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知識処理に基づく問題解決と学習支援システム(<特集>学習科学と学習工学のフロンティア-私の"学習"研究-(後編))

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477 知識処理に基づく問題解決と学習支援システム

1.は じ め に

本稿では学習支援システムになぜ知識処理が必要と考 えられてきたか,また今後より先進的な学習支援システ ムを開発するために,知識処理技術のどのような側面の 発展が必要と考えられるかについて著者らがこれまでに 開発したシステムを紹介しつつ論ずる.

2.基 礎 的 議 論

2・1 問題解決過程の学習と知識処理 近年,多くの教育機関で LMS(Learning Manage-ment System)の普及が進み,それに伴って CBT(Com-puter Based Testing)が広く活用されるようになってい る.CBT は従来の紙ベースの試験に比べ,教員の立場 からは採点や得点集計の労力を低減でき,結果の分析も 行いやすいという利点がある.また学習者の立場からも 評価が即時にフィードバックされること,受験の場所や 時間を選ばないことなど,利点が多い.しかしながら現 在普及している多くの LMS が提供する CBT では,採 点はあらかじめ正解を用意してそれと突き合わせること で行われており,回答形式は選択式や単語穴埋め形式な ど単純なものに限られる. そのため,CBT は単一の知識を問うテストとは相性 が良いが,複数の知識を組み合わせて行う問題解決の能 力を測るテストでは診断能力に限界が出てくる.なぜな らこの種のテストで学習者の理解状態を診断するために は,最終的な解答だけでなく問題解決過程(途中解や使 用した知識,計算過程など)を評価する必要があり,上 述のような単純な回答形式に馴染みにくいからである. 以上の問題点に対する一つの解は,1980 年代から盛 んに研究された ITS(Intelligent Tutoring System)の 枠組みである [Sleeman 82].ITS ではシステムが知識 ベースと推論エンジンをもち,これを用いて問題を解く ことができる.すなわち問題解決過程を生成できるため, これを学習者に記述させた問題解決過程と突き合わせて 評価し,そこに含まれる誤りの原因を診断できる. ただし,ITS における知識ベース・推論エンジンには, 人間の思考過程を模したものでなければならないという 制約がある.例えば,機械学習によって獲得されるよう な,問題解決に有用であるが人間の思考過程とは対応し ない知識を用いて問題を解いても,学習者の問題解決過 程と突き合わせることができない.すなわち ITS を構築 するには,対象世界に対する認知モデルを開発し,この モデルに基づいて知識表現や推論エンジンを設計する必 要がある. 問題解決過程を評価できる著名なシステムに力学演習 システム Andes [VanLehn 05] がある.学習者は問題(図 1左ウィンドウの上の文および斜面の図)に対し,解答 として変数定義・方程式および力の方向ベクトルを定義 する図(同左ウィンドウ左下)を入力できる.システム は入力された答案を評価し,正しい部分は緑色に,誤っ ている部分は赤く表示することで学習者へのフィード バックを与える. 以上のように,問題解決過程を対象とする CBT を実 現するには,認知モデルに基づく知識処理が有用である.

知識処理に基づく問題解決と学習支援システム

Educational Systems Based on Knowledge Based Problem Solving Systems

小西 達裕

静岡大学情報学部

Tatsuhiro Konishi Faculty of Informatics, ShizuokaUniversity.

[email protected], https://risky.cs.inf.shizuoka.ac.jp/

Keywords:

educational systems, problem solving, ITS, related problem generation, teachable agent. 「学習科学と学習工学のフロンティア─私の“学習”研究─(後編)」

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478 人 工 知 能  30 巻 4 号(2015 年 7 月) 2・2 知的問題演習システム IPSS

ここまでに述べた ITS の基本的枠組みを応用して,著 者らは高校化学の計算問題を対象とする問題演習システ ム IPSS(Intelligent Practice Supporting System)を 開発している [Konishi 10].IPSS は以下の機能をもつ. (1)化学現象のモデルと化学反応に関する計算問題 の計算過程のモデルに基づいて設計された知識ベー ス・推論エンジンを用いて演習問題を解く. (2)学習者による問題解決過程の記述を入力させ,(1) で生成した問題解決過程および解と突き合わせて評 価する.問題解決過程の入力にはテンプレートを用 いる. (3)学習者の行詰まりの解消を支援する. (4)問題解決過程,演習のテーマ,答案の書き方に関 する学習者のリフレクションを支援する. (1)の化学現象モデルと計算過程モデルの例を図 2に示す.化学現象モデル(CWM:Chemical World Model)は化学反応の状態間の関係をプロダクション ルールで記述したものである.高校化学ではほとんどの 場合化学現象を初期状態・そこから生じる化学変化・終 了状態の関係として離散的に捉えれば十分であるため, ルールベースシステムの枠組みで比較的簡便に認知モ デルを記述できる.計算過程モデル(PSPM:Problem Solving Process Model)は問題解決過程で扱う数量概念 とそれらを関係付ける計算式を木構造で記述したもので ある.IPSS は問題を与えられると,その問題中で生起 する化学現象を化学現象モデル上でシミュレートし,そ の結果から数量関係式を抽出し,それを用いて解を計算 する [Ishima 06]. (2)では問題中で生起する化学現象,成立する数量 関係式,それを用いた計算過程など問題解決過程の表現 に必要なテンプレートを学習者に与え,これらを用いて 答案を入力させる.テンプレート選択インタフェースを 図 3 に,テンプレートの例を図 4 に示す.また「4.4 g のプロパンが燃焼する現象において,生成する水の質量 は何グラムか」という問題に対する答案の入力例を図 5 に示す. (3)では学習者の答案を評価し,方針の誤り(適切な 種類のテンプレートを選択できていない)と知識の不足 (テンプレートに入力する内容に不備がある)に分類し, それぞれに応じたヒントを提示する.このように,シス テムが問題解決の過程を評価・診断できることは,CBT により単に学習者の理解度を測るだけでなく,理解不足 な点を即時に治療できることを意味する. (4)では蓄積された過去の診断結果を一覧表示し,学 習者が過去に誤った点を概観させる.また過去の答案は すべて記録されており,解けなかった問題の行詰まり状 況にいつでも立ち戻って問題解決をやり直すことができ る. 図 2 化学現象モデル(CWM)と計算過程モデル(PSPM) ([Konishi 10] より) 図 5 答案の入力例 図 3 テンプレート選択インタフェース 図 4 解答テンプレートの例(計算式テンプレート)

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479 知識処理に基づく問題解決と学習支援システム

3.発 展 的 議 論

ここまで,学習支援システムにおける知識処理に基づ く問題解決能力の有用性を,学習者の問題解決過程の診 断という観点から論じてきた.しかしながら,知識処理 に基づく問題解決システムの学習支援への応用にはまだ 数多くの可能性がある.著者らは IPSS の研究の発展と して,知識処理を前提に可能になる学習支援についてい くつか検討してきた.以下にそれらを紹介する. 3・1 類題の自動生成 ある問題にその類題を組み合わせた問題演習(類題演 習)では,問題間の共通点・相違点に着目させることに より問題の学習テーマを強調する効果が期待できる.し かしこの目的にかなう良い類題の作成は教師にとっても 一定の労力を要する.著者らは,元問題を入力し,期待 する学習効果のタイプ(後述)・強調して学習させたい 知識(以下,学習対象知識)を指定すると,その効果を もつ類題を生成するシステムを構築した [Noguchi 15]. 元問題から,用いる知識やその適用方法の共通点・相 違点を学習者に適切に意識させる類題を生成するために は,元問題の問題解決過程でどのような知識をどう用い るかを把握しなければならない.よってシステムは,単 純に問題の表層だけを見るのではなく,元問題の問題解 決過程を把握し,これに変形や概念の置換えなどの処 理を施して類題を生成する必要がある.我々は前出の [Ishima 06]で開発した問題解決機構を利用し,これが出 力した元問題の問題解決過程を,類題タイプに応じた変 形手続きにより変形して類題を生成する手法を開発した. 本研究では類題演習に期待できる学習効果を以下の 8 タイプに分類している. ① ある知識を繰り返し利用させ知識の定着を促す. ② 学習済みの知識を異なる方法で利用する問題によ り,その知識への応用力を高める. ③ ある知識が適用できる状況,できない状況の問題 を与えてその知識の適用条件を学ばせる. ④ ある概念クラスに属する概念,属さない概念を含 む問題を与えて,問題解決プロセスの差異からその 概念クラスの定義を学習させる. ⑤ 過去に間違えた知識を用いる問題により,その知 識を正しく理解したかを確認させる. ⑥ 問題を簡単にして自力での問題解決を支援する. ⑦ 問題を複雑にすることで知識の応用力を高める. ⑧ ある概念に関連するさまざまな知識を用いる問題 群を与えて,その概念を総合的に理解させる. 以上の各タイプの類題毎に類題生成手続きを開発し た.本稿では紙数の関係上③,④についてのみ述べる. ③は学習対象知識が適用[できる・できない]状況を 初期条件とする問題解決過程を構成すればよい.学習対 象知識が現象の因果関係の知識であれば初期条件に含ま れる物質を変更して着目した現象が[起こる・起こらな い]状況をつくる.学習対象知識が数量間の関係の知識 である場合には,その知識の適用条件により処理が異な る.特定の現象が生起することが適用条件であれば,そ の現象が元問題と同様に[起こる・起こらない]初期条 件に変更する.特定の物質が存在することが適用条件で あれば,元問題の問題解決過程に現れる物質を,適用条 件を[満たす・満たさない]別の物質に変更する.物質 の変更はランダムに行うのではなく,適用条件の境界を 学習しやすいように,適用条件である概念クラスの一つ 上位のクラスに含まれる概念を選択するなどの工夫をし ている(例:適用条件が「弱酸」であるとき,一つ上位 のクラス「酸」に含まれ,かつ弱酸でない概念を選択する). ④では元問題の問題解決過程で,ある物質概念が存在 することを適用条件とする知識が使われていることが前 提となる.元問題の初期状態に存在する物質概念を,そ の適用条件を満たさない物質概念に置換える. 問題文の生成は,問題の種類ごとに問題文のテンプ レートを用意し,変更した問題解決プロセスから情報を 取り出し,テンプレートに当てはめて行う. 著者らはこの類題生成機構を IPSS に組み込み,利用 者の求めに応じて類題演習を行う機能も開発している. 3・2 Learning by Teaching の支援 Learning by Teachingの学習効果に着目して,学習

能力をもつエージェント(Teachable Agent.以下 TA) に学習者が教えることを通じて学ぶシステムがいくつ か構築されている(SimStudent [Matsuda 13],betty’s brain [Leelawong 08] など).著者らもこの種のシステ ムについて検討し,高校化学の系統分析課題を対象とし てプロトタイプシステムを構築した [本多 15]. Learning by Teachingはさまざまな学習効果をもつ が,著者らは以下の点に着目した.学習者が TA への教 育のために TA の誤り原因を推定する際,「誤った知識 を使っている」,「問題解決戦略が間違っている」などの 仮説を立てるために TA が用いた化学知識や戦略を想起 する必要がある.この過程で,学習者自身が問題を解く 演習では起こりにくい以下のような思考が促進されると 考えられる. ① 自身の用いた知識と周辺知識との関連付け:学習 者は TA の誤り推定のために自分の問題解決過程と TAの問題解決過程の差分を想起する.これは学習 者に自身が用いた知識と,TA が用いた知識との関 連付けを学ばせるきっかけになる.本稿では後者の 知識を前者の知識の周辺知識と呼ぶ.例えば金属イ オンの系統分析において,学習者が Cu2+を分離す る問題で「H2Sを加えると沈殿する物質」の知識を 用いたとする.このとき TA が Cu2+を「H 2Sを加 えても酸性では沈殿しない物質」と誤認したために 誤ったとする.学習者はこの誤り原因を推定する過

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480 人 工 知 能  30 巻 4 号(2015 年 7 月) 程で,H2Sによる沈殿生成の知識の周辺知識として, 液性を考慮した例外条件をもつ知識を意識すると期 待できる. ② 問題解決戦略を意識させメタ認知を活性化:学習 者は一般に,問題解決の際に戦略を陽に意識しない ことが多い.問題解決戦略はメタ認知的知識の一種 であり,それを意識することはメタ認知の活性化に つながる.メタ認知の活性化により問題解決能力の 向上が見込める.本システムでは学習者が TA の用 いた問題解決戦略を推定する過程で,問題解決戦略 を陽に意識することが期待できる. しかし標準的な学力の高校生を想定したとき,TA の 誤りを推定するタスクは難易度が高く,独力では行き詰 まる可能性を考慮する必要がある.そこで著者らは,シ ステム内に教師役のエージェントを設置することにし た.学習者はこの教師エージェントに助言を受けながら TAへの指導を行う.教師エージェントは学習者に対し, 周辺知識や問題解決戦略を意識させ,誤り推定の行詰ま り解消のための助言をする. このようなシステムを開発するにあたってはエージェ ントと学習者の対話戦略を中心にさまざまな機能の実現 が必要となるが,本稿の主題である知識処理に基づく問 題解決との関連が深い二つの機能について述べる. (a)問題解決戦略を陽に用いる問題解決エンジン TAは誤答生成のために,教師エージェントは TA の 誤り原因を推定する能力を実現するための基礎として, それぞれ系統分析に関する問題解決器をもつ必要があ る.ここで問題解決戦略の誤りを取り扱うために,この 問題解決器は化学知識だけでなく問題解決戦略を陽に用 いて問題解決を行う必要がある.問題解決戦略は適用条 件と問題解決手続きからなり,適用条件には問題の種類・ 問題解決状況に加えて,その戦略を使用するために TA がもたねばならない前提知識を記述しておく.これによ り,例えばイオン化傾向という概念自体をもたないため にそれにまつわる戦略を思い付けない TA を表現する. (b)擬似学習者エージェントの誤り原因の推測機能 教師エージェントは学習者への助言のために TA の誤 り原因(知識の不足や誤解など)を TA の誤答から論理 的に推測する能力をもつ必要がある.誤り推測のために 教師エージェントは自身の問題解決器の解答と TA の誤 答の差分を取る.その差分や学習者と TA の質疑応答の 結果を条件とした誤り推定ルールを適用して誤り推測を 行い,適用したルールを誤り推測の根拠として提示する. 以上のように Learning by Teaching 環境を構築する うえでも,知識処理に基づく問題解決能力は重要な役割 をもつ.

4.む  す  び

今回の執筆にあたり編集委員の皆様から,著者にとっ ての“学習”研究の面白さを紹介しては,というご助言 をいただいた.「教師は対象教科について理解している から教育活動を行うことができる」という素朴な観点に 立てば,本稿で述べたような種々の教育活動を行えるシ ステムを開発するというテーマは,人工知能技術によっ て人間の「理解」がもついくつかの側面を明らかにする という,非常に興味深いものであるといえるのではない だろうか.

◇ 参 考 文 献 ◇

[本多 15] 本多信太郎,小西達裕,伊東幸宏:エージェントに対す るティーチングアシスタント活動に基づく学習支援環境の構築, 信学技報,Vol. 114, No. 441, ET2014-73, pp. 5-10(2015) [Ishima 06] Ishima, N., Ueda, T., Konishi, T. and Itoh,Y.:

Developing a practical domain knowledge base and problem solving system for intelligent educational system of high school chemistry, Proc. ICCE2006, pp. 115-118(2006) [Konishi 10] Konishi, T.,Okada, Y., Iizuka, D. and Itoh,Y.:

Development of an intelligent practice supporting system for high school chemistry, Proc. ICCE2010, pp. 66-70(2010) [Leelawong 08] Leelawong, K. and Biswas, G.: Designing

learning by teaching systems: The betty’s brain system, Int. J.

Artificial Intelligence in Education, pp.181-208(2008) [Matsuda 13] Matsuda, N., Yarzebinski, E., Keiser, V., Raizada,

R., Stylianides, G. J. and Koedinger, K. R.: Studying the effect of competitive game show in a learning by teaching environment, Int. J. Artificial Intelligence in Education, Vol. 23, Issue. 1-4, pp. 1-21(2013)

[Noguchi 15] Noguchi, Y., Kogure, S., Konishi, T. and Itoh, Y.: Practice supporting system with related problem set generator based on targeted educational effects, Research and Practice

in Technology Enhanced Learning(RPTEL) Special Issue

on Modeling, Management and Generation of Problems/ Questions in Technology-Enhanced Learning(2015)(in press)

[Sleeman 82] Sleeman, D. and Brown, J. S.: Intelligent Tutoring

Systems, Academic Press(1982)

[VanLehn 05] VanLehn, K., Lynch, C., Schulze, K., Shapiro, J., Shelby, R., Taylor, L., Treacy, D., Weinstein, A. and Wintersgill, M.: The andes physics tutoring system: Five years of evaluations, Proc. 12th Int. Conf. on Artificial Intelligence in

Education, pp. 678-685(2005) 2015年 6 月 9 日 受理

著 者 紹 介

小西 達裕(正会員) 1992年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課 程修了.1991 年早稲田大学理工学部情報学科助手. 1992年静岡大学工学部情報知識工学科助手.現在, 同大学情報学部情報科学科教授.知的教育システム, 知的対話システムなどに興味をもつ.博士(工学). 電子情報通信学会,情報処理学会,教育システム情 報学会,日本教育工学会,日本認知科学会各会員.

図 1 Andes([VanLehn 05] より)

参照

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