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大学における国際交流ボランティア : その現状と可能性

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(1)ア. イ. テ. ン性. ボ可 流と 変状 際現. るそ. す も お. ⅠⅠ Ⅰ. 学 大. 門. 倉. 正. 美. ( キーワード ) 八フ六 """" 国際交流ボランティア、 ボランテイア・チューター、 国際交流サークル、. ボランティア 留学生、 バルネラブル. 1995年の阪神大震災 や 、 1997年のナホトカ 号 座礁による重油流出事故の 際に 大勢のボランティアが 活躍したことは 記憶に新しい。 以前はボランティア. とい. えば遠い欧米の 話のように感じていたが、 90 年代にはいってからは、 上記のよ うな災害や事故の 時以外でも、 いろいろなところでいろいろな 形のボランティ アが 目につくようになった。 大学の中でも、 そうしたボランティアの 風は吹い ているようだ。 まだ微風だが、 やがては大学という 場を大きく動かしていく 可 乾性をひめているように 思える。 小補では、 大学の中でのボランティア 的な国 際交流活動の 現状を紹介し、. あ わせてその可能,性を. 示してみたい。. クラスの中で. 1 異文化間コミュニケーション 論 横浜国立大学では、 1999年 10月. 1. 日の時点で留学生数が 618 名となった。 横. 浜国立大学の 学部生・大学院生の 総数 11,195人をこの留学生数で 割ると、 横浜 国立大学のキャンパスを 歩く学生・院生の 18 人に. 1. 人が留学生ということにな. る。 この比率は国立大学の 中ではかなり 上位をしめるものだろう. ( 因みに、 留. 学生数は全国立大学中 11位であ る ) 。. しかし、 当然のことだが、 数や比率自体は 交流を保証するものではない。. 留. 学生たちからは「日本人学生ともっと 深いつきあ いをしたい」という 声を多く 聞き、 日本人学生たちからも「大学の 国際性に憧れてきたのに、 実際は留学生 とっき めう チャンスがなかなかなり」という 思 い をぶっけられることが. 一. 13. 一. よ. く. あ.

(2) る. 。 そんな学生たちの 欲 求 不満に少しでも 応えるために、 当 留学生センターは ・. 1995 年度から「異文化問コミュニケーション 論」を教養教育科目として 開講し てきている。 このクラスの 狙いは、 例えば、 カルチャー・ギャップを 感じさせ られる事柄等について 留学生と日本人学生が 混ざった小人数のバループで 議論. することによって、 クラスそのものを「異文化問コミュニケーション」のく ノ とすることであ る. ( 注 1) 。. 今年度で. 5. 場. 年目になるが、 毎年 200 ∼ 300 名の受講. 希望者があ る。 しかし、 受講者の間のディスカッションを 主体とする授業形態 をとっているため、 センタ一の -- 番 大きい教室に 入りきる 45 名. ( 留学生 15 名、. 日本人学生 30 名 ) に 受 ;縮-者をしぼらざるをえない。 国際交流を求めて 受講を希 望する学生,の多くを門前払いしてしまう 形になるのは ,惜しいことだ。 このクラスが「ボランティア 国際交流」に 対してもつ意味は、 受講者. ( や受. 講希望,者 ) がそうしたボランティア 活動の予備軍になりうるという 点であ る。 実 @ に 、 このクラスで 希望者を募って、 日本語を全く 解さない大学院留学生の. 来日商後のケアを 頼んだりしたことがあ る。 また、 受講者たちは 後述のボラン ティア・チュータ 一の供給源のひとつになっている。 今後は、 受講希望者も 含. めて国際交流ボランティアを 志望する学生たちに 登録してもらって、 人材バン クを作っていく 必要があ るだろう。 「. 興,丈イヒ間 コミュニケーション. 論」 ク. ラスは、 このように留学生センタ 一の. スタッフが日本人学生と 接触する貴重なパイプとなっているばかりでなく、. 留. 学生センターが 日本人学生 - にとって疎遠な 場とならないための 安全弁のひとつ. としても機能している。 留学生センターや 留学生会館は、 ともすれば留学生だ けが 条 6 場になってしまいがちであ り、 混成クラスをつくることや 後述の混住. 方式をとることによって、 日本人学生が 立ち寄りやすい 環境を整えておく 必要 があ る。. 2)J OY. ( 短期留学特別プロバラム ). クラス. 1997 年 10 月にスタートした 当 大学の短期留学特別プロバラム Year. Overseas at Yokohama. (The Junior. National University, 略称は J O Y. 一. 14. 一. ) では、. 相.

(3) 互 協定校から派遣される 20 ∼ 30 名の短期留学生に 対して英語を 媒介 語 とする講. 義が行われている。 したがって、 日本語能力がなくても 必要単位を取得するこ とができる。 しかし、 短期留学生の 多くは広義の 日本学を専攻しており、. また. せっかく日本に 滞在する以上、 日本語があ る程度できるようになりたいという 強い要求もあ り、 これまでのところほぼ 全員が日本語学習に 熱心に取り組んで きている。 J る. OY プロバラムが「ボランティア 国際交流」に 関係するのは 次の. 。 第一に、. あ る。 J. J. 2. 点であ. OY 留学生が日本人学生との 交流を強く求めているという 点で. OY 留学生はⅠ 年 ないし半年という 短期滞在なだけにチュータ. 一の 必. 要 性は大きく、 公式に割り当てられるチュータ 一だけでなく、 できればボラン ティアのチューターも 確保する必要があ る。. J. OY 留学生の日本語学習の ニ一. ズに 対してはプロバラムに 正式に設定された 週 2 コマの日本訴クラスでは -卜分. には対応できないので、 全学講習日本語. ( いわゆる補講 ). クラスで補っている. が 、 それでも彼らのニーズは 十分に満たされてはいない。 国際交流という 面だ けでなく、 日本語学習という 面でも日本人学生のボランティア・チュータ. 一の. 活動が期待されているのであ る。 ボランティア ,チュータ一については、 節を あ. らためて述べる。 第二に、 英語での講義を 日本人学生にも 開放するという. 動. なり進んで い るようだが、. ・. きがあ る点であ る。 短期留学プロバラムの 先進 校 であ る九州大学では 開放がか J. OY プロバラムではまだそれほど 進展していない。. 日本人学生が 英語による講義を 聞く機会は貴重なので、 ぜひ積極的に 取り組ん でほしいところであ る。 そうしたクラスで、 日本人学生と 留学生が英語によっ て 議論するということになれば、. 相互の交流が 深まるだけでなく、 日本人学生. にとっては英語によって 自己発信するためのよい 訓練になるだ る. 3) 日本事情 例年、 「日本事情」クラスには 日本人学生も 教養科目の単位になると 思って 受講を希望してきている。 留学生にしか 単位にならないと 説明すると、 ほとん どの学生は退室していくのだが、 数名はそれでも 聞いてみようかということで. 一. 15. 一.

(4) 残ることがあ る。 そしていわばボランティアとしてクラスでの 議論をもり立て てくれる。 しかし、 今年度双期のクラスではそうした 日本人学生が 数名にとど まらず、 十名前後がボランティア 参加し、 「異文化間コミュニケーション の逆の比率. (. 日本人学生. 1. 論」. 対 留学生 2) で、 異文化問コミュニケーションが 展. 開されることとなった。 群馬大学や山形大学等、. いく っ かの大学では、. 「日本事情」を 日本人学生に. たいしても「日本社会論」のように 読みかえて教養教育の 単位として認めて ぃ る. 。 教育領域として「日本事情」をどのように. 位置づけて い くかについては、. 関係者の間でもさまざまに 議論されている 段階だが、 日本社会を留学生ととも に 異文化の眼差しを. 通して総体的に 捉えなおして い く作業は日本人学生にとっ. ても大いに意義のあ ることだろう。 「日本事情」を 日本人学生にも 有効な単位 として学内で 認知させていくためには、 「異文化間コミュニケーション 論」と の 相違点もふくめて、 教養教育関係者を 十分に説得しうるようなシラバスを 提. 示していく必要があ る。 もちろん、 留学生だけのための「日本事情」もあ って いいが、 日本人学生の 関心を包括し 68. 「日本事情」の 構築も意味のあ る試み. だと 思、ぅ 。. しかし、 半面、 ボランティア 参加ゆえの伸びやかさといった 要素もあ った よ うに思う。 単位取得という「見返り」がないことによる 伸びやかさは、 他のク ラスへの日本人学生の 参加にも共通している。. 4) 日本語クラス 等へのボランティア 参加 「日本事情」に 参加していた 日本人学生のうちの 二人の女子学生が 初級日本 語の インテンシブ・ コースであ る予備教育クラスの 一部に前期後半からボラン. ティア参加していたことは 興味深い。 初級クラスの 学習者でも日本人学生や 一般の日本人と「大人の」コミュニケー 、ンョン をもちたいという 要求は非常に 強い。 そこで今年度の 前期予備教育では、. 学生の国際交流サークルの 協力を得て、 ボランティア・チュータ 一志望者との ミーティンバを 設定してみた。 そこでは、 初級日本語学習者が 限られた語彙. 一 16 一. と.

(5) 文型を駆使して 懸命にコミュニケーションしている 姿に接することができた。 また、 そこでの出会いが 日本人クラスへの 日本人学生のボランティア 参加につ ながっている。. 初級クラスだからといって、 文型習得のための 反復練習に囲い 込むのではな {. 応用のためのストラテジーを 学習者に駆使させる、 実際的なコミュニケー. 、ンョン の場へとクラスを 開くことが大切であ る。 そのためにはネイティブ・ス. ピーカ一のボランティア 参加が貴重な 刺激をあ たえてくれる。 これまでも、 本語ボランティアによるビジター・セッションを. 日. 試みたりしたが、 学生- という. 身近な人たちの 協力が得られるなら、 それにこしたことはない。 予備教育に日本人ピジタ 一のボランティア 参加をとりいれている 先進的な例 として、 筆者が知りえた. 2. つのケースを 簡単に紹介しておきたい。 98 年秋に見. 学した大阪大学のコースでは、 日本語ボランティアが 予備教育クラスに 参加し、 3. 人の学習者について 1 人くらいの割合でバループの 応用会話をひきだしてい. た。 また、 長崎大学の予備教育では、 1997 年度春期から「日本人学生と 留学生 の 初級会話合同クラス」を 週. 1. コマ組み入れている. ( 注 2) 。. それによって 、. 「日本語クラスを、 留学生と日本人学生双方の 異文化接触場面での 総合的な コ ミュニケーション 能力を育成するための 場として設定する」ことを 目標として いる。. 1996 年度双期に第. 1. 期の個別受入れ 短期留学生にたりして「日本事情」を 英. 語で 講じた時に、 途中から ES. S の学生たちのボランティア 参加してもらった. ことがあ る。 この参加は、 短期留学生にとっては 同世代の日本人学生の 意見を 聞き、 議論が交わせる 貴重な経験として 歓迎され、 日本人学生にとっても 英語 で 自分の意見をまとめ、 留学生と交流するよい 機会となったようだ。 なお、 筆 者が担当した、 今年度のインフラストラクチヤリンバ. ,マネジメント修士課程i. の 「日本文化」でも 国際交流サークルの 学生が英語で 留学生と議論する 場面が. あ った。 日本文化紹介的な「日本事情」 る. ( 注 3) では、. 書道、 お茶、 生け花 等 の りわゆ. 「日本文化」を 留学生に披露し、 体験させる側面も 大切であ る。 しかし、 ほ. 一. Ⅰ. 7. 一.

(6) とんどの教員はそうした 素養をもちあ わせていない。 そこで、 ビデオ等での 紹 介でお茶をにごすのでなければ、 それらの実技を 披露できる人たちにボランティ ア 参加してもら. ぅ. ことが必要になってくる。 こうしたところからも、 大学のク. ラスがボランティアに 開かれるきっかけが 出てくるだろう。. ボランティア・チューター 現在、 チューターを 必、 要とすると所属学部が 判断した留学生にたいしては、. 原則として学部生が. 2. 年間、 大学院生が. になっている。 ただし、 留学生. 1. 1. 年間、 チューターがつけられること. 人についてチューター 謝金は年間 95,000円 と. いった目安になっており、 謝金がたいたり. 1. 時間 1,000円だから、 留学生たち. は 年間 95 時間くらいのチューターからのケアが. 受けられるということになる。. しかし、 チューター制度の 問題点としてよく 指摘されるように、 チューター と 留学生との間の. あ. 相,性の間 題や 、 時間や関心、 ニーズのずれといった 問題等が. り、 うまく機能しているケースはあ まり多くないというのが 現状のようだ。. そうした申で、 留学生センターは 他の留学生よりもチュータ 一の必要性が 高い と思われる二つのコースの 留学生にたいして 責任をもっている。 一つは日本語 予備教育の研修生であ り、 もう一つは. J. OY 短期留学生であ る。 前者は留学生. センタ一に所属しているために 公式のチューターがっく 機会がなく、 後者は受 入れ学部に所属しているのでチューターがつく 可能,性はあるが、 短期滞在なの で 実質的なケアと 日本語学習補助の 働きがチュータ 一に期待されている。 そこでこれら. 2. コースの留学生たちにたりしては、 公式のチューターとは 別. に ボランティアのチューターがつくことが 望ましい。 今年度は、 これら. 2. コー. スの学習者たちを 国際交流サークルの 日本人学生たちとひきあ わせる会合をもっ た。 前期はいちおうのマッチンバまで 教員の責任で 行ったが、 後期は会合の 設 定 までの関与で、 マッチンバは 双方の学生たちの 自由意思にまかせた。 結果を 比較すると、 ちゃんとマッチンバした 方がその後の 付き合いが進展しやすいよ うであ る。 ボランティア・チュータ 一については、 当 センタ一の試みはまだほ. んの第一歩を 踏み出しただけであ る。 先進校の例を 参考にしつつ、 問題点を. 一-18 一. 列.

(7) 挙しておこう。. (1) ボランティア・チューターは して、. 何をどこまでするのかをマニュアル 化. 双方の学生に 示す必要があ. る。 さらに、. (注. 4). チューターたちへのオリエン. テーションを 最初のⅠ 度 だけでなく、 定期的な会合をもつ く. 行って. 等して、 木目細か い くことが重要だ。 ボランティア 国際交流の一環としての 活動、 ま. た、 留学生が日本での 生活やキャンパス・ライフに 慣れるための 手助けと う 側面からすれば、 「チューター」というより「パートナー」 ( 注 5)という. ぃ. 言. 葉の方があ たっているのかもしれない。. (2) ボランティア・チュータ. 一志望の学生を 広く募集するためには、 前述のよ. うに「異文化問コミュニケーション 論」クラスの 受講希望者に 登録を呼びか. かけるとともに、 募集のポスターを 各部局に配付する 必要があ る。 名古屋大 学 では先輩留学生も「パートナー」に 応募できるようにしているが、 たしか に必ずしも日本人学生であ. る必要はないようだ。 場合によっては、. 先輩留学. 生の方が後輩留学生の 気持ちやニーズが 理解しやすいということもあ. (3) 適切なマッチンバが. ろう。. 大切であ る。. な ボランティアがマッチンバを. 名古屋大学では、 交流分野の経験が 豊富 全面的に担当してくれているとのことだ。 学. 外のボランティアの 助力が、 こうした核心的な 業務でも必要になることがあ り. (4). 、 そうしたボランティアの 支援が得られるというのは 心強いことだろう。. 役割も期待するとなると、 それな りの フォロ ーが教員の側にも 必要となってくる。 岡山大学では、 「留学生ボ 日本人学生に「日本語ボランティア」の. ランティア」の 学生たちが担当する 留学生の日本語学習補助もできるよ. う. に、. 留学生センタ 一の日本語スタッフが 研修会をボランテイアで 実践している ( 注 6). 。 学生にボランティアを 期待するためには、 教員もボランティア 実践. の 覚悟が必要という. 好例だろう。 もっとも、 教員の側のボランティア 努力と. いえば、 日本語教授法指導だけではなく、 上述のすべての 過程に関わって い るわけであ る。. 一. 19. 一.

(8) 留学生の家族にたいする 日本語教育 家族をもつ留学生の 留学生活が円滑に 進むためには、 家族が日本での 暮らし にストレスを 感じていないことが 大切であ る。 その点、 前述の岡山大学の「 留 学生ボランティア」の 活動の - 部に、 家族への日本語教育と 交流活動が組み 入. れられているのは 卓見であ る。 本学では、 留学生の家族へのケアは 十分なもの とは 蕎 えない。 東京大学の留学生センタ. 一のように、 日本語補講を 留学生の家. 族 にも開放している 例もあ るが、 事務的な観点からは 否定されており、 少数派 であ る。. 当 センタ一の全学講習日本語では、. 家族の受講の 受入れは担当教員の. 判断にまかされている。 その他には、 弘明寺の留学生会館で 週に. 2. 度、 留学生. とその家族を 対象とする日本語教室が 日本語ボランティアによって 開かれてい る。. これは 1994 年度から続いており、 特に留学生家族にとっては 日本語学習の. 貴重な場となっている。 また、 数年前だが、 教育人間科学部の 日本語教育課程. 専攻の学生たちに. よ. るボランティア 日本語教室も 開かれていたことがあ る。. 混住型の国際交流会館 ボランティア 日本語教室は 、 - 時期、 留学寮であ る 峰沢 国際交流会館でも 居. 住日本人学生のイニシアティブで 行われていたことがあ った。 峰沢 国際交流会 館は留学生と 日本人学生が 混住する 寮 としては、 全国の国立大学の 中で初めて、. 1994年. 3. 月に建設された。 同時期に広島大学、 宮崎大学にも 同種の寮が作られ. たが、 峰 沢の寮はその 中では最大規模のものであ り、 入居者数 334 名の内、 本人学生. 2. 対留学生. 1. 日. の比率で居住している。. 峰沢 寮は混住型第 1 号として留学生と 日本人学生との 活発な交流が 潮待され、 日本語教室等の 交流の試みも - 部あ ったが、 入費者の感想を 聞くと、 現在では、. その交流ぶりは 必ずしも活発とは 言えないようだ。 ただ混住という 形を整える だけではだめで、 交流を媒介する 何らかの場や 活動が企てられなければならな いのであ る。 その点、 むしろ弘明寺の 留学生会館での 交流の方が実があ がっているような. 印象を. ぅ. ける。 留学生会館は 混住を標 傍 してはいないが、 「チューター」とい. 一 20 一.

(9) う. 名目で現在、. 7. 名の日本人学生が 入居している。 総数の 150名からみれば、. 微々たる人数だが、 留学生とかなり 深 い 付き合いなしている 日本人学生の 話を 留学生から. よ. く聞く。. 今後、 混住の意味を 生かすには、 どのような触媒作用が 有効なのか、 考えて いく必要があ るようだ。. 国際交流サークル 横浜国立大学に 国際交流サークルが 初めてできたのは、 1998 年 あ る。. 5. 月のことで. 交流に熱心な 一人の日本人学生と 一人の中国人学生の 意気込みがサーク. ルの 核を作った。 現在中心的に 活動している 日本人学生は 20 人ほど、 1. 年生がそれぞれ 半分ずっをしめている。 学部の留学生は. 積極的に参加しているようだ。 それと JOY 相手・遊び相手を 求めて、. よ. 5. 2. 年生と. 名くらいが活動に. の短期留学生が 日本人学生の 話し. く顔をだす。. 今年度の主な 活動は新入生歓迎パーティー、 新歓楽・大学祭への 出店. ( 春は. ベトナム 風 春巻き、 秋は韓国風ちぢみをそれぞれの 国の留学生が 中心になって 作った ) 、 河口湖畔での 合宿、 JOY. 留学生をともなっての 東京散策、 クリス. マス・パーティ 一等であ る。 こうした活動内容そのものは、 ふつうのサークル とあ. まり変わりない。 時事的なテーマ や 、 留学生の日本にたいする 印象等につ. いて自由にディスカッションする 機会を提供したいという 抱負ももっているよ ぅ. だが、 まだ実現していない。 しかし、 まず大事なのは、 サークルとしての 活. 動 経験を留学生と. 分かちあ って い く点だろう。 来日直後の留学生が 生活のぺ 一. スな っかむためにさまざまな 助力をしたり、 留学生がくつ ろ げ ろ おしゃべりや 遊びの場を提供するところにも、 初発の意義は 十分にあ る。 しかし、 それ以外にも、 上でも一部紹介したように、 多くのメンバーが 実に 積極的に留学生センタ 一のクラスに く 干渉 ノし 、 ボランティア・チュータ 一の. 役割を果してくれた。 国際交流サークルのメンバーは、 「異文化間コミュニケー 、ンョン論 」クラスの有志とともに、 国際交流ボランティア 活動の中心的な 担い. 手なのであ る。. 一. 2. Ⅰ・. 一.

(10) 十数年前に前任校の 山口大学で留学生を 受入れ始めたときに、 先進 校 であ ゾし州大学に受入れの. 生 担当の. /. ウ. る. ・ハウを学びに 行ったことがあ った。 その時に、 留学. _h尼 教授が国際交流サークルを 敬愛の俳をこめて 紹介してくださった. ことを想 い 起こす。 山口大挙でも、 同僚の宮崎教授が 熱心に交流サークルを 育. てて、 留学生,の留学生活を 支援する、 さまざまな活動を 展開している。 留学生 急増期の 1980年代後半にいくつかの 大学に国際交流サークルが 生まれ、 留学生 との日常的な 交流活動を行ってきているが、 その数は「決して 多いとは言えな ぃ. 」. ( 注 7) ようだ。. 遅ればせながら 横浜国立大学に 根づき つ っあ る、 国際交流. ボランティアの 芽を大 睡に 育成する姿勢をもちたいものであ る。 また、 国際交流サークルにかぎらず、 一般のサークルに 留学生が参加して ぃ く. 動きも 兄 られる。 今年度双期には 予備教育研修生の. 2. 人がそれぞれ 囲碁と柔. 道のサークル、 バレーボールとダンスのサークルをかけもちしていたのが. 印象. 的 だった。 まだおぼつかない 日本語でも、 共通の趣味を 通じてコミュニケーショ ンが行えみようで、 日本語学習の 重要な契機がこういうところにもあ るのだと いう. ". に. 日を開かせられる 思 い をした。 予備教育研修生のような 短期の所属者. に 対しても開かれているサークルのあ ほら. り様も好ましく 思った。 学部留学生の. 中. サークルで日本人の 友人を得ているケースはけっこうあ るようだ。 学内の. サークルの意義を 回 隣 交流ボランティア 活動の観点から 捉えなおす必要があ る. かもしれない。 留学生自身のボランティア 活動 留学生にたいするボランティア 活動というと、 来日直後のケアにせよ、 日本 語学習支援にせよ、 ともすれば留学生はもっぱら 受け身の立場にあ るという印 象をもちやすい。 しかし、 国際交流ボランティア 活動においては、 留学生自身 が 主体となる要素があ ることが望ましい。 国際交流サークルの よ さの - つは 、 留学生山見 が ボランティア 的に活動する ---面をもっていることであ る。 留学生が後輩の 留学生の面倒をみたり、 会の運. " 資金のために 母国の料理を 作って大学祭の 店に提供したりするのも、 ボラン. 一. 22. 一.

(11) ティア 的 活動だろう。 後輩の面倒をみるという 点では、 留学生,会の活動にも日. をむける必要があ る。 現在、 横浜国立大学には 韓国人留学生と 台湾からの留学 生が留学生会をもっている。 留学生会は単なる 県人会的同属意識の 表れではな く. 、 留学生同士の 自助的なボランティア 活動として見ることができる。 あ まり受講者は 多くなかったようだが、 国際交流サークルの。ト 国人留学生が. 主唱したボランティア 中国語講座はひとつの 方向性を示している。 留学生のボ ランティア活動によって 世界のさまざまな 言葉の学習チャンスが、 学習意欲の あ. る人にはいつでも 開かれているような 場を提供する. (. もっとも、 ここにも教. 授者と受講者とのマッチンバの 問題が大きく 横たわっているが. ). というのも、. 留学生センタ 一なり留学生会館なりのひとつの 活動領域としてあ るのではない だろうか。 留学生が地域に 出て い くボランティア 活動も推奨されるべきだろう。 地域に おける国際交流活動としては、 パーティー形式のものが 多く、 そこでのお決ま りの表面的な 社交辞令には 留学生たちはうんざりしているといった. ザ甜商 もよく. 聞く。 留学生が地域に 出ていく仕方にも 工夫の余地があ るのではないだろうか。 その点では、 教員研修コースの 留学生が小学校の 授業見学をし、 生徒たちと交. 流するという 形は、 担当の教師や 参加する留学生の 取り細みしだいでいろいろ な 成果が期待できる。. 小学校とのネットワークがあ れば、 教員研修生以外の. 学生たちにも 体験させたい 交流のあ り方だと思う. 留. ( 注 8)0. 留学生が後からくる 留学生のために 役立つ活動としては、 インターネットに よる情報の提供も 考えられる。 筆者の日本事情クラスや どでは、. 「大学紹介・. J. OY 日本語クラスな. 横浜の名所紹介,住宅事情・ 物価水準・日本 ;ボ学習方法・. 若者のファッション・テレビ 番組紹介」といったテーマについてバループで 報を川X 集. 情. して、 後輩留学生に 提供するプロジェクト・ワークを 行ってきた。 近. いうちに、 ホームページの 形にまとめて、 実際に留学生が 情報発信するように. したいと思っている。 キャンパス・ライフや 日本での生活等についての 感想や 意見を、 留学生が掲示板に 自由に書き込むのも 有効だろう。. 一 23 一.

(12) バルネ、 ラ ブル. ボランティアのあ り方を根本的に 考察した本の 中で、 金子郁容は「バルネ ラ ブル」という 示唆に富んだ 表現を提起している. nerable) 」とは、 「傷つきやすい」「他から あ. ( 注 9). 。 「バルネ ラ プル (vul-. 攻撃を受けやすい」という. 意味で. る。 金子によれば、 ボランティア 活動をする人は「言いだしっぺ」として 二. 重に. 「つらさ」をかかえることになる。 問題を提起したことによって、. その問. 題への全面的な 関わりを引き 受けさせられることからくる「つらさ」、 そして、. さらにいっそうの 行動をまわりから 押しつけられる「つらさ」であ る。 つまり、. ボランティア 8 と. |. ま. 目. を. 「バルネラブル」にすることなのだ。 こうしたボラ. ンティアの「バルネラブル」さは、 ボランティアが 関わる、 困難に直面した 人 がおかれている「バルネラブル」さと 連動しているように 思、える。 国際交流ボランティアにひきなおして 考えてみると、 留学生たちは 外国人で あ. るがゆえの「バルネラブル」さをつねにかかえている。. ギャップにも 深く傷ついてしまう 可能,性 、. あ. 小さな 力 ルチヤー・. るいは露骨な 外国人差別に 出会う. 可能,准 ひとつを考えても、 それは明らかだろう。 国際交流ボランティアは 、 そ うした留学生の 外国人としての「バルネラブル」さを「他人の. 問題」として 片. づけずに、 「あ る種の切実さを 感じて行動する」、 つまり「問題と 自分が結びっ いている」というかかわり 方をする。 「覚国人差別」をもたらす 社会構 制 の一 端に自らが組み 込まれているという「切実な」感覚をもって 行動するのであ る。 しかし、 「バルネラブル」であ ることは、 必ずしもこうした「 つ. ら さ 」だけ. をもたらすわけではない。 「傷つきやすい」ということは、 心の鎧や殻を 否応、 なく脱がされているということでもあ プン」 な 心、. り、 勇気や感動をすなおに 受け取る「 オ一. 柔らかい精神のあ り様にも通じているのであ る。. ネ、 ッ トワーク ボランティアは 、 自らを「バルネ ラ プル」にする 形で 、 困難に直面している 人. と関わり、. 「その ( 困難な ). 状況を改善すべく、 働きかけ、 「つながり』を っ. けようと行動する 人であ る」、 と金子は続ける。 ボランティアとは、 「つながり」. 一 24 一.

(13) をつける人、 「ネットワーカー」なのであ. る。. これまで見てきた 大学内での国際交流ボランティアの 動きを単発的な 行動に とどめないためには、 「ネットワーク」を 形成する必要があ る。 それは、 例え. ば 、 異文化間コミュニケーション 論受講. ( 希望 ). 者中のボランティア・チュー. タ一志望者名簿のネットワークであ り、 国際交流サークルというネットワーク であ り、 留学生の家族の 日本語学習を 支援する日本語ボランティアのネットワー クであ り、 あ るいは、 将来的には、 留学生が発信するインターネット・サイト の ネットワークであ ったりするだろう。 そして、 そうした国際交流ボランティ. アのネットワークを 支え、 発展させていくためには、 留学生や日本人学生のボ ランティアのエネルギ 一に加えて、 留学生センタ 一のボランティア・スタッフ の ネットワーカーとしての 活動が必要となろ. ( 付記 ). 小桶 は 、 1999 年 10 月. 1. 日に岡山大学で 開かれた国立大学日本語教育研. 究協議会「異文化交流部会」での 発表や議論に 触発されたところが 大き い 。 記して、 感謝の意を表したい。. ぃ任. 1) 異文化間コミュニケーション 論のクラス運営の 実際については、. 「留学生. と日本人学生との 混成クラスの 試み一教養教育「異文化間コミュニケーショ ン論 」授業報告」. ( [ 横浜国立大学留学生センタ. 一紀要Ⅰ第. 3. 号、 1996 年刊 ). で 報告した。. 2) 長崎大学のケースについては、 1999 年 10 月. 1. 日に行われた 国立大学日本語. 教育研究協議会「異文化交流部会」での、 松木久美子氏の 報告による。. 3) 管見によれば、 「日本事情」クラスの 内容は 、 大きく言って. 2. つあ るよう. だ。 一つは日本の 社会や文化の 特徴を留学生が 理解しやすいように 説明する ものであ り、 もう一つは現在の 日本社会がかかえている 問題を提起し、 留学 生とともに考えていくものであ る。 「日本文化紹介的」とは、 さしている。. 一-25 一. 前者の側面を.

(14) 4) 公式のチュータ 一のマニュアルはいくつかの 大学で作成されており、 村田 雅之「インターフェースとしてのチューター」 1999 年、 アカデミア出版会 論文が掲載されている. 丁. ). ( r 異文化問教育』第. 13 号、. がその内容の 要点を対照している。 なお、 村田. 異文化間教育」第 13号では、 横田雅腔「留学生支援. 、ンステムの最双線」、 坪井健「留学生と 日本人学生の 交流教育一一 オースト ラリアとの比較を 通して」、 箕浦 康子「日本人学生と 留学生一一- 相互理解の. ためのアクション・リサーチ」も、 示唆に富む。. 5) 長崎大学や広島大学では「会話パートナー」と 呼んでおり、 名古屋大学で は「パートナーシップ」という 表現を用いている。 名古屋大学の「パートナー -ンッ ププロバラム」については、. 1999 年. 1. 「名古屋大学留学生センターニュース』. 月号を参照、した。. 6) 岡山大学の「留学生ボランティア」については、 「ボランティア・ハンド フックきょうから 留学生ボランティア」 7 月). ( 岡山大学留学生相談室. 刊 、 1999 年. 参照。. 7) 坪井健「留学生と 日本人学生の 交流教育一一 オーストラリアとの 上ヒ較を挺. 亘. して」. ( r 異文化問教育』第. 13 号、 1999 年刊、 アカデミア出版会. ). 。. 8) 上記の協議会での「異文化交流部会」では、 地域の小学校や 中学校の クラ スと. 9). 交流している 例が報告された。. 金子郁容『ボランティア. もうひとつの 情報社会」岩波新書、 1992 年。. 一 26 一.

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参照

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