戦後思想としてのキリスト教 ~ドロテー・ゼレの場合~
26
0
0
全文
(2) 32. 山本 泰生. シさは?友だちもあんなにたくさん死んでしまった』…神父は俺の目を見て、言った。『私には分か らない。私は戦争に行ったことがないんだ。』俺は言ってやった、『先生、戦争のことを訊いたんじ. や、ない、神さまのことを訊いたんです』ってね。」2 このような体験は、決して、戦争を直接に体験する前線の兵士に限られるものではない。ヤスパース. は、戦争体験のこの要素を、普遍的なものとして捉え、廃而上的な罪」と名付けている。 「人間相互の間には、人間としての連帯関係というものがある。これが、この世でおこるあらゆ る不法・あらゆる不正義について、すべての一人一人を共に責任あるものとする。とりわけ、自分 の目の前で、あるいは自分の知っているなかで行われる犯罪について、この犯罪を阻止するために. 私が自分のできるごとを行わないとしたら、私は共にその責めを負うことになる。他者が殺害され るのを阻止するために私が命を投げ出さず、傍観していたなら、私は自分を、法律的・政治的・道 徳的なとらえ方では捉えきれないような仕方で、責めあるものと感じる。あんなことの起こった後 で、なお私が生きているということが、抹消できない罪となって私の上にのしかかってくる。私た ちは、人間として、幸運がそんな状況を免れさせてくれないかぎり、限界にぶつかる。私たちが、. 無目的に(成功の見込みはないのだから)無条件に命を投げ出すか、それとも成功が不可能だから といって生きのびるか、『二つに一つ』の状況に突き当たるのである。人と人との間のどこかに、塵 対的な義務の妥当する場がある。二人のうちのどちらかに犯罪が加えられる、あるいは物的生存条 件を分かち合わなければならない、というときに、『生きるのも一緒、死ぬのも一緒』と思う。そう いう塵丑堕が人間の本質を支える実質をなしている。しかし、この粋は、あらゆる人間の連帯には. 実現せず、国民の団結にも、より小さな集団のつながりにも現れず、ただもっとも緊密な人間関係. の場合にしか見られない。このことが、この罪をわれわれ万人のものにする。裁くのは、神だけで 互皇。」3 C)罪と神. どんな戦争体験においても、その核心にはこの「形而上的な罪」がある。ナチスによるホロコースト や原子爆弾を生きのびた生存者たちでさえ、罪責感情をもつことが少なくない。彼らもまた、「命を投げ. 出すか、それとも生きのびるか」という二者択一の前に立たされたからである。 被害者がどんなに勇気をもち、どんなに臨機応変の人であろうと、それでカタストロフが防げるわけ. ではない。被害者がトラウマ的出来事の後に自らの行動を反省し評価するとき、実際には常に、罪責感 情ないし劣等感情が生じる。ロバート・ジ. ェイ・リフトンによると、「戦争であれ自然災害であれ、また. 原子爆弾であれ、生きのびた人たちはみな、生き残りの罪責というものを知っている。加害者ではなく、 被害者が自らを罪ある者と感じるのである。」4 「形而上的な罪」. か。誰がこれを裁けるというのだろうか。ヤスパースはその「裁き手」は「神しかない」と言う。しか. し明らかなことは、この「神」もまた、何の手出しもしなかったということであろう。ならばこの「神」 そのものも、見て見ぬふりをし、不在であったわけであり、共に責めあることになるのではないだろう か。. 2 vgl・HERMAN,Judith,升aumaandRecovervThe郎ermathqr招olenceAjh,mDomesticAbusetoPoliticalTbrror,New York,1992・邦訳はジュディス・ハーマン『心的外傷と回復』みすず書房、1999年。ここでの引用はドイツ語訳か. ら行った(DieNarbendbrGewalt.TiaumatischeEゆhrungenverstehenundaberwinLkn,Paderbom,2003,S.82)。ハーマ ンが引いたヴェトナム兵士の発言はNORMAN,M・,T71eSeGoodMen.FYiendsh*FbfgedF+om肋r,NewYork,1989, S.24によるものである。. 3JASPERS,Karl,DteSthul伊L7ge,Heidelberg1946,S.31f.(強調は引用乱以下同様) 4 HERMAN,DieNarbendbrGewalt,S・80・Vgl・LIFTON,R・J・,”TheConceptofSurvivor”,in:DIMSDALE,J.E.(Hg.), Survivors,Victims,andPerpetrators,NewYork1980,S.113−126..
(3) 戦後思想としてのキリスト教. 33. だからこそ、別な著者が別な判断に行き着くこともまた、可能であり、正当である。「アウシュヴィッ ツ以後のいかなる文化も、その文化そのものへの最も切実な批判をも含めて、ゴミである。高みから述 べ伝えられるどんな言葉も、どんな神学的な言葉も、アウシュヴィッツ以後、変わらぬままに、正しさ を保持することはできない。」5 しかしあのヤスパースの言葉も、けして「変わらぬまま」の神学的教義を繰り返すつもりで、「神」に ついて語ったわけではないだろう。問題は、ヤスパースが言う「神」が実際に何を意味していたか、で ある。それは実質的に、「Nobody」の覆い隠す記号にすぎなくなっているのではないか。「神が知る」と は、実質的には「誰も知らない」という意味であり、「神なら裁ける」とは、実質的には、「誰も裁けな い」ということではないのか。それはつまり、GodイコールNobody、「神は無である」ということでは ないのか。「神は存在しない」ということではないのか。神がなければ、罪もない。ならば、「罪責感情」 とは、実際には、ただの病理的な症状ないし哲学的な妄念にすぎず、「正常」な人間は相手にする必要の ないものなのではないだろうか。. d)「神の死後」の初学 ドロテー・ ゼレの最初の著作、『代理』(1965)は、その副題を「『神の死後』の−断章」と言う。こ・の 副題によって、著者は、「西洋近代二百年の歴史の中で起きた、すべてを決定するような出来事」6を見 据える覚悟を表明した。ゼレは直接に戦争を言わず、ファシズムを語らない。むしろ、「ヘーゲルに始ま りニーチェ、ジャン・パウルを経て現代に至る問題史的連関」という言い方をする。この作品の主調命 題は、ノ「人間はどのようにして自己自身との同一性を見出すことができるのか」7というものである。表 面的に見れば、たしかに大胆ではあるが、それでも伝統的な神学の枠内に止まる試論であるかのように 見える。しかし「神の死」という言葉のうちには、おそらく、戦争の時代の決定的な体験が潜んでいる だろう。なぜならゼレはつづけてこう言っているからだ。「これは歴史的な出来事である。歴史的な出来事 である以上、それは運命と行動、罪と好機、挫折と断念の地平から切断してしまうことはできない。」8. ここで見落とせないことがある。ここで二つ組みの概念が(いかにもドイツ的に)三度重ねられるが、 そのうち最初の二つ(「運命と行動」「罪と好機」)は、いずれも「必然」対「自由」という対立を表して いると考えられる。ところが第三に、唐突に、一段と重苦しい二つの非対立的な概念が、「挫折と断念」 が、塗り重ねられる。ここには、自由な「行動」や、そのための「好機」に当たるものを容れる余地は ない。人間が直接的に神に出会う可能性を奪い、また己れのかけがえのない価値への確信を喪わせた、 あの問題的な歴史過程は、ここに一つの鋭い断絶の爪痕を残している。このドイツ的「三つ組構造」 (廿iade)の乱れに、われわれは、いかに著者が自身の柳寺体験を深刻に受け取っているか、を見てとるべ きであろう。あの時代をくぐった者は、アウシュヴィッツ以後、同じ神学の言葉を、無造作に「変わら ぬまま」に繰り返すことはできない。何よりも「自由」の可能性が、「救済」への道が、見失われている。 ゼレ自身が、明白に1982年のあとがきの中で明言している。「本書は、アウシュヴィッツ以後に書かれ た、文字どおり、一行一句にいたるまで。」9すでに1964年にも次のような文章がある、「たった一人で も虐待される子どもがあるならば、『すべてを慈しみ給う』(allg馳g)という(神に対する)形容語を永久 に黙らせるに十分である。」10この「永久に」には、ゼレがあの副題の「神の死」にこめた決定的な重み. 5 ADORNO,TheodorW.:GesammelteSchr折en,Band6:NegativeDialektik,S.359ff. 6 sOLLE,Dorothee,StellvertTetung.EinK甲itelnachdbm7bdbGottes,Stuttgart,1965.こここでは第二版から引札 Zweite,umeinNachworterweiterteNeuaunage,1982・S・9・. 7 s6LLE,励g伽erJ柁J〟喝,S.7. 8 sOLLE,∫rgJルgrJ柁r〟〃gリ S.9. 9 sOLLE,Stellvertnfung,S.179f.(”Nachwort1982“) ⊥O s()LLE,乃eβJ咽ね〝αCゐ鹿椚乃鹿GoJ如.初出は」娩r血〃加〟庇カgゐ触‥カ′少βrg〟′でP繭cカg∫加血刀,Dezember1964. 引用はSOLLE,Gesammelte陥rke,herausgegebenvonBAIJZ−OTTO,Ursula/STEFFENSKY,Fulbert,Stuttgart2006Bd・3,.
(4) 34. 山本 泰生. が表現されている。これは、たんなる修辞ではない。 e)「回心」. もう一度、先に引用したヤスパースの文章を振り返って、現代の人間が負った傷の所在を確認してお こう。①人間の人間同士の基礎的な連帯感、共に責めを負い合う関係が破壊されたこと。②「神」は 「Nobody」の同義語となり果てていること。すなわち「神は死んだ」ということ。③それでもなお、「絶 対的な何か」が存在するはずだミ ということ。なぜなら、もしそうしたものがなければ④「形而上的な. 罪」もまたありえない、ということ。 こうした同じ問題群と、ゼレはその「『神の死後』の神学」において取り組んでいる。彼女は、ある「絶 対的な何か」を問題にしつづけることがどうしても必要だと考える、たとえ「アウシュヴィッツ以後」 の時代にあっても、言い換えれば、「神の死」が誰の日にも明らかになった後の時代であっても。なぜな. ら「『神の死』という言葉に何の意味があるだろうか、もし、まだそこに何かが、われわれをどうしても (絶対的に)捉えて離さない何かがありつづけているとしたら − あるいは、ありつづけているかぎ りは。」11ゼレは、戦争とファシズムによって総体的に破壊された人間の「かけがえのなさ」 (Unersetzlichkeit)を再建する可能性を探し求める。なぜなら、戦争は何よりもすべての個々人の質的差異 を抑圧し、「代替可能」(ersetzbar)なものに変えたからである。自分自身が生き残るために他人を見殺し. にしたとき、自分の命を他人の命と引き換えにしたとき、人は「人間は取り換え可能である」という原 理に帰服した。この歴史的に刻印された地点に立って、ゼレは問いかける。いかにして人間は失われた 連帯性を、共生関係を再建することができるか。またそのための前提である「個人のかけがえのない尊 厳」をいかにして復権することができるか。ここでゼレは、従来の伝統的な形而上的世界観の根本的な 革新(竹内のいう「思想革命」)に向かう。なぜならこの「立ち返り(回心)」こそ、声なき死者たち・ 生き残った被害者たちが求めていることであり、またそれは小手先の変更で足りるものではなく、人間. 存在の全体にかかわる要求だからである。 f) 日本の場合. 戦後日本の知的世界を代表する思想家・丸山眞男は、1977年、敗戦直後の自国の情況を回顧して次 のように書いた。 「敗戦後、知識人たちをふたたび共同の課題と任務にまで結びつけ、立ち上がらせた動機はもっ. と複雑なものでした。『配給された自由』を自発的なものに転化するためには、日本国家と同様に、 自分たちも、知識人としての新しいスタートをきらねばならない、という彼等の決意の底には、将 来への希望のよろこびと過去への悔恨とが 一 つまり解放感と自責感とが − わかち難くブレ ンドして流れていたのです。私は妙. です。つまり戦争直後の知識人に共通して流れていた感情は、それぞれの立場における、またそれ ぞれの領域における『自己批判』です。一体、知識人としてのこれまでのあり方はあれでよかった のだろうか。何か過去の根本的な反省に立った新しい出直しが必要なのではないか、という共通の 感情が焦土の上にひろがりました。」12 この「悔恨共同体」という言葉は、日本における「過去の克服」議論の中で広く共有された概念とな った。丸山はここで、はっきりと「新しいスタート」「新しい出直し」の必要を語っている。それは、「思 想革命」であり、「立ち返り(回心)」とそれほど異なるものではないだろう。「悔恨」という言葉のうち. には、「罪」が含意されている。この語は重い。「われわれの国にはほとんどいうに足るレジスタンスの 動きが無かった」13ことが自覚されたからである。「後ろ向き」の悔恨が、この国においては同時に、い. 11. 劫如混血九∽G助gJd〟占e〃・βe∫かdgez〟rrあeoJ咽ね,S・216・ s611e,ぶe〃wr′柁蝕〃g,S・46・. ⊥2 丸山眞男「近代日本の知識人」『丸山眞男集』第十巻254頁。 13 同 255頁。.
(5) 戦後思想としてのキリスト教. かにして「抵抗の伝統」を作り出すことができるか、という「前向きの」課題に、向きを変えられる(「回. 心」)。ここに「悔恨」と結合された「共同体」という語も、あのヤスパースの「連帯性」ないし「共同 責任性」に通うものがある。課題は、海彼岸を隔てて、共通している。 ただし、「神の死」のモチーフは、「絶対的な何か」という要素は、ここに、少なくとも文章表面上は、 明らかでない。これは日本の世俗的・汎神論的伝統のしからしむるところでもあるだろう。日本の「土 着的世界観」(加藤周一)は、徹底して此岸的であって、そのつどそのつどの情況から独立し、所属集団 の外においても妥当するような普遍的・超時代的な価値(たとえば「神」)への信仰を許容しない。「土 着的世界観」を土台とするかぎり、戦争という歴史的状況の下におかれた個人が、所属国家の内側でし か通用しない価値体系から身をもぎ離し・これに抵抗することは、困難であろう14。日本においては、 伝統的に、ボンへツファーやショル兄妹のような人間類型を生む基盤が存在しない。キリスト教のよう. な超越的・普遍的な価値に対する信仰の伝統声ミないために、この基盤を踏まえて、保守的・伝統的価値 の固守が、イエスへの信仰が、そのままファシズムへの抵抗に、ヒトラーの否定になる、という可能性. は、ほとんどあり得なかった。 g) 日本とドイツの違い こうして、ドイツと日本とでは、ファシズムへの抵抗という課題は共通しながら、方向性が交差的に. 食い違う。キリスト教的伝統は、所属集団や時代状況に取りこまれない超越的価値(神)への自己繋縛 を核とすることで、たとえ所属集団(教会)がファシズムに屈服しても、なおそのコンプオーミズムを 拒否する人格的な信仰を育むことがありえた。. 思想的な伝統に固執するからこそ、抵抗運動を生む。そ. こでは「保守」と「反戦」は、順接の関係にある。この超越的価値(神)の伝統は、ファシズムに逆ら わず、表面上「変わらな」かった。「アウシュヴィッツ以後」も、それは表面上、何も「変わらない」。 ここではその「変わらなさ」が問題である。神の誠命を躁珊する政治に対して従順でありつづけること ができたキリスト者は、神の超越性をたんなる「お題目」にしてしまっていたのではないか。キリスト 教伝統が「変わらぬままに」墨守されるなら、それこそがまさにキリスト教の精神の破壊である。超越 的と信じられてきた神が「死んだ」というのは、そういうことを意味するだろう。「アウシュヴィッツ以 後」にキリスト教は「変わらぬまま」であってはならない、変わらなければならない、という要求は、 神を状況依存的な、歴史的に相関的な存在としてとらえ直す、ということである。ゼレが取り組んだの はこの問題である。. けおこなひ 日本の伝統的価値観は、「今の世は今のみのりをかしこみて 具しき行おこなふなゆめ」(『玉鉾百首』) であり、「儒を以て治めざれば治まりがたきことあらば、儒を以て治むべし。仏にあらではかなはぬこと あらば、仏を以て治むべし。是皆共時の神道なればなり」(『鈴屋答間録』)であって、時々刻々の状況を 超えて「変わらない」価値への拘泥(コミットメント)を何より嫌う。こうした伝統は、決して「レジ スタンス」を生まず、つねにそのつどそのつどの「今の世」を惜然として肯定してゆく。変化こそが伝 統だからである。むしろあらゆる変化を抵抗なく受け容れる伝統にもかかわらず、否定的体験に拘泥す. けおこなひ る「悔恨」が、「変わらない」価値(たとえば「平和」)への積極的行動(具しき行)を、下支えする。 間もなく「九条を以て治めがたきことあらば、アンポを以て治むべし」と言い出すことになる「伝統」 に抗して、「悔恨」に裏打ちされたコミットメントをいかに「変わらぬまま」に持続するか、というのが、 日本知識人の課題であった。ここでは、伝統と抵抗は逆接の関係をなす。ドイツでは、超時間的・不変 な神を地上の歴史の変化する時間の中に引き降ろすことが課題であった。日本では、歴史の季節の変転 に色を変えない松柏を育てるために、むしろ地上の歴史的体験を超越的理念の天空に昇らせることが問 題になったのである15。. 14 加藤周一『日本文学史序説』筑摩書房1975年。 15 こうした「形而上的志向」は、戦後日本の知識人の間に共通して流れている。さきの竹内好のほかにも、たとえば. 35.
(6) 36. 山本 泰生. しかしこの「順接と逆接の対立」もまた、表面上のことにすぎない。丸山眞男は、伝統の固守を抵抗 に順接させる原理をこの国の過去に求め、「忠誠と反逆」を著わす。彼はそこで、武家的な「封建的忠誠」 に、人君を超えた「原理(天)への忠誠」を可能にする論理を抽出した16。「封建的忠誠」という伝統的 なものに(順接的に)固執することによって、「回心」をを可能にする人格の概念を日本に蘇生・再定着 させることをめざしたのである。「原理(民主主義)への忠誠」がこのような人格によって担われてはじ めて、日本の「出直し」(過去の克服)は可能になるだろうからである。 丸山は、忠誠が捧げられる対象内容が何か(what)という1霞ではなく、忠誠の質(how)を問題にす る姿勢を重視する。「回心」とは、忠誠の対象を「素早く抵抗なく」新たな価値や新たな支配者に切り替 えることではなく、根本的に・自己繋縛的に、この価値に自己を賭けるコミットメントである。押しつ けられた民主主義は、「今のみのり」「共時の神道」であって、「民主主義」ではない。信仰なり忠誠の対 象内容(what)だけでは、抵抗は可能にならない。その価値への主体の傾倒の質(how)が問われなけ ればならない。そこでも、「悔恨」を基礎に価値に自己繋縛する主体が多数存在し、相互に結びついて「共 同性」を生み出すことが志向される。 ゼレの神学は、「アウシュヴィッツ」=「神の死」という要素を由り入れることによって、信仰対象と しての神のwhatを伝統的教義から解放し、信仰の概念をhowの方向へ改造する。ゼレの神学がわれわ れにとって興味深いのは、この共通面があるためである。 以下においては、ヤスパースのテキストから抽出した観点もまた、重要になる。すなわち①連帯性と 共同責任、②神=Nobody あるいは神の死、③絶対的なもの、である17。さらに、おそらく当時(1947) にはそれほど現実的でなかったた捌こヤスパースの議論に現れていなかった点を付け加えたい。すなわ ち、④罪責体験の継承と抵抗可能な伝統の創生、である。 日本の文脈では、「What」と「how」の観点を除くことはできない。たとえ担がれる価値が民主主義とな り、その内容(what)がいかに合理的・理性的、整合的・明証的に見えても、客観的な内容だけで「担ぎ方」 (how)が変わるとは限らない。主観的な「信じ方」=「原理への忠誠」の問題を、視野から外すことはで きない18。そこに、世俗的な外観の下に、形而上的・宗教的要素が隠れているからである。. 橋川文三は、「日本の精神伝統において、そのようなイエスの死の意味に当たるものを、太平洋戦争とその敗北の 事実に求められないか‥・イエスの死がたんに歴史的事実過程であるのではなく、同時に、超越的原理過程を意 味したと同じ意味で、太平洋戦争は、たんに年表上の歴史過程ではなく、われわれにとっての啓示の過程として把 握されるのではないか」と述べている(「『戦争体験』論の意味」『橋川文三著作集5』247頁)。同様の傾向は、荒 正人、埴谷雄高、本多秋五らの『近代文学』同人や、鶴見俊輔らにも見られる。問題は、この「形而上的志向」を 盛るべき器として、共有された伝統的語彙を再生させる、という方法が取りづらかったことである。橋川は「啓示」 を言い、荒は「オリジナル・シン」を称え、本多は「野ざらし紀行」を引き、丸山は「封建的忠誠」を論じ、鶴見 は「日常的思想の可能性」を説いたが、そこに、共通の問題討議のフォーラムを確立しえたとは、残念ながら言え ない。そこに「共通の語嚢」が欠けているからである。橋川文三「『戦争体験』論の意味」(1959)、『橋川文三著作 集』第五巻。荒については、小熊英二『民主と愛国』新曜社、2002年181頁以下を参照。本多秋五「捨子」(1946)、 『第三版 転向文学論』所収。 ユ6 丸山「忠誠と反逆」『丸山眞男集』第八巻。 17. おそらく、内容に着目すれば、この三点は「三位一体」と相似している。すなわち「精霊」(による共同性)、「神」、 および「キリスト」である。戦争体験の反省は、ここで、西洋世界の宗教的・伝統的な枠組みをなす教義を覆う広 がりを見せているとも言えよう。. 18「信じる」こと、すなわち「信念」「信仰」というものは、「封建的忠誠」の場合でも、キリスト教の場合でも、そ こに「繋縛性」と「自由意思」との弁証法的な緊張関係がある。なぜなら「信じる」とき、人は何かある特定の価 値を「自由に」選択し、そしてその価値に自分を「縛りつける」からである。丸山は「キリスト教的忠誠観のダイ ナミズム」が、ロマ書13章1節の「服従」(凡ての人、上にある権威に服ふべし)と使徒行伝5章29節の「不 服従」(人に従はんよりは神に従ふべきなり)との間の鋭い対立に現れていると考えている。この「忠誠の相剋」 =弁証法的緊張をくぐることによってはじめて、人は「人格」という内面性を鍛えられる。「日本の封建的忠誠の.
(7) 戦後思想としてのキリスト教. 37. 本論は、日本とドイツの並行関係を意識しつつ、初期のドロテー・ゼレの神学思想を整理するも のである。そのさい、とくに『代理』(1965)と『政治神学』(1971)を中心として見ていくこととし たい。 まず第一に、ゼレにおける「罪責」ないし「罪」の概念を見よう。次に、ゼレが「神」の概念を、 そして「キリスト」の概念をどのように変容させたか、を見る。その際、「超越」の要素がどのよう に扱われたか、に注目する。この要素こそ、日本とドイツの共通性と違いを鮮かに示すものであり、. 世俗的な日本ではこれまであまり注目されなかった宗教性であると考えるからである。「超越」とは、 言い換えるなら、a)死者への哀悼(=過去)、b)被害者との和解(=現在)、C)将来のヴィジョン(= 未来)、である。この三つが「超越」的だ、というのは、このいずれにおいても、つねに「とりかえ. しのつかない命」をとりかえし、「いやしがたい傷」をいやし、「見果てぬ夢」を見つづけることが、 つまり不可能を可能にする「絶対的なもの」が、 一 つまり、それと名指されることはなくとも、 「神」が 一 間題になっているからである Ⅱ ゼレにおける「罪」の概念 一. 『政治神学』. a)助走 ゼレは、その著作の冒頭に、しばしば、一群の疑問文をたたみかける。まるで作曲家が一つの主題を さまざまに変奏して聴かせるように。そのような、彼女に典型的な疑問文を積み重ねながら、ゼレは、. 20年にわたる自らの『政治神学』の営みをふりかえる著書において、ドイツ人の罪とは何か、を改めて 問うている。. 「どうしてあんなことが、キリスト教に育まれた民の実っただ中で起こりえたのだろうか?神 学が人々の事実を見る目をほとんど晦ませ、ドイツ・ファシズムに対する抵抗力をほぼ完全に奪. ってきたとするなら、どこにその間違いがあったのだろうか? あの出来事から、どういう神学 的結論を導くべきなのだろうか? われわれとユダヤ教との関係は、どうあるべきなのだろう か? どうしたら、われわれの内心の深いところに巣くっているキリスト教的反ユダヤ主義を克 服できるのだろうか?」19 さらに後年、その「自伝」においても、同じ主題が奏でられている。 「つきつめれば、みんな一蓮托生だったのだ、抵抗しなかった者はすべて。ありとあらゆる外 形に縛られて、共に信じ・共に行い・共に儲けていたのだ。この広い意味の『協力者』には、見 ざる・聞かざる・言わざるの芸を仕込まれたすべての者が含まれる。さかんに『集合的罪』が言 われ『集合的責任』が議論されたが、私の根底にある感情は、むしろ消すことのできない恥であ る。この民族に属していることが恥ずかしい… この羞恥に時効はない。この羞恥を風化させて はならない。」20. ドロテー・ゼレDorothee S611eは、1929年の生まれであり、戦争が終わったときには16歳であった。 年若い少女である。「見ざる」「聞かざる」「言わざる」という表現も、彼女が直接の加害者ではなかった こと、加害者になる可能性もなかったことを証言するものと見ることができる。彼女は、自らの行為を. エートスにはむろん徹底した原理的超越性も人格的内面性もなかったけれども、そこにはなお、心情倫理と行動= 業績価値との特殊な結合様式があった」(丸山「忠誠と反逆」『丸山眞男集』第八巻234頁)。「心情倫理」を「悔恨」 に、「行動」を「共同の課題と任務のために立ち上る」ことと読めば、この論考の「戦後」性は明らかである。 19 Doro血eeS611e,£わ‡eEri朋er〟〃g〟朋滋rZ涙甜ポw沼加.Z〟rJ)oJ血cゐe乃meOJ曙ね,初出は1988年、のち単行本 励血頑肋.花ズJez〟刑U明虎〃如〃,Hamburg1993に収録。引用は同書23頁。. 20 DorotheeS611e,Gegenwind,Erinnerufqen,M伽Chen1999。引用は34貢以下。「風化させてはならない」は、1ebendig bleiben(「生きつづけなければならない」)。この語は、直前の「時効」という語を意識しているとすれば、「丞剋で カタがつくわけではない」、という意味を含むとも考えられる。.
(8) 38. 山本 泰生. 表すものとして「殺す」「拷問する」「強姦する」というような表現を用いる必要はなかった。彼女の家 族・親族を見ても、道徳的に重大な重荷を負った人間は見当たらない。そのかぎりで、彼女の言う「罪」. は、どちらかといえば間接的なものであり、前線の兵士の実体験ではない。ゼレは、比較的に見て、「罪 のない」人である。−彼女の罪責感情は、したがって、彼女が意識的に発見し、自由意思によって引き受 けたものである。これは罪責感情をラディカルにする条件だ、と言えるだろう。たしかに、われとわが 身を見る目を曇らせる必要がないわけだから、あれこれと適用範囲を限ったり、論理が支離滅裂に被た. んしたりするおそれもない。そこに理想主義者の誇りを見ることもできよう。羞恥は、自らの品位を自 覚し、それを誇りに思うところに生じる。ここに「共同性」のモチーフが現れていることも注目される。. 彼女の「羞恥」は何よりも「この民族に属している」ことに向かっているからである。さらに、この差 恥に「時効はない」、という。すなわちこの羞恥の感情は、後続の世代に受け継がれ、「生きつづけなけ ればならない」。すなわち「死(刑)」によって「ケリを付ける」こともあり得ない。 こうした伝記的条件から、ゼレの罪責Schuldないし罪S馳deの概念は(ゼレはこの両者を区別してい ない)、以下のような特徴をもつことになった。 ① 自己の「罪」が、間接的・非現実的な、むしろ理想主義的・自由意志的なものとして捉えられる。 ②「罪」が、もっぱら「個人」の問題としてではなく、集団への組み込まれによる「同罪」(共同責任) として扱われる。. ③ 罪悪感が、新たな連帯性を作り出す潜在的可能性として捉えられる(この3点目は丸山の「悔恨共 同体」に通じる). 自ら兵士として戦さに関わった男たちは、もっと生々しい罪責感情をもっていただろう。大人ならば、 協力の度合いも子供よりもずっと強いだけに、自発的に「自分にも罪がある」ということは言いにくい。 だから兵士たち・大人たちの間では、むしろ「運命」が口にされやすい、ということも理解できること である。「ほかに何ができたというんだ」「仕方なかった」等々。「何もできない」無力感は、罪責休験を もたらすカタストロフに直面した人間の、いわば「自然な」反応であろう。これに対し、その「実際的 な」反応と考えられるのが、あの戦後の経済復興・政治再建に表現されたガムシヤラな行動意欲である。 誰も、直ちに「新しいスタート」や「生まれ変わり」に取りかかれるわけではない。道徳的には、むし ろアパシーに陥り、気力が萎え、無関心・無感動になる。 この状態を、ゼレはその物議をかもした主著『政治神学』の中で鮮やかに描き出す。 b)「罪」概念の政治化、キルケゴールの読み直し ゼレは、その1971年の著書において、「罪」の概念の新たな定義を展開する21。彼女によれば、「罪」 の本質は社会的・政治的に錯綜する連関にほかならない。われわれの「罪」とは、「取り込まれている」 こと、すなわち「長いものにまかれる」共犯関係(Kollaboration)である。抗いがたい大勢、「事物の必然. (Sachzwange)」に流されるとき、われわれは社会的・政治的不正義の協力者となることを余儀なくされ る。. 「この点で、罪人とは、いかに素朴な意識には『誰にも迷惑をかけていない』と見えようとも、 社会構造に根ざした、ほとんどの場合『名前のない』不正に手を貸す共犯者である。したがって. 罪とは、一 神学と政治を切り離さずに考えるなら 一 協力することであり、不感症になるこ とである。」22. この「罪」の定義に戦争の体験が影を落としていることは、容易に見てとれる。Kollaboration(共犯関 21. 同様の考えを、ゼレは、この『政治神学』(1971)とほぼ同時期に何度も文章にしている。とくに「罪は無意味な 言葉か?」5b如才d−ei〃∫J〃〃わ∫e∫恥rJ7(1971)、「罪のゆるし」柁曙e占〝曙虎r∫錨搾滋〃0971)など、単行本『違う自分に. なる権利』DasRechteinandererzuwerden,Darmstadt1971に収録された諸論文が注目される。. 22 sOLLE,Dorothee,PolitischeTheolqgie.AuseinandbrsetzungmitRudoVBultmann,Stuttgart1971.In:Gesammelte勒rke, Bd.1.S.100..
(9) 戦後思想としてのキリスト教. 39. 係)という語が紛れようもなく、つよく「あの時代」を思い起こさせる。直接手を汚した下手人だけで なく、「協力者」も「罪」を免れることはできない。「つきつめれば、みんな一蓮托生だった」のだ23。「罪」 とは、このような、人間をモノに変え・人間に人間らしく生きることを許さない「生産関係」に取り込 まれてしまっている状態にほかならない。罪とは不正義への協力である。 しかし「罪」概念のこのような政治化、あるいは、もしそう表現したければ、「マルクス主義化」にも かかわらず、そこには神学的な核心がある。そこに隠れているのはキルケゴールの「絶望」の概念だか らである。ゼレは、この近代人の無気力・無感動のアパシーを、キルケゴール的な「死にいたる病」と 同じものだと考える。. 「このように罪を政治的な意味で理解したとき、この罪の意識は、教会の教えるプライベート な罪意識には想像もつかないほどの〈出口のない〉状況に人を追い込む… われわれが長いもの. に巻かれつづけ、変革への希望が化石化した諸関係に当たっては砕けてしまうために、そこに一 種の病が、キルケゴールが『絶望して自己自身であろうと欲しない』と特徴づけた病が生じてく る。この、広くさまざまな社会階級に蔓延する『弱さの絶望』を、キルケゴールは、ある、自分 の住居を何らかの理由で〈耐えがたい〉と思うようになった男に喩えてい. る。『そこで彼はこの部. 屋を出る。しかし引き払うわけではない。新しい部屋を借りるわけではない。彼は相変わらずも との部屋を自分の住まいだと思っている。彼は、問題もいつかは過ぎ去る、と思っているのだ。 絶望者もまさに同じである。』」24 ここでゼレが引用しているキルケゴールの文章を、もう少し詳しく検討してみたい。. 「彼のその自己に対する関係は、ある人のその住まいに対する関係と同じように経過する(滑 稽なのは、むろん、自己がその自己自身にかかわる関係は、人がその住まいに対する関係のよう に、どうとでもなる関係ではないからである)。たとえば煙が充満したからとか、理由は何でもよ いが、その住まいに嫌気がさす。それで彼は部屋を出る。しかし引き払うわけではない。新しい 部屋を借りたりしない。もとの部屋こそ自分の住まいだ、と思っている。ただ煙が出て行くのを 待っているのだ。絶望者も同じである。嫌気のもとがまだそのままであるかぎり、彼は、じつに 含蓄のある言い回しというべきだが、あえて〈我に帰る〉 ようなことはやらない、自己自身であ りたいとは思わない。しかし、それもやがては過ぎ去る、きっと何もかも変るだろう、可能性の 暗雲も忘れてしまえるだろう。その時が来るまでは、彼は、たまに折にふれて、訪問客のように 自己自身のもとに戻ってみる、何か変化が起きてはいないか、確かめるた捌こ。そしてもし変化 が起きていれば、彼はふたたび我が家に戻る、〈ようやくもとの自分を取り戻した〉と彼は言うだ ろう、しかしそれは要するに、かつて止めたところから始める、ということにすぎない。彼はだ 23 もちろん、このような「罪」概念の「政治主義的」解釈は、決して、彼女に対する安易な批判がそう思うほど強引 なわけではない。それはむしろ、この書の出発点から論理的・内在的に帰結するものである。なぜなら、この書の 副題が示すように、この書のテーマの一つは「ブルトマンとの対決」であり、ゼレのプルトマンへの批判の要点は、 まさに、ブルトマンが聖書本文を歴史的・社会的な文脈の中に置き直して理解しようとする聖書学研究上画期的な 意図をもちながら、解釈者自身がどんな歴史的な、社会的な、そして何よりも政治的なコンテクストに編み込まれ ているかを省みることをなおざりにし、その解釈学的作業に着手するための前理解としては、結局、ひたすら非歴 史的かつ非政治的な「実存」という概念だけしか持ち合わせていなかった、というところにあったからである。ゼ レが要求したのは、ブルトマンの提唱した解釈学的作業を首尾一貫して実行することである。すなわち解釈者自身 がどのような社会的・政治的な文脈編み込まれているかを省みることを併せ行う解釈の作業である。この観点から、 ゼレはブルトマンの歴史批判的聖書学の立場が陥っているイデオロギー性を批判している。例えば、タoJ血c力g 乃印J曙≠g,S.46 を参照。. 24 sOLトE,タ∂J血c力e乃eoJ咽ね,S・104£ 引用されているキルケゴールの文章は静α〃抽iJz以椚乃血伽r励ん甲rge∫Jer一. 曲rZ61lner−dieSiindbrin,in:GesammelteFnrkeundI2zgebijcher,iibers.vonEmanuelHirsch.24/25・Abt・Bd・17 D鮎Seldorf1954,S.48−54 (邦訳「死にいたる病」(白水社『キルケゴール著作集』第11巻80頁以下)。.
(10) 山本 泰生. ・40. から、ある程度までは自己ではあった。しかしその自己も、それ以上のところまでは届かなかっ たのである。」25. ゼレのように、この「内面性」の思想家を客観的・外面的なものに引き付けて(「政治」的に)解釈す る方向を、たんにキルケゴールの真意を捻じ曲げる悉意的読解だ、として片づけるわけにはいかない。 なぜなら、このように「罪」(絶望)を客体世界の罪責連関と同置する理解のほうが、表面的な印象とは 逆に、むしろキルケゴール本来の意図に沿うものだからである。たしかにキルケゴール自身は、人間の 自己を「住まい」になぞらえる比喩を「滑稽」に感じていただろう。彼にとっては、「むろん、自己がそ の自己自身にかかわる関係は、人がその住まいに対する関係のように、どうとでもなる関係ではないか らである。」しかし、人間のその「住まい」に対する関係は、決して「どうとでもなる」ものではない。. ゼレの言葉づかいを借りるなら、「代替可能」(ersetzbar)ではない。キルケゴールは一般に徹底的な内 面性の実存思想家であると見なされているが、その彼自身が、「絶望」というものを外的な(社会的・政 治的な)物象化世界と無関係な、ひたすら内面的・主観的な現象だと考えていたわけではなく、同時に、 それを現代にありふれた普遍的・客観的な現象として捉えている。アドルノは、「絶望は、彼(キルケゴ. ール)にとって、客観的なものであり、本人のどのような自己理解からも独立したものである。キルケ ゴールは確実なこととして前提している、『絶望していないこと、自分が絶望していることを意識してい なI、と言うこともまた、絶望の一つの形である』と。」26本人の理解にかかわらず、そのように在らしめ られている存在様式とは、まさに客観世界による人間の非人格化、モノ化であろう。「絶望」とは、この 客観世界への主観性・内面性の側からの対応現象にほかならない。 アドルノはまた、キルケゴール自らが「インテリア」を、すなわち「住まいの内部」を、その哲学の 中心概念である「実存」をたとえる比喩としたことに注目する。主観の内部世界を「絶望」に陥れ、客. 観の外部世界に「物象化」をもたらす歴史的「情況」の大渦の中で、「内面性」に立てこもる貢即虫な実存 者が拾い集める非人格的な事物は主観性を物語る人間性を帯び、住人の感受性や行動は、逆に客観世界 の歴史の大渦に振り回される客体(モノ)におとしめられ、モノは人となり・人はモノと化して、ここ に「主観即客観、客観即主観」の「不二相即」が現れる。キルケゴールがその著作の随所に断片的に書 き記した「インテリア」の比喩は、ここにその発生根拠をもっている。ゼレが引いたこの箇所も、その. 一つと言えるだろう。客観的事物である「部屋」が本来の自己(主観)であり、その住人は、疎外され て、自らの「部屋=自己」と非本来的な(「どうとでもなる」unverbindlich)関係しか持つことができな い。「内面」性はすなわち客観性であり、「外面」的なものが主観的である。この情況においては、神学 的な志向は、神学的であるからこそ、社会化し政治化せざるをえない。ゼレの著書の標題『政治神学』 はその歴史的な「情況」の一つの証言である。 むろんあの北欧の憂鬱者の眼は、この「情況」の主観的側面、すなわち「内面性」に集中する。彼は、 今日のわれわれがそう思いたがるように、私的空間への退却によって人間を非人間化する資本主義世界. の魔力を逃れ、自らの魂の珠玉を、罪から自由な実存を救い取れると考えた。しかしアドルノも言うよ うに、「しかし私的な領域である以上、内面性はそれ自体、たとえ対決的にであろうとも、社会構造に含 まれる」27のである。しかし「物象化世界そのものにおいては、その歴史を通じて、神話的な自然が」、. すなわち人間の永遠な本質が、「人間の内面性に投げ返されている。内面性とは、原史的人間本質を幽閉 する歴史的牢獄にほかならない」28。「牢獄」というのもまた、あの「インテリア」の比喩の変奏曲の一 25. KIERKEGAARD,KrankheitzumTb鹿,Obers・VOnWalterRest,in;KIER文王GAARD,Die静ankheitzumndb.凡rchtund Zittern・Diemedbrholung・DerBegrWdbrAngst,hrsg.vonHermannDiemundWalterRest,Mnnchen1976,S.84. 26ADORNO,TheodorW・;KierkegaardKonstruktiondbsAithetischen,in‥ders.,GesammeltenSchryten,Bd.2,S.119.(邦 訳 アドルノ『キルケゴール 美的なものの構築』みすず書房1998年、161貢)。 27 ADORNO,幻erんe卵α戒S.70.邦訳90頁。 28 ADORNO,gierたe卵〟頑S.89.邦訳117頁。.
(11) 戦後思想としてのキリスト教. 41. つである。. このように、歴史的に見るならば、実存的内面性は、「社会構造」の中で、物象化された生活を営み、 コラボラシオンの網の目に取り込まれている。このようなアドルノの議論に正当性があるとするなら、 キルケゴールの内面性に関する立言を(「住まい」にかんする比喩を媒介として)世界の社会的・政治的. 情況にかんする発言として解釈するゼレの議論にも、十分な正当性が認められてよいだろう。 このように考えてくると、キルケゴールの言葉が、現代もなお生々しく生きていることが分かる。ゼ レは、住人がその「部屋」に「嫌気がさした」のは、「たとえば煙が充満したから」だ、彼はいま「煙が 出て行く」のを待っている、「やがては過ぎ去る」ことを望んでいる、というくだりを引いていない。し かしこの省略されたキルケゴールの箇所は、なんと的確に、現代の、1945年以後の日本の急所を痛撃し ていることだろう。生き残った、あるいは生き残れなかった犠牲者たちの告発や呪諷は、「煙」に過ぎな い、それは「やがて出て行く」、間もなく「忘れられる」。そのように、われわれは主観的に(意識的に か無意識的にか)望み、そう望んだからこそ、客観的な状況もまた今日まで変わらなかったのではない だろうか。. 「煙」はいつか「出てゆく」。時は「過ぎ去る」。人は「忘れる」。これらは、人為的でない、自然過程 である。しかし、この世の運行がもはや自然過程と意識されず、人の自由にならぬ「運命」とみなされ ることを止め、むしろ一つの、「住居」にたとえるとこのできるような人為的なシステムと理解されると. き、この世は、原理的に、人間の努力によって改変可能なものとして理解されていることになる。煙の 充満する「部屋」は、いまや、拡大することができる。「部屋」は、「家」になる。 「集合的責任を避けて通る道はありません、若い人たちにもないのです。私は、自分が建てた. わけでなくとも、そこに住んでいるなら、その家について責任がある。私たちは、同じ一つの歴 史的文脈の中に暮らし、ナチが使った同じ言語を使っているのです。」29 この「家」は、もはや孤立した単独者を幽閉する「牢獄」ではない。それは共に生きる場であり、 連帯の場である。それは、共に力をあわせて建て、調度を整える家である。それは、この歴史的文脈 の中に生きるどの人にとっても、すなわちともに「国民」を形づくる一人一人にとって、決して「ど うとでもなる」(unVerbindlich無拘束な)関係のものではない。「取り込まれている」状態は、確かに否定. 的だが、それでもなお、それはわれわれに共通の地盤を提供している。そして、現在はまだ不可能でも 未来においては可能になるべき和解と連帯の「家」を立てるための地所は、ここ以外にはないのである。 ゼレの「罪」概念の解釈は、この概念を「非神話化」するものと見ることができる。それは旧套の、 ほとんどアクチュアルな連想を呼び起こさない「罪」という語を、別な、社会的・政治的に明白な概念. に、コラボラシオンに置き換えるからである。しかし、この解釈は同時に、逆方向にも作用する。それ は、不正に目をつぶり・協力するように誘惑する政治的な悪魔の力を和らげ、それを人間の「罪」に変 える。悪魔の呪縛は、その本当の名前(「罪」)で呼ばれるとき、その魔力を失うという。非人間的な客. 観的情況が、このとき、人間の魂と関係づけられる。過酷な体験は、罪責の感情は、誰に打ち明けるこ とも、分かってもらうこともできないまま、孤独な個人たちが、歯を食いしばってこれに耐えている。 それは、客観的な、科学的に事実性を確認できるような外形的行為(Kollaborationのような)ではない。. それはむしろ、人間の内面的な「罪」である。しかしそれも、可能性としては、共に分かち合うことの できる苦しみであり、「共苦」(Miterleiden)である30。. しかし、この同罪意識、この「客観的絶望」、この「悔恨」、この否定的なものにこそ、共同性に、同 じ「家」に住む仲間関係の構築にいたる道を切り開く可能性が宿っている 一 もし人が勇気をもち、. 29 sOLLE,Dorothee,EinTblkohne招siongehtzugrun虎:仲riicheSblomos29,18);AnmerkungenzurdeutschenGegenwart undzurnationalenLientitaf,Wuppertal,1986,?1987,S・31・ 30 sOLLE,Stellvertretu〃&S.139..
(12) 42. 山本 泰生. 自分の行為ないし無行為を(「見ざる」「言わざる」「聞かざる」)を、正面から見据えることができるよ うになるならば。そのとき、あらゆる人は自分たちの罪責を自分たちのアイデンティティの不可欠の一 部として選び取ることによって、自由になる。しかしそのためには、この「集合的」罪責体験を後続の. 世代に受け渡すことが必要になる。先に挙げた「家」の比喩を含むテキストは、80年代にかかれたもの である31。だが、ここにはまだ、大きな困難がある。個人をコラボラシオンに「取り込む」社会構造は 容易に変えがたく、永く存続するのに対し、体験は、当事者にとって過酷であればあるほど、同世代に はある程度共有されても、次の世代からは「忘れ去られて」しまう、という点である。 上に、私は「そのとき、あらゆる人は自分たちの罪責を自分たちのアイデンティティの不可欠の一部 として選び取ることによって、自由になる」と書いた。ここには、ゼレがキルケゴールから学んだもう 一つの要素があると思われる。キルケゴールにとって「絶望することができる」可能性に人間の尊厳が あったように、罪や罪責を「選び取る」行為にこそ、彼女にとっては人間の自由の本質がある。罪を犯 すことが「できる」能力が、自由のために必要なのである。この基本的にキリスト教的な罪理解が、彼 女の罪概念の新しい定義を可能にするために与って力があったと思われる。麻のないバラはない。人間 の最後の尊厳は、痛切な羞恥の中にこそ、ある。 しかし、おそらく人は、まだこうした「集合的責任」という概念の前に、ひるむだろう。宗教的・. 形而上的伝統の中に生きる人は、「恵み」や「赦し」を求めて、神に祈ろうとするかも知れない32。次 章では、こうした宥和的な概念について考えてみる。. 31上の注14を参照。これに似た思想は、散発的ではあるが、日本の知識人たちによっても展開された。多くの文学者 は、自らの罪責休験を誠実に反省し、それを文学的形式で表現しようとした。彼らは、このネガティヴな、しかし 国民的広がりにおいて共有された経験を土台として、新しい共同性を創り出すことを目指していた。彼らにとって、 芸術的創造は同時に社会批判であり、政治変革の実践だったのである(たとえば竹内好1910−1977、荒正人1913−1979、 鶴見俊輔1922−など)。しかレト熊英二は、その浩瀬な戦後日本の精神史の叙述において、最後に、彼らの体験継 承の試みは、その体験が「言葉では. 語れない」ものだったために、成功しなかったと結論した。小熊によれば、1960. 年ごろから戦争体験の風化が起こり、祖国再建と経済成長と歩調をあわせるように、急速に忘れられていった。も ともと日本では、先の丸山の発言にもあるように、「レジスタンス」はなく、殉教的な死もなかったために、若い 世代の人々が「模範」と仰ぐような人物がほとんどない。日本では「抵抗」という語は喚起力をほとんど持たず、 むしろ「転向」の概念がはるかに重要な役割を果たしている。1910年から20年の間に生まれた人々は、戦争とファ シズムの犯罪的側面を直接に体験した世代であり、自らの屈服・無抵抗を忘れない人ほど、自分を「抵抗者の模範」 にせよ、と言える人は少なかった。その結果、彼らの書くものは、同様の体験を持たない若い世代には難解になっ た。罪責感情を基礎とした連帯、「悔恨共同体」の夢は、続く世代によって、共に見続ける夢とはならなかった。 60年ごろに成立した大衆消費社会は、社会科学からも文学からも公共空間での発言力を奪った。小熊は60年代の学 生反乱が世代間の断絶を決定的にし、体験の継承を断ち切った過程を詳細にあとづけている(小熊英二『民主と愛 国』217貢以下、799頁以下参照)。/ト熊の叙述は実証的で広く目配りが行き届いており、説得的であるが、この大 著で論じられた指導的知識人の中に「言うに足るほどの」宗教者、形而上学者が含まれていないことについて、ま た「言葉では語れない」体験を語るための言葉としての伝統的な宗教的語嚢が貧困であったことについては、まだ 考究の余地があるように思われる。伝統的宗教性の中からは、可能性としては、ゼレのように、自分は比較的「罪 がない」立場にありながら、自由意志によって、集合的罪責を引き受け、これを伝統的に共有された概念装置をも って(あるいはそれを組み替えながら)表現することによって、共有された宗教的基盤の上で、言葉によって伝え にくく、世代を超えて継承しにくい体験を伝達し継承することをめざす人が現れることができるはずだ、と思える からである。. 32 sOLLE,Dorothee,DerGlaubeineinernachtheisiischenWut.EinGe甲rdchmitChristeninderDDR,in:DasRechtein andererzuwer(ねn,DarmStadt1971.S.83ff..
(13) 戦後思想としてのキリスト教. Ⅲ.「代理」と「代替」 a)死と忘却. しかし「神は、あらゆる罪びとを赦してくれる」はずだ。神は「罪びとの赦し」をこそ望んでいるのでは なかっただろうか。神は「愛」であり、「恵み」であり、「救い」なのだから。このように考える人は、しば しば、自分の行為を正面から見据える勇気をもたず、逃げ道を探すだろう。伝統的な神の概念は、こうした 逃げ道を提供してくれるように思われる。 こうした神理解に対して、ゼレは答える 一 赦しを得るためには、その前提として、死者と和解するこ とが必要だ、と。. 「どなたも山上の垂訓はご存知でしょう、その一節に、赦しを詐欺的な仕方で手に入れようと する男の話が出てきます。彼は神殿に行き、祭壇に供え物を捧げて、直接に神とやり取りをしよ うとする。この男には、こう言われます。『その供え物は祭壇の前に置き、まず行ってお前の兄弟 と仲直りをしなさい。それからもう一度ここへ来て、供え物を献げるがよい」(マタイ5章24節)。 神に何をしろというのでしょうか。もしもこの部屋におられる男性か女性かの親族のある人が、 ナチによって、つまりもしかしたら私の親族によって、殺されたのだとしたら。そのとき私は、 神のほうを向いて、『何とかしてください』と言えるでしょうか。神はあの上のほうから手を差し 伸べて、平和を創ってくれるでしょうか。そんな平和は平和ではありません。血と涙と破壊され た命が、その間に横たわっているからです。」33 それは何より、死者が忘れられてはならないからである。. 「神は人間たちを差し置いて、赦すことはありません。ガス室の死者は、赦すことができない。 餓死した者は、もう赦すことができない. 。…なのに神が、そうした死者たちに代わって私と手打. ちをするのだとしたら、私はそんな神さまは願い下げです。そんな神さまは、もう十分に踏みに. じられた人たちを、さらに踏みにじるものです。そんな神さまは、死者たちから、自分で赦す権 利までも奪い取ってしまうからです。」34 赦しは、安直に、「安価」に、生きている人間たちに与えられてはならない、そこに、「血と涙と破 壊された命が、その間に横たわっている」かぎり、死者を消費財のように忘れてしまってよいものと するのでないかぎり。「死んだ」ということと「忘れられた」ということとは、ゼレがその主著の一つ である『代理』(1965)において、実際上、同じ意味であると主張し、人間を取り換え可能にする「代. 替可能性」の決定的な徴標としたものである。『代理』では、文章表面上、理想主義をかかげて、命あ る人間の「かけがえのなさ」が強調されているところでさえ、その背後から、あらゆる人間が取り換 え可能になった「代替可能性」という概念のほうが、たんに要請されているにすぎない個々人の「ア イデンティティ」よりも、はるかに冷厳な現実性をもって迫ってくる。ゼレが「神の記憶」を言い、 そこに一人二人の人間の「譲り渡すことのできない核心」、取り換えることのできない「魂」がしっか. りと保持されるのだと語るとき、彼女は自分の、個人的な人生の意味づけのために、この概念を持ち 出しているのではない。むしろ彼女の眼前に浮かんでいるのは、過去の死者たちの姿であろう。死者 たちは、その一人一人の具体的な個別の相貌まで含めて、紅忘れられてはならない。しかし、こ の「絶対にない」(nie)という要請を、地上に生きる人間の誰が、よく実現できるだろう。たとえこの「絶. 33 sOLLE,Dorothee,陀fgebungdbrSわn鹿n,in:DasRechteinandbrerzuwerden,Darmstadt1971・S・141・あるいは、 SOLLE”Gesammelte一陀rke,,Bd.1,S.192f. 34 同処。. 43.
(14) 44. 山本 泰生. 対に」を完全に実現しうる記憶をもつ者がいたとしても、やがてその者もごの世を去ってゆく。ここに、 「神の死」後の世俗化しきった現代人でさえ時に漏らさずにはいられないこの「絶対に」という要請の. うちに、あの、今は不在となった「神」が、その身を隠している。「『神の死』という言葉に何の意味が あるだろうか、もし、まだそこに何かが、われわれをどうしても(絶対的に)捉えて離さない何かがあ りつづけているかぎりは」 − もし、まだ人間にこの「絶対に」にこもる犯しがたい威厳を感じる感 覚がありく、死者との連帯を簡単に「どうでもよい」「誰でも同じ」「取り換え可能」として振り捨てるこ とをためらう気持ちが残っているなら、「神」は、たとえ「死んだ」としても、完全に「死に切る」こと. はできない。たしかに神は、かつてその「実在」を信じられた場所には、もういない。しかし、死んだ 母親がその子どもにとってば5なお生きつづけ、忘れられることがないように 一 彼女がかつて座っ ていた場所に、彼女がいたなら声をかけてくれたであろう瞬間に、彼女の存在が、その不在の空間に、 なお、濃密なリアリティをもって迫ってくるように、神は存在する、たとえ神がいまはそこに不在であ るとしても。. 忘れられてはじめて、記憶の抑圧をまってはじめて、死は完成し、決定する。かつて母親が、神が占 めていた「場所」は、そのまま開かれている 一 傷のように、裂け目のように。この「場所」は、こ の「裂け目」は、決して完全に埋めてはいけない、完全に塞いではいけない。なぜなら、「『場所』とは、 ここではほとんど生命と同じ意味をもつ」からである36。この「場所」が完全に埋められ・塞がれたと きに、はじめて、母親は永遠に忘れられ、神は完全に死に切争。神に祈れば罪も消える、赦される、と 思うなら、そのとき、神は、なおその名が呼ばれつづけていようとも、消滅する。同時に、その人間の 「魂」も死んでしまう。 b)代替. このような「魂」の死んだ人間が、いわゆる「代替人員」である。「代替」という考え方では、取って 替わられる側だけが交換可能な、売り買いのできる、モノ化した存在なのではなく、じつは、替わって 入る側の人間もまた、交換可能な存在になっている。そのアイデンティティも、そのかけがえのなさも、 その人格も、ともに破壊されるのである。 この意味での非人格化・物象化は、広く合理化のプロセスにともなう普遍的な社会の大勢である。こ の代替可能性の核心には業績主義がある。自分のかけがえのない価値を、自分のアイデンティティを、 自分の為した「仕事の質」の形で残したい。自分は「よい仕事をした」と思いたい。人はその業績にお いて、取り換えの利かない存在であろうとする. 。ここに「替われる人がいない社員」という理想が生ま. れる。しかしこれは、事実として、いっさいが代替可能になった世界に呼応するイデオロギーでしかな い37。ゼレが、失われようとする人の人としてのかけがえなさを追い求めるのは、一 彼女の罪概念が 政治的コラボラシオンへの断罪であったように 一 人を非人格化する近代の社会と文化への批判であ. る。この非人格化の過程は、官僚主義化の傾向とつよく結びついている。組織が合理的に、自動的に、 すなわち官僚制によって機能しているところでは、たとえそれが教会であっても、また大学であっても、 人格的なもの、人のその人らしさ、が喪われてゆく危険が つまり、「代替可能性」という概念は、−. 「罪」の概念がそうであったように − ある弁証法的な. 事態を名指している。主観の側の人格が解体されてゆく一方で、客観の側ではあらゆる生活場面での官 僚化が進行する。人間のこの「代替可能性」を、ゼレは、アウシュヴィッツを可能にした根本的な前提 条件と見ている。なぜなら、ナチズムの蛮行の特徴は、その実行者が具体的な「その人らしさ」を失い、 35 vgl.S()LLE,Stellvertretung,S.10.「しかし他者の死は、つねにある誰かにかかわる死であって、たんなる死そのも. のではない。子どもが、母に死なれたのである。医学的な死亡確認の場合以外、この受身形の主語を捨てるごとは できない。では誰が、神に死なれたのか?」. 36 sOLLE,SfellverEretung,S.51. 37. sOLLE,ふe伽er加J〟曙,S.44,.
(15) 戦後思想としてのキリスト教. 45. まるで巨大装置の「交換部品」であるかのように行動したところにあったからである。犠牲者たちだけ が代替可能な「サンプル」におとしめられたのではない。加害の実行者白身が「取り換え可能」なもの にされていたのである。. 人ばかりではなく、人の思想や理想もまた、何か「取り換え可能なもの」になっている。思想や理想 に対する彼らの関係が、キルケゴールのいう「自己がその自己自身にかかわる関係」が、よそよそしい、 表面的なものになっている。ちょうど「人のその住まいに対する関係のような、どうとでもなる関係」 になっているのである。敗戦後、奉じていたはずの信念を、ふたたび昔の「33年まで」の立場と「取り 換える」ことができたとすれば、あらゆる「立場」を −. 「住まい」の場合と同じように − どの. ような「立場」も結局は取り換え可能な「交換部品」だと見なす精神態度は変わっていないことになる。 「代替可能性」という概念は、本当のその人らしさを失い、「自分の代わりはいない」と思いたいた捌こ 業績向上に邁進する管理職だけに当てはまる概念ではない。それは、ふたたび昔の「立場」、新規の「立 場」に乗り換えることができると思っている知識人のすべてを包含する。 「置き換えられたモノは、いつでもまた置き換え直される。交替は、とどこおりなく円滑に行 われる。」38. ここで「とどこおりなく円滑に」と書いたとき、ゼレの頭には数多くの神学者・哲学者、政治化・実 業家の姿があったのかもしれない。彼らは1933年にも1b45年にも、問題なくその身を新体制に適応させ ることができた。. c)「代理」 あるいは「責めをふさぐ」. しかし、さきに述べたように、今はいない人が以前占めていた「場所」は、「生命」を意味していた。 それが埋められてしまえば、不在者は「死ぬ」。その「場所」を空けたままにしておくためには、そこ を誰かが仮に「ふさいでおく」ことが必要である。ゼレによれば、この「場所ふさぎ」(Stellvertretung 代理)は、完全なものであってはいけない、恒久的なものになってはならない。日本語の「責めをふさ ぐ」も、不十分な、当座の「間に合わせ」の意味を含んでいるが、もし「場所」をふさぎ、「責めをふ さぐ」代理者が、その「場所」を占め、その「責任」を担っていた人に代わって、完全に・無期限に 働くとき、彼はその人を「殺してしまう」からである。「代わられた人」は忘れられる、彼は二度と戻 ってこれない、彼の不在は確定する。イエスが行う「代理」は、完全な、確定的なものではない。イ エスは、神の不在の「場所」を仮にふさぎ、われわれがその空白の「場所」を忘れないようにする。 逆に神に向かって、イエスはわれわれの「かけがえなさ」と「忘れられてはならない価値」とをあの 「神の記憶」の中に保存するために、われわれを代理する(われわれの占めるべき場所を確保する)。 「母を無くした子どもを養育する女性は、母の代用品ではない、母代わり=母の代理をつとめ るのである。彼女は、誰かがやらねばならないことを、そしていまの時点では最善のことをやっ ているのだ、ということを知っている。しかし同時にそれが完全な、正しい、真実なものではな い、ということも分かっている。彼女は、母を悼む孤児の心痛を変えてやろうとはするだろうが、 その痛みを麻痺させはしない。彼女は母のイメージをその子の意識から追い払うことはしない、 彼女は忘却に抵抗する。一時的な、条件付きの、不完全な代理というものが行われるためには、 記憶という能力が必要であり、これに対して代替が生じるためには、忘却の力が要る。私に取っ. て代わろうとする者は、私を死んだ者として扱う。」39 ゼレの『代理』は、個人の一回性と「かけがえなさ」を強調した実存主義神学のたんなる延長的展 開ではなく、次のステップへの跳躍板であり、彼女はその後の『政治神学』において、信仰をより社 会意識に目覚めたものに、政治をより人間らしくしようと試みることに進んでゆく。「人間らしく」と. 38 selLLE,励g伽gr如才以喝,S.22. 39 s611e,励e肋er′柁r〟′野S・21・.
関連したドキュメント
に着目すれば︑いま引用した虐殺幻想のような﹁想念の凶悪さ﹂
基本的人権ないし人権とは、それなくしては 人間らしさ (人間の尊厳) が保てないような人間 の基本的ニーズ
に関して言 えば, は つのリー群の組 によって等質空間として表すこと はできないが, つのリー群の組 を用いればクリフォード・クラ イン形
最後に要望ですが、A 会員と B 会員は基本的にニーズが違うと思います。特に B 会 員は学童クラブと言われているところだと思うので、時間は
森 狙仙は猿を描かせれば右に出るものが ないといわれ、当時大人気のアーティス トでした。母猿は滝の姿を見ながら、顔に
ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配
子どもたちは、全5回のプログラムで学習したこと を思い出しながら、 「昔の人は霧ヶ峰に何をしにきてい
荒天の際に係留する場合は、1つのビットに 2 本(可能であれば 3