■■■■ あると言へる。かくして分別を超えて無分別の立場に立って中 道を証し得るのであって、と聖に衆生も仏と﹁なり得る﹂と言 ふどとができる。 然し衆生は繭中の蚕の如く、煩悩につょまれて仏性あるも之 を知見するととが閃来たい。仏性を知見するには、善法の因隷 を俟たればならないが、その善法を待ち欲するものは何か、と れ衆生の仏性であるのである。衆生の仏性は、自らの本性を顯 現しようとする欲求をもつのであって、との仏性本然の力用の現しようとする欲 存する限り、善挫 果を証し得るので 善法
野村耀昌
現存する漢訳の法華経が正法華、妙法華、添品の三穂である ととは言を佼たぬが、此等三者の間には夫玲異同があり、添品 の序によれば、正法華は貝多羅葉梵本と類似し、妙法華は亀鼓 国所藏の梵本と同断である旨が記されて居り、添品の訳者蛎多 等は子闘国王営所識の梵本を涯不とし前記二訳を亀照合して此妙法華經に見られる
0交体上の特色
を不断に相続して、ついに阿褥菩提を得て仏 ある、との力用を、大浬梁経は﹁未來仏性力 ﹂といひ、とれを分別して﹁阿瀞華屋錘中道の種子﹂と言ふので あるが、との種子こそ、やがて仏果を実らせる衆生の智慧であ るo かくして罪障は、仏性論においてその消滅への論理的根拠が 與へられたのであるが、仏數が印庭他宗教の唱へる動力因と質 料因と止揚して、独特な種子読を開拓して仏性論を展開し、上 く凡夫の罪障を消滅してその成仏への根拠を明らかにし得たの は、他の宗教の及び得ざる処であらう。へ絡︶ れを作製せりと称して居る。而も彼は言を進めて派法華の遺漏 多きととを指摘すると共唱一面に於て什訳妙本にあっては正 法華に見らるる如き遺漏なきを讃えては居るが、それと共に、 妙品には薬草輪品の半ばと、富楼那及法師品の初め、提婆品、 普門品偶等を訳出せざるは惜しむべき落手なりと断心て居る故 に、什訳当時の妙本が現行の妙法華とは相当異同多きものであ った事を推知し得る。その一たの比較考証は紙幅なき本稿に於 ては許容し難きものである故、此処にはその概観左示すのみに 止めるが、正本は総じて十巻より成り、各品の呼称も妙本とは 全く異る,に対し、添品は各品の配列は正本並に梵本によれるも のの如く妙本との間にやゞ誕庭があるが、その訳文は獄ね妙本 グ 156 グの文言を襲用して居り、偶毒その足らざる個所を補足せるもの であるに過ぎぬ。 繁者は此処に自我偶を一例としてその文体上の相違を論じた いと恩ふ。 撚本に於て二十三偶を形成せる涛鍾品偶を漢訳するに当り、 正法華が正確腱四字八句を用ひてその一公の偶を訳して居るに 対し、妙法華は一般に五字四句を以て之を認じ、時として六句 末文は八句を用ひてその意を漢訳して居る。故に一見して正法 華の訳文は整然として眼に映ずろが、﹄﹂れを仔細に械馴すれば その翻訳に於て妙法華の文が如何に正法華よりも当を得たもの であるかは直ちに明かである。即ちその第一偶を対比と﹂示せ ば 、 、 へ正︶不可思議、億百千劫、欲得限量、莫能知数、得佛已來 至愈大道、常識読軽、未曾休塀。 妙﹀自我得佛來、所経諸劫数、無鐙百千万、億載阿僧祗。 その丙容に於て大同小異である一偶を漢訳した右の二句につ いて見ても、その表現に於て妙本が正本に比して極めて簡にし て要を得たものであるととは明白である。然してその最大の原 因と目せられるととは、妙本が五字句を用ひ正本が四字句を用 ひた点にある。元來四字句は主として素朴なる感覚を盛るに適 し、五字句は複雑乃至流腿なる文体と属して居るが、法華全巻 を邇じて訳磯されて居る偶女を比較稔討ずろに、両者共に四字 偶涯字偽を併用して居ることは同様である鵡正法華にあって は時として平板なろ叙述に五字を用ひ、複雑なる丙容を有する 偶文に対して四字を用ひる等、斯ろ考慮を排ふととなく訳出し て居るに対して、妙法華は常にその丙容を吟味し、文体を弁別 して、最も之に相態する語句を用ひて居る。とれ妙本が一読直 ちに共感を呼ぶに係らず正本が晦澁なる文体なりと感ぜられる 所以である。 更に、妙法華にあって最も顯著なろは鼻誉、ンの香韻を有る 字の使用が極めて安当なるととである。即ち、正本にあっては 平灰に関して一鵬の考慮ある如くであるが、斯る注意は全く省 みられないのに対し、妙本にあっては、女の丙容より見て張調 さるべき個所と恩はるれところには必ずnの香韻を反復使用し ●●4● 句● て居る。︵例、我此土安溌、天人常充満、園林諸堂閣、穂を宝 ● 莊嚴︶更に叉、丈の末尾に於て明確に之を断ずろ要あるときは ● 同じく此の言韻を以て維結せしめて居ろ・︹例、速成就佛身︶ とれ叉、妙本が香読するに当って明快なろ感を呼ぶ所以である 斯る周到なる配意が独り妙本にのみあって正本に見当らない 理由は、一に正本が竺法護一人の努力によって訳出せられたる に反し、妙本は碩学羅什を中心として当時の優秀なる中国学者 が長安に來集し、その一詩の文を訳するに当っても此等諸学者 の協議する所であったと産が最も大なる原因となったのであら 、 4 157 I
、 從來本宗に於て﹁教学﹂と称せられていた、ものが果して学と しての教学であったか否かを方法論的に吟味するととにょ2﹂ ﹁学とと﹂の教学﹂の在り方を考察するととがとの小論の意図 である。 古來宗学の立場は宗祀の依経不依人の立場を基本として、少 しも私見を交えず、だ蟹経文に任せて、誘いたものであって、 とれは学問の立場と異なるのは勿論であった。反之天台の立場 は、五時八教等の範鴫︹自己の哲学的見解︶を中心として法華 経乃至一代聖教を体系的に組織したものと考えられるから、そ れは一つの完結した学問体系と云うととが出來よう。しかし全 く私見をたてないで学問を組織するというととは元來不可能で く最高の粋を示せるものであるによるととは銘記されねばなら を風礎して今日に到った理由の一班として、その訳文が上の如 つも独り妙本のみが、中国にあっても、叉本邦に於ても、一代 更に屋上架屋の愚を演ずるを嫌った故であらう。三訳を存しつ が周到精赦、然も流麗にして至らざるなき筈訳であったために う。又、添品が妙本の訳文を襲用したのは、偏へに妙本の文体