イギリス農業革命の展開過程
著者
武長 玄次郎
号
49
発行年
1999
た け な が げ ん じ ろ う
武
長
玄 次 郎
学 位 の 種 類
博
士(経 済学)
学 位 記 番 号
経 博 第49号
学位授与年月 日
平成12年3月23日
学位授与 の要 件
学位規則第4条 第1項 該当
研 究 科 ・専 攻
学 位 論 文 題 目
論文 審 査 柔 員
東北大学大学院経済学研究科(博 士課程後期3年 の課程)
経済学専攻
イギ リス農業革命 の展開過程
(主査)
教
授
坂
巻
清
助教授
小田中
直
樹
論
文
内
容
要
旨
イ ギ リス に お け る農 業 革 命 は、 同 時 に 進 行 した 産 業 革 命 の 一 環 と して、 ま た 産 業 革 命 の 発 達 に よ り増 加 す る工 業 人 口 を 支 え た も の と して 、 大 き な 注 目 を 集 め て ま た 多 くの 研 究 成 果 を 生 み 出 して き た 分 野 で あ る。 当 論 文 は農 業 革 命 お よ び そ れ と関 連 す る事 項 を そ れ ぞ れ の 角 度 か ら分 析 し、 農 業 革 命 が い か に 展 開 した か を 出 来 る限 り深 く考 察 す る こ と を 目 的 と す る。 ま ず 第1章 で 農 業 革 命 の 研 究 史 を 、 囲 い込 み を始 め とす る土 地 制 度 上 の 変:革と農 業 技 術 上 の 変 革 と に分 け て 整 理 した 。 農 業 革 命 は18世 紀 後 半 か ら19世 紀 前 半 ま で に起 き た もの で 、 この 時 期 に 一 大 変 革 が 起 きた と い うの が か っ て の通 説 で あ った 。 プ ロ ザ ロ ー は農 業 技 術 で は主 に ノ ー フ ォ ー ク に お い て 、 地 主 、 畜 産 改 良 家 な ど の 英 雄 達 が 画 期 的 な 改 良 を 推 進 した もの と み な した。 ハ モ ン ドは 、 大 地 主 が 反 対 派 を 押 さえ 込 ん で 自 らの 利 益 の た め に 囲 い込 み を 推 進 し、 議 会 囲 い 込 み の 結 果 の 土 地 分 配 で も不 公 正 が 行 わ れ 、 そ の結 果 大 地 主 は得 を した が 小 地 主 や 零 細 農 民 は 土 地 を奪 わ れ プ ロ レタ リ ア ー トに な っ た もの も多 か った と した。 こ う した 説 は古 典 学 説 と呼 ば れ た が 、 そ の後 多 くの批 判 を 生 ん だ 。 古 典 説 の 見 直 し派 は、 農 業 の 漸 進 的 発 展 を 唱 え る立 場 で あ っ た。 チ ェ イ ンバ ー ス は 囲 い込 み に よ って 小 農 民 が 土 地 を 追 い 出 さ れ た こ とを 否 定 した。 テ イ トは議 会 囲 い込 み は お お む ね 公 正 に 行 わ れ 、 反 発 も少 な か っ た と主 張 した。 ベ レ ス フ ォ ー ドも囲 い込 み の 業 務 に は 不 正 が 余 り見 られ な か った こ と を主 張 す る。 ま た 農 業 技 術 に つ い て も、 技 術 の普 及 を 特 定 の 時 期 に 特 定 の 個 人 に帰 す る プ ロ ザ ロ ー の説 は 強 い批 判 を 受 け、 長 い期 間 に わ た る農 業 技 術 の進 歩 と い う意 見 が 支 持 さ れ る よ う に な って い く。E.L.ジ ョー ンズ は17世 紀 半 ば か らの 技 術 変 革 を 唱 え た 。 ケ リ ッ ジ は16世 紀 の 農 業 革 命 を 主 張 して い る。 こ う した 見 直 し派 の 影 響 力 は 非 常 に強 く、 古 典 学 説 は一 時 は ほ とん ど否 定 さ れ た か に見 え た 。 サ ー ス ク な ど は 農 業 革 命 否 定 論 を 唱 え て い る。 だ が 、 そ う した 見 直 し派 を さ らに 見 直 す 研 究 も近 年 相 次 い で 生 ま れ て い る。 タ ー ナ ー や ニ ー ソ ン は、 囲 い込 み 後 に あ る者 は 費 用 負 担 な どで 教 区 か ら退 出 し、 そ れ に 代 わ って 他 の 者 が 教 区 に 入 り込 む と い う、 入 れ 替 わ りが 起 き て い る こ と を示 した 。 ニ ー ソ ン は囲 い 込 み に よ って 共 同 権 を 失 っ た こ と が い か に そ れ を 利 用 して い た 人 々 に と って 打 撃 で あ った か を 生 き生 き と描 き出 した 。 オ ー バ ー ト ンは農 業 技 術 に関 して 、 ノ ー フ ォ ー ク農 業 の 変 革 が 浮 上 に 急 激 で あ った こ と を認 め 、 プ ロ ザ ロ ー の 説 の 少 な く と も一 部 を 強 く支 持 して い る。 こ う した研 究 史 の 流 れ の 中 で 、18世 紀 後 半 か ら19世 紀 前 半 と い う時 期 に、 囲 い 込 み に よ る小 農 民 の打 撃 、 農 業 技 術 の刷 新 、 新 作 物 の 栽 培 な ど、 イ ギ リス 農 業 史 に お け る 何 らか の 画 期 が あ る と考 え る の が 再 び主 流 に な りつ つ あ る。 第2章 で は議 会 囲 い 込 み に関 す る実 証 分 析 を 行 う。 民 衆 運 動 と関 わ る場 合 に は農 業 革 命 研 究 か ら は み だ す こ と もあ る が 、 や は り議 会 囲 い 込 み は農 業 革 命 を 考 え る 際 に は避 け て 通 れ な い テ ー マ で あ る。 取 り上 げ た事 例 は 、1819年 か らの 数 年 間 に わ た って 実 施 され た もの で 、 この 時 期 は ナ ポ レオ ン 戦 争 中 よ り は 実 施 さ れ た数 は ず っ と少 な か っ た け れ ど、 や は り議 会 囲 い 込 み へ の 関 心 は盛 ん で あ っ た 。 こ こで 対 象 とす るバ ッキ ン ガ ム シ ャ ー、 プ リ ン シ ー ズ ・ リズ バ ラ教 区 で は 、 主 に農 業 生 産 性 の 向 上 を 目指 して 、 議 会 囲 い 込 み 運 動 が 推 進 され た 。 開 放 耕 地 制 の 非 能 率 を 囲 い 込 み の 主 な理 由 に 挙 げ て い た。 この 運 動 は 議 会 に も勢 力 を 持 っ 大 地 主 側 と そ の 協 力 者 に よ っ て 、 囲 い 込 み に経 験 の 深 い 者 の 序 言 を 得 つ つ 行 わ れ た 。 この 教 区 は 中 小 の 土 地 所 有 者 が 多 い教 区 で あ り、 彼 らを 主 体 とす る強 固 な反 対 運 動 も存 在 した 。 貧 民 へ の打 撃 、 救 貧 税 負 担 の増 加 へ の 危 惧 、 反 対 派 の 隣 人 へ の配 慮 と い っ た 動 機 で 反 対 派 は参 加 して い た よ うで あ る。 小 規 模 だ が 暴 動 騒 ぎ も あ り、 囲 い 込 み へ の 反 対 請 願 も か れ らに よ って 提 出 さ れ た。 そ して彼 ら に対 す る 推 進 派 の 切 り崩 し も う ま くい か ず 、 教 区 の 多 数 は 囲 い込 み に反 対 で あ り、 推 進 派 が 大 き な 不 安 を抱 く場 面 も見 られ た 。 だ が 議 会 に影 響 力 を 行 使 す る こ と が で き る 地 主 貴 族 に対 して 結 局 反 対 運 動 は功 を奏 さ ず 、 法 案 は 成 立 した 。 囲 い 込 み 後 の 土 地 配 分 で十 分 の 一 税 の 償 還 な ど を 利 用 して 大 地 主 が 非 常 に 得 を す る一 方 で 、 共 同 地 に しか権 利 を持 って い な か った よ うな零 細 土 地 所 有 者 を 中 心 に 囲 い込 み で打 撃 を受 け た者 は多 か っ た 。 彼 ら は所 有 地 を 失 い、 教 区 か ら消 滅 した 。 だ が 一 方 で 新 た に 教 区 に参 入 す る者 も少 な くな か っ た 。 この 囲 い 込 み か ら10数 年 経 過 した時 点 で 、 教 区 で は貧 民 も増 加 し教 区 の 救 貧 税 は増 加 して い た 。 これ に は折 か らの農 業 不 況 も手 伝 って い た。 農 業 不 況 の 影 響 は 大 土 地 所 有 者 、 保 有 者 も被 った 。 救 貧 税 の 問 題 は 、 貧 民 を マ ン チ ェ ス タ ー に 送 る と い う方 向 で 解 決 策 が 探 られ た 。 第3章 で は 、 農 業 革 命 と密 接 な関 係 を 持 つ 穀 物 貿 易 政 策 で あ る 穀 物 法 を 分 析 した も の で あ る。 こ こで は主 に1673年 に 始 ま り1814年 ま で 続 い た。 た だ し輸 出 は1765年 以 降 次 第 に衰 退 して い くの で 、 18世 紀 半 ば ま で が 輸 出奨 励 金 が 政 策 と して 大 き な意 味 を 持 って い た 時 期 で あ った 。 ア ダ ム ・ス ミス が 自 由 貿 易 の立 場 か ら こ の 政 策 に批 判 を 加 え た が 、 今 に 至 る まで 否 定 、 肯 定 の両 経313
者 の対 立 が 見 られ る。 イ ギ リス 船 で 輸 出 す る輸 出 商 人 が 輸 出 港 で 直 接 奨 励 金 を 受 け取 る 仕 組 み で は あ るが 、 地 主 が 主 導 的 に 政 策 を 推 進 して い た。 イ ギ リス で の穀 物 需 要 が 人 口収 縮 期 の た め に ふ る わ な い 時 期 に 、 奨 励 金 に よ って 輸 出 を 増 加 さ せ 、 国 内 の 穀 物 価 格 上 昇 さ せ る と と も に 、 輸 出 向 け の 生 産 を行 う こ と に 活 路 を見 い だ した も の で あ る。 た だ しあ ま り穀 物 価 格 が 高 い と き に は輸 出 禁 止 、 奨 励 金 停 止 の 処 置 が 取 られ た 。 輸 出 港 は イ ー ス ト ・ア ン グ リア や ロ ン ドンが あ っ た 。 輸 出先 は麦 芽 な ど の 酒 造 用 穀 物 は オ ラ ン ダ の 醸 造 業 者 向 け に、 小 麦 は南 欧 諸 国 が 多 か った 。 小 麦 は バ ル ト海 諸 国 の 穀 物 の 仲 介 を 行 う オ ラ ン ダ が 競 争 相 手 で あ っ た 。 大 規 模 な 輸 出 貿 易 に従 事 す る商 人 も い た 反 面 、 需 要 と供 給 が 不 安 な 商 品 で あ る の で 、 穀 物 輸 出 に 特 化 す る もの は ほ とん ど い な か っ た。 輸 出 奨 励 金 は生 産 を安 定 させ る の で 穀 物 価 格 を 低 落 させ た と言 う主 張 は あ るが 、 価 格 低 落 の 効 果 は疑 わ しい 。 地 主 、 フ ァ ー マ ー 、 穀 物 商 人 が 得 を す る この 政 策 は農 業 資 本 家 の 生 産 意 欲 を 刺 激 し、 農 業 資 本 主 義 を 維 持 す る こ と に よ って 農 業 革 命 に 貢 献 した 効 果 は あ る程 度 認 め られ る が 、 生 産 を 拡 大 し、 農 業 を 改 良 す る よ うな 効 果 は そ れ ほ ど大 きな もの で は な か った ろ う。 これ に対 して 貧 民 は モ ラ ル ・エ コ ノ ミー の立 場 か ら輸 出 や 奨 励 金 に激 し く反 対 し、 穀 物 価 格 の 高 い と き に は暴 動 に まで 訴 え た。 工 業 資 本 家 や地 方 自治 体 の 人 々 もそ れ に 同 意 す る と こ ろ も あ っ た 。 議 会 へ の 請 願 か らそ れ が 読 み とれ る。 日本 で言 う と こ ろ の農 業 と工 業 の 連 帯 保 護 制 度 の よ うな 関 係 は見 い だ し に くい。 ま た 、 この 政 策 を推 進 した 地 主 政 府 も、 あ ま り輸 出 が 増 え て 奨 励 金 が か さ む と 財 政 を 圧 迫 す る よ う な場 合 は奨 励 金 を 抑 え に か か る場 合 も あ っ た。 輸 出 奨 励 金 は 輸 入 関 税 と、 国 内 価 格 を 高 く維 持 す る 目 的 で 行 わ れ る政 策 で あ る とい う共 通 の 特 徴 が あ る。 囲 い 込 み と穀 物 法 は どの よ う に 関 連 づ け られ る だ ろ うか。 議 会 囲 い 込 み が盛 ん に な っ た1760年 代 以 後 に は輸 出 は しだ い に衰 退 に 向 か っ た。 囲 い込 み と輸 出 奨 励 金 政 策 との 関 係 は あ ま りな い で あ ろ う。 両 者 の 関 係 は、 バ ー ンズ が 言 う よ うに 農 村 を追 放 され た零 細 民 達 が都 市 に 流 れ 込 ん で 工 業 労 働 者 の数 を増 や し、 穀 物 法 の 反 対 勢 力 を 強 力 に した と い うの が 一 番 妥 当 か も しれ な い。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
本 論 文 は、 イ ギ リス の 農 業 革 命 に 関 す る研 究 で あ り、 そ の 構 成 は、 第1章 の 研 究 史 の 整 理 、 第2 章 の 囲 い込 み の 事 例 研 究 、 第3章 の17-18世 紀 の穀 物 法 の 研 究 の3章 か らな っ て い る。 第1章 の 研 究 史 の 整 理 で は、 ハ モ ン ド、 プ ロザ ロ ー らの 古 典 学 説 、 ジ ョ ン ソ ン らに始 ま る そ の 見 直 し説 、 お よ び トム ソ ン、 ニ ー ソ ン らの 反 見 直 し説 な ど を 整 理 し、 現 時 点 の 研 究 は、 共 同 権 、 慣 習 、 地 域 差 な ど を含 め た研 究 で あ るべ き こ とを 示 す 。 ま た 第2章 の 事 例 研 究 は 、 バ ッキ ンガ ム シ ャ ー の プ リ ン シー ズ ・リズ バ ラ教 区 を と り あ げ、 囲 い 込 み賛 成 派 と反 対 派 、 土 地 の 分 配 と所 有 構 造 の 変 化 、 囲 い込 み の結 果 な ど に つ い て 、 書 簡 や 囲 い込 み 裁 定 書 な ど の 基 本 的 史 料 を 利 用 しな が ら検 討 して い る。 と り わ け、 囲 い込 み 費 用 負 担 や 共 同 権 ・十 分 の 一 税 の土 地 面 積 へ の還 元 、 土 地 分 配 後 の 貧 民 の残 存 、 地代 と借 地 農 の動 向 な ど を 明 らか に して い る。 第3章 は、 穀 物 輸 出 奨 励 金 政 策 の 執 行 の 仕 組 み 、 推 進 主 体 、 政 策 の効 果 等 に っ い て 検 討 した も の で あ る。 モ ラル ・エ コ ノ ミー の思 想 を 脱 却 しつ つ あ っ た 政 府 ・地 主 が 、 借 地 農 ・輸 出 商 人 と連 帯 し、 穀 物 輸 出 を増 加 さ せ て 穀 価 の維 持 を 図 り、 製 造 業 者 や モ ラル ・エ コ ノ ミー の立 場 に あ る貧 民 等 と対 立 しっ っ 、 生 産 の 一 定 の拡 大 を もた ら した こ と を認 め て い る。 農 業 革 命 に つ い て は既 に 多 数 の 先 行 研 究 が 存 在 す るが 、 本 論 文 の 第1章 は、 イ ギ リス に お け る研 究 の展 開 を 段 階 的 に整 理 しっ つ そ の 全 体 的 な 把 握 を あ ざ し、 そ の 中 で 最 近 の 社 会 史 的 な 研 究 動 向 を も捉 え て い る点 が 評 価 さ れ る。 ま た 、 第2章 は バ ッキ ン ガ ム シ ャ ー文 書 館 の マ ニ ュ ス ク リプ ト文 書 な どを 丹 念 に分 析 し、 と りわ け囲 い 込 み の推 進 派 と反 対 派 、 貧 民 問 題 、 土 地 分 配 と農 業 経 営 へ の 影 響 な ど、 そ の実 態 を 詳 細 に 明 らか に し、 囲 い込 み 研 究 の 水 準 を 高 め て い る。 穀 物 輸 出奨 励 金 政 策 の 研 究 は、 重 商 主 義 と モ ラ ル ・エ コ ノ ミー の 関 係 の 把 握 な ど に 不 十 分 な 点 も あ るが 、 政 策 の 具 体 的 な 執 行 の 手 続 きを 明 確 に示 し、 そ の 効 果 を 検 討 し た こ と は 着 実 な 成 果 で あ る。 む ろ ん 、 第1章 の結 論 と第2章 の 関 係 が 明 確 で は な い こ と、 第3章 の 穀 物 法 の 効 果 が 農 業 革 命 に ど の よ う に か か わ る の か 不 明 で あ る な ど の 欠 点 も存 在 す る。 しか し、 総 じて 文 献 、 史 料 の 手 堅 い検 討 ・分 析 に よ って 、 農 業 革 命 の諸 側 面 を 着 実 に 解 明 した こ と は 評 価 で き る。 よ っ て論 文 は合 格 と判 定 す る。 経315