのだと言える。 つま-鴎外はここで遵遥を適当におだて上げておいて'すっかり自 分のペースに巻き込んでしまおうとしたのである0このように'常 に遭遇より1段高い位置に立ち大きく構えて'論争を自分の意のま まに操ろうとした鴎外の態度の現れ始めが'この部分である。 遭遇をうまくおだて上げた後へ鴎外は今度は遭遇が全く書きもし なかった事について言及している。 されば遣道子が類恵・個想・小天地憩といふ美の三級を籍りも て来て'文の文界の衆生のために (後略) 遭遇は決して「類想・個想・小天地恵といふ糞の三級」を説いた のではない。いかにも遭遇が、かくのごとく述べたように書かれて はあるが'彼は決してそのような言葉は使わなかった。このように' 遺遠が固有・折衷・人間という語を喝いたにもかかわらずへ寮想・ 個想・小天地憩という語を使ったのように見せかけることは'これ から後も度々、鴎外は行っている。 この部分で鴎外は'ハルトマンの紹介-遵遥のおだて上げ-遵遥 のハルトマン化というような方法を用いて'すっかり遵遥の意見 をハルトマンの審美学の中に組み込んでしまったのである。それは ヽ     ヽ 書 ゝ 遣 ヽ こ'rh麦畑

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「小説三派」にハルトマンの哲学を当てはめて論理的に引き上げた とい骨よりも'∴すっか-ハルトマン哲学にすり代えてしまったと言 った方が'より的確である。 このような下準備をすっかり整え終った後'鴎外は遼遠攻撃に移 る。それは遭遇の三派をハルトマンの三階級に措き代えてしまった 後であるから'はるかに攻撃がた易かったわ要するに'「遭遇はハ ルトマンと岡3のことを述べようとしているにもかかわらず'ハル トマンと異なる点がある。それは全て遣遥側の-スではないか。」 とつきさえすればよかったからである。 遵通子は類憩の固有派'個憩の折薯派'小天地憩の人間派の別 巻立て、きて獅子帆をなしていはV.。級別非な-とする人あら む乎b英人は事物の平等を見て、差別を見ざる人な-o世に絶 封あを魯知-て'相封あるを知らざる人な-ら(中略)現に'・薪 憩う個駄句小天地憩の別だに知らで'批評の菜に鍵ふ輩は'か 叱陀せられむも可なるべし。然れども彼三派に優劣なしと見よ といはばいかに。 このように'はじめに「穀憩の固有派'個憩の折衷派'小天地の 人間派」と述べて'あたかも遵適がハルトマンの学説をほとんど利 用したか切ように持ってい轟'最後で'「をれにもかかわらず'ハ ルトマンの尊兄と食い違うのはどういうことか。」 と食いついてい -。この攻撃法は明らかに正当とは亭見ない.これを皮切りとして 鴎外は遭遇の不備な点をことごとく例を上げて並べたててい-ので あ る 。 ダアヰン、ハッタスレエが説'澄妄哲理に優りたるはダアヰン、 ハ.ツタスレエが説の中に世界の義理あればなり。謬婁哲理の彼 等が節約説に及ぼざるは'をの謬毒なるためにこ&,、・苛-もt y世紀の哲拳銃といはれむものは'ダアヰン'ハックスレ五、が 説をも容れざるペからず。 この鴎外の反論は「小説三派」の 哲学の名は脅しといヘビも其の説まことに高からずば、まこと に深さ料率に及ぼざること達し。ダーヰン'ハタスレ-の翠説 一をもて謬素なる猫断哲理に劣れりといふは狂愚なり。 という部分に反論したものである。これは遵道が鴎外につけこま れるペ昏例を上げたので'このような結果になったと思われる。ダ ーウィンのような名実共に有名な科学者の学説と'内容のないいつ 0 0 0 わりの多い哲学理論と'その内容の充実度において比較しようとし た遺通の方に-スがあった。各々の説の内容が充実しているか香か で、「哲学」と「科学」.を比較することはできない。鴎外は'遵適 の比較の甘さにつけ込んだのである。をして 「(ハルトマンが十ダ ルヰニスムス」の論を見よo)」としてtJハルトマンを東上高くかざ し'哲学はたとえダーウィンなどの科学者であっても'全く足下に さえ及ばないものであるとしだ。 また次に鴎外は、遵通の梅と桜の例を取り上げて反論しているが' これは鴎外の曲解であろう。 然れども寮憩と個憩との別はおそらく梅と樺との別に殊あるべ Lo花に轡へていはゞ'類憩家の作も個患家の作も',おなじ棟

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∫ : -98-4 ・花なるべけれど'かなたは日蔭に咲きて、色香少く'こなたは 一「イン甥ビラチオン」の朝日をうけて, '匂ひ常ならぬ腰花の如 しとやいふべからむ。 これは迫適の 間々第三派の娘をもて第7派を評し、′若-は第三派の眼をもて こ と ご と く 第ノ7派を評Lt徹頭徹尾取る所無しと挟殺する者あ-?(中略) .梅も棟も其花たるや山.つなり?▲然れども花に種々の別あるは等 ふり ふ可らず。{中略)吉たる梅園に就きて其花の模ならざるを笑 ふ風流雄の名にも似ではしたなきかな千 という部分を受けたものである。ここで消遇は'同じ花であっても' 梅と桜が全-同]線上に並ぶことができないように'小説の三派の 中でも比較は不可能であることを述べた.かったのである。梅と桜と いう全を別の花を用いたところに'遵道の実例の価値があったo L かしそこのところを鵬外は'同じ桜の花を引き合いに出してしまっ て'道道の意図を少しも振り返ろうとはしていないのであるO何故 遭遇が梅と樺とを持ち出しかについでは'少し-考えてみようとは していないのである0 ′ このように鴎外は、.遭遇の取り上げた実例ばかりを追ってケチを つけでいる節がある。そこには表面的なものを論じるばかりで'遭 遇の論を裏から塵解しようという態度が見られないLTd当然理解を 示していない.ただハル巨マンの学説を体当-でぶつけていこうと いき高飛車な態度が見られるのみである.. ∴「か説三線」.における遭遇を攻撃する最後のものとして、鴎外は っいに全く遭遇の「優劣をい下る・に偽らず」十・i)いう根本的考えを無 祝 し 、 覆 す に 至 っ た ? 0 7冶遥子は我文界に小天地憩の人間派なきを認めき。(我国はい まだギヨオテ'シエクスピイヤを出さず・。)∵遵道子は我萄作家 を以て類憩の固有派に廃せ-となLt我新作家を以て至ら至だ ざる個憩の折裏派となしっ-。われは此評の穀を噛嘩きて'其肉 の甘さと夷核の苦さとを味ふ0人間派なきは大詩人なきなり。 .妙手なきなり。萄作家の固有派に展するは'其凡手なるためな 湾Q新作家の折裏派に屠するは'其中家数たることを免れるざ た め な り 。                                   ︻ 人間派つま-鴎外のいう小天地憩の区分に当てはまる人物が日本 にいなかったのは、「大詩人」や「妙手」がいなかったためである と鴎外はいう・.しかし遭遇はあくまでも「人間派」つま-「最狭さ 意義にていふドラマの結構」へ「人の性情を因として軍輿を縁とする もの」という分類にあてはまる作家がいないと言うたのである。そ れを大詩人などに置き替えてしまったのでは'遣遥の意図とするこ ろと全Y違ってしまうことになる?しかも〝大″一とか. 〝妙″の字の 意味するものは'二般に貰う了〝詩人″よ-も'世間的評価の高い人' 有名な人'その人の作品が普及している人などという価値感や'撃 のたつ人'技術的にも内容的にも優れている人などという評価を庵 伴う9そこには当然'・レベんの高さ寸、優劣が存在する9tここで鴎外 は'決定的に'しかしそれとは解らぬ.ように']・遭遇の雷をすうかり 優し'すり代えてしまったのである。 ヽ けPtU∼は ビま政⋮好野げ)つ.に0

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月 哉 ㍊ ー 旭 は 戊 チ このような鴎外の対処のし方は小説の三派のみにとどまらず、バ次 の詩の二派の場にも'はんで押したように同じである。 ㌔遵通子が叙情'世相の二派は'ハルトマンが審美撃上より見る ・ 'ときは'叙情詩'叙事詩の二門に嘗れ抄。 ・このように遭遇が区分した詩の二派をハルトマンの区分と同じも のであると決めつける前には'前回と同じように':7応遭遇の説の 大要を示している。その後でハルトマンと'ゴットシャルの童審美 学﹄や﹃詩学﹄などをどんどん引用して理想主義,実際主義の違い, 引いては遭事詩'叙情詩についてまで言及してい畠。そしてやはり 類怨よりも個憩を尊ぶハルトマンの説を導入し'魔道の説澄その中 に 組 み 込 ん で し ま う の で あ る 。                 , こゝに所謂理想詩をば'類想詩と解しても善かるべく'又(謡 .曲のある部分をも除かば)叙事詩と解しても尊かるべし。 また最後には'鴎外自身がハルトマンの裏の理解者であり紹介者 であるということを決定付けさせるべく'恵月を相手にして皮肉っ ている。 このような鴎外の態度には'遭遇の論を切軒きざんで適当にバラ Lt自分にとって都合のよいものを'又は当-さわりの少ないもの を選び出して反論するいう態度を見ることができる。長い目でみれ ば'由適がこのような論文を書くに至ったいきさつや遭遇の論の本 質を全く考えようともしないかったこのような鴎外の態度に、投理 想論争の根本的食い違いの原因があった。 :J:鴎外の論はここで7転して「批評の手段」について論じ始めるo 小島改二郎氏がt T森鴎外研究」め中でTlIそこ倭では無感だ︰っ七〇 た が三相して、先生が「批評の手段」を諭ずるに及んで・.7肝か郡憩 投理想の論軍を生ずるに撃ったのである。」養されているように? この部分の微妙な言葉の言い回し'特に(・41日薬の選び方用い方が, 後に単年以上庵長々と論争を続けるきうかけ七ならた。.それは遣遠 が批評とは帰納的(・没理想約へ由学的であるべきであって標準や理 想'噂好に左右されてはいけない、演禅的であってほならないとい ったことを中心とんで(・:鴎外が反論する部分である。しかし﹃志か らみ草紙蟹の二百以上にも渡る鴎外の瀞は∵「棟.空も・「理想」と いう遭遇が用い七韻語″毒取り上げた例億どを右や滋から.つつき 回しているという様子を墨している. 然はあれど観察も層-'研究し撃-て判廟を下さんず渇暁乾は. 帆壷想懸かるぺけむ鳶標準なかるベガ^Tgや。.姦悪とは優美的観 念なり.標準とは層突撃上絃古今の美術をみて'締約心得忠渇 エ ム ピ リ イ 緯験則なり。 この文に始って鴎外は'盛舌なる論弁家のごty遭遇の論壇たた く0↑ いもむし 鰯を昆盛なりといか'拙き小説家を固有派なりといふと蓬は' きは 衰際におのづから褒殴存ず。足れ演鐸由批評ならざらむやは いを虫を昆虫で卦か.完の小説家を固有派であ各と判断を下す ときにはへ必然的に「褒皮」が存在すると鴎外は反論したoしかし、 彼はここで遵遥が埋けた「褒定」という語をや意味が前後でうまく っながらないにもかかわらず無理矢理に使用している。「褒腔」と

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-100-はいうまでもな-'はめることけなすことであって'いも虫を昆虫 だと区別するときや山人のか説家を固有派であると区別するときに' はめたりけなしたりは決して行わない。ただをの対象となる事物の 性質'樽質を観察し'調査し'検討した上で各々の区分きれた軽の 中に振り分けるのみである。はめた-けなしたりする価値づけは行 わ な ・ い ? また演帯とは'普遍的命題から特殊愈過を引き出すこと'もしく は.叫般的に組み立てた理論によって特殊な命題を説明することであ るQつまや遣適は'.t人の小説家を見るとき世間l般に下されてい るをの人物の評によってをの人物を評価したり価値づけたりもては ならないとしたのである。世の噂に惑わきれず自分自身で培った目 をもってをの人物を見よというのが、遵道の考え方であったoこれ に対して鴎外は'一人の小説家を固有派なりと言うことは'演縛的 批評となると反論したpつまり〝固有派″というl般的妃組み立て た理論によって7人静か説家を説明すると、鴎外は見たのであるo Lかしこれでは道道と全く着眼点が違ってしまい'反論をしている 意味がなくなってしまう。このように論理的にみて節の通らないも のや'少しも追遇の論文の意味するところとかみ合わないもの脊振 -回して'鴎外は反論したのであ名Q また遭遇が'動物学者が対象たるべき動物を見るごとく'理想を 離れて評すべきだ七いうことに対しては' ・・ト動物をきはむる学者の心は'㌧健の常砂用をばげに間はざるべけ れど、進化説を唱ふる人は、微鹿を解剖するときも、おのれが .・懐ける説の旨に憾はむことを願はざるにあらずo唯料率の公心 あるをもで、預期せしところに反せし事賓をも,冨はで止むご ときことなからむのみo と反論レている¢植物学者が植物をみる¢動物学者が動物をみる。 遭遇はここでは'自然科学者としてどのように対象に携わっていく かというその釆際の方法'手法を問題にj-ているのである。決して、 学者たちの自分の学説に対する不安や希望'または彼等の利害関係 など!督問題催したわけではない。ここで鴎外は'大きく遭遇の意図 するところとすり代えたのである。これは鴎外が誤って犯した-ス というよりは'自身分っていたのではないだろうか.をして鴎外瀕 この部分を実例として用い'結果として批評たりと鴻「用沿有無」 を考えて批評しなければならないとしたoしかし遭道は'益沿有無 を離れて科学的に批評をなきねばならないとしたのであって'〝益″ と露〃とで偲全く意味が異つてし辛つ。鴎外は遵遥の意図す渇七 ころを都合よくすう代えることによってへ自分の翰曹っまく運ぼう としたのである。岡崎葡患氏はこの部分を 要するにこの前哨戦では、遵遥の泰術様式殴定説を黄畢的に訂 正して'憤値的・品等的意義の重んずべきことを明かにLt遭 遇の償値判断排斥説に射して'単なる自然料率的記述の如きも のに留まるべきでないことを主張するのが'鴎外の篤さうとし たところである。鴎外は此塵でなほ境遇の説にかなり賛意を愛 し'脚かそれを訂正するといふ程度の穏やかな態度を持してゐ るのであるが'これが「役理想」論に入るに及んで'激職の形

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ヽ一刀イ与] t H H r   ・ -一を採るに撃ったのである。    ∧本学54年度卒業生VI と評きれたOT.しかし'・遭遇の義絶様式設定説を価値的意義を重んず るよAft費学的に「訂正」したのではなくへ・遭遇の義術様式設定説を 鴎外は'すっかb審美学の名を借りて芸術階級設定説に変えてしま ったと考えるのである。また遭遇の価値判断排斥説に対して'自然 科学的記述の如きものに固まるべきでないと主張したということも' 遼遠の諭を少しも踏まえず理解を示そっともしないで暴走した結果 であろう。.独自の諭を導き出すために遵遺跡諭を曲解し勺をれを足 掛りとしてハルトマンを振り回したのだと習えよう。 3 、 注 引用文中の傍息'傍線は全て省略した。 鴎外'遵道の論文名の下に掲載きれた号数が記されているもの があったが、全て省略した。 「遣道子の数作十二番中晩饗四番合評'梅花詞集評及梓面子」 ﹃ 志 か ら み 草 紙 ﹄ 2 4 号 ' 明 2 4 ・ 9 「 小 説 三 派 」 坪 遣 遥 ﹃ 現 代 文 学 論 大 系 ﹄ 1 ' 昭 3 0 ・ 1 1 河 出 書 房

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