緒 言
近年,環境問題に関する取り組みとして,易分 解性の高分子材料についての研究や,繊維の紫外 線照射による形態や物性の変化などの研究が数多 く行なわれているが1-8),高所や極地のような環 境下での研究報告は殆どみられない.我々は,以 前より高所や極寒域における厳しい環境下での繊 維素材劣化の変化に興味を持ち,日本南極地域観 測隊越冬隊員の協力のもと,昭和基地からドーム ふじに至るルート上に曝露されたルート標識の旗 布(ナイロン)の表面形態の変化を観察し,さらに 西宮市(兵庫県)においても同様に曝露を行なっ て,異なる環境下での表面形態及び物性の変化を極地での曝露による繊維表面形態と物性(第二報)
―寒冷環境が繊維形態に及ぼす影響―
中野由美子
1),野田明日香
2),横山宏太郎
3),奥野 温子
1) 1)武庫川女子大学 生活環境学部 生活環境学科, 2)四天王寺大学短期大学部 生活ナビゲーション学科 3)独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センターMorphology and Mechanical Properties of Fibers Exposed
in the Polar Regions:Part II
― The Influence of Cold-setting Condition on Morphology of the Fibers ―
Yumiko NAKANO
1), Asuka NODA
2),
Kotaro YOKOYAMA
3)and Tsumuko OKUNO
1)1)Department of Human Environmental Sciences, School of Human Environmental Sciences,
Mukogawa Women’s University, Nishinomiya 663-8558, Japan
2)Department of Life navigation, Shitennouji University Junior College,
Habikino 583-8501, Japan
3)Hokuriku Research Center NARC,
NARO, Inada, Joetsu 943-0193, Japan
Abstract
Specimens exposed in the polar regions were general fibers (nylon 6, polyester, acryl, cotton, wool and silk) as clothing materials set on Syowa Station in the Antarctic from 2005 to 2006, which were carried back to our group by the staffs of Wintering Party of the 46th and 47th Japanese Antarctic Research Expedition. On
the surface of fibers exposed in the Antarctic were observed the disappearance of the skin parts and the oligo-merization. It was confirmed that more crystallization appeared on the exposed natural fibers than the syn-thetic ones from observation by scanning electron microscopy. Such recrystallization was estimated to be caused by rather the influence of water and low temperature than intense ultraviolet irradiation. The experi-ment under the cold-setting conditions suggested that water at low temperature enhanced crystallization on surface of fibers.
中心に比較検討を試みてきた9).その結果,南極 における繊維の劣化は,強い紫外線照射の影響に よって,分子間結合の弱い部分の分子鎖が切断さ れクラックが発生し,ブリザードによる強風に よってクラック部分が引き裂かれ,順次同心円を 描くように内部に侵食し凹凸の形状を形成し,繊 維の中心部までには決して作用が及んでいない劣 化形態がみられ,温暖な地域の西宮市で曝露され た試料が繊維の中心部まで直接的に劣化が進行す る形態とは異なることを明らかにした.又,南極 で曝露された繊維表面にはオリゴマーの生成が確 認でき,西宮市よりも強い紫外線照射に加え,雪 面からの多重反射,水などの影響が大きく関与し 再結晶化が生じていることを示唆してきた. そこで,これらのナイロン繊維に関する研究結 果を踏まえ,本研究では衣料用各種繊維素材(綿, 絹,羊毛,アクリル,ポリエステル,ナイロン) を南極の昭和基地にて曝露を行ない,各種繊維の 寒冷環境下の経時的変化を観察する一方,極寒域 における環境を想定した実験を実施し,極域にお ける繊維材料の形態的変化に影響を及ぼす要因に ついて検討した.
実験方法
1.極地曝露試験 第 46,47 次日本南極地域観測隊越冬隊員(各々 2004~06,2005~07)の協力により,2005 年 3 月 ~2006年1月まで昭和基地(東オングル島迷子沢) に設置されている電波観測に使用するイメージン グリオメータアンテナの支柱に,地上より高さ 1.8m 付近に各種繊維試料を設置し(Fig. 1),62 ~ 305 日間屋外曝露を行なった. 曝露した繊維試料の詳細は,Table 1 に示した. 2.寒冷環境実験 極寒地での繊維形態に影響を及ぼす要因とし て,まず水や紫外線,極低温環境などが挙げられ る.そこで,Table 2 に示した環境条件を設定し てさまざまな寒冷環境における繊維表面の変化を 検討した. 3.測定方法 各試料の表面形態の観察には,走査型電子顕微 鏡(日立,SEM model S-310)を用いた.又,表面 分析の測定には表面元素分析装置(島津,ESCA-850)を 用 い, 照 射 X 線 源 は Mg-K α 線(8kV, 30mA),走査速度は 0.05eV/s にて行なった.Table 1. Characteristics of the fibers.
Fiber Weave Thickness Size of fiber (dtex) Fabric density (/cm) (μm) Warp Weft Warp Weft Nylon 6 100% Plain 125 62 92 59 41 Acryl 100% Plain 261 92 92 33 29 Polyester 100% Plain 100 62 93 31 37 Cotton 100% Plain 280 197 164 35 27 Wool 100% Plain 262 111 87 29 26 Silk 100% Plain 120 26 26 50 38
実験結果及び考察
1.南極で曝露された各種繊維材料の表面形態 南極大陸におけるナイロン,アクリル,ポリエ ステル,綿,羊毛,絹の曝露後の繊維表面の変化 について,電子顕微鏡を用いて観察をした結果を Fig. 2 に示す.曝露後の各繊維試料 の表面には, 表面層の剥離や亀裂,繊維の一部破断,さらには ナイロン繊維で観察されたような結晶物の生成が 観察される.特に,天然繊維である綿,羊毛,絹 では,121 日間の曝露試料にみられるように,ナ イロン等よりも多く結晶様の物質の生成が確認さ れている.このように,合成繊維より多く水分を 含有する天然繊維において,結晶様の物質が確認 できたことは興味深い.セルロース系繊維表面で の結晶様の物質の生成は以前にも確認されてお り10),繊維内部の親水基の有無が結晶生成に関係 しているとされることから,このことについて, 後に示す寒冷環境を想定した実験によってさらに 詳細に検討を行なう. 次に,このような形態的変化が確認された各種 繊維試料について,特に変色や劣化の激しくみら れた部分を採取し,表面分析を行なった結果を Fig. 3 及び Fig. 4 に示す.得られた各ピーク面積 から O1s/C1s及び N1s/C1sを算出し Fig. 5 に示した. Fig. 3(a)に示した綿の C1sのピークでは,曝露期Table 2. The experimental conditions for cool-setting.
Temperature(℃) RH(%) Installation location ① 25 100 under water in the black box ② 6 43 cool and dark place ③ -24 ~-29 46 freezer
④ 0 44 ice machinery
Fig. 2. SEM photographs of the original samples and the fibers after exposure in Antarctic. (a) Nylon 6, (b) Acryl, (c) Polyester, (d) Cotton, (e) Wool, (f) Silk
(A) cotton, (B) wool and (C) silk are the expanded photos of each fibers exposed for 121d by the dotted square.
(a) Origrnal (b) (c) (d) (e) (f) 121d 224d 305d (A) (B) (C)
間が長くなるにしたがって,284eV 付近の① C-C 及び C-H のピークは減少するが,②に位置する 286eV 付近の -C-O のピークが増大しており,さ らに O1sピークも曝露期間が長くなるにつれて増 大している.このことから,曝露によって繊維表 面の酸素量が増加していることが示唆され,南極 大陸に降り注ぐ紫外線によって表面酸化が進行し ていると思われる.又,合成繊維のポリエステル の各ピークをみると,曝露期間が長くなるに伴っ て C1s,O1s共に強度が減少しており,先に示した 綿とは異なりポリエステル繊維表面では,曝露に より酸素結合が切断され繊維の劣化が進行してい ると思われ,天然繊維とその様相を異にしている. Fig. 4 に示した羊毛とアクリル繊維では,羊毛 の表面には Fig. 2(e)にみられたように,曝露日数 の増加にしたがってスケールの剥離がみられると 共に C1sピークは減少し,N1sピーク,O1sピーク は増加している.一方,分子構造的に羊毛と同じ く窒素を含有するアクリル繊維では,N1sピーク は増大し,C1s及び O1sピークの減少がみられ, 羊毛とは異なった変化がみられた. そこで,これらの各ピーク面積値から求めた O1s/C1s及び N1s/C1sを算出した結果を Fig. 5 の(a) 及び(b)に示した.曝露日数の増加に伴って,綿 とポリエステル繊維の O1s/C1sは,大きな変化は 確認できないが,C1sピークの変化から約 3 ヶ月 位の間に急激に表面酸化が起こるものと考えられ る.又,N1s/C1sは羊毛及び絹で曝露日数と共に増 大しているが,アクリルに関しては約 3 ヶ月まで に顕著な増加がみられたが,それ以降は曝露日数 が長くなっても大きな変化がみられない. このような窒素量の増加傾向については,南極 域での大気中における窒素量が増加傾向にあるこ とも視野に入れ,更に詳細な検討を考えている. 2.寒冷環境実験による各種繊維材料の表面形態 の変化 南極域で曝露された試料は,温暖地域に比べて 紫外線の影響はもちろん,強風と雪と低温の影響 が考えられる.そこで,まずそれらの影響のうち, 紫外線を遮断した状態で,各繊維材料を①常温で 水中に浸漬,低温を想定し②冷蔵庫内に放置,③ 冷凍庫内に放置,④製氷機内に放置した場合につ いて実験を行ない,水分,温度,氷上のそれぞれ の影響を検討した.用いた試料は,Table 1 に示 した南極での曝露試料と同様のものであり,想定 した環境の各実験条件は Table 2 に示したとおり
Fig. 3. The C1s and O1s spectra by ESCA measurements of (a) cotton and (b) polyester fibers exposed in the Antarctic. 305d 244d 121d Original (a) (b) Cls Ols Cls Ols ②①
Fig. 4. The C1s, O1s and N1s spectra by ESCA measurements of (a) wool and (b) acryl fibers exposed in the Antarctic. 305d 244d 121d Original 305d 244d 121d Original (a) (b) Cls Ols Nls Cls Ols Nls
Binding energy (eV)
Binding energy (eV)
である.又,水分の影響を検討するため,②~④ の実験においては,試料をポリエチレン製の透明 袋に入れて密閉して同様の実験を行なった. まず,水中に浸漬した各試料の繊維形態につい て電子顕微鏡での観察結果を Fig. 6 に示した.こ れによると,ポリエステル,アクリル,ナイロン, 絹の表面には水中での放置期間が長くなるにつ れ,繊維どうしの癒着が観察される.一方,綿は 表皮層が剥離し,次第に小さなスポットと共に繊 維軸と平行に表皮層の剥離が進行していく様子が 観察され,43 日間の放置試料からはフィブリル に沿って緊張のかかった部分に裂け目が生じ,さ らに切断に至る様子が観察された.又,羊毛では スケールの剥離が生じ,70 日間経過後には剥離 した後の繊維表面に,結晶様の物質と思われるよ うな付着物が観察された. 次に,冷蔵庫及び冷凍庫内で放置した各試料の 繊維形態を観察した結果について,ナイロン,綿, 羊毛,絹について Fig. 7 及び 8 に示す.ナイロン を冷蔵庫内(6℃)に放置した場合(A)では,55 日
Fig. 5. The O1s/C1s and N1s/C1s afforded by ESCA measurements of the fibers exposed in the Antarctic.
(○:Acryl, ●:Nylon 6, △:Wool, ▲:Silk, □:Polyester, ■:Cotton)
1.8 1.6 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 0 50 100 150 200 250 300 350 O ls /C ls p ea k ar ea r at io Exposed day 0.5 0.45 0.4 0.35 0.3 0.25 0.2 0.15 0.1 0.05 0 0 50 100 150 200 250 300 350 N ls /C ls p ea k ar ea r at io Exposed day
Fig. 6. SEM photographs of the original samples and (a) nylon 6, (b) acryl, (c) polyester, (d) cotton, (e) wool, (f) silk covering samples with wrap leaved under water in the black box.
(a) Origrnal 14d 43d 70d (b) (c) (d) (e) (f)
間経過後よりオリゴマーの生成が観察され,放置 期間が長くなるにつれてその数が増加している. 綿及び羊毛では先述の水中に浸漬した場合と同様 にフィブリル化及びスケールの剥離が観察され た.一方,絹では約 3 カ月の放置で表皮層のフィ ブリル化が生じるだけでなく,結晶様の物質生成 が観察された.又,ポリエチレン袋に密閉した試 料においても,すべての試料で同様の傾向はみら れたが,付着物および結晶性物生成の進行は遅く, 密閉の効果が現れている. さらに冷凍庫内(-24 ~-29℃)で同様に実験 を行なった結果(Fig. 7(B))より,すべての試料 において冷蔵庫内での実験で確認された変化がよ り顕著に現れていたことから,低温下では一層顕 著 な 現 象 が み ら れ る こ と が 推 察 さ れ る. 又, Fig. 8 は,製氷機(0℃)での放置時間による電子 顕微鏡画像であるが,繊維表面の付着物が冷凍庫 内で行なった場合よりも多く確認されたことは注
Fig. 7. SEM photographs of the original samples and the fibers after experimental for 121d in (A) the cool and dark box and (B) the Freezer. ( I:the samples non-covered, II:covered with the polyethylene(PE) film)
Original Original Original Original Cotton Nylon6 Wool Silk (A) (B) (A) (B) Ⅰ Ⅱ Ⅰ Ⅱ Ⅰ Ⅱ Ⅰ Ⅱ
目すべきことである.さらに,ナイロンの表面で はオリゴマーが規則的なキュービック状に生成 し,放置期間が長くなるにつれその数は増してい る.又,ポリエチレン袋に密閉した場合の方がよ りプレート状の結晶物の生長が顕著にみられる. この現象は,水デシケータ中の高湿度下で曝露実 験を行なった場合にも観察されており,オリゴ マーが高湿度下での曝露によって繊維表面に再び 析出したものと思われる. 羊毛及び絹おいても繊維表面に結晶物が確認さ れ,その数は放置期間に伴って増加する傾向にあ り,興味が持たれる事実である.この天然繊維上
Fig. 8. SEM photographs of the original samples and the fibers after experimental with ice machinery. (I:the samples non-covered, II:covered with the polyethylene (PE) film)
Original Original Original Original Cotton Nylon6 Silk Wool Ⅰ Ⅱ Ⅰ Ⅱ Ⅰ Ⅱ Ⅰ Ⅱ 55d 77d 121d 55d 77d 121d
にみられる結晶様の物質についての解明は今後に 検討の余地は残されているが,繊維表面上にみら れる結晶様の物質の生成には,紫外線よりも水分 や温度がより強く影響していることが確認され た.
要 約
衣料用素材として汎用されている各種繊維材料 について,紫外線や低温環境下でも快適な高付加 価値をもつ素材の基礎的知見を確立させるため, 南極域での曝露による繊維表面の形態的変化を観 察した結果,特に天然繊維である綿,羊毛,絹に より多くの結晶様の物質が確認されたことは興味 深く,これらの結晶様の物質生成に関与する要因 として,水分の影響がまず第一に考えられる.そ こで,繊維形態に影響を及ぼす要因についてさま ざまな寒冷環境を実験的に想定して,繊維表面の 変化を検討した結果,紫外線の影響も多少考えら れるものの,低温下での水分の存在が結晶様の物 質の生成により大きく関与することが示唆され, 更なる詳細について検討を進めている.謝 辞
本研究の一部は,情報・システム研究機構国立 極地研究所一般共同研究「南極大陸における曝露 繊維の表面特性変化の解明」(平成 16~18 年度) 及び,「南極における曝露繊維の表面特性変化機 構の解明」(平成 19~21 年度)として実施されま した. 本研究を実施するにあたり,南極における曝露 試料の提供及び試験布の設置・回収作業にご尽力 いただきました日本南極地域観測隊越冬隊員なら びに国立極地研究所の皆様,又,共同研究の担当 教員としてご協力いただきました,国立極地研究 所の菊池雅行助教に心より感謝申し上げます.文 献
1 ) Yasuda T. and Yamashina K., Bull. Mukogawa Women’s Univ., 18, S71-133 (1970)
2 ) Blais P., Carlsson D.J., and Willes D.M., J. Polym. Sci., Part A: Polym. Chem., 10, 1077-1092 (1972)
3 ) Fujiwara Y., Kobayashi S., and Yasuda T., SEN-I GAK-KAISHI, 30, T434-438 (1974)
4 ) Fujiwara Y. and Kobayashi S., Koubunshi Ronbunshu, 33, 711-716 (1976)
5 ) Yasuda T. and Okuno T., Bull. Mukogawa Women’s Univ., 29, 1-13 (1981)
6 ) Pabiot J. and Verdu J., Polym. Eng. Sci., 21, 32-38 (1981)
7 ) Ikeda E., J. Photopolym. Sci. Technol., 8, 109-118 (1995)
8 ) Ajioka M., SEN-I GAKKAISHI, 52, P232-236 (1996) 9 ) 中野由美子,吉田恭子,横山宏太郎,奥野温子,
武庫川女子大学紀要(自然科学)58,7-14 (2010)
10) 小原奈津子,中山栄子,豊田春和,昭和女子大学