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多読学習が英語読解に与える影響

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多読学習が英語読解に与える影響

林   幸 代 熊本学園大学 丸 尾 加奈子 マカオインターナショナルスクール 川 瀬 義 清 西南学院大学 長   加奈子 福岡大学

The Effect of Extensive Reading on Reading Comprehension

HAYASHI Sachiyo

Kumamoto Gakuen University MARUO Kanako The International School of Macau

KAWASE Yoshikiyo Seinan Gakuin University

CHO Kanako Fukuoka University

Abstract

Numerous studies have proven that extensive reading helps learners gain overall comprehensive skills. However, it is still unknown which particular reading sub-skills can be improved through extensive reading. In order to investigate the effects of extensive reading in detail, a longitudinal study was conducted on 19 Japanese learners of English. Two English proficiency tests were administered before and after nine-month learning activities of extensive reading. The participants performed better on the two researched items on the post-test: that is “understanding sentences with long objects” and “understanding sentences with relative pronouns or relative adverbs”. In cognitive linguistics, these two items are considered to

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1. はじめに

  外国語の習得を成功へ導くカギの一つに,対象言語と接触する機会をできるだけ増やす,という学 習方略がある。日本においては,専攻に関わらず,共通教育科目として履修する英語授業は,平均して 週に1,2コマ程度,時間にすると90分から180分に留まり,英語に触れる時間として決して十分ではない。 英語の授業以外でいかに意欲的に英語に触れようとするかが,英語の上達に大きく関わる要因の1つと考 えられる。   英語との接触機会の中でも,特にインプット量を増やす方法として,近年多読学習が注目されている。 多読学習とは,辞書を使わずに読めるレベルの英語を大量に読むことで,読解力を高める方法である(Day & Bamford,1998)。「多読」(extensive reading)という用語は,20世紀初頭,Palmerによって外国語 教育に登場した(Kelly,1969)。「精読」(intensive reading)と対照的に,素早く,次から次へと本を読み, 読者はテキストの言語にではなく内容に注意を向ける,という点が多読の特徴である(Day & Bamford, 1998)。日本では昔から,多読よりも精読の方が英語教育に根強く残っている。しかし,多読については 当時英語教師であった夏目漱石により,100年以上も前にすでに言及されており,多読という学習方法が 日本にも当時から存在していたことがわかる(川島,2000)。 英語を修むる青年は或る程度まで修めたら辞書を引かないで無茶苦茶に英書を沢山と読むがよい。 少し解らない節があって其処は飛ばして読んで往つてもドシドシと読書して往くと終には解るようにな る(中略)要するに英語を学ぶものは日本人がちようど国語を学ぶような状態に自然的習慣によつて やるがよい。(後略)(p. 23)   英語教育においては,その後 Krashen(1982)のインプット仮説(Input Hypothesis)で,インプット の量的増大と,現在の能力段階よりもやや難しいインプットへ挑戦することの重要性が言及されるように なり,多読学習の推進が後押しされた。日本国内でも,多読の指導法に関する書籍(Bamford & Day, 2004;Day & Bamford, 1998;酒井・神田,2005)や,学習者向けの多読ガイド本(酒井,2002;古川・伊 藤,2005)などが書店に並ぶようになり,多読は,学習者にとって身近な学習方法の1つになりつつある。   さらに,多読学習は外国語習得のプロセスという観点からも注目されつつある。認知言語学の枠組 みにおいて,言語を実際に聞いたり使用したりすることで学習が進む,という,使用基盤モデル(Usage-based Model)(e.g.,Evans & Green,2006;Goldberg,1995;Israel,1996;Kemmer,2003;Langacker,2000)がある。 多読学習はこの使用基盤モデルと親和性の高いアプローチである(長,2016;橋本,2017)。使用基盤モ reflect a prototypical construal of English language, which is difficult to explicitly teach in the classroom environment. Based on the results, this paper concludes that extensive reading helps Japanese learners of English acquire those construals.

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デルについて,長(2016)は以下のように説明している。 言語は,言語使用者から切り離された抽象的な原理や原則によって生成される文の集合体ではなく, 言語使用者と認知的要因とが密接に関係して創発されたものである。つまり,言語形式の表す概念 というのは,独立的に原理や原則として存在するものではなく,言語使用イベントから抽象化され, スキーマ化されるものであると考える。(p. 26)   つまり,多読学習のプロセスを使用基盤モデルの枠組みで説明すると,十分な頻度の言語使用イベ ントが多読学習を通して実現され,学習者の中で語彙や文法などのインタラクションが起こり,それを繰 り返すことによってスキーマ化が行われ,結果的にその言語の概念構造の習得が起こるのである。日常 生活の中で英語に触れる機会がほとんどない日本では,このようにスキーマ化されるのに十分な言語使 用イベントを確保できない学習者が多い。この状況を踏まえ,多読学習は日本の英語学習者にインプット を増やすことのできる身近な学習方法ともいえる。

2. 先行研究

  多読学習に関する研究には,さまざまな年齢や母語の学習者を対象としたものがある。効果について も,最も直接的に効果が期待される読解力に関しては,特に報告が多い(Al-Homoud & Schmitt,2009; Barber,2014;Bell,2001;Horst,2005;Iwahori,2008;Mason & Krashen,1997a,1997b;Robb & Kano, 2013;Robb & Susser,1989;Tudor & Hafiz,1989)。他にも,モチベーションの向上(Asraf & Ahmad, 2003;Elley & Mangubhai,1983;Manson & Krashen,1997a;Takase,2007),英文読解速度の向上(Beglar, Hunt,& Kite,2011;Bell,2001;Iwahori,2008), ライティング力(Hafiz & Tudor,1990;Tsang,1996),語彙 習得(Al-Homoud & Schmitt,2009;Horst,2005;Lao & Krashen,2000;Pigada & Schmitt,2006;Robb & Susser,1989;Rodrigo,Krashen & Gribbons,2004;Webb & Chang,2015),TOEFLやTOEICなどの検定試 験スコアの向上(西澤・吉岡・伊藤,2006)などが報告されている。

  日本の高校生や大学生を対象とした研究では,Mason and Krashen(1997b)が日本の再履修クラス の学生たちに1学期間の多読学習をさせ,読解や文法中心のクラス(統制群)と比べて文法の理解力を 示すクローズテストにおいて統計学的に有意な正の効果が出たと述べている。また,Robb and Susser(1989) は,読解ストラテジーを主に教えるスキルグループと,ストラテジーには触れず読む量を重視した多読学 習グループを比較した結果,内容理解の正確さと,読むスピードにおいて多読学習グループの方が有意に 高い効果を示したとまとめている。Takase and Otsuki(2012)は,再履修クラスの学生に対して3ヶ月の 多読指導を行い,学習者のリーディング力が向上し,多読に対する前向きな態度が確認できたことを報告 している。また,Iwahori(2008)は日本の高校生に多読を実施し,読むスピードと総合的な言語能力に 関して多読学習が有効であったことを示している。Hayashi(1999)は日本人学習者を対象に10ヶ月間の 多読学習を実施し,その後TOEFLの中でも読解の点数が他の項目よりもはるかに高くなったことを報告 している。

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  このように,多読学習の有効性に関する報告は数多く,多読が英語学習に効果的であることは,先 行研究においても明らかにされている。しかし,これらの研究では,読解という大きな枠組みのスキルに 関する調査に留まり,具体的にどのような読解のスキルが身につくのかについては言及されていない。多 読学習が学習者の英語の下位スキルにどのような影響を与えるかが明らかになれば,より効果的に多読 学習を導入し,実践することができる。そこで,本研究では,多読学習の効果の中でも,読解力に関わ る具体的な知識・スキルに着目し,多読学習を通してそれらがどのように変化するのかについて調査した。

3. 方法

  対象は,4年制私立大学で英語を専攻する3年次生19名である。そのうち5名については,多読活動 の前後に行ったテストの両方またはいずれかを受験しなかったり,授業そのものを,途中でドロップアウ トしたりしたため,分析対象から外した。その結果,最終的な分析対象者は14名である。   学生は,英語の読解力を養成する授業の課題として,授業時間外に図書館で多読教材を選び,多 読学習を行った。対象の学生は全員,多読学習に取り組むのは初めてであったため,自分のレベルにあ う本の選定方法などについて助言は与えたが,多読学習の本来のルールに従い,本のレベルや出版社等 を担当教員が指定することはせず,学生それぞれが自分の興味およびレベルにあった本を選ぶことを重 視した(Day & Bamford,2002)。また,前期4万語,後期7万語,合計11万語を目標として設定した。 学生がきちんと多読学習を行っていることを確認するために,多読学習全体を,MReaderというインターネッ ト上の多読学習専用のサイトを用いて管理した(Robb,2015)。   MReaderとは,多読学習記録を管理するためのオンラインプログラムである。2019年現在このサイト には6,000冊分以上のクイズがあり,様々な出版社から販売されているグレーディッドリーダーに対応でき るようになっている。学生は,各自アカウントを作り,読んだ本を検索して内容に関する10問前後のクイズ に解答する。このクイズのテスト項目は20から30あるテスト項目の中からランダムに表示され,同じ本を読 んだ学生が複数いる場合でも,同じ問題が提示されないように工夫されている。また,クイズの問題は 大まかな内容理解に焦点をあて,本を読んだかを確認するものであり,内容をどれだけ深く理解している かを確認するものではない。問題形式は,True/False,選択問題,出来事を時系列に並べ替える問題な どがあり,5分程度で完了する。クイズに合格すると,読んだ本の語数が記録され,総語数として積算さ れる。不合格となった場合は,その本の語数が積算されない。そのため,学生が「読んだ」と主張する 本でも,MReaderにおいて合格ラインに達しなかった本については,積算語数にカウントしていない。こ のサイトでは,学生が同じ本のクイズを受ける回数を担任教員によって設定できるが,今回は一度不合格 となった本については再度チャレンジできない設定とした。MReaderにおけるクイズの解答は,24時間に1回, 1冊とし,継続的に英語の多読学習を行うように促した。

  学生の英語力の測定には,VELCテスト(Visualizing English Language Competency Test)を使用した。 VELCテストとは,日本人大学生のために,言語テストの専門家と英語教育の専門家が開発した試験である。 リスニング60問,リーディング60問の試験で,両者を合わせて約70分間の試験である。試験の結果は, 単なるスコアだけでなく,知識やスキルに細分化して診断される。本研究では,VELCテストの結果から

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得られる,リーディングセクションに関わる知識・スキル別正答率全11項目を基に分析を行った。分析の 対象とした知識・スキル別項目は以下のものである。 表1 VELC テストリーディングセクションにおける知識・スキル別項目 1. 比較的長めの主語・主部を正しく理解する力 2. 比較的長めの目的語を正しく理解する能力 3. 前置詞で始まる長めの表現を理解する力 4. 時や条件,目的などを表す表現(副詞節)を理解する力 5. 関係代名詞,関係副詞を含む文を理解する力 6. 名詞を後ろから修飾・説明する構造を理解する能力 7. 代名詞が指すものを理解する力 8. and, or で結ばれて長くなる表現を理解する力 9. 文の途中に,語句が挿入されている構造を理解する力 10. 関係詞の非制限用法・分詞構文などを理解する力 11. 文と文の関係を理解する力   まず,対象の学生は,事前テストとしてVELCテストを2015年11月に受験した。その後,2016年4月 から2017年1月までの9ヶ月間,MReaderを使いながら学生は多読学習を進めた。夏季休暇の間は,授業 外課題として自主的に本を読んでおくように指導したが,半期毎に成績評価が出される授業であったた め,休み中に多読学習を行った学生はいなかった。2017年1月の後期の終わりに,事後テストとして再度 VELCテストを実施し,学生の読解スキルの変化を調査した。

4. 結果

4.1 多読学習

  多読学習を行った結果,期間中に学生が読んだ総語数を表2として示す。 表2 多読学習の結果 (n = 14) 平均(語) 標準偏差(語) 最小値(語) 最大値(語) 103,949.1 21,584.8 43,053 121,524   読まれた語数の平均は103,949.1語で,最小値は43,053語,最大値は121,524語という結果となった。 なお,この語数は,学生が MReaderで合格した本の積算語数であり,実際に読んだ本はこれより多い。 対象者の目標語数は前期と後期の合計で11万語と設定されていたが,平均語数は104,000語弱と,わず かに及ばなかった。本研究では,MReaderにおいてテストを受験できるのは,24時間に1回,1冊のみと

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設定していた。そのため,計画的に学習ができなかった学生,特に,締め切り直前に語数の多い本を読 む傾向にあった学生が,目標語数に到達することができなかった。学期中に中間締め切り等を設定して いなかったため,学生の計画性の有無が,結果的に平均語数が目標に及ばなかった要因のひとつとなっ た可能性がある。

4.2 VELCテストの結果

  続いて,VELCテストの結果の記述統計量を以下に示す。表3は,VELCテストリーディングセク ションにおける知識・スキル別項目のそれぞれについて,事前と事後に実施したテストの平均,標準偏差 をまとめたものである。 表3 事前事後テストにおける知識・スキル別項目の記述統計量(n = 14) 項目 平均値 有意確率 項目 平均値 有意確率 1. 主語動詞 事後事前 55.43 59.29 18.59 19.69 7. 代名詞 事前事後 60.2961.21 14.86 23.89 2. 目的語 事前 61.00 11.07 8. 等位接続 事前 57.43 19.91 事後 68.57 15.15 事後 60.07 19.17 3. 前置詞句 事後事前 55.64 59.21 17.90 16.67 9. 挿入句 事前事後 58.0064.36 13.09 23.58 4. 副詞節 事前 56.21 18.10 10.非制限用法・  分詞構文 事前 70.07 14.79 事後 60.43 15.83 事後 66.07 15.24 5. 関係詞 事後事前 58.21 11.18 11.文と文の関係 事前 56.86 15.55 65.71 14.61 事後 59.79 21.49 6. 後置修飾 事前 60.79 14.16 事後 67.93 12.09   本研究では,得られたデータに対して,一般線形モデルを用いて,事前事後テストの結果を分析し た結果,統計的に有意な差が見られた(Wilks’ Lambda = .00, p < .00)。さらに個々の項目に対して,被 験者内対比を実施した。その結果を表4に示す。   VELCテストリーディングセクションにおける知識・スキル別項目11項目中のうち,「比較的長めの目的 語を正しく理解する能力」(F = 11.21, df = 1, p = .01) と「関係代名詞・関係副詞を含む文を理解する力」 (F = 8.62, df = 1, p = .01) について,事前テストと事後テストの間に有意差が認められた(表4)。

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表4 被験者内対比の結果 項目 df F値 有意確率 項目 df F値 有意確率 1. 主語動詞 1.00 .45 .52 7. 代名詞 1.00 1.77 .21 2. 目的語 1.00 11.21 .01 8. 等位接続 1.00 .19 .67 3. 前置詞句 1.00 .80 .39 9. 挿入句 1.00 1.70 .22 4. 副詞節 1.00 .65 .44 10.非制限用法・  分詞構文 1.00 .54 .48 5. 関係詞 1.00 8.62 .01 11.文と文の関係 1.00 .14 .72 6. 後置修飾 1.00 7.12 .02

5. 考察

  VELCテストの結果において,有意差が見られた2項目,「比較的長めの目的語を正しく理解する能力」 と「関係代名詞・関係副詞を含む文を理解する力」は一見無関係の文法項目であるように思われるが,近年, 認知言語学の分野で明らかにされている英語の「事態把握」に着目すると2つの項目の共通点が見えてくる。   言語表現というのは,客観的な事実が反映されている訳ではない。そこには発話者(言語使用者) の出来事の捉え方(切り取り方)が反映されている。例えば,野球の試合において,1対1の同点で9回の 裏を迎えたとしよう。その際に,攻撃をしているチームAがノーアウト満塁という状況で,バッターボック スに4番打者が入った場合,チームAのファンは「この試合における最大のチャンスだ」と言語化するであ ろう。一方,守備側のチームBのファンは「この試合における最大のピンチだ」と言語化する。このよう に出来事としては全く同一の出来事であっても,発話者の解釈によって言語表現がかわってくる。池上・ 守屋(2009)は,このような発話のプロセスにおける出来事の捉え方を,「事態把握」と呼んでおり,あ る1つの事態を,どのように把握し,それをどう言語化するかは,言語間で異なることを実証している。   また,池上(1981)は,ある出来事を表現する際の方法として,大きく2つのパターンが存在すると 主張する。1つは,出来事における動作の主体などの個体に焦点を当て取り出す方法であり,もう1つは, 出来事からそのような個体を特に取り出すことなく,出来事全体として捉える方法である。言い換えると, 前者は出来事の〈個体〉を中心的に捉えているため,〈もの〉を中心的に捉えており,後者は〈全体的状況〉 を中心的に捉えているため,〈こと〉を中心として捉えているといえる。そして池上(1981)は,英語は〈もの〉 的捉え方が強く,一方日本語は〈こと〉的捉え方が強い言語であると指摘している。この考え方に基づき, 長(2018)は,「英語と日本語のように,大きくかけ離れた言語間では,学習者が身につけるべき出来事 のとらえ方も,母語と対象言語で大きくかけ離れて」(長,2018,p. 154)おり,それが「文法的ではあるが, 英語としては不自然な表現」(長,2018,p. 154)として現れると指摘している。   以上の点から,英語は,目の前で起こっている出来事から〈もの〉を取り出し,それが出来事にお いてどのようにお互いに関連しているかを述べるという特徴をもっている言語であり,出来事を〈こと〉的 に捉える日本語とは大きく異なる。つまり英語は,〈もの〉である名詞と名詞との関係を,動詞を用いて言 語化しているのであり,〈もの〉を表す「名詞」に焦点が当てられた構造であると考えられる。そして,日

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本語を母語とする英語学習者にとって,母語の〈こと〉的事態把握から,英語の〈もの〉的事態把握へ 変換することが,英語読解力向上のための1つの要因だと言えるだろう。   本研究の事前・事後テストにおいて有意差が確認された,「比較的長めの目的語を正しく理解する能力」 とは,出来事から〈もの〉を取り出す英語の事態把握に関係する項目であると言える。そして出来事から〈も の〉を取り出すということは,英語の事態把握のもう1つの特徴である他動性と密接に関係している。他 動性とは「行為の主体が,その行為によって行為の対象に何らかの影響を与えること」を意味する。つまり, 他動性とは,動作主が被動作主に与える影響の度合いである。認知言語学において,英語の事態把握 の特徴として広く一般的に認められているこの他動性を,長(2018)では図1のように表している。   図1は,「行為者である主語から受け手である目的語に対して,エネルギーの流れが存在し,そのエ ネルギーの流れを動詞で表現している」(長 , 2018, p. 158)ことを示すものである。動作主である主語か らの影響が,動詞(他動詞)を通して被動作主である目的語にまで到達する。長(2018)は,この構造 は,出来事から2つの〈もの〉を取り上げ,それらの関係を表しているとし,この形は「英語の出来事の とらえ方を如実に反映した,プロトタイプ」(長, 2018, p. 158)であると述べている。また,吉村(2004)も, 英語は他動詞型言語であり,人間を動作主にしたSVO 構文が頻用されることを指摘しており,英語を理 解する上で,主語にあたる〈もの〉と目的語にあたる〈もの〉との関係性を正しく捉えることが重要である と考えられる。つまり,この他動性を反映した構造は,英語の基本となる形であり,〈もの〉と〈もの〉と の関係性への正しい理解が,英語らしい事態把握の理解へとつながっていく第一歩だといえる。目的語 が長くなれば,情報量が増え,その分だけ〈もの〉として捉えることが難しくなってくる。長めの目的語であっ ても,正しく理解できるようになる,ということは,長さに関わらず目的語を〈もの〉的に把握できるようになっ ているといえる。多読学習で多くの英文に触れることにより,〈もの〉と〈もの〉の関係を正確に捉える力 がつき,自然と英語の他動性をとらえて英文を理解していくことができるようになったと考えられる。つまり, 多くの用例から,英語の出来事から〈もの〉を取り出す事態把握のスキーマが抽出され,定着しつつある ことが示唆される。このように,主語から他動詞を通じて影響が及んでいる目的語にあたる名詞を,〈もの〉 として正しく認識できるようになったことが,VELCテストでの「比較的長めの目的語を正しく理解する能力」 の項目における有意な伸びへとつながったと考えられる。   有意差が観察されたもう1つの項目である,「関係代名詞・関係副詞を含む文を理解する力」も,英 語の事態把握の特徴を表す文法項目である。池上(1981)によれば,英語関係詞節構文は「出来事の中 図1. 英語における他動性のイメージ(長 , 2018, p. 158)

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から対象として〈もの〉を取り出して,それに修飾的な叙述を結びつけた言い方(池上,1981,p. 259)」 であり,英語において関係代名詞は,典型的な〈もの〉的な構文を作り出している。関係詞節は,まさ しく出来事からとりだされる〈もの〉に情報を追加する構文である。そのため,出来事を〈こと〉的に捉 える日本語には,英語において見られるような,関係代名詞や関係副詞に相当する語はない。このような 点で,日本語話者にとって,英語関係詞節構文の理解は難しいといえるが,多読教材に取り組むことにより, 英語の事態把握に慣れ,図1に示されるようなスキーマを修得し,日本語とは異なる英語関係詞節構文 の構造を正しく捉えることができるようになったと考えられる。そしてその結果,事前・事後テストにおけ る「関係代名詞・関係副詞を含む文を理解する力」の有意な伸びにつながったと考えられる。関係詞節が, 先行詞である名詞が表す〈もの〉と結びつく修飾方法であるとするならば,英語らしい事態把握の習得は, 関係詞節構文の正しい理解にも有効なはずである。多読により英語らしい事態把握ができるようになった ことが,〈もの〉的な構文である関係詞節文の理解につながり,「関係代名詞・関係副詞を含む文を理解 する力」という項目の伸びとなったと考えられる。

6. 結論

  本研究では,先行研究によって示された,読解力向上における多読学習の有効性をさらに掘り下げ, 読解力に関わる知識・スキルの中で,具体的にどのような知識・スキルに効果があるかについて分析を行っ た。その結果,知識・スキルにおける11項目のうち,「比較的長めの目的語を正しく理解する能力」と「関 係代名詞・関係副詞を含む文を理解する力」において,事前,事後のテスト間で有意差が見られた。こ れらの項目は,英語の事態把握を反映している項目と考えられる。英語の多読学習により,学習者は大 量のインプットから,英語の〈もの〉を表す「名詞」に焦点が当てられた構造に触れ,そこから英語の事 態把握のスキーマを抽出し,習得していると考えられる。英語の事態把握を身につけることにより,母語 である日本語の事態把握に基づく理解を介すことなく,英語を英語らしく捉えることができるようになる。 先行研究において,多読が英語読解力の向上につながることが指摘されてきたが,それは英語の事態把 握の習得により,英文処理の負荷が軽減され,そのことが読解スピードの向上につながっている可能性 がある。   これまで,文法や語彙,リーディングストラテジーに焦点を当てた研究はあったが,英語の事態把 握の習得に焦点を当てた研究はほとんどなかった。また英語の事態把握をどのように学習者に教授する かについては,これまでまったく議論されていない。本研究結果は,英語多読学習による英語の事態把 握の習得の可能性を示唆するものである。今後,調査対象の数を増やし,より幅広いデータを収集する ことで,今回示された可能性についてさらなる検証をしていく必要があるだろう。また,多読学習により, 具体的にどのようなスキルが向上するのかについて,読解下位スキルに焦点を当て検証することで,より 効果的な多読学習の指導への道筋を構築していきたい。

謝辞

  本研究は2016年度-2017年度 LET九州・沖縄支部プロジェクトの助成を受けた研究の一部である。

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参照

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