「不登校について学び・つながる会」の実践(2014年度)
†
川原誠司
*・阿部佳保里
**・稲田若恵
**・原 裕子
**宇都宮大学教育学部
*宇都宮大学卒業生
**Seishi KAWAHARA*, Kahori ABE**, Wakae INADA** and Yuko HARA**: Practice in the Meeting of reflection and relation about school non-attendance
Keywords : school non-attendance, parenting, collaborative meeting
* Faculty of Education,Utsunomiya University ** Graduates of Utsunomiya University
(連絡先:[email protected]) 概要 本実践は,第1筆者が以前の活動母体であった教育学部附属教育実践総合センター教育臨床部門(2013 年度で廃止)で行っていたものの継続的活動である。本会の以前の実践について報告したが(川原,2010), 本年度の実践活動についても同様に報告するものである。会を通して,不登校に対する保護者の困惑や学校 の対応の差,情報の不透明さなどの問題が浮き彫りとなり,また保護者自身の課題も浮き彫りとなり,会を 行う意義とそこでの知見を学校現場に何らか還元していく必要性を感じさせた。 キーワード:不登校,保護者の対応,協働的な会 1.本実践の趣旨 【川原】 (1)本実践に至るまでの経緯と現状 「不登校について学び・つながる会」の名称で実 施している本実践は,2014年度で4回目となる。第 1筆者は,以前に不登校の子どもを対象にした不登 校プログラムを実践していたが(川原,2005など), 参加希望の人数は少なくなっていった。近年は学校 の中でも学校外でも不登校の子どもを受け入れる仕 組み(場所)は漸増し,大学内で行うニーズは強く ないと予想された。 その一方で,保護者は子どもへの関わりかたに悩 んでいることが子ども対象のプログラムの傾からう かがえ,また,個別の教育相談においても保護者の 不登校関係の相談申込は多い。さらに,学校現場で も不登校に関しての対応について困惑する教員が相 応数いることもうかがえた。 したがって,不登校の子どもに対応する大人が集 まり,その対応について考えてもらう機会というも のも,子どもに直接対応することと同じく重要であ ると考えた。現在は組織上の不安定要素が大きいた め,毎年度の安定的な実施は困難だが,協力学生の 助力が得られ,授業や研究等の他の業務とも両立で きる年度には開催するように心がけている。 (2)本実践をおこなうにあたっての留意点 本実践は「学び」「つながる」という両側面を重 要視している。不登校について大人が集まって自分 の不安を打ち明け,同じような立場でのつながりを 作るといったつながりの側面は重要であるし,不登 校やひきこもりでの親側の孤立を防ぐ。本実践にお いてもそのような関係づくり(relation)の要素は 重要視している。 しかし,つながるだけでは,相憐むことに終始し, お互いの状況を互いに正当化し(必死に肯定化しよ うとし),とり得るはずの改善策がとられない危険 性もはらんでいる。セルフヘルプの集団は,感情的 な対処の面からは同じ立場としての大きな効力をも たらす可能性が高いが,集団の方向性によっては問 題解決の点から必ずしも前向きな策を出すわけでは ないこともあるように感じる。そこで,学びという 要素を加えている。ここでの学びというのは,正し い答えを導き出すというようなものではなく,問題 点や個人差をを浮き彫りにすることで,自らのあり 方を振り返ってもらうという内省(refl ection)の 機会を持ってもらうことであり,その中から自分に できる事を見つけてもらうことである。 宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第1号 2015年8月1日
2.実施の詳細 【川原】 (1)本年度の特徴 2014年度は学部内で活動場所の移転問題があり, それについての見通しを立ててからおこないたいと 考えていた。結局見通しが立たないまま10月開始で の計画を立てて募集し,実践を開始した後に,12月 末を目途に活動場所の退去が指示されるという状況 となった。実施側自体が非常に不安定でストレスフ ルな状況であった。 過去の同会の実施では,5月からの月1回開催で 10回を超えるものであったが,本年度については10 月開始の月1回開催の,計6回となった。 本年度に会を開催できたのは,学部授業「カウン セリング実習」を受講した学生スタッフ(本稿の第 2∼4筆者)が3名いたことも大きかった。学生ス タッフ参加は,会の円滑な運営にも,参加者への学 びにも,学生スタッフ自身の成長にも貢献した。 (2)実施日時,実施内容,実施形式 開催内容を表1に掲載した。今回は期間が短く回 数が少ないこともあり,6回分の開催日時を募集時 に明示して,その日程で参加可能であることを応募 条件にした(これまでは,初回のみ日時を決めて, その後は次回予定をその都度決めていた)。 実施内容については,参加者の意見を聞いて企画 した回もあったが,短期間での完結した内容にする ために基本的に第1筆者の方で構成した。 実施にあたっては,事前に簡易な宿題を呈示して 自分の経験や考えについて事前提出してもらった (e-mail上でのやり取り)。それを参加者分まとめて 会の際に呈示して,参加者が共通点と個人差を意識 できるようにした。学ぶ際には,話を講義するだけ でなく,参加者同士の話し合いや学生スタッフを交 えての実習もおこない,多様な形式にした。 なお,第2回のときに新聞社からの取材依頼があ り,参加者に同意をとった上で見学等を許可した (http://www.yomiuri.co.jp/local/tochigi/feature/ CO013131/20150126-OYTAT50000.html〔2015 年 3 月31日時点で記事閲覧可能であることを確認〕)。 3.実施を通して得られた知見 【川原】 (1)短期間での実施の利点と問題点 例年より短期間での実施であったため,継続性を 確保するため6回分の実施日時を示して実施した が,これが参加者のスケジュール確保につながり, 継続率が高くなったように思える。参加者の側も6 回分なら予定が確保しやすかったようにも思える。 その一方で,6回という回数では,参加者同士の 率直さが出てくるにはやや短いという感じを受け た。各回の後に行う学生スタッフと教員とでの振り 返りにおいても,第5回や第6回になって参加者同 士がいろいろな話をしていたことが語られていた。 期間が短く回数が少ないことによって参加しやす さはあるが,関係性の深化は弱くなる。この相反す る要素をどのようにするかは難問と言える。 (2)防衛的な部分へのアプローチ 当初の応募時点で参加を了承した方が12名おり, 第2回目からの参加を了承した方1名を含めて計13 名の登録であった。その中で1回目で参加を取りや めた方が2名,後半欠席が続いた方が1名いた。 1回で取りやめた方は学校関係の方々であった。 会の趣旨を募集のポスターに書いていたにもかかわ らず,また職業的守秘義務については守って話して よいことを初回時にルールとして伝えていたが,課 題をおこなうことや保護者とやり取りすることに抵 抗があったようだ。取りやめの理由についても後ろ ⾲㸯 ᖺᗘࡢࠕⓏᰯࡘ࠸࡚Ꮫࡧ࣭ࡘ࡞ ࡀࡿࠖࡢᴫせ ➨㸯ᅇ㸹 ᖺ ᭶ ᪥㸦ᅵ㸧 㹼 ࢞ࢲࣥࢫ㸦࣮ࣝࣝㄝ᫂㸧㸪⮬ᕫ⤂ ึᅇ5&57 ᐇ ࠝཧຍ⪅ ྡࠞ ➨㸰ᅇ㸹 ᖺ ᭶ ᪥㸦ᅵ㸧 㹼 Ꮫᰯࡢ㛵ಀ ࠝཧຍ⪅ ྡࠞ ➨㸱ᅇ㸹 ᖺ ᭶ ᪥㸦ᅵ㸧 㹼 ぶᏊࡢࢥ࣑ࣗࢽࢣ࣮ࢩࣙࣥ ࠝཧຍ⪅ ྡࠞ ➨㸲ᅇ㸹 ᖺ ᭶ ᪥㸦⚃㸧 㹼 Ⓩᰯࡢ㛵ࢃࡾ᪉ࡽぢ࠼ࡿ⮬ศࡢ❧ࡕ⨨ ࠝཧຍ⪅ ྡࠞ ➨㸳ᅇ㸹 ᖺ ᭶ ᪥㸦ᅵ㸧 㹼 㛵ࢃࡾᚲせ࡞ព㆑㸦࢚ࢦࢢ࣒ࣛⓗព㆑ࣂࣛ ࣥࢫࡢ᳨ウ㸧 ࠝཧຍ⪅ ྡࠞ ➨㸴ᅇ㸹 ᖺ ᭶ ᪥㸦ᅵ㸧 㹼 5&57 ᐇ㸪ឤ⾲ฟᐇ⩦㸪ሗ ࠝཧຍ⪅ ྡࠞ
向きな印象で,「すぐに役立つものが一方的に与え てもらえるつもりだった」という認識のメールを読 むと,専門職としての見識を疑ってしまいたくなる。 不登校について学校教員が正面から取り組んでくれ ないという保護者の苦悩は良く語られるが,このよ うな出来事に遭遇すると「そのときの担当教師次第 でどちらにでも転んでしまう」と暗澹たる気持ちを 抱いてしまう。 会に継続参加された人は前向きに取り組んでいる ように見て取れたが,自分のそれまでのスタイル や見方との 藤に苦慮している方もいて,殻を強く 持っている人もいるようであった。それらの殻にア プローチするには回数的にも難しい部分もあったよ うに思う。ただ,継続して出席できたことを考える と,その殻を保持しておかないと自らを保てない部 分があるかもしれず,その点では1対1の面談と異な る集団の会への参加として仕方のないことかもしれ ない。 (3)具体的な働きかけを通しての気づき 会の中ではできるだけ「気づき」が得られるよう に努めた。学びの際は参加者の苦手な部分にもアプ ローチするよう心がけたが,「だからダメだ」とす るのではなくて,「さて,この状態を自分でどう思 いますか。どうしていきますか」という問いかけに なるように意識した。 それを実感して気づいてもらうために具体的な働 きかけをおこなった。参加者同士での作業や学生ス タッフを子ども役に見立てたコミュニケーション実 習,感情表出練習など,正解を教え込むというので はなくて,うまくいかないことを実感してもらうと いうことを主眼に置いた。参加者はそれらの活動の 中でうまくいかない様子を認識できたようだ。それ らが内省力の進歩につながる場合もあり,ところど ころで語る言葉や,第1筆者宛に個別に送ってくる メールの中にも反映されていることがあった。 気づきからさらに一歩進んで,最終的にはそれら をどのような実行可能な形にしておこなうかという ことが重要だが,それについては発展的に個人的な 治療関係の中で検討したり,その前提での約束をし た上で進めていくことだと感じる(心理的負荷の面 からも)。今回の会の場合には,参加者のその後の 行動に資する気づきとなるという段階に傾注した。 (4)つながりの形成 参加者同士が次第に関係をとり,最終的には会の 終了後にも互いに連絡を取り合おう(お互いの連絡 先を交換しよう)という自発的な動きも出てきた。 抵抗なくやり取りができる関係が生まれてきたとし たら,それはこの会を第一歩として新しい関係がで きたことになると言えよう。 この出来事に際して,連絡先記入については任意 であり強制はできないこと,筆者の手元にある個人 情報は提供できないことなど,留意点については第 1筆者より伝えてあることを申し添えておく。 4.参加学生の実践的学びへの貢献 【阿部・稲田・原】 第2∼4筆者までは,学生スタッフとして会に参 加していた。筆者らにとっては通常授業では経験で きない実践活動で,学ぶことも多かった。この会か ら学んだことをいくつかの視点でまとめる。 (1)不登校という状態の認識の深化と多様化 これまでは「不登校」というだけでステレオタイ プな認識を持っていたかもしれない。「不登校」の 印象は否定的な部分が大きく,自分自身にはあまり 関係のないことだから分からないと短絡的に思って いた傾向もあったように思う。 しかし,会の中でのやり取りを見ていると,不登 校の子どもとその子に関わる親というもののイメー ジが共通点で明瞭に集約される部分がありつつも, 詳細についてはそれぞれのケースは異なっており, 一概に何が良くて何が悪いというものは無いように 感じられた。子どもにはそれぞれの思いがあり,そ の子の親も各々異なる特徴を持っており,安易にひ とくくりにすることは危険であると痛感した。 不登校の子どもや家族が抱える問題は,時間の経 過とともにより複雑で根深いものになってしまい, 改善の切り口や目指す状況や目標が分からなくなっ てきてしまう難しさがあるように思った。ある参加 者の方が,「不登校の子に対して,どうしたらいい というマニュアルがあれば不登校なんてなくなって いる。一人ひとり違っていて,正解がないから難し い」と語っていたのが自分の中に重く残っている。 (2)実習等から気づく親子関係の難しさ 不登校という状況の課題や不安は,子どもと学校 との関係のみにとどまらず,親子の関係にも多大に
影響するということを実感した。学校との関係を解 決することと同時に(あるいはそれよりも),普段 の親子の会話や,再登校や進路に関する親としての 働きかけなど,家庭内での関わり方について参加者 の多くが悩んでいたことが印象的であった。 コミュニケーションについてのロールプレイを 行ったときに,筆者らは子ども役を担当したが,そ のときに「優しく接しているようだけれど全然話を 聞いてくれてない」と感じる話しかけられ方もあり, この感じだと子どもがつらくなるだろうと考えるこ ともあった。また,表情の実習をしたときには,楽 しい表情を作ろうとしているが目は笑っていないよ うに見えてしまうことや,逆に不満で怒っている表 情を作ろうとしているものの,どうも不満な感じが 伝わってこないことなどがあった。学生の立場なの で尻込みしてしまった面もあり,もっと率直に指摘 できればよかったかもしれないが,自分が今回の参 加者の子どもだったらと考えたときに思いを馳せる ことはいろいろあった。 また,表出することだけでなく「聴く」というこ との難しさも痛感した。ロールプレイの子ども役と して,自己否定的な(しかし本心とは少しずれた) 感情をこめて親役にぶつけたが,親役の参加者の 中には「そんなことない」というような励ましや慰 めを意図した打ち消しの言葉をずっと返すような人 もいた。気持ちが救われる部分もあるが,こちらの 落ち込んだ気持ちがどのようなものなのかをしっか り向き合ってくれる感じがあまりせず,「もういい」 という思いにすらなった瞬間があった。その一方, グループの他の方々は,一生懸命励ます様子を「す ごい」「子ども思い」などと褒めていた。 そこから見えてきたのは,子どもを思いやってい るとして行う親の対応と,子どもが求める親の対応 との間にずれがある危険性であった。不登校に対応 していく中で,親が必死になっているのにこのよう なずれで子どもに伝わっていかないとしたら,その 苦悩はなかなか解消されないのではと危惧した。 (3)自分自身の課題としての展開 会自体の活動は参加した方々の学びが主眼であっ たが,それらの活動を通して,筆者らのあり方につ いても考えさせられることが多かった。 前節で「聴くこと」の難しさを述べたが,筆者ら の聴き方の癖にもなっていることを感じた。相手の ネガティブな気持ちに対して励ましや良いことを言 おうとしてしまう姿勢は,相手にとっては聴いても らえている感じがしないということに気づいた。あ る発言には,様々な感情が含まれており,なぜ相手 はそのように言ったのかについて知ろうとすること で,トラブルが回避できると感じた。同じような意 味の言葉でも不安になったり嬉しくなったりと異な る感情を持つ経験を思い出し,相手の言葉を知ろう とする姿勢が大切だと感じた。 また,表出においても考えることがあった。表情 について取り上げた回で,「心地よい」や「興味深い」 などの表出課題において参加者の多くの表情がとて も硬く感じられたことは既に述べたが,しかし,そ の懸念は筆者ら自身の出し方にも符号すると実感し た。「目は口ほどに物を言う」はまさにこのことで あり,人に安心感を与えるのも不安を与えるのも表 情が重要であることを深く感じた。 スタッフとして,しかし専門職でもない学生とい う思いで参加することには,様々な戸惑いや迷い があった。会での実際の会話では詳しく話を聴けな かったり,他の話に移ってしまったり,うまくいか ないと感じることも多かった。自分が発する一つひ とつの言葉が失礼にならないか,逸脱していないか など不安に感じることも多かった。また,参加者と 同じ立場ではない筆者らに話してもよいと思っても らうためには,どのような姿勢で臨めばいいのかと 悩んだ。 「∼ですよね」と自分の感じたことを時々押し付 けるような言い方をしたり,どうしても先入観を 持って話を聞いてしまうこともあったことは反省点 である。 やはりファシリテーターとしての役回りはまだ難 しく,参加者には筆者らの未熟さを申し訳なく思う ところがある。そのような時でももっとまっさらな 気持ちで話を聴くことのできる姿勢や力,話を丁寧 に掘り下げる力は,社会生活でも必要になってくる ことでもあると推測できるので,今後より意識して いきたい。 5.今後の課題 【川原】 (1)活動場所の再構築 2.の(1)において活動場所が不安定になった ことを述べたが,移動先の活動環境について従前の ように整えることはできなかった(学部単位での配
慮はなかった)。机や椅子もない状態からの再スター トとなっている。 教育臨床心理に関する意識は,流行り廃りの中で 浮き沈みが激しく,現在は他の流行りの中で本学部 の中では見る影もないように思う。「問題が起きた 時だけ慌てて実施していたように見せかけたり,目 新しい対策を立てたりする」というのは,特にここ ろの問題の時には大きいと危惧している。 さらに,専門的に関われる学内資源の間でも臨床 的な活動については温度差がある現実もある。組織 的に活動を構築する術や資源は今の第1筆者にはな く,可能な活動を地道に継続しながら,上層部の理 解や配慮を待っている状態である。 (2)保護者への具体的働きかけの機会提供 今回の会での実習の様子を見ても,具体的なポイ ントについて気づいてもらうことは重要であること が分かる。しかし,現実の子どもの不登校への保護 者の対応として,学校にしても専門家にしても「温 かい目で見守る」「長い目で見守る」というような 曖昧な言い方が往々にしてある。発生時当初の拙速 な対応に留意するという点では有意義な可能性があ るとしても,長期化して現実生活の適応課題を逃し 続けるようになった場合には非常に危険なスローガ ンともなる。 その意味では保護者に継続的に啓発していくこと も重要であろう。ただし,マニュアル的な伝達では 実感を伴わないので,自らの状況を内省するのを支 えることと具体的に働きかけ方を伝えることとのバ ランスを保持できるような機会にしていく必要があ るだろう。 (3)学習・進路についての意識涵養と情報提供 特に中学生年齢以上の保護者の意識として,子ど もの進路(ひいては学習状態)について心配する声 が多かった。このことは以前に実施した会において も挙げられていた話題であった。現在は以前に比べ て不登校の子どもの進路の選択肢が多様にあるがゆ えに,学校側も進路のことを子どもに明確に確認し ていくことよりも,触れずに先延ばしにして,ギリ ギリの段階になって限られた候補のみを選ばざるを 得ないという状況も出てきたように感じられる。 前節で挙げた現実生活の適応課題という点でいえ ば,子どもの学習・進路の問題は最たるものといえ るが,教育相談の際の保護者の話を聴くと現実的に は遠ざけられていることも多い。「下手に無理強い しない」という配慮かもしれないが,重要なことか ら目を逸らして,問題を深淵化している恐れが大き いように思える。 進路の問題については に様々な見解が流れてい るので非常に難しいが,「……児童生徒の将来的な 社会的自立に向けて支援することであること。した がって,不登校を『心の問題』としてのみとらえる のではなく,『進路の問題』としてとらえ……」(文 部科学省「不登校への対応の在り方について」平成 15年)という視点に立ち,今後の成長のために支援 していく姿勢を意識していく必要がある。 (4)学校教員の啓発と意識涵養 学校教員全体に一般化するわけではないが,今回 の取りやめ事例や第1筆者がおこなってきた教育相 談で見聞きする学校教員の態度からは,学校教員の 不登校への意識というのは温度差が大きいという印 象がある。こころの様子へのアプローチについては, 筆者が担当する教員免許状更新講習での受講生の様 子を見ていても,個人差が大きいと痛感する。 他にも多くの生徒がいて,学級経営する教師から すると不登校への子どもの対応は敬遠されがちな印 象は拭えないし,そこのみにエネルギーを注げない のも現実である。しかし,すべての対応を教師個人 や学校に負わせるということではなく,子どものた めに学校教員,担任教員だから今ここでできること を学校関係者に認識してもらう必要はあるだろう。 引用文献 川原誠司 (2005). 不登校の子どもを対象としたプ ログラムの経緯と課題――4年間の取り組み から見えてきたもの―― 宇都宮大学教育学 部教育実践総合センター紀要,28,35-46. 川原誠司 (2010). 不登校に関する協働的な会の運 営の成果と課題 宇都宮大学教育学部教育実 践総合センター紀要,33,1-8. (2015年 3月31日 受理)