*1 本稿は,4,ならびに5(1)のうち4の授業事例にかかわる部分を北村拓也が執筆し,他を舟橋秀晃が執筆した。 *2 ここでいう〈探究〉的学習観とは,「社会的構成主義(または社会構築主義)」にもとづく学習観と同義である。 *3 白石牧恵・舟橋秀晃「〈伝達〉から〈探究〉へ学習を変える工夫 ~領域別ポイントと授業事例~ ─学び合い高め合う国語 学習の創造 (1)─」、滋賀大学教育学部附属中学校『平成19年度(2007年度)研究紀要第50集』pp.14-15
第2章
必修教科等の研究
1
国語科
〈伝達〉から〈探究〉へ学習を変える工夫 ~領域別ポイントと授業事例~
─学び合い高め合う国語学習の創造 (3)─ 舟橋 秀晃 北村 拓也 *1 本論の要旨 本研究は,学習活動の工夫に中心をおいた,生徒同士で〈探究〉的に知識や技能を 構成・獲得する授業事例の開発を通して,学び合い高め合う国語学習の成立要件を解 明しようとしたものである。 〈探究〉型学習を行うには,教えたい知識や技能を「教材」にくるんでまず生徒に 渡し,共同的活動によって生徒が自ら気づき,考え,学習内容に迫っていくよう仕組 まなければならない。しかし,これを妨げる問題が国語科においては領域ごとに存在 する。本研究では,「読むこと」(説明的文章・文学作品)について,それに対応する いくつかの具体的な工夫点を含む授業事例を開発できた。 キーワード 〈伝達〉型学習,〈探究〉型学習,社会的構成主義,交流 1.はじめに~これからの学習のあり方とは~ 現代を「知識基盤社会」ととらえることを是とす るならば,今現場に求められているのは,東アジア 的〈伝達〉型学習観から抜け出て,既有の知識や技 能を自己の中や仲間同士で組み合わせ試行錯誤し共 に新しい知識や技能を構成・獲得していくような, 学び合い高め合う〈探究〉型学習観*2 に基づく授業 を増やすことである。ただし,教えれば済むことま で子どもの「共同学習」に委ねる必要はなく,また, 考える焦点やヒントを示さないことには言葉の力が つかない。教科学習においては,〈探究〉的学習を 基本としつつも,何を子どもに委ね何を指導者が主 導するのか,また子どもに委ねる場合に指導者がど のような手立てで学習を導くのかが,これからの授 業開発における大きな課題の一つである。 以上の認識から,本校国語科では〈探究〉型学習 に適する教材やその与え方,活動への取り組ませ方 などを工夫した授業事例を平成19年度より継続して 開発してきた。本研究では,本年度の授業事例を報 告すると共に,19年度からの研究を総括し,学び合 い高め合う国語学習の成立要件を明確にしたい。 2.実践への構想 〈探究〉型学習においては,指導者が講義調で授 業を行う〈伝達〉型学習とは異なり,教えたい知識 や技能を「教材」にくるんでまず生徒に渡してしま ってから,共同的活動によって生徒自ら気づき,考 え,学習内容に迫っていくよう仕組む必要がある。 しかし教えたい知識や技能を「教材」にくるんで生 徒に渡すのを妨げる問題が,国語科においては領域 ごとに存在する。本校国語科では今のところ,その 問題解決のためには以下の工夫(枠囲み内,平成19 年度紀要*3 より再掲)が国語科授業に求められると考 えている。 (1)「話すこと・聞くこと」領域 音声は一過性のものであり,即座に消えてい く。そのため,教材として生徒の手に渡すには, 録音・再生機器の確保が必要になるときもあ る。また機器を用いない場合は,どのようなも のを教材として生徒に渡すか,またどのような 仕掛け(または仕組み)を用意するのか,工夫 が求められる。 (2)「書くこと」領域 思春期のただ中にいる生徒らには,自分の書*4 詳細は次の論考で述べた。舟橋秀晃「指導の系統を意識した教材配列を─『話題』にとどまらせることなく─」,日本国語教 育学会編『月刊国語教育研究』通巻404号,2005年12月,pp.16-21。 *5 この授業事例は,説明的文章の解釈力をつける指導を提案する主旨で,次の論考でも取り上げた。舟橋秀晃「是々非々の構え で主張と根拠の点検を」,『実践国語研究』296号,明治図書,2009年9月,pp.59-61。 いた文章を級友に読まれることを恥ずかしがる 者が多い。また相互批正では互いの人間関係の 悪化を恐れ,必要な指摘をしないまま相手の作 品をとりあえず褒めてその場を済ませる者が多 い。さらに,せっかく書いたものが直されるこ とに自尊心を傷つけられる思いを抱く者もい る。そのため,どのようにすれば互いの書いた ものを見せ合い,考えを述べ合ってよい表現へ 高め合うか,教材やその与え方,取り組ませ方 の工夫が求められる。 (3)「読むこと」領域 説明的文章については,近年は時数削減のあ おりから,教科書では以前は同一単元に教材が 複数あったのに削られて一つになっていること が多く*4,そのままでは生徒が内容や書きぶり を比較しづらくなっている。ゆえに,教科書教 材と組み合わせる他の説明的文章教材を指導者 が用意することが生徒の気づきを誘う上では有 効となる。そこでどのような教材を用意し,ど のように比べさせるか,工夫が求められる。 古典教材については,理解の前提として欠か せない知識が多く,いきおい解釈を伝達的に伝 える授業に陥りやすいので,古典の知識の乏し い生徒が自ら考え,教材に迫るような教材とそ の与え方の工夫が求められる。 文学作品については従来,共同的に読み深め る実践が多く蓄積されているものの,いつの学 年のどの教材においても,作品の主題や登場人 物の心情把握といった内容の読み取りが重視さ れる傾向にあり,どの表現(技法や効果)から 読み取らせるのかや,どの技法や効果は何年生 で重点的に扱うのかは,現在もなお多くの部分 で個々の指導者に委ねられている。ゆえに,い つ,どの表現に目を向けさせ気づかせるのか, それにふさわしい教材として与えるべきものは 何か,といった点の洗い出しと系統化が必要で ある。 (4)「言語事項」 文法の学習は知識理解が主であり解釈型・伝 達型の授業に陥りやすいので,文法の知識がな い生徒が気づき考える過程で知識を獲得できる ような教材とその与え方の工夫が求められる。 以上のうち,本年度は特に(3)・(4)に沿っ て,探究的に学ばせていく学習活動の工夫を含む授 業事例を開発することとする。 3.授業事例「読むこと」(説明文)の実際*5 (1)単元名・対象・授業担当者・時期 「文章を解釈するには」(3年生,舟橋秀晃,2009年 4月) (2)教材 ・荒巻裕「平和を築く─カンボジア難民の取材から」 (三省堂3年)……A ・井上恭介「壁に残された伝言」(同2年)……B (3)単元目標 [関心・意欲・態度] ふだんの自分の読みを振り返り, 是々非々の構えで点検しながら読む必要性を自覚 できる。 [読むこと] 文章を主張と根拠に分けてとらえるこ とができる。 [読むこと] 主張と根拠の対応を点検し,問題点や 筆者の意図を考え,表現を解釈することができる。 (4)学習指導計画[4時間] 第1時 「平和」から連想する語を付箋に書き出す。 /Aを音読する。/付箋への書き込みにより,読 んだ内容を確かめる。 第2時 付箋を交流し,「平和」に対する自分たち の認識の傾向を自覚する。/Aの主張を三~五文 で書く。/Bを黙読し,Aの主張の特徴を捉える。 第3時 主張を支える根拠である段落やグラフ,写 真の役割をそれぞれ検討する。 第4時 根拠を示す段落と主張との間の飛躍に気づ く。/文章に見られる論の飛躍をどう解釈するか, 論じ合う。 (5)学習活動で工夫を試みた点 ①読む前にテーマについてのイメージマップを書か せ,筆者の論の範囲を意識させる 「平和」でない状態を願う人はいない。ゆえに, Aのような教科書教材を一度読んでしまうと,筆者
の主張に対し疑念が湧かず,「文章を吟味せよ」と 言われても生徒は自力では気づきにくい。そこで, Aを読む前の段階で,生徒に先にテーマ(平和)に 関するイメージマップを書かせることを試みた。そ うすることで,「平和」から連想される様々な言葉 のうち,筆者がどの内容を範囲として論を展開して いるかに気づきやすくなる。それにより,筆者の挙 げた事例はテーマに対して充分か,またその事例は 筆者の主張とかみ合っているかを,生徒が自ずと吟 味し,文章を評価できるのではないかと考えた。 ②異なるジャンルで同テーマを扱う昨年度の教科書 教材を併読させ,文章を客観視させる 教科書教材と組み合わせる他の説明的文章教材を 指導者が用意することが生徒の気づきを誘う上では 有効であるものの,その教材をどうやって用意する のかが障壁となりやすい。また,その教材の読解に かかる負担も,単元に配当できる時間数の少ないと きに障壁となりやすい。そこで,昨年度使用した2 年生の教科書に所収のBを利用することで,二つの 障壁を乗り越える容易な方法の一つを示した。 ただし,この学年では昨年度Bを学習には用いて いないので,読解の負担軽減にはならなかったもの の,Bを読むことを進度の速い生徒への発展課題と して利用することで,負担の過重化を避けつつ,そ の後の学習で生徒がAの文章をより客観視しやすく なることをねらった。 (6)授業の様子から[3年A組の場合] 第1時では初めに,Aの題名だけ先に提示して「ふ だんの生活で文章を読むとき,題名から内容の予想 ▲資料1 生徒の付箋例(第1時) が当たることもあれば外れることもあり,新たに知 ったり考えさせられたりする場合もあるだろう。今 日はそういう頭の中で起きていることを意識して紙 に書き出し,筆者が文章で何を取り上げ何は取り上 げなかったかを検討してみよう」と説明して付箋を 配り,「平和」から連想する語を記させた(資料1)。 これにより,いきなり文章を読ませるより,文章を 突き放して是々非々で点検する構えを持ちやすくさ せることをねらった。 次に,指名音読でAを通読させ,読み終わったと ころで,付箋に記した語でAにもあるものには○, 付箋にない語でAにあるものは書き足して□で囲ま せた。すると,戦争の語は多くの生徒が読む前から 書いていたが,「紛争」や「難民」の語は読んでか ら書き足されたものが大半だった。また「人間らし い心」や「思いやり」を書き足す者も多くいた。 第2時ではまず学級全員の付箋を印刷配付し,よ く観察させて気づくことを発表させた。生徒からは, 私が机間指導で気づいた先の点に関する発言のほ か,全般的な傾向として平和に必要な「家族」「友 達」「人間らしさ」などの語群と,平和の対極にあ る「戦争」「原爆」「死」などの語群とがあることを 指摘する発言も複数あった。 そこで,次に筆者の主張を3~5文程度で書かせた。 ノートを見て回ると,「戦争」「平和」「人間らしい 心」等の語が集中する最後の3段落を用いてまとめ た生徒がほとんどだったが,うち半数近い生徒が最 終段落中の「このように」の内容や「戦争をなくす」 「平和を築いてゆく」「子どもたちの生きる権利を 確保する」の三者の関係を取り違えていることがわ かった。そこで,より正確な解釈を促すため,机間 指導で「『このように』はどこを指すの?」,「何が 何の『第一歩』なの?」「筆者が目指すゴールは平 和か,子どもの生きる権利の確保か,どちら?」と 問うて書き直させた。 作業の済んだ生徒にはBを読ませ,付箋メモやA と比べるよう求めた。授業の最後に尋ねると,Bは 平和を論じるのに「戦争」,中でも「原爆」に関す る話を挙げている点で自分たちの付箋にみる「平和」 のイメージと重なるがAは紛争による難民の話が中 心である点がBや私たちのイメージと異なる,と気 付いた生徒がいたので紹介した。 第3時では前時で書いた主張を確認させた上で, その主張を支える根拠となる事例を挙げるよう求め た。9割の生徒はすぐには分からなかったので,「全 体の構成をとらえるにはどこに着目する?」と尋ね, 指示語,接続語,数詞という発言が出たところで全 文を黙読させた。すると「私たちはもう一つ,大き
な驚きに出会いました」という表現から,コーンち ゃんの逸話とカンニーさんの逸話の2事例があるこ とを大半の生徒が指摘できた。 次いで地図,グラフ,写真とともにこの2事例が 示されていることの役割を考えさせ,発言を求めた。 すると,特にグラフについては注釈を踏まえて「戦 争のない地域にもたくさん難民がいて,戦争のない 状態が平和だとは言えないことを示している」と指 摘する発言が複数あった。またコーンちゃんの事例 では「人間には本来的に他者への思いやりがあるこ とを示している」「本来の人間らしさを子どもが示 している」,カンニーさんの事例では「人間のもつ 心のすばらしさを示している」などの指摘があった。 ただし主張と2事例との対応に問題があることに気 づく生徒はいなかった。 第4時では冒頭で「主張と根拠はきちんと結びつ いていた?」と投げかけてみたが,反応がないので, 前時のノートを読み返させて2事例がそれぞれ「人 間」の思いやり,「人間」の心のすばらしさを示し ていたことを板書した。さらにカンニーさんの年齢 (22歳)も確認させたがまだ気付く者はいなかっ、、 たので,「筆者が人間ではなく『子どもたちの生き、、 、、、、、 る権利』の確保を主張していることは,筆者の挙げ た事例からずれていないか?」と述べると,「え?」 「あ!」など驚きの声が上がった。そこで「なぜ子 どもの話にすり替わったのか,筆者の側にも立って 考えてみよう」と問うと,4人班で論の飛躍を自分 なりの解釈で埋める活発な発言があった(写真=資 料2)。最後に各班の様子を全体で報告させ合った。 (以下ノートから引用) ・子どもは大人とは違い様々な可能性を秘めてい て,それを今の大人が戦争などで奪っていること になる。(H) ・子どもはこれからの世界を担っていく大切な存在 で,子どもたちが人間らしい心がなくなるのはこ れからの世界がどんどん暗くなっていくことと同 じだ。(Y) ▼資料2 4 人班での議論(第4時) 4.授業事例「読むこと」(文学作品)の実際 (1)単元名・対象・授業担当者・時期 「人物を描く -効果的な人物の描写とは?-」(2 年生,北村拓也,2009年9月) (2)教材 ・向田邦子「字のないはがき」(光村図書2年) ・向田邦子「父の詫び状」(文藝春秋) (3)単元目標 [関心・意欲・態度]学習目標を理解し,課題解決に向 けて積極的に行動し,学びを得ることができる。 [読むこと]文章中から必要な情報をすべて読み取 り,集めた情報を比較,検討,統合し,よりふさ わしい解釈を自分の考えとしてまとめることがで きる。 [読むこと] 筆者の人物描写のどこがすばらしいの かを考え,自分の意見を発表し,交流することが できる。 [書くこと] 自分の家族の中から1人を取り上げ, エピソードを交えて,人物を400字以内で書くこ とができる。 (4)学習指導計画[5時間] 第1時 「父の詫び状」を読み,文章の主題を考え る。/文章の描写もとに,「筆者は父のことを好 きか」を読み取り,付箋に意見と理由・根拠を書 く。/自分の家族を1人取り上げ,「わたしの○ ○」という題名で,その人物をエピソードを交え 400字程度で書く。 第2時 前時で書いた作文を読み返し,紹介したい 人物をどのように書いたのか分析をする。/「字 のないはがき」を読み,前段の部分から父の性格 が読み取れる部分をすべて取り上げる。/その描 写からどのような性格を表現しているか考える。 第3時 「父の詫び状」に戻り,父の性格が読み取 れる部分をすべて取り上げる。/「字のないはが き」で読み取った父の性格と照らし合わせ,「父 の詫び状」の中で,父の優しさを表している描写 はどれか考える。 第4時 二つの教材から読み取った父の性格を2通 りの言葉で表現をする。/読み取った父の性格を 踏まえ,「字のないはがき」の空欄部分に当ては まる描写を考え,交流する。/そこに隠されてい る筆者の描写のすばらしさを分析し,人物を描く ときにポイントについて考える。 第5時 「字のないはがき」と「父の詫び状」を使 って,向田邦子さんの人物描写のポイントをさら
に分析し,特徴を交流する。/ポイントを生かし て,第1時で書いた作文を推敲し,清書する。 (5)学習活動で工夫を試みた点 ①シンキングツール「ベン図」で読み取った情報を 整理して各班を比較させ,思考を深める(資料3) 文学作品の中での人物像の解釈は,一つの情報か らではなく,与えられた情報すべてから比較検討し, 行う必要がある。今回の学習では二つの教材に父の 人物像を表している描写がたくさんみられ,それら を通して「厳しい父」と「優しい父」の姿が読み取 れる。では,筆者が実際に描きたかった父の姿はど ちらか。多くの情報を整理し,各班の話し合いを比 較して思考を深めさせるため,シンキングツールの 一つである「ベン図」を用いて,父の人物像により 迫れるようにした。 ②付箋の印刷で全員の意見を提示し,交流を促す 国語の授業の醍醐味は,仲間との交流による,意 見の高め合い,深め合いである。しかし,なかなか 全員の意見を発表させるのは時間的に無理がある。 そこで,付箋を使い,意見を書かせ,次時に配布す ることにより,学級全員の意見に触れられるように した。 (6)授業の様子から 第1時では,「父の詫び状」を読み,まず,この 作品を通して筆者が伝えたいことを考えた。その後, 「筆者は父のことを好きか」という課題を,文中の 描写をもとに考え,付箋に意見と理由・根拠を書い た。この段階では,意見は7割が「好き」,3割が「好 きではない」というように分かれた。「好き」とす る理由・根拠は次の通りである。 ・嫌いだったらこのような話を書かないと思うか ら。 ・「これだけは今でも覚えているのだが……そこ だけ朱筆で傍線が引かれてあった。」と書かれて いるのは,その手紙のことが今でも作者の心に残 っていることがわかり,父のことを好きであるこ とが読み取れる。 ・「ところが,東京から帰ったら……」という部 分の「ところが」という言葉から,筆者のうれし い気持ちが読みとれるから。 ・文には「悪いね」や「すまないね」の言葉がな いにも関わらず,これが父からの詫び状であると 筆者が理解をしているから。 さらに,自分の家族を1人取り上げ,「わたしの○ ○」という題名で,その人物について400字程度の 紹介文を書き,学習を終えた。 第2時では,前時で書いた作文を読み返し,紹介 した人物をどのように書いたのか分析をし,「家族 の○○の△△を□□で描いた」という形でまとめさ ▲資料3 ベン図への記入例(第3時)
せた。このとき,△△,□□に当てはまる言葉がな かなか見つからず,困っていた生徒が多くみられた。 次に「字のないはがき」(「父は,はだしで表へ飛び 出した。防火用水桶の前で,やせた妹の肩を抱き, 声を上げて泣いた。」を空欄にしたプリント)を読 み,前段の部分から,父の性格が読み取れる部分を すべて取り上げ,その描写からどのような人物像が 読み取れるかを考え,4人班で交流し,発表をさせ た。この段階で,「厳しい父親」と「優しい父親」 の二通りに読み取っている生徒が多かった。 第3時では,「父の詫び状」に戻り,父の性格が 読み取れる部分をすべて取り上げ,そこに描かれて いる父の人物像を読み取り,発表をした。さらに「字 のないはがき」で読み取った父の人物像と「ベン図」 を用いて4人班でまとめさせ,授業を終えた。(資料 3) 第4時(資料4)では,前時の「ベン図」をもと に,筆者が本当に表現したかった父の人物像を検討 し,「 A だが B 」という形でまとめさせた。 そして「字のないはがき」 の中から一番適した部分を 探した。ほぼ全員の生徒が 「威厳と愛情にあふれた非 の打ちどころのない父親」 の描写に注目することがで きていた。次に,読み取っ た父の人物像を踏まえ,「字 のないはがき」のあらかじ め空欄にしておいた部分に 当てはまる描写を「父は, ……泣いた。」という形で考 え,4人班で交流し,発表さ せた。最後に,実際の描写 を提示し,そこに隠されて いる筆者の描写のすばらし さを考えさせた。意見は出 るが核心に迫らない中,「防 火用水桶の前で」という描 写に注目するように助言す ると,厳しかった父が人目 もはばからず泣いたことを 描写していることに気付く 生徒が出てきて,その意見 を採り上げ,学習を終えた。 生徒が考えた空欄に当て はまる描写は次の通りであ る。 ・父は,妹が送ってきた字のないはがきを顔に押 し当てて泣いた。 ・父は妹に抱きつきながら,照れも威厳も忘れて, 叫ぶように泣いた。 ・父は待ちきれなくなり,素足で玄関にかけよ り,妹の顔を見たとたん泣いた。 ・父は違う部屋へ駆け込んでいった。そしてそこ で泣いた。 ・父はうつむき肩を震わせた。そして,妹の名前 を何度も何度も呼びながら泣いた。 第5時では,前時で扱った妹を迎える場面につい てもう一度触れ,「字のないはがき」と「父の詫び 状」にみられる筆者の人物描写のポイントを分析し 「人物は○○で描写する」という形でまとめさせ, 特徴を4人班で交流をした。その結果として, ・人物は実体験で描写する。 ・人物は行動で正確を描写する。 学 習 内 容 ・ 活 動 教 師 の 支 援 ・ 指 導 事 項 ※評価 1.学習への興 1a.これまでの学習の ・単元名「人物を描く」を板書する。 導 味付け。 振り返り。 ・これまでに読み取った父の性格を発表させる。 入 ・本時の目標を板書する。 1b.本時の目標を知る。 ・学習内容,過程を伝える。 2.父の性格を 2.これまでに読み取っ ・前時でまとめた父の性格を比較したベン図を配布する。 自分の言葉で表 た父の性格を,適切な2 ・ベン図に挙がった言葉を元に,父の性格を2つの言葉で表現をし, 展 現する。 つの言葉で表現する。 発表させる。 開 ※父の性格を相対する適切な言葉〈(例)厳しいけど優しい。など〉 で表現することができている。【ノート】 ・二つの作品を通して,父の性格を一番適切に発表している一文を見 つけ,発表させる。 3.文中の空欄 3.「字のないはがき」後 ・「字のないはがき」後半部分を段落ごとに音読させ,その後空欄部 部分にふさわし 段を読み,文中の空欄部 分にふさわしい父の描写をノートに記入させる。 い描写を考える。分に当てはまる父の描写 ・父の性格を踏まえて考えるようアドバイスをする。 を,父の性格を踏まえて ・4人班を作り,短冊2枚にマジックで記入をさせ,黒板に貼る。 考える。さらに4人班で交 ・各班の意見を見て質問を募り,該当の班に答えさせる。さらに,い 流し,1つの意見にまと くつかの班に工夫したところを班に答えさせる。 め,短冊に記入し黒板に 貼る。 4.筆者の人物 4.実際の描写から,向 ・この描写のどこがすごいのかを考えさせ,発表させる。 描写のすばらし 田邦子さんの人物描写の ・なぜ筆者は,このような描写ができるのか,なぜ我々にはできない さを分析する。 すばらしさについて考え のかを考えさせ,発表させる。 る。 ・「人物は○○で描写する」と板書し,○○に当てはまる言葉を考え 発表させる。 ※筆者の描写から上に挙げたようなポイントを見つけることができ る。【ノート・テスト】 5.学習の振り 5a.本時の目標が達成 ・「本時の目標」を確認し,学習したことを振り返らせる。 終 返り できたかを振り返る。 ・今日の学習で学んだことをノートに記入させる。 末 ※本時の学習に積極的に参加し,学びを得ることができたか。【ノー ト】 5b.次回の予告を聞く ・次回の予告をする。 ▲資料4 学習指導過程(第4時の場合)
・人物は始めと終わりのギャップを用いて描写す る。 ・人物は直接的な表現で描写する。 ・人物は間接的な表現で描写する。 ・人物は細かい,具体的な表現で描写する。 ・人物は,強調したい性格を繰り返しながら描写 する。 といった意見が出された。 最後に,第1時で書いた作文をもう一度読み直し, これらのポイントを一つでも生かしながら,より取 り上げた人物が伝わりやすい作文となるよう,推敲 をさせ(資料5),今回の学習を終えた。 5.研究の成果と課題 (1)各授業事例について 3の授業事例「読むこと」(説明的文章)につい ては、学習活動で試みた①の工夫により、生徒が文 章を読む前に多少なりとも自分の既有知識を自覚す ることができた。 教科書教材には平和,人権,環境などを扱うもの が多く,総論で批判されるべきものはまずない。生 徒にも既有の知識が多く,漠然としか読めていなく ても意見交流では辻褄が合い,文章の解釈が甘くな りがちになる。それに対し①の工夫は一つの有効な 策となり得る。他にも、異論・反論を呼ぶ文章を教 科書外から敢えて持ち込む方法もあろう。いずれに せよ,解釈のための解釈に陥らず,文章の点検が各 生徒の考えの形成につながるよう留意するようにし たい。 ただし、学習活動で試みた②の工夫については、 発展的課題として扱ったため,効果は一部に留まっ た。単元の授業時数にもう少し余裕があったり、あ るい教材文が短いものであったりすれば、この工夫 はもっと効果が得られるであろう。 ▲資料5 4人班での推敲と清書(第5時) 次に、4の授業事例「読むこと」(文学作品)に ついては、二つの成果が得られた。 一つ目は前述のように,ベン図を用いたことで, 複数ある情報の中から,筆者の描きたかった人物像 に迫ることができた点である。シンキングツールの 活用は,思考を巡らせる過程を記録することができ, 生徒にとっても有効な方法である。今後も,学習の 場面によっては大いに活用できる。 二つ目は,4人班や付箋の活用を通して,多くの 意見を交流することができ,互いの意見を広げ,深 めることができた点である。特に,本単元のテーマ である「人物をどう描くか」ということについて, 当初は見当もつかない生徒も多くいたが,授業を重 ね,交流を積み重ねることによって,人物を描くポ イントを生徒が見出すことができた。また,文章の 読解に関しても,自分一人の読みだけでは,父の二 面性に気がつけない生徒もいるかもしれない。それ を他人の意見と交流することによって,新しい一面 に気づかされ,正しい方向へと導くことができる。 お互いの思考を高める上で,4人班の交流,さらに 学級の仲間との交流はとても重要であると,あらた めて認識をさせられた。 今回の課題としては,もっと生徒の自由な発想を 大切にするべきであったと感じる。例えば,第四時 で人物の描写を分析する際に,指導者から「この描 写はすばらしい」という発言をしてしまったため, 生徒自身がそれにとらわれてしまった。まず,この 描写をすばらしいと思うか,すばらしいとは思わな いか,わからないかを生徒自身にに問うことから始 め,なぜそのように考えるのか理由を聞くと,生徒 の思考に沿った授業になったであろう。また,第4 時に関して,3の4人班での活動は,かえって個々 の表現活動の妨げになってはいまいかという指摘を 受けた。授業者として,4人で活動する意味をもっ と考え,授業を展開する必要がある。 (2)全体を通して ①探究的に学ばせる学習活動の工夫点を明示 二つの授業事例を含む3年間の実践事例の蓄積か ら,単なる学習活動の個々の工夫にとどまらず他の 実践にも生かせる,探究的に学ばせていくための学 習活動の工夫点を示すことができた。初年度に用意 した,学び合い高め合う国語学習成立のための基本 的観点は,本年度の実践開発においても有効である ことが確かめられた。 その中で得られたのは,どの実践にせよ,「生徒 の気づきをいざなう観点を生徒に持たせないことに は,生徒間交流がうまくいかない」という経験則で
ある。交流は生徒に大いに委ねるほうが効果的であ ろうが,交流の軸となる「目の付け所」(観点)は 交流の前に,または交流の中で指導者が主導して自 覚化を図る必要がある。 この経験則について,なぜそういえるのかを,今 後は理論面からも整理検討していく必要があろう。 校内研究で現在取り組んでいる「情報科」を核とし た思考・判断・表現の力を高める指導の理論や,な かでも「メタ認知」にかかわる教育心理学的知見に も照らしながら,さらに考察を推し進めたい。 ただし,紀要に示した授業事例については,2人 の研究同人それぞれの時々の問題意識や生徒の状況 を優先させたため,2(1)に挙げた「話すこと・ 聞くこと」領域のものを取り上げることができなか った。授業事例の開発を継続し,2に示した工夫点 のさらなる検証が必要である。 ②互いの多様な学習活動を生かした交流を促進 二つの授業事例を含む3年間の実践事例の蓄積か ら,4人程度の小グループ活動を導入し,生徒同士 の交流を促すことが,生徒の気づきを大いにいざな うことが明らかとなった。 その中で得られたのは,小グループの共同活動の 中で一つの結果や答えに学習を集約させることのみ 、、 にこだわるのでなく,同じ課題について各々が考え 取り組んだことの違いを出し合い知り合わせ,一つ、、、、、、、 の知識をめぐってもさまざまなとらえ方があること や,一つの技能であってもさまざまな使い方がある ことを交流させることも重視するほうがよい,とい う経験則である。それはおそらく,特に国語科にお いては正解が一つに決まっているような学習課題が 少なく,より適切な理解や表現を検討し合う必然性 や,自分の言語生活を振り返り,その学習が自分に とってどんな意義や価値があるかを探る必然性に満 ちているからであろう。 今後も,1960年代から70年代に広がった「班競争」 のときとは違うアプローチから小グループを活用 し,交流の生きる授業づくりを模索していきたい。 ③指導内容とその配列の検討が必要 〈探究〉型学習は,共同的活動によって生徒自ら 気づき,考え,学習内容に迫っていくよう仕組まれ る。知識や技能のより確実な定着が見込まれ,実社 会での活用もその分期待できる。 しかしその反面,〈伝達〉型学習よりは効率が悪 いため,総授業時数が一定の枠にある中では,学習 指導の重点を定め,できる限り重複を避けることが 必要である。また,生徒に気づかせていくのだから, 一度に学習内容を盛り込みすぎず,絞ることも必要 である。そうなれば自ずと,一つの授業事例の成否 を論ずるだけでなく,3年間の学習指導計画をどの ように設定するかが,従来以上に問題になってくる。 新学習指導要領解説が発行され,新要領国語科の 全貌が明らかになったが,特に23ある「言語活動例」 を踏まえてどのような内容をどのような配列で並べ るとよいのかについては,まだ解明ができていない。 ただし,探究的な学びや交流を重視する方向につい ては,先取りして実践できているともいえる。今後 の研究で,3年間の学習指導計画の立案を進めてい きたい。 ▲交流し合う生徒 (3年生 書くこと)