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インドネシア西スマトラ州ミナンカバウ村落社会における親族と社会関係の変容

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Academic year: 2021

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インドネシア西スマトラ州ミナンカバウ村落社会に

おける親族と社会関係の変容

著者

西川 慧

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301甲第18984号

URL

http://hdl.handle.net/10097/00128185

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博士論文要約 インドネシア西スマトラ州ミナンカバウ村落社会における親族と 社会関係の変容 西川 慧 目 次 序章 第1 節 問題設定 第2 節 理論的背景 第3 節 調査地の概要 第4 節 調査の概要 第5 節 本論の構成 第2 章 ミナンカバウのアダットを取り巻く変化と持続 第1 節 背景 第2 節 ミナンカバウにおけるアダットの系譜学 第3 節 DIM 運動におけるアダット 第4 節 小括 第3 章 テルック・ダラム村の歴史と生活 第1 節 村の風景 第2 節 テルック・ダラム村の歴史 第3 節 村の生活とライフステージ 第4 節 小括 第4 章 家に暮らす 第1 節 家屋とジェンダー 第2 節 家を建てる 第3 節 家に暮らす人びと 第4 節 家への取り込み

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第5 節 小括 第5 章 親族への同化の力学 第1 節 「恩の紐」と「血の紐」 第2 節 親族名称に見る「恩の紐」と「血の紐」の交錯 第3 節 「恩の紐」としてのクトゥルナン 第4 節 「恩の紐」としてのカンプァン 第5 節 他者の包摂 第6 節 小括 第6 章 ミナンカバウにおける人格観念 第1 節 マレー世界における人格観念 第2 節 人格観念としてのハティとプラサアン 第3 節 「同意を得る」に見るハティとプラサアン 第4 節 小括 第7 章 親族と人生儀礼 第1 節 「血の紐」と「恩の紐」におけるモノのやり取り 第2 節 人生儀礼のプロセス 第3 節 人生儀礼における「血の紐」と「恩の紐」 第4 節 参加者から見た人生儀礼 第5 節 小括 第8 章 ガンビール耕作の開始とその影響 第1 節 東南アジアと南アジアにおけるガンビールと檳榔の歴史 第2 節 現代インドにおける檳榔の消費とパン・マサラ 第3 節 テルック・ダラム村におけるガンビール生産の開始 第4 節 小括

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第9 章 ガンビール・ブームと「プラサアン」の経済 第1 節 ガンビールの生産と流通 第2 節 ガンビールを生産する人びと 第3 節 ガンビールをめぐる「恩の紐」と「血の紐」 第4 節 小括 第10 章 結論 第1 節 要約 第2 節 考察 付録 引用文献

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本研究の目的 本研究の目的は、インドネシア共和国西スマトラ州に住むミナンカバウの村落社会を 対象として、親族関係および社会関係の特徴と変容を考察することである。 ミナンカバウの人びとは、母系の慣習法(アダット)とイスラームという相反する原 理を両立させていることで知られている。またミナンカバウの人びとは村落部において 共有地を守り、互いに支え合いながら生きている農民だとされる一方、インドネシア国 内においては「個人主義的な守銭奴の商人」としてステレオタイプ的に表象される。本 研究は、このような複数の価値観のあいだで営まれるミナンカバウの人びとの生を描い た民族誌である。 本研究でミナンカバウの親族と社会関係に注目するのは、上記のような二面性のあい だで揺れ動く人びとの生が政治・経済的な変動のもとで新たなダイナミズムを生み出し ているからである。その変動とは、ひとつには民主化後のインドネシアにおいて続いて きた慣習法復興運動が親族の共同性に関する新たな自画像を提示していること、そして もうひとつは慣習法復興運動と関連しながら生まれた換金作物のブームが村落レベル で社会関係を変えつつあることである。本研究では、出来る限り現地の観念を用いて分 析していくことでこれらのダイナミズムを人びとの視点から明らかにしようと試みた。 インドネシアでは、アジア経済危機の影響を受けて中央集権的なスハルト政権が崩壊 して以降、地方分権化に向けた政策が採られてきた。これに呼応するように、地方社会 では、慣習法にもとづく土地所有権の回復を求める運動が盛んになった。スハルト政権 下では慣習法にもとづいた土地権は制限されており、村の共有地が国家によって奪われ たり、その使用が制限されたりしていたことへの反動である。インドネシアにおけるこ のような慣習法復興運動に関する近年の研究では、共有地にて換金作物が耕作されるよ うになって土地資源の重要性が高まったこと、一方で実際には慣習法的な組織が機能せ ずに共有地が私有地化していること、住民たちは換金作物耕作のための費用を補填する ために仲買人などから現金を借り入れており、結果的にはその支払いに追われて土地を 手放す事例が多く、土地資源の集中が起きていることが指摘されている。 本稿が対象とするミナンカバウの人びとは、インドネシアのなかでも最も早くから慣 習法復興運動を展開し、それまで政府によって管理されていた村落共有地を取り戻そう としてきた。この運動の結果、スハルト政権下で解体された慣習村が復活し、筆者の調 査村落テルック・ダラム村を含めた多くの地域で村落共有地が返還された。ただし、先

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行研究が論じているように、慣習法機関による共有地の管理は十分に機能しておらず、 村の共有地は誰でも開拓することができるフロンティアとなっていた。 筆者の調査地において、開拓された土地で栽培されたのは、ガンビールという換金作 物である。ガンビールとは、スマトラ島およびマレー半島を原産地とするアカネ科カギ カズラ属の植物を指す。この植物は、染料や薬品の原料として用いられるほか、嗜好品 「檳榔」の原料のひとつとして世界各地で古くから利用されている。調査村落で生産さ れたガンビールは、村落部に住む仲買人のもとへ売られたあと、都市部に住むインド人 の仲買人のもとへ運ばれ、檳榔の原料のひとつとしてその9 割近くがインドへと輸出さ れていた。 注目すべきは、2016 年からガンビールの買い取り価格が高騰し、「ガンビール・ブー ム」と言うべき状況が調査村落で生じていたことである。ただし、調査当時の段階では、 先行研究で指摘されてきたような貸付金による土地資源の集中という状況は見られな かった。むしろ、そこで観察されたのは、資本主義によって誕生した非人格的な社会関 係ではなく、仲買人から生産者への融資と母系親族関係を中心とした紐帯で結びつくパ トロン=クライエント関係の拡大であった。これは一体なにを示しているのだろうか。 そしてミナンカバウの人びとの社会関係の特徴とどのように結びついているのか。この 問いに迫るために、本研究では親族への視角と、経済的な変化をめぐる人類学的議論を 踏まえつつ、テルック・ダラム村の事例を分析した。 本論の構成 本論の構成は以下の通りである。 序論では、東南アジア島嶼部における親族研究、およびモラル・エコノミーと資本主 義の関係に関するレビューを行ったうえで、本研究の視点を提示した。マレー世界の親 族関係をめぐっては、その範囲の柔軟性が特徴として指摘されてきた。すなわち、出自 体系や婚姻体系のような親族・家族をめぐる明確な規範がなく、あくまでも日々の生活 のなかでの有用性にもとづいて親族・家族の範囲が選択されるという議論である。なか でも本研究ではマレー人の親族研究としてのCarsten による「強制的な包摂」論を批判 的に継承した。「強制的な包摂」論では、たとえ元来は他者であっても、共住、記憶、 共食を通して親族関係へと変質していくことが論じられている。すなわち他の土地から の移住者であっても、周囲の人びととの日常的なやり取りを通して共同体へと包摂され

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ていくのだとされる。本研究ではミナンカバウに関する親族研究を網羅的にレビューし、 マレー社会における「強制的な包摂」論がミナンカバウ研究にも適用可能であることを 確認した。その一方でミナンカバウの人びとのあいだでは共同体へと完全には同化され ることのない、単独性を帯びた「個」の観念が見られることを指摘し、「強制的な包摂」 と「個」のあいだで揺れ動くミナンカバウの生と親族・社会関係を描く必要があること を論じた。 続いて、ガンビール・ブームを分析するための視点としてモラル・エコノミー論と資 本主義に関する人類学の議論を再検討した。従来の東南アジア島嶼部の農村社会をめぐ っては、生存維持と互酬性にもとづいたモラル・エコノミーと、富の蓄積を目指す非人 格的な資本主義という二項対立的な図式で議論が行われてきた。しかし、テルック・ダ ラム村で見られたのは富の蓄積を目指して人格的な社会関係を広げていくというもの である。そこで、ブローデルと中川の資本主義と市場社会をめぐる議論を手掛かりに、 互酬性にこそ資本主義の萌芽があるという視点を示した。そのうえで、テルック・ダラ ム村における親族と社会関係をめぐる観念に注目することで、支配・従属関係と互酬性 が複雑に絡み合った資本主義を現地の人びとの視点から描き出す必要があることを示 した。 以上の理論的な背景を踏まえ、2 章と 3 章ではテルック・ダラム村での事例を理解す るための背景として、現在のミナンカバウの人びとが置かれた状況と、村の概況を示し た。2 章では、ミナンカバウのアダットをめぐる歴史と現在の展開について論じた。ア ダットはミナンカバウの人びとにとって、親族関係や日常生活全体を律する規範となっ ている。特に現在ミナンカバウにおいてアダットと言った場合、それは母系の親族体系 を指すことが多い。ただし、アダットと母系親族体系の結びつきは本来的なものではな かった。本研究では歴史研究などを参照しながら、ミナンカバウにおけるアダットの系 譜を描くことで、いかにして母系親族体系がミナンカバウの人びとのアダットとして認 識されるに至ったのか示した。そのうえで、慣習法復興運動の延長として現在進行して いるミナンカバウ特別州の設立を目指す運動に注目することで、現在のミナンカバウの 人びとの考えるアダットの特徴として、母系親族体系とイスラームが深く結びつき、彼 らにとって立ち返るべき理想の社会像を提示していることを指摘した。 3 章からは考察の舞台をテルック・ダラム村に移し、民族誌的記述を行った。3 章で はテルック・ダラム村の歴史と日常生活について描写した。テルック・ダラム村は、ミ

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ナンカバウの「文化的な中心地」とされる内陸部からほど遠い場所にある、胡椒ブーム によって発展したフロンティア地域であった。やがて村の発展に伴って政治組織が構築 されていったが、オランダによる植民地支配、インドネシア共和国への組み込み、スハ ルト政権下と民主化後の村落再編成を通して村のかたちは大きく変わっていった。 続いて男性と女性のライフステージ上の行動の変化に注目して人びとの生活を描い た。男性は比較的自由な青年期を送るが、婚姻を経て村の経済活動の中心を担う存在へ と変わっていき、やがて年齢を重ねるごとに家庭内において周縁的な位置へと追いやら れていく。一方で女性は幼少期から青年期にかけては家事を手伝わなければならない従 属的な立場に置かれる。しかし、やがて婚姻を経て、彼女たちは家の中心人物へと変わ っていく。 4 章では家という観点からテルック・ダラム村における家族と世帯について論じた。 ミナンカバウの親族研究では、ルマ・ガダンと呼ばれる「伝統的」な大家屋と、そこに 暮らす年長女性を中心とした母系親族関係に注目が集めてきた。「文化的な中心地」か ら離れたテルック・ダラム村ではルマ・ガダンは見られないが、それでも家の成員は年 長女性を中心として構成されている。家の空間を分析すると、家の前方は男性の領域で あり、台所のある奥へ行くほど女性の領域であるとされる。女性と家の結びつきは、家 の建築儀礼でも象徴的に示される。 世帯の構成員へ目を向けると、内陸部と比べて、テルック・ダラム村では核家族が比 較的多いことが分かった。ただし、これは先行研究で指摘されてきたようなミナンカバ ウ社会の核家族化を意味していない。世帯構成を見ると、ひとつのサイクルがあること が明らかになった。すなわち基本家族のうち娘の一人が婚姻すると直系家族へと変貌し、 やがて下の娘も婚姻することで拡大家族となる。しかし、娘たちは経済的な理由、およ び自らの家をもつことへの憧れのため、生家を出て新居を構える。すると、それぞれの 家族は基本家族となる。さらに娘世帯の女性が婚姻すれば、その世帯は直系家族となる という一連のサイクルである。このように、村の世帯構成は分離と拡大を常に繰り返し ていた。 テルック・ダラム村の居住形態のもうひとつの特徴は妻方居住である。いくつかの研 究者はミナンカバウの伝統的な婚姻形態は妻訪婚であり、男性は夜中に妻のもとを訪ね るだけであり、夫婦の紐帯は弱かっただろうと予想している。彼らによれば、イスラー ムの思想などの流入によって夫婦の紐帯が重要視されることによって妻訪婚から妻方

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居住へ変わったのだという 。しかしテルック・ダラム村の場合、そのような歴史過程 の片鱗は見られない。婚姻後、男性は妻の生家の成員として組み込まれていくからであ る。そのプロセスを理解するための鍵概念はキョウダイである。男性は妻にとっての「兄」 と呼ばれる。そして食事と共住を通して家の一員としての感覚を強めていく。婚入した 男性はスマンドと呼ばれ、妻の男性キョウダイに従わなければならない役割を負う。し かし、スマンドは家族の「幹」に当たるとされており、家を支える存在として想起され ていた。 第5 章では、いわゆる「母系クラン」に当たる「スク」、「母系リネージ」にあたる「ク トゥルナン」、地縁的な社会関係「カンプァン」といった親族組織を現地の人びとの観 念をもとに分析した。同じスクに属する人びとは、ひとつから複数のクトゥルナンから 成る集住地カンプァンを形成する。カンプァンは集住地であると同時に、スクの名を共 有しているいくつかのクトゥルナンの者たちが集まった地縁的集団だと言える。ただし、 集住の経験を通して同じカンプァンの成員は親族として想起されていく。それゆえ、婚 入してくる男性を除いて、カンプァン内の通婚は禁じられている。カンプァン出身の成 人男性は、母方オジを意味する「ママッ」と呼ばれ、カンプァン内部の問題を取り仕切 る責任を負う。 本研究ではテルック・ダラム村における民俗生殖観念に注目することでクトゥルナン とカンプァンの紐帯の論理を分析した。すると、「母系社会」と言われるミナンカバウ にあって、母親と子どもをつなぐ身体要素・サブスタンスは見られないことが明らかに なった。一方、父親と子どもは同じ「血」を共有していると言われる。同じ「血」を共 有する人びとは「血の紐」と呼ばれ、そのあいだでは返礼が求められない冗談関係にあ った。それほど、父親と子どもの関係は近いものだった。 それでは母と子をつなぐのは、何だったのだろうか。それこそが肝臓、および人間の 感情の源としての心を意味するハティである。ハティは人間の身体のなかで最も純粋な 部位だと考えられており、そこに生まれた感情「プラサアン」は必ず正しい方向へと人 間を導くとされている。人から好意を受ければ、ハティは「喜び」、返礼をしたいと考 えるようになる。母親は「血」のような身体要素の連続性がないにも関わらず子どもを 育て上げたのであり、ハティが母への恩義を感じることこそが両者を結び付けていたの である。これは村びとのあいだで「恩の紐」と呼ばれていた。 「恩の紐」の特徴は、このように身体要素の連続性がない人物でも親族として受け入

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れていくことができる点にある。「恩の紐」は単に母親と子どもの関係だけではなく、 母系の系譜でつながるクトゥルナンの成員、および近隣の家に住む人びとの範疇カンプ ァンの関係も規定するからだ。子どもにとっての母親のキョウダイは、母親にもっとも 近い関係にあるために「恩の紐」に含まれる。さらに母親と同世代の人びととも同様の 論理で「恩の紐」に含まれるとされる。このように特定の人物とそのキョウダイが同様 の性質を持つと想定されることを、本研究では「キョウダイの拡張」と呼んだ。 「キョウダイの拡張」は「血の紐」でも見られた。例えばある人物にとって、父親の 類別的なキョウダイは「バコ」と呼ばれる。バコにとって彼/彼女はアナック・ピサンと 呼ばれる。バコはアナック・ピサンに対して、父親と同じように「見返りを求めずに与 える」という性質を持つという。このようにキョウダイ関係は、家のなかだけではなく、 クトゥルナンやカンプァン内での関係を説明する親族観念の核となっていた。 続いてクトゥルナンの構成を分析した。クトゥルナンは、土地が豊富にある場合にお いて他者を親族として受け入れていくことが明らかになった。やがて子孫が増えていく 過程において、生家から分裂していくという世帯のプロセス(第4 章)によって、同じ クトゥルナンに所属する人びとの地縁的つながりが形成されていく。こうしてクトゥル ナンはカンプァンの様相を帯びていく。本研究ではこの過程を「クトゥルナンのカンプ ァン化」と呼んだ。 一方、カンプァンを分析すると、成員たちのあいだで行われる人生儀礼での相互扶助、 食事やモノの分配によって、人びとの紐帯は「恩の紐」としての性質を獲得していくこ とが明らかになった。さらにカンプァン内に見られる複数のクトゥルナンの差異は忘れ 去られていく。こうして、カンプァンはまるでひとつのクトゥルナンに所属する人びと から構成されるかのように想像される。本研究ではこの過程を「カンプァンのクトゥル ナン化」と呼んだ。 「クトゥルナンのカンプァン化」と「カンプァンのクトゥルナン化」は、実際には同 時に進行しているひとつのプロセスであった。すなわち、近くに住み互いに助け合うこ とで、あらゆる人びとは「恩の紐」へと組み込まれていく。テルック・ダラム村では「強 制的な包摂」は「恩の紐」の論理によって成り立っていた。 続く6 章では、村における人格観念について考察することで、親族への包摂と個人と の関係について論じた。「恩の紐」の基礎となっているハティは、他者との社会関係の 結合点である一方で、いかなる人物からも影響を受けるべきではない個人的な領域だと

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されている。この章では人びとの語りを再構成しながらハティの観念に内在する社会関 係と個人について論じた。そのうえで、人生儀礼の際に行われる「同意を得る」という 儀礼のプロセスに注目することで、他者に特定の行動を強制させることなく社会関係を 営む技法が見られることを指摘した。 7 章では、「血の紐」と「恩の紐」の観点から人生儀礼における贈与交換について論じ た。「血の紐」では見返りを求めずに与えることが重視されている一方で、「恩の紐」で は返礼が求められる。幼少期から婚姻を経て死ぬまでのあらゆる場面において、バコは アナック・ピサンの人生儀礼に必要不可欠な贈与を行う。しかし、それは決して返礼が 求められない純粋贈与である。父親の婚姻を端緒として、バコからアナック・ピサンへ と一方的に財が受け渡される流れが生まれるのだ。対する「恩の紐」のあいだでの贈与 は人生儀礼において周縁的な役割しか果たさない。それでも村びとたちは出来る限り多 くの人生儀礼に参加し、人びととの関係をつないでいる。これはいつか自らの家で人生 儀礼を主催するときに返礼を期待することができるからであった。 8 章と 9 章ではテルック・ダラム村におけるガンビール・ブームについて考察した。 それまで十分な現金収入を得る手段がなかったテルック・ダラム村では、1980 年代か ら丘陵地の開拓が進み、人びとはそこにコーヒーやゴムといった換金作物を植えてきた。 やがてジャワ人の移住民を受け入れたことを契機にガンビールの耕作が始まった。アジ ア通貨危機の影響でガンビールの買い取り価格は高騰すると、人びとは次々に丘陵地を 開拓し、自らの畑へと変えていった。 8 章では舞台をガンビールの消費の舞台となるインドとネパールに移し、南アジアに おいてガンビールがインスタント版の檳榔「パン・マサラ」に使われるようになった原 因を明らかにした。ガンビールは阿仙薬として檳榔やガンビールに使用される。ただし、 パン・マサラが登場する以前のインドでは、檳榔に使用される阿仙薬はペグアセンヤク という別の種類の植物からの抽出物であった。ガンビールが使用されるようになったの は、主にパン・マサラが登場して以来である。従来の檳榔は生の実と葉を使用するため に長期保存や持ち運びが難しかったが、乾燥されパック化されたパン・マサラが登場す ると、時と場合を問わずに使用できるようになった。このような工業製品化が檳榔の消 費量を増大させた。パン・マサラの登場以降、ペグアセンヤクだけでは増え続ける需要 に答えることができず、同様の成分を含むガンビールが使用されるようになった。これ がガンビール・ブームの遠因であった。

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9 章では、村におけるガンビール耕作の特徴とガンビール・ブームの様相を具体的に 記述した。ガンビール耕作の導入は村の生業を大きく変えた。水田耕作と比べて、ガン ビール耕作は常に多くの労働力が必要となる。それゆえ、出来るだけ多くの利益を得る ためには賃金労働者を雇ってでも収穫が行われた。その一方で、ガンビール耕作の利益 が大きかったことから、水田耕作は周縁化されていった。ガンビール耕作のもうひとつ の特徴は、男性が中心となって行われることである。ガンビール畑の開拓から耕作まで は男性の仕事とされており、女性が参与することは難しい。さらに一度開拓された畑は 個人の所有物と見なされる。これは、水田がクトゥルナンの共同所有物であり、そこで の労働が女性たちを中心に組織されていたことと対比的であった。 本論文ではガンビール・ブームにおける人びとの社会関係を分析するために、「恩の 紐」と「血の紐」の観点から生産者と仲買人の関係について考察した。仲買人たちは可 能な限り多くのガンビールを集めようとしていた。取引をするガンビールの量が多けれ ば多いほど、価格交渉において有利に立つことができるからだ。そのために仲買人が行 っていたのは、生産者たちへの貸付である。仲買人は生産者たちに現金を貸与する代わ りに、自らのもとへとガンビールを売るように指示していたのである。両者の関係は、 生産者が金銭的に困窮している際に仲買人が貸付によって助け、その代わりに生産者が 仲買人へガンビールを売ることで彼の商売を支えるというパトロン=クライエント関 係となっていた。 仲買人と生産者のあいだの関係を分析すると、両者は母系親族関係にある場合が多か った。さらに仲買人たちはカンプァン関係者の親族とも良好な関係を結ぶことで、常に 新たな取引相手を取り込んでいった。また生産者たちからの信頼を得るために病を患っ た生産者を病院へと送り届けたり、食事を振舞ったりしていた。このようにガンビール をめぐる仲買人と生産者のパトロン=クライエント関係は、互いのプラサアンに配慮し あう「恩の紐」として想起されていた。 ガンビール・ブームのなかにあって、生産者たちが仲買人から貸付を受け続ける背景 には威信獲得のための顕示的な消費があった。村のなかでは、ある程度の富を持って顕 示しなければ、プラサアンへの配慮に足らない人物だとして軽視される。それゆえ、多 少無理をしてでもバイクの購入や豪華絢爛な人生儀礼の開催などを行っていた。ガンビ ールの買い取り価格高騰により、威信を得るための消費財の値段もあがったために、仲 買人から貸付を受けなければ費用を賄えなくなっていった。

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以上の事例をもとに、本論文ではガンビール・ブームにおける生産者と仲買人の関係 を「プラサアンの経済」と名付けた。プラサアンの経済とは、富の蓄積と顕示的な消費 のために社会関係を拡大していく様相を指す。プラサアンの経済では、「恩の紐」を広 げていくことで財の獲得が目指される。「恩の紐」の拡大のためには他者のハティへの 配慮が必要であり、彼らも利益を得ることができるような取り計らいが行われる。そし て獲得された財産も顕示的に消費され、村落内において他者から配慮されるべき存在と して自己を提示するために使われる。ただしプラサアンの経済では、両者の相互扶助的 な側面が強調されているにもかかわらず、実際には仲買人が有利な立場にある。仲買人 たちはガンビールの取引を通じて利益を得ることができる一方で、生産者たちは借金を 重ねるだけだからだ。このように、ガンビール・ブームのなかで生まれた社会関係は、 非人格的な資本主義ではなく、むしろ人格的な社会関係を拡大していくことで富を獲得 する資本主義と言えるものであった。 結論 (1)東南アジア島嶼部における親族研究への貢献 本論文の親族研究における知見は、テルック・ダラム村において他者が親族へと包摂 されていくプロセスであった。包摂の契機となる論理は、これまでのマレー世界の他地 域の研究で指摘されてきたものである。ミナンカバウの人びとがマジョリティを占める テルック・ダラム村において、以上のようなマレー世界の親族関係と社会関係の特徴が 見られることにはどのような意義があるだろうか。それは比較の可能性である。 従来のミナンカバウ研究では「母系」という側面が強調されていたために、比較の視 点が等閑視されていた。すなわち、他地域との連続性よりも「ミナンカバウ社会は母系 制である」という特殊性に焦点が当てられてきた。 本論文ではミナンカバウにおける 母系親族体系を所与のものとせず、「恩の紐」と「血の紐」という民俗観念から捉えな おすことを試みた。その結果として明らかになったのは、他者を包摂してするカンプァ ンの柔軟性であり、「血の紐」さえも取り込んでいく「恩の紐」とキョウダイ関係の拡 張性であった。筆者がここで強調したいのは、「母系」という言葉に囚われずにマレー 世界の他社会との比較の視点を持ちつつ、現地の観念を丹念に分析していくことの重要 性である。マレー世界に関する議論をもとにミナンカバウについて論じることは、翻っ てミナンカバウにおける事例から東南アジア島嶼部の親族研究へ資する可能性がある

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ことも意味している。 一方で、本研究では従来の東南アジア島嶼部における研究では等閑視されてきた側面 にも光を当てた。すなわち完全には親族へと包摂しえない個人の領域である。ハティの 観念は他者との社会関係の結合点となっていた一方で、誰からも強制されることのない 自律的な領域であるために、個人に対してカテゴリー化され画一的な規範を押し付ける ことは忌避されていた。本研究では、このような個人のあり方を小田にならって単独性 と名付けたうえで、他者に対して規範を強要することなく成り立つ人びとの共同性の様 相を提示した。 (2)資本主義と贈与に関する研究への貢献 これまでの経済人類学では、生存維持と互酬性に基礎をおくモラル・エコノミーと、 富の蓄積を目指す非人格的な資本主義という二項対立的な図式が採られてきた。しかし、 プラサアンの経済は人格的な関係と資本主義を対立させる視点では理解することがで きない。そこで本論文ではブローデルの視点にもとづき、自らの資本と権力を利用する ことで市場を迂回し、商品を安い値段で独占し、高い値段で売りつけるやり方として資 本主義を捉えた。この視点から見ると、プラサアンの経済とは、まさに貸付金を通して 他者のハティを喜ばせることによってガンビールを独占し、利益を得るという資本主義 の形式であることが分かった。生産者は仲買人と人格的な関係にあるからこそ彼にガン ビールを売るのである。ガンビール・ブームを契機としたテルック・ダラム村における 社会関係の再編成は、まさに資本主義の萌芽としての互酬性を基盤として行われた。本 研究では、人格的な「社会に埋め込まれた経済」と非人格的な資本主義という二項対立 から抜け出すことで、権力と道徳性が絡み合う資本主義の新たな側面が見えてくること を明らかにした。

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