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合理的意思決定能力の育成と消費者教育

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Academic year: 2021

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(1) 研究題目. 」■■r,」一7’」一■7,」■■rノ」■「,」■■「,」■■r’」■■7ノ」画■「,」■圏7,」幽■r,」■7F,」■7,4■■「,」■「,」國「,」■■慶Pノ」暉「「,」■■7,乙■7ノ乙■7,」■「,.  合理的意志決定能力の育成と消費者教育 」闘rノ」闘「,」■7,∠■「7’置,」■圏「,」■■ノ’」■■7,」■日ア,」■F,」■「’」■7,」」閏「戸,」口■「ノ」■■7,」闇圏7,乙■「「,」■7,」■7’」■7ノ」■r,」■「8. 兵庫教育大学大学院学校教育研究科 教科・領域教育専攻  社会系コース. M96523F 武田寿博        1997年12.月22日. 指導教官  岩田一彦.

(2) 目   次 序一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一. 1. 第1章 合理的意志決定能力の育成 一一一一一一一一一∼一一.  4.  第1節 合理的意志決定能力育成の必要性 一一一一一一一一.  4.    1 合理的意志決定能力育成の社会的要請 一一一一一一.  4  8.    2 社:会科における合理的意志決定能力の育成 一一一一.  第2節 合理的意志決定能力育成のための理論 一一一一一一.    L事実を分析・検討することの重要性 一一一一一一一    2 複数の視点からの事実の分析・検討 一一一一一一一  第3節 合理的意志決定能力育成のための授業展開 一一一一    1 概念探求過程から価値分析過程へ 一一一一一一一一    2 合理的意志決定能力育成のための基本的学習過程 一 第H章 合理的意志決定能力を育成する教材としての消費者教育. 第1節. 消費をめぐる現代社会の諸問題の解明 一一一一一一.   1   2   3. 消費者主権と消費をめぐる諸問題の発生 一一一一一 社会的消費問題 一一一一一一一一一一一一一}一一. 第2節. 消費者教育論 一一一一∼一一一一一一一一一一一一.   1   2   3. 社会科における消費者教育 一一一一一一一一一一一. 個人的消費問題 一一一一一一一一一一一一一一一一. 消費者教育と合理的意志決定 一一一一一一一一一一 消費者教育の現代的意義 一一一一一一一一一一一一. 15 15 18. 22 22 25. 32 32 33 36 40 47 47 51 54. 第3節 合理的意志決定能力を育成する具体的としての 1.                   規制緩和問題 規制緩和問題 一一一一∼一一一一一一一一一一一一. 2. 規制緩和の社会的影響 一一一一一一一一一一一一一. 3. 規制緩和問題の教材としての有効性 一一一一一一一. 55 55 56 59. 第租章 合理的意志決定能力育成と消費者教育に関する.                      授業・教科書分析 第1節 研究仮説と分析の視点 一一一一一一一一一一『一一.   1   2. 研究の仮説 一一一一一一一一一一一一一一一}一一. 第2節. 授業分析の結果と考察 一一一一一一一一一一一一一.   1. 授業実践事例分析の結果 一一一一一一一一一一一一. 分析の視点と分析の方法 一一一一一一一一一一一一. 74 74 74 75 81 81.

(3) 第3節 分析のまとめ 一一一一一一一一一一一一一一一一一  95 第IV章 合理的意志決定能力を育成する消費者教育の.                      社会科授業設計  第1節 授業設計の視点 一一一一一一一一一一一一一一一一    1 授業設計の考え方 一一一一一一一一一一一一一一一    2 消費者教育の授業設計 一一一一一一一一一一一一一  第2飾 消費者教育に関しての学習指導要領の検討 一一一一.  96  96  96  98. 100.  第3節 合理的意志決定能力を育成する.                  消費者教育の授業モデル    1 知識の構造 一一一一一一一一一一一一一一一一一一    2 問いの構造 一一一一一一一一一一一一一一一一一一    3 授業モデル 一一一一一一一一一一一一一一一一一一  第4節 授業モデルの成果 一一一一一一一一一一一一一一一    1 複数の視点からの事実の分析・検討 一一一一一一一    2 経済学の研究成果に基づいた教育内容の構成 一一一. 103 103 117 121 144 144 146. 結一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一147.

(4) 序  本章では,研究の視点・研究の目的・研究の方法を示し,研究の概要を明 らかにする。. 1.研究の視点  現実の社会においては,日々,様々な論争が行われ,様々な主張がなされ ている。社会へ出た子どもたちは,やがては何らかの形で社会的論争問題に 関わることが予想される。そこでは一定の価値判断・意志決:定が求められる。. このような社会の現実を考えると,授業においては,何らかの形で価値判断 能力・合理的意志決定能力を育成する必要性が指摘できる。.  社会科では,従来,イデオロギーとの関係から,授業において価値を扱う ことが敬遠される傾向があった。近年は,討論等の様々な形で,意志決定能 力を育成しようとする授業が展開されている。しかし,それらの中で,社会 認識形成と意志決定能力育成の双方を理論的に組み入れた授業展開は少ない と言わざるを得ない。また,意志決定能力を育成する際,「論題」に関して の事実を複数の視点から分析・検討している授業実践例も少ない。.  本研究では,合理的意志決定能力を育成するための理論と方法について述 べる。合理的意志決定能力を育成するためには,社会諸科学の研究成果に基 づいた因果関係的知識の習得が不可欠となる。そのような知識を習得した上 で,「論題」に関する:事実を複数の視点から分析・検討し,それらを総合的. に吟味して意志決定を行う必要がある。社会諸科学の研究成果を基盤とした 知識の習得をせず,かつ,論題に関する事実を複数の視点から分析・検討せ ずに行った意志決定は,決定内容が表面的なものに陥る恐れがある。また, このような知識と方法に基づかない授業設計は,学習課題が,社会事象の現 象的側面のみを追い続けるものになりがちである。.  また本研究では,合理的意志決定能力育成のための教材として,消費者教 育が有効であることを明らかにする。消費者教育においては,従来から,意 志決定能力育成の必要性が指摘されている。しかし,意志決定を行うための 理論と方法が,授業レベルで具体的に提示されたものは皆無に等しい。  近年,消費者重視の必要性が叫ばれている。しかし,消費に関しての様々 な社:会問題が発生しているのも事実である。これらの問題発生の原因を,消 費経済学,環境経済学の研究成果をもとに探求することによって,質の良い,. 法則性の高い因果関係的知識を習得することができる。そして,そのように して習得した知識を基盤とし,論題に関する事実を複数の視点から分析・検 討して,合理的意志決定を行う。本研究で提案する授業モデルは,このよう 一1一.

(5) な考え方のもとに作成したものである。.  授業における合理的意志決定能力育成の場面では,「環境問題」や「規制 緩和問題」を扱うことが可能である。本研究では,授業モデルにおいては, 「規制緩和問題」を扱うこととする。. 2.研究の目的 本研究の目的はつぎの3点にある。. (D合理的意志決定能力の育成に際して,論題に関する事実を複数の視点   から分析・検討することの有効性を明らかにする。 (2)合理的意志決定能力育成のための教材として,消費者教育が有効であ   ることを明らかにする。 (3)(D(2)の研究成果を組み込んだ,合理的意志決定能力を育成する消費.   者教育の授業モデルを構想する。. 3.研究の仮説 本研究の仮説は次の通りである。 (1)研究仮説. ①合理的意志決定能力育成の場面に,複数の視点からの事実の分析的   検討と未来予測の過程を導入すれば,生徒は,より安定した合理的   意志決定を行うことができる。. ②現代の消費に関する諸問題を経済学の研究成果を中心に検討し,問   題の所在と対立する価値の内容を明確にしていけば,消費に関して   の合理的意志決定能力を育成する教育内容を構成することができる。 (2)作業仮説. ①論題に関しての事実の分析・検討に際し,「包囲型の視点活動」と「湧.   き出し型の視点活動」の過程を導入すれば,事実を詳細に検討でき,   未来予測も多様なものとなる。. ②消費経済学と環境経済学の研究成果を中心に,社会事象を因果関係   的に把握すれば,問題の所在と対立する価値の内容が明確になる。. 一2一.

(6) 4.研究の方法 上記の研究目的を達成するために,次の方法で研究を進める。 ①合理的意志決定能力育成の必要性を明らかにする。 ②先行研究を検討する。. ③合理的意志決定能力育成の際に,論題に関する事実を複数の視点か  ら分析・検討することの有効性を明らかにする。. ④合理的意志決定能力育成のための教材として消費者教育が有効であ  ることを明らかにする。 ⑤消費経済学と環境経済学を中心に,消費に関する諸問題を解明する。. ⑥研究仮説に基づいて分析フレームワークを作成し,社会科授業実践  および教科書(中学校社会科公民的分野)の分析を行う。. ⑦以上の研究成果をもとに,合理的意志決定能力を育成する消費者教  育の授業モデルを提示する。. 一3一.

(7) 第1章合理的意志決定能力の育成  本章では,合理的意志決定能力育成の必要性と,合理的意志決定能力育成 のための理論および方法について述べる。.  第1節では,合理的意志決定能力育成の必要性を述べ,第2節では,合理 的意志決定能力育成の理論について述べる。そして,第3節では,合理的意 志決定能力育成の基本的な授業展開について述べる。  なお,本研究で扱う合理的意志決定は個人レベルについてのものである。. 社会的な意志決定の必要性についても指摘がなされているが,現在の社会状 況を考えると,個人レベルでの合理的意志決:定能力の育成が重要であると考 えるからである。. 第1節 合理的意志決定能力育成の必要性  本節では,「21世紀の未来予測」旧本社会の特質」「生きる力」という観 点から,一人ひとりの合理的意志決定能力の必要性について述べる。. 1.合理的意志決定能力育成の社会的要請 (D21世紀社:会の未来予測.  21世紀の社会を正確に予測することは難しい。しかし,「厳しく,流動性 が激しい時代」になることは予想できる。.  21世紀社会は,今までになかった,新たな社会的論争問題が発生する可 能性がある。たとえば,地球環境問題である。この問題は今でも激しい論争 が行われているが,地球環境問題は,今後ますます深刻なものになると思わ れるため,これからも様々な論争が行われるであろう。地球環境問題は,政 治的・経済的等,複数の要因を含む問題であり,国家間の利害が直接的に関. 係する問題である。また,この問題は,個人の消費活動と密接に関係するた め,個人のレベルにおいても様々な意見の対立がある。  少子高齢社:会の到来も深刻な社会問題となっている。1996年10月段階の. 推計人口では,生産年齢人口(15歳から64歳)が,戦後初めて前年を約10 万人下回った。このため,「労働者の高齢化が進展し,活力が失われること が心配され始めてきた」(①,p99)という。少子高齢社会は,家計にも大きな. 影響を与える。50%を超える国民負担率は,一人ひとりにとって大きな負 担となる。少子高齢社:会における我が国の在り方をめぐっての論争は,これ 一4一.

(8) から激しさを増していくであろう。.  また「規制緩和問題」も,今後ますます論争が激しくなると予想される問 題である。バブル経済崩壊後の経済の長期低成長は,我が国の至る所で様々 な問題を発生させている。政府や経済界は,現在の経済的閉塞性を打開する ために「規制緩和」の必要性を主張し,徐々に実施されつつある。しかし, 規制緩和は,企業間の競争を激化させ,失業率を増大させるおそれがあり, 批判もなされている。.  このように考えると,21世紀社会のイメージは暗いものになってしまう が,当然ながら,希望的側面も存在する。しかし,新たな社会的論争問題の 発生は避けることができないようである。 (2)日本社会の特質.  このような21世紀社会を生きるためには,一人ひとりが社会的論争問題 について考え,意志決定をしていくことが必要となる。一人ひとりの合理的 意志決定能力が必要となるのである。しかし,日本社会の特質を考えた場合, このことは容易ではない。.  河合隼雄氏は,日本社会の特質を西欧社会と比較し,「母性原理」と「父 性原理」という言葉を用いて《表1》のように示している。 《表1 父性原理と母性原理の比較[河合隼雄氏による](②,p,61)》. 父 性 原 理. 母 性 原 理. 機 能. 切る. 包む. 目 標. 個人の確立. 場への所属(おまかせ). ツ人の成長. 黷フ平衡状態の維持. 人間観. 個人差(能力差)の肯定. 絶対的平等感. 序 列. 機能的序列. 一様序列性. 人間関係. 契約関係. 一体感(共生感). コミュニケーション. 言語的. 非言語的. 変 化. 進歩による変化. 再生による変化. 責 任. 個人の責任. 場の責任. 長. 指導者. 調整役. 馬 間. 直線的. 円環的.  河合氏によれば,日本社会は母性原理が強くはたらき,西欧社会は父性原 理が強くはたらいているという。確かに日本社会は横並び的性質の強い側面 を持つ。当然ながら,そのような母性原理は完全に否定されるべきものでは 一5一.

(9) ないし,母性原理を完全に父性原理と入れ替えることは不可能である。しか し現在の我が国は,母性原理のみでは成立しない社会状況になっている。教 育改革等を通じて,父性原理の導入が行われっつある。.  我が国は明治以降,西欧先進資本主義諸国をモデルとし,それに追いつき 追い越すことを目標としてきた。そのためには,規格化された商品を大量に 生産することが急務であった。従来の教育は,この目標を達成するために重 要な任務を果たした。堺屋太一氏は次のように述べている。  「規格大:量生産に適した人材(労働力)とは,辛抱強く,協調性が高く,.  個性や独創性がない人材である。昭和以降の日本の教育は,辛抱強くて協  調性が高く,均質的な技能と知識と価値観を持ち,個性と独創性のない人  間を,いかに大量に育てるかに集中してきた。」(③,p.75).  母性原理は,規格大量生産のシステムに有効にはたらいた。しかし,それ とともに様々な問題が発生したことも:事実である。.  近年我が国は,国際的な視野にたった,新たな概念の創造の必要性に迫ら れている。岩田一彦氏は次のように述べている。  「これまでの日本社会には,西欧を中心としたモデルがあった。(中略)  今後は,日本人にこれまで西欧社:会が担ってきたモデルを提示することも.  要求されるようになっている。まったく新しい概念の創造,すなわち,プ  ロダクト・イノベーション(製品概念革命)が要求されている。このよう  な状況下では,教育の内容,方法も変革される必要がある。個性・創造性  の重視が最重要課題となる」(④,p2).  「個性・創造性の重視」は「父性原理」の導入につながる。もちろん,今 まで全く個性や創造性が重視されなかったとは言い切れない。しかし,今後 は,今まで以上に,我が国に「父性原理」の示す内容が,政策的に取ワ入れ られるだろう。それは教育においても例外ではない。中教審第二次答申には 次のような記述がある。.  「今後の我が国は,個性が尊重され,自立した個人が自己責任の下に多様  な選択を行うことができる,真に豊かな成熟した社会の創造を目指してい  くことが求められていくであろう。」(⑤,p.8).  この記述内容が示すものは,「父性原理」の導入に他ならない。 (3) 「生きる力」と合理的意志決定.  中教審第1次答申では,これからの教育の基本的な方向として「生きる力」. を育てていくことの必要性を述べている。中教審第1次答申は「生きる力」 について,次のように述べている。.  「我々はこれからの子供たちに必要となるのは,いかに社会が変化しよう 一6一.

(10)  と,自分で課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,.  よりょく問題を解決する資質や能力であり,また,自らを律しつつ,他人  とともに協調し,他人を思いやる心や感動する心など,豊かな人間性であ  ると考えた。」(⑥,p.91).  そして「生きる力」をはぐくんでいくために「個性尊重の考え方は,一層 推し進めていかなければならない。」(⑥,p92)と述べている。ここで述べて. いる「生きる力」の内容は非常に幅の広いものであり,実際に様々な解釈が なされている。.  「生きる力」をはぐくむためには,様々な方法が考えられる。筆者は「合 理的意志決定能力の育成」は,「個性・創造性の育成」とともに,「生きる力」. をはぐくむことを可能にすると考える。.  現実の社会においては様々な論争が行われている。生徒たちは,社会に出 たとき,それらの論争にかかわることになる。そこでは,一定の価値判断が 求められる。その時に個々の人が下す判断は,個人の嗜好のみを基盤とした ものは通用しない。明確な理由に基づく判断が求められる。このような価値 判断ができる能力,合理的意志決定能力が必要となる。岩田一彦氏は,「合 理的意志決定能力」について次のように述べている。.  f価値分析過程による合理的意志決定能力とは,①共感能力(価値Aを選  択する自分と価値Bを選択するもう一人の自分を設定する能力)と②論理  的考察能力(価値の吟味・選択を言葉を使って論理的に考えていく能力)  と③分析・統合・予測を論理的に行う能力(問題を詳細に分析し,どのよ  うな結果が予測されるかを総合的に推理する能力)の3つの能力をいう。」                            (⑦,PP. H 8−H9).  合理的意志決定能力の育成が,個性や創造性を育成するものであるという. ことについては本章第3節で述べる。ここでは,合理的意志決定能力の育成 が,「個性・創造性」を育成し,「生きる力」をはぐくむものであるというこ とのみ述べておく。.  我が国は,基本的に母性原理が支配する特質をもっている。しかしこれか らは,「自立した個人が,自己責任の下に多様な選択を行う」(⑤ρ.8)ことが. 求められる。また,「個性・創造性」は,21世紀の社会状況や目本社会の特 質を考えると,基本的には個人のレベルで育成される必要がある。このよう に考えると,一人ひとりの合理的意志決定能力の育成が重要課題となる。 本項では,「21世紀社会の未来予測」「日本社会の特質」「生きるカ」とい う観点から,一人ひとりの合理的意志決定能力の必要性について述べた。. 一7一.

(11) 2.社会科における合理的意志決定能力の育成  本項では,合理的意志決定能力の育成が社会科教育において必要であるこ とを明らかにする。まず,社会科の目標を提示するとともに,市民的(公民 的)資質を中心に学習指導要領の検討を行う。そして,現代の社会状況や21 世紀社会の未来予測の内容から,市民的資質の要素となるものを設定する。 最後に,峰明秀氏による価値認識形成論の分類を検討する。 (1)社会科の目標.  社会科の目標は「社会認識を通して市民的資質を育成する」ことである。 松尾正幸氏は,社会科の基本的性格について次のように述べている。.  「社会科の基本的性格については,社会科誕生以来,終始多様に議論され  実践されてきた。この経験の中で,社会科という教科は,『社会認識(社  会生活についての理解と認識)を通して公民的資質を育成する』教科であ  るという共通理解に達している。」(⑧,p.22).  なお,松尾氏の記述や学習指導要領は,「公民的資質」という言葉を用い ているが,片上宗二氏は,「市民的(公民的)資質」(⑨,p.67)という記述を. 行っている。「公民的資質」については様々な議論が行われているが,筆者 は,本研究では「市民的資質」という言葉を用いることとし,「公民的資質」 という言葉は引用文内のみに用いることとする。なお,文章の前後関係から, 「市民的(公民的)資質」という表記を行う場合もある。.  ところで,合理的意志決定能力の育成は,「市民的資質」に関わる内容で ある。学習指導要領では,中学校社会科の目標として次のような記述がなさ れている。 コ                                                                                                                 ロ. 1広い視野に立って,我が国の国土と歴史に対する理解を深め,公民としての基} 1礎的教養を養い,国際社会に生きる民主的,平和的な国家・社会の形成者とし; ロ                                                                                                                 ロ. 1て必要な公民的資質の基礎を養う。                  :. また,小学校社会科の目標は次のような記述がなされている。 ロ                                                                                                            ほ. 1社会生活についての理解を図り,我が国の国土と歴史に対する理解と愛情l lを育て,国際社会に生きる民主的,平和的な国家・社会の形成者として必l l要な公民的資質の基礎を養う。                   1. 両方とも野際社会に生きる民主的,平和的な国家・社会の形成者として 一8一.

(12) 必要な公民的資質の基礎を養う。」という記述を行っている。では,ここに 記されている「公民的資質」とは,どのようなものであろうか。 (2)学習指導要領の検討.  小原友行氏は,「公民的資質は,citizenshipの訳語であり,一般的には,. 民主的社会の形成者として必要な諸特性と考えられるが,その概念の内容は 必ずしも明確ではない。」(⑩,pp.124−125)と述べている。.  公民的資質については,平成元年版小学校指導書社会劇に次のような記述 がある。.  「公民的資質は,民主的,平和的な国家・社会の形成者すなわち市民・国  民として行動する上で必要とされる資質を意味しており,とりわけ,これ  からの国際社会に生きる日本人としての資質が求められている。.   公民的資質の基礎を養うためには,単なる知識の伝達ではなく,児童一  人一人が社会生活についての理解をもとに社会的なものの見方や考え方を  もち,これからの社会において主体的に生きていくことができる力を育て  るようにする必要がある。また,民主的,平和的な国家・社会の一員とし  て自他の人格を尊重するとともに,社会的義務や責任を果たそうとする態  度を培うようにする必要がある。」(⑪,p.6).  学習指導要領が示す公民的資質に対しては様々な批判もある。その主なも のは,公民的資質が「国家・社会という狭い範囲内でしかとらえきれていな い」というものである。このことに関して田淵五十生氏は,次のように述べ ている。.  「かって社会科では,地域社会の一員としての市民的資質や国家社会の一  員としての国民的資質を育成することが狙いであった。事実その両者を統  一した概念として,『公民的資質』という用語が使用された。しかし,今  必要とされているのは,地域や国家を超えた地球的市民としての資質であ  る。」(⑫,P.6D.  前記の「小学校指導書社会編」の記述においても,「国際社会ゴという言 葉は使用しているが,全体的には,「国家・社会の形成者」という観点から の記述が中心となっている。筆者は,「国家」の存在をいたずらに否定する ものではないが,近年の世界の緊密な結びつきを考えると,市民的資質の要 素として,国際的視野を持った,地球的規模の思考ができる能力は必要であ ると考えている。.  また,学習指導要領が,「態度形成」を求めている点も批判の対象となっ ている。谷川彰英氏は,公民的資質に関して,中学校社会科公民的分野の目 標(1)における,「公民として必要な基礎的教養」という一文を引用し,次 一9一.

(13) のように述べている。.  「教養という言葉を用いたのは,単にばらばらな知識を詰め込むのではな  く,それが能力となり態度化しなければ社会科の目標を達成したことにな  らないことを強調したかったからである。」(⑬,p.5).  このような谷川氏の指摘からも,学習指導要領が「態度形成」を求めてい ることがわかる。しかしこのような「態度目標の明示化」に対し,森分孝治 氏は次のように批判している。.  「態度目標が社会科の目標,教育内容を規定する内容:的目標に加えられる.  とき,授業構成は恣意的になり,教師の価値観・世界観,あるいは教室外  のカによって権威づけられた価値観・世界観の注入となっていく。(中略)  社会科は理解させることで態度を形成するかもしれないが,態度の形成を  目標とすべきではないま(⑭,p.82).  また,宇佐美寛氏は次のように述べている。.  「何かを知ることなしには,『心情』や『態度』を持つことはできないの  である。(中略)子どもを変えるために,教師ができる仕事は,何かを知  らせることだけなのである。ある『感情』をもたせる,ある『態度』を養  うということが言われるが,それは何かを知らせることによってのみ可能  なのである。(中略)教育がめざすべきことは,子どもが事実を正確に,  子どもに可能な程度で詳しく知るようにすることなのである。その結果,.  子どもがどのような感情を持つことになろうとも,それは子どもの自由で  ある。」(⑯,PP.187−190).  両氏とも,「心情」や「態度」を目標とした授業展開が批判されるべきで あるということを述べている。筆者も,態度形成を意図した授業展開には反 対の立場をとる。したがって,合理的意志決定能力育成場面でも,事実を基 盤として授業を展開し,オープンエンドな形で授業を終えるものとする。 (3)市民的資質と合理的意志決定.  本項(1)では,社会科の目標を示すとともに,合理的意志決定能力の育成 が「市民的資質」にかかわるものであることを示した。また,本項(2)から,. 小学校指導書社会編に記述されている「公民的資質」の内容と,それに対す る批判があることがわかった。また,合理的意志決定能力育成の場面では, オープンエンドな形で授業を終了する必要があることも述べた。しかし,い ままでの内容からは「市民的資質」に関しての具体的内容が明らかにされて いない。市民的(公民的)資質に関しては,様々な意見が主張されている。 その全てをここで紹介することは不可能である。本項では,現代社会の状況. や2i世紀社会の未来予測の内容をふまえ,「市民的資質」の具体的内容につ 一10一.

(14) いて検討する。.  2蓋世紀社会は,変化の激しい時代になると予想される。このような社会 において生きていくためには,一人ひとりが「社会を見る目=概念装置」を 持つ必要がある。社会事象を科学的因果関係的知識に基づいて分析・検討・ 把握をすることができれば,日常生活で見聞きする様々な社会事象を説明す ることができるようになる。また,このような能力は,社会の変化への対応. を可能とする。したがって,市民的資質の要素の1つとして「科学的社会認 識」を設定する。.  科学的社会認識は,社会事象の因果関係を把握しようとするものであるが,. 社会事象は,様々な要因が複雑に関連し合って生じている。したがって,社 会事象を複数の視点から捉えることが必要となる。以上のことから,市民的 資質の要素の1つとして「複眼的思考」を設定する。この「複眼的思考」は, 社会事象の理解を促すとともに,「他者理解」「異文化理解」を可能にするも のでもある。.  社会事象は複数の要因から生じているが,様々な要因の中でも,「経済」 の視点は欠くことができない。冷戦終結後,世界を動かしているのは「政治」 ではなく「経済」である。「経済的合理性基準」のもとに世界は動いている。. また,「経済」は,消費活動を通して誰もがかかわる内容である。したがっ て,市民的資質の要素の1つとして「経済的思考」を設定する。  今や世界は,経済(貿易)と通信を中心にして密接に関わっている。ある. 地域の株価の暴落が,1日のうちに世界経済に影響を与える時代である。ま た,我々の身の回りの品々も,他国からのものが多く存在する。このような 時代においては,自己と世界のかかわりについて考えることは必要不可欠な. 内容となる。したがって,市民的資質の要素の1つとして,「グローバルな 思考」を設定する。.  21世紀社会は,個人の生活と密接な関わりをもつ様々な社会的論争問題 の発生が予想される。社会的論争問題の発生は様々な価値の対立を生むが, そのような状況においては,他者の意見を聞いて吟味したり,他者の意見を 尊重しながら自分の意見を述べるような資質が必要となる。このような他者 の価値観を認める民主的な姿勢の基盤となるのが「他者理解(共感)能力」. である。したがって,市民的資質の要素の1つとして「他者理解(共感)能 力」を設定する。.  以上,市民的資質の要素として,「科学的社会認識」「複眼的思考」「経済 的思考」「グローバルな思考」「他者理解(共感)能力」を設定した。ところ. で,これらの要素は,社会的論争問題に関しての「合理的意志決定」を通じ て,総合的に扱うことが可能となる。.  上記の5要素以外にも,市民的資質として,たとえば「主権者としての意 一11.

(15) 識」等も考えられるが,r主権者としての意識」も,社会的論争問題につい て合理的意志決定を行うことで,その資質を育成することが可能である。こ のように考えると,「合理的意志決定の能力」は「市民的資質の中核1とし て位置づけることができる。このことに関して,岩田一彦氏は次のように述 べている。.  「市民的資質は幅広い概念で多くのことを包含している。しかし,その中  核は,社会的諸問題に対峙したときに合理的意志決定ができる能力である」                               (⑯.Pユ2).  以上のことから,合理的意志決定能力は市民的資質の中核に位置つくこと がわかる。また,社会科の目標は,「社会認識を通して,市民的資質を育成 する」というものであることから,市民的資質の中核に位置つく合理的意志 決定能力の育成は,社会科での育成が必要とされるものであることが指摘で きる。. (4)価値認識形成論の比較.  本項(3)の内容から,合理的意志決定能力が市民的資質の三一に位置つく ことが明らかとなったが,そのような能力の育成を目指す「価値:認識形成論」. は,峰明雪下によれば,以下に示すように分類できるという。本項では,5 人の研究者の「価値認識形成論」を比較した峰明秀氏の論文を検討する。な お,5人の研究者とは,加藤幸次氏,今谷順重氏,小西正雄氏,小原友行氏, 岩田一彦氏である。.  志野は,各研究者の価値認識形成論を,「目標とされる価値の質」,「態度 形成」,「授業構成」について分析を行っている。その内容を示したものが,. 次頁《図レ1》である。  峰氏は,《図1−1》の分類結果について次のような考察をしている。.  fそれぞれの授業理論によって構成される授業は,社会的価値の探求を共 通にしながら,価値観形成を含むか否かの目標の違いが見られる。それは,  個人的価値と社会的価値:のどちらを直接の目標に置いているか,どのよう  な態度の育成を目指しているかの違いによって区別できる。」(⑰.p.8D.  また峰氏は,価値の質について,「個人的な価値」と「社会的な価値」と に区別するとともに,価値:認識の過程を「価値前提型」と「価値評価型」と. に分け,次頁《図1−2》のように示している。なお峰氏は,「価値前提型」 を,「価値の認識過程から,『価値』それ自体に固定的な意味内容を前提にお き,方法を従属させるもの」と規定し,「価値評価型」とは,「『価値』その. ものは流動的な形式結果のものでありその評価過程に意味があるとするも の」と規定している。 12一.

(16) 加藤. 分析項目. 今谷. 小西. 岩田. 小原. P個人的価値. る目. 標. @(Personal). lと. r社会的価値. フさ. @(S㏄ial). P(S). P(S). P(S>. P(S>. P(S). ソれ 態度. D直接(D配ct). `成. P間接(lndirect). 授業構成. D. D. V. C,V. CoV. C→V. タ行. 摯. A続. 正. 1. 1. C概念探求 @(Concept). u価値追求. C→V. @(Value)の関 《図1−1各研究者の価値認識形成論の分析[峰氏による〕(⑰,p.81)》. 第1象限  社会的な価値を探求す. 価値評価型.  る授業. 第II象限. 第H象限. 第1象限. y.  個人的な価値の追求,. 軸.  価値観形成を直接目指  す授業 個人. 社:会. 第田象限  個人の信念や価値観に. x軸.  合致し,共感的理解 第皿象限. 第IV象限.  を求める授業. 第W象限. x軸認 y軸認.  道徳的・規範的価値:の.  注入を行う授業. 価値前提型. 《図1−2 価値認識授業の類型[峰氏による](⑰,p90)》. 上記の《図1−2》を示したのち,,回書は次のように述べている。 「加藤・今谷は子どもの社会参加・態度形成を直接の目標においている。. この場合,例えば,自己犠牲と援助・奉仕のような価値と価値のバランス の調整が個人の精神的な陶冶にまかされる場合が出てくる。教材の選択の 一B.

(17) しかたや授業を構成する暗黙の価値の前捷のうちに価値注入や価値理解の 授業になってしまう。小原・岩田は,社会認識体制における価値:的知識が. 事実的知識の上層に体系化された構造モデルを前提とし,順次的な認識の. 発展として授業過程を位置付けたのに対し,小西は知識の獲得における順 次性を事実的知識から価値的知識の獲得に限定せず柔軟な獲得の過程を採 用している。筆者(峰氏:雨注)は,その違いを推論形式における演繹的 推論と仮説的推論のどちらを重視するかの違いによると分析する。両者を 取り入れた授業過程の工夫が考えられる。」(⑰、p,90).  以上の峰氏の分析から,価値認識形成論については,様々な主張がなされ ていることがわかった。では,合理的意志決定能力を育成するためには,ど うのような理論に基づいて,どのような授業展開を行えばよいのだろうか。’. 本章第2節,第3節では,合理的意志決定能力育成のための理論および方法 を検討する。.  本節では,合理的意志決定能力育成の必要性に関して,第1項で「社会的 要請」の観点から,第2項で「社:会科における市民的資質育成」の観点から 考察した。また,峰氏の論文から,「価値認識形成論」には様々なものがあ ることがわかった。次節では,合理的意志決定能力育成の理論についての検 討を行う。.  《第1章第1節 参考文献一覧》 ①財団法入矢野恒太記念会編 『日本国勢図絵第55版』,国勢社:,1997,6 ②河合隼雄著  『臨床教育学』,岩波書店,1995.6. ③堺屋太一著 『大変な時代』,講談社,1995.10. ④岩田一彦  「社会の変化に対応できる社会認識内容及び方法 一環境教  材の検討一」日本社会科教育学会編 『社会科教育研究』No.67,19929.  所収 ⑤中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」   『学校運営研究』, ’97年7月号臨時増刊 No,467,明治図書,1997.6. ⑥中教審答申の21世紀学校像を読む『現代教育科学』緊急増刊号No.479  明治図書,1996.9. ⑦岩田一彦著 『小学校社会科の授業分析』,東京書籍1993.4 ⑧松尾正幸 「社会科教育の目標論」 社会認識教育学一編 『中学校社  会科教育』,学衛図書出版社 1996.4所収 ⑨片上宗二  「社会認識と市民的資質」 社会認識教育学会編  『社会科.  教育ハンドブック』,明治図書,19953 所収 14一.

(18) ⑩小原友行 「公民的資質の育成をどう変えていくか」 社会認識教育学  会編  『社会科教育の21世紀』,明治図書,1985,5所収 ⑪文部省 『小学校指導書社会編』,学校図書株式会社,1989,6. ⑫田淵五十生 「社会科と国際理解」社会認識教育学会編『社会科教  育ハンドブック』,19953 所収. ⑬谷川彰英 「公民的資質」 大森照夫他編 『新訂社会科教育指導用語.  辞典』,教育出版,19963所収 ⑭森分孝治著 『社会科授業構成の理論と方法↓明治図書,1996.8 ⑮宇佐美寛骨 『思考指導の論理』,明治図書,1993,8. ⑯岩田一彦 「個を生かし創造力を育てる社会科の指導j 『中等教育資.  料』,文部省,1985所収 ⑰峰明秀  「価値認識形成を目指す中学校社会科授業」 全国社会科教育.  学会編 『社会学研究』第42号,1994. 第2節 合理的意志決定能力育成のための理論  前節では,合理的意志決定能力育成の必要性について述べた。本節では, 合理的意志決定能力育成のための理論を示す。. 1.事実を分析・検討することの重要性 (1)選択の根拠.  合理的意志決定を行うためには,社会諸科学の研究成果に基づいた因果関 係的知識が必要になる。様々な主張が可能な,正しい解答のない対象に対し て価値判断を行うのである。「望ましいもの」や「あるべき姿」などはわか らない。そのような時に頼りになるのは,基本的にマま,社会諸科学の研究成. 果に基づいた因果関係的知識である。したがって,合理的意志決定には,科 学的因果関係的知識に基づいた「理由」がともなう必要がある。このような 理由を伴った意志決定のことを,「安定した合理的意志決定」という。. 佐伯郡氏は,ある対象(モノ)を選択する際,明らかに選択の根拠を選ん でいるとしか考えられないケースが存在することを指摘して次のように述べ ている。.  「私たちが何らかの『対象(モノ)』を選んでいるとき,わたしたちは本  当にその対象(モノ)を選んでいるのだろうか。このような奇妙な質問を  発するのは,実は多くの場合,明らかに対象(モノ)を選ぶのではなく, 一15一.

(19)  むしろ,選択の根拠を選んでいるとしか考えられないケースが存在するか  らである。」(①,P.295).  合理的意志決定は単なる「決意」ではない。合理的意志決定には「選択の 根拠」をともなう必要がある。「選択の根拠」をともなった合理的意志決定 を行うためには,事実を分析・検討することが必要となる。 (2)事実判断と価値判断.  人は日々,様々な「判断」を行っている。その判断には大きく分けて「事 実判断」と「価値判断」がある。岩崎武雄氏は次のように述べている。.  「われわれが混同してしまいがちな異種の判断として事実についての判断  と価値についての判断があります。(中略)事実判断は『∼がある』また  は『∼である』という判断です。それは対象が事実いかにあるかというこ  とについての判断です。これに対して価値判断は,『∼であるべきである』,.  または『∼すべきである』という判断です。これは決して事実についての  判断ではなく,いわば理想についての判断です。」(②,p93).  また,金井肇氏は次のように述べている。  「価値判断は,ふつう事実判断であり,『∼がある』,『∼である』という.  判断である。これを基礎として行われるのである。例えば,A君がごみを  拾った,という場合,事実に関して判断する事実判断が行われるものと,  『それは,よいことだ』というように,“よい”“悪い”という判断を下す  ことが価値判断なのである。」(③μ80).  岩崎氏と金井氏の指摘からは2っの内容を読みとることができる。ひとつ は,事実判断と価値判断が異なるものであること,もうひとつは,価値判断 は,事実判断を基礎として行われるということである。  宇佐美寛氏も同様の立場に立ち,次のように指摘する。すなわち,「価値」. を,一応「望ましいもの(あるいは欲せられるもの)」とすると,そのこと が「なぜ」望ましいのか,という理由が問題になりうる。そして,その理由 をあげたとしても,またその理由が問われる。このように,理由の連鎖をた. どっていくと,究極的には,3つの理由のあげ方があると宇佐美氏は述べて いる。その3つとは,以下に示すとおりである。  直観主義… それが望ましいのが「自明」であるとするか,「直感的」に知りうると        するかによって,理由づけを打ちきるという方法。  超越主義…  神・仏のような超経験的権威の命令(あるいは教え)を究極の理由づ.        けとする方法。  自然主義…  望ましさの根拠を,客観的事態が事実としてその望ましさと一致する.        ことに求め,自然な本来の存在にかなっているから価値があると考え .16一.

(20)        る方法。                 (④,P.171).  しかし,現実には,人は,ここにだどりっくまでに,様々な判断を行って いる。ましてや,これらの内容は,反証できない内容なので,人によっては,. これら以外の理由を根拠としていることも考えられる。したがって,価値判 断の理由づけは無数に存在することになる。宇佐美氏はこのように指摘した 後,次のように述べている。.  「重要なことは,これらのことが価値判断ではなくて,事実判断だという  ことである。つまり,ある価値判断の理由づけは,ある範囲までは事実判  断のつみ重ねによってなされるのである。(その範囲をすぎると,さきに  述べたような最終的な根拠づけが行われる。)」(④,p.172).  「実際に行われている道徳判断は,多くの事実判断を証拠として,それに  支えられて行われる。ふつう価値判断の問題とみなされていることは,か  なりの程度までは,事実の問題なのである。」(④,p.172).  宇佐美寛保も,価値判断は事実判断を基礎にして行われると述べている。  以上の指摘から,合理的意志決定の能力を育成するためには,何らかの「事 実」を提示して,その事実を分析・検討する場面が必要であることがわかる。 (3)認知的不協和の理論.  では,「事実」を全く無視するとどうなるのであろうか。このことを考え る際に参考になるのが,L.フェスティンガー(Leon Festlnger)の「認知的不協. 和の理論」である。.  フェスティンガーは,「矛盾」という言葉を「不協和」という言葉に,そ して「無矛盾」という言葉を「協和」という言葉に置き換え,基本仮説を提 示している。その基本仮説は次の通りである。. ;①,不協和の存在は,心理学的に不快であるから,この不協和を  1 コ                                                                                                                     ロ. 1  低減し,協和を獲得することを試みるように,人を動機づけ  l. l  るであろう。                      l l②,不協和が存在しているときには,それを低減しようと試みる  1 :  だけでなく,さらに人は不協和を増大させると思われる状況  1 :  や情報を,すすんで回避しようとするであろう。  (⑤,p.3) :. そして,次のように述べている。 「われわれが述べてきた不協和の理論の核心は,比較的単純である。 この理論によれば,. ①,認知要素の間には,不協和または《不適合(non負ttmg)》な関係が 一17一.

(21)    存在することがある。.  ②,不協和の存在は,不協和を低減させ,または,不協和の増大を回避    させる圧力を生ずる。.  ③,こうした圧力のはたらきが現れる仕方には,行動の変化,認知の変化    および新しい情報や意見に対する周到な接触が含まれる。  この理論の核心は単純ではあるが,かなり広いふくみをもち,表面上非常  に異なっているかに見える種々の状況に対して,広い適用範囲をもってい  る。」(⑤,PP。31−32).  この理論にしたがえば,人は何らかの原因で認知的に不協稲な状態になれ ば,その不協和を低減させようとするという。認知的不協和は動機づけの要 因ともなる。この理論は,授業の導入場面や学習問題を把握させる場面を考 える際には有効であろう。では,合理的意志決定能力を育成する際にはどう だろうか。.  合理的意志決定能力育成場面に関してこの理論が示すものは,「:事実を分. 析・検討することの必要性」である。意志決定(価値判断)の必要が迫られ た状態においては,2つ以上の対立する価値が存在する。認知的に不協和な 状態であるる不協和の存在は,その低減をはかるようにその入を動機づける から,判断根拠を何ももたずに意志決定を行うなら,その人はだだ嗜好や経 験のみを判断根拠とすると考えられる。この場合,その判断に至った根拠が 不明確であり,他者の意上等によって,決定内容は容易に覆される可能性が ある。これでは,その人は合理的に意志決定をしたとはいえない。合理的意 志決定は,事実を基盤として行われる必要がある。したがって授業において 合理的意志決定能力を育成する際には,事実を分析・検討する過程が必要で あり,そのためには,具体的な社会的論争問題を「論題」として提示し,そ の論争問題に関しての事実を分析・検討する必要がある。. 2.複数の視点からの事実の分析・検討 (1)認知心理学の研究成果から.  社会事象は原因と結果の関係を把握することで理解が可能となる。しかし その社会事象は,複:数の原因が相互に影響しあって現れている。合理的意志 決定能力を育成する場面でも,事実を分析・検討する際には,複数の視点か らのアプローチが必要となる。.  認知心理学の研究成果によれば,概念とは,単にひとつの視点からの「見 え」(注Dについての知識ではないという。宮崎清孝氏と上野直樹氏による著 書『認知心理学選書1視点』(⑥)では,次頁に示す《図1−3》《図1−4》を 18一.

(22)  提示し,次のように記述している。その概略を説明する。.   《図レ3》に示した,円,楕円,放物線,双曲線,2直線は,すべて同じ  概念に属するものである。すなわち,《図1−4》のように,正円錐を様々な  形で切ることにより,《図1−3》は生成できるのである。このことは,対象  を異なった視点から見ると異なった見えを生成することを示している。                             ナロコ  サ      ノ .                                /ノ.                          !! / 、     、、                            ’    、   ’ ㌦. 《図1−3 円錐曲線の事例》. 《図1−4正円錐を切ることにによ     って生成される円錐曲線》.  これは,社会事象についても同様に考えることができる。その具体例とし. て「裁判」を挙げることができる。「裁判」においては,1つの事件の捉え 方をめぐって,双方で論争が行われる。『認知心理学選書1視点』には,「立 方体の概念」を例にあげて次のように記述している。.  「むしろ,概念とは,単にひとつの視点からの見えについての知識ではな  い。むしろ1つの透視変換像は,視点を連続的に移動させたときに,見え.  が連続的に変化していく途上にある見え方の1つの個別的な事例にすぎな  い。むしろ,1っの視点からの見えを,特定の連続的変化の途上に位置づ  けることができて,はじめて立方体の概念をもっているということができ  るのである。」(⑥,p.42) 時窄紬. 聴\. O静止物体. ’.   ㌣. 《図1−5 視点の空間的・時間的移動》 一19一.

(23)  また,次のようにも述べている。.  「それでは,新たに概念を理解するとか,対象を概念的に理解するという  のは,どういうことになるのだろうか。一言でいうなら,それは,今現在  の見えとしての個別的な事例を何らかの連続的変化の途上に位置づけたり 位置づけ直すことを含んでいるということになるだろう。」(⑥,p59>.  このように考えると,「事実の分析・検討」を行う際には,前頁《図1−5》. に示すように,空間的・時間的に視点を移動して,複数の視点から事実を捉. えていく必要があることがわかる。このことは,佐伯絆氏の言うf可能的世 界の連続的生成」(⑦,p.202)と同じであろう。. (2)共 感.  従来から,自分とは異なる視点で対象を把握しようとする理論は主張され ていた。「共感」もそのひとつである。.  内田義彦氏は,アダム・スミスの共感の理論について次のように述べてい る。.  「少し注意をしてみると,スミスの共感本能は二重の意味をもたされてい.  ることに気が付きます。その一つは他人に共感する能平いま一つは共感  獲得本能,他者の共感を得たいという本能であります。この二つの意味を  含んだ共感がセルフ・インタレスト(自己への関心・自己の利害への関心).  と結びつき,相互に規定しあっている。それが人間の本性としてスミスが  見たものです。」(⑧,p.160).  また,藤岡信勝氏は,共感に関して4っの点を指摘し,その第1として次 のように述べている。.  「第一に『共感』とは何かという問題である。スミスは,共感の成立根拠  を,他者の立場に身をおいて考える想像力にあるとしている。」(⑧,p98).  教育現場でいわれる「共感」あるいは「共感的理解」は,藤岡氏が指摘す るような意味で使われることが多い。しかし,宇佐美寛氏は,このような「共 感」に対して次のように批判している。.  「他の人の喜びを喜び,悲しみを悲しむような,共感(同情)の出来る人  間にするということは,教育が望ましいとしてめざす目標の一つであろう。.  しかし,よくおちついて考えてみると,私にはこのことが理解できない。.  例えば,他の人の悲しみを感じるなどということは,絶対的に(論理必然  的に)不可能である。なぜなら,感じているのは私なのだから,私がいく  ら悲しみを感じたところで,それは私の悲しみなのである。」(⑩,p.243>.  また,藤岡氏も共感の方法の限界を2っ指摘し,「共感」から「分析」へ と向かう必要性を指摘して,次のように述べている。 一20一.

(24)  「第一に,他者の立場に身をおいて考えてみることは,外側からながめて  いただけではわからない。(中略)同時に,他者の立場からする『見え』.  の世界に視野を限定されるという側面もある。(中略)共感の方法のもう  一つの固有の限界は,(中略)この方法によっては,一般に個々の人間か  らは見ることができない社会現象のレベルの認識が不可能だということで  ある。」(⑦,PP.102−104).  このように「共感」には様々な問題が提起されている。筆者は「共感」「共. 感的理解」を否定するものではない。むしろ,21世紀は今まで以上に世界 が緊密なものになると予想されるので,「他者理解」や「異文化理解」等は,. これからも重要性を増してくると考えている。筆者が反対するのは,共感さ. せることのみで終わってしまう授業に対してである。特に,合理的意志決定 能力育成場面で意図的に「共感」をさせることは,生徒の思考を制限し,「:事. 実の分析・検討」を偏狭なものにしてしまう恐れがある。合理的意志決定を 行うためには,幅広くかつミクロな情報が必要であり,それらの清報を科学 的な知識を基盤として因果関係的に結びつけたり,未来予測をしたりする「分. 析・検討」が不可欠のものとなる。筆者は,このような理由で,合理的意志 決定能力育成のための「事実の分析・検討」を考える際に,「共感」ではな く「認知心理学の研究成果」を援用したのである。.  本節においては,合理的意志決定能力育成のために,複数の視点から事実 を分析・検討する必要があることを,認知心理学の研究成果を援用して述べ た。これにより,事実の分析・検討を,複数の視点から行うことの必要性が 明らかとなった。.   《第1章第2節 参考文献一覧》 ①佐伯絆著  『「決め方」の論理 社会的決定理論への招待』,東京大学出  版会,1996.3. ②岩崎武雄著 『正しく考えるために』,講談社,1972.7 ③金井肇編著 『新道徳教育辞典』,第一法規,1986.. ④宇佐美寛著 『教育において「思考」とは何か』,明治図書,1987.4. ⑤L.フェスティンガー著末永俊郎監訳 『認知的不協和の理論』,  誠心書房 1996.6. ⑥宮崎清孝・上野直樹著 『認知心理学選書1視点』,東京大学出版会,  1993.3 ⑦佐伯脾著 『イメージ化による知識と学習』,東洋館出版社,1992.12. ⑧内田義彦著 『社会認識の歩み』,岩波新書,1996.6. ⑨藤岡信勝著 『社会認識教育論』,日本書籍,199HO 一2レ.

(25) ⑩宇佐美寛著  『教育において「思考」とは何か』,明治図書,1987.4 注1:「認知心理学選書1視点」(参考文献⑥)には,「『視点の構造』は2つの対語によって表現す   ることができる。」(⑥,p.53)として,「動的視点一静的視点」と「実在一見え」を示している。.   本文中で使用している「見え」は,「動的視点」「実在」に対する「見え」である。なお,こ   こでいう「見え」とは,変形の途上にあるものを指し,対象を変形する過程に位置づけない   見方をこの著書では「スナップショットェと述べている。. 第3節 合理的意志決定能力育成のための授業展開 本節では,合理的意志決定能力育成のための基本的授業過程を提示する。. 1.概念探求過程から価値分析過程へ (1)社会認識形成場面と合理的意志決定能力育成場面の設定.  今まで述べてきた内容から,判断には「事実判断」と「価値判断』がある ことや,「価値判断」はある程度までは「事実判断」を基礎として行われて いることが明らかになった。また,個人の嗜好や経験のみに基づく価値判断 を避けるためにも,合理的意志決定能力を育成する際には,科学的因果関係 的知識を基盤として,複数の視点から事実を分析・検討することが必要であ ることも明らかとなった。では,合理的意志決定能力を育成するための授業 はどのように展開すればよいのであろうか。.  社会科の目標は,「社会認識を通して市民的資質を育成する」というもの であり,合理的意志決定能力は,市民的資質の中核になるものである。しか し,合理的意志決定能力育成場面で収集する事実は,主に「論題」に関して のものに限定されるため,これのみによる社会認識は不.十分なものである。. したがって,社会科の授業においては,「合理的意志決定能力を育成する場 面」と「社会認識を育成する場面」が必要になる。「合理的意志決定能力育 成の場面」では,それまでに育成された社会認識や,「事実の分析・検討」 によって獲得された知識が総動員されることになる。 (2)概念探求過程から価値分析過程へ 岩田一彦氏は,次頁《図i−6》に示すように,社会科の授業設計において, 「事実判断」と「価値判断」を分けて捉えている。岩田氏の分類によれば, .22一.

(26) 「記述的知識」と「分析的知識」が,思考の働きとして「事実判断」とかか. わり,「説明的知識」と「概念的知識」が思考の働きとして推理となる。そ して,「規範的知識」が,思考の働きとして「価値判断」に位置つく。岩田 氏は次のように述べている。. 知識の種類  思考の働き.  「(前略)社会的見方,社会認. 構社:.  識が,事実関係的知識に関わ. 成会. 事.  っている。事実関係的知識の. す的. 実.  内で,記述的知識,分析的知. る見. 関.  識が,社会的見方・社会認識. 要方. 係.  の材料となる知識である。説  明的知識,概念的知識が社会  的見方・社会認識である。一  方の価値関係的知識が,社会. 素を. 的. 社. 知. 会. 識.  的考え方,市民的資質とかか. 見.  わっている」(①,p.53). 方.  そして,岩田氏は,「概念探求. 社. 価. ・価値分析型社会科」の基本的. 会. 値. 学習過程は,「概念探求過程」か. 的. 関. ら「価値分析過程」へすすむと. 考. 係. して,具体的には,次頁《図1−7》. え. 的. 《図レ8》のように示している。. 方. 知. 記述間知識. 一事実判断 分析的知識. 説明的知識. 一推理. 的. 概念的知識. 規範的知識 一価値判断. 識. 図1−6 社会的見方・考え方と知識・思考の    関係[岩田一彦氏による](①,p57). 概念探求・価値分析型社会科基本的学習過程.   概念探求過程 → 価値分析過程. 岩田氏の示す「概念探求・価値分析型社会科基本的学習過程」にしたがえ ば,合理的意志決定能力の育成は「価値分析過程」にかかわる。.  筆者はこれまで,合理的意志決定能力育成のためには,「事実」の因果関 係的把握や未来予測などの「分析・検討」が必要であることや,具体的な事 実を「論題」として提示することの必要性を述べてきた。また,「事実判断」. と「価値判断」は異なることから,授業においては,「社会認識を育成する 場面」と「合理的意志決定能力を育成する場面」を別々に設定する必要性に ついても述べてきた。岩田氏の示す基本的学習過程は,これらの内容に則し たものである。したがって今後は,岩田一彦氏の理論を参考にし,合理的意 一23一.

(27) 志決定能力の育成について述べていくこととする。. 1.情報収集 →. H.情報の分類. →. @ ・比較. IH.学習問題の発見・把握 @(なぜ疑問の発見・把握).    IV.予想の提示. →. i情報問の関係の直観的結合).   V.仮説の設定 i情報間の関係の分析的結合). VI.仮説の証拠となる資料の収集. →. @ (情報問の関係考察〉.     町.検証 i情報間の関係の証明あるいは ロ定). 棚.まとめ・応用,高しい問いの発見. 《図1−7 社会科における概念探求の基本的学習過程[岩田一彦氏による](①,p.62)》.   1.価値論争問題. →. i規範的知識の選択を求める問題). 皿.未来予測. H.:事実の分析的検討. @(価値分析過程1). →. i価値分析過程H).  IV.価値:判断. i規範的知識の選択). 《図1−8社会科における価値分析の基本的学習過程[岩田一彦氏による]①,p.62》. (3)合理的意志決定能力育成場面の意図的な設定  河田敦之氏は,公的論争問題学習の必要性を主張するJ.P.シェーバーの理 論を検討し,次のように述べている。.  「シェーバーは,合理的意思決定能力は,市民生活の中で自然に形成され  てくるものではなく,意図的・計画的に育成されねばならないとする。な  ぜなら,日常生活の中では,市民は,次のような否定的条件のゆえに,常  に公的論争問題に対する合理的意思決定ができるわけではないからである  第一に,市民は,日常生活に忙殺され,公的論争問題を解決しようとする  意思はもちろん,関心さえ持ちあわせているわけではないからである。 一24一.

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