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ヘ-ゲルの世界史観における民族精神

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Academic year: 2021

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(1)19. ヘ ー ゲ ル の世 界 史観 に お け る民族 精神. 久 保 田. 勉. 序 ヘ ーゲルの哲学体系 の 中 に一 定 の場 を 占め る歴 史哲学 として,彼 の「世界 史観」は 完結 した容姿 をあ らわ してい る。彼 が 言 うところ の「 哲学的世界史」 ヤ ま「 あ る民族 の原理 を,そ の諸制度や諸運命 か ら把握 して諸 々の 出来事 をそ の原理 か ら展開す る」1)と 共 に,「 普遍的 な世界精神 が・……自己形成 の様 々 な 段 階を経過 して きた事」1)を 考察 せ ん とす る もので あ る。 したが って,諸 民 族精神 の把握 と共 に,「 特殊 な諸民族精神 の弁証法」1)と して,世 界精神 とい う実体 の展開 あ るい は実現 を,つ ま り諸民族精神相互 の関係 ,運 命を把握 せ ん とす る もので あ る。 ヘ ーゲル が 言 う世界史 とは,世 界精神 の「 自己意識」 と「 自由 の概念」 の発展 にほか な らな い。世界精神 は「 精神 がそれ 自身 の真 の概 念 を対 自的 に 産 み 出す 経過 の体系」2)で ぁ り, そ して民族精神 は「 同時 に本質的 に特殊 な精神 で あ り,同 時 に絶対的 な普遍的 精神 に他 な らな い …… か くして,民 族精神 は特殊 な形 態 にお け る普 遍的精神 で あ る。普遍的精神 は この特殊 な形 態 を 自己 においては超 えてい る……民族精神 の特殊性 は,民 族 精神 が精神 について持 つ そ の意識 の在 り方 に存す る」D。 「精神 は もともと個 体 で あ る。 しか し世界史 の境位 においては,わ れわれ は個人 または特殊 な個 人性 に制 限 した り還帰 した りす る ことにはかか わ らな い。歴史 にお け る精神 は個体 で あ るが 普遍的 な本性 で あ り,同 時 に しか し特定 の もの,す なはち民 族 一 般 で あ る」め と言 う。したが って,歴 史 の哲学 が取 り扱 うべ き精神 は「 民 族 精神」 で あ る。.

(2) 久 保 田. 勉. われわれが ,本 稿 で取 り扱 お うとしてい るのは,か れ の歴史哲学 にお け る この「民族精神」 で あ る。(こ の後 ,引 き続 いて民族精神 を形成 す る基 幹 とし て,Geniusと Milieusと を論 じてい くつ も りでい る)。. 注. 1)Enzo Ⅲ o S.457 2)V― G.S.60 3)ibid。 , S. 59. 1。. ヘ ーゲルの世界史観 の 根底にあ るもの. ヘ ーグル が 念頭 にお く哲学 の任務 は,理 性的 な ものの徹底的 な究 明 で あ る か ら,正 にその故 に現存す る もの な らびに現実的 な ものの把握 で あ り,神 の みがその存在 を知 る と言われ る彼岸的 な ものの主張 では な い。哲学 の課題 は 「存在す る もの を 概念的 に把握す る事 で あ る。 け だ し,存 在す る ものは理性 だか らで あ る」1)と 言 う。 ここに 言われ てい る理性 は, もちろ ん個人 の主観 的 な理性 では な く,万 有を貫 く存在 の理法 ,合 法則性 ,必 然性 として現実 の 中 に 内在 し,現 実 の 中 に顕現す る もので あ る。 「 哲学 の 最終 目的 と 関心 は, 思想 , 概念 を 現実性 と 宥和 す る ところ に あ る」わ とい うこの姿勢 は,ヘ ーゲルの壮大 な哲学体系を一 貫す る もので あ る。 こ うした意図を もって,現 実性 に 向か ってい くこ とで,そ れが理性的 な もの だ 事 が解 明 され てい く。 す なわ ち,現 実性 は理 性 を通 して真 の実在性 を手 に いれ るので あ る。現実性 とは,常 に普遍性 と特殊性 との統 一 性 ,言 い換 えれ ば ,そ の一 体性 は,普 遍性 が 特殊性 へ と分解 され てお り, これが全 体 におい て支持 され 保有 され てい る として も,一 個 の独立的 な もの として現れ る よ う な特殊 性 で あ る。 この統 一 性を欠 く限 り,在 る ものはた とえ現実 に顕現 してい る よ うに 見 え て も, それは現実的 な ものでは な い。「切 り落 とされた手 は, それ で も手 の よ うに 見 える し,現 実 に顕現 して い るよ うに 見 えて も,現 実的 で あ る とは言 えな い。真実 の現実性 は必然性 で あ る。す なはち,現 実的 な ものは それ 自身.

(3) ヘーゲルの世界史観における民族精神. 21. の 内 に おいて 必然的 な もので あ る。」め ヘ ーゲルの言 うこの 必然性 とは,全 体 が概 念 の区別項 に分解 され てい る こと, この分解 され た ものが 固定的・ 持 続 的 な規定性 とな り, しか も この規定性 が 生命 の通わ ぬ ものでは な く,か え って解体 しなが らも不断 に` 自己を産み 出 して行 くことを本性 とす るもので あ る。 こ うして,ヘ ー ゲルの論考 に従 えば,理 性 あ るいは理性的 精神 は,世 界 の 基根 で あ り,あ らゆ る現実性 は,そ の理性 の発展・ 具現 せ る ものに他 な らな いので あ る。 す べ ての現実性 が理 性 の具現 で あ る とす る とき,世 界史 もまた 理性 の具現 せ るものであ り, しか もそれ は 自覚的理性 ,つ ま り世界精神 の具 現 に他 な らな い。世界史 において,民 族や世界 を 響導す る ものは理念 ,す な はち理 性的精神 で あ り,そ れ は 自然態 Naturに おいては「即 自的」に存在す る もので あ る。 それ に も拘 らず ,そ れ は精神的現実性 において意識 , 自己意 識 を もた らして 来 る。「 この運動 は,精 神的実体 の開放 の道行 で あ り,世 界 の 絶対 的究極 目的を世界 の 中 で実現 して い く働 きで あ る。 この働 きに よって. ,. 最初 はただ 即 自的 に 存在 してい るに す ぎなか った 精神 は, 意識 と 自己意識 とを獲得す るので あ る。 この ことに よって 精神 は 自らの生 の ままの本質 an. und fur sichを 啓示 と現実態 へ ともた らす。 か くして精神 自身 は,ま た外 面 的 に普遍的 な る精神 ,す なは ち世界精神 とな るので あ る。 この発展 は 時 と 現実存在 との 中 に あ り, したが って歴史 として存在す る。 それ で世界精神 の 4) 発展 にお け る 個 々の諸契機・ 諸段 階 で あ る ものは諸 々の 民族精神 で あ る。」. 各 々の民族精神 は,質 的規定性 にお け る個別性・ 自然的精神 として,行 全体 の 中 で単 に一 つ の段 階 だけを充満 し,唯 一 つ の業務 だけを果 たす よ うに規定 され てい るのであ る。「世界史 が理 性的 に 行われ て きた とい うこ と, 世界史 は世界精神 の理性的 で,必 然的 な行程 で あ った とい うこ と,そ して この精神 の本性 は 同一 不変 の もので あ るが , この “唯 一 の本性 "eine Naturヤ ま世界 の存在 の 中 で実現す る ものだ とい うことは,世 界史 そ の ものの考察 に よって は じめ て 明 らか に な る 事 で あ る。」5)こ の よ うに,世 界史 の 全体 は, そ こに 「唯 一 の本性」を 明示す る世 界精神 の本質開示・ 具現 に他 な らな い。「唯 一 の.

(4) 22. 久 保 田. 勉. 本性」 は ,歴 史 の端緒 か らそ こに存在 してい る もので あ って,即 自的 に存在 は してい る ものの,い まだそ の 内部 か ら実存 E対 stenzに まで達 していない だけの もので あ る。 それは ,あ たか も「植物 の萌芽 が ,そ の 中 に樹 の全性質. ,. 果実 の味や形 を含 んでい る よ うに,精 神 の最初 の足跡 もまたす でに全歴史 を 6)歴 の 潜在的 に含 んでい るので あ る。」 史 最終 目的 は,こ の萌芽 が 展開 して行 くよ うに,「 唯 一 の本性」 「 原理」を長 い年 月を か け て現実世界 の 中 で完成す る こ とで あ る。 世界精神 の, この「 原理」 「 唯 一 の本性」 とは何 で あろ うか。 また, 世界 史 の 「 理念」 と言 ってい る ものは何 で あろ うか。「原理」や 「 唯 一 の本性」 について,こ れ らを ヘ ーゲル は「 内的 な,最 も内奥 か らの無意識的 な衝動 」7) と言 ってい るが ,そ れ は「 自由」 に他 な らず ,世 界史 の全過程 を営む もので あ る。世界史 の全事業 は, この衝動 を意識 に まで 高 めて行 く努力 に他 な らな い。 世界史 は「 自由 の意識 の進歩」の を意味 してい る。 か くて, 精神 は世界 史 において常 に意識 とな って 自己を表現 し, しか も この意識 は「 自由」を本 来的 に 本性 とす る もので あ り,「 自由」 は意識 と不 可分離的 に そ の概念 に属 す る もので あ る。 オ リエ ン トに あ っては,わ ず か に一 人 の者 が 自由で あ り ,. ギ リシア・ ローマ の世界 では ご く少数 の者 が 自由で あ る こ とを 知 っていたに 留 ま り,ゲ ル マ ンの世界 において,す べ ての人間 が 人間 として 自由で あ る と い う意識 に達 してい る, と言 う"。 自由が 現実的 となる とき, 自由は意識 と な って現れ て くる。 だか ら自由が 現実的 に な る こ とは理 性 の絶対的 な 目標 な ので あ る。主観的意志 と実体的意志 との統 一 性 として 国家 は 自由 の現実態 で あ るか ら,世 界史 において問題 とな り得 るのは,「 諸民族 について,そ れが 国 10)で. 家 を形成 した民族 だけ」. あ る。 この よ うに して,ヘ ーゲル に よれ ば,歴. 史 は理性的 な国家 の生成過程 にほか な らな い。 いか なる国家 も,一 定 の民族 に よって組織化 され た もので あ り,一 定 の民族精神 の表現 で あ る。 ここで. ,. われわれ は あ る民族 の,こ の「 民族精神」 力` 何 に 由来す る もので あ るかを尋 ね てみ たい と思 う。.

(5) ヘ ー ゲル の世界史観 におけ る民族精神. 23. 注. 1)R― Pho S。 15 2)G― d― Pho S。 617 3)R― Ph。 §.270.S。 420 4)Enz. Ⅲ . §.549 5)G.Phe S。 14 6)ibid., S。 23 7)ibid., S。 32. 8)ibid。 , S. 24. 9)ibid., S. 128 10)ibid., S。 49. 2。. 民族精神 と世界精 神. さて,世 界精神 の展開 は,そ れが連続 した諸段 階 の系列を産 み 出 して行 く 必然性 を持 ってい る。 それ ぞれ の段 階 は事象 の概 念を通 して生 じて くる もの で あ る し,「 概 念 の展開 の系列 は実在形式 の系列」1)で あ るか ら, きわ めて論 理的 な必然性 に したが って継起す る もので あ る。 したが って,継 起 して くる 諸段 階 は先行す る諸段 階 か ら論理的 に生起す べ きもので あ って,他 の段 階 の 上 に立 って恣意的 に生起す るはず の ものでは な い。 この よ うに考 える と き. ,. 世界史 の発展形式 は 当初 か らす でに 固定 した もの と見 られ てお り,歴 史家 の 任務 は この発展形式 の外 に置 かれ てい る。 発展 の形式 が もはや 変更 で きな い もの とすれ ば,歴 史家 に残 され てい るのは ,た だ この形式 の うち に歴史的事 実 の 内容 を注 ぎ込む だけの こ とで あ る。 世界精神 の, この発展 は す でに 見 た よ うに,歴 史 としてその足 跡 を残 し. ,. 発展 の諸契機 0段 階 は諸 々の民族精神 で あ った。 この民族精神 は,世 界史 を 通 して進行 して い る 普遍的精神 の一 契機 にす ぎず ,「 民族 の 自己意識 は 普遍 的精神 がその現実存在 において持 ってい るその時 々の発展段 階 の担 い手 で あ り,普 遍的精神 が 自己 の意志 を織 り込む客観的現実 態 で あ る」のし,一 定 の民 族精神 そ の ものは「 世界史 の行程 に あ っては,た だの個別態 にす ぎな い」め。 また,す べ ての民族精神 は単 に そ の独 自の精神 を 自覚 してい るにす ぎず ,そ の独 自の 関心 と目的 を 追求す る もので あ るか ら,民 族精神 は 単独 では 権利.

(6) 久 保 田. 勉. Berechtigungを 対 自的 には持 っていない。「 民族精神 の原理 は , 民族精神 が 実存 の個人 として,そ の客観的現実性 ,お よび 自己意識 を 有す る ところの 特殊性 のために一 般 に制限 され ,そ して相互関係 におけ るその運命 お よび 行 動 は,こ の精神 の有限界 に反映 せ る弁証法 で あ る。 この弁証法 か らして,普 遍的精神す なはち世界 精神 が 無制約的 な もの としてそれが あ るままに出現す る。す なはち 世界精神 は 自己 の権利 を 一一 そ して, この権利 は最高 の もの で あ るのだが―一 世界法廷 として の世界史 において行使す る。」4)か くて,民 族精神 は世界精神 の単 なる手段 で しか な い。 理念 は「 そ の諸契機 を総体 とし て一一 しか も それ は ただ諸 契機 のみ な のだが一― 自己 か ら遊 離 してい る」5) ので あ る。 一 つ の民族精神 は世界精神 が示 した段 階を決 して再 び 形成 す る ことは 出来 な い。 一 つの民族 が 完全 に この段 階 を成 就 し終 えた時 ,す なはち,民 族 の精 神 が あ らゆ る方面 に 向か って完全 に実現 し終 えた と き,こ の民族 は歴史 の舞 台 か ら退場 して 行 かね ばな らな い。 この とき, 世界史 は他 の 民族 へ と移動 して行 き,世 界精神 はその独 自の概念 の現実化 のための民族 に委 ね るので あ る。 しか し,あ る 民族 の 自己意識 が , 世界精神 が 自己 の意識 を 織 り込 んで い る 客観的 な 現実態 で あ る限 り,従 って また世界精神 の 発展的 自己意識 の 進 む中 で そ の執行 が 委任 され てい る限 り,世 界史的 に 現存 してい るが , 実 は世界精神 の全権威 がその背後 に存在 してお り,そ れが絶対 的権威を持 って お り,世 界精神 の朱配 に したが って世界史 の檜舞 台 に顕現 してい るのが ,あ る歴 史的時点 で世界 に君臨 して い る民族 で あ り, この民族 に比 して他 の民族 はその権威 をな くす ので あ る。世界精神 の現在 そ の段階 で あ る ところ の, こ の理念 の必然的契機 が絶対的権利 を保持 し,そ して この段階 において生存す る民族 お よび 彼 らの業 が そ の完成 と 幸福 と名誉を 獲得す る。 世界精 神 が こ の民族 に 松 明を引 き渡 し, か の民族 は そ の絶対的 な 資格 を 喪失す るので あ る。 lし か しまた, 没落 の後 に なお 高次 の原則 を 自己 の上 に 掲げ る ことは 出 来 は す るが ,そ れ は もちろ ん彼独 自の ものでは な い 。そ のために「 内在的 な 生命や新 鮮 さを 伴 っては い な い。 それ で も, なお存続 し続 け る ことが あ る.

(7) ヘーゲルの世界史観における民族精神. 25. し,そ の うえ 自主性 を も保持 出来 る し, 戦争 さえ も導 く こ とが あ り得 る。」の しか し,活 力 は な く「 偶然 の まま様 々 な内事外争 の うち に さまよ う」の ので あ る。 もはや 目指す ところ も,内 的 な不変性 もな く,そ れ ゆ え に絶対的 な権 力 は ,次 の若 々 しい民族精神 に譲渡 され ,他 民族 へ と移行 して行 くので あ る。. 注. 1)R― Phe S.§ 。32. 2)Enz. Ⅲ. §.550 3)G― Pho Se 66 4)R― Ph.§ 。340. 5)Enz.Ⅲ .§ .550 。347 G― Ph.S.120 8)R― Ph. §. 3.国 家 と民族精 神 「 民族 の具体 的 な 精神 もそれ が 精神 で あ る点では精神的 にのみ , す なはち 理想 に よってのみ 把握す る ものに他 な らな い。 とい うのは, 自分 自身を産 出 す る と言 うと ころ に民族精 神 の使命 が あ るか らで あ る。」1)歴 史 の 中 で民族精 の 神 は具体的 な もの として「 民族 の意識 と意欲 ,そ の現実性 の あ らゆ る側面」 に 自らの表現形態 を与 えてい る。 あ る民族 にお け る理 念 の一 段 階 が意識 へ と 現 れ て きた場合 には,精 神 はその 自己意識 の この段階を民族精神 の豊富 な全 域 の 中 へ と現 してい く。 まさに民族 の あ らゆ る活動領域 はその一 つの表現 で あ り,か つ またその規定性 にす ぎな い。 民族 の「 宗教 ,政 体 ,人 倫 ,法 律組 織 ,習 慣 お よび学 問 ,芸 術 ,技 術的伎価 な ど」の は民族精神 の共通 の原理 を ,. そ の 印 として各 々に刻み こんだ もので あ る。民族精神 は この よ うに「 自分 を 現実 に存在す る客観的世界 として建設す る と ころ の特殊 的精神 で あ る。 そ の ため に,こ の客観的世界 はその民族特有 の宗教 を持 ち,特 有 の礼拝 を持 ち, 特有 の習慣 ,特 有 の憲法 ,特 有 の法律を持 ち,ま た,そ の民族特有 の諸制度 の全範 囲を包容 し,そ の諸 々の事件 と行為 とか ら成 るものであ る。 それ らは 民族精神 の作品 で あ るが ,ま た民族 そ の もので あ る。」め 立法 そ の他 ,民 族 の.

(8) 久 保 田. 勉. 全容 はその根拠 を概念 の内にのみ持ち,こ の概念 は精神が 自ら作 り出す もの であ る。 この ように「 いずれ の世界史的民族 の間に も特有 の詩,造 形美術. ,. 科学 お よび哲学 が存在 している事 は言 うまで もないが,一 般 にその様式 と傾 向が異なっているばか りでな く,そ れ以上 に中身が違 っている。 そ してその ° 中身 は最高の区別,す なはち理性的知性 の区別 に関す るものであ る。」 この ように民族精神は,あ る民族 のあ らゆる法規,制 度,精 神的活動な どにその 姿 を現 し,自 由の理念 のいか なる段階,理 性的知性 のいか なる段階で も,そ こに存在 しているものを作 りあげ ている原理 であ り,手 配者 であ る。 それ ら は,み な民族精神 の発露 した ものであ り,世 界精神 の展開 の中で,そ れ らが 占 めている位置 に従 って,民 族精神を介 して固 く規定 され てい るのである。 ヘ ーゲルは特 にここの所を一一 国家, 憲法 を 論考す るに あたって一―「歴史哲 学」 において強調 している。国家 は他 のあ らゆる歴史的領域 と同 じように 民族精神 に依存 しているのであるか ら,国 家 はそれ とパ ランルに発展せざる ,. を得 ないのであ る。民族精神 ない し国家 は理性的知性 における一 つの段階 で あ るか ら,他 領域 の段階を出 し抜 いて世界史 の舞台 に登場する ことは出来な い。 だか らして,「 良心 の開放 を待たず に,権 利 と自由 との 東縛 を取 り払 お. Dと い う事 は考 え られ うとす ること, 宗教改革がな くて も革命があ り得 る」 ないのであ る。 したが って,民 族精神は「宗教 と国家 における自由の唯一の 概念 であ る。 この概念 は,人 間の所有す る最高 の者 であ り,人 間 にとって実 現 されるものである。神 についての悪 しき観念を持 つ民族 は,悪 しき国家. ,. 悪 しき統治,悪 しき法律を持 つ ものである。」 6). 従 って, つ ぎの ような ことが強調 されねばな らない。「 一民族 の憲法 は. ,. その民族 の宗教,そ の民族 の芸術や哲学,ま たはす くな くともその民族 の観 念や思想,す なはちその民族 の文化あるいは教養一般. (さ. らにはその気候. ,. その隣邦,そ の世界 における位置な どの もっと立ち入った外的要素は間わな 7)だ いにして も)と 共 に,一 個 の実体,一 個 の精神を形成するものである。」. か らして,憲 法を既 に作成 されたものとして観 た り,憲 法がひ とつの民族 に 一一 よしんばそれがいかに理性的であ って も一一押 し付けた りす るのは正当.

(9) ヘーゲルの世界史観における民族精神. 27. とは 言 えな い。 それ は非合理的 で あ り,ま た不 可能 な こ とで あ る。押 し付 け られ た民族 はその ままで い る ことは な く,民 族精神 が提 出 した ものに躊 躇 な く随伴 した り,ま た 民族精神 に似合 いの 政体 を 醸 し出す までには, 長 い年 月 か け ての営 み の 内 に育 って くる もので あ る。 とい うの も,あ る民族 の精神 が 何 かを要求 してい る として,そ れを気短 か に無法 な強 引 さを もって 阻止す る ことは 出来 な いか らで あ る。「 ギ リシアで は 民主的政治 の 形態 が世界史的 な規定 で あ ったのに対 して,ロ ーマ では貴族政治 ,そ れ も民衆 に背 を 向け た. ,. 傲然 と構 えた貴族的政 治 で あ った。」の この よ うに「 一 民族 に,た とい 内容上 多少 の差 は あ って も理性的 な憲法 を先天的 に与 え よ うとす る こと,一― この 思 い付 きは,ま さに憲法 を して思想 の制作物 以上 の ものた らしめ る契機 を看 過す る こ とになろ う。一― た とえば ,ナ ポ レオ ンは スペ イ ン人 に憲法を先天 的 に与 え よ うとしたが , それ は全 く不成功 に 終 わ った」"の で あ った。 憲法 は単 な る制作物 では な い。 か の ソク ラテ スの道徳 あ るいは 内面性 の原理 は. ,. あ の時代 に必然的 な産物 で あ ったが ,そ れが ギ リシアの人 々に 自覚 され る ま で には 相 当 に長 い時間を要 してい る。憲法 は長 い年 月を か けた労作 で あ り ,. 理性 的 な ものの理念 で あ り,ま たその意識 で あ る。 いか なる憲法 も個人的主 観 の創造 に なる もので あ っては な らな い。. 注. 1)G―Pho S.89 2)ibid。 ,. S。. 79. 3)ibid.,Se 92 4)ibid。 , S. 86 5)ibid。 ,. S。. 542. 6)Rel― Ph.S.241. 7)G― Pho. S。. 57. 8)ibid., S. 380. 9)R― Ph. §.274.

(10) 久 保 田. 勉. 4.民 族精神 の一 般的展開 す でに,わ れわれ が 観 て きた よ うに,あ る民族 の性格 ,つ ま り民族精神 は. ,. 第 一 に,た だ即 自的 に,つ ま り萌芽 として存在 してい るに過 ぎな い もので あ った。 民族精神 の発展 はつ ね に この原則 か ら出発 して民族 の意識 へ と進 み. ,. 実現 され てい くので あ った。 しか し,精 神 の変化 は単 に若返 った り同一 の形 態 に立 ち返 った りして行 くこ とではな くて,精 神 自身 の加 工 錬成 であ り,精 神 の様 々 な営み のために材料 を豊富 に整 えてい くとい う観点 か らすれ ば,精 新 は多方面 ,多 側面 にむ か って努力 してい る こ とが 見出 され る。 ヘ ーゲル は 言 う,あ る民族 が 努力没頭す る「 そ の方面 と方 向 とは無尽蔵 で あ る。 とい う のは,精 神 の創造物 はいずれ も,精 神 が 創造を終 えて そ こに満足 を見出すや 否 や ,ま た新 しい材料 として精神 に 向か って来 ,再 び また精神 の加工錬成 を 要 求す る ものだか らで あ る。 こ うして単 なる変化 とい う抽象的 な思想は , 自 分 の 力を 自分 の豊 か な内容 の あ らゆ る方面 に 向か って発揮す る ところの精神 の思想 に変わ る」1)と 。 あ らゆ る領域 に活動 してい る民族精神 は, 民族 の芸 術 ,宗 教 ,政 治的状況 ,あ らゆ る法制 の 中 に,常 に 自らを客観化 してい るの で あ る。 ヘ ーゲルに あ っては,哲 学 は民族精神 の精華 で あ るが ,あ る民族 が 思索 し つつ 自己を認識 した とき,そ の精神 は没落 の ままに委 ね られ る事 に な る。 こ の とき哲学 は「 精神 の 内的 な誕生 の場所 を準備 し,後 には現実的 な形態 へ と 歩 み 出す ので あ る。」"あ る民族精神 が 完全 に そ の活動 を実現 した場 合 , もは や この精神 の活動 はそれ 以上 には不必要 とな り, よしんば 自足 の状態 で,な お持続 す る ことは 出来 る として も一一 自分 が 手 に入れ よ うとした ものす べ て を入手 して,老 境 に さしかか った者 の よ うに一一 新 しい ことを創造す る意欲 は も う何 もな いので あ る。民族 に して も, この よ うな段階 に達 した場 合 ,こ の民族 は世界史 の晴舞台 か ら姿を隠 し,没 落 の道 を歩 くので あ る。 なお存続 を欲す る として も,す でに観 た よ うに,新 しい何 か を意欲す る ことな く引退 していか ざるを得 な い。 この よ うに「 民族 の生命 は熟れ て実 を結ぶ。 とい う のは,民 族 の活動 はその原理 を 実現す るか らで あ る。 しか し,こ の果実 は民.

(11) ヘーゲルの世界史観における民族精神. 29. 族 に とっては 毒 酒 とな る。 だが , 民族 は これ に 限 りな い 渇望 を覚 えるため に,こ の酒を諦 め る訳 にはいか な い。 と ころが ,こ の酒を飲 んだ報 いは そ の 詢 民族 の滅 亡 で あ る。 も っとも,そ れ は また新 しい原理 の 出現 で あ る。」 不死鳥 は 自分 自身 のために薪 を積み重ね ておいて,そ の身を焼 き殺す とい うが ,再 びその死 灰 の 中か ら新 しい 若 々 しい 生命 として 復活 して くる と 聞 く。 しか し,「 精神 は単 に 自分 の死屍 を焼 き滅 ば して, そ の屍 を再生す る も のでは な く,そ の灰 の 中か ら若返 るもので もな い。 む しろ精神 はだんだ ん と 高 め られ ,浄 化 され てい って,以 前 よ りも一 層純粋 な精神 として以前 の形態 か ら生 まれ 出 て来 る もの な ので あ る。」4) ヘ ーゲルは,い わば こ うした民族精神 の 力学 を総括 して言 う,す な はち. ,. 「 それゆ えに, この世界史 の行程 の結果 , 明 らか に され た ことは,精 神 が 自 分 を客観化す る と共 に, この 自分 の存在 を思惟す る ことに よって,一 面 では 自分 の存在 の規定性 を破壊す る と共 に,他 面 ではその存在 の普遍的本質 を把 握 し,そ うす る ことに よって 自分 の原理 に新 しい規定 を与 える ものだ とい う ことで あ る。 こ うして ここに, この民族精神 の実体的 な規定性 が 変化 させ ら れ た ので ある。 す なはち,民 族精神 の原理 は他 の, しか も一 層高 い原理 に高 まった ので あ る」5)と 。 注. 1)G― Pho S。 91 2)G― d― Phe S。 70 3)G― Ph.S。 97 4)ibid。. , S。. 91. 5)ibid。 , S. 96. 5。. ヘ ーゲルの世界史観におけ る民族精神 の意義. われわれは,ヘ ーゲルの思想体系 において民族精神 は世界精神 のひ とつ の 段 階 として, 自由 の理念 の契機 として登場 して くる形態 として観 て きた。 こ の よ うに,ヘ ーゲルに あ っては民 族精神 は原初 か ら自立 した存在 と観 る こと はせず ,常 に それを世界精神 と結 び つ け,そ れ な しには考 え られ るべ きもの.

(12) 久 保 田. 勉. では な い。世界精神 は す べ ての継起す る段階 に先立 つ 萌芽 として,先 行段階 の 内 に発芽力 (衝 動)と して含 まれ ている もので あ り,「 論理的必然性 」を も って 自 らの 内部 か ら発展す る もので あ った。 まさし く世界 精神「 展開 の衝動 は ,だ か らして主観的 な意志 の 自由 では な くて,理 性 に 内在 している論理的 必然性 で あ る。」1) か くて,経 験 的・ 史実的 に存在 してい る民族 は何 もす ることな しに存続 す る ものでは あ る。世界精神 は民族 とは全 く無関係 に 自己を発展 させ ,そ の段 階 が 存在す るに値 す る有為 の民族 を捜 し出す ので あ る。経験 的 な民族 は ,民 族精神を 自分 自身 の 中 か ら発展 出来 るものでは な い。 なぜ な ら,そ の民族 の 活動 は 世界精神 の 先行段階 の 中 にす でに 前 も って 規定 され てい た もので あ る。 自 らそれ以上 に活動す る ことが 出来ず ,世 界精神 が構想 としてそれ を育 成 し, 世界精神 が 指図す る こと以上 には 進 み 得 な いので あ る。「 世界精神 の 王座 をめ ぐって それ らの民族精神 は世界精神 実現 の遂行者 として,ま た 偉大 な る世 界精神 の証 しお よび装飾 として存在す る。」2)世 界精神 の構想を超 えて 出 て行 くこ とが 出来 な い とすれ ば ,こ の こ とは新 しい民族精神 の課題 な ので あ る。 ヘ ーゲル に よれ ば,民 族精神 と,わ れわれが文化的段 階 と言 ってい る もの とは,共 に崩壊 してい くもので あ り,そ れ らを何時 まで も維持 ,発 展. ,. 遂行 で きる ものでは な く,世 界精 神 が示 す ひ とつ の文化的段 階を形成 してい るだけの もので あ る。 さ らに言 えば,世 界精神 の発展 は,経 験的 な諸民族 とは 全 く無関係 に, 自 主独立 して進行す る もので あ り,た だそれ に 内在 してい る論理的必然性 とい う基盤 の上 に展開 して行 くもので あ るか ら,民 族精神は ア・ プ リオ リーに. ,. 経験的 内容を原初 か ら文字通 り全然持 ってはお らず ,た だ 超感覚的・ 精神的 な もので あ る。民族精神 は世界精神 の一 断片 を 内容 として持 っているにす ぎ な いので ある。 ヘ ーゲル は端的 に こ う主張す る,「 概念発展 の諸契機 は, 同 時 に具体的 な発展 で もあ る」助 と。 超感覚的 な ものには 感覚的 な ものが 対応 してい る し,世 界精神 の契機 は 同時 に現実的 0事 実的 に存在 してい る民族 の 原理 で あ り魂 で あ る。.

(13) 31. ヘーゲルの世界史観における民族精神. か くして「 民族精神」 は,世 界精神 の代役 としてのみ 世界史 の 中 に確実 に 織 り込 まれたのであ る。民族精神 が ,世 界精神 の展開 のために経験的現実態 と関連す るためには,そ の手順 を必然的 に必要 とす るので あ る。世界精 神 の 展開 と経験的諸民族 の 発展 との間 の, こ うした中間物 としては ,両 者 に何 か 即 自的 に存在す る概 念 だ け が 相応 しい もので あ る。 とい うのは,こ のために は 経験 的現実態 においてのみ存在 す る国家 を必要 とす るか らで あ る。 あ た か も数学者 が方程式 を用 いる よ うに,世 界史 の哲学的 な意味を見出 さんがた め に,問 題解決 の ために,ヘ ーゲルは「 民族精神」 とい う名称 の も とに,相 対 未完〉 す る ものの関連 を付与 させた もの と考 え られ る。 〈 注. 1)W― Eo S.462 2)R― Ph。. §。352. 3) ibid. §. 32 本文 中 に 引用 した 文 献 は ,す べ て 略 符 号 を も って 記 した が ,そ れ らの文 献 は 次 の と う りで あ る。. R― Ph. Grundlien der Philosophie des Rechts. hrsg. ve Lasson。. 3 Aun.Leibzig. 1930 G― Ph. V。. VOrlesungen iber die philosophie der Geschichte.Ⅲ. (Werke Bd.X. 2.Aun.Berlin 1844). Enz. IⅡ .. Enzykropadie der philosophischen Wissenschaften.(Werke Bd。. WIl. Berlin 1845) W― E Wo Wundt; Ethik. Bd .2 .Stuttgart 1924 G.d.Ph.Geschichite der Philosophie III。. (Werke XI.Berlin 1840). Re l― Phe Vorlesungen uber die Philosophie der ReligiOn(Werke xI.Berlin 1840) V― G. Hoffmeister; Vernunft in der Geschichte 1930。.

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参照

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