論 文
積極的会計主義が資金調達行動に及ぼす影響について
花 村 信 也
* 要旨 本稿では,投資にあたって必要な資金の一部を借入金で調達する経営者にとり, 積極的な(上方への)バイアスを伴う会計システムを設計することが最適である事 を示した。積極的なバイアスは非効率的なプロジェクトの継続につながり,他の 条件が変わらなければ,銀行に事前に高い金利を要求されることになる。それで も,そのようなバイアスをもつシステムが経営者にとって最適となる。積極的な バイアスが過度の継続をもたらすという事実が,経営者にプロジェクト継続決定 の前にリスクシフト活動から棄権する事を誘発する。つまり,上向きに偏った会 計情報システムは,堅実に行動することを確約するためのツールとしての役割を 果たし,経営者の資金調達能力を減らすのではなく,逆に向上させるのである。 会計情報は,進行中の投資プロジェクトを清算するか継続するかなど,実際の 決定に関する情報を提供する。企業が積極的な(上向きの)バイアスで会計システ ムを実行することは,非効率的な投資プロジェクト継続につながり,貸し手(銀行) により高い資本コストを要求されることになる。それでも,積極的な会計システ ムは,過度の投資プロジェクトの継続を引き起こし,継続決定の前に過度のリス クを負うことを控えさせるため,逆に,有効なシステムであると示すことができ る。要するに,投資プロジェクト継続に関して非効率性があったとしても,経営 者のプロジェクト選択を事前に考えることができ,資金調達を容易にすることが 可能となるのである。本稿ではそうした分析のもと,日本のベンチャーファイナ ンスや中小企業借入についての問題を考察し提案を試みた。 キーワード 積極的会計,保守主義会計,誘因両立制約,参加条件,銀行借入 * 立命館大学大学院経営管理研究科 教授目 次 1.はじめに 2.問題の所在 2.1 中小企業の借入 2.2 ベンチャー企業の資金調達 2.3 会計情報の開示 3.先行研究 3.1 保守主義会計 3.2 リスクシフト 3.3 資産代替問題 4.モデル 4.1 モデルの設定 4.2 プロジェクト選択が契約可能な場合:ベンチマーク 4.3 プロジェクト選択が契約不能な場合:完全な会計システム 4.4 プロジェクト選択が契約不能:積極的会計 4.4.1. 誘因両立制約(IC 条件) 4.4.2. 銀行の参加制約(IR 条件) 5.分析 5.1 投資の実行 5.2 会計情報システムの設計 5.3 最適なバイアス 6.総括と課題
1.はじめに
本稿は,企業の積極的な会計政策と銀行からの資金調達の関係について分析を行った。 会計情報は,進行中の投資プロジェクトを清算するか継続するかなど,実際の決定に関する 情報を提供する。企業が積極的な(上向きの)バイアスで会計システムを実行することは,非 効率的な投資プロジェクト継続につながり,貸し手(銀行)により高い資本コストを要求され ることになる。それでも,積極的な会計システムが,逆に,有効であると示すことができる。 なぜならば,過度の投資プロジェクトの継続を引き起こすという事実が,継続決定の前に過度 のリスクを控えることの約束を可能にするからである。要するに,投資プロジェクト継続に関 して非効率的であったとしても,経営者はプロジェクト選択を事前に考えることができ,した がって資金調達を容易にすることが可能になるのである。 会計システムは,清算や進行中の投資プロジェクトの継続などの決定を導く情報を生成す る。効率的なプロジェクトの清算を決定してしまうことは,将来,企業が低コストで事前に資 金を調達する能力に影響を及ぼすこととなる。非効率的なプロジェクトを継続してしまうよう な偏りのある会計システムも,貸し手が資金を回収することから最終的に会社に損害を与える ことになる。積極的な会計上の偏りが,プロジェクトの継続を過度にもたらすというまさにその事実が, 経営者が別のプロジェクトに取り組むのを,実は助けることになっていることを示すこともで きる。経営者は,資金調達後(貸し手の負担で)継続決定の前に,危険なプロジェクトを遂行す るために投資計画を逸脱する動機を持つかもしれない。一部の不採算プロジェクトの継続を引 き起こす偏った会計情報システムは,経営者が事前に過度のリスクを負うことを妨げる。した がって,積極的な会計上の偏りは,企業がリスクシフトを回避することを促し,資金調達を容 易にすることを可能にする。つまり,ある側面で非効率を生み出すこと(過度の継続)が別の 側面での非効率性(リスクシフト)の軽減を果たすことを意味する。 新たな投資機会はあるがそれを実行するのに十分な資本がない経営者を検討する。経営者は 借金のために潜在的な貸し手(銀行)にアプローチする。必要な資金を受け取ったら,堅実な プロジェクトか危険なプロジェクトのどちらかを実行できる。堅実なプロジェクトと比較し て,リスクのあるプロジェクトは成功した場合のキャッシュフローが高くなるが,事前におい ては成功する可能性は低い。効率的な決定は堅実なプロジェクトに投資することであると経営 者は考えているが,経営者のプロジェクト選択は私的情報を組み込み観察可能でないとする。 プロジェクトが実行された後,経営者(もしくは銀行)は,プロジェクトを清算するか或い は継続するか会計情報に基づいて判断し決定する。経営者は資金を調達する前に会計システム の特性を選択し,途中で変えることは容易にできない。会計情報システムの設計は,すべての 当事者にとって観察可能である。会計情報システムは,プロジェクトの利益が発生した時に, 偏りのある会計情報を開示する可能性を有する。プロジェクトが継続される場合,経営者はプ ロジェクトの継続コストを負担する必要がある。本稿の設定では,経営者のモラルハザードを モデル化するためのコストは考慮しない。代わりに,継続コストを導入することによって,経 営者が失敗したプロジェクトを継続したくないことが確実となる。 まず最初に,経営者がプロジェクト(堅実またはリスクのあるプロジェクト)にコミットできる ベンチマークを検討する。次にベンチマークにより,経営者の最適な戦略は,(i) 効率的な継 続/ 清算決定を確実に実施し,(ii) 堅実なプロジェクトに投資することを約束する会計システ ムを採用するという結果が導出される。すなわち,これらの行動により,経営者は低コストで 資金を調達し,貸し手は事前効用を最大化することが可能となるのである。
2.問題の所在
企業の資金調達に関して,中小企業の銀行借入とベンチャーファイナンスの状況を取り上 げ,問題の所在を明らかにする。2.1 中小企業の借入 中小企業白書(2016)は,企業が 経営課題を解決するための投資計画を金融機関に相談し, その計画への融資を断られた事例を調べている。「全体の15.8% の企業が 金融機関からの融資 を断られた経験が ある。」と回答している。その理由は,「会社の収支状況が 悪い」が 56.7%, 「既存借入の過多」が 42.3% と,既存事業の状況を理由に支援を断られた企業が 多く,「新事 業の採算が 見込めない」が 12.3%,「新事業のノウハウが なく,計画達成で きない」が 3.1% となっており,新規事業の内容を理由に融資を断られた企業は少ないことが 分かる。このこと から,金融機関が 企業の新規投資への融資を審査判断する際,新規事業の投資計画の内容と いった将来性よりも,既存事業の収支状況や財務状況を重視していることが 分かる。このた め,優れたアイデ アをもとにした投資計画で あっても,企業の収支状況や財務状況に懸念が持 たれる場合,金融機関より融資を受けることが 難しい状況で あることが 分かる,というのであ る。 2.2 ベンチャー企業の資金調達 一般的に言えば ,ベンチャー企業の事業リスクは中小企業のそれよりも高い。ベンチャービ ジ ネスが 早期に業容を拡大するためには,研究開発・製品試験・品質向上・経営幹部採用・総 務管理部門の編成を速やかに行わねば ならず ,そのための資金調達が 必要で ある。さらにその 後には,原材料・製品の調達,販売・物流部門の編成,生産要員の採用,サンプ ル出荷,マー ケティング など ,生産販売に関る資金を要する。したがってベンチャー企業で は設立後 2,3 図 1 投資計画を金融機関に断られた経験 経営課題の解決に向けた投資計画を金融機関に断られた経験 ⑵ 金融機関が支援を断った理由 会社の収支状況が悪い 既存借入の過多 自己資金が少ない 担保がない 新事業の採算が見込めない 新事業のノウハウがなく, 計画達成できない その他 ⑴ 経営課題の解決に向けた投資を計画した際, 金融機関に支援を断られた警官 資料:中小企業庁委託「中小企業の資金調達に関する調査」(2015 年 12 月,みずほ総合研究所㈱) 第 2-5-51 図 (n=383) (n=2,458) 84.2 15.8 経験がある 経験がない (%) 56.7 42.3 23.2 23.0 12.3 13.1 3.1 0 10 20 30 40 50 60
年間の収益は赤字が普通となる。その間に累積損失は膨らみ,黒字転換の後に累積損失がなく なるまでには通常6,7 年を要する。 事業リスクが高い分,資金提供者がベンチャー企業に期待する収益率は高くなり,ベン チャー企業は,設立初期に借入の資金調達は行いにくくなる。仮に,ベンチャー企業向け貸出 が焦げ付く確率を1 年当たり全体の 10%,焦げ付いた貸出の回収率を 20% とする。この場合, 金融機関がこの貸出で年5% の収益率を得るためには,年 14% の利子率でベンチャー企業に 貸し付ける必要がある。 ベンチャー企業はこの水準の資金コストを期間損益で負担することができないため,資金調 達はエクイティ調達が中心にならざるをえない。このように銀行借入をベンチャー企業が利用 できないことは,ファイナンス・ギャップと呼ばれている。ファイナンス・ギャップは世界的 な現象であり,その改善は各国の中小企業金融政策の主目的の一つとなっている。 実際,設立後何年も累損を続けるベンチャーに資金を提供するのは,提供者にとって大きな リスクである。そういう会社に安心して貸し付ける金融機関は皆無である。また株式を取得す るにせよ,まともな期間損益が得られるまでの間,投資家は出資分の配当は受けられない。し かし,過去に米国においては,こうしたベンチャーに対する資金提供者が実際にいたので, DEC や,アップル,イ ンテル,フェデラル・エクスプレス,サンマイクロシステムのような ベンチャービジネスの成功例が存在する。つまり,米国では,ファイナンスギャップを資金提 供者が埋めていることが,ベンチャー企業が成功しやすい一つの要因となっているのである。 一方,日本でベンチャー企業の成功例は比較的少ない。その理由は,ファイナンスギャップが 埋められていない環境にある。実際,米国のベンチャーは高リスク・高成長のタイプが多く, スタートアップ初期の損失が大きい一方,期間損益黒字化後の成長スピードが速い。また,ベ ンチャーは事業を企画する段階から株式公開を企図しており,経営者,従業員,そして投資家 がともに,株式公開によるキャピタルゲインの富を得ることを第一目的に考えている。した がって,事業のスピードも速く,開発単位は3 ケ月毎が一般的である。こうしたベンチャー の資金調達は,高スピードの事業開発と直結しており,開発単位毎にファイナンスを実施する のが一般的である。 一方で,日本のベンチャーは,中リスク・中成長型が多く,期間損益が黒字化しても米国ほ ど成長が急速ではない。また,会社設立当初から株式公開を企図するベンチャー企業が少な く,売上高が数十億円レベルとなり,経営軌道に乗った段階でようやく株式公開を検討しはじ めるのが一般的である。したがって,ファイナンスは必ずしも開発単位と直結しておらず,米 国のように四半期単位でファイナンスを行う企業はまれで,向こう1 年程度の必要資金を想定 して資金調達を行っている。 中小企業に対する外部金融を日米比較すると,明確な格差がある。すなわち,日本が借入等
の間接金融が圧倒的であるのに対し,米国は増資による調達が相当な割合を占めているのであ る。例えば,日米中小企業の自己資本を比較すると,日本では資本金・資金準備金の総資産に 占める割合が5% にすぎないのに対し,米国では 17% と 3 倍以上の違いがある。 また,自己資金の面でも日米に差異がある。日本の中小企業は利益率が相当低い一方,米国 の中小企業はむしろ大企業よりも高利益率の企業が多い。例えば,最近の売 上高税引前利益率 でみると,日本の中小企業が2.0% なのに対し米国では 4.6% と大きな格差がある。この利益 率の差はそのまま企業が再投資に使える自己資金の多寡になって現れる。 ベンチャー企業のみならず,日本の金融システムは戦後一貫して間接金融が主体であった。 80 年代以降上場企業の直接金融の比率が上昇しているが,中小企業の資金調達は依然として借 入が 圧倒的に多い。日本の伝統的企業金融の特徴として,貸し手である金融機関,借り手で ある中小企業ともに,長期取引,総合取引を重視する傾向にある。また,金融取引も地方企 業・地方金融機関同士の地場性,粘着性が高い。 2.3 会計情報の開示 中小企業の銀行借入,ベンチャー企業の資金調達についての現状を踏まえると,日米で資金 調達の差がある理由として,会計情報の取り扱いに関して差があることが想定される。中小企 業で利益率に差があるが,米国では積極的会計主義に基づいて会計情報を開示して資金調達を 進めているからだと考えられる。一方,日本の中小企業は,保守主義会計に基づいて会計情報 を開示し,金融機関は,会計情報に対してリスク回避的な態度からさらにストレスをかけるた めに,貸出が実行されにくくなっている可能性がある。そこで,本稿では,積極主義的会計と 資金調達の関係について理論的な分析を行い,資金調達環境についての提言を試みたい。
3.先行研究
3.1 保守主義会計 企業の採用する会計基準の在り方が,企業業績や投資効率にどのように影響するかは, LaFond and Watts(2008)やJ. Manuel, G. Lara, B.G. Osma and F. Penalva(2016),中野誠・大坪史尚・高須悠介(2015)など,これまで多くの研究がなされている。G. Lara, G.
Osma, and F. Penalva(2016)は,(条件付)保守主義の程度が高まるほど,過剰投資企業では
投資が抑制される一方,過小投資企業では投資が促進されることを発見している。中野誠・大
坪史尚・高須悠介(2015)では条件付保守主義に関しては,その程度が高い企業ほど,投資水
準が抑制されることが示唆され,また,無条件保守主義に関しては,その程度が高い企業ほ ど,より多くの投資を行うほか,投資を実行する際にはリスクの高いタイプの投資を行う可能
性があることが確認された。
また,どのような企業がどのような会計基準を採用するかという会計基準の内生性の問題に
ついても様々な研究がなされており,たとえば,Ahmed et al.(2002)は,配当政策を巡る株
主・債権者間の利害対立(エージェンシー問題)が深刻な企業ほど,保守主義の程度が高いこと
を発見している。G. Lara, G. Osma, and F. Penalva(2016)は,意思決定において非対称情
報をより多くもつ企業は保守主義会計の投資への効果が大きいことを示している。その結果と して企業が取り入れる保守主義会計の程度は年々高まっていると指摘する論者もいる(Lobo and Zhou(2006))。 以上のように,保守主義の会計基準の企業業績への影響と,どのような企業がどの程度の保 守主義基準を採用するかについては,主として実証の観点から多く検討されてきた。本稿は, それらとは異なる観点で,保守主義とは真逆の会計政策と資金調達の関係を分析する。 3.2 リスクシフト 株主有限責任を前提とすれば,資産のボラティリティが増加することによって株主価値が高 まるので,株主には,ハイリスクな資産運用を通じて,債権者にリスクを移転(シフト)するイ ンセンティブが働く(Sharpe1976; Treynor 1977 ほか)。こうしたインセンティブは,特に,財 務健全性が低く,期待倒産コストが高い企業においてより強くなるはずである。Rauh(2009) はこれを,年金政策におけるリスクシフト仮説とよんでいる。 セキュリティまたは契約設計の枠組みを基に,リスクシフト問題の潜在的な解決策を研究し てきた文献は多い。例えば,Green(1984)は,借り手のキャッシュフロー権の凸形状を逆転 させ,リスク負担のインセンティブを軽減するために,オプション請求またはワラントと債務
を組み合わせることができると示唆している。Campbell and Kracaw(1990)は,観察可能
なリスクと観察不能なリスクが十分に正の相関関係がある場合に,観察可能なリスクをヘッジ することは,過度の観察不能なリスクを負わないという確固たる約束として役立つことを示し
ている。Gorton and Kahn(2000)は,財務報告の後に行われる資産代替をモデル化し,貸し
手が低金利を再交渉する際,借り手は中レベルの痛みを負うが追加のリスクを負うことは防い でいると示した。これらの研究は通常,ステークホルダーの権限の最適な配分と,情報構造を 考慮してキャッシュフロー権をどのように作り直すかに焦点を当てている。Caskey and Hughes(2012)は,公正価値対保守的会計のような異なる測定方法を比較することで,会計 システム設計の役割について研究している。彼らのモデルでは,借り手の事前のリスクテイク を妨げる重要なメカニズムは,貸し手への管理権の割り当てであり,これにより貸し手はプロ ジェクトを早期に清算することができると論じられている。
3.3 資産代替問題 ボラティリティはリスクそのものであるので,リスクの高い投資案件を採用するとともに負 債比率を高めてオプション価値の増大を実現できる。ボラティリティが上昇すれば株主にとっ ては倒産のリスクも高まるが,有限責任なので株価が下方にブレても価値がゼロ未満になるこ とはない。一方,リスクの高い投資案件は債権者にとってもデフォルトリスクを高める。債権 者は株価上昇の恩恵には授かれないから,株主がリスクテイクすることで債権者の価値を収奪 することになる。これが株主と債権者の「利害対立=エージェンシー問題」であり,具体的に は「資産代替」とよばれる問題である。こうしたことが起こりうるのは,株主が負債を導入す る前に高いリスクをとることを言明せずに資金調達を行い,負債を導入した後に投資方針を変 更することができるからである。債権者は事前に株主の投資策を知ることはできず,また変更 後の投資案件のリスクを株主より正確に知ることも困難という意味で,情報の非対称性が存在 する。 Leland[1994]は,このような資産代替問題に関して,金融工学的手法で分析を行った。 資産代替間題がある場合は,財務制限条項付きの負債が選択される可能性がある。内生的倒産 モデルでは,株主価値はコールオプションと同様に凸関数となるので,このとき株主はよりハ イリスクな事業を事後的に選択し,株主価値を高めるとともに負債価値を減少させることがで きる。一方,財務制限条項がある場合,Leland[1994]は最適なレバレッジにおける株式価 格が,逆に凹関数になることを数値的に示し,事業のボラティリテイを上げても株主価値は上 昇しないので,資産代替問題は発生しないことを示した。財務制限条項が,債務を保護するだ けでなく,株主のインセンティブに大きな影響を与えることを論証した。 資産代替問題があると,株主と債権者の間にエージェンシー・コストが発生し,債権者は事 業資産のボラティリティを高く予想し,負債価格をより低く評価する。実際に数値例では,他 のバラメータを同じにして,財務制限条項の無い負債を発行する企業σを20% から 60% まで 大きくすると,その企業の価値は財務制限条項を持つ負債を発行する企業(σ=20%)の価値 を下回ってしまうことが示された。大企業が情報公開すること無く事業のボラティリティを 20% から 60% に変更したならば,それ以降市場からの資金調達を諦めなければならなく,融 資であれば,借り手・貸し手の関係悪化は避けられない。したがって資産代替間題は小規模に しか起こらないと予想される。しかし,Leland の結果から,小規模の資産代替に対しては, 純資産を非負値に保つ財務制限条項は厳しすぎることがわかった。金融機関が企業に融資する 際には,必ず資金使途を尋ねる。その事が負債契約に盛り込まれる訳ではないが,信義則によ り資産代替問題を防いでいるのが現状であることと整合する。 これとは対照的に,本稿のモデルは最適な情報システム設計に焦点を当て,経営者が積極的 な会計システムをとれば,リスクシフトの棄権を約束するのを助けることができることを示
す。また,積極的な会計処理が過度のプロジェクト継続をもたらすという事実は,慎重なプロ ジェクトにコミットするためのツールとして経営者が積極的な会計処理を利用することを可能 にする。
4.モデル
経営者が慎重なプロジェクトにコミットすることができないケースを考えてみる。問題は, 一旦経営者が貸し手から融資を受ければ,失敗または早期清算の場合に,貸し手が財務上の損 失を負う一方で,その高収益予想から恩恵を受けるので,リスクのあるプロジェクトを実行す るインセンティブを持つかもしれないという点にある。しかし,貸し手はこの動きを予想し, 高い額面での借金を要求し自分自身を保護する。そのため,最終的には経営者が投資機会を見 送ることが経営者最適となリうる。 経営者はこの結果を避け,非効率的なリスクを負わないために,そして慎重なプロジェクト に専念するために,自分自身のインセンティブを減らすことに注力する。コミットメントを達 成するための1 つの方法は,積極的な(上向きの)バイアスを持つ会計システムを採用するこ とである。積極的なバイアスは,プロジェクトが実際に利益がない場合に会計シグナルを高め る可能性があり,それは非効率的なプロジェクトの継続をもたらす。積極的なバイアスが過度 のプロジェクト継続を引き起こすというその事実が,経営者が過度のリスクを負うことを妨げ る可能性につながる。この結果を見ると,プロジェクトの継続にはコストを伴うため,会計情 報システムが完全に真の利益を報告すると,業績の悪いプロジェクトは整理され,失敗したプ ロジェクトに対して経営者の無駄な継続コストを防ぐことになる。これにより,経営者は事前 に過度のリスクを負うことになる。対照的に,会計システムに積極的な偏りがあると,いくつ かの不採算プロジェクトが続けられ,経営者は失敗したプロジェクトの努力を浪費することに なる。リスクのあるプロジェクトは失敗する可能性が高いため,経営者が慎重なプロジェクト ではなくリスクのあるプロジェクトを実行すると,この影響がより強くなる。十分に積極的な バイアスをかけるために,経営者はもはや過度のリスクを負う傾向がなく,慎重なプロジェク トを遂行することを貸し手に確実に約束することとなる。したがって,積極的な会計は,経営 者の資金調達能力を必ずしも妨げるわけではなく,資金調達を促進することとなる。 この分析結果は,積極的な会計処理が資本コストを増やすにも関わらず,なぜ一部の企業が より積極的な会計を選択するのかを説明する。モデルによれば,「積極的な会計処理とより高 い負債コストとの間に積極的関連がある場合,積極的な会計処理は必ずしも経営者(または株 主)にとって最適ではない」という主張の証拠になっていないことを示唆している。むしろ, 積極的な会計処理はコミットメントツールとして役立ち,資金調達を促進することができる。4.1 モデルの設定 リスク中立な企業と銀行がある。企業は,投資I > 0 のプロジェクトを検討しており,自己 資本はA < I。銀行から不足分 I -A を調達する必要がある。銀行から資金を調達した後,企 業の経営者は「堅実な」または「リスクの高い」プロジェクトのどちらかを選択して投資を実 行する。経営者のプロジェクトの選択は,観察不能とする。 経営者が堅実なプロジェクトに投資した場合,確率πpでキャッシュフローXp>I を生成し, 確率1 -πpで キャッシュフロー0 となる。対照的に,経営者がリスクの高いプロジェクト に投資すると,確率πRで成功してXRのキャッシュフローを生成し,失敗して確率1 -πRで キャッシュフローは0 となる。堅実なプロジェクトに比べて,リスクの高いプロジェクト は成功する可能性が低いが(πR<πp)成功すると,より高いキャッシュフローが生成される (XR>Xp)。θ ∈ {θh, θL} は状態を表し,プロジェクトが成功(θ = θh)または失敗(θ = θl)を 示す。プロジェクトを選択した後,キャッシュフローが生成される前に,会計情報システムが シグナル s ∈ {sh, sL} を報告する。会計情報システムは,条件付確率に従って,θ を観測可能 なシグナル s ∈ {sh, sL} に変換する。 経営者は会計情報システムを設計して会計情報を生成する確率zhh∈ [0, 1]と zll∈ [0, 1] の値を自由に選択することができる。例えば,経営者がzhh=zll=1 と設定した場合,会計 情報は忠実に状態θ 報告し,経営者が zhh=1 と zll=0 を設定した場合,状態に関係なく会 計情報は常に高く報告し,状態に関しての情報内容を持たないこととなる。条件付確率zhhお よびzllの選択は,観察可能とする。zhl=1 - zll=Pr (Sh|θl) zlh=1 - zhh=Pr (Sl|θh) とする。図示すると以下となる。 会計情報が観察された後,経営者はプロジェクトを清算または継続の選択をする。清算価値 はL ∈ (0, I -A)とする。経営者がコスト k をかけなければ,プロジェクトは確実に失敗す る。継続コストk は,経営者が失敗したプロジェクトを回避することを選好するという理由 で負担するコストとなる。 経営者は,高い会計情報shの後に継続コストk を負担する意思がある場合にのみ,利益を 得ることができる。会計情報が高い場合でも継続コストk が非常に高く,経営者が継続コス トを払わない場合,経営者はプロジェクトを継続しない。つまり,経営者の効用が正の場合 図 2 情報システム θh θl Sh Sl 1-πp 1-Zhh 1-Zll Zhh Zll πp θh θl Sh Sl 1-πp Zhh=1 Zll=1 πp
は,経営者はs = shのときに継続コストk を負担する意思を持っている。 θ = θlのとき清算が効率的であり,θ = θhのとき継続が効率的であると仮定する,すなわち XR-k > Xp-k > L > 0 とする。堅実なプロジェクトの事前の NPV は NPVP=πPXP+ (1 -πP) L - I リスクの高いプロジェクトのNPV は NPVR=πRXR+ (1 -πR) L - I 堅実なプロジェクトが利益を出すことを前提とする。すなわちNPVP>0 かつ NPVR<0 で あると仮定し,これはπPXP>πRXRを意味する。継続コストk を考慮しても,堅実なプロ ジェクトは正の価値を持つので, NPVP-πPk > 0 (1) これは, k < である。経営者は投資を実行するために金額D で銀行から借入をする。貸付市場は競争的で あり,銀行は投資に必要なI -A を提供する意思がある。シグナル s = slとき,銀行は貸出回 収を企業に申し出てプロジェクトを終了させて貸金を回収する。シグナルs = shのとき,経 営者はプロジェクトの継続を選択するので銀行貸出は継続する。 タイムラインは以下の通りとなる。t = 1 で,経営者は会計情報システム(の確率)zhhおよ びzllを選択する。t = 2 に,経営者は I -A を調達する。t = 3 に,シグナル s が報告され, 銀行が清算するか,継続するかの決定をする。t = 4 に,キャッシュフローが実現し,銀行は 貸出金を回収する。 4.2 プロジェクト選択が契約可能な場合:ベンチマーク 経営者のプロジェクトの選択が契約可能なベンチマークの場合を考える。銀行から借り入れ るにあたって,資金使途を銀行に対して明確にして設備資金の長期借入契約を締結して資金を 借り入れる場合が想定される。資金使徒が銀行に対して明らかにされるので,堅実なプロジェ クトであることを銀行は観察可能となる。まずシグナルs に基づく効率的な清算決定について 考える。シグナルに応じて堅実なプロジェクトが成功する事後確率は Pr (θh|sh) = πPXP+ (1 -πP) L - I πP πPz hh πPz hh+ (1 -πP) zhl
または Pr (θh|sl) = シグナルが高い場合に限り,プロジェクトを継続することが効率的になる。 つまり Pr (θh|sh) XP-k > L (2) Pr (θh|sl) XP-k < L (3) シグナルが高い場合,s = shであり,経営者はPr (θh|sh) (XP-D) - k > 0 の期待利得を 受け取り,銀行の期待回収額はPr (θh|sh) D となる。 シグナルが低い場合,s = slであり,銀行は貸金の回収を決定して,プロジェクトを清算 する。清算の場合の銀行の回収額が継続の場合の期待される回収額を上回るからである。た とえ経営者が継続コストk を使っても構わないと思っていても,銀行は清算するほうがまし と考えるので,経営者は,Pr (θh|sl) (XP-D) - k ≥ 0 の場合に限り,プロジェクトを継続 するために継続コストk を費やすことになる。これは条件 (3) と共に銀行の期待ペイオフ Pr (θh|sl) D を示し清算値 L よりも小さくなる。 完全コミットの場合では,経営者は状態θ を報告するにあたって完全な会計システムを選択 する。経営者も銀行も,確実に失敗するプロジェクトを継続することを望まないので,経営者 はプロジェクトの収益性を過大に報告する会計システムを設計する理由がない。一方で,経営 者は収益を過少報告する会計システムを設計する理由もない。結果として,経営者の最適な会 計システムは,zhh=zll=1 によって特徴付けられる。これらの結果をまとめて命題 1 とな る。 命題 1 プロジェクトの選択が企業と銀行とで借入契約で契約可能であるとき,経営者は堅実なプロ ジェクトにコミットし,zhh=zll=1 で完全な会計システムを実行する。 証明は注。 4.3 プロジェクト選択が契約不能な場合:完全な会計システム 経営者のプロジェクト選択が,観察可能でも契約可能でもない場合の設定を検討する。会計 システムがθ について完全なシグナルを生成する場合,すなわち zhh=zll=1 の場合から分 析を行う。 πPz lh πPz lh+ (1 -πP) zll
貸出金I -A を調達した後,経営者は堅実なプロジェクトまたはリスクの高いプロジェクト に投資し,銀行はどちらのプロジェクトがどちらであるのかを観察できない。すなわち,資金 使途が明確になっていない状況で銀行が貸出実行する。具体的には,長期運転資金として貸出 をするケースや,資金使途は買収資金であるものの,買収対象企業の収益が観察不能である場 合が挙げられる。資金使途が明確である場合は,例えば工場建設資金であれば,工場を稼働さ せることでの収益を銀行は観察可能であり,この点が前節と異なる設定である。堅実またはリ スクの高いプロジェクトを遂行することによる経営者の期待される利益は ΠP=πP ((XP-D) - k) - A または ΠR=πR ((XR-D) - k) - A, となる。経営者は堅実なプロジェクトを好む場合に限り ΠP≥ ΠR (4) となり,リスクのあるプロジェクトに対する堅実なプロジェクトの望ましさは,借入額D の 関数となる。借入額D が大きい場合,ペイオフπPとπRの両方が減少するが,ΠP≥ ΠRなの で,ΠPはΠRよりも速く減少する。投資からの収益はリスクのあるプロジェクトの方が大き くXR≥ XPなので,借入額に関してDIC と表示される閾値があり,経営者は D > DIC の場 合はリスクの高いプロジェクトを,D < DIC の場合は堅実なプロジェクトを選択し,閾値 DIC は次式で与えられる。 DIC ≡ - k 仮定により,πPXP-πRXR>0 で DIC は自己資本 A または必要資本 I には依存しない。 一方,銀行の参加制約は,銀行が,経営者が堅実なプロジェクトを選択すると予想した場 合,銀行は,DIR 以上の貸出額 D を要求する。したがって,DIR は次式で与えられる。 πPDIR + (1 -πP) L = I -A DIR = もし,銀行の参加条件の閾値DIR が経営者の IC 条件の閾値より小さいとすると,つまり DIR≤ DIC (5) πPXP-πRXR πP-πR (1 - A) - (1 -πP) L πP
のとき,銀行の貸出額が低いと,企業は実際には銀行の考えと一致する堅実なプロジェクトを 選択する。逆に,DIR > DIC の場合,銀行は貸出額の返済を求めるため,経営者はリスクの あるプロジェクトを選択するインセンティブを持つ。銀行は経営者の行動を予想し,高い貸出 を実行し,経営者にとりリスクの高いプロジェクトを選択するという誘惑が高まる。この場 合,リスクのあるプロジェクトは負のNPV を持っているので,(i) D = XRであっても銀行は 経営者の投資I -A を回収できず,したがって必要資金が得られないため,プロジェクトは実 行されない。(ii) 銀行は貸出金を回収することができ,D の場合に限り,経営者は自己資金 A を投資実行しないほうがよいということになる。 結果として,もし (5) が満たされれば,経営者は堅実なプロジェクトに投資し,(5) が満た されなければ,経営者はそのプロジェクトを見送る。以上の関係を図示すると以下となる。 図から明らかなようにDIR < DIC の場にのみ堅実なプロジェクトに貸出実行される。図 3 で四角に囲んだ領域となる。 次の命題は,(5) が成立するときと成立しないときを決定する。 命題 2 完全な会計システムでは,十分な自己資本がある場合に限り,経営者は融資を受けて堅実なプ ロジェクトに投資する。 A≥ A0≡I -πP -k - (1 -πP) L 証明は注 A < A0の場合,企業は資金調達せず,投資を放棄する。自己資本A が大きいときには,調達 πPXP-πRXR (πP-πR) 図 3 企業の誘因両立制約と銀行の参加制約の閾値 DIR<DICの場合 DIC<DIRの場合 貸出不実行 貸出不実行 DIR 堅実なプロジェクト リスクのあるプロジェクト 貸出実行 貸出実行 堅実なプロジェクト 貸出実行 DIC DIC DIR 貸出不実行 堅実なプロジェクト リスクのあるプロジェクト リスクのあるプロジェクト
すべき残りの借入,銀行が要求する貸出金DIR は比較的小さくなる。経営者はリスクの高い プロジェクトに切り替えることを望んでいないため,貸出額D が小さいほど,堅実なプロジェ クトにコミットする可能性が高くなる。また, =πP>0 より,継続コスト k が増える につれて,借入のための自己資本が増えなければならない。 命題 3 プロジェクトの継続コストk が増加すると,銀行から借入のために必要な自己資本 A0は増加 する。 継続コストk は,リスクの高いプロジェクトと比較して堅実なプロジェクトを魅力的ではな くさせる。これは,堅実なプロジェクトがリスクの高いプロジェクトよりも継続される可能性 が高いためであり,経営者に継続コストk を課すからである。すなわち,堅実なプロジェク トを採用すると,継続コストが増加し経営者にとって負担となるで,インセンティブ制約 ΠP≥ ΠRは厳しくなりDIC は減少し,堅実なプロジェクトにコミットするために必要な自己 資本A は,継続コスト k が大きいほど大きくなる。 4.4 プロジェクト選択が契約不能:積極的会計 会計システムが完璧であるときに経営者が堅実なプロジェクトに投資することを好む場合, 経営者は完全な会計システムを実行したいと考える。zhh=zll=1 からの逸脱は,プロジェク ト継続の決定を歪めるだけであり,経営者がこれらの歪みのコストを負担する。以下では, A < A0≡I -πP≤ πPXP-πRXR (πP-πR) - kπ - (1 - πP) L と仮定する。 これは,情報システムが完全であるとき,経営者が堅実なプロジェクトにコミットするのに 十分な自己資本A を持っていないことを意味する。このような状況でも,経営者は堅実なプ ロジェクトにコミットして資本を獲得できる可能性があるが,これは積極的な会計システムを 設計した場合に限られる。分析は2 段階で行う。まず,積極的な会計情報がどのように表示 されるのかを示す。会計システムは,経営者のIC 条件と銀行の IR 条件に影響する。次に, より積極的な会計情報システムがコミットメントを促進し,それによって投資を促進する条件 を導き出す。 4.4.1. 誘因両立制約(IC 条件) 経営者がzhl=b > 0 および zhh=1 の積極的な会計情報システムを選択したと仮定する。 dA0 dk
この会計情報システムは,低い収益を確率b で過大報告するため,積極的な会計情報システ ムとなる。具体的には, 会計上の見積りで工事進行基準,繰延税金資産の回収可能性,のれ んの評価などで,低い収益であっても,利益の過大報告を行う。前節と同様に,シグナルが高 い場合,経営者はプロジェクトを続行し,シグナルが低い場合,銀行はプロジェクトを清算す る。経営者がI -A を調達した場合,堅実またはリスクの高いプロジェクトに投資することに よる報酬は ΠP (b) =πP ((XP-D) - k) - (1 -πP) bk -A または ΠR (b) =πR ((XR-D) - k) - (1 -πR) bk -A 以下のIC 条件が成立する場合に限り,経営者は堅実なプロジェクトを選好する。 πP (b) -πP (b) ≥ 0 (6) 前節での議論と同様に,閾値が存在して DIC (b) = - (1 - b) k (7) この閾値を下回ると,経営者は堅実なプロジェクトを選択し,それを超えるとリスクのあるプ ロジェクトを選択する。バイアスb に関して DIC (b) の一次導関数をとると, DIC (b) = k > 0 バイアスb を大きくすると DIC (b) が大きくなるため,経営者の IC 条件が緩和される。つま り,会計情報システムが非常に正確であるとき(b = 0),利益の低いプロジェクトは低いシグ ナルを出力し,清算につながる。失敗するようなプロジェクトで経営者が継続コストk を無 駄にすることを防ぐので,経営者にとってもメリットがある。これとは対照的に,会計システ ムが偏っている(b > 0)場合は,利益の低いプロジェクトが継続されて,リスクのあるプロ ジェクトは堅実なプロジェクトよりも不確かである可能性が高いため,バイアスb がプロジェ クトの継続作業を無駄にしてしまう確率が高くなる。その結果として,b が増加するにつれて, リスクのあるプロジェクトは堅実なプロジェクトと比較して経営者にとって魅力的でなくな り,したがってIC 条件と経営者のコミットメントを緩和することになる。つまり継続コスト k が大きいほど,この効果が大きくなり,閾値 DIC (b) は b と共に増加する。 πPXP-πRXR πP-πR d db
4.4.2. 銀行の参加制約(IR 条件) 銀行は,経営者が堅実なプロジェクトを追求すると推定して,DIR (b) 以上の貸出を実行 する。従って,貸出額を期待利益に一致させる条件は πPDIR (b) + (1 -πP) b + (1 - b) L = I -A となり,DIR (b) は次式となる。 DIR (b) = 会計システムがより積極的であるとき,貸出額DIR (b) は増加する。 DIR (b) = > 0 (8) なぜDIR (b) が b と共に増加するかは,銀行が,より積極的な会計システムによって,不 採算のプロジェクトが清算されるのではなく継続される可能性が高まり,銀行にとってL > 0 が失われることをわかっているからである。従って銀行は,より高い貸出DIR (b) を実行す ることによってこの非効率性から貸付金を保護しようとするのである。
5.分析
5.1 投資の実行 本節では,自己資本A < A0を仮定し,このときDIC (0) < DIR (0) となる。したがって, 会計情報システムが完全であるならば,経営者はコミットすることができない。b > 0 で積極 的な会計情報システムを選択することは,経営者がDIC (b) ≧ DIR (b) を達成することが可 能である場合にのみ成立する。つまり,b が増加するときに DIC (b) が DIR (b) よりも速く増加する場合に限り,DIC (b) ≧ DIR (b) を達成することができる。b が増加する時に DIC
(b) が増加する速さを決めるのは,継続コストとなる。つまり,コスト k が大きいほど,すな わち =1 >の場合,バイアス b の増加により DIC (b) が速く増加する。 一方,DIR (b) は継続コスト k に依存しないので,k が十分大きい場合, - >0 が得られる。以上より,次の命題を得る。 命題 4 k > である場合, - > 0 となり,経営者が堅実なプロジェク トにコミットすることを可能にする。A0以下の自己資本で資金調達する場合,信用を得るた めに必要な最低自己資本は, (I -A) - L (1 -πP) (1 - b) πP d db L (1 -πP) πP d2DIC (b) dbdk ∂DIC (b) ∂b ∂DIR (b) ∂b (I -πP) L πP ∂DIC (b) ∂b ∂DIR (b)∂b
AM (b) ≡ I -πP - (1 - b) k) - (1 -πP) (1 - b) L =A0- (kπP-L (1 -πP)) b < A0 (9) となる。さらに,バイアスb が大きくなるにつれて最小自己資本 AM (b)は小さくなる。 証明は注 命題4 は,k > であれば, - > 0 で積極的会計が経営者の コミットメント問題を克服するのに役立つことを示している。つまり,バイアスb が増加す るにつれて,資金調達に必要な資産額AM (b) が減少し,完全な会計情報システムのもとで資 金が調達できない経営者は,偏ったシステムのもとで資金を調達することが可能となる。 5.2 会計情報システムの設計 命題4 は,より積極的な会計処理が,企業の資金調達額の増大につながることを意味して いる。しかし,積極的な会計処理は,高いシグナルの有益性を低下させ,それによって過度の 継続を招くためコストもかかる。すなわち,継続決定の歪みは,企業の事前の効用を減少させ てしまう。具体的には,資金調達を条件とした,経営者の事前の効用は UM (b) =πP (XP-k) + (1 -πP) (- bk + (1 - b) L) - I となり,バイアスb において減少し結果として,経営者は,自分が堅実なプロジェクトに投 資することを銀行に安心させるために十分に高い,可能な限り最小のバイアスb を選択する。 - >0 なので,コミットメントを達成するための最小バイアスは DIC (b#) = DIR (b#)で決定される。すなわち b#= であり,A < A0かつk > のとき,b#は正となる。経営者は,堅実なプロジェク トへの投資と,2 つの条件が満たされた場合の資金調達を約束するために,b#を選択する。 まず,b#を選択することが可能でなければならないのでb#<1 であり,また,経営者の事前 効用は負でないからUM (b#) ≥ 0 でなければならない。 次に,A < A0の場合,これら2 つの条件が経営者の能力と,積極的な会計処理をコミット する時ににどのように影響するかを考えよう。経営者がb = 1 の場合で正の事前効用を持って πPXP-πRXR πP-πR (I -πP) L πP ∂DIC (b) ∂b ∂DIR (b)∂b ∂DIC (b) ∂b ∂DIR (b)∂b (A0-A) kπP-L (1 -πP) (I -πP) L πP
いれば,UM (b#) ≥ 0 という要件は問題にならない。 UM (1) =πPXP-k - I≥ 0 A > AM (1)である限り,経営者が堅実に行動し,資金を調達し,事前効用を享受することを 可能にするバイアスb#<1 が存在する。対照的に,経営者の事前効用が b = 1 に対して負と なってしまう場合,つまり, UM (1) =πPXP-k - I < 0 の時,経営者が最も高いバイアスを選択するとき,経営者の事前効用はゼロになる。これは UM (b ̂) = 0 で定義され,次のようになる。 b ̂ = UM (1) < 0 であるため b ̂ < 1 さらに,(1) から b ̂ > 0 となる。そして(仮定により) UM (b) <0 となる。経営者が投資する自己資本 A の可能な最低水準は,AM (b ̂) であり,AM (b ̂) > AM (1) が満たされる。以上は,次の命題にまとめることができる。 命題 5 k > と仮定する。最適な会計システムは,A ∈ [AM (b ̅, A0)に関して, b*=b#>0 となる積極的な会計システムとなる。この時, AM (b ̅) = 証明は注。 b*>0 の積極的な会計システムを採用すると,2 つの効果がある。まず,積極的な会計処理 は,企業が資本を獲得して投資するA の値の範囲を広げる。一方,高いシグナルの有益性を 損ない,過大なプロジェクト継続を招く。これら2 つの効果は相互に関連し,過度のプロジェ クトの継続の見込みにより,経営者が堅実に行動するように規律する。いわばコミットメント ツールとして機能する。したがって,最適な会計情報システムは,プロジェクト選択のモラル ハザード問題を克服するための継続決定に関して非効率性を生み出してしまう。 5.3 最適なバイアス 本節では,企業の特性の変化がもたらす,最適な会計上の偏りと借入金のコストへの影響を πP (XP-k) + (1 -πP) L - I (1 -πP) (L - k) d db (I -πP) L πP 1 if k
≤
πPXP-I b ̂ if k >πPXP-I{
{
分析する。次の命題は,企業の自己資本A と継続コストが最適な会計バイアス b*に与える影 響を示している。 命題 6 自己資本A が減少するか,もしくはプロジェクトの継続コスト k が増加すると,経営者が堅 実なプロジェクトにコミットして資金を調達することを可能にする最適バイアスb*が増加す る。 証明は注 経営者がより少ない資産を持っている場合,貸し手はより高い額面の負債D を要求し,リス クのあるプロジェクトを比較的魅力的なものにする。堅実なプロジェクトにコミットするため に,経営者はより積極的な会計システムを採用する必要があり,同様に,堅実なプロジェクト は,継続をもたらす可能性が高くなり,継続コストk が経営者に課される可能性が高いため, より高い継続コストがリスクの高いプロジェクトに有利に働くこととなる。そして経営者のコ ミットメントを達成するためには,より高いバイアスb が必要となる。 均衡状態では,債務の額面D (b*)は次式で決定される。 DIC (b*) = DIR (b*) = D (b*)= したがって,企業は銀行に以下の金利を支払わなければならない。 r (b*) = = - 命題6 から,堅実なプロジェクトにコミットするために必要なバイアス b*は,経営者の自己 資本A が少ないほど,また継続コスト k が大きいほど高いため,より大きなバイアス b はプ ロジェクト継続の判断をゆがめ,貸し手が要求する金利r を増加させる。さらに,自己資本 A が少なければ,経営者がより多くの資金を調達する必要があるため,金利も上昇し,清算の場 合には銀行の損失が大きくなる。以上より,経営者の資産A が少ないほど,または継続コス トk が大きいほど,均衡金利 r は高くなることが予想される。以下の命題として主張される。 命題 7 均衡での利子率は,自己資本が小さいとき,また継続コストが高いときに,高くなる。 より積極的な会計処理はより高い金利をもたらすという実証研究の結果にもかかわらず,命 (I - A) - L (1 -πP) (1 - b*) πP D (b*) - (I - A) I - A 1 -πP πP L (1 -πP) (1 - b*) πP (I - A)
題6 とその結果は,銀行と借入契約をする際に経営者がなぜ積極的な会計処理を選択するの かを説明している。より高い金利は必ずしも積極的な会計処理が経営者(または株主)にとっ て最適ではないということではなく,むしろ,積極的な会計処理はコミットメントツールとし て役立ち,資金調達を促進することが可能となる。これは,特に企業の自己資本が少ない場合 に当てはまり,この場合,過度のリスクテイクを回避することを約束するには,より積極的な 会計処理が必要となる。実証研究で明らかにされるべきは,財務的に制約のある企業はより積 極的な会計を採用し,より高い金利を負担するということである。このことは,日米のベン チャー企業,中小企業をサンプルとして,それぞれの借入行動を分析することから導かれるで あろう。
6.総括と課題
本稿では,投資にあたって必要な資金の一部を借入金で調達する経営者が,積極的な(上方 への)バイアスを伴う会計システムを設計することが最適である場合を示した。積極的なバイ アスは非効率的なプロジェクトの継続につながり,他の条件が変わらなければ,銀行に事前に 高い金利を要求されることになる。それでもそのようなバイアスは経営者にとって最適とな る。つまり,積極的なバイアスが過度の継続をもたらすという事実は,経営者がプロジェクト 継続決定の前にリスクシフト活動から棄権するのを誘発する。したがって,上向きに偏った会 計情報システムは,堅実に行動することを確約するためのツールとしての役割を果たし,経営 者の資金調達能力を減らすのではなく,逆に向上させることとなる。 分析では,積極的なバイアスによりDIR < DIC での区間がベンチマークよりも広がること により,完全情報システムで要求される自己資本よりも低い自己資本で借入をすることができ る。 本稿の結果は,前節で指摘した現実の問題,すなわち,米国に比べてなぜ,日本のベン チャーファイナンス,また中小企業での借入が活発に行われないのかという点についての答え を示唆する。それは,日本のベンチャー企業,中小企業の経営者が,米国に比べて積極的会計 を行っていないことを意味する。さらに,ベンチャー企業,中小企業の財務担当,監査法人ら が,積極的会計に躊躇するために,米国と比べて借入が活発化されておらず,一方で,米国の ベンチャー企業や中小企業は,経営者並びに財務担当が,裁量的に積極的会計を採用している ので,金融機関からの借入が進んでいる可能性があると理解できる。日米でのベンチャー企業 に成長の具合での彼我があること,日本でベンチャー企業が育ちにくいという現実は,ベン チャー企業のイノベーションの差異だけではなく,そもそも,資金調達に関して会計方針の取 り組みが日米で異なるからだと推測できる。このように考えると,産学連携や官民ファンドなどのインフラを整備し,日本のベンチャー 事業の土壌を作ることは,イノベーションの促進のためには,それだけでは不十分であると言 わざるをえない。本稿のモデルにより,いくら土壌を作ったとしても,会計規則並びに,債権 者への会計開示について経営者のスタンスが変わらない限り,資金調達は従来と変わりがな く,日本においてベンチャー事業が進展することはない,と考えられるのである。 本稿の課題は多々ある。積極的会計により堅実なプロジェクトの実行がなされるものの,一 方で経営者の効用は完全情報システムの時と比べて低下する。社会的な厚生が,経営者,銀行 含めて,積極的な会計を利用した時に増えているのか,減っているのかは,別途分析する必要 がある。また,本稿の結果が実証により検証されるべきことも課題となる。 証明注 命題 1 銀行の貸出金額をD とすると,プロジェクトを継続する場合と中止する場合での,銀行の貸 出金額の損益分岐DPB は以下となる。 Pr (sh) Pr (Xp │ sh) DPB + Pr (sl) L = I - A これよりDPB は DPB = 経営者は会計情報を観察した後,効用を最大化するので,経営者の効用は,リスク中立を仮 定しているので UB=Pr (s h) (Pr (X p │ sh) (Xp-DPB) - k) -A =πPzhh (Xp-DPB ) - (πPzhh+ (1 -πPzhl) k -A =πPz hh (Xp-L - k) - (1 -πP) zhl (L + k) k - I + L これより =πP (Xp-L - k) > 0 =- (1 -πP) (L + k) k < 0 以上から,経営者の効用を最大化するためには,会計システムをzhl=0 zhh=1 とすれば よい。 I - A - (πP (1 - z hh) + (1 -πP) (1 - zhl)) L πPz hh ∂UB ∂zhh ∂UB ∂zhl
□
命題 2
DIR と DIC を,銀行が貸出実行をする条件 DIR < DIC に代入すると
< -k
以上より,
A≥ A0≡I -πP - k - (1 -πP) L
命題 4
DIR (b) と DIC (b) を,銀行が貸出実行をする条件 DIR (b) < DIC (b) に代入すると
< - (1 - b) k 以上より A≥ I -πP ( - (1 - b) k) - (1 -πP) (1 - b) L ≡ AM (b) 命題2 より A0≡I -πP -k - (1 -πP) L であったので, AM (b) = A0- (kπP-L (1 -πP)) b 従って = - (kπP-L (1 -πP)) < 0(∵ kπP-L (1 -πP) > 0) 命題 5 経営者の効用が,A ∈ [AM (1) , A0]に関して,UM (1) =πpXp-k - I≥ 0 であるならば,経 営者は最小となる会計情報のバイアスを選択する。すなわち, b*= (A0-A) ≤ (A0-A M (1)) = 1 を選択して,堅実なプロジェクトにコミットする。これにより,経営者の効用はUM (b*) ≥ 0 (I - A) - (1 -πP) L πP πPXP-πRXR πP-πR πPXP-πRXR (πP-πR) (I -A) - L (1 -πP) (I - b) πP πPXP-πRXR πP-πR πPXP-πRXR (πP-πR) πPXP-πRXR (πP-πR) ∂AM(b) ∂b 1 kπP-L (1 -πP) 1 kπP-L (1 -πP)
となる。 一方で,もし,UM (1) =πpXp-k - I < 0 であれば,経営者が効用を最大にするバイアス b̂ は <0 であるから,UM (b ̂) = 0 を選択し, UM (b ̂) =πP (XP-k) + (1 -πP) (- b ̂k + (1 - b ̂) L) - I = 0 より, b ̂ = 従って,最小の自己資本は,AM (b) > AM (1)で決定され,経営者は,b*< ̂ を選択して,堅b 実なプロジェクトを選択する。 □ 命題 6 b*= (A0-A)より, =- A < 0 となる。また, b*= (A0-A) = 1 - であるので, =πP >0 となる。 命題 7 銀行の貸出金額は, DIC (b*) = DIR (b*) = D (b*) = で決定された。したがって,金利は, r (b*) = = - ∂UM(b) ∂b πP (XP-k) + (1 -πP) L - I (1 -πP) (L + k) 1 kπP-L (1 -πP) db* dA 1 kπP-L (1 -πP) 1 kπP-L (1 -πP) A +πP -I kπP-L (1 -πP) πPXP-πRXR πP-πR db* dk A +πP -I (kπP-L (1 -πP))2 πPXP-πRXR πP-πR (I -A) - L (1 -πP)(1 - b*) πP D (b*) - (I - A) I - A 1 -πP πP L (1 -πP) (1 - b*) πP (I -A)