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フランス国営企業に対する国家統制 -- その必要性と必然性 --

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(1)フランス国営企業に対する国家統制 ーその必要性と必然性 一. 堀 I. は. じ. め. 田. 和. 宏. に. 国営企業は産業ならびに企業に対する国の統制方法の窮極的形態である という観点から、 国営企業の成立史を国と企業との間の統制関係の進展の なかに求めようと試みてきた。 本来、 国と企業の関係が成立するのは、 企 業が私有制による私的性と特許賦与もしくは経済政策に基づく公共性とい ぅ矛盾を内在しているからであり、 したがって、 国と企業の関係は統制と 保護の関係として把握することができた。 そうして、 この両者の関係が進 展するとは、 企業の公共性の問われる比重が大となるにしたがって、 その 関係が統制の側に傾斜することを意味したのである。 しかしながら、 企業 のもつ矛盾それ自体は完全には止揚されていなかったのであって、 それは 企業の国有化を待たねばならなかったのである。 しかしながら、 国有化以後の国営企業は新たにその公共性と企業性との 矛盾を抱くに至った。 それは国民の自主管理を目的とした経営自治を賦与 されたと同時に、 独立採算制の導入によって企業としての活動が義務づけ られたからである っ これに対して、 国営企業の公共性には公的所有と経済 計画化という新たな要素が1寸加されることによって、 国営企業のもつ矛盾 はむしろより高められより強め られ る結果となった。 本稿ではこの矛盾は 国有化以前の企業に見られたように、 企業性の犠性の上に公共性の比重を 高めることによって解消せざるを得ないという論拠を示し、 国営企業の統. -319-.

(2) 制強化と不採算経営への方向がむしろ容認されるべきことを論ずるもので ある。 注 (1 ). 拙稿. 「. フランスの国営企業の成立 」一 その歴史と物的基盤—公益事業研究 、. 第21巻第 2号。 拙稿. 「. フランスにおける電力事業の公営化 」 (1)-公営化以前の統制制度の進. 崩経学叢. 展― 拙稿. 「. N0.32. フランス銀行の国有化」(1)-国有化以前の統制制度の進展—公益事業. 研究、 第23巻1号(予定). II. セルビス. ・. ピィブリック. (service public) に基づく国家統制. 1946 年の電カ・ガス• 石炭の国営化は端的にいえば、 産業の社会化とい う理念を具体化したものであった。 甚本的には、C.. G.. Tの掲げてきた. 「国家化されない国営化」を具現したのである。 こういう経営管理制度の アンティ. ・. エタティザション (Anti-Etatisation) と同時に、他方では、国. 営企業の組織(企業形態)も国家管理から自由な組織が保障されることと なった。 国営企業はなによりもまず経済組織体である。 したがって、 全般利益に おいて機能するとはいいながら、 その全般利益は優れてある種経済的任務 を果す限りでの全般利益である。 そこで、この全般利益を充足させるため には、国営企業は. 般私企業と同じく、まず資本主義的経済法則や経営管. 一. 理の諸原則に服して機能しなければならない。 現に、国営企業はこの理念 の下に、財政自治を有する法人格を与えられた商工業的公施設として組織 された。 私企業分野では、これら法則や原則は経営実践のたんなる指針に すぎないが国営企業においてはむしろ準法規となったのである。 とりわけ、 財政自治から生ずる独立採算制は法の定めた義務となっど。 それが真に成 り立っためには収益性に反した財務的作用を与える国家の諸施策は避けら れねばならない。 こうして、 国家にあらざる国民の共同体管理という原則 を除外したとしても、国営企業は国家の行政的統制理念や統制手法から離. -320-.

(3) れたところに存在し、 経済的企業としての経営自治を保障されたのである。 ここにおいても、 アンティ. ・. エタティザションが貫徹されるはずである。. しかしながら、 他方では、 このアンティ. ・. エタティザションは大きく限. 界づけられねばならない。 それは国営企業は国家によってある種の活動条 件を与えられるのであり、 また国営企業はそういうものとして制度された からである。 すなわち、 一 つは国営企業がセルビス ・ ピィプリックの企業で あるからであり、 いま一 つは、 国営企業がセルビス ・ ピィブリックの企業で あると理念され、 全般利益において活動するものと理解されたからである。 電カ. ・. ガスは国営化されたことによって、 それ以前のセルビス. ・. ピィブ. リックによる特許の規制と統制から解放されたのではない。 他方、 石炭. ・. 銀行・保険のごときは本来セルビス・ ピィプリックではないが、 戦後、 こ のセルビス. ・. ピィブリックの理念が無差別に拡大され、 これら企業の顕著. に具有する社会的性質がセルビス. ・. ピィプリックの全般利益と接合し、 そ. の中に包摂されてきて国営企業はセルビス ・ ピィプリックの全般利益とい う名において統制を受けねばならなくなったのである。 電力事業に代表されるセルビス. ・. ピィプリックによる公益事業制度は、. アメリカで典型的に見られるごとく、 消費生活にとって必需のサービスを 提供するがゆえに特種の統制が行なわれると理解された制度であった。 こ の制度はいわゆるパプリック. ・. インスタントを有するサ ー ビスという観点. より形成され、 社会公益を主体とした公共性を具有するものと観念されて いた。 フランスにおいても、 事実、 当初このような観点から電力事業の統 制は行なわれたし、 経済目的にあらずして、 社会的 ・文化的目的による国 2). 家統制と理念されてもいるのである。 しかしながら、 公益事業が一 般私的事業と区別される点は、 一つは消費 生活および社会生産活動に必需のサ ー ビスを提供するところにある。 公益 事業の生産するサービスの社会的・経済的ファンクションに基づく社会的 ・経済的公共性によって他と区別される。 生産の社会的性質が著しく大で あるということに外ならない。 そこで、 公益事業が生産するサービスそれ. -321-.

(4) 自体のファンクションは消費生活にとっての必需性を充足させるという意 味の社会公共性のみに終わるものではない。 いうまでもなく、 社会生産上 必需のサービスをも同時に提供しているのであり、 この限りで生産活動の 必需性をも充足させるものでなければならない。 そこで、 セルビス. ・. ピイ. プリックの公益事業はいわゆる社会公共性と経済公共性の二つの側面を具 有している。 フランスでは、 これらが無差別にされることによって全 ー的 な全般利益 (interet general) の概念が生まれている。 しかも、 少くとも 第一次世界大戦後から、 例えば 電力事業は経済公共性において理念され、 かつその後、 国家の経済利益において役立てられてきたのである。 具体的 には電気料金や賃金の国家の産業経済政策的な決定において、 また、 発送 配電部門の経済政策的再編成が企図されたところに見い出される。それは、 フランス経済が早くから国家干渉の統制経済制度の時代に突入していたた めである。 自由主義経済制度あるいは自由主義経済思想に下にあっては、 セルビス ・ ピィブリックにおいても、 国家の統制は部分的であり、例外的 • 断続的であり、 技術的であった。 ちなみに統制機関はセルビス リックの担当部局であって、 統. 一. ・. ピィブ. 的な政府としての国家ではない。 国家の. 経済的公共性という理念の下で統制を受けることはないのである。 自由経 済制度の下では、 国家の任務は自由制度を維持存続させることに尽きるの であり、 それ以上ではないからである。 国家の統制は自由経済制度を破壊 する私的独占体の排除とその統制という点に集約される。. しかるに、これが統制経済制度にあっては、国家の統制機能は自由経済制 度の独占統制に止まることはできない。 セルビス. ・. ピィブリックも「特許. による独占」 の統制に服するだけではない。 国家の経済政策の用具として 役立てられねばならないのである。 セルビス. ・. ピィブリックは優れて生産. 活動上必需のサービスを供給するからである。 経済公共性において役立て られてくる。 フランスのセルビス. ・. ピィブリックの統制制度は戦前すでに. この域にまで到達していたといえる。鉄道あるいは電力の事業において明. - 322-.

(5) らかである。 電力事業はほとんど全域的に国常化されたが、 それが故に 、 経済公共性 において国家の統制が新たにつけ加えられることはなかったとさえいえる。 むろん、 特許制度は国家と国営企業の間に介在したままであるし 、 産業経 済政策的統制もすでに経験済みで、 新しい国常企業もこの種の統制から自 由ではなかったし、 また自由となる理由を有しなかった。 国家統制は計画 経済下において引続き要請されたのである。 ただ、 戦前のセルビス プリックは私企業経常である以ト. セルビス. ・. ピィ. ピィブリ‘ノクとして、 特に. 経済公共性において特殊の国家統制に服するといいながら、 一定の枠内で 利潤追求活動は保障されねばならない。 セルビス. ・. ピィプリックの国蛍化. は収益性の否定という可能性を増大させたことによって、 計画経済への役 立ては 一 層充足され得ることとなった。 つまり、 本源的に社会的生産の確 保という経済機能を有する国家が統制経済ドに経済公共性を具有するセル ビス. ・. ピィプリックを自ら常むに至ると、 私蛍であるがために 収益性にお. いて制約を受けざるを得ないセルビス ・ ピィブリックの経済公共性を自ら の本来的経済機能の名の下に 、 そのサ ー ビスの経済公共性をそのまま具象 せしめ、 セルビス ・ ピィプリソクを. 「. 国家の手 」 の完全な用具になし得る. からである。 他方、 戦後の国蛍化は企業としての生 産性原則あ る い は 収 益性原則を 忘れた、 セルビス. ・. ピィプリ ・ ノクの無差別の拡大によって理念され、 いわ. ば全般利益に おいて理念されすぎたのである。 それは 一 つに は窮乏した経 済において経済的諸力をすべて動員する必要から生じた理念であろうし、 一つに は、 共同体利益という主義上の理念によってであろう。 イギリスでは、 生産性の原則が. 「. 国営化」 を支えたのに対し、 フランス. では、 国営化を支配したのは 、 あるいは制度改革の政治的性格をあからさ まに支えたものは、 セルビス. ・. 3). ピィプリックという理念なのであった。 石. 炭をはじめルノにおいても国営諸企業はすべて全般利益においてセルビス u/. ・ ピィブリソクと概念され、 あるいは混同されるに至った。 もはや本来の. - 323-.

(6) 意味を失ったのである。 元来、フランスでは、 経済的セルビス. ・. ピィプリックという概念はきわめ. て偶発的ともいえる概念であるが、 特許、 貨貸借の場合を除いて、 従来お よそ三つの要件を同時に 有するものと理解されていたようである。 すなわ ち、公共組織体であること、全般利益を課せられていること、 公法の手続き を用いる権利と義務を有することの三つである。 つまり、 全般利益を有し、 全般利益に奉仕する公法の手続きを用いる公共組織体というべきであった。 しかるに、 セルビス. ・. ピィプリックの概念は公共組織体という基準から. 離れて、 私的組織体にも充用されることとなり、 もはや、 セルビス ・ ピィ プリックは. “. 組織. ”. に基づく概念規定によっては必ずしも把握できなくな. った。 第2に、 全般利益という機能的把握においても、 その限 界はますま す拡大され、 これによってセルビス ・ ピィプリックを規定することはでき なくなってきた。 例えば、 社会主義社会にあっては、 すべてのサ ー ビスは セルビス. ・. ピィプリックであり、 もしくは、 少くともあらゆるサ ー ビスが. 義務を負うものである。 もし仮りに、 必需性概念を援用して、 必需性のあ るものと第2義的のものに区別し、 これによってセルビス・ ピィブリック を理解し ようとしても、 必需性の概念自体程度の差でしか律し得ないし、 この基準自体が種々の要素の函数でしかない。 厳格な計画化経済制度の下 では、 経済活動が複雑で、 かつ他律的であるだけに、 あらゆる諸活動がわ ずかの欠乏、 不足によっても影響をうけ るというごとき相互依存の関係に 立っている。 そこで、 コスト概念は、 社会的· 経済的あるいは政治的な至 上命令が下されれば、 いかなる生産、 サ ー ビスからも直ちに消滅するとい 8). う傾向を有することとなる。 自己没却 (effacement) がセルビス ・ ピィプ リックの一つの基準となっていくとさえいえる。 こうして、 セルビス. ・. ピィプリックの伝統的でかつある種客観的基準を. もつ概念よりも、 主観的な基準しか有しない概念が選ばれざるを得ない。 すなわち、 セルビス ・ ピィブリック手法で充足させようとする全般利益の 必要性ということであり、 そこで、 国家の意志だけが考慮すべき唯一の基. -324-.

(7) 準となるのである。戦中、戦後、あらゆる甚幹諸 産業がセルビス・ピィプ リックとして理解され、全般利益において機能すべしとされたのは正に国 家を代表した改革諸勢力の意志によったのである。 そも そもセルビス・ピィプリック制度は多数 の特権と多数の義務により 特質づけられるべきもので、この限りで、セルビス・ピィプリックの制度 は最大限の収益性追求がサ ービスの質と矛盾すれば、欠損経営となること を強制し、また欠損経営となることを認めるものである。 事実、国営化はある種経済諸活動を全般利益の充足に方向づける. 一. 手段. として提案されていた。 統制経済の時代ですら、国家は私的経済活動を外部から統制してきたの であり、国家は 戦後の計画経済においても生 産目的、投資計画、作業方法 などに対する示唆を間接的に手続きするのみである。資本制経済の維持の ための計画化であるからである。 その代りに、国営部門が国家に対して経済への活動諸手段を提供するの である。国家財源・全般利益といぅ旗印が従来の市場諸法則から国営企業 を切り離すのに利用される。収 益 性は もはや投資 の条件ではない。価格 は生 産費の原則から分離されてしまう。国営企業が機能する その諸条件の 決定者として、国家は自ら その諸効果が私企業すべてにゆきわたるような 指揮のテコを保持するのである。こうして、全般利益の国営化の政策は国 家に、 全体経済に行動する手段を与えるに至ったのである。 ひとたぴ全般 利益である として国家が要求するならば、経営は損失の状態を受け入れる こととなる。これがセルビス・ピィプリックの本質である。国家は補償を 与えることなく、損失を企業に負わせることもできる。国家が自ら営む公 "). 企業であるがゆえに それが可能となるのである。 しかしながら、独立採算制による財政均衡が市場活動から生ずることが ない場合、 その限りで国家はセルビス・ピィプリックの損失を補填する。 そこで、国家は債権者の立場となってf責権者の諸権利をもとに そのセルビ ス・ビィプリック に対位することとな尉;. -325-.

(8) こうして、 セルビス. ・. ピィブリックの理念それ自体が国家の厳格な統制. を招来する淵源であるといえる。 さらに、 この全般利益に奉仕するセルピス. ・. ピィブリック制度の尊重と. 企業の収益性の追求という二面をいかにして均衡させるかという課題は企 業経営の側に委ねられており、 均衡のための手法や収益性の追求のイ ニィ シャチブは企業のなかで 保障されてはいる。 確かに、 財政自治を有し法 人格を保障された商工業的施設なのである。 しかしながら、 この種課題は 適当な監督によりつねに国家の段階で解決されるという可能性が前提でな ければならない。 国家はなによりもセルビス ・ ピィブリックの全般利益を 代表しなけ ればならないからである。 このことは国家. (Etat). の権限から. 国民 (Nation) の企業を切り離すことが不可能であるということを認めさせ ることであろう。 注 1). 例えば 、 電力 、 ガス国有化法の第4条は 、 「フランス電力 、 ガスの業務は経営 、 資本 、 投資に関する一 切の負担に堪え得るように行わなければならない」 と 規定した。. 2). A Tautscher, Les Fonctions economiques des Entreprises publiqu­ es. Revue de Science et de Le gislation Financieres, 1952, Tome44, No2. p. 341.. 3). 消費生活に必需であって、 生産活動に必需ではないという論拠を示したもの は存在しないし、 それを論証すべくもないであろう。 、)C言を要しまいが 、 例えば 、 必需性という概念である。 これを仮りに価格 の需要弾力性 、 あるいは所得の弾力性という点から理解するならば 、 消費生 活にとっての必需性と 生産活動にとっての必需性の相違は現われてはこない であろう。 いずれも 一般に非弾力的という性質を有することが明らかになる にすぎない。 そも そも 、 必需性ありやなしやの論議は無意味なのである。 な ぜならば 、 「必需性」 という概念は経済発展の程度 、 経済思想、社会経済政策 、 社会思想等々により規定され 、 「必需性の枠 」 の広さは変化するからである。 「必需性 」 はセルビス ては 、. 4). ・. ピィプリックとしての公益事業制度生成の甚準とし. それら諸要素の函数であるがゆえに固定的なものではないのである。. 1946 年 4 月 8 日法 、 36条。「本法に甚づいて国有となる電力またはガス事業の. -326-.

(9) 特許を譲り受ける公施設は現在効力を有する特許明細書の規定に従わなけれ ばならない。 国 、 地方団体 、 および場合により第三者は前段の 特許明細書および その他 すぺての協約に基づく権利を保持するものとする。 5). H. Laofenburger, Quellques aspects inattendus des nationalisation. Revue de Sciences et la Legislations Financieres.. Tome 44, 1952,. pp. 521・522.. 6). ある種事業が競争的分野に属し 、 国民経済活動にとって不可欠のものではな あ国常企業においても 、. その機能の性質によってではなく 、. 任務によって全般利益の公企業となる。その典型は ルノ. ー. その与えられた. である。ルノ. 化法の提出理由の中で 、 「国 民 経済 に とって き わめて重要な. ー 国有. 一. 活動部門を全. 般利益に従って運営するという国家の意志が確認されたのであり 、 また 、 その 国有化法において、「 ルノ. ー. は· …••国民の絶対的利益 (I'interet exclusilb. …… とされ de la Nation) において、旧会社の運営を継続するものである。 」. ている。セルビス. ・. ピィプリックと公企業のはなはだしい混同が行われたこ. とは確かである。この種混同は全般利益の理念で整理されてしまったといえ よう。 7). Andre G. Delion, L'Etat et Jes Ent reprises publiques, 1959, p. 23.. 8). De!ion, op, cit., p. 23.. 9). 国営企業の国営それ自体がまた全般利益の性格を有する。国営企業が利益を 奪われ 、 欠損で運営されている場合ですら 、. それが有用であるのは 、. それが. 経済の 全般的公共機能の中にある限り否定できない。国営化の最嵩目的であ り 、 本 質である全般利益を追求する限り 、 国営企業は企業の収益性原則から 解放され 、 あらゆる場合に全体として考えられる経済の 生産性の向上に貢献 するのである。 そこで国家全般の利益にとって重要ならば 、 個別の企業とし ての国常企業の収益性は否定される。公企業 それ自体が全般利益に奉任する 公共性 を具有するのであって、その収益は本質的に迂回的な収益性として規 J. 定されよう。 いわば、 国蛍企業が利他的性倍 (uncaractere altruiste) を有 するのである。 10). Tautscher, op, cit., p. 345. 11). 国営諸企業が国家財政に多大の負担をかけたということから 、 f貨権者の立場 として 、 議会が公企業統制のための議会の分科委員会を創設したごときであ る。 Georges Lescuyer, La Controle deじ£tat sur Jes Entreprises. -327-.

(10) National isees 1 962,. III い ま一 つ 、 ア ン テ ィ. pp. 1 06- 1 07. 経済計画化に基づ く 国家統制 ・. エ タ テ ィ ザ シ ョ ン を限 界 づ け る もの に 、 特 に 戦後. の フ ラ ン ス経済 に お け る 経済計画の制度 が あ っ た 。 国蛍企業はなん と し て も 国家の経済政策の作用を受 け る 。 た だ 、 作川を受 け る そ の態 様が 経済体制 や経済思想 によ っ て 規 制 さ れ る 。 そ も そ も 、 国家は本来的 に 経済機能を所有 し て い る もので あ り 、 国家 と 経済 と の関係は し た が っ て 本源的で あ る 。 い かな る 経済制 度 に あ っ て も 、 生産は社会的生産で あ る 。 社会的生産 と い うのは生産の基礎が社会で あ り、 生産の 目 的が社会の再生産で あ る と い う こ と の 意味で あ る 。 と こ ろが私有 財産制 度 の 資本制経済社会 に お い て は 、 個別の 自 由 私企業 によ っ て 生産が 行 わ れ る た め に 、生産が社会を基礎 に し て 行 わ れ る こ と が示 さ れな く なり 、 さ ら に 、 利潤追求 目 的の ゆ え に 生産の 目 的が社会の再生産で あ る こ と は 隠 さ れ て し まう。 し か し なが ら 、 資本制生産社会 に お い て も こ れが一 つ の経済制 度 と し て 存続 し ぅ る のは 、 資本制 生産様式 に あ っ て も、 結 果 に お い て は生産が社会 の再生産で あ る と い う最終 目 的を達 成 す る こ と がで き る か ら に ほかな ら な い 。 国家は こ こ に い う 「 社会」 を総括 し た と こ ろの一 形態で あ る 。 国家は 決 し て 社会 と対置 さ れ る もの 、 社会 と は区別 さ れ る ものではな い 。 資本制経済社会 に お い て は 、 い ま い う 意味の国家 は 生産活動を抱束 す る ものではな い 。 た だ し 、 自 由私企業の競争 によ っ て 、 い わ ゆ る. 「. 見 え ざる. 手 」 が社会の再生産を保障 す る 限り に お い て で あ る 。 ひ と た び生産が そ の 最終 目 的を 果 し え な い 時 に は 、 社会は こ れを要求 し な け れ ばな ら な い 。 資 本制経済社会 に お け る 国家の経済活動 に対 す る 干渉を こ の様な意味で把 え る べ き で あ る 。 国家の経 済 に対 す る 関係は し た が っ て 、 本来的で あ り 、 国 家の経済干渉は生産 と 社会 と を本来的な あ り方 に 結 びつ け る もので あ る 。 要す る に 、 国家は社会の総体で あ り 、 生産は社会を基礎 に し て 、 社会の. - 328 -.

(11) 再生産 の た め に営 ま れ る 。 そ の 限 り で社 会の 総体 と し て の 国 家 は 経 済 の 本 源 的主 体 で あ る 。 た だ 資 本制 経 済 社 会 に お い て は 、 「 見 え ざ る 手 」 の 作 用 し. な い 、 作用 し え な い 部 分 や時期 に お い て 、 主 体的行動 を 行 う こ と が本 旨 で. あ る 。 戦後 の フ ラ ン ス 経 済 は 国家 の こ の よ う な 行動 を 要求 し た 。 国 家経済. へ の積極的 テ コ 入 れ を 必要 と し 、 積極 的経済統制 、 そ の 一 つ の 表現 と し て の経済計画化 を 余儀 な く さ れ た の で あ っ た 。 国家 は. 「. 自 ら の 手」 を 用 い て 、. 経 済 の 混乱 を 解決 し 、 資 本 制 市場 の 均衡 を 果 さ ね ば な ら な か っ た 。 国営諸. 企 業 は 優 れ て 社 会的 性 質 の 顕著 な 生 産 サ ー ビ ス を 供給 す る 。 国家 は. 「. 見え. ざ る 手 」 の 用 具 と し て 自 ら の 企 業 を 積極 的 に 利 用 す る に い た る の で あ る 。. 国家の経済干渉 は 国 家 の 有 す る 本源 的経済機能 に お い て で あ る し 、 国営企. I業の 国家統制 は 国 営企 業 の 具 有 す る 社 会 的機能 お い て 本源 的 で あ る 。. 戦後 の フ ラ ン ス は 、丁 度 1 934年 の C · G · T の綱領 で も 暗 に 認 め ら れ た も の. ーす な わ ち 、 国 家 の 干渉 は 国民経済 を 軌道 に 乗 せ る た め に は 不可 欠 で あ る. ー と 非常 に よ く 似 た状態 に 呻吟 し た 。 フ ラ ン ス は 戦 後 の 荒廃 し た 国 民経 済 を 軌 道 に 乗 せ ね ば な ら な か っ た 。 そ の た め 、 他方 で経済 の 計 画化 を 実施 せ ん と し た 時期 で あ っ た 。 と り わ け 、 国営諸企 業 が基幹産 業や セ ル ビ ス. ・. ピィ. プ リ ッ ク に 属 す る だ け に 、 計 画 化 に 統 合 さ れ れ ば大 き な 効 力 を 生 む こ と に な る 。 こ の経 済 計画 化 は 国営 諸 企 業 の 国家 の指 揮を 除 い て は 概念 さ れ え な. い も の で あ っ た 。 国 家 の 干渉 は 、 こ の 意味で、 必須で あ っ た と い え る 。 ア ンテ ィ. ・. エ タ テ ィ ザ シ ョ ン を 表現 し た 三部制経営管理組絲i は 、 経 済 の 計画. 化 と 相 矛 盾 す る 組織 で あ っ た 。 こ う し て フ ラ ン ス 経 済 の 計画 化 が国家干渉 の具体 的 本 質 的動 因 で あ っ た と い え る の で あ る 。. こ れ を さ ら に 分解 す れ ば、 — •つ は 、戦争 に よ っ て フ ラ ン ス 経済 が徹底的 に. 破壊 さ れ た 以上 、 で き る だ け 早急 に経済 の 再建 と 再設 備 化 を 行 な う 必 要 に. 迫 ま ら れ 、 こ れ が た め 国民経済 に 対 す る 国家 の 行 為 が要請 さ れ る こ と に な. る と い う 、 戦 後 ど の 国 に お い て も 要請 さ れ た経 済 の 調整 と い う 側 面 で あ る 。. 二つ は 、 フ ラ ン ス 特有 の 新 し い 政 策―経済 の 計画化一 の 原則 か ら 、 国家. の主体的行為 が要請 さ れ た と い う 面 で あ る 。 - 329 -.

(12) 第一に、 フ ラ ン スは戦争―イ木戦—一 被 占 領ー 解 放というなか で特に経済の 衰亡を 余儀なくされ て いた。解 放後の 1944には、なによりもまず国家の生 産 力を 高め、国民 生活の 安定をはからねばならなかった。種 々の 構造改革 は その 後に行われるべきもの であった。 そのためには、経済 再建、 再設備 化を行わねばならないが、 それには、経済の指揮およ び経済の 調整を行な う主体的機関を 必要と する。こうし て、経済 全体に対 する国家の 干渉を 必 然ならしめたの である。こういう 環境にあっ て、とり わ け、国営諸企業は いわゆる 基幹諸 産業に 属 する だ けに経済 再建の 担い手 であった。 そこ で、 これら企業は フ ラ ン ス 経済 再建にとっ て不可欠の 製 品 、 サ ービスの 供 給を 総合的に行わねばたらない。 ここに国家の主体的行 為による国営諸企業の 統制は 必 然的となる。 第 二に 、 フ ラ ン スの 新し い政 策 一経済の計画化—は、 当 然のこととし て 、 国家の統制 干渉の 持続性を 前提とし ている。 さきのような、経済 再建のた めの 第. 一. 時的統制と 異なるところである。 しかも 、 国営諸企業は フ ラ ン スの. 一. 次近代 化、 設備化計画―. ーモ ネ・ プ ラ ン (le plan Mo n n e t ) 一のなか で. 基幹部門と規定された 産業に 属 する。 ここにおい て国家 干渉の 持続性が 前 提され、同時にまた 、国営企業は、経済の指揮の テ コとし て 位 置 する だ け に、 それ だ け強 力な統制を受 けね ばならないの である。国営諸企業に対 す る国家の 干渉 いかんが経済計画の成否を 決定するの である。 以上のような諸理 由によっ て、国家の諸企業に対 する 干渉はむしろ 要請 されねばならな い。 そう である 限り、国家の 干渉行 為はどう いう方向におい て行 なわれるべ き であるかという 問題が 残る だ け である。本質的には、 二つの方向を欠か すわ けには いかな いと 考えられる。 第 一に、経済の計画化は その目的 設定を国家に 委ねるべきもの である。 したがっ て、経済計画の 執行者とし ての 各国営諸 企業は、 その目的 設定の 枠内にお い ての み行動 することとなる。計画化経済は経済の外 側から統制 されるの ではな く、 その 内側から統制され て いな ければならない。たとえ. - 330 -.

(13) ば、 国営諸企 業 の 投資額 決 定 は 国 家 に 付 さ れ た 義務 と な る 。. さ ら に は経済 の 計画 化 は 総 合的経済政 策 を 前提 と し な け れ ば な ら な い 。. 国営諸企 業 の よ う な 基幹 諸 産 業 の 賃 金 は 特 に経済政 策 の 一 要 索 で あ る 。 こ. '. の 貨 金 水準 の 任 意 の 増滅 は他 の 諸企 業 の 社 会政 策 と 経済政 策 に 大 き な 作 用 を お よ ぼす 。. 同時 に 、 国営諸企 業 の 製 品 価 格 、 あ る い は サ ー ビ ス 料 金 は 経 済 政 策 の 一. 重要要素で あ る 。 こ れ を 任 意 に 決定 さ せ る こ と は 経 済 計 画 化 の 本 質 的 手. 法 を 奪 い去 る に 等 し い も の と な ろ う 。 特 に 、 石 炭の よ う な 動 力源 、 あ る い は電力、 鉄道のセ ル ビ ス. ・. ピ ィ プ リ ッ ク の 価 格 、 料 金 は 産 業 立地政 策や国. の経済政策 を 大 き く 方 向 づ け る も の で あ る 。 こ う し て 、 国 常 諸企 業 の 賃 金 ・. 料金 . 投資額 は 特 に 経済 計 画化 の 枠 内 に お い て 、 国家 の 設 定 す る も の と な ろ う。. 第 二 に 経 済 計 画 化 は 資 本 主 義体 制 で の そ れ で あ る 。 そ こ で経 済 計 画 化 は. 私企 業部門 と の 協 同 的 活 動 を 要求 す る 。 こ の 協 同 の維持発展 を は か れ る の ` は 国 家 だ け で あ る 。 国 家 の 干渉 は こ う い う 方 向 に 行 な わ ね ば な ら な い も の. で あ る 。 国営化 は い う ま で も な く 全 ー 的社会化 で は な い 。 国営化 は経済 全. 体 か ら み れ ば一 部 分 を 占 め た に す ぎ な い 。. し た が っ て 、 国 営企 業 と 私企 業. の共存 が前提 で あ る 。 こ こ に 、 こ の 両部門 を 全体 と し て 総 合 的 に 計画 化 の. 枠 の な か に 位置 づ け る こ と が必 要 で あ り 、 こ う い う 方 向 に 向 っ て 国 家 が行 動 し な け れ ば な ら な い と い う こ と で あ る 。 そ の た め に は 、 統 制 組織 と そ の. 諸方法 は 全体 的 な 機構 を 有 し て い な け れ ば な ら な い 。 こ れ を 行 な う こ と こ そ 国家 の 義 務 で あ る 。. 要 す る に 、 国 家 の 機 能 は 二つ の 方 向 に お い て 理解 さ れ る 。 こ れ ら が公営. 化の ア ン テ ィ. ・. エ タ テ ィ ザ シ ョ ン の 限 界 を 決定 づ け る 。 一 つ は 、 経 済 全体. の 目 的設定 と い う 企 業 家 的 機 能 と 、 資 本主義経済 の 存 続 と い う 共存確保 の. 裁定的機能で あ る 。 2 ). し か も 、 特 に 注 意 す べ き こ と は 、 計画化 は 私営部門 と 国営部門 が共存 し. た 、 あ く ま で 資 本 主義 制 度 に お け る 計画 化 で あ る と い う 点 で あ る 。 い わ ば、. - 331 -.

(14) 半自由主義的計画化である 。 そ のため の計画化 の 不完全性はこれを 免れる ことはできない 。 私営部門は自ら 積極的にこ の計画化に服するも のではな い だけに、 それ だけ計画化における 国 営部門 の負 担な り 不利益は. 一. 層大き. くなるであろう 。 国営企業 の利益 の 否定すらあ りうる し、それがた んに 国営 という 点で可能な のである 。こう して、 こ の種 の経済 の計画 化政 策において は、 国家と 国営企業 の 関係は経済的な行 動ということでよ り. 一. 層接近する. であろう し、さ らに 他方、 そこから 生ずる統制 関係でも 密接な 関係が形成 されてくるであろう 。 それは、 セ ルビス. ・. ピィ プ リ ッ クにみられたような、. 特に、財政的 側 面 の統制であ り、 国家 の本 来的経済機能を充足させるため の、行政的統制である 。. しか しながら、 協同 関 係と統制 関 係は同じ 物 の 二. 側 面である 。 国営企業と 国家 の 関係が計画 化経済制度にあって、いずれ の 側に 傾向するかは、多数 の諸条件が 介 在する だけに、これを 容 易に 把握す ることはできない 。 た だ、こ の統制 関係に政 治 ・行政 ・権 力という要素が 大 きく 加えられねばならない 点が フ ラ ン スでは特 長的であったと いえる 。 政 治権 力 の 介入は、 三部制管理制度においても っとも 典 型的に 現 わ れ たところであ り、 第二に、政 治 環境 の 複雑性から、 議 会 と政 府行政体と の あ つれきが 国営企業と 国家 の 関係に反 射するというような、統制 の 非政 治 化を 目 途 して 再政 治化するという 面が 顕著であった 。 第三に、 議 会 の 不安 定性は強 大な 行政権 力と行政機構を形成せ しめ、行政的性 格 の 国営企業 の 永続的統制を制度化 させた のである 。 フ ラ ン ス の 国営企業 の エタティ ズ ム (Etati s m e )へ の 傾向は なされた 過度 の ア ンテ ィ る. 」. ・. 政 治的 に. 「. エタティザショは エタテ ィ ザションで 否定され. というような政 治 的諸要因に よって 加速度的に 増大 していった のであ. る 。 そ の間隙を 縫って、強 力な行政制度が そ の エタテ ィ 4) し確保 していったとみられる のである 。. ・. ザションを保障. 注 1). 例 え ば 、 社会主義制度にあっては 、 国営企業は国家機構のなかで階層 的な位 置を与 え られてしま っ て い る。 他方自由主 義制度にあっては 、 国蛍企業は 、. - 332 -.

(15) セ ル ピス. ・. ピィ ブ リ ッ クが 問 題 である場 合 に も 、 一 般 特 許企業と同 じ 統制. を受け 、 統制が産業経済政策的 に行われる こ と は ない。 これを統制する機関 は担当部局 であって 、 統 一 的な政 府 で は ない。 金融諸機関 に おいても 、 より よい銀行経蛍が 目 途されて 、 決 し て通貨機能という社会的機能 に おいて統制 か行われる こ と は なかったのである。 2). Georges. Lescuyes, Le controle de ! Eiat sur J es E ntreprise national­. isees , 1962. p. 2 7 Pierre du Pon t , L Et at lndustriel, 1961.. p. 79. 3). 国常企業が経済計画制度のなかで現実 にいかに機能 し たの か 、 という点を計. 4 ). 国営企業と国家の関 係のあり方を吟味する際 に は 、. 画化との直接的関連のなかで把握 し なければならない。 本稿 では割 愛する。 そ の あ り 方 に 国 財産の. 概念や伝統が どうい作用を およほ し ているかをみ る必要がある。国裳企業の 経常という機能的側 面 に おいて吟味するだけでは 一 面 的なのである。国家と の関係が国裾企業の機能的側 面 から把握されると同時 に 、. 一. 方で公堂企業は. 公 財産 で あ る とい う 構 造 的な側面から把掴されね ばならない。 こ の点 に つ いては 今 充 分の分折を行なっていない。 今後の課題 である。 そ こ でただ 、 これ に対 し. 、. A. G. Delion が極めて興味ある論点を示 し ていることを附記する に. 止 める。要約すれば次のごとくである。 「 ソ ビエ ト のような社会主義国家 に おいては 、 財産 は 共同所有である以上 、 公企業と国家の関 係 は 対立物と し て把握されえず 、 一 つ の 上 下の 階 層 的な技 し たがって両者の関 係 は 一 つ の 巨大な財産管理のなか. 術 的関 係 で律 せ られ 、. で消滅 し ているといえる。 対する に 、 ア ン グ ロ. ・. サク ソ ン系の諸国家 で は 、 国営化の意図 は 私企業ない. し は 私 企 業 で は な し えないものを国蛍化 し 、 な し 得るもの に それを委 ねると いうと こ ろ に ある。財産所 有権と その指揮権限 お よ び その責任は こ れを分離 し えないがゆえに 国営化が行なわれるのである。 そ こ で 、 財の所有権 の 移転 は国営化の本質 で は なく 、. その条件と して現われる。 力点 は 人 であり財産で. は ない。 し たがって 、 国家の統制も人の統制となって現われる。 固営化は 全 般利益をよりよく達成 し うる人 に その企業を委 ね るという理念 であり 、 理念 で は 、 ア ン グ ロ ・ サ ク ソ ンの法制度 に 特有の ト ラス テ ィ. ー. その. シ ッ プ ( t rか. stee s h ip) が支柱となっているのである。. フラン ス は ロ. ー. マ法の伝統を受けた財産概念を有する。財産 は つ ね に 一 人の. 所有者を有 し 、 この所有者が全権を有する。 し たがって 、 私 人 に 属さない財. - :安33 -.

(16) は 全て共同 体の所 有 に属するものであ り る。. 、. 同時に その全権を有する こ ととな. そ こ で 、 国党企業の活動 は こ れすなわ ち 公法の財産管理であ り. 、. 公権の. 直接的永続的 の行為なのである。 そ こ で 、 国営企業 は本源 的 に レ ヂ ( Regi e) である。 ただ 、 企業活動の経済的性質が企業の活動 自 治を要求する。 こ の要 求の容 れ ら れたもの こ そ公咲;施設 ( E t a b l i s sment p u bl i c ) である。. そ こ に、. 国常企業の法的な形式が見出された ごとく思われ 、 公施設 そのものの諸基 準 ばか り でなく 、 呼 称 ま でも充用されたのである。 と こ ろが尖 は 、 公施設は 、 準階層 的な法規律や 、 公財産の財政 的諸規則、あるい は 行政諸規則に服する ご とく 、 レ ヂ形 式 のセル ビ ス. ・. ピ ィ ブ リックなのである。 エ タ テ ィ ズ ム は こ の施. 設にと っ て は ま さに正規の運岱状態なのであ っ た。 フラ ン ス で は こ のよ う な エ タ テ ィ ズ ム 以 外 の国営企業の経験を有しなか っ たのである。 国営企業は こ う して自治的 レ ヂ の側 面を踏襲し 、. そのた め に 、 国家と 国蛍企業の関 係 は行. 政に お け る 慣 習 的諸制 度に習 っ て設定されたのである。 l と。 ( Del i o n , op, c i t . , pp . 34- 36). N. 結. び. 構造改革の一環として形成された国営企業は、 国民の自主管理と い う 理 念の下に三部制管理組織 によ っ て運 営されると同時に、 国の機関からの独 立化を狙 っ た商 工業的公施設の形式の下での企業活動を義務づけられたの であ っ た。 したが っ て、 国営企業の抱懐する公共性と企業性の二つの側面 の う ちその創設当初はも っ ぱら企業性の側に重点が 置 かれていたとい える。 しかしながら、 戦後の経済計画化の体制における経済政策目的とい う 具体 的問題のなかでは、 国蛍企業は国の集中的統制を前提と し て こ そその存在 意義 を持つのであ っ た。 こ う して、 国有化以後新たに生 じ た国営企業の公 共性と企業性の矛盾は、 私的利益を保護する必要がないだけ、 それだけよ り公共性の側に比重をお いて解釈されるに至 っ たのである。すな わ ち、 経済 計画の用具と して経営活動の統制がなされる結果、 それは私企業 ではない だけに直ちに行政機関の管理強化を招くと共 に 、 国営企業の 利益の 否定へ と連 な っ て不採算経党を常態化してしま っ たのである。 わ れ わ れの課題は、 たんに企業性の復 活 を主張しその方策を練 るよりも、 このよ う な方向を確. - 334-.

(17) 認 し た 上 で国営企 業 の 在 り 方 を 再検討 す る こ と に あ る と 考 え る の で あ る 。. - 335 -.

(18)

参照

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