近代経済社会の基本的性格
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(2) . 北海道教育大学紀要 (第一部B). 8巻 第 1 号 第1. 昭和42年8月. 近代経済 社会の基 本 的 性 格 --所謂資本主 義経済と呼称することの是非--. 石. 瀬. 沢. 北海道教育大学旭川分校歴史研究室. T6ru lsH[ZAWA : FundamentaI Economi c Character of N[ odern Ag e .. 次. 目 1 所謂資本主義社会の成立に関する諸家の 見解について 1 . 資本主義の概念の定義 2 . 資本主義精神に関する論争 イ. ウ ェ ー バ ー と ト レル チ の見 解 ロ, プ レソタ ーノ と ゾム バ ル トの見 解. ハ, ウェーバー の見解の修正意見の一人 と して の トー ニ ー の見 解. n 現代社会の状況把握について 1 . 近代経済社会の状況把握としての資本. 主義精神と資本主義制度の分析. イ. 資本主義精神分析の目的 ロ, マルクスの資本主義制度の分析 ハ. 当時の社会状況. 2 . 資本主義的概念規定による近代社会状. 況の把握方法の疑義 イ, 現代文明の危機観よりの疑義 ロ, トレルチの啓蒙主義論と ブリザー ブ ド・スミス の科学大復活時代論 ハ, 商業時代・商業革命時代. 近代経済社会を, 科学技術文明を根底と する産業主義社会と定義す. m. 1 , 啓蒙主義の定義 2 , 近代経済社会を, 科学技術文明の上に. たつ産業主義社会と定義す. 3 , 産業革命について 4 . 上述の時代区分と定義の, 諸家の見解 との類似性 5 , 日本経済史の窓からは, どのようにみ られるか. 所謂資本主義社 会の成立に関する諸家の見解について 1. 資本主義の概念の 定義 資本主 義とい う言葉は, 今日, 我々は日 常の用語と して 使用 しているが, この言葉の意 味は 必ず ) は わ れわ れ の研 究を 助 けて くれ る よ う な 明 ll しも統一さ れた用 語ではない. C.R. McConnel , , 確で普遍的な資本主義の定 義を与えてくれるものはない. だ から, どのようなものを純粋資本主義 とい う か を, い ろ い ろ の 特 色 を あ げ て み る ほ か は な い.. イ. 個 人 所 有. 口, 企 業 と 選 択 の 自 由. ハ, 主要動機が自己の利益の追求 二. 競争 ホ, 価格体系への依存 へ, 政府の限定的な支配. われわれ日本人は, アメリカのことを, 代表的な資本主 義国と考えているが, アメリカの経済学 2 )は land Chand l er 者 は, 必 ず しも, こ れ に 賛 同 して い る わ け で は な い. Baumo , アメ リ カ の 経 済. 体制は,いろいろによばれてい るが,どれも 一側面を強調 しているものである. 資本主義というとき は, 多くの資本が用い られ, 資本の所有者によって統制されているという意味でのべ られて いる. - 1 -.
(3) . 石. 沢. 徹. しか し, 資本の所有者によって経済体制が統制されているというのでは, 今日では 大きな誤解を与 えるものがある. その他に, 経済的個人主 義体制とか, 自由企業体制とか, 自由放任・競争体制とか いう言葉で表現 している経済学者もあるが, それぞれ近代経済社会の一面 を強調せるものである . アメリカの大学の経済学教科書をみると, 資本主義の用語を全く見出さないものが多い し,ま して, 資本主義の定義をあげているものは少い, 純粋経済学者は, 資本主義なる用語はみ とめていないと いわ れ る. マルクスの場合でも, 必ず しも, 資本主義の明確な定義を しているわけではない よく . 引用さ れ るマルクスの言葉は 「資本は生産手段及び生活手段の所有者が, 自分の労働力の販売者と しての 自由なる労働者を見出す場合 にのみ発生するのであり, そ してこの 一歴史的条件は 一の世界 )簡単にいえば 労働力の売買が 資本を他 から区別する特色であるという (これ 3 史を包 括する」 , , , は ゾムバ ルトの定義にも強調されているものだ) マルクスが自覚的に資本主義を定義づけているの を見出 しえない, )それが後には修 資本主義の概念の定義では, ゾムバ ルトが 社会経済学の立場 から試みており,4 正さ れてはいるが, 現代の経済思想に重要な概念規定 を与えている. ゾムバ ルトの定 義によると , 指揮権をもつ生産手段の所有者と, 経済の客体である無所有の労働者が市場 にて結合され 協働す , る一つの流通経済組織であり, 営利主 義と経済的な合理主義とが支配するものである 資本主義の , 本質的特徴には三つをあげることができる. 1 . 物質的生産手段の私有 にもとづく商品交換社会, 即ち, 市場 経済であること, 2 . 自由な労働者, 即ち, 法的に自己の労働力を市場において自由に 売ることができるばかりではなく, 経済的に生産手段をもたないために, 売 らざるをえない人びと が存在すること. 3 . 生産手段の所有 者である私的企業は, 営利原則, および合理的な経済計算に もとづいて, 私的利潤のために生産をおこなうこと. ゾムバ ルトがあげる三つ の特徴の中で, それ ぞれの経済学者によって, その中のどれかに重点をおいている マルクスの場合は 第二の特徴に , . 重点がおかれている. さ らに ゾムバ ルトは, 近代資本主義を三つの時期に分ける. 1 . 初期資本主義:13世紀より18世 紀半ばまでの, 支配的な封建 経済構造の中での合理的な資本主 義精神の拾頭 してきた時期 , 2 60年の技術的な発明たるコークスの精錬 法の初めての応用 の時代 から, 1 914 . 高度資本主義:17 年までの150年間. 産業 革命から第 一次世 界大戦まで. 3 後期資本主義 年以後 義現代まで :1 91 4 , , . (これはよく知られているものであるが, 後論に関係があるので一応 あげたまでである) 2 . 資本主義精神に関する論争 )の序言に 上述のような 時代区分をす るのは 一つ の時代に ゾムバ ルトは 「高度資本主義」5 , , , ………経済上の時代 にも, また, その特色を与えるも のは, 精神であると考えるからであるとのべ ている. 資本主義 には, それを特色づける資本主義精 神がある. 先にの べたような特徴をもつ資本 主 義 経済を, 歴史的に成立 せ しめた起動力を, 資本主義精神という経済意志にもとめる。 「異な っ た時代には, 異な った経済意志が常に支配 した し, また, この精神のみが自 らにふさわ しい形態, ) と い う (ド ッ ブ は ゾム バ ル ト を 批 判 して 7 した が っ て, ま た 一 つ の 経 済 組 織 を つ く りだ した」6 。 ,). 資本主義精神の発生 についての満足のゆく解明がなさ れていないという。) 資本主義精神の成立を如何に理解するかで論争が行わ れた. 次に代表的な人人の資本 主 義精神の 発達についての見解をみる. 資本主義精神とは, 資本主義の名でよばれる近代西欧経済組織に適合 す る 生 活 態 度 を い う. こ の 問 題 を は じめて 提 起 した の は, マ ッ ク ス ・ ウ ェ ← バ 【 の 「プ ロ テ ス タ ソ. ) である この論文を中心に して 経済史学の分野で はげ し プ 「ズムの倫理と資本主義の精神」8 , , , ー 2 ー.
(4) . 近 代経済 社会 の基 本的 性 格 い論争があり, 資本主義の本質と起源について, 大別 して, 二つの対照的な見方が生 じた. ウエー バ ー と, そ れ を 支 持す る ト レル チ の 見 解 に 対 して, ル ョ ・ プ レ ソタ ーノ と ゾムバ ル ト の 見 解 が 対 立 した, そ の 後, ウ エ ー バ ー の 見 解 の 修 正 と して, ト ー ネ ー ら の 意 見 が 発 表 さ れ た. こ こ で は, 最 初 に, ウ ェ ー バ ー と ト レル チ の 見 解 か ら み る とす る. イ, ウ ェ ー バ ー と ト レル チ の 見 解. ウェーバーの資本主義精 神の理解によれば, 個人的放縦と感性的欲求を禁 圧する倫理的態度, 世 俗的禁欲主 義の職業倫理が資本主義の一つの源泉となっている. ここで問題とするのは, 近代的産 業資本の意識形態で, それ以前の前期的資本は賎民的資本主義と して 区別さ れる, 賎民的資本主義 にあっては, 貨幣の追求が, 倫理的に無関心にか, 或は, 喜ぶべ きことではないがやむをえないこ とと して, 実際上は, 看過されているにすぎなかった, それが, 近代的資本主義では, 禁欲的プロ テスタ ンテ ィ ズ ム の 職 業 倫 理 観 に よ っ て, 「倫 理 の 転 換」 が 行 わ れ た ル ョ ・ プ レ ソタ ーノ の い う ,. ような, 宗教改 革によって生 じた精神的社会的拘束からの解放 で は な し に, 倫理の転換が行われ た, この転換によ って, 小資本主義的社会層が産業資本を生み出 したものであ って, 大資本 家 (独 占取引業者, 御用商人, 御用 金融 業者, 植民地企業家発起人ら) によるものではなかった。 (ここ で は プ レ ソタ ーノ, マ ル ク ス ら と 異 な る) 近 代 資 本 主 義精 神 は, 禁 欲 的 プ ロ テ ス タ ンテ ィ ズ ム た る. カル ビニ ズムの職業倫理によ って遊蕩的罪悪を排斥 し, 禁欲的 労働に従事することにより救いの確 信 を 維 持 せ ん とす る 努 力 か ら 生 ま れ た. カ ル ビニ ズ ム か ら発 生 した ピ ュ ー リ タ ニ ズ ム は, 合 理 的 禁. 欲的生活態度をも って, 財の獲得に専念する資本家を生みだ し, また, 合理的に訓練さ れた勤勉な 労働者の生活態度を育成 した, という. 9 )で ト レル チ の 見 解 は, 「プ ロ テ ス タ ンチ ズ ム とそ の 発 展」 , 職 業 に つ い て の ル ッタ ー の 世 俗 的 な. 召命倫理観は, カ トリ ック神学の中にすでにあったものであり, 中世カトリ ック 神学と同 じ保守的 な も の で あ る, ル ッ タ ー の 利 子 禁 止 論 も, 中世 的 な も の を う け つ い だ も の で あ る ル ッタ ー の 経 済 ,. 倫理思想は, 経済的発展の刺戟とはならず, 国民政府を強めたのみである. カルヴァンの方 は, 利 子禁止法をやめ, 投資の制限を緩和 し, ジュネー ブでは, 銀行をつく った, 資本主義制 度と力 ル ビ ニ ズ ム の 関 係 を 明 らか に した ウ ェ ー バ ー の 見 解 は 正 しい. こ の 資 本 主 義 精 神 に 関 係 の あ るカ ル ビ ニ ズム とは, ュ グノ ー ・ オ ラ ン ダ・イ ギリ ス ・ アメ リ カ の 初 期 資 本 主 義, パ イ エ チ ス ト バ プ テ ス ト ,. らもはいる, しか し, 現代資本主 義の冷酷な計画的倉欲は, 反プロテスタ ント的である, あまりに も世 俗 化 した 資 本 主 義 を, カ ル ビ ニ ズ ム も 抑 え る こ と が で き な い で 問 題 と な っ て い る. 口, プ レ ソタ ーノ と ゾム バ ル ト の 見 解. ウエーバーとトレルチの考えに反対する根拠は, 資本主義精神は, 宗教改革以前 にすでに興 って い た, プ ロ テ ス タ ン ト以 外 の 因 子 に よ る も の で, プ ロ テ ス タ ン ト は そ の 発 展 を 助 け た も の に す ぎ な ) 資 本 主 義的 精 神 の 本 質 を 営 利 欲 な い しは 利 潤 追 U い と 考 え るの で あ る, ル ョ ・ プ レ ソタ ーノ は,T ,. 求の努力と考えるので, 資本主義は近代ヨーロ ッパ に特盲の制度とは考えられず, その起源 は プロ テ ス タ ンテ ィ ズ ム や ュ ダャ 民 族 に 見 出 さ れ る の で は な く て, す で に ビザ ンツ 帝 国 に 存 続 した 古 代 社. 会の生活様式の中に見出され, 中世の金貸 しや商業の中にうけつがれていたが, 中世 はそれを束縛 し自由な活動をみとめなかった. しかるに, 宗教改革以来, 昔からあ った営利欲が自由に解放され た とい う, ウ エ ル ナ ー ・ ゾムバ ル トの 見 解 は,”) 必 ず しも プ レ ソタ ーノ と 同 一 で は な い, 資 本 主 義 前 史 で. は, 消費のために生産 したが, 資本主義社会では営利のために 生産するよ うになった, 中世後期以 後, 大商人, 問 屋らは, 利潤の増大をはかるために経営 した, 資本主義精 神の本質は, この営利に - 3 ー.
(5) . 石. 沢. 徹. ある. 営利の目的は貨幣の獲得欲であるが, 貨幣欲のみでは資本主 義的ではない. 貨幣欲に企業及 び市民道徳が結合 して 資本主義精神となる, 市民道徳とは, 家政を重ん じ, 収入経済の基礎をつく り, 節倹・勤勉を奨励 し, 契約を重ん じ, 正直を旨と し, 計算に明るいことである. 初期資本主義 では人間的要素が濃いが, 高度資本主 義では, 利潤の獲得には 手段をえらばず, 営利のために営利 す る を 日 的 とす る よ う に な っ た, ハ. ウ ェ ー バ ー の 見 解 の 修 正 意 見 の 一 人 と して の ト ー ニ ー の 見 解 ) にて ウェ ーバ ー の 着 想 を 英 国 史 の 事 実 によ って 検 2 トー ニ ー は, 「宗 教 と 資 本 主 義 の 勃 興」1 , ,. 証 し, 実践生活にどう結 びつ けるかを考えるにあるという. 宗教改革 の直前とそれ以後の二世紀間 は, 神学的鋳型が打ちこわされて, 近代の社会理論なる自然主 義的説明が生まれ, 国家の偶像化が おこ った. 17世紀後半には, 経済行為へのキリス ト教的基準は 失われて しまい, ア ダム・スミスの 経済学やマルサスの 人口論のように, 経済学を倫理よりも, 計算でする科学と考えるようにな った ル ッターやカル ヴァ ソの経済思想は, 中世の後継者としての姿が著 しい. ル ッターの社会倫理は, きわ めて保守的であ って, カノ ン法は否定 した が, 実際の内容ではカノ ン法以上 に保守的なものを 強 権 に よ っ て 施 行 す る こ と を も と め た. 国 家 の 強 権 に よ る 強 制 を 求 め た, ル ッ タ 一 派 のメ ラ ソ ヒ ト. ソは, ル ッターの利息禁止論は重視せず, 経済の統制は国家のすべきものであり, 教会 による経済 の統制を放棄する方向へと動いた, カ ル ヴ ア ソの 場 合 は, ル ッ タ ー と は 社 会 的 背 景 も 異 な り, ブ ル ジ ョ ア ジ ー の 社 会 を 背 景 と して,. 農業主よりも産業人に語りかけた. 高利には 厳 しい 制限を したが, 利潤の正当性はみとめた. カル ビン主義の社会 政策 は, ジュネー ブで実践され た が, その細部にては, 中世的なものであ った, 英 蕎 国ではカル ビニ ズム的宗教運動の影響 によ って, 宗教改革のみならず, 国家 や社会の改革が同 時に もとめられて, 経済活動への国家の干渉は 排斥され, 経済学と倫理学とは区別されるようになり, 僧正 政治は 否定された, 産業革命の進行の中で, 教会は社 会の適切な指 導ができす, 教会の社会倫 理の基準は 放棄された. ピュ ーリタニズム (清教運動) は, 厳格な規律ある生活を重 ん じ, 搾取を 排 した の で あ る か ら, 資 本 主 義 精 神 は ピ ュ ー リ タ ニ ズ ム の 子 で は な か っ た が, ピ ュ ー リ タ ニ ズ ム は. 資本主 義精神を発酵させる酵母とはな った. カル ビンの穏当な利子正当論の教理を歓迎L , , 実践的 には高利を みとめ, 腹想的よりも, 活動的なことを求めたので, 現実には, 打算的商業 主 義, 休み なき利得心は, 経済的美徳とされた. ピューリタニズムは, 個人主義であり, 富は神の祝福の分前 であると考えられ, 貧困には同情 がなく, 社会政策は歓迎されなかった. 結論として いえば, キリス ト教会 は信 徒に対す る社会経済倫理的行為の 管理指導の面から後退 し て しま った, 宗教 (教会) の信徒に対する社会生活への支配領域の縮少をきた した. 経済学は, か つては倫理学の一つであり, 倫理学は神学の一つであ って, ル ッターもカル ヴァ ソも経済問題を神 学の 一部と して 問題に して いたのが, 今や全く分離するにいた った. 政治思想 にも変化を生 じ, 通俗化さ れてい った. 宗教は個人的な魂の領分だけを支配 し, 自然的 な経済的野心が実業上の社会 生活を支配 した. これより して, 目的な しに車をまわすという経済活 動の崇拝が生まれた, しか し富の崇拝である資本主義と神の崇拝である教会とは 妥協できないもの で あ る, 宗 教 改 革 の 時 代 に は, カ ル ビ ニ ズ ム の 「神 の 栄 光 の た め に」 と い う 大 義 が あ っ た が, こ の. 大義を失 った資本主義精神 から, 近代社会の価値の喪失という空廻りの時代を生みだ した. ついに は 財産が人を使役するにいた っている. トーニーのいうには, 教会の経済社会問題への無関心こそ は, 教会の敵であるというのである. もちろん, 経済社会問題の解決が, 一切の問題の解決とはな らず, より根本的な今一つの問題があるとしても, きわめて重要な問題と考えているのである. - 4 -.
(6) . 近 代経 済社会 の基 本 的 性格 韮. 現代社会の状況把握について. 1, 近代経済社会の状況把握としての資本主義精神と資本主義制度の分析 イ, 資本主義精神 分析の目的 ウェーバ ーは, 欧州近代文化の特質を分析するを目的と し, 歴史的に明らかに しようとした, 近 代文化の重要な特色の一つは, 資本主 義文化であると考えた, すると, 資本主 義文化を生みだ し, 3 ) それを支えている資本主義精神の起源と由来を, 歴史的に明らかに しようとした. 安藤英治氏は1 ウェーバ ーがああまでに経済を重視 した理由について, 第一には何よりも近代 資本主義は, 現代に とって, 一個の運命と して受けとめられ ねばならない決定的な力として働いているという事実認識 であって,, これについては, とくに言及する必要 はないであろう, 経済 が歴史的な社 会勢力となっ た とこ ろ に, 現 代 の 歴 史 的 特 性 を み て い る 点 に おい て, ウ ェ ー バ ー は マ ル ク ス と 同 じで あ っ た. こ. れを ドイ ツの特殊 事情については具体的にいえば, ビスマルク帝国の成立とともに始ま った第二次 産業 革命の進展にともない, 社会経済問題のもつウェイ トが, 政治問題の役割を凌駕 しは じめたと いう状況が考え られる, ウェ【バ ーは, 90年代中葉に, 当時 ドイツにおいて, あらゆる部門に経済 学的思考が進出 し, ついには, 経済学が自己の妥当な領域をふみこえるという事態を招いてい る状 況に……とりわけ経済学が素材から価値判断を引きだせ るという錯覚に……向って警告を発 してい るのである. 第二には, カウ ッキー主義という形でうけとめられた唯物史 観の呪縛を断ちき ること に あ っ た, 第 三 には, 以 上 の 一 つ の 問 題 意 識 は ウ ェ ー バ ー の 場 合, と も に 前 述 の ナ シ ョ ナ リ ズムの. 観点 から生みだされた. 現状改革の意欲によって支え られていたことに注意す る必要がある, その 中核をなす ものは, ドイツ的精神構造 (エートス) をめく る 問 題 で あ っ た, と, ) は 「マ ル ク ス と ウ ェ ー バ ー の 科 学 的 探 求 の 明 白 な テ ー マ は, 確 か 4 ま た, カ ー ル ・ レヴ ィ ッ ト1 ,. に資本主義ということにち がいない. しか し, 彼らを資本主義の探求 に駆りたてているものは, 現 代の人間世界における人間性の運命如何にという問いなのであって, 資本主義は, まさに, この人 間世界の問題性を特徴的に表現 しているのである」 「しか し両者のいずれの場合にも, 彼らを歴史 的探求 にむかわせた本来の動機は, 現在の実相を直接にとらえること, しかも政治の介入が生みだ す可能性によ って方向を定めてとらえることであ った」 「彼らが一つの特別な社会哲学をうちたて たからではなくて, われわれ人間存在の現実問題に当面 して, 彼らが実際に, しかも, 彼らの本来 の探求の動機に したがって, 今日の生活関係の全体を, 資本主義という名称の下に, 科学的に問題 とした からである, 両人とも 市民的資本主義経 マルクスは 直接に, ウ ェーバーは 間接的に 済を手掛りとして, 市民社会における今日の人間の批判的分析を提出する. その際の基礎となるの は, 『経済』 が人間の運命になったという経験である」 と, トレルチも, 神学者として、 キリス ,ト教官教のため, 近代社会文明の状況を正 しく把握せんと し て, 近代社会の特質を資本主 義と してとらえ, 資本主義精神の分析をテーマとした, それが Prot‐ r l d であ った, 序文に, 現代世界の理解のためには, 資本主義精神 estanti sm and the Mod ern 帆 o r の歴史的由来の解明を必要とするとのべ, 近代資本主義精神の分析ではウェーバ ーの 見解を支持 し 称賛 した. ルョ・ プ レソターノは, 新歴史学派の代表的な経済学者であって, 労働問題の研究を し, 当時の 資本主 義社会の現状を非と し, それを是正するために, 他の歴史学派経済学者と共に, 社会 政策 学 会をつくり, 社会改良主義を主張 した. 下からの労働者の自由な団結の力による社会改良に希望を 1 928 ) なる名著を著 し名声を拍 したが, 託 した, ゾムバルトも, また, 「社会主義及び社会運動」(.
(7) . 石. 沢. 徹. やはり当時の資本主義の現状 を非とし, その是正をもって使命とせるものであった, トーキ ーにあ っても, 当代の社会問題の歴史的由来の観察に目をむけて, キリスト教社会主 義思想をとくもので ある, 現代社会の経済状況を資本主義と把握 し, そこに当代の社会問題の発生の根源を見出さんと す る も の で あ っ た,. ) 5 ロ. マルクスの資本主義制度の分析7 マルクスの場合も, 現代の社会問題の根源を, 資本主義制度の矛盾にあるものとして, 資本主義 制度の分析をもって始め, 結 論と して, それを否定 し, 社会主 義制度の樹立さるべきをとくのであ る. マルクスは, それぞれの発展段階を異にする社会の特質を, その社会に固有な生産様式によ っ てとらえるべ きものと考えた, .資本主義固有の生産様式は, 社会的生産におけ る労働力の基本的形 態が自 由な賃 労働であること. 自 由な賃労働とは, 労働力 が労働者自身にとって, 他の商品と同様 に, 商品の形態をとって現われていること. 社会的生産は, 生産手段および生活資本の所有者た る 資本家と, 労働力という商品の販売者たる労働者とが, 労働力の自由な売買を通 じて結合すること によ ってのみ行われること, した がって, 資本主義とは, 自由な賃労働が社会的 生産の基礎をな し ている社会にほかならない. マルク スは資本家と賃労働者との二大階級の対立激化せる時代と把握 し, 賃労働者 は資本家に搾取され貧困を強いられているので, かかる階級対立のない社会主義・共 ) 今日 社会問題は重要でないという意味ではな 産主義経済体制を実現するにあると考えているJ6 , いが, 経済構造は変化 して, 資本家と経営者は分離 し, 企業体は資本家の自由にならないものとな っ て い る. ま た, わ れ わ れ は、 よ り 根 本 的 な 問 題 に 直 面 して い る の で あ る.. ハ. 当 時の社会状況 彼らは 自由主義的資本主義制度が作りだす社会的矛盾をみて, その修正なり, 変革なりを求め, 7 1 ) ウェーバ ーの立場は 当時 ドイ ツの経済状勢は 社会改良主義 や社会主義を提起 したのであ る. , , イ ギリスなどよりもおくれをとっており, 社会 政策 学会の学者たちの求める社会 政策の実施は負担 にたえないと して, 非難されていたときで, ウェ【バ ーは社会科学者は, 純粋に科学的態度にとど まるべきであると主張 した. 他方では, ヘー ゲル左派による唯物史観による歴史解釈の, 観念的イ デオロ ギー性を, 同時に, 非科学的, 非学問的と して 批判 し, 学問は時代おくれとなるを覚悟の上 8 ) で, 専門の仕事への専心がなけれ ばならないと考えた.1 2 . 資本主義的概念規定による近代社会状況把握の方法の疑義 近代社会をどのように把握するかということは, 現代の課題を正 しく把握する本質的な問題にか か わ り の あ るこ と で あ る.. イ. 現代文明の危機観よりする疑義 ウ ェ ー バ ー, 初 期 の ト レル チ, プ レ ソタ トノ, ゾ ム バ ル ト, マ ル ク ス, トー ニ ー ら が, 近 代 社 会. の根本的な重要性格を, 資本主義と して とらえ, そのよ ってたつ精神 (マルクスは別として) を資 本主義精神と したのであるが, そ れは現代の状況の中に生活 しているわれわれからみて正 しい把握 の仕方であるの か. われわれ現代人は, より根本的な文明の危機という重要な課題に 直 面 して い る. 歴史的運命と して, 資本主義国が滅び, 社会主義国が存続するというような弁証法的な問題で・ は ない. 両陣営ともに否定されるか, 存続するかの問題である. 現代文明の危機という観点にたて ば, 近代社会の性格の把握という課題も, 資本主義対社会主義・共産主義というような対立的な把 握では なく, より根本的な把握の仕方でなければならない. 1 9 ) なる著述で 現代の社会的精神的状況が問われるときに, ヤス パ ースは 「現代の精神的状況」 , - 6 ー.
(8) . 近 代経 済 社会 の基 本的 性 格 人間の疎外を説明 し, 現代にあ っては, 政治, 社会, 文化のあらゆる現象をみても, 人間存在は危 機的状況にある. 人間存在は技術化, 機械化, 大量化の機構の中で見失われ, 個人は大衆のうちに 0 ) の著述では 近代の科学技 埋没 して, 人間疎外の現象を呈している, また 「歴史の始源と目的」2 , 術文明は, 世界の諸国民に受入れられて いるものであるが, 少 しも人間の精神的覚醒をもたらすも の で は な い と して い る. 1 ) で の べ るとこ ろは 教会 は 中 世 以 来 ま た 現 代 の トイ ソ ビ ー が, 「一 歴 史 家 の 宗 教 へ の 接 近」 2 , ,. 分派・抗争◎殺数 しあい, その他の悪弊もあ って, 世の識者を宗教 から眼をそ むけさせて しま った が, 17世紀以来, 教会文化に代る科学技術崇拝の文明が隆盛をきた した, 今や, この文明が生みだ せる精神的状況や, 社会的, 文明的結果が, 今日重大問題とさ れ, 再び宗教遺産に救いの希望を託 さ ざ るを え な い と 語 っ て い る, 2 ) な る著 述 で 現 代 文 明 の 特 徴 は 人 間 ま た, ベ ル ジ ャ エフ は, 「新 しい 時 代 の 転 機 に 立 ち て」2 , ,. 性を真の生活 から疎外 してきたことである, 機械は人間精神の創造であるのに, 人間精神は自らの 創造を如何に支配すべ きかを知らず, 隷属せ しめられている. 現代の世界に要求されるものは, 社 会革命のみならず, 精神的革命である, 現代世界の人間は, きわめてみ じめな状態にある.・人間は その人格を失い, しかも, 人生の意味への手掛りを失 った. 深刻な危機は, 人間自身における危機 だという, ここでも, 現代文明の危機は, 資本主義か社会主義かの課題では なくて, 人間自身の危 機である, 人間性の喪失である, 唯物史観 や社会革命では解決されない問題である, ) な る 著 述 で 「こ こ30年 来 わ れ わ れ は 人 類 3 ま た, M o ブ ー バ ー は, 「も う 一 つ の 社 会 主 義」2 , , ,. 史上最大の危機の発端に生活 していることを感 じている, 近年驚く べきもろもろの出来事も, また こ の 危 機 の 徴 候 と して の み 理 解 さ れ る こ と が, わ れ わ れ に い よ い よ 明 らか と な っ て い る, そ れ は 決 して, た ん に, 他 の い く 分 か は す で に 準 備 さ れ た シス テ ム に よ っ て と り か え られ る 経 済 的 お よ び 社 会 的 シス テ ム の 危 機 で は な い, す べ て の シス テ ム が, 古 い も の も, 新 しい も の も, ひ と しく, こ の 危 機 の 中 に ま き こ ま れ て い る, 危 機 を と お して 問 わ れ て い る の は, ま さ しく, 世 界 に お け る 人 間 の. 存在一般にほ かならない」 ブーバ ーはいう, 古いもの, 資本主義, 新 しいもの, 社会主義・共産主 義のいずれが生きるか死ぬるかの問題ではない. 「世界 における人間の存在一般」 が問われている とい う の だ,. 以上のような現代の状況の観点にた ってみるときに, 近代社会を資本主義としてとらえる従来の 歴史の見方は再考 してみる必要を痛感する, 口, トレルチの啓蒙主義時代論とプリザー ブ ド・スミスの科学大復活時代論 4 ) (1897) と 「ル ネ ッ サ ンス と 宗 先 に ウ ェ ー バ ー の 論 に 賛 同 した ト レル チ は, 後 に 「啓 蒙 主 義」 2. 4 )( 教改革」2 1 916 ) の論文を書いた. ルネ ッサ ンス は 後向きであり, 宗教改革は 中世的 ドグマ主義 であって, 啓蒙主義こそは西欧近代社会の始まりである, ルネ ッサンスと宗教改革の時代は, 啓 蒙 主義から始まる近代社会成立への準備期, また過渡期と して 把握される, 「ルネ ッサンスと宗教改 革」 の 時代 文化と, 啓蒙主義文化を峻別 し, 啓 蒙主義にこそ近代社会の誕生があると主張する, ヘ レニ ズ ム とヘ ブ ライ ズ ム の, 中 世 的 な 統 一 と調 和 が, トマ ス o ア ク イ ナ ス に よ っ て 完 成 さ れ,. 両者は中世教会文化の中で調和と統制のために抑制されていたのであるが, ルネ ッサンスと宗教改 ・ 「ルネ ッサンスと宗教改革」 時代は, 中世 革によって, 分裂 し, 分極化 し, 自己をあらわに した, 的調和と統一の社会崩壊時代である. それが, 両者が啓蒙主義において, 相互に作用 し, 融合 して 一応新体制 による統一をな しとげたのが啓蒙主義時代であると考えている, (S,H. フ ランクリ ン 5 ) でも 宗教改革とル ッサ ンスの時代は 中世的トマス的調和と統 の 「キリスト教社会倫理概説」2 , , 一 7 -.
(9) . 石. 沢. 撤. 一の 分裂と崩壊であ ると している) 6 )1543-1687 年 の 時 代 の 最 も 著 しい 傾 向 を 科 学 再 生 (Sc ie 他 方 に, プ リ ザ ー ブ ド・ ス ミ ス は, 2 i f i th) の 時 代 で あ る と し, ベ ー コ ン (Ba con) の 言 葉 を 用 い て, 科 学 大 復 活 時 代 (The nt crebi r Ageof the Great Renewa l ) と よ び, そ れ が 啓 蒙 主 義 で 頂 点 に 達 した と の べ て い る. ク レー ン・ 7 ) は ス ミ ス の 研 究 の 結 果 を 次 の よ う に ま と め て い る 「宗 教 改 革 の 人 々, ル ッ タ ー, プ リ ン ト ソ2 , , カ ル ヴ ァ ソ, そ の 他 の 人 々, 彼 ら は た と え ロ ー マ ン o カ トリ シ ズ ム の 多 く の ド グマ を 拒 否 した とは い え, 彼 ら自 身 の 見 解 は, 固 く ド グ マ チ ス トで あ っ た. ま た, ル ネ ッ サ ンス の 人 々, 芸 術 家, ヒ ュ ー マ ニ ス ト らは, 過 去 に 顔 を 向 け て い た 人 た ち で あ り, ギリ シ ャ, ロ ー マ 人 の盲 目 的 な 崇 拝 者 で あ. った, 彼らは伝統的キリス ト教に対 しては, 無関心で批判者ではなく, キリス ト教の超自然的な教 義についての懐疑者でもなく, 何ら迷信征伐の十字軍兵士でもなか った. だから, スミスは, 近代 を過去から分かつところの, 正 しいた しかな有効な印は, 自然科学の成長にあった と考えた」 スミ 8 ) で 彼 の い う 「近 代」 と は 15世 紀 の ル ネ ッ サ ンス や, 16世 紀 の ス 自 身 も, 「近 代 文 化 の 歴 史」2 , , i l i t) を も っ て i f i i t ona s 宗教改革に始まるのでは なくて, その時代の科学的合理主義者 (Sc c Rat en. 始まるものである. 少くとも, 啓示宗教に対 して, 理性による懐疑の時代であり, 18世紀の啓蒙主 義で頂点 に達する- だ から, 近代文化は, この科学的合理主義をも って始まるものである. 理性の 時代 (Ag eof Reason) は, 1543年 の コ ペ ル ニ ク ス の 「天 体 の 回 転 に つ い て」 や, 1545年 の ベ サ リ G ウスの 「人体の構造」 , つ づいてカル ダンの代数理論 The reat Art を も っ て 始 め られ た の で あ って, 従来, 「ルネ ッサ ンスと宗教 改革の時代」 といわれた時代は, 科学的再生にこそ, この時代 の著 しい傾向がある. 文化史家にとりて, この四世紀間の自然科学の興起と発展とは, 現代の最も 著 しい特色であり, これこそは, すべての歴史事件の中で, 最も重要な事件であった. 近代文化, 近代生活 を形成せ し要素の中で, 科学は最大のものであり, 1543-1 687年の間の科学 (天文学, 物 理学, 数学, 地理学, 生物 学, 解剖学, その他の科学) の発達をも って, 歴史は叙述されねばなら な い, と,. ハ. 商業時代・商業革命 時代 ルネ ッサ ンス・宗教改革の時代は, 経済 史上, 商業時代, 商業革命の時代とよばれるようにな っ 9 )近 代 経 済 史 を 二 つ の 時 期 に わ け る 1500-1750年 の 時 代 は 商 業 た, ワ ル バ ソ ク ・ テ ィ ラ ー は, 2 , , try) に 著 しい 変 化 が み られ る. の 変 化 と 発 展 に 特 徴 が あ り, 1750 年 か ら現 代 ま で は, 工 業 (indus. 故に第一の時期は商業時代であり, 第二の時代は, 産業時代という. 商業時代は 三つの革命を伴 っ た. 政治革命 (封建制度と中世教会の崩壊, 国民国家と国民教育の代替) と, ルネ ッサンス・宗教 改革とその後の科学と合理主義の発展をもたらす知的・道徳 的革命と, 地理的革命を伴 った. 商業 時代には, 経済 思想と して重商主義政策がとかれた. 0 )先にのべた時代を商業時代とよび, 商業革命は きわめて遅々と サ ベ ールらの世界 文明史では,3 漸進的にすす められたものであり, この時代の大地理的発展は, 商業の成長を著 しく 助けた, 商業 時代というのは, ヨ ーロ ッパ経済 生活が, 貿易, 特に多くは探険による巨大な貿易の増加によって 起 っ た もの で あ る. こ れ に よ っ て 新 しい 産 物, 奴 隷 貿 易, 新 しい 社 会 習 慣 が, ヨ ー ロ ッ パ に も た ら. された. 大西洋をこえてのヨーロ ッパ商業の海外への発展は, 真の意味では, ポルトガルのヘ ンリ 9年に, アフ リカ海岸の商業的可能性を組織的に探険 ー王子の仕事によ って始め られた, 王子は141 es) に あ っ め て, 組 織 的 計 画 を も っ て, 毎 さ せ た. 数 学 者, 地 理 学 者, 船 長 ら を サ グ レス (Sagr 年, ア フ リ カ 海 岸 へ 探 険 を 出 した. 1434年 に は 奴 隷 貿 易 を 西 ヨ ー ロ ッ パ に 開 い た. 1497年 に は, 王 子 の 精 神 を つ い だ ヴ ア ス コ ・ ダ・ ガ マ は, 印 度 カ ル カ ッ タ に つ き, そ こ の 商 品 を も ち か え て60倍 の - 8 -.
(10) . 近 代経済社会 の基 本的 性格 利をえた, 商業時代の大発展は, やはり当時の科学技術の発達, とくに航海王によるそれ らの知識 と技術の組織化, 天文, 数学, 地理学, 航海 技術, それに火器などの総合的組織化によ ったもので .. あ る,. 皿. 近代経済社会を, 科学技術文明を根底とする産業主義社会と定義する,. 互にのべたような疑 義をもつが故に, 私は近代社会を資本主義社会とは定 義せず, 啓蒙主義に始 まる, 科学技術文明を根底とする産業主義社会と定義する, 最初に啓蒙主義について略述する, 1 , 啓蒙主義の定義 2 )「ル ネ ッ サ ンス と 宗 教 改 革」 な る 論 文 で 両 者 の 相 異 と 対 立 先 にの べ た よ う に, ト レル チ は, 3 , の 著 しし・こ とを 示 し, そ れ が 同 一 時 代 な る が 故 に, 一つ の ル ネ ッ サ ンス と して う け と る べ き で は な い こ と, こ の 時 代 は 「ョ 【 ロ ッ パ 文 化 の 主 要 構 成 要 素」 た る ル ネ ッ サ ンス と 宗 教 改 革 に 分 極 した も の で あ り, 一 度, 分極 した も の が, 啓 蒙 主 義 お よ び 新 プ ロ テ ス タ ソチ ズ ム の 中 で, ル ネ ッ サ ンス の. ヘ レニズム的傾向を主流として, 再 び総合と統一がもたらされ, 中世とは異質的な近代社 会が成立 した とい う, 私 は 思 う に, ヘ レニ ズ ム 的 傾 向 を 主 流 と して, 啓 蒙 主 義 に よ っ て, 再 び 総 合 o 統一さ れた近代西欧文化は, 第一次世界大戦に至るまでの, 進化主義的歴史思想や人間観には, 啓蒙主義 以来の歴史思想や人間観が基調をな していると思う. しか るに, 現代, 実存哲学が起る主たる基調 には, ヘ レニ ズム的主流をもって総合された, 啓蒙主義時代以来の総合と統一が今日にいたり, 識 者 の認 識 に お い て 破 れ た こ と で あ る, キ エ ル ケ ゴ ー ル や K o バ ルトの文化否認的態度や, ベルジャ エフ, M ・ ブ ー バ ー らの 精 神 的 深 さ は, 再 び 分 極 化 を き た せ る も の で あ る と み る こ と が で き る,. トレルチは, この一 つの源泉を, 一つは 予言者的, キリスト教的な宗教世界からであり, 他は古 代の精神文化から由来するものであると し, 西欧近代世界の開始とみられる啓 蒙主義は, 「教会と 神学によ って決定されていた従来の支配的文化」 の全面的否定であり, それは単に思想運動のみで なく, 政治・経済o国家o神学・哲学・自然科学思想◎歴史り文学・教育 4テ政改革についての, 全面的な共通の特徴を示 している, この啓蒙主義において, 近代社会は成立 した. 啓蒙主義で成立 した近代社 会は, 表面は宗教改革の根本精神なる禁欲精神で色づ けられな がらも, ルネ ッサ ンス精 神が, 文化の全面に, とくに禁欲の解体をさせる浸食作用 となった. そ して, ルネ ッサンスに浸透 さ れ た 近 代 的 ネ オ ・ プ ロ テ ス タ ンチ ズ ム が 生 じた とい う の で あ る, )な る著 述 で こ の 運 動 は ル ネ ッ サ ンス や 3 プ リ ザ ー ブ ド・ス ミ ス は 「啓 蒙 主 義, 1687-1776年」 3 ,. 宗教改革に劣らず, 新 しい世界観や新 しい知的秩序をつく ったもので, ヨーロ ッパ 人がこれまでも っていた知的基準を変えたものである. 「新 しい真理の基準をたてたもの, 科学に基礎をおく真理 の 基準 を た て た もの で あ る .ル ネ ッ サ ンス の ヒ ュ ー マ ス ト が, 中 世 主 義 や ス コ ラ 主 義 へ の 反 抗 に う. l l i t umina ) は, 過 去 の 一 切 の 著 述 の 権 威 に よ ら っ たえ た る に, こ こ で は18世 紀 のイ ル ミ ナ テ ィ (i. ずに, 理性の発見にたよらしめたのである, 宗教改革が過去の教会の伝統を批判 して, 聖書によら しめた とせば, ここでは, 自然の法 (数学や天文学によって発見されたろ) に 支 点 を 発見 した, , ,…,啓蒙主義者は, 科学に基準を見出 した, 従来の判断の基準であ った啓示 に, 科学がかわ った, ……新 しい知識の侵食が始まり, 次第に科学が哲学の位置に代 った. 歴史が神学に代 った, 啓蒙主 義の著 しい特色は, 理性への著 しい確信にあ った, 理性主義の時代であ った, 18世紀の特別な合理主義を, 経済 的理由に帰するのは 誤りである, この時代の精神は, 物質的制 度の土壌から生まれたのみでなく, 当時の知的雰囲気から生まれたものである, 啓蒙主 義の世界観 - 9 -.
(11) . 石. 沢. 撤. は, 一つは前 の世紀から受けついだものであり, 他は新 しい科学によ って作りなおされたものであ る. 先祖たちからは, 絶対真理への信仰, 合理 的, 包括的普遍への信仰をうけついで, 啓蒙主義の 哲学者は, 科学に真理の新 しい 基準を見出 した」 17世紀の天文学による宇宙観, 引力の法則について のニュートンの発見による数学的公式の真理 性な どによる自然科学は, 新 しい パターンの思想を与えた. 歴史は人間性についての新 しい知識を 与えた. この時代の歴 史は, 自然に固有の科学的法則に従 って研究されたものであるが, 次第に, 制度, 政治学, 宗教, 教育, 心理学, 美学も, 自然科学のク ビキの下に服 し, それは自然の法則を 補 い, そ の 方 法 に よ っ て 調 査 さ れ, 批 判 さ れ る も の で あ る と説 明 さ れ た. 要 す る に, ス ミ ス は, 啓. 蒙主義は, 新 しい科学に真理の基準をおいているの が特色であるという. ) な る 著 述 で 1700年 頃 ま で に 自 然 科 学 は ニ 4 ク レー ン・ プ リ ン ト ソ は, 「近 代 精 神 の 形 成」 3 , , , ュ ー ト ンの 大 総 合 を 可 能 な ら し め る よ う な 段 階 に ま で 達 して い た. 1700年 に は, 科 学 は, ま だ, 知. 識階級の職業 の最も尊敬す べきものではなかった-それによ っては富や威信をうけることはできな か った. しか し, 科学的知識は, 学問のあ る人々の心の中に浸透 しゆきて, 西方世界の合理的観念 (理性主義) を達成する助けの一つとな った. 「富と次第にたかま ってゆく現代の経済組織とは, 科学の隆盛と関 係があることは注目せねばなら ぬ. こ の 関 係 は, す べ て を 説 明 しえ ぬ と して も, 明 ら か に そ の 一 部 を な す も の で あ る」. 近代社会 が啓蒙主義に始まるとせ ば, それは科学に基 礎をおく, 啓 蒙理性主義の世界観であり, 科学技術文明に基 礎をおく, 産業社会にこそ, 近代社会の特色があるとみられ るのである, 近代社 会を啓蒙主 義以後とすれば, ルネ ッサ ンスと宗教改革の時代は, 中世社会の末期であり, 近代社会 5 )ウ ェ ー バ ー の あ の 生 ま れ る 胎 生 期 で あ り, あ らゆ る 要 素 が 分 裂 し, 生 ま れ て い る. 榊 原 厳 氏 は, 3. げるフランクリ ンの精神は, 啓蒙主 義哲学の生める子であり, したがって資本主 義精神は啓蒙主義 哲 学 の 子 で あ る と して い る′ こ の よ う に み れ ば, カ ル ビ ニ ズ ム の 本 来 の 精 神 と の 矛 盾 は 解 決 さ れ る. が, 榊原氏は資本主義精神とは何かを深く究明 していない, 2 . 近代経済社会を, 科学技術文明の上にたつ産業主義社会と定義する. 近代社会の誕生を, 科学の発達に基 礎をおく啓蒙主義以後とするならば, 近代経済社会は科学技 術文明の生みだせる産業主義社会とみるのが, 現代の状況を理解するには 最も適切な見方であると 確信する. この観 点にたっときは, 資本主義か社会主義かという選択的な課題の仕方よりも, より 根本 的な把握の仕方は, 科学技術 文明とそれ が生みだせる課題, 経済史的にいえば, 産業主義社会 の生みだす課題が, より本質的な課題の把握の仕方である と信ずる. かく の如く考えると, 科学技 術文明の発生と由来, その文化と社会全般への影響についての理解, 産業革命の発生と由来が理解 さ れねばな らない, 啓蒙主義以来の理性主義文化の社会こそは近代社会であり, 産業革命の基礎の 上にたつ近代経済社会が産業主義社会である, 啓 蒙主義の精神, 理性主義, 科学的合理主義 (科学 主義) が, 産業主義社会の精神である. ゾムバ ルトは高 度資本主義は, かくの如き科学的合理主義 6 )中世最後の歴史思想 家といわ とい った, 啓蒙主義時代は, 歴史思想では, ボルテールによ って,3 7 )思想文化的には, 中世的なるものの完全な批判が行わ れるポッ ツェ の歴史神学の批判がなされ,3 れた. 社会的には, フ レデリ ック大王自身の言葉にもあるように, 啓蒙君主の出現によって, 旧体 制が根本から批判さ れるものがあり, 科学技術文化の進歩に支えられて, 産業革命は進展 し, その 社会 的変化の重大さと, 現代社会をつくる上での影響では, ルネ ッサ ンスと宗教改革の影響をはる か に こ え る も の で あ る.. - 10 -.
(12) . 近 代 経 済 社 会 の基 本的 性 格. 3,. 産 業革命 について. 近代経済社会を, 科学技術文明の発達 に基礎をおく産業主義社会と定義 したが, それを 一般の歴 史的用語をもってすれ ば, 産業革命に根底をおく産業主義社会ということである そこで, 産業革 . 命は何時頃, どのように して起った かが問題となる, 産 業 革 命 な る用 語 は, 1884年 に 出 版 さ れ た ア ーノ ル ドo トイ ソビーの講義に冠せ られた題名であ )そ れ 以 後 一 般 的 に 広 く 用 い られ る よ う に な た トイ ソ ビ ー が そ の用 語 に 与 え た 概 念 が 8 る が, 3 っ . ,. 長く学界の通念とな った, 最初に 「産業革命」 についての, 通俗的な歴 史的解釈を しておくと 産 , 業革命とは, 177 0年代から英に始ま り, 1 9世紀には欧米諸国へと波及 した, 機械の発明と使用によ る生産方法の根本的変 革と, それに伴う社会的変 革があ った 変革は繊維工業 ・ー グ リ 【 ヴ ス, , ア ー ク ライ ト, カ ー トライ ト らの 諸 発 明 あ り) か ら始 ま っ て, 交 通, 重 工 業, 農 業 に も 及 び 石 炭 ・ ,. 鉄を動力源とする大工場制の確立, 階級分化と対立, 人ロの都市集中などをもた らし 資本主義を , 確立し, 市民社会を完成 した. 産業資本主義とは, 産業革命以後の資本制生産様式であ り 商業資 , 本や高利貸資本に対比される. 資本家が専らに工業生産に投資 して 大工場を建設し 農業 手工 , , , 業方面 から, 労働力を吸収 して, 労資の対立が決定的となると, いわれる . トイ ソ ビ ー が 与 え た 産 業 革 命 の 定 義 は, 1920年 代 に な っ て 批 判 さ れ る よ う に な っ た トイ ソ ビ ー ,. の説を革命説とすれば, 批判者の説は連 続説といわれる トイ ソビーの解釈 が革命説といわれるの . は, 1760年 (ジ ョ ー ジ 皿 世 の 即 位) か ら1830一1840年 (1837年 ビク トリ ア 女 王 の 即 位) の 短 い 期 間. を, 産業革命の時期としているからである. 「17 60年以前には, 英国では古い産業制度が行われて いた, 大きな機械的発明の導入が全くみられず, 農業上の変革も まだ現われていない」 と さ ら , , ‐世紀のは じめにかけての工業な らびに農業革命である」 とし に, 「講義の主題は, 18世紀末から19 ‐世紀 は じめを そ の 終 期 と み て い る トイ ソ ビ ー は 産 業 革 命 の 時 期 を ごく 限 られ た て い る か ら, 19 , ,. 時期にみている. また トイ ソビーは, 産業革命の突発性, 激変性を強く主張 している 「産業革命 , の諸事実に接 して, われわれを驚かす第一のことは 人口の急激 にして大きな増加である」 また製 , 造工程における 「もっ とも明瞭な事実は この時代の機械上の 諸発明の結果として 家内工業制度 , , に代って, 工場制度が現われたことだ, 四つの大発明が木綿工業を一変させた」 また社会的影響が き わ めて 強 か っ た, と. 1920年 代 に な っ て, トイ ソ ビ. 9 )や ア ソ ウイ ソ4 0 )ら が 批 判 して 連 の 見 解 に 対 して, ク ラ ッ パ ム3 ,. 続説といわれる解釈が主張さ れは じめた 産業革命の始期と終期が拡大さ れた またトイ ソビーの , . 突発性や激変性を抹消 した, 発明は, また 広範囲にわた っていることが歴史研究から明らかとな , った, しかも, 生産 過程にそれ らのものが適用されるようになるのには長期の社会的環境の整備が つ づけられた, こ の よ う に, トイ ソ ビ ー の 意 見 に 対 して, 修 正 意 見 が 出 さ れ た の で あ る が しか し 1760年 以 後 , , の, レオ ナ ル ド・ ダ o ウイ ンチの時以来の 工業技術上の変 化は きわめて顕著で あ っ た だ か , , . ら, トイ ソ ビ ー の い う 時 期 は, 産 業 革 命 の 急 速 な 発 展 の 時 代 で あ っ た とい え る ル ネ ッ サ ンス と 宗 .. 教改革といわれる時代, スミスのいう科 学の大復活時代という二世紀間にわたる準備期があ って , トイ ソ ビ ー の い う1760-1830年 の 産 業 革 命 期 の た か ま り が あ っ た も の と解 す る こ とが で き る 人 々 ,. の注意は, ルネ ッサ ンスと宗教改革というス ペクタルにむけられている間に, 歴史の裏では, 技術 革新と科学の進歩がすすめられていた, やがて, 啓蒙主義思想とともに, トイ ソビーのいう17 60年 7 )4 2 ) -1830年 代 の 著 しい 変 革 の 時 期 を 迎 え た も の と 考 え られ る. 4 「 11 -.
(13) . 石. 沢. 撤. 4 . 上述の時代区分と定義の, 諸家の見解との類似性. 近代社会を啓蒙主 義時代以後とし, 科学技術の発達の上にたつ文明社会であるとする時代区分 と 定義は, 諸家の見解に類似性をみいだすことができる. マ ックス・ウェーバ ーは, 近代の市民的資 本 主 義 的 世 界 を, 「合 理 化」を 手 引 と して 解 釈 せ ん と して い る. カ ー ル ・ レ ヴ ィ ッ ト は 「ウ ェ. バー. 3 )の 著 述 で ウ ェ ー バ ー の 合 理 化 論 を 論 じて い う ウ ェ ー バ ー の 「職 業 と し て の 学 とマ ル ク ス」 4 , .. 問」 の中で 「われわれの時代, すなわち合理化と主知化, な かん ずく世界の魔術からの解放を特徴 とする時代の運命である」 として, われわれの近代文明生活の特徴を, 普遍的合理化の過程にあり とみ, 資本主義も, このような合理的生活原理の軌道に のったので発達 したと考えている. また合 理化の名において非合理的なもの (たとえば専門人とか官僚制度の強化とか) を生みだす傾向のあ ることを論 じている. ウェーバ ーが, 近代社会の著 しい特徴として, 合理化と主知化を指摘 してい るのは, 私が近代社会を, 理性主義, 合理化主義を主張する啓蒙主義以後とし, そこに近代社 会の 4 )ト レルチについては, 彼自身, 近代社 会の 著 しい特徴をみんとする考えと一致するものがある.4 始まりを啓蒙主 義時代におく のであるから論ずるまでもないことであ る. トーニーの考えなども, 分析的にみれ ば, 近代的資本主義の発達を, カル ビニ ズム前期と区別さ れる後期 プロテスタ ソチズム時代にありとし, ピュ ーリタ ン革命以後の時代の, 宗教性からの解放 の時代以後としているが, それは私が啓蒙主 義時代以後とするのと時期的には一致する. ト【二‐ の 後 期 プ ロ テ ス タ ソチ ズ ム 時 代 と は, つ ま り啓 蒙 時 代 の こ と で あ る. ゾ ム バ ル トの 時 代 区 分 に 照 合. 914年8月 60年の産業革命より1 してみると, 彼のいう高度資本主義時代にあたる. ゾムバ ル トは17 60年代を始めとしたのは, 終局において, 最も重要な までの150年間を, 高度資本主義とよび, 17 技術的発 明であ ったコークスの精錬法の初めての応用をみた時代であ ったという. この時期の特徴 は, 彼によれ ば, 資本主 義の経済様式が支配的であり, 利潤の原則および経済的な合理性は, 経済 構造の全体を支配するに至り, 生産は近代的科学の上にたつ無機的, 機械的な技術によって再編 成 される, この時期の最も重要な資本の形体は, 近代的工場による産業資本である. 高度資本主義で は, 科学的方法が特 徴的であるともいう. マルクスの場合は, 資本主義制度の特徴的なものは, 賃金労働者による生産体制の経済だという にあ る. しかし, かかる賃金労働者の存在を, 真に可能にするものは, 多少なりとも機械を導入し た工場制 工場の発達によ って可能なのであり, 単に賃労働者の存在のみをもって, 近代資本主義社 会というのでは, 日本では奈良時代の官営工場や国衛の工房, 造仏寺司やそれによる開拓にはかか る賃労働者 が用 いられていたのであるから, それをもって近代経済社会の特徴だとはいえない. ま た, マルクスの場合は, 近代的資本 家の系譜については, マ ックス・ウェーバ ーや, 大塚久雄氏の ように, 従来からの大商業資本とは異なった系譜の出目とまではのべていないとしても, 商業資本 が直ちに産業資本に転化 したのではな しに, そこには質的変化, 「現実に革命的な途」 があ ったこ とを主張 している, 商業資本は産業資本の発達を阻害する性質をもってい たことをも論 じている, このことは, 私が近代社会経済を, 商業時代から区別 して, 産業時代以後とする考えに 一致するも の が あ る. 9 )4 )ア ソウ イ ソ 4 7 )4 8 ) 大 塚 久 雄 氏4 )5 0 ) らの よ うに 産 業 資 5 6 ウ ェ ー バ ー や ポ ー ル ・ マ ン ト ウ ー, 4 , ,. 本は商業資本と出目を異にするという説は, 私が近代経済社会を資本主義とよぶよりも, 産業主義 社会とよぶ方 がよいとする意見に 一致性がみいだされる, もっとも, これ らの人たちの著述をみる に, 産業 資本家の系譜や出目が何であれ, 彼らが何故に, 都会からはなれ た農村に工場の地を求 め - 12 十.
(14) . 近 代経 済社会 の基 本 的 性格 たかについては, 大塚久雄, 矢口孝次郎, 高橋幸八郎, 大谷瑞郎氏らのどの著をみても, 正面 から とりあげていない. それは農村の低廉な労働力をえるという以上に重要なことは, 水力の利用 とい ) に 1750年 頃 のイ ギ 1 うこ とであ っ た に ち が い な い. そ の 点 で は, G,H, コ ー ル の 「経 済 史 入 門」5 ,. リスでは, 動力と しては, 人力の外には, 水の自然の落下を利用するか, ダムをつく って水流を利 用 したので, 自然, 工場 や仕事場を河川の側にたてた, 船の航行不能な田舎の丘の多い河川の側に ) 2 工 場 が た て られ た と 書 い て あ る, こ れ は 当 然 の こ と で あ る, 5. 広く文明史の上よりみても, ヤス パ ースが 「歴史の始源と目的」 で, 近代西欧文明を, 科学技術 ま世界の如何なる国民 からも受入れられる文明であり, 受入れ ざるをえな 文明と してとらえ, それむ い文明であると しているが, その意味でも, 西欧に発達 した近代社会と文明は, 科学技術の文明を 根底とする文明と して把握される, 先にあげたトイ ソビーも 「一歴史家の宗教への接近」 で, 17世 紀以来, 教会文化に代 って, 科学技術者崇拝の文化が発達 したと しているが, それが生みだ した産 業主義社会と して, 近代経済社会を把握することは, 彼の意見にも一致すると思われる. 5 , 日本経済史の窓からは, どのようにみられるか. 3 )ら の い う よ うに 貨 幣 獲 得 や 資 本 の 蓄 積 ま た 全 国 的 商 品 市 場 の 形 成 を プ レ ソタ ーノ や ピ レソヌ5 ,. もって, 近代経済社会の発足とす るのであれ ば, 日本では近世封建制下 (徳川時代) で, すでにそ れ らのす べては実現されていたのである, もし, また ウェーバ ー流に商人の勤勉な禁欲的と倫理観 をいうなれ ば, これ また近世封建制下で, 名のある商家では, 必ず商人道徳と して, 家訓がつく ら れ て い て, 守 られ て い た の で あ る. こ れ は あ ま りに も熟 知 せ る と こ ろ で あ る か らあ げ る ま で も な い. と思う, しか しわれわれ日本史の史家が, 近代社会への 「倫理の転換」 をな したものと してあげれ ば, それは福沢諭吉や中村正直らの啓蒙主義者である, 日本では, 近世封建制下で, 商業資本の活 動は活発に 行われ, 商品経済の全国的市場も形成さ れ, 商人道徳も成立 したのであるが, 近代経済 社会の成立とはみとめがたい. 近世封建社会を, 近代経済社会と したのでは, 歴史の時代区分の意 味がない. 歴史を画す る近代社会の成立は, ヨーロ ッパの産業制度 や文化を受入れてから後である とせ ざるをえない. それは何よりも, 科学技術文明の輸 入であ り, その精神は啓蒙主 義 (文明開 化 とよばれた) である. 幕末の碩学・佐久間象山は, 東 洋の道徳と西洋の芸術を併せもったな らば, 日 本 は 東 洋 の 君 子 国 と な る で あ ろ うと い っ た が, こ こ で い う 芸 術 と は, 科 学 を 指 して い る の で あ っ. て, われわれ日本人は, 精神的文化の輸入の必要性は感ぜず, む しろ西洋に対 しては誇 りをもって いた, 特に必要と感ぜられたものは, 科学技術の文明であり, 日本の窓よりみれば, 西欧近代社会 と文明の特色は, 科学技術の文明, そのようなものの上に建てられた産業主義社会とみ られていた の で あ る,. 永田正臣氏は, このような近代経済社会の特質を把握するには, イ ギリス 経済史こそは, よく示 してくれるものだというが, 私は必ず しもそうは思わない. 近代社会の経済構造や, その世界史的 意義 や特質を把握せんとすれば, 欧米先進国 から革命的な影響をうけ, 大きな変 革をとげた日本の 場合などをみる方が, 所謂資本主義といわれるものの特質を把握するのには便 宜であ る と 思 わ れ る, 日本では, 文明開化という啓蒙主義精神により, 産業革命, つまり科学技術文明の 採用とそ れ に伴う経済制度の適用.が行われ, 近代的経済体制が発足 したのである. われわれは, ウエーバ ーやマルクスらよりも, 歴史的発展の時代的距離をもって, 近代社会の発 足をみることができる, 今日の経済社会の状況よりみるならば, 資本主義か社会主 義かと対立的に 把握するよりも, かつてスペ ンサ ーが軍事的封建的社会から産業社会へと して把えたように, 近代 - 13 -.
(15) . 石. 沢. 撤. 経済社会を産業主義社会と して把えることが, 今日の世界史的状況をよりよく把握せ しめる. 産業 主 義社会の中で, 一つは自由主義的産業主義であ り, 他は統制的・社会主義的産業主義である, か 1 )の 最 初 に 近 代 社 会 の 特 質 を あ げ た 中 で アメ リ カ と ソ 連 つ て, G.H. コ ー ル は, 「経 済 史 入 門」5 , ,. が, 原爆製造を している生産過程をみても, 同 じような学問と技術と生産構造と組織がなくては製 造できないことをあげて, 自由主義国たると共産主義国たると, 現代社会の類似の特質を例示 して いるのは示唆的である. 最後に付記するが, 私はこの論文で, 政治形 態と して, 共産主義制度でも 自由主義制度でも, どちらでもよいとい うことを語 っているものではない. 産業革命に伴って発達 して ゆく産業主義 経済 がひき起す, あらゆる問題を, 自由な民主的政治形態をもっで解決しゆくこ とを望むものである. G主) l l 1) C t : B1 emen ary Economi cs .R. McConne ,p .39. 2 l i ) W,A i :Economi e r c Pro ces s esand Po c es ,Bauーnoland L,V, Chandl ,p ,104 3 ) マルクス:資本論 (河出版) 1巻 p ,142 i 4 l i t ::De ) W,Sombart r mode rne Kap a smus . (岡崎訳, 近世資本主義:梶山訳, 高度資本主義)5) 1) , 6) ,1 , 7) M. Dobb i l :Stud f Qp to si i l i e t opmen nthe Deve a smus .p .2. i t t ik und de 8) Max Weber : Di t i i e Pr o es an s tdes Kap t che Et r Ge s 904一1 905(梶山訳) ausmusl l t i 9) E, Troe t a n t ch :Pro s esじ sm and Pr ogre ss ,ch ,5 t f 10 t :De ) LujoBrentano t rwi s cha i r ende Mens chi nde rGes ch e ch , 部 分 訳, 田 中, 近 世 資本 主 義 の起 源 ,1923 同 上 :Da f ken We t l i s wi r s l cha s eben de t r Ant 92 9 汁越訳) ブ ,( .1 12) R i f Ca : Re韮g onandthe Ri i i seo l t 92 6 a sm,1 .H. Tawney p ,(出ロ・越智訳) 13 ) 安藤英治:マックス・ウェーバーの研究 p 5 2 )p .293 , ,44 14 th be I Marx ) KarIL6wi : Max We rund Kar ) 43) .1932 (柴 田訳, p ,15 ,19 , .10 15) マルクス:賃労働と資本, 資本論1部2篇, 16 ) 永田正臣:近世イギリス 経済史 p ,41) p .5 .152 17) 大河内一男:経済思想史第二巻,p .111 1 8) Max Weber: Wissenschaftal f s Be 919 r u , 職業と しての学問 (尾高訳) .1 IJaspe i 19) Ka i ige S i tua : Di t t i r rs t e Ge s on de r Ze ,1931 , 飯島訳. 2 0) Karljaspers lder Ge : Vom Ur i sprung und Zi e s ch cht e ‐1949 . d Toynbee l 21) Amo i t l ig : A, Hi i s or ans Approa cht o Re on 、1957 .. 22 ) N, Berdyaev: Towardsa New Epock l949, 新 しい時代の転機に立ちて, i i 23 :Phadei ) Mart n Bube r n Ut op 950(長谷川訳) p al ,225 arung 4) Ernst Troel t 2 : Di s ch e Aufkl .1897 . i 同 上 :Rena f i t ssanceund Re orma on .(916 ,32). 5)S 2 .H . フランクリン:キリス ト教社会倫理概説 p .79 . 26) Pre i淳nso f Mode th : or se rved Smi ture 1543-1687 rn Cul .p .10 ,28) i 27) Cr on ane Br nt , l l bank and Tay 29) Wa l i i l i t :Ci or v za on =,p ,5 l l f Wor 2 30 t d Ci : A Hi l i i i ) Save eand othe r s l s ory o t l l,p v on Vo a 〕 ,549 ,31) ー ,559 , h t l igh t 3 3 ; The En 1 6 8 7一1 7 7 ) P.Smi enment 6: 3 2 p . , .. i i ft 34 : The shap he Modern Mi ) Crane Br on nt ng o nd .p .86一87 ,. 3 5 ) 榊原厳:基督教社会経済倫理.. I桜i l i 36) VO f Hi :The Ph t e r osoPhy o s ory , IL6wi 37) Kar i th : Me t an s ngi ory n Hi IRevo 38 : Thel t亘a l i ) Arnold Toynbee ndus ut on l }m Ha dC 1 3 9) Si o f mode rJ r o t i apham: An Economi s i c Hi t ory o rn Br a n l926一1938 , i 40) George Unwin:Lndustr l 0rgan i i h and 17t t h Cen i a s a oni nthe16t tur sl904 e ,. 42 ) 穂積重行:産業革命. 52 )p ,169. 一 14 」.
(16) . 近 代経 済社会 の 基 本的 性 格 IRevo l i h Century 45 ut oni ) P, Mmt n the18t oux :The Lndustda , 46 ) 矢口孝次郎:資本主義成立期の研究.p ,169 47 t ) G, Unwin:Studi c Hi s ory l927 esi n Economi , 4 9) 大塚久雄:近代資本主義の系譜 p 1 . 63 , 5 0 ) 大谷瑞郎:資本主義発展史論 p 9 ,5 , l 51) G i t t :Lnt oduc ont o Economi e r 5 0一1 95 1950年版) 54 c Hi s ory 1 7 0( ) ,D,H, Co i I Hi t fC t 5 3 : The S s i l i r enne ) A, Pi c agesi ory o t n So a sm:邦訳, 資本主義発達の諸段階 ap a. - 15 -.
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