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M・ワイトの国際社会論における勢力均衡の役割 -英国学派の文脈から

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<論 文>

M・ワイトの国際社会論における勢力均衡の役割

― 英国学派の文脈から

1)

角 田 和 広 *

The Role of the Balance of Power in M. Wight s International Society:

On the Perspective of the English School

TSUNODA, Kazuhiro

The purpose of this paper is to examine the relationship between the balance of power and the international society in M. Wight s thoughts. This research will show readers to what extent his perception of the balance of power is influential to the context of the international society. For that purpose, first of all, this article will explore respectively into the interpretations of two representative theorists, H. Bull and I. Hall, in the English School over the thought of Wight. It will be argued that they relatively emphasize social aspects(Bull)of the international society, such as international law and diplomacy, and aspects of ideas(Hall)of it, such as policy makers. Thereafter, this research will argue that the social aspects and ideas of Wight s international society depend on the balance of power, which thusly clarifies the relationship between two notions.

Keywords:Martin Wight, the English School, Grotianism, International Society, Balance of Power キーワード: マーティン・ワイト、英国学派、グロティウス主義、国際社会論、勢力均衡

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1.はじめに

本論文の目的は、英国学派(the English School)の M・ワイト(Martin Wight)に着目し、 国際社会論(International Society)[=グロティウス主義(Grotianism)]における勢力均衡 概念(Balance of Power)について論じていくことにある2)。そのため第 2 節では、論点整理

としてワイトの国際社会論を取り上げ、H・ブル(Hedley Bull)と I・ホール(Ian Hall)が ワイトの国際社会論における社会的要素、あるいは政策決定者の着想(idea)に注目すること を明らかにし、さらには本論文が、勢力均衡を中心に彼の国際社会論について論じていくこと を示す。第 3 節では、ワイトのグロティウス主義への傾倒と勢力均衡に対する評価の関係性に 着目する。次いで、国際社会論における勢力均衡の役割について社会的要素、政策決定者の着 想との関係性から分析し、その影響力について示していく。そして結論では、勢力均衡の視点か らワイトの国際社会論を分析する意味について、若干の指摘をおこなっていく。 なお、本論文において分析の対象となるワイトの学術的評価について、英国学派の文脈から 簡単に記しておく。ワイトは、学派にとって極めて重要な人物の 1 人である。たとえば T・ダ ン(Tim Dunne)は、ワイトを学派の「父祖」として位置づける。なぜならワイトこそ、1950 年代の LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス)において、ホッブズ主義やカン ト主義とは異なるグロティウス主義を確立した人物だからである(第 2 節第 1 項において後 述)3)。むろん彼の業績はそれだけに留まらない。最も著名な英国学派研究者に位置づけられる ブルに与えた影響、あるいはイギリス国際関係理論の 1 つの潮流といえる、批判理論研究への 貢献なども例として挙げることができる4)。本論文では、このように英国学派の発展に多大な 貢献を残したワイトの思想すべてを対象とすることはできないものの、彼の学問的関心の中心 である国際社会論について、とりわけ勢力均衡の視座から分析を試みていく5)

2.M・ワイトの国際社会論と英国学派の解釈

2 − 1.ワイトの国際社会論 本論文において議論の対象となるワイトの学問的貢献の 1 つは、先に述べた通り、グロティ ウス主義を国際関係思想の一類型として位置づけたことにある6)。そもそもワイトは、E・H・

カー(Edward H. Carr)や H・J・モーゲンソー(Hans J. Morgenthau)によって考案された、 リアリズム(=ホッブズ主義)とユートピアニズム(=カント主義)という二項対立の議論に

不満を感じていた7)。代わりに彼が体系づけたものこそ、グロティウス主義の伝統である。そ

れは、ヨーロッパ思想の大道の中心に位置する幅広い中庸の道であった8)。ワイトは、特定の

時代の産物でしかない二項対立の議論から脱却し、より歴史的普遍性を持つ三区分の国際理論 を再構築しようとしたのである9)

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ワイトによればグロティウス主義とは、国際政治の世界が政府不在であったとしても、必ず しもその世界が無秩序を意味しないと考える思想的立場である10)。国際政治における権力闘争 の側面を強調するホッブズ主義とは異なり、あるいは国際政治の世界とは究極的には人間間の 世界であると考えるカント主義とも異なり、グロティウス主義者は、諸国家間のルール、慣習、 制度といったものを強調する。そのような意味で諸国家は独特の「社会」を形成する11)。ワイ トはその世界を国際社会と名づけ、国際関係論として冷戦期に蘇らせた12) グロティウス主義に基づく国際社会の存在は、次の 4 つの特徴を示す13)。1 つ目は、自由と いった国家の権利の存在、国際益ともいうべき共通利益の存在である。2 つ目は各国に共通す る基準や慣習、ルールの存在である。具体的には、国家の権利や義務を体系化する国際法や外 交制度を挙げることができる。3 つ目は力の分権的状態、すなわち勢力均衡が存在している状 態である。4 つ目は政策決定者の着想である。4 つ目の特徴についていえば、たとえば、国際 社会に属する国家は自衛と強制の権利を保持するが、必ずしもその権利を自由に行使していい わけではない。権利は他国からの承認を得て初めて正当化される。すなわち、国際社会の最後 の特徴とは、政策決定者が国際社会の慣習やルールを理解して行動することだといえる14) 上記を考慮すると、ワイトの主張する国際社会論の特徴として、①権利・共通利益、②基準・ 慣習・ルール、③勢力均衡、④政策決定者の着想、という 4 つの要素を挙げることができる。 ではワイトの国際社会論を巡る英国学派の先行研究において、これらの要素はどのように評価 されるのだろうか。 2 − 2.英国学派におけるワイトの評価− H・ブル、I・ホールの解釈を中心に 英国学派の文脈において、ワイトが高く評価されることは先に述べた。このような評価を形 成する上で大きな貢献を残したのがブルである。彼は、ワイトともに「英国委員会(国際政治 理論に関する英国委員会[The British Committee on the Theory of International Politics])」 において主要な役割を担っただけでなく、ワイトの死後に残された草稿文書を書籍化(たとえ ば『国家システム』)して出版する役も果たした15)。本節では、主要な人物といえるブルの解 釈はもちろん、そのブルに反論する形でワイトの思想を正面から取り上げたホールにも着目し て、彼らがワイトの国際社会論のどのような側面を重視するのかについて、明らかにしていき たい。 それでは、ブルはワイトの国家社会論をどう評価していたのか。第 1 に、主に 1950 年代の LSEにおける C・マニング(Charles Manning)の影響によって、ワイトがグロティウス主 義を重視していったことである。そして第 2 に、1950 年代以降におけるワイトの議論の中に、 国際政治の社会的要素(本論文でいう①と②)を見出すことである。こうしたブルの主張を理 解するために、ここでは、ワイトの第 1 版『権力政治』と第 2 版『権力政治』の関係性を中心に、 英国委員会におけるワイトの議論、ならびにそれらを巡るブルの評価について分析していく

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16) そもそも何故 2 冊の『権力政治』を比較する必要があるのか。この点についてブルは、第 2 版『権力政治』の「序論」において次のように述べる。「国家間の紛争のテーマに関するオリ ジナル・エッセイ(=引用者:第 1 版『権力政治』)の濃縮度は、国家間の協調のテーマを対 象とする、国際社会や同盟、外交、戦争といった諸制度に関する章の追加によって薄められて いる」17)。すなわちブルは、『権力政治』の記述の差異に着目することで、1950 年代以降のワ イトの思想に社会的要素を見出そうとするのである。 とりわけブルが着目するのは、第 2 版『権力政治』の第 10 章「国際社会」である18)。それは、 第 2 版で新たに追加されたものであって第 1 版には存在しない章である。そこでワイトは、国 際政治の世界が無政府状態にあったとしても無秩序を意味しないこと、そして外交や国際法と いった制度が役割を果たしている事実について述べる。さらに、国際法の問題にその章の大部 分を割き、国際社会の存在と結びつけて議論していく19) 対して第 1 版『権力政治』では、国際政治の世界を特色づけるアナーキーについて、単に「政 府不在の中での勢力の多様性」と述べるだけであり、そこに社会的要素の肯定を認めることは ほとんどできない20)。こうした 2 つの版の差からブルは、ワイトの国際政治思想の変化を次の ように結論づける。すなわち、第 2 版の第 10 章は「極めて新しく、そして改訂版(=引用者: 第 2 版)『権力政治』にこの章が含まれているという事実は、1946 年の M・ワイトと 1972 年 の M・ワイトの間の思想的相違を示すものである」。ブルは第 10 章の議論の中に、「より円熟 した世界観、リアル・ポリティクスより離れたワイトの世界観」を見出したのだ21) あるいは、英国委員会の議論からこうしたブルの主張を肯定する要素を見出すことも可能で ある。第 2 章第 1 節において用いた 1966 年出版の『外交学研究』第 5 章「国際関係における 西洋的価値」は、もともと英国委員会に提出されたペーパーを書籍化したものである。この議 論からブルは、共通利益や共通義務を強調する考え方を見出すことができると主張する22)。こ のようにブルは、1950 年代以降におけるワイトの変化の側面に着目し、その変化を社会的要素 から見出そうとする。 これに対してホールの議論は、ワイトの国際社会論における④政策決定者の着想に注目する。 そもそもホールは、ワイトの思想を分析する際に、ブルが自らの主張をワイトの思想に重ねす ぎると批判する。たとえば国際社会の成立に関していえば、ブルは、国家間の協定や利益の一 致などの利害関係を重視する。しかしワイトの国際社会論は、宗教といった文化的共通性に基 づくのであって、両者の見解は異なる23)。このようにホールは、ブルによるワイト解釈に留保 を示していく。 確かにブルの主張する通り、たとえば社会的要素を意味する外交制度の存在は、国際社会の 存在を意味する重要な証拠の 1 つなのかもしれない。しかしホールによれば、それはワイトの 見解の本質とはいえない。そもそも外交制度が国際社会に有用なのは、主権の相互承認といっ

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た機能が国際社会に肯定的な影響を与えるからであって、制度そのものの存在に意味があるわ けではない。たとえばソヴィエトのような革命国家の多くが外交制度を用いるとき、国際社会 の鍵となる通常の外交は行き場を失う。そこでは、伝達や交渉、交流といった通常の外交行為 が、スパイ行為や破壊工作、プロパガンダといった革命主義的な外交行為に取って代わられる からである。こうした状況では、外交制度は国際社会の存続に否定的な影響をもたらすのであ る。そのため重要なのは制度そのものではなく、むしろ政策決定者が「何のために」「どのよ うに」その制度を用いるのか、それこそがワイトの国際社会の中心要素であると、ホールは主 張する24) こうした政策決定者の着想を重視するワイトの見解を、ホールは第 1 版『権力政治』の中か ら読みとろうとする。たとえば自然法を挙げることができる。権力政治の世界において、人間 の理性の精神が主体の自分本位な行動を束縛していること、そうした共通の義務感こそが、権 力政治の世界から脱する方法であった25)。政策決定者が自然法によって生まれる道義的義務の 感覚によって動かされること、いいかえれば、政策決定者がグロティウス主義の行動様式を理 解していることこそが、ワイトの国際社会論の中心要素になるとホールは考えているのだ。 2 − 3.力の論理としての勢力均衡への着目 ブルとホールの議論は、ワイトの国際社会論における社会的要素と、政策決定者の着想に注 目するものである。第 2 節第 1 項に記した、ワイトの国際社会論の特徴に彼らの見解を当ては めてみると、ブルは①権利・共通利益および②基準・慣習・ルールを重視し、ホールは④政策 決定者の着想を重視するものといえる。これに対して本論文は、③勢力均衡の立場からワイト の国際社会論を考察していく。いうまでもなく勢力均衡は、英国学派の制度の 1 つである。た とえばブルも、自らの国際社会論で勢力均衡を秩序維持に寄与する制度のひとつとして位置づ ける26)。ホールにしても、ワイトの国際社会論における力の要素を否定するわけではない27) こうした意味において本論文の議論は、単に彼らの分析を支持するだけのものと受けとられる かもしれない。 しかし本論文は、ワイトの国際社会論の文脈で勢力均衡がどのような役割を果たすのか、に ついて明らかにすることを目的としている。ブルの議論が、ワイトの国際社会論における社会 的要素に光を照らすのであれば、あるいはホールの議論が、彼の国際社会論における政策決定 者の着想に焦点をあわせるのであれば、本論文の関心は、勢力均衡というワイトの力の側面に 着目した場合、国際社会論のどのような側面を明らかにすることができるのか、ということに ある。仮に彼の勢力均衡が国際社会の機能を左右する程であれば、そのことは、グロティウス 主義とホッブズ主義の境界線を曖昧にさせる 1 つの要因になりうる可能性があるのではない か。なぜなら、ワイトの国際社会論の思想的立場は、国際政治における力の要素を強調するホッ ブズ主義とは距離を置くからである。

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そもそもワイトによれば、ホッブズ主義とは、力の存在が国際政治における社会、法、正義、 道徳の機能の前提条件と考える思想的立場である。つまりホッブズ主義者は「力が全て」と考 える。これに対してワイトの国際社会論は、ホッブズ主義と比べて法や外交の機能、共通利益 の存在といった社会的要素を重視する。むろん力の役割を否定する訳ではないが、ホッブズ主 義者が考えるほど国際政治における力の存在を強調しない28)。そのためワイトの国際社会論と ホッブズ主義を分ける基準の 1 つは、どの程度、力の役割に重きを置くのかにある。このよう な意味では勢力均衡の過度な強調、すなわち、もしそれが国際社会の機能を左右するほどの強 調であれば、そのことは両者の距離感を縮める要素になるといえるのではないだろうか。 では果してワイトは、勢力均衡についてどのように評価するのか。LSE への移動、すなわ ち 1950 年代以降ワイトがグロティウス主義に傾倒していくと同時に、彼の勢力均衡に対する 評価もまた高まっていくのだろうか。第 3 節第 1 項において問題とするのは、こうした勢力均 衡に対するワイトの評価の変遷である。

3.勢力均衡に対する M・ワイトの評価と国際社会論におけるその役割

3 − 1.勢力均衡に対するワイトの評価の変遷 しばしば研究者の注目が集まる第 1 版『権力政治』において、ワイトは、勢力均衡の分析に 1 つの章を割いている。国際政治の原則あるいは法則としての勢力均衡、あるいは政策として の勢力均衡の分離といった、後のグロティウス主義に繋がる要素を第 9 章「勢力均衡」から垣 間見ることはできる。また、勢力均衡を国際政治の基本原則として捉える見解も示されている。 しかし他方で、彼自身がどの程度、勢力均衡を国際秩序の重要な要因として評価するにかにつ いては明らかではない29)。むしろ、同じく第 13 章「国際連盟」にある、勢力均衡の不安定さや、 勢力均衡が戦争や力の競合に行きつくといった記述は、ワイト自身が勢力均衡を国際的現象の 一部として認め、力の変動を制御する手段と考えていてながらも、否定的な見解を有していた ことを物語っている30) 1948 年の『エキュメニカル・レビュー』誌に投稿された「キリスト教、ロシア、そして西側 諸国」は、ワイトの悲観的な世界観が描かれているものである。そこで彼は、アメリカ・ソヴィ エトの和解がならず第三次世界大戦が不可避であること、さらには勢力均衡について「国際秩 序の代用物とはならない。それは本質的に不安定である」と評価する31)。このように 1940 年 代におけるワイトは、勢力均衡について否定的な評価を下す傾向があり、国際社会の維持と勢 力均衡の関係について、積極的評価を見出すことは難しい。 しかし 1950 年代以降、LSE へのワイトの移動と関係するがごとく、彼の中で勢力均衡に対 する評価が高まっていく。第 2 版『権力政治』では、やや 1940 年代の議論とは異なる彼の認 識を伺うことができる。たとえば第 16 章「勢力均衡」の結論においてワイトは、勢力均衡に

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基づく世界が「世界的アナーキーの状態よりも好ましいという僅かな兆候」があること、また 世界的統治の状態よりも望ましいものだと主張する32)。あるいは 1955 年の『リスナー』誌「戦 争と国際政治」においては、平和を維持するにあたって勢力均衡が不安定であると述べながら も、「対外政策の目的とはそれが常にそうであったように、勢力均衡の維持にある」と記す。 彼は外交政策の原則として勢力均衡を位置づけるのである33) もちろんこの記述では、ワイトが積極的に勢力均衡の評価を下していたという十分な証拠と はならない。さらにいえば第 2 版『権力政治』第 16 章において、勢力均衡が戦争に繋がる可 能性があること、あるいは第 1 版から続く第 19 章「国際連盟」における勢力均衡の不安定さ の指摘は、1940 年代と 1950 年代以降におけるワイトの認識の間に、明確な差異を引くことが できない可能性を示唆している34) しかしながら、少なくともこう主張することは可能ではないか。すなわち、勢力均衡につい てワイトは当初、国際秩序の代用物とはならないという程の評価を下していたにもかかわらず、 1950 年代以降にはある種の期待感を示し始めているということだ。要するに、国際社会におい て勢力均衡の果たす役割にかんする否定的な評価から肯定的な評価への変化の兆候である。確 かに勢力均衡は不安定であるのかもしれない。それでも、世界的アナーキーの状態や世界的統 治の状態よりも比べて望ましいとするワイトの主張を、第 2 版『権力政治』第 16 章の結論か ら読み取ることができる。 そしてより重要なことは、グロティウス主義の基本的な立ち位置をワイトが認識し始めてい た点に見出される。その証拠として第 2 節第 1 項において述べた通り、ワイトがそもそもグロ ティウス主義を体系化した理由は、リアリズムとユートピアニズムという 2 つの国際関係理論 の区分に不満を感じていたことにあった。第 2 版『権力政治』第 16 章では、無秩序や戦争状 態を意味する世界的アナーキーの状態(=ホッブズ主義)や、国家の上位体の存在を意味する 世界的統治の状態(=カント主義)を批判し、勢力均衡の状態を好意的に観察している。こう したワイトの立ち位置は、グロティウス主義の議論の出発点を示すものといえよう35) 1959 年に英国委員会が成立した後、ワイトはそこで主導的な役割を果たしていく。英国学派 の金字塔として高く評価される『外交学研究』第 7 章「勢力均衡」において、第 2 版『権力政治』 での議論を敷衍しようとする。すなわち、世界的アナーキーか世界的統治の状態に代わるのは、 勢力均衡に基づく秩序しかない。しかし「勢力均衡は世界的アナーキーよりも好ましいと通常 考えられる」のであり、世界的統治の状態が勢力均衡の状態よりも望ましいとする見解は、ま だ存在しないのである36) 晩年の研究においても、国際秩序の文脈にて勢力均衡の役割を好意的に観察するワイトの見 解を確認できる。もっとも注目に値するのが、マニングの退職記念論集『国際秩序の基礎』に 寄稿された「勢力均衡と国際秩序」である。そこでワイトは、先にあげた議論に引き続き、国 際秩序の維持に貢献するものとして勢力均衡を捉えようとする。たとえば彼は、勢力均衡が国

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家システムの非成文憲法の第 1 条項だったと述べる37)。あるいは、第二次世界大戦後の研究者 たちが、脱植民地化や人口制限の問題を国際秩序の不安定の原因だと考えてきた信条を批判し、 冷戦期の国際秩序が「米ソ間の均衡によってのみ保たれる」と主張する38) さらに同論文における 19 世紀ヨーロッパ協調に対するワイトの評価、「均衡の体系としての 最高の表現」という見解は、グロティウス主義の文脈におさまるものだ39)。というのも『国際 理論』において彼は、グロティウス主義の勢力均衡論の事例として、19 世紀のウィーン体制を 挙げているからである40)。1950 年代以降、ワイトがグロティウス主義に傾倒していたというブ ルの議論を考慮すれば、「勢力均衡と国際秩序」に現れたこのようなヨーロッパ協調の評価は、 グロティウス主義と結びつくものだといえる。 こうした勢力均衡を巡る評価の変遷からわかるように、1950 年代以降、ワイトは勢力均衡の 概念を国際秩序の維持に必要なものだと認識し、そしてそのうえで国際秩序にたいする勢力均 衡の肯定的な役割をグロティウス主義と関連させて議論していた41)。もちろんそれ自体は大き な問題ではない。繰り返しになるが、ワイトの国際社会論にとって勢力均衡は特徴の 1 つと呼 べるものだからである。しかしながらその肯定的な評価は、彼の国際社会論の論理を傷つける 可能性もまた秘めていた。そのため次の課題は、勢力均衡がワイトの国際社会論の中で果す役 割について考察することである。 3 − 2.国際社会論における勢力均衡の役割 本節では、先に挙げたワイトの国際社会論の 4 つの特徴、①権利・共通利益、②基準・慣習・ ルール、③勢力均衡、④政策決定者の認識のうち、③の勢力均衡を中心論点として取り上げる。 ③の勢力均衡と①②④の関係性について、いいかえれば勢力均衡の観点から国際社会の特徴に ついて分析することで、彼の国際社会論において、勢力均衡がどのような意味において肯定的 な役割をはたしているのかを明らかにする。 ①権利・共通利益の文脈にて、③勢力均衡が国際社会において果す役割は、諸国家の自由や 独立、そして現状維持という利益を守ることである。ワイトは、自由や独立と勢力均衡の関係 について次のように述べる。たとえば 17 世紀のヨーロッパ諸国の連合は、フランス・ルイ 14 世によるヨーロッパ全体を支配しようとする外交政策に対して、自らの自由や独立を守るため に戦った。その時に彼らが用いた外交政策こそ勢力均衡だった。つまり、自由や独立と勢力均 衡には密接な関係があるといえる42)。こうした点からワイトは、力の均等な配分が国家の自由 の条件だったこと、さらには「諸国家共同体に属する諸メンバーの独立と、国際秩序を調和さ せる唯一の手段が勢力均衡だった」と主張する43) 国家の現状維持という意味での国際社会の共通利益についても同様に、勢力均衡はその保障 に寄与する44)。『国家システム』においてワイトは、共通利益を守ってきた手段として勢力均 衡を位置づける。もちろん第 3 節第 1 項にて述べた通り、勢力均衡は本質的に不安定なもので

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ある。そのため実態として国際社会に勢力均衡が存在するよりも、単なる願望としてそれが存 在する可能性は大いに起こりうる。しかしながらそれでも彼は、国家の自由や権利、国際社会 の利益を守ってきたものが勢力均衡の機能だと主張するのである45) もちろん国際社会において、①権利・共通利益を保障するのは何も勢力均衡だけではない。 ②基準・慣習・ルールを代表する国際法や外交といった制度もまた①の保障に肯定的な影響を 与える46)。そのような意味では、勢力均衡と他の制度の間に大きな差異を見出すことは困難な のかもしれない。しかしながらワイトは、そうした外交や国際法といった制度の機能にも、勢 力均衡が影響を与えると主張する47) 第 1 に国際法との関係において勢力均衡は、それが国際政治の世界において機能する余地を 作り出す。グロティウス主義の認識を述べるにあたってワイトは、勢力均衡が実現する状況に なって初めて、国際法が現実のものになると指摘する48)。あるいは、国際法は確かに国家の行 動を束縛する国際社会の一要素ではあるが、勢力均衡の維持のためには一時的な機能停止も起 こりうる。たとえば彼は、勢力均衡の維持のために、主権国家への介入を許容する 19 世紀の 国際法学者たちの議論を取り上げる49)。このようにワイトにとって国際法とは、勢力均衡の先 行条件というべきものなのである。 第 2 に外交との関係において勢力均衡は、外交交渉に従事する国家同士の対等な地位を保障 し、交渉の成功を導く一要因になる。外交交渉の成功のためには、物質的なパワーの面で国家 同士が対等な状況にいる必要がある。それを提供するのが勢力均衡であるとワイトは考えてい たのだ50)。あるいは軍備制限を巡る交渉を挙げることもできる。普通、軍備が有利な立場にあ る国家は軍備制限に賛成し、不利な立場にある国家は軍備制限に反対する。なぜなら軍備制限 が勢力均衡の固定化を意味する理由で、交渉妥結は、不利な立場にある国家にとって受け入れ 難いものだからである。そのため国際社会における軍備制限の交渉は、ある程度均等な力を保 持する国家同士において、成功する可能性が高い51)。このようにワイトにとって勢力均衡とは、 外交交渉において国家間の対等性を保障するもの、あるいは国家に外交交渉を開始させる要因 にもなりうるものだといえよう52) 一方で確かに勢力均衡の概念とて、それを動かす④政策決定者の着想が欠けていた場合、結 局はただの概念でしかなくなるというホールの主張は妥当なものだといえる53)。勢力均衡の歴 史を描くにあたってワイトは、外交政策において勢力均衡を求めたのが立憲君主国家(例えば ウィリアム三世下のイギリス)であったこと、逆に世界帝国を目指したのが絶対君主国家(例 えばルイ 14 世下のフランス)であったこと、すなわち政策決定者の着想の重要性を指摘す る54)。こうした彼の議論から導ける 1 つの結論は、国際社会論における、③勢力均衡という制 度に息吹を与えるのは④政策決定者の着想であって、その逆ではないということである。 しかしながら、そもそも勢力を均衡するべきという政策決定者の着想の機能は、台頭するあ る国家に対して諸国が力を均衡できるという、能力のバランスの存在を前提としているのでは

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ないか。ワイトは一国が圧倒的な力を有し、他国がそれを甘受せざるを得ない状況にある宗主 国システムを、勢力均衡の機能と結びつけて議論しようとはしない55)。明確な因果関係を示す ことはできないものの、諸国間の力の格差が圧倒的に存在している状況において、仮に着想を 政策決定者が認識していたとしても、勢力の格差がその機能を妨げる可能性は起こりえるよう に思われる。 別の角度からも、③勢力均衡と、④政策決定者の着想について議論できる。すなわち政策決 定者の着想と力の関係性である。第 2 版『権力政治』第 24 章「権力政治を超えて」(=第 1 版 第 15 章)においてワイトは、国際社会の共通利益を国益より優先させた政策決定者として、 19 世紀イギリスの W・E・グラッドストーン(William E. Gladstone)、20 世紀アメリカの F・ D・ルーズベルト(Franklin D. Roosevelt)の 2 名を挙げる。しかしながら同時に、イギリス やアメリカの道義的行動の背景には、他国を恐れる必要のない力を両国が備えていたからだと 指摘する56) 上記の事例は、国家の道義的(=グロティウス主義)な行動と安全保障環境の関連性を示す ものである。そうであるのならば、国家の道義的な行動は、他国よりも強大であることや、あ る程度の勢力均衡が存在する必要があるという可能性を示唆する。なぜなら勢力均衡は、諸国 家の安全を保障するものでもあるからである。これらの議論は、ワイトの国際社会を機能させ る④政策決定者の着想に対しても、③勢力均衡が影響を与える点を示しているといえる。

4.おわりに

本論文の目的は、ワイトの国際社会論における勢力均衡の役割について明らかにすることで あった。そのためここでは、ブルやホールのワイト解釈、彼と勢力均衡の関係性について紙片 を割いた。さらにその国際社会論を特徴づける 4 つの要素、①権利・共通利益、②基準・慣習・ ルール、③勢力均衡、④政策決定者の着想に着目し、③の視座から分析を試みた。その結果、 国際社会論における社会的要素(①と②)、政策決定者の着想(④)といった機能に、勢力均 衡が一定の役割を果していることが明らかとなった。最後に結論では、こうしたグロティウス 主義における勢力均衡の機能がもつ意味、そして今後の課題について記していきたい。 勢力均衡がワイトの国際社会論における制度の 1 つであることを考慮すれば、その存在が国 際社会における様々な要素を機能させる、あるいは高めていくという主張は納得がいく。しか しながらそれは、国際社会の機能には勢力均衡が必要だという主張もまた同時に意味するもの である。そしてその事実は、ホッブズ主義とは異なるグロティウス主義という、ワイトの議論 の出発点を傷つける 1 つの要因になるのではないだろうか。というのも、勢力均衡が存在して いない状態においては、すなわち力の裏づけが存在しない状態においては、彼の国際社会論が 機能しない可能性を示唆するからである。

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もちろんこうした議論は、単にグロティウス主義のコインの表と裏を示しているのに過ぎな いのかもしれない。実際のところ、ワイトの国際社会論における諸要素の関係性は、ある要素 が他の要素に一方的に影響を与えるものというよりも、それぞれの要素が相互に影響を与える ものだからである。しかし、本論文のように勢力均衡の視座に、すなわち力の側面からワイト の国際社会論を分析した場合、国際政治の社会的要素を強調する彼のグロティウス主義の議論 は、いつのまにか力の論理を強調するホッブズ主義の議論へと引き込まれていく可能性を、示 しているように思われる。 最後に今後の課題について簡単に述べたい。グロティウス主義とホッブズ主義の間には、 様々な力の要素以外の差異がある。そのことを考慮すれば、本論文は両者の関係性を巡る 1 つ の論点を示しているに過ぎない57)。そのため、さらなるホッブズ主義とグロティウス主義を巡 る論点を分析する必要があるといえよう。 1)本論文は、立命館大学国際地域研究所・研究プログラム「英国学派とポスト西洋型国際関係理論に関 する批判的検討(2011 年度採択、科学研究費補助金・基盤研究 C「共生と脱覇権の国際秩序像:英国 学派国際関係論による包括的検討」)」にて行われた議論、並びに「2011 年度明治大学大学院・海外研 究プログラム」による研究調査の成果に基づく。 2)ここではグロティウス主義と国際社会論の概念を同等の意味で使うが、思想的意味合いを論じる時に は前者の概念を、理論的意味合いを論じる時には後者の概念を用いていく。また本論文では、勢力均 衡を、一つの国家が力を独占する集権的状態の反対の意味となる、諸国家間に均等な力の配分が存在 する分権的状態と定義する。 Martin Wight, Western Values in International Relations, in Herbert Butterfield and Martin Wight eds., Diplomatic Investigations: Essays in the Theory of International Politics, London, George Allen and Unwin Ltd, 1966, pp. 102-103.

3)Tim Dunne, Inventing International Society: A History of the English School, London, Macmillan, 1998, p. 47. 一方で H・スガナミ(Hidemi Suganami)は、ワイトの貢献を評価するものの、学派の 形成や発展に与えた影響についてマニングの役割をより重視する。 Andrew Linklater and Hidemi Suganami eds., The English School of International Relations: A Contemporary Reassessment, Cambridge, Cambridge University Press, 2006, pp. 47-52. マニングに関する数少ない日本語研究とし ては次を参照。 大中真「英国(イングリッシュ・スクール)学派の生成:チャールズ・マニングとそ の思想」『一橋法学』10 巻 2 号、2011 年 7 月、75-95 頁。

4)Hedley Bull, Martin Wight and the Theory of International Relations, in Martin Wight, International Theory: The Three Traditions, edited by Gabriele Wight and Brian Porter, New York, Holmes & Meier, 1992, p. ix. 著名な批判理論家である A・リンクレイター(Andrew Linklater)は、 危害原理の分析の際にワイトの国家システムを参照する。 Linklater and Suganami, The English School of International Relations, pp. 191-198.

5)日本においては、英国学派の文脈でワイトに言及するものを除くと、彼を主題として取り上げる研究 は数少ない。例外として次を参照。 信夫隆司「マルチン・ワイトの国際政治理論−パラダイムを中心 として」『法学紀要』30 巻、1988 年、447-476 頁。池田丈祐「賢慮・正義・解放−英国学派の倫理感 と現代世界政治理論における展開−」『立命館国際地域研究』第 29 号、2009 年 3 月、69-83 頁。 6)Wight, International Theory.

7)Ibid., p. 267. 8)Ibid., pp. 14-15.

(12)

9)ワイトのいう国際理論とは「国家間社会、諸国家の家族、あるいは国際共同体をめぐる思索の伝統」で ある。Martin Wight, Why is there no International Theory, in Butterfield and Wight eds., Diplomatic Investigations, p. 18.

10)Martin Wight, Power Politics (Revised Version), edited by Hedley Bull and Carsten Holbraad, Harmondsworth, Penguin Books, Second Edition 1986(First Edition 1978), p. 105.

11)Wight, Western Values in International Relations, in Butterfield and Wight eds., Diplomatic Investigations, pp. 92-102.

12)こうした国際社会の伝統は、スガナミの主張する通り 20 世紀に「創り出された(Invented)」ものでは なく、ヨーロッパの歴史的経験から脈々と受け継がれてきたものである。 Linklater and Suganami, The English School of International Relations, p. 35. 上記に加えてマニングの役割を強調するスガナ ミの見解は、もっともである。しかし、第二次世界大戦後に学問としての国際関係論が発展した状況 を考慮すると、ワイトがその時代にグロティウス主義を体系化した意味について、考えていく必要も あるように思われる。なぜならワイトは、『国際理論』を学生の教育用に著し、あるいは、この時期に 国際関係論の学問化に関心を示していたからである。 Martin Wight, What is International Relations, M. Wight Papers MSS, File 101, LSE Library, LSE, pp. 1-29.

13)ワイトは相互交流の他に、文化的同質性(例えばキリスト教)を国際社会成立の前提条件として挙げる。 Martin Wight, Systems of States, edited by Hedley Bull, Leicester, Leicester University Press, 1977, p. 33. 国際社会論における文化的同質性の位置づけは、英国学派の重要な論点の 1 つではある。 Brunello Vigezzi, The British Committee on the Theory of International Politics (1954-1985) : The Rediscovery of History, Milano, Unicopli, 2005, pp. 155-162. しかしながら本論文の主題は、国際社会 成立状態における勢力均衡の役割の考察にあるため、こうした前提の議論については今後の課題とし たい。

14)Wight, Western Values in International Relations, pp. 103-104. ワイトの国際社会論における④の 特徴は、同時に正統性(例えば人民主権や王朝主権)の議論を想起させるものである。なぜなら政策決 定者が行為の是非を判断するには、何かしらの基準を必要とするからである。そのため彼も正統性の 問題について分析している。 Wight, Systems of States, pp. 153-173. 正統性と勢力均衡の関係性は重 要の研究テーマの 1 つではあるが、ここではワイトが、前者よりも後者を重視していたとの指摘に留 めたい。 Subject: International Morality, The British Committee on the Theory of International Politics MSS, File 1 of Box 5, Royal Institute of International Affairs, 7 October, 1961, p. 2.

15)1959 年から 1985 年にかけて活動した英国委員会とは、LSE と並んで英国学派の母体となるものであ る。ワイトやブルの他に、H・バターフィールド(Herbert Butterfield)や A・ワトソン(Adam Watson)などが主要に参加した人物である。なおマニングは参加していない。英国委員会については 次の研究がもっとも包括的なものといえる。 Vigezzi, The British Committee on the Theory of International Politics (1954-1985).

16)『権力政治』には 2 つの版が存在する。1 つ目はワイトが 1946 年に出版した第 1 版である。2 つ目はワ イトの死後、残された彼の草稿を基に、主にブルが追加編纂した第 2 版である。 Martin Wight, Power Politics (Original Version), New York, Royal Institute of International Affairs, 1946. 第 2 版の 書誌情報については注釈 10 を参照。 なお近年ではダンもまた、ブルと同様にワイトが 1950 年代以降 グロティウス主義に傾倒していったと主張する。 Dunne, Inventing International Society, pp. 47-70. 17)Hedley Bull and Carsten Holbraad, Introduction, in Wight, Power Politics (Revised Version), pp.

10-11.

18)第 10 章は 1967 年頃あるいはそれ以前に執筆されたものである。 Ibid., p. 112. 19)Ibid., pp. 105-106, p. 107.

20)Wight, Power Politics (Original Version), p. 34.

21)Hedley Bull, Analysis of Martin Wight s Revised Power Politics, H. Bull Papers MSS, File 5 of Box 2, Bodleian Library, Oxford University, p. 3.

22)Hedley Bull, Introduction, in Wight, Systems of States, p. 10.

(13)

111-112.

24)Ibid., pp. 125-126. 25)Ibid., pp. 131-132.

26)Hedley Bull, The Anarchical Society: A Study of Order in World Politics, foreword by Andrew Hurrell and Stanley Hoffmann, New York, Columbia University Press, 2002, pp. 97-121.

27)Hall, The International Thought of Martin Wight, p. 105.

28)Martin Wight, An Anatomy of International Thought, Review of International Studies, Vol. 13, 1987, pp. 222-223. なお本論文は 1960 年にスイス・ジュネーブにて行われたワイトの講義を基にしたも のである。

29)Wight, Power Politics (Original Version), pp. 43-48. 30)Ibid., p. 56.

31)Martin Wight, The Church, Russia and the West, Ecumenical Review: A Quarterly, Vol. 1, No. 1, 1948, p. 31.

32)Wight, Power Politics (Revised Version), p. 184. 第 16 章は 1950 年代に執筆された。 Ibid., p. 185. 33)Martin Wight, War and International Politics, The Listener, 54(1389), 13 October, 1955, p. 585. 34)Wight, Power Politics (Revised Version), p. 184, p. 200. 第 19 章は 1960 年代初期、おそらく 1960 年に

執筆された。 Ibid., p. 215.

35)ワイトがいつグロティウス主義に傾倒していたのかについても、ホールとブルでは見解が異なる。第 2 節第 2 項にて述べた通り、ブルは 1950 年代以降ワイトがグロティウス主義に傾倒していったと述べ る。対してホールは、逆に 1950 年代以降ワイトがグロティウス主義から離れていったと主張する。 Hall, The International Thought of Martin Wight, p. 131. はっきりとした因果関係を示すことはでき ないものの、少なくとも勢力均衡への評価の変遷は、ブルの主張と同じ歩調を示しているように思わ れる。

36)Martin Wight, The Balance of Power, in Butterfield and Wight eds., Diplomatic Investigations, p. 175.

37)Martin Wight, The Balance of Power and International Order, in Alan James ed., The Bases of International Order: Essays in Honour of C.A.W. Manning, London, Oxford University Press, 1973, p. 102.

38)Ibid., p. 114. 興味深いのは、「勢力均衡と国際秩序」とその草案文章である「国際秩序の基軸としての 勢力均衡」の間には、1960 年代における勢力均衡状態の評価に関して結論が異なることである。僅か な差異ではあるものの、少なくとも草案文書の段階の方が悲観的な見解を示している。 Martin Wight, The Balance of Power as the Basis of International Order, Martin Wight Papers MSS, File 79, pp. 35-36. 同じく興味深いのは、「勢力均衡と国際秩序」とほぼ同時期に著された『国家システム』 所収「三角関係と決闘」(初出は 1972 年 1 月)において、ワイトが米ソ中の三カ国関係の安定性につ いて否定的に分析していることである。 Wight, Systems of States, pp. 174-200. 決して強くない証明 であると自覚しつつも、上記の米ソ関係に関する分析を考慮すると、ワイトが三極構造よりも二極構 造を相対的に安定的なものとみなしていた可能性について、ここでは指摘したい。

39)Wight, The Balance of Power and International Order, p. 99. 40)Wight, International Theory, pp. 190-191.

41)本論文では議論の対象とすることはできなかったが、ワイトは勢力均衡の意味内容についても時代を 経るにつれて精緻化させていく。 第 2 版『権力政治』「勢力均衡」(1950 年代)では 7 分類、『外交学 研究』「勢力均衡」(1966 年)では 9 分類、『国際秩序の基礎』「勢力均衡と国際秩序」(1972 年)では 14 分類である。こうした時代ごとの意味内容や変化の理由についても今後の研究課題としたい。 42)Wight, Power Politics (Revised Version), p. 37.

43)Wight, The Balance of Power and International Order, p. 101. 44)Ibid., p. 103.

45)Wight, System of States, p. 149.

(14)

する 1 つの役割を果たしているといえる。 Wight, Power Politics (Revised Version), p. 108. 47)本論文では、国際法と外交を制度の代表と捉え、勢力均衡と両者の関係性について分析する。しかし ワイトが制度として他に、戦争、保証、中立などを挙げている理由で、さらなる分析が必要となる。 Ibid., pp. 111-112. また実際のところ、ワイトの主張する制度の範囲は広く、その定義は曖昧といわざ るをえない。そのためこうした制度が含む範囲について、あるいは意味内容についても整理していく 必要があるように思われる。

48)Wight, International Theory, p. 167.

49)Wight, Power Politics (Revised Version), p. 196. 50)Wight, International Theory, pp. 180-181. 51)Wight, Power Politics (Revised Version), p. 221.

52)なお、第 3 節第 2 項で取り上げた『リスナー』誌「戦争と国際政治」における議論で述べたように、 勢力均衡は外交政策の目的として位置づけられる側面ももつ。

53)Hall, The International Thought of Martin Wight, pp. 115-116.

54)Wight, The Balance of Power and International Order, pp. 97-98. 類似する見解として次を参照。 Wight, Power Politics (Original Version), pp. 47-48.

55)宗主国システムにおける政治原則は「分割して統治せよ」である。 Wight, Systems of States, pp. 23-24. 国際社会論における覇権概念の意味合いについては、ここではさしあたって次の文献を参照。 Ian Clark, Hegemony in International Society, Oxford, Oxford University Press, 2011.

56)Wight, Power Politics (Original Version), pp. 66-67. Wight, Power Politics (Revised Version), p. 295-297. 本論文とは異なる文脈だが、同じく政策決定者の着想に対して、ワイトの物質主義的な側面を提示 する研究として次を参照。 Ian Clark, China and the United States: A Succession of Hegemonies?, International Affairs, Vol. 87, No. 1, 2011, pp. 14-18.

57)たとえば国益、外交、歴史性に対するグロティウス主義とホッブズ主義の認識の差異を挙げることが できる。 詳細は次を参照。 Wight, International Theory, pp. 273-278. あるいは、国家の行動を説明す る理論としての視座から両者を分析することも可能である。この場合、両者の関係性は極めて不鮮明 なものとなる。 Brian Porter, Patterns of Thought and Practice: Martin Wight s International Theory , in Michael Donelan ed., The Reason of States: A Study in International Political Theory, London, Allen & Unwin, 1978, pp. 72-73. 他にもグロティウス主義とホッブズ主義の関係を論じたもの として次を参照。 Seán Molloy, The Realist Logic of International Society, Cooperation and Conflict, Vol. 38, No. 2, 2003, pp. 83-99.

参照

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