Japanese Journal of Communication Studies Vol.49 No.1, 2020 43-63 ©2020 日本コミュニケーション学会
発達障害が疑われる幼児への
「自然法」を用いたコミュニケーションアプローチ
による言語獲得の促進
——
聴覚障害児教育のスキルの活用と応用——
大島 光代 (名古屋学芸大学)Encouragement in Infants Suspected of Developmental Disorders Regarding Language Acquisition via a Communicative Approach
That Utilizes the Natural Method :
Skill Application in the Education of Hearing-Impaired Children OHSHIMA Mitsuyo
(Nagoya University of Arts and Sciences)
Abstract. Education for hearing-impaired children includes an instruction skill referred to
as the Natural Method. In language instructions, the Natural Method, as opposed to drills based on pedagogical instruction, places an emphasis on encouraging a child to use language out of necessity by way of utilizing activities appropriate to the child s needs. In this research, language instruction was provided to 3-year-old child (boy) who could hear, but whose language acquisition was verified late for his age. Utilizing the Natural Method proved more effective than the pedagogy of the instruction method regarding the encouragement of language acqui-sition. The major issues of dysarthria and delayed language acquisition were improved through approaches using Speech/Pronunciation, Use of Auditory Sense, Language Output, and Enhanced Vocabulary. Further, regarding the difficulties the child had experienced with hu-man relationships, in particular, an incapacity to adapt to group activities, the communicative-centered approaches of the Natural Method allowed greater Emotional Control to be exhib-ited; the child was better able to express themselves verbally. This research shows suggests that the Natural Method may also be effective strategy for hearing children. Through Word Communication, which includes reading others emotions and conveying one s own feelings, infants are enabled not only to acquire a vocabulary, but also to gain confidence in interper-sonal expression. This research reaffirms the notion that the building of human relationships is rooted deeply on the ability to communicate.
1 . 諸言 近年,人工知能(AI)の飛躍的な進化に伴い,将来の職業が大きく様変わりすること や,社会情勢の加速的な変化などから,予測が難しい将来を生き抜き未来を創造するため に必要な資質・能力の育成への期待が,早期教育にも向けられている.新幼稚園教育要 領・新保育所保育指針が,平成29年3月に告示され,「よりよい学校教育を通じてよりよ い社会を創る」という目標を学校と社会が共有し,連携・協働しながら,新しい時代に求 められる資質・能力を子ども達に育む教育課程の実現が,改訂方針として示された(文部 科学省,2017).審議の過程の中で,現行の幼稚園教育要領等の成果と課題として「言葉 による伝え合い」や「小学校教育の円滑な接続」などの充実を図ること,忍耐力や自己制 御,自尊心といった社会情動的スキルやいわゆる非認知的能力を幼児期に育成すること, 幼児期の語彙数,多様な運動経験などが,その後の学力,運動能力に大きく影響すること などが述べられている(文部科学省,2016).「言葉による伝え合い」すなわち「コミュニ ケーション」能力育成が課題とされたことから,その取組の理解はすすんでいるが,まだ 十分な成果が得られていない現状が読み取れる. コミュニケーション能力があらゆる局面で強く求められることは,今やごく当たり前の こととなった(五十嵐,2015).小山(2010)は,コミュニケーション能力を育む教育の 重要性を指摘し,コミュニケーション能力が,社会的認知能力と直結するとした.人間関 係の構築により感情のコントロール,コミュニケーション能力,言語能力が育まれる.吉 武(2015)は,対話的コミュニケーションとそれを基軸にした人間の存在の本質的要素と して「他者との出会い」「関係性」「動態性・連続性」「自己との出会い」「脳的側面–認識 の枠組み」「脳的側面–言語(外言と内言)」「身体的側面–経験・身体知」「身体的側面–感覚・ 感情」の8つを提言し,これらをコミュニケーション教育の基本的要素とみなした.つま りコミュニケーション能力の基礎は,乳幼児期から育まれるため,コミュニケーション場 面を新幼稚園教育要領・新保育所保育指針等に即しながらどのように展開し創造するかと いう研究や実践の蓄積が期待されている. 保育・幼児教育施設で求められている「言葉による伝え合い」は,まさしくコミュニ ケーション教育の基礎であり,その意味で言語能力の獲得はコミュニケーション能力育成 のキーコンセプトといっても過言ではない.ICT機器による情報が,幼児を取り巻く環境 に溢れ,言語環境は一見豊かになったような印象を受ける昨今ではあるが,人と人との 関係性を丁寧に築き,コミュニケーションによって理解を深めながら,人への信頼を築く ことこそが,幼児教育には欠かせない.鯨岡は,コミュニケーションを「それぞれに繋合 希求性と自己充実欲求を抱え,ある役割を担わされた主体と主体が出会い,そこでかかわ りをもち,その中で各自がその欲求の充足を目指しながら役割の実現を図り,互いに相手 のことを分かり合おうとする営みである」とした.さらに,人と気持ちが繋がれ,人と気 持ちを共有することを1つの快と感じるというように広義の繋合希求性を仮定することに よって,人は本来的に他者に開かれ,他者への根源的関心と他者への配慮性に貫かれてい るという前提に立とうとすると述べている(1997, p.153).他者を意識し,人との関係性に
おいて,人の気持ちを理解したり,共感したり,興味や関心をもったり,自分の感情をコ ントロールしたりする能力は,非認知的能力に含まれる.非認知的能力とコミュニケー ション能力には,深い関連性があることがうかがえる. 筆者はこうした基本的な理解の下にこれまで主に障害のある子どもを対象として,言語 能力がどのように獲得されるのか,獲得の上で困難となっているものは何かなどを実践的 な試みも行いながら追究してきている.特に,聴覚に障害を持つ聴覚障害児や聴覚障害 幼児の教育に携わる中で,教科学習でも保育の「遊び」でも,常に子どもの言語力に注目 し,言葉による伝え合いを通して語彙の獲得や語彙の拡充に努めてきた. 聴覚障害児教育には「自然法」という指導方法が活用されてきた.1867年にアメリカで 口話法の聾学校として開校されたレキシントン聾学校では,グロート(Mildred A. Groht) によって,聾児に対し教師が創意工夫して年齢に添った適切なかかわりを確実に続けるこ とにより,聴こえる子ども達が身近な人とのコミュニケーションを通じて自然に身につけ るように言語を習得し,自分の言葉として使いこなすようになるのだと強く主張された. 分析的指導法に基づくドリルよりも,適切な活動を用意して子どもの必要に即して言語使 用を誘い,促すことを言語指導の基本とするのが「自然法」である(岡ら,2016).
斎藤は,『自然法』(グロートの著書 NATURAL LANGUAGE FOR DEAF CHILDLEN の日 本語訳)の監修者まえがきで,「自然法は幼稚部を中心とする生活言語習得段階のものと いう思い込みがあったと思われるが,グロートは英語の基礎が出来てきた子ども達の力を 引き続き育てるため,思春期以降も場面や話題に応じた使用語彙・表現の拡充や精緻化, 適切な選択などの実践例を紹介している」と述べている(2016, pp.10-11).すなわち,子 どもが知っている言葉を用いて会話し,少しずつ新しい言葉の理解をすすめるとともに, 子ども自身が新しい言葉を使って会話ができるように促し,新しい概念の理解もすすめて いく「会話による言語力向上を目指したスキル」という面も「自然法」には備わっている と言える.構音障害など,発音に関する指導は,構音要領の体得を目指し,遊びながら練 習することが必要である.発音がほぼできるようになれば,コミュニケーションの場面で 語音矯正を自然な形で行うことが,幼児にプレッシャーを与えることなく構音障害の改善 を可能にすると考える. さらに,本研究では,聴覚に障害のない健聴幼児に対して,「自然法」を用いた言語指 導を行うことにより,感情の表出や感情の理解におけるつまずきをかかえる幼児との信 頼関係を構築し,構音障害等の発音に関する課題を達成しながら,コミュニケーションを ベースとする人間関係について,幼児自身が「向き合い方」や「感情のコントロール」に おける何らかの見通しを持つことが可能になると考えた. 2 . 問題の所在
NATURAL LANGUAGE FOR DEAF CHILDLEN (Mildred A. Groht, 1958)には,聴覚障害 児と健聴児の言語獲得の方法は異なると明記されている.岡ら(2016)は,この著書の翻 訳を通して,聴こえる子どもは意識的な努力や余計なプレッシャーなしに言語を理解し使
用する能力を獲得し,言語を獲得すること自体が楽しい報酬となると述べた.聾児が聴こ える子どもと違うのは,聴くことができないことであり,また耳が聴こえないことで普通 の方法ではコミュニケーションができないということ,聾児のハンディキャップは,彼の 思考,欲求,願望を表現するための言葉が不足しているということから,非常に大きなも のになるとしている. T大学附属聴覚特別支援学校で展開される支援や指導の方法は,各都道府県の聾学校 (聴覚特別支援学校)に在籍する教員を対象とする研修会で,その成果が報告されてきた. 長年にわたる聴覚障害児教育の実験校としての価値が認められ,自他共に聴覚障害児教育 の最先端にあることが認識されている. 「自然法」は,1960年ごろから,T大学附属聴覚特別支援学校幼稚部で取り入れられる ようになった.その際,岡辰夫氏が,グロート(Mildred A. Groht)著 NATURAL LAN-GUAGE FOR DEAF CHILDLEN の初版を1978年にガリ版刷りで訳出し,幼稚部の教員に配 布した1).「自然法」は,決して,健聴児と同じように指導をすれば良いというものでな いということが,原著では繰り返し述べられている.また,「自然法」は決して「語彙・ 文型」を軽視するのでなく,むしろ重視していることが,原著に記載されたVocabulary buildingなどからうかがい知ることができる(岡ら,2016). 「自然法」とは,聾児に対して指導者が語彙・文型を重視しながら,既知の言葉を使っ て会話しながら新しい言葉や新しい概念の理解をすすめ,コミュニケーションの中で子ど もが新しい言葉を用いて話したり,無理なく誤音の矯正を行ったりする聾児の言語指導法 である.では,聴こえるけれども,何らかの事情で言語獲得に遅れが生じている幼児に対 して,「自然法」は言語獲得を促進するための支援や指導の方法として有効なのだろうか. 言語獲得に課題をかかえる幼児であれば,指導者や支援者等の意識したかかわりによっ て,目指す力を意図的に身につける必要がある.「自然法」は,健聴児ではあるが,何ら かの原因で言語獲得に遅れが生じた幼児への有効性が期待できる. 幼児の発達段階や個性,言語獲得の状況にもよるが,聴覚障害児教育の現場で活用さ れる「自然法」では,幼児の「話したい」「伝えたい」という内面的な動機付けを重視し, 「言葉による伝え合い」,すなわちコミュニケーションの場面を活かしながら言語獲得を目 指す.健聴児にも当然効果的な言語指導方法と考えられるが,幼児の言語獲得における知 識や,幼児の気持ちを汲み取るなどの幼児理解,応答性など多岐にわたる専門性が指導 者・支援者に求められる.筆者は,聴覚障害児教育に長年にわたり携わってきた.聴覚障 害児教育の現場で重視される「音の聴き分け」「話し言葉」「音韻意識の獲得」「語彙の拡充」 「生活言語」「学習言語」「読みの力」の分野において,多くの実践を重ねながら,一人ひ とりの実態に即した指導・支援方法を模索してきた.この経験を活かし,「自然法」を用 いたコミュニケーションを通して,聴こえるが何らかの事情で言語獲得に遅れをかかえる 幼児に対し,言語指導実践を試みた. 本研究では,これまでの研究の成果をふまえながら,年少児を対象として,「構音障害」 及び「言語獲得の遅れ」の主訴に対し,遊び・ゲームを展開する中で,「言葉による伝え
合い」を重点に置きながら,聴覚障害児教育の「自然法」を用いた効果的な指導方法を追 究し,さらに「感情のコントロール」等の非認知的能力を培うためには欠かせないコミュ ニケーション教育,とりわけ言語発達に遅れのあるある子どものコミュニケーション能力 育成へとつなげたいと考える. 3 . 研究の目的 聴覚障害児は,自分の思いを正しく伝えられない,相手の話を正しく理解できない,他 者への理解が困難など,コミュニケーションや対人関係に対する個別的な支援を必要とす る場合が多い.こうした聴覚障害幼児への個別の言語指導プログラムのスキルを応用し, 健聴児ではあるが,「構音障害」・「言葉の遅れ」等の課題をもつ幼児に対する言語指導を 行い,さらに遊びを通してコミュニケーションの力を育むことによって,自分の気持ちを 相手に伝えたり,感情をコントロールしたりすることを可能にし,他者の気持ちを理解し 人間関係を構築する力を身につけるための指導を展開する.本研究の目的は以下の2点と する. (1) 聴覚障害児教育のスキルを用い言語指導を行い,健聴児の構音障害改善・語彙獲 得の課題に対し有効であるか否かを検証する. (2) 聴覚障害児教育の言語指導で活用される「自然法」を用い,健聴児のコミュニケー ションの力の向上の課題に対し有効であるか否かを検証する. 4 . 研究の方法 A大学教育臨床総合センターの育ちの研究支援部門における地域支援(発達障害児の支 援)として,幼児向けの言語指導を行った.その指導実践を通して事例研究を行う.当時 の支援対象は小学生以上の子どもが多数を占め,幼児は1名だけであった. したがって,本研究では幼児を対象とするため,幼児1名の事例を検討する. (1)個別の指導プログラムの作成 1)対象児(B児)の概要 ア 性別・年齢 男・3歳児(指導開始時:3歳11か月) イ 保護者(母親)による主訴 ・構音障害及び言葉の遅れ ・集団活動への不適応 ウ 実態 2回(30分程度)にわたり,B児と一緒に遊びながら実態を観察した.また,母親 からB児の育ちや幼稚園での様子や家庭での様子を聞き取った. 玩具の車を一列に並べる,数字が好き等のこだわりがある.指導者とのやり取り (コミュニケーション)が成立しにくく自分の言いたいことを話す.視線が合いにく
い.構音はサ行・タ行音の誤音,シャ・シュ・ショなど拗音の発音要領に曖昧さがあ る.ごっこ遊びができない.記憶力が良く文字(平仮名)は,誰も教えていないが, 自分で読めるようになった.幼稚園の集団活動でトラブルを起こすことがある.特に 勝負にこだわり,負けると激昂する.幼稚園の担任の先生の名前を「知らない」「忘れ た」と言うことから,園生活で,本人が感じる困難が存在することがうかがえた.1歳 の頃,母親の入院に伴い,祖母宅に預けていた時期があり,大切な時期に母親と過ご せなかったことが,B児に悪影響を与えているのではないかと母親は懸念している. エ 所見 構音障害(一部)と言葉の遅れが生じている.相手の話を聴いてコミュニケーショ ンすることが難しいため,人との関係が築き難い一面がある.他者の気持ちを理解し たり,自分の気持ちをコントロールしたりする力が弱い.対大人との関係性に自信が ない.特に幼稚園での話はしたがらないため,集団活動に参加することの困難さや, 集団の中での自分の居場所が見つけられない状況にあることがうかがえる.自閉症ス ペクトラム障害が疑われる範疇に入る幼児であると思われる. 2)指導目標 ① サ行・タ行音,拗音の構音要領の獲得 ② 他者とのコミュニケーション(言葉による伝え合い)の確立 ③ 自分の気持ちへの気づきや表出の促進 ④ 自分のこだわりからの気持ちの切り替え ⑤ 音韻意識の獲得 ⑥ 話し言葉の語彙の拡充 3)指導の方針 ア 構音障害について(指導方針①) B児はサ行音やタ行音の発音については構音要領がつかめておらず,音器の未成熟さ や脳の機能が音韻を正確に聴き取ることができるまでに成熟していないと推察される. 聴覚障害児教育には,「聴覚活用」の一環として「聴き分ける能力」を作るための指導 を行い,正しく「音韻の聴き分け」ができるようにする指導法がある.健聴児ではあっ ても,聴こえ方は一様ではなく,音や音声を聴覚的に活用することが苦手な場合もある. 「聴能訓練の手引き」(文部省,1973)244頁には,「聴能は言語指導の知覚,認知の分野 を担うものとして,直接的に言語受容や発音発語の明瞭度と関連するばかりでなく,言 語の背景となる意味的側面と関連するという立場をとる」と明記されている.さらに指 導計画の作成の留意点として,音や音声を豊富に与えるのではなく系統的な整理された 聴覚的諸経験を推奨している.自分の発音を聴覚でフィードバックしながら,正しい発 音ができるように聴覚障害児教育の発音誘導のスキルを用いて指導する際には,構音要 領が似通った音韻を取り上げ,系統的に音韻の整理ができるようにする.また,聴覚障 害児教育では,平仮名の文字を提示し音韻と文字を結びつけながら発音にもつなげてい く.B児は平仮名はすでに読める状態にあるため,拗音・撥音などの特殊音節は文字を
提示して発音を誘導し,音韻のイメージをつくっていくことにした. イ 言葉の遅れについて(指導方針②) 他者とのコミュニケーションが成立しにくいことから,言葉の概念の理解や気持ち の理解に弱さが見られる.聴覚障害児教育の「自然法」を用いたコミュニケーション アプローチによって言語獲得を促し,言葉の概念確立を目指す. また,他者とのコミュニケーションの経験を積み重ねることにより,他者との人間 関係を築く自信の獲得を促す.さらに,他者の気持ちを感じ取る経験を積み重ね,コ ミュニケーションの動機付けの深化を図る. ウ 集団活動への不適応行動について(指導方針③) 聴覚障害児教育では,不適応行動の理由を言葉で表出し,自分の気持ちを言葉でコ ントロールする指導が常に行われている.B児の指導にゲームを取り入れ,ゲームの 中で体験する怒りの感情をコントロールするために,指導者をモデルとして模倣を促 し,自分の気持ちを言葉で調整する「言い回し」を体得し,言葉を用いて感情のコン トロールができるようにする. 4)自然法を取り入れた指導プログラムの作成 聴覚障害児教育の言語指導としては,松沢・中野によれば,聴覚障害幼児に対して 「対物関係」「対人関係」「模倣・調節」「象徴機能」「言語態度」の領域を設定して指導 を行っている.指導内容では「話し合い」を重視し,子どもとのやり取りの中で言語の 獲得を試みている(1982, pp.70-84).草薙・四日市は,聾学校の幼稚部の指導計画を調 査した結果,学習指導として①カレンダーワーク,②トピックス・ニュース・話し合 い,③絵話・紙芝居・物語,④絵日記・学級リーダー・経験のアルバム,⑤言葉遊び, ⑥いろいろなあそび(感覚・手指・運動・数・音・劇・おもちゃ)・ゲーム,⑦言語素 材に着目した指導,⑧音楽リズム,⑨絵画・工作,⑩散歩,⑪行事などが行われている とした(1996, pp.110-118).筆者の勤務校であったC聾学校における自立活動の個別の指 導計画で,筆者が用いた領域には「発語・発音」「聴覚活用」「語彙の表出」「語彙の拡 充」等がある.B児の場合,言語力の育成を支える基礎として「人間関係の形成」の課 題があり,その手段として「コミュニケーション」の基礎能力の育成が求められると考 えた.言語表出,語彙の拡充は「コミュニケーション」に含まれる基礎的な力ではある が,聾学校の自立活動の個別の指導計画の領域では独立させて考える場合が多い.した がって,指導計画には特別支援教育の自立活動の領域(学習指導要領記載)と聴覚障害 児教育の自立活動の領域を表1のように融合して指導計画領域を定めることにした. (2)指導実践 幼児であることを配慮し,体調不良や気分がのらない場合を除き,基本的には1回40分 程度の指導時間を設定した.弟が双子(1歳児)のため,母親は指導の場には同席せずプ レイルームで兄弟と一緒に過ごしながら待つようにした.実践場面では,一対一で向き合 うことによってコミュニケーションをとるようにした.「自然法」を用いた一対一の会話
表1 B児の個別指導プログラム(領域・内容・指導方法) ※「自然法」を活用する場面は,ゴシック体で表示 対象児 B児 男子 3歳児 指導期間 200X年10月∼200Y年6月 1回(約40分) 指導形態 個別指導 領 域 内 容 発語・発音,聴覚活用 発音指導・音の弁別・音韻意識の獲得 指導方法 ・音韻を聴き分ける際には,構音が苦手な音韻の単音と拗音などの特殊音節を含めた単語を使用する. ・発音指導は,聴覚障害児教育の発音誘導の方法を用いる. コミュニケーション トピックス・ごっこ遊び・ゲーム 指導方法 ・「自然法」を用いて,生活の中の身近な話題を取り上げて話し合うほか,絵本や絵カードからイ メージを提示して,そこからトピックスをみつけ,コミュニケーションする. ・ごっこ遊びで,場に応じた言葉の伝え合いを行う. ・ゲームをする中で,勝敗に関する気持ちを表現し合う. ・負けたときの悔しい気持ちを,言葉でコントロールする方法を知る. 言語の表出 絵本・ショートストーリー・おはなし 指導方法 ・絵本の読み聞かせをすることにより,おおまかな話の内容を聴き取って理解できるようにする. ・主人公の気持ちを意識できるようにするとともに,言葉で話せるようにする. 語彙の拡充 絵カード・言葉集め・お話・カルタ・音韻意識獲得プログラム・ 動詞の動画辞典 指導方法 ・教材・教具(『ことはちゃんの言葉の学習ゲーム』・『動画辞典』2)の活用をとおして音韻意識を身 につけると共に,言葉のやりとりを通して言葉の意味を理解しながら語彙を拡充する. 身体の動き 体操・リズム遊び・『なりきり体操』・ものづくり 指導方法 ・スキップやリズム打ち,感覚総合を目指した体操『なりきり体操』3) の動きをとおして不器用さ を軽減する. ・はさみを使った簡単な工作など,手指の巧緻性を高める遊びを行い,ものづくりから自信につ なげる. 人間関係の形成 ゲーム・ソーシャルスキル・ショートストーリー 指導方法 ・予定表を作りシールを貼りながら内容をこなすことで,達成感と約束を守る経験を積む. ・指導を通して大人への信頼関係や愛着関係を築く. ・他者理解の方法や一般的なルールを言葉に置き換えながら知らせていく. ・指導者が言葉による気持ちの葛藤を表現,気持ちを整理する様子を見せ模倣するきっかけをつくる.
によって,信頼関係を構築しながら,構音障害の改善やコミュニケーション能力の向上, 人とかかわる上で大切になる感情面の理解を図るようにした. (3)指導の結果の分析と考察 指導方針①(構音障害),指導方針②(言葉の遅れ),指導方針③(集団活動の不適応行 動)に対する評価を行う.①の評価については,直音の清音である50音の聴き取り調査 と発音が不明瞭な音韻の観察による調査により実施する.②の評価については,指導日 を5回抜粋し(10月∼6月までの指導日のうち後半の1月∼6月における指導日を5回分抜 粋),録音した指導者とB児の会話を再生し,会話(テーマがあるもの)でやり取りが成 立した回数・不成立の回数を集計し分析する.さらに,B児からの働きかけ(意思表示・ 依頼・質問・感情の投げかけ等)の回数を集計し分析する.③の評価については,保護者 の観察メモにより,家庭や幼稚園における感情の表出,感情のコントロール,集団活動へ の適応等について分析する. (4)研究倫理について B児の指導及び支援については,保護者の同意を得ている.また,A大学の研究倫理の 審査を受け,承認された.本研究論文の執筆については,保護者の承諾を得た. 5 . 結果 (1)個別の指導プログラムの作成 B児の個別指導プログラムは,年齢が3歳であることを考慮し,まずは指導者との信頼 関係を構築することを重視した.ゲームには興味があり好む傾向にあるが,負けることを 嫌って勝ちに強くこだわる状況が顕著に見受けられるため,対戦型のゲームではなく自 分自身が課題をクリアするゲーム(『ことはちゃんの言葉の学習ゲーム』2))を活用したり, 指導における課題をゲームに見立てる設定を多く活用した.文字は,自宅の積み木にかか れた平仮名を見て自分で既に覚えていたことから,構音指導や発音誘導には文字を提示 し,音韻意識の獲得をすすめることにした. 図1 「自然法」を用いた言語指導のコンセプト
観察時の状況から,不器用であることが見て取れたため,体幹をつくる体操やリズム遊 びも取り入れることにした.「自然法」の活用については,図1のようなコンセプトを基 に取り入れ,表1のように個別の指導プログラム(領域・内容・指導方法)を作成した. 自然法を用いたコミュニケーションは,B児の気持ちを汲み取りながら応答的なかかわり を積み上げていくことにより,B児に安心感を与えることができる.信頼関係が構築され ることで,言葉の言い換えや模倣も可能となり言語力向上につながると考えた. B児の個別指導プログラムのさらに詳細な内容(指導案)は,表2に示した. 第1回から第17回までの実践の指導案は,B児の構音障害の改善状況,音韻意識の獲得 の状況,さらに言語獲得の状況を見ながら,組み立てていった.幼い兄弟の体調が悪くな り指導がコンスタントには行えない状況も生じたが,年中児になった6月まで指導を続け た.実際には観察を含め18回の実践となった. 「発語・発音,聴覚活用」は,遊びやゲームとして実践し,コミュニケーションはゲー ムの中での「言葉による伝え合い」や導入の際のトピックス(朝ごはん・お天気・弟の様 子・幼稚園のこと・家庭でのこと等)に関する会話を「自然法」を基本としながら実践し た.「言語表出」「語彙の拡充」「人間関係の形成」についても,遊びを通して実践した. B児が伝えたい気持ちや話したい気持ちを優先し,場面を捉えて,「自然法」を活用した コミュニケーションを行った. (2)B児の指導経過 B児の指導経過については,特記事項を表3にまとめた.構音要領の習得にあまり長い 時間は要さなかった.ただ会話の中では「ス」が「ツ」,「チュ」になりやすい.意識をし ながら話すと発音の明瞭度は上がる.聴覚の活用も次第に集中できるようになり,発音の 苦手な音韻についても正しく聴き分けることができるようになった. 「自然法」を用いたコミュニケーションの場面で,名詞や動詞などの言葉の置き換えを すると,すぐにその言葉を覚えて自分でも使うことができた.表1, 表2の領域「コミュニ ケーション」「言語の表出」「語彙の拡充」「人間関係の形成」に該当する指導の場面であ る.概念の理解も,言葉が増えるに従って拡がっていったが,ショートストーリー(指人 形2体を使い,簡単なお話を展開する人形劇.言葉のやり取りを聞きながら,身近な出来 事における登場人物の行動や気持ちを考えたり,共感したりする)を見せた後のコミュニ ケーションでは,主人公の気持ちを汲み取ることが難しかったり,競争で負ける熊が悪く 意地悪な言葉を発する豹は悪くないなど,通常の予測とは少し違った反応が見られた.相 手の気持ちの理解などについては,気持ちの言葉(感情を表出する言葉:「うれしい」「か なしい」「くやしい」「つらい」等)の語彙も少なく,理解が難しい傾向にあると推察され た.研究の方法の実態で述べた「幼稚園の集団活動でトラブルを起こすことがある.特に 勝負にこだわり,負けると激昂する(母親からの聞き取り)」の要因となる「気持ちのコ ントロールの課題」が,集団活動参加の困難性と強く関連していることがうかがえた. 指導の後半は,気持ちの理解やコミュニケーションなど人間関係にかかわる内容を多く
表2 B児の個別指導プログラム(指導案) ※「自然法」を活用する場面は,ゴシック体で表示 指導 課題 回数 発語・発音, 聴覚活用 コミュニケーション 言語の表出 語彙の拡充 身体の動き 人間関係の形成 1回目 音への注意・聴き 分け 語頭,語中, 語尾音・発音 できるかなゲーム・言葉 を聴いて動く・言葉によ る伝え合い 名詞の理解 語彙の表出 「くろひげききいっぱ つ」ゲーム ・50音の聴き分け ① ・語頭,語 中,語尾音の抽 出 ・ぬいぐるみを指定され た場所に置く. ・食べ物カー ド ・なぞなぞを聴い て答えた言葉の 意味の確認 ・ゲームの中で他者 の気持ちを理解す る 2回目 音への注意・聴き 分け・発音 ジャンケンゲーム・言葉 による伝え合い なぞなぞ 言葉集め おはなし ・50音の聴き分け ② ・5個のフタのうち3個 を取ると勝ち ・生活用品 ・語頭の音韻を意 識する ・アンパンマンの絵 本 3回目 音への注意・聴き 分け・発音 おはなし・言葉による伝 え合い なぞなぞ 言葉集め ジャンケンゲーム ・カ行音 ナ行音 ハ行音 ・ごっこ遊びのやり取り ・食べ物 ・「か」「き」「く」 「け」「こ」 ・負けた人の気持ち に目を向ける 4回目 音への注意・聴き 分け・発音 おはなし・ 読み聞かせ なぞなぞ 言葉集め バランス遊び ますとりゲーム ・サ行音 拗音 ・ショートストーリー ・ さるかにがっせん ・動物 ・「す」 ・片足立ち ・スキップ ・ゲームのルール (負けても怒らない) 5回目 音への注意・聴き 分け・発音 おはなし・言葉による伝 え合い なぞなぞ 言葉集め リズム遊び ジャンケンゲーム ・サ行音 拗音 ・ショートストーリー ・乗り物 ・乗り物 ・ケンパー ・スキップ ・5個のフタのうち 3個を取ると勝ち 6回目 音への注意・聴き 分け・発音 ごっこ遊び・言葉による 伝え合い なぞなぞ・ お 話 言葉集め リズム遊び ジャンケンすごろく ・サ行音 拗音 ・ペープサートを使って ・「すべる」「こ ろがる」 ・感 想を話す ・食べ物 ・スキップ ・ゲームのルール (負けても怒らない) 7回目 音への注意・聴き 分け・発音 ごっこ遊び・言葉による 伝え合い 音韻獲得の ゲーム 言葉集め・なぞなぞ リズム遊び ごっこ遊び ・サ行音 拗音 ・ペープサートを使って ・ことはちゃ んの言葉の 学習ゲーム ・音韻数を提示 ・ 動詞 ・スキップ ・気持ちを考える 8回目 音への注意・聴き 分け・発音 言葉集め・言葉による伝 え合い 音韻獲得の ゲーム 昆虫カード リズム遊び おはなし ・サ行音・ナ行 音・タ行音,拗 音 ・昆虫カード ・音韻数提示 ・ことはちゃ んの言葉の 学習ゲーム ・名詞 ・くま歩き ・相手を意識しなが ら感想を話す 9回目 音への注意・聴き 分け・発音 なぞなぞ・言葉による伝 え合い 音韻獲得の ゲーム 昆虫カード リズム遊び ジャンケンゲーム ・拍数,拗音 (チャ・ニャ・ リャ・シャ) ・動物カードを使って ・ことはちゃ んの言葉の 学習ゲーム ・名詞 ・くま歩き ・くも歩き ・ゲームのルール (負けても怒らな い)
10回目 音への注意・聴き 分け・発音 おはなし・言葉による伝 え合い 音韻獲得の ゲーム 乗り物カード リズム遊び ジャンケンゲーム ・拍数,拗音 (リャ・ニャ) ・ショートストーリー ・ことはちゃ んの言葉の 学習ゲーム ・名詞 ・くも歩き ・こま ・ゲームのルール (負けても怒らない) ・怒らない人は花丸 11回目 音への注意・聴き 分け・発音 なぞなぞ・言葉による伝 え合い 音韻獲得の ゲーム 言葉集め・かるた おはなし ・拍数,拗音 (ジャ・ジュ・ ジョ) ・動きなぞなぞ(実際に 動いた動作を見て文を 考える) ・ことはちゃ んの言葉の 学習ゲーム ・ジャのつく言葉 ・読み札を読む (音読) ・ショートストーリー 12回目 音への注意・聴き 分け・発音 なぞなぞ・言葉による伝 え合い 動画辞典 かさこじぞう(絵 本) なりきり体操 ころがしゲーム おは なし ・拍数,拗音 (ジャ・ジュ・ ジョ) ・動物カード ・動詞「あつ める」「おい かける」「お す」「こぐ」 「はしる」 ・登場人物 ・登場人物の行動 ・うさぎ, ひこうき, フラミンゴ, サイド ステップ ・ゲームのルール (負けても怒らない) ・怒らない人は花丸 ・ショートストーリー 13回目 音への注意・聴き 分け・発音 なぞなぞ・言葉による伝 え合い 動画辞典 マッチ売りの少女 (絵本) なりきり体操 おはなし ・拍数,拗音 (チャ・キャ・ リャ・ニャ・ シャ・シュ・ チュ・キュ) ・動きなぞなぞ ・動詞「かけ のぼる」「す べる」「ける」 「つむ」「く ぐる」「しゃ がむ」 ・難解語句 ・ひこうき, 新体操の 選手 ・心の理論 14回目 音への注意・聴き 分け・発音 なぞなぞ・言葉による伝 え合い 音韻獲得の ゲーム おはなし リズム ジャンケンゲーム ・拗音,単語 ・なぞなぞ作り ・ことはちゃ んの言葉の 学習ゲーム ・楽しかったこと の発表 ・スキップ ・ツーステッ プ ・ゲームのルール (負けても怒らない) ・怒らない人は花丸 15回目 音の聴き分け・発 音 おはなし・言葉による伝 え合い 音楽鑑賞 カルタ ・50音の聴き分け ・楽しかったことの発表 ・歌の歌詞 ・なぞなぞ・カルタ 16回目 音の聴き分け・発 音 音楽鑑賞・言葉による伝 え合い なぞなぞ 文作 り 言葉集め なりきり体操 ・拗音 ・乗り物 カード ・好きな歌 ・動きなぞな ぞ ・「だれがどう する」 ・「しょう」「りょ う」「しゅう」 のつく言葉 ・初めから 最後まで 通して体 操する 17回目 音の聴き分け・発 音 ごっこ遊び・言葉による 伝え合い 音楽鑑賞 言葉集め・カルタ ジャンケンゲーム サ プライズ ・乗り物カード ・さめとかえるのやり取り ・歌について ・音韻数を指定し て,言葉を集め る ・なぞなぞカルタ ・ゲームのルール (怒らない) ・怒らない人は花丸 ・新幹線「のぞみ」 表2 続き
表3 B児の指導経過(特記事項) ※自然法を活用した場面は,ゴシック体で表示 1回目 音韻意識は,先回の観察時ではまだ確立できていないと感じられたが,少しずつ獲 得しつつある様子である.平仮名は自分で勝手に覚えてしまったと母親が話していた が文字に興味があることがうかがわれた.文字カードを見せることで,語頭音,語中 音,語尾音の意味が理解できた.「聞く」ことについては,若干弱さを感じる.音韻の 聴き分けも完璧ではない. 2回目 音韻の聴き分けを前回に引き続きゲーム形式で実施した.発音練習は,嫌がらずに 行える.語音矯正にも前向きに取り組めた.ストーリーを理解すること,因果関係を 考えることはまだ十分にはできない様子で,このことが友だちとのトラブルに関連し ているのではないかと思われた.指導を楽しみにして来てくれている. 3回目 指人形を使ってのショートストーリー(お話)の理解から,内容や感想を言語表出 するよう自然法を用いてコミュニケーションを試みるが,難しかった.感情表現をす る犬と猫のやり取りを見ていて,負けた方の動物がきれたり泣きわめいたりする姿は, 見ていられないようだ.性格はもともと優しく,共感する力は身につけることができ ると感じた. 4回目 ショートストーリーで,熊に「またがんばればいいよ」と声をかけさせ,それに対 して「Bくんが言ったから,ぼくおこらないよ」と熊が答えるやりとりは,すんなり と受け入れられる様子だった.そのためなのかゲームの時に,感情をコントロールし ながら「もう1回」と初めて言うことができた. 5回目 ショートストーリーの中で,登場人物がゲームをして勝った・負けたという場面で の勝った方の気持ち,負けた方の気持ちは察することができる.しかし,今回のよう に競争に負けて悔しがる熊を,豹がバカにしたにもかかわらず,豹が困っている場面 で何とか助けようとする熊の優しい気持ちや,助けてもらった豹が熊を見直す気持ち, 感謝する気持ちなどがよく分からなかった. 6回目 指導者に慣れてきたこともあり,いろいろな要望を出すことが多くなった.家族以 外の大人に対して甘えることが少なかったB児の状況をふまえ,対等に向き合いなが ら,幼児の発信に対しては誠意をもって応えるようにしてきた.この経験が,自分の こだわりを手放すきっかけにつながると考えている.実際,信頼関係から愛着関係を 築くことで,この人の思いを受け入れようという気持ちが芽生えている様子が確認で きる. 7回目 初めて「ことはちゃんの言葉の学習ゲーム」を行う.パソコンのマウスの操作はす ぐに覚えて,一人で正しいと思う音韻を選び言葉を作っていくことができた.要らな い音韻に注目するなど,直前の言葉あつめで行った音韻の操作がきちんと習得でき活 かされている.学習能力の高さをうかがわせる.コミュニケーションの場面で,やり 取りが成立し,会話が続くようになってきた. 8回目 息を意識しながら発音すると「シュ」「シャ」は改善する.「リュ」は舌の動きを練 習した後には,それなりに改善する.「シャ」「リュ」「シュ」は,家でこだわって発音 を練習し過ぎたのか,今回はうまく発音できなかった.あまり根をつめず,長い目で 改善するようにしたい.言葉の音韻の分解なども可能になり,音韻意識はかなり身に ついてきていると感じた. 9回目 音韻意識はほぼ獲得されたと言って良いが,なぞなぞで音韻数を限定して提示する と,答えが分からなくなる傾向がある.新しいことをするときには,本人に不安感に よる抵抗があるが,それが原因かもしれない.思考せず「分からない」と言いつつも, 嫌がらずに取り組むことができる.言葉だけで聴いて分からない場合,「○○○」等の 音韻数をかいたカードなどの視覚的な補助教材を与えると分かりやすかった.
10回目 ショートストーリーは,何度も登場人物の気持ちに焦点を当ててやってきたが,や はり理解が難しい.この点が母親にとっても悩みの1つになっているようだ.ゲーム で1回ずつの勝ち負けには,表情を変えずに我慢ができる.感情のコントロールが少 しずつだが可能になってきた.音韻意識はさらに確立できてきている.「ことはちゃん の言葉の学習ゲーム」で知らない名詞の音韻数を見ながら,1つだけのヒントをもとに 選択肢の音韻から言葉を予想することができるようになった. 11回目 「気持ちの言葉」(感情を表出する言葉:「うれしい」「かなしい」「くやしい」「つらい」 等)を聞いて反復するという今日のショートストーリーの課題は,何とかできた.発 表会の感想を聞いても話せないという父親の言葉からも,感情にまつわる言葉が適切 な場面で表出できないという課題がある.ショートストーリーの中での登場人物の言 葉をモデルとして取り込むことができるようにしたい.内容が少しマンネリ化してき ているので,次回は動画辞典を用意したい.『なりきり体操』のDVDも使用したい. 12回目 今回指導の最後に母親・T先生のいるところでパニックになる.自分の好きな歌の CDを最後まで聞けなかったことが,彼の怒りの発端である.指導者側の理由を話すが 聞く耳を持たない.最初にきちんと提示しておかなかったことが,このようなパニッ クにつながったと感じるが,集団生活の中でこのような些細な変更はままあることな ので,幼稚園でのトラブルの状況が想像できた.彼にとっては生活しづらいことが 多々あるのだと思う. 13回目 父親と一緒にやってきた.指導場面を見学してもらう.ショートストーリーでは, 的外れなことを話していたので,相手の立場になって気持ちを理解する発達段階に到 達すれば,相手が「いやだろう」「こわいだろう」と気持ちを推し量ることができると 説明した.ゲームの勝敗にこだわって自分の気持ちが前面に出るのは当然であり,お 話を見ている際に負けて大泣きしている熊に共感し,勝った豹が「悪い」という論理 になるのも頷けることだと父親に話した.以前は,負けた熊を非難していたので,こ こにきて気持ちの変化が見られた.人の気持ちの理解や共感が少しずつできるように なってきたと思われる. 14回目 父親に「サプライズ」の課題を説明する.相手の立場になって物事や感情を推し 量ったりする課題として「お母さんをびっくりさせる」サプライズを行う.今回は宝 箱の中にB児がかいた「ケーキ」の絵を入れておく.この中に何が入っていているか お母さんに尋ね,考えてもらう.答えは言わないでヒントを出す.これが「なぞなぞ」 になる.B児は,「なぞなぞ」の答えを言ってしまった.相手の側にたって「答え」を 導くためのヒントを言葉で提示することが十分には理解できていなかった. 15回目 相手の立場になって考える遊びの「サプライズ」を考えることは,前回の宿題にし た.「お母さんを驚かせよう」と宝箱にB児のかいた絵を入れて,なぞなぞを出して中 の物を当ててもらうという内容だが,答えを言ってしまい,前回は「サプライズ」に ならなかった.今回は「たいこ」の絵を描いた.お母さんがびっくりするというシ チュエーションは理解できているため,わくわくしながら絵を描き宝箱に入れること ができた.しかし,今回も練習の際に答えを言ってしまった.まだ遊びのルールや意 図がつかめないことや,相手の立場になりきれないことが考えられる. 16回目 母親への「サプライズ」は宿題で出していたが,答えを言わずになぞなぞを出し, ヒントも言えた.中に入っている絵は「たいこ」の絵で,とても上手に描けている. 母親がびっくりするという本人の予想が,その通りになって満足気だ.答えを言って しまうと,母親の気持ちのテンションが下がってしまうことが少し理解できた様子で ある.好きな音楽をかけて,「止めて」と指導者に言われた時に,気持ちを上手に切り 替えることができた. 表3 続き
設定することにした.ゲームの勝敗にこだわること,自分の中で決めた予定の変更に動揺 することなどから,B児のパニックは3回ほど見られた.しかし,全く自己コントロール できなかった1回目と比較すると,2回目・3回目のパニック時には,自分の気持ちを何と かおさめて切り替える場面が見られた.自分の気持ちに折り合いがつけられるように,言 葉のやり取りで支援を行う際にも「自然法」を取り入れるようにした. (3)指導の結果の分析と考察 1)構音障害について サ行音やタ行音の発音については構音要領をつかむため,聴覚障害児教育の発音指 導を取り入れた.また音韻を正確に聴き取ることができるまでに聴覚が成熟してい ないと考え,音韻の聴き分けを重視した.構音では,サ行・タ行に課題があるととも に,子音の聴き分けが十分ではないことが推察された(表4).サ行音,タ行音を含む 拗音を中心にして,音韻を聴き分ける練習を行った.また自分の発音を聴覚でフィー ドバックしながら,正しい発音ができるようにすることや,誤音矯正の際にも同様に 聴覚を活用した.この指導の結果,会話の中で「シ」が「チ」になる,「ス」が「ツ」 になる他は,ほとんど正しく明瞭な発音ができるようになった(表5). 2)言葉の遅れについて 他者とのコミュニケーション(言葉による伝え合い)が成立しにくいことから,言 葉の概念の理解や気持ちの理解の弱さが考えられたため,聴覚障害児教育の「自然 法」を用いて,幼児自身が「話したい・伝えたい」という内発的な気持ちを育みなが ら,トピックスを中心にコミュニケーションを試みた.また,他者とのコミュニケー 表4 音の聞き分け調査 項目 指導日 聞き返しのあった音韻 第1回目・2回目 イ・シ・ヤ・キ・ツ・ケ(6)・ハ・ミ・ム・ヲ(4) 計10音 第15回目 なし 表5 発音が不明瞭な音韻調査 ※( )内はB児の発音 項目 指導日 誤音 発音が不明瞭な音韻 観察日(指導開始前) サ( チ ャ)・ シ(チ)・ ス(ツ) セ(テ)・ソ(チョ)・ツ(チュ) 計6音 シ(チ)・ス(ツ)・リャ(ラ)・リュ(ル)・ リョ(ロ) 計5音 第15回目 なし シ(チ)・ス(ツ) 計2音
ションの経験を積み重ねることにより,他者との関係を築く自信を獲得し,そこから 他者の気持ちを感じ取る経験につなげることを目指した.指導開始直後は,話しか けても自分の話したいことに話題を変えてしまうことによって,やり取りが成立しな かった.一つのテーマに沿ってやり取りし,お互いに内容が分かることを目安に会話 が成立したと判断するようにした.会話が成立する場面は,回を重ねるごとに増えて いった(図2).話す言葉も増え,話の内容のバリエーションも増えた. 3)集団活動への不適応行動について 不適応行動の理由を言葉で表出し,自分の気持ちを言葉でコントロールする指導 を行った.本児の指導にゲームを取り入れ,ゲームの中で体験する感情をコントロー ルする経験を増やした.言葉を使って自分の置かれた状況を改善するために,自分 の気持ちを言葉で調整する「言い回し」を体得できるように,分からない時には「も う1回言って」と話すなどの「コミュニケーションスキル」や,ゲームの際に気持ち をコントロールするための言葉「今度頑張ればいいか」「もう1回やろう」「まあ,い いか」「ゲームは遊びだから大丈夫」などの言い方を教えた.ゲームの勝敗にこだわ り,負けると過度に反応していたが,少しずつ自分の気持ちをコントロールする姿が 見られるようになると同時に,B児から指導者への働きかけ(意思表示・依頼・感情 の投げかけ)が増えていった.B児からの働きかけの回数は,6月1日には17回生起 しており,1月12日の8回と比較すると2倍近くに達している(図3).B児からの働き 図5 指導内容の時間配分の変化の割合 図2 会話のやり取りの成立・不成立の回数 図3 B児からの働きかけ回数 図4 B児からの働きかけ回数の内訳
表6 保護者のB児に関する観察記録(下線:感情のコントロール・人との関係に関する 内容) 月 観察記録 10月 ・雨の日の長靴を嫌がらなくなる. ・祖母が広島に「帰る」ことの理解. ・予防接種を一人で椅子に座り受けられた. ・ぬいぐるみのキリンにバスタオルを巻き,赤ちゃんのようにあやす. ・双子の弟を保育園の先生たちに自慢する. ・運動会で自分独自の振り付けの踊りができた. 11月 ・友だちと「うんこ」「しっこ」と言い合って遊べるようになった. ・お医者さんごっこをしながら,DVDで見て覚えた言葉を話す. ・「大人になったら…したい」と話すようになった. ・お菓子を全部ではなく食べたいだけ食べるようになった. ・おやつ作りの前に自分で準備ができた. ・水泳教室で分からない指示に自分から聞き直す. ・弟が階段から落ちてから,弟が階段に近づくと「落ちる」とパニックに近い状態になることがある. 12月 ・サンタに手紙を書き,希望通りのプレゼントをもらい「サンタさん,分かってくれた」と喜ぶ. ・一人で友だちの家に行くことができた. ・ジャングルジムに上れないとあきらめていたが,一人で上れるようになった. ・クリスマスブーツは,キャラクターにつられず量の多い方を選択していた. ・時間の感覚が身についてきた.あと○分が正確に分かる. ・ソックスのことを「赤ちゃんはチョックス,お兄ちゃんはソックス」と言う. ・あれこれ母親に言われると「うるさい」と言い返したり「あなた先生?」と言うようになった. 1月 ・幼稚園に行き渋る.門のところで別れられず「保育室まで来てほしい」と言うようになった. ・幼稚園帰りに児童館で遊ばなくなる.「おうちがいい」と言うようになる. ・保育参観の際に大好きなブランコに乗って遊んでいたが,隣の友だちと高さを揃えたり「ヤッホー」 と言い合って楽しんでいた. ・弟に毛布をかけたり,好きなぬいぐるみを置いてあげたりして「ぼく優しいでしょ」と言う. ・漢字に興味が出る.一人でワークに取り組み簡単な感じの読み書きができるようになった. ・「今日のごはんは何?」としきりに聞くようになった.「シチューだよ」と言うと「あったまるねえ」 と言っていた. ・やろうとしていたことがうまくできないと「うえーん,うえーん」と泣いて訴える事が増えた. 2月 ・トランプの神経衰弱を好んでする.最初はルールが定着しなかったが,守れるようになった.負けた 時は,カードの枚数を数えず泣かないよう努力をしている. ・カレンダーの曜日が気になるようになった. ・生活発表会で誰よりも大きな声で役になりきって台詞を言う.待っている間もお行儀よくできてい た. ・幼稚園でおこられたことを聞いても話そうとしない. ・児童館で一人遊びではなくお友達とかかわって遊べるようになった. ・お友達や弟たちに対して思い通りにならない時に「きらい」と言うことが多くなった.注意されて 「遊ばない」と置き換えるようになった.
かけについては,意思表示の他に指導者への依頼・質問,感情の表出の状況を示した (図4).自分の意思を一方的に表出するだけではなく,指導者との言葉による伝え合 いを求める働きかけや気持ちの交流が増えていった.4月29日の指導では,依頼・質 問が急激に増えた.指導者との間に信頼関係が構築されたということも影響している と考えられる.母親に,家庭での様子の観察記録を依頼した.保護者の2月の記録か らは,集団活動(生活発表会)で,自分の役割を果たし集団に溶け込んでいる様子が うかがえた.自分の意思を表出し,意欲をもって新しいことに挑戦したり,自分の感 情に折り合いをつけていく姿が観察されている(表6). また,依然こだわりは見られるものの,自分の気持ちをコントロールして気持ちを 立て直す場面が増えた.苦手なごっこ遊びに取り組む気持ちが持てるようになった. 指導内容は,初期の段階から後期の段階にかけて,構音要領の指導や発音誘導の指導 より,コミュニケーションに重点を置いて,その中で自分の感情をコントロールし人 間関係を円滑にするソーシャルスキルを身につける指導へと移行した(図5).指導 者と幼児との間の信頼関係構築は,言語指導において重要である.気持ちをコント ロールする経験を遊びの中で繰り返し積み重ね,B児自身が折り合いをつける方法と して実感できるよう,あえて場面を設定する「人間関係」の指導内容では,指導者と 幼児の応答的なコミュニケーションがさらに重視される.「自然法」では,幼児の実 態に即して言葉による伝え合いを意図的に継続するために,指導者の経験に裏打ちさ れた言葉がけによって幼児の内面と向き合うことが求められるとともに,幼児との 信頼関係,さらに言葉でお互いの気持ちや考えを分かり合うための指導者のコミュニ ケーションスキルが重要となる.母親による10月から2月までの5か月間にわたる観 察記録を見ると,B児の豊かな感情の言葉の表出が確認できる.B児が人形を用いた ごっこ遊びができるようになったことや,指導者のショートストーリー(指人形2体 を使い,簡単なお話を展開する人形劇.言葉のやり取りを聞きながら,登場人物の行 動や気持ちを考えたり,共感したりする)に興味をもち,楽しんで参加することがで きるようになった指導場面での姿との関連性が確認できた. 6 . 総合考察 子どもの言語の力の成長のためには,言語指導の場面においても,全人的な発達を促す ことに重点を置くことが大切である.B児の場合は,自閉症スペクトラム障害を思わせる 集団活動での困難感がある.ただし,言語指導を実施した期間に,診断はおりてはいな い. 指導経過を振り返ると,構音障害はほとんど改善され,単音で発音する際には意識し て,苦手な「ス」や「シ」も明瞭に発音できる回数が増えていった.今回の指導法には, 聴覚障害児教育の発音・発語や聴覚活用を取り入れ,曖昧な発音に対しては構音要領を教 えることによって正しい発音に誘導することができた.耳から入る音と文字(平仮名)そ して筋運動(息や舌の使い方,口の開け方)のマッチングが,構音障害の改善に効果的
だったと考えられる.指導には「自然法」を用い,苦手な発音の音韻をB児が会話の中で 発音するように場面を設定した.B児には,回数を重ねながら自然に発音を誘導するスキ ルが有効的であった. B児は,この半年あまりで言葉の数が増え,コミュニケーションの様子も変わってき た.聴覚障害児教育の「自然法」を活用することにより,子どもからの発信や経験したこ と,目の前の課題についての説明などの言葉による伝え合いを通し,言葉の概念の構築や 拡大を図った.聴覚障害児のみならず健聴児であるが言葉に遅れをもつB児の言語指導の 事例において,「自然法」が効果的であったと言える. 研究の目的として挙げた「聴覚障害児教育のスキルを用いた健聴児の構音障害改善・語 彙獲得の改善」及び「聴覚障害児教育の言語指導で活用される,『自然法』を用いた健聴 児のコミュニケーション力の向上」の検証については,どちらも有効性が示唆された. さらに指導実践では,発達障害を思わせる他者理解力の弱さや勝ち負けへのこだわり, 自分の感情がコントロールできないために集団活動で協働できない困難感,心の理論の 未獲得等様々な「人間関係」の構築に関する課題に対して,「自然法」を用いたコミュニ ケーションアプローチによる指導実践を行った.具体的には,言葉で感情をコントロール することを覚えるために,言葉による感情の伝え合いをしながらゲームを行い,指導者が 負けた際には,悔しい状況の中で自己コントロールの言葉を用いて自分の感情に折り合い をつける様子を見せて,言葉による感情コントロールの実際に触れる経験を重ねるように した.B児は,自分の行動のモデルとして取り込み模倣することができた.これが,集団 活動への不適応行動を少しずつ減らす結果につながったと考える. B児には依然こだわりは見られるものの,自分の気持ちをコントロールして気持ちを 立て直す場面が増えた.また,気持ちの言葉がいまだ分かりにくい傾向が認められるが, ごっこ遊びや,指導者による人形劇(ショートストーリー),サプライズ(お母さんを びっくりさせるなぞなぞ),ゲームの内容では,B児が声をあげて笑う場面が多くなった. このような「おもしろい」「楽しい」といった情動の表出として「笑い」が多く見られる ようになったことが,感情表現の拡がりにつながっていくと感じられる.指導者との間に 感情の交流があり,指導期後半になるほど指導者の投げかけたユーモラスな言葉にリラッ クスして反応できるようになった. 母親の記録から,兄弟の関係を自覚し兄として優しい行動を意識するようになったり, 予防接種の際には一人で椅子にかけるようになったりなど,自分の不安感をコントロー ルすることができるようになったことがうかがえる.また夜ご飯のメニューを気にする ほか,シチューと聞いて「あったまるねえ」と答えるなど,家族だんらんの暖かさを感じ 取って,言葉で表現している.言語力やコミュニケーション力が伸びるとともに,家族と の関係の持ち方にも変化が生じていることが見て取れる.また同年齢の子どもへのかかわ り方にも変化が見られ,一人遊びではなく並行遊びや遊び集団の中に入って一緒に遊ぶと いう行動も見られるようになった.幼稚園での本人の困難感から,園の先生に対する自信 のなさがさらに本人の行動を偏らせてしまうことを懸念し,B児との信頼関係や愛着関係
の構築を重視したこと,感情へのネーミングとコントロールのための言葉の活用が功を 奏したと言えるだろう.また,言語指導の際には,指導内容やB児の反応,コミュニケー ションの課題について母親と共有し,家庭内で課題克服を意識したかかわりが得られたこ とがB児の変容を大きく後押ししたと推察する. 今回の言語指導の最大の効果は,構音障害の改善,言葉の遅れの改善もさることなが ら,自分の感情のコントロール,そして相手の気持ちの理解を図るためにコミュニケー ションの力が向上したことである.健聴の幼児に対しても,聾教育で聴覚障害幼児に対し プレッシャーを与えることなく会話によって構音・発音・語彙の拡充等の指導を展開する 「自然法」を用いた言語指導が有効であることが示唆された.無理なく言葉による伝え合 いを積み重ね,適切な人間関係を構築することができたことで,より豊かな言語環境が整 い,ひいては気持ちを伝え合う経験の積み重ねから感情のコントロール及び言葉の力を伸 ばすことにつながると考える. 7 . 今後の課題 対象児は,自閉症スペクトラム障害の疑いがあると考えられたが,診断名がついていな い状態であること,年少児であること,保護者(母親)が双子の乳児をかかえ子育てに疲 弊しそうな状況にあったことなどから,発達検査等は実施せず,聴覚障害児教育で実施す る発音のテストで主訴の構音障害の改善をみること,言葉の遅れについては,絵カードを 用い遊びながら確認すること,母親の家庭での観察により話す語彙の増加や気持ちの理解 や気持ちのコントロールなどを確認することにした.さらに本研究では,指導期間の後半 にあたる指導場面(10月∼6月までの指導日のうち後半の1月∼6月における指導日を5回 分抜粋)で録画した幼児の会話を分析し,コミュニケーションに焦点を当てその変容を分 析した. 今回の事例研究では,聴覚障害児教育で用いられる「自然法」の活用によって,語彙と して獲得を目指す言葉を身につけ,意図する概念の獲得もスムーズに行えることを確認し たが,さらに多くの事例研究で検証する必要がある.また,今後は,標準化された発達検 査を用い,より対象児の特性を明らかにした上で指導計画を作成し指導することにより, 困難性を引き起こす要素の変容についても明らかにしていきたい. 註
1) 岡辰夫(1978): NATURAL LANGUAGE FOR DEAF CHILDLEN (Mildred A. Groht, 1958)を岡氏が訳 し,ガリ版刷りで作成した資料をT大学附属聾学校幼稚部の教員に配布した.
2) 大島光代(2004): 「聴覚障害児の音韻意識・語彙の獲得を目指す言語指導プログラム:ことはちゃ んの言葉の学習ゲーム」,「動画辞典:動詞の意味と活用形がわかる辞典」.(日本学術振興会による 科学研究費を活用した研究)
引 用 文 献 五十嵐紀子(2015)「他分野とコミュニケーション教育を語る意義—医療福祉分野で求められる『コミュ ニケーション力』をめぐって—」,『日本コミュニケーション研究』第44巻,第1号,7-15. 小山哲春(2010)「コミュニケーション教育の源流」,『スピーチ・コミュニケーション教育』第23号,85-109. 草薙進郎・四日市章(1996)『聴覚障害児の教育と方法』コレール社. 鯨岡峻(1997)『原初的コミュニケーションの諸相』ミネルヴァ書房. 松沢豪・中野善達(1982)『聴覚障害児の言葉の指導』福村出版.
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