拡張現実型学習支援システムにおける学習過程の検討
User's Learning Process using AR-based Learning Support System
岡本勝
1松原行宏
1Masaru Okamoto
1, and Yukihiro Matsubara
11
広島市立大学大学院情報科学研究科
1
Graduate School of Information Sciences, Hiroshima City University
Abstract: Before now, we proposed AR-based inorganic chemistry learning support system. In this
system, markers are utilized as control interface to perform experiments in virtual environment. By using this system, it is shown that learners can acquire knowledge about inorganic chemistry reactions. In this paper, we performed additional experimental verification. It is confirmed that there are there learning process pattern for chemistry reaction learning from virtual experiment. And we also explained characteristics of learners using this system.
はじめに
高等学校における化学では,実験を通じて物質の 構造や性質,反応を調べることにより物質の特徴を 理解し,物質に関する原理や法則性を見いだすこと は重要とされている[1].そのため,授業時間外にお いても実験を通じて学習を行うことは重要である. 化学の学習における実験を通じた学習内容として, 主に実験器具や試薬の利用方法,実験方法や手順, 実験の反応などが挙げられる.実験の反応は,化学 の教科書[2]に記載されている沈殿反応だけでも多 くのパターンがあり,授業時間内の実験のみで全て の反応を確認することは不可能である.従って,実 験を通じて全ての実験の反応パターンについて学習 するためには,授業時間外でも学習を行う必要があ る.また,中学,高校および大学の授業で行われる 化学実験においても実験試薬による中毒事故や薬傷, 火器を用いることによる火傷などの危険性も指摘さ れており,教員らの監督のない状態で実験器具を用 いた学習を行うことは安全上不可能であると考えら れる[3]. これまでに,我々の研究グループでは,様々な試 薬を用いた実験が可能な仮想的な無機化学学習支援 システムを提案してきた[4].システムでは,マーカ に実験器具の CG を拡張表示し,マーカ操作によっ て変化する物質の色や状態などを再現できる仮想環 境を構築した.このシステムでは,高等学校で用い られている教科書[2]や高校生向け参考書[6]-[8]の調 査をもとに,無機化学に関する反応の中で特に沈殿 物や炎色反応など視覚的な知識を観察して学習する 必要のある実験を対象とした.実験により反応が確 認できる環境を構築するために,実験器具などの対 象物を代用したマーカに対して AR を用いて仮想環 境を構築し,学習者は,構築した仮想環境でマーカ 操作を行うことで無機化学の定性分析実験が行え, 反応を確認できる.マーカを用いた仮想環境内での 器具操作や試薬投入を実現するために,マーカ間の 距離が小さくなった場合に器具への試薬の投入や実 験器具同士のインタラクションを実現するアルゴリ ズムを実装し,仮想環境内の CG を発生したインタ ラクションに応じて更新することによって様々な化 学反応実験を仮想的に実行できる.さらに,仮想環 境上に無機化学反応に関する設問を提示し,その設 問に解答するための実験を学習者に実行させること で,目的を持って実験を行わせることが可能となり, 設問への正誤判定を行い学習者にフィードバックす ることによって,誤った実験結果をもとに学習者が 間違った知識を獲得する危険性を低減できる.また, 学習における設問提示方法について自動的な決定を 目的として,学習者の仮想実験実行状況をもとに次 の学習で提示する設問を確率的に決定する手法も提 案してきた[5].一方で,本システムを用いた学習可 能性の検証は行ってきたが,学習者がどのように知 識を獲得していくかについては確認されていない. そこで本稿では,AR 型無機化学学習支援システ ムを用いた学習における学習過程を検証した. 文献[4]と同様の本システムを用いた知識獲得に おいて,学習者の学習状況に対応するペーパーテス トの結果と学習者に対して行ったヒアリング結果と の関連性をもとに,仮想実験からどのように学習を 人工知能学会研究会資料 SIG-ALST-B402-01 − 1 −進めていくか確認していく.
AR 型無機化学学習支援システム[4]
図 1 に AR 型無機化学学習支援システムの外観を 示す.学習者は図中のマーカを操作することで実験 を進める.本システムは,入出力インタフェースと 仮想環境から構成される. 入出力インタフェースはディスプレイ,マーカ, USB カメラから構成される.ディスプレイにはシス テムで構築する仮想環境を提示する.図 2 に仮想環 境での実験事項例を示す.仮想環境内には,無機化 学の化学反応に関する設問,仮想実験の進行状況, 学習者の解答に対する正誤判定を提示する.学習者 はこれらの提示を見ながら演習を進めていく. Display USB camera Marker 図 1:システム外観 Question Result of experiment Correct/incorrect determination Marker to answer 図 2:仮想環境例 本システムで用いるマーカは,加藤らが開発した ARToolKit [9]で認識を行うため,黒枠内に文字など をデザインした構造となる.また,マーカは実験器 具や試薬などの代用や演習の解答を行う入力インタ フェースとして扱う.マーカを入力インタフェース として扱うことで学習者が対象物を直接操作でき, 試行錯誤が容易な環境が構築できると考えられる. ディスプレイに提示された設問に対し,実験器具や 解答マーカを操作することで仮想実験や演習の解答 を行う. USB カメラは,仮想実験の操作や演習の解答のた めに学習者が行うマーカ操作を撮影する.撮影した カメラ映像から,各マーカの種類,位置座標を取得 し,図 2 に示す仮想環境の構築に利用する. 仮想環境は設問提示部,入力情報解釈部,仮想実 験状況再現部,正誤判定部から構築される. 設問提示部では,実験の反応に関する設問をディ スプレイに提示する.設問を提示することで,学習 者は学習課題の目的となる実験を与える.Platinum Wire
Beaker
Burner
図 3:CG 拡張表示例 次に,入力情報解釈部では,USB カメラで撮影し た映像から映像内のマーカを探索し,認識する.図 3 に実験器具マーカの拡張表示例を示す.例えば白 金線,バーナ,ビーカに対応する三種類のマーカが 認識されると,図のように仮想実験状況が図 1 のデ ィスプレイに提示される.最後に正誤判定部では, 仮想実験によって生じた実験結果が設問の正答に対 応しているか判定し,正誤判定結果をディスプレイ に提示する.正誤判定結果を提示することで,目的 の実験に対して実験結果が正しく得られているかを 学習者にフィードバックできる.学習過程検証実験と考察
提案システムを用いた学習過程を通じて,被験者 の学習過程の検証を行う.本評価実験の学習課題は, 無機化学の教科書[2]に記載された実験で最も反応 パターンの数が多い沈殿反応とする.被験者は,大 学生,大学院生 4 名とし,被験者には実験前に操作 方法について説明し,操作練習を行わせた.被験者 − 2 −に学習課題として与える沈殿反応に関する 35 問は, 1 問目から順に設問番号 1 から 35 と対応することと し,以下で実験手順について述べる. (1) 各被験者は,沈殿反応に関する設問番号 1 から 7 について演習を行う. (2) 前演習の翌日から 4 日後までに,これまでに演 習した沈殿反応に関する全設問を紙上テスト として実施する.なお,演習回数 e とし,e 回 目に行ったテストの設問数を S(e)とする.また, 実施したテストの不正解数を F(e)とする. (3) テスト直後,F(e)が 7 より小さい場合は,テス トで不正解だった設問と設問番号 S(e)+1 から S(e)+7-F(e)の設問について演習する.また,F(e) が 7 と等しい場合は,不正解の設問 7 問につい て演習する.さらに,F(e)が 7 より大きい場合 は,不正解の設問から,設問番号が小さい順か ら数えた 7 問について演習する. 以上のように学習者は,まず(1)を行い,その後は (2), (3)を繰り返すことで学習課題の 35 問について学 習を進めた.なお,2 回目以降の紙上テストにおい て前テストで正解した設問も提示する理由は,正解 した設問内容を忘れる可能性があるためである.各 回の実験終了後に,被験者に対してヒアリングを実 施し,学習上どのように反応パターンを覚えている か,どのような点が難しいか,学習上の工夫点など を確認する.また,各テスト後に被験者に対して正 答数の変化のみ伝え,個々の問題の正誤については 伝えていない. 図 4, 5, 6 に被験者の設問正解数の推移を示す.被 験者の学習傾向として文献[4]での実験結果も含め て(合計 8 名),大きく分けて三種類の傾向が確認で きたため,代表的な傾向を各図に示す.図から,設 問正解数が減少している部分もあるが,テスト出題 設問数と設問正解数がテスト回数とともに増加して いることが分かる.従って,仮想実験を通じた演習 を繰り返し行うことにより,学習を進められること を確認できる.また,全ての傾向において演習を行 った沈殿反応に関する 35 問の設問全てに正解でき た.本実験では実験期間に被験者に対してヒアリン グを行いながら実験を進めたが,文献[4]とほぼ同様 な学習傾向となったため,ヒアリングの影響は小さ いものと考えられる. 図 4 の学習過程では,学習が進めていく中で何度 か正答数が大きく低下していることが確認できる. このような傾向のある被験者にヒアリングを行った ところ,学習時には反応パターンをそのまま覚えよ うとしていたが,反応パターン数が増加するにつれ て限界があるかと考え,反応パターンのルールを構 築しながら学習を進めていく方法に変更したと述べ ている.その際に今まで覚えた知識をうまくルール 化できず正答数が低下したのではないかとも述べて いる.また 8 回目の学習以降のように成績の伸びが 大きく変化している部分が見られる被験者が多かっ たが,このような状況については設問数が増えてい くにつれてルールが鮮明になってきたことが要因で はないかと述べている.そのため,学習においてル ール化が明確になりやすい順番での問題提示やルー ル化の過程に基づく提示問題の変更などを考慮する 必要があると考えられる. 次に,異なるアプローチで学習を進めた被験者の 学習過程例を図 5 に示す.この被験者は図 4 の被験 者のようにルール化して学習を進めることは行わず, 試薬と反応の結果をそのまま暗記する形で学習を進 めていた.学習過程全体を通じて正答数の増減に大 きな変化は見られないが,他のアプローチで学習を 進める被験者と比較して全反応に関して正答となる までの期間が長い点が見られる.また,このような 傾向のある被験者では,事前のヒアリングで化学の 勉強があまり好きではないという回答が得られてい る. テスト回数 正答数 0 5 10 15 20 25 30 35 1 3 5 7 9 11 13 図 4:学習過程例 1 0 5 10 15 20 25 30 35 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 テスト回数 正答数 図 5:学習過程例 2 最後に,上記とは異なる学習過程例を図 6 に示す. このような学習傾向のある被験者の特徴として,ル − 3 −
ール化と反応パターン自体の暗記という両手法を取 り組んだ形で学習を進めていた.「そのまま暗記しや すいものは暗記して,ルールで覚えたほうが簡単そ うなものはルールで覚える」や「ルール化が難しい ものはそのまま覚える」などの意見が得られた.一 方で,図 4, 5 と比較して,正答数が低下する傾向が 多い点が確認できた. 0 5 10 15 20 25 30 35 1 3 5 7 9 11 13 15 テスト回数 正答数 図 6:学習過程例 3 また,全ての傾向に属する被験者から得られた結 果として,試薬を過剰に加えた場合とそうでない場 合での反応の違いや酸・塩基性の異なる水溶液での 反応の違いについては終盤まで正答できない傾向が 目立っていた.この点について,ヒアリングを行っ たところ,過剰に入れたかどうかの違いが過剰マー カを近づけたかどうかの変化だけなので,操作上の 違いが少なくイメージに残りにくいと述べていた. 塩基性による反応の違いも同様の回答が得られた. 操作方法を簡潔にすることで,教科書などに記載さ れている反応に関する情報のみをもとに仮想実験を 行えるシステムを実現したが,仮想実験終了後に学 習者のイメージに残りやすい操作感,フィードバッ クについて今後十分に検討していく必要があると考 えられる.