• 検索結果がありません。

政治とカネとメディア (三) (秩序としての混沌 -- インド研究ノート 第5回)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "政治とカネとメディア (三) (秩序としての混沌 -- インド研究ノート 第5回)"

Copied!
3
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

政治とカネとメディア (三) (秩序としての混沌

--インド研究ノート 第5回)

著者

湊 一樹

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

205

ページ

59-60

発行年

2012-10

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003862

(2)

●政府広告という﹁アメ﹂

  前回の連載で取り上げた﹁押し 売りニュース﹂ ︵ paid news ︶の 問題についてインド報道評議会が まとめた報告書︵参考文献①︶に は、押し売りニュースに直接関連 する内容以外にも、政治とメディ アがカネを通して持ちつ持たれつ の関係にあることを示唆する内容 がたびたび登場する。ある著名な ジャーナリストが自身の体験を基 に語った次のようなエピソードも そのひとつである。   そのジャーナリストは、ビハー ル州の州都パトナを訪れた際に偶 然出会ったある新聞社のオーナー A氏から、所有する新聞にビハー ル州政府が政府広告を出してくれ ないので、 月に七三〇万ルピー ︵一 ルピーは約一・四∼一・五円︶も 損をしているという話を聞かされ る。そして、州政府の広告を新聞 に出してもらえるよう州首相のニ ティーシュ・クマールを説得して くれないかと、そのジャーナリス トはA氏から懇願されたというの である ︵参考文献①、 二二ページ︶ 。 このエピソードの直前に 、﹁州首 相の怒りを買った場合に、どの程 度の金銭的な損失を被ることにな るかをすべての新聞は計算してい る﹂という一文がある。このこと から考えても、A氏がオーナーを 務める新聞社は、州政府を批判す る内容の記事を掲載したために州 首相の不興を買い、政府広告とい う重要な収入源を絶たれて困って いると読み取るのが自然である。   インドでは 、 現 政 権の 実 績 を 誇 大に 喧 伝 し た り 、 新 た な 政 策 を 華々 し く 宣 伝 し た り す る 広 告 を 連 邦政府 や 州政府 が 公金 を使 っ て 新 聞に 掲 載 す る ことがかな り 広 範 に 行わ れ て い る ︵ そ の 一 例 と し て 、 左 の 写真を参照︶ 。 そ の た め 、 政府 が広 告 収 入 を 人 質 に メ デ ィ ア の 筆 先を鈍ら せ よ うと し て い る の で は な い かと いう 考 え は 容 易に 浮かぶ。 しかし 、 前 記 の エ ピ ソ ー ド は 政 府 広告 の 影 響を か な り は っ き りと 指 摘し て い るため 、 そ の 記 述 に は や はり 驚かされる 。 それ も 、 本 筋 と は関 係 の な い 部分と は いえ 、 公 的 機関 が 公 表 し た 報 告書 で 言 及 さ れ てい る と な れ ば な お さ ら で あ ろ う 。   実際、その内容があまりにもあ けすけであったために、この報告 書はお蔵入りになる寸前のところ であった。結局、連邦政府の介入 によって全文が公表されることに なったのは、小委員会がインド報 道評議会に報告書を提出してから 一年半後の二〇一一年一〇月のこ とである︵参考文献③︶ 。

政治的に正しい報道

  ちょうどその一年前、ビハール 州は五年ぶりに行われる州議会選 挙の真っ直中であった。それに合 わせるように現地で調査を行って いた私は、地元のジャーナリスト から現地情勢について話を聞く機 会を得ることができた。 その際に、 こちらから問いかけた訳でもない のに、ビハール州政府が政府広告 をテコにメディアをコントロール しているという話を直接耳にする 2012年5月16日付のヒンドゥスタ ン・タイムズ紙(ニューデリー版) の 第 一 面 に 掲 載 さ れ た タ ミ ル・ ナードゥ州政府の広告。写真の人 物は、同州のジャヤラリター州首 相。州政権の樹立から1周年を記 念しての広告企画で、その間の州 政府の「業績」を4ページにわた る全面広告で自画自賛している。 同様の広告はその他の主要紙にも 掲載され、総額で2億5000万ルピー もの税金が投入されたといわれる (参考文献②)。同州以外で発行さ れている版の新聞にも広告が掲載 されたことから、2年後に予定さ れている連邦下院選挙を睨んでの キャンペーンとの見方もある

インド研究ノート

湊 一樹

秩序としての

混沌

第5回

政治

カネ

メディア

(三)

59

アジ研ワールド・トレンド No.205 (2012. 10)

(3)

ことが何度もあった。   そのなかでも特に印象的だった のが、有力英字紙で働くB氏から の聞き取りである。いくつもの偶 然が重なった結果、州議会選挙に 立候補しているある候補者にイン タビューすることになり、急遽そ の自宅を訪れた。すると、候補者 の配偶者のB氏がたまたま同席し ており、話の流れでビハール州政 府のメディア・コントロールの実 態について話題が及んだ。B氏に は、匿名を条件に以下のような内 容を話してもらった。   まず、二〇〇五年の州議会選挙 で政権交代がおこり 、ニティー シュ・クマールが州首相の座に就 いて以降、州政府が新聞などに掲 載する政府広告の量は一気に増加 した。特に、 州首相︵と州副首相︶ のイメージを前面に押し出すよう な特集記事形式の広告がよく用い られている︵一方、それ以外の大 臣が政府広告に登場することを州 政府は好まない︶ 。   そして、州政府に批判的な内容 を報じると、州政府が政府広告の 掲載を減らすなどしてメディアに 対して圧力を加えてくるので、現 在のビハール州では ﹁自由な報道﹂ というものが非常に難しくなって いる。そのため、メディアは州政 府の怒りを買わないような﹁政治 的に正しい報道﹂をするという形 で自己規制を行うようになってい るというのである。

メディア・コントロールの

因果応報

  二〇一〇年のビハール州議会選 挙では、与党連合が全議席の約八 五%を獲得するという圧倒的な勝 利を収め、ニティーシュ・クマー ル州首相が続投することとなっ た。 州政府のメディア ・ コントロー ルがこの地滑り的勝利にどの程度 貢献したのかは容易にはわからな いが、次の二つの点を指摘するこ とはできる。   第一に、公共財の供給︵具体的 には、道路・学校・病院など︶の 面で改善が見られたことが多くの 有権者によって評価されており 、 この点が与党連合の最大の勝因と して挙げられる ︵詳細については、 参考文献④の四六ページを参照︶ 。 したがって、単にメディアをコン トロールしただけで勝利できたと は考えにくい。   第二 に 、 開 発 の面で 一 様に 高 い 評価を 受 け る 一 方 で 、 ニ テ ィ ー シ ュ 政権 が 行政機構 の 汚職 や腐敗 に 関 して 有 権 者 か ら 厳 し い 評 価 を 受 け てい る の は ︵ 参 考 文 献 ④ 、 七 四 ∼ 七五 ペ ー ジ ︶、 メ ディ ア ・ コ ン ト ロ ー ルの 一 種 の 副 作 用 で あ る と 考 え ら れる 。な ぜな ら 、 様々 な 研 究 か ら 明ら か に な っ て い る よ う に 、 一 般 市民 に対 し て 正確な情 報を迅 速 に 伝え る と い う メ デ ィ ア の 最 も基 本 的な機能 は 、 行政機関 や 政治家な どの 不 正 お よ び 不 作 為 を 抑 止 す る うえ で 重 要 な 役割 を 果 た す か ら で ある ︵ 例 え ば 、 参 考 文 献 ⑤ ︶。   統治の正当性が傷付くのを避け たい政府にとって、都合の悪い情 報を隠したり、偏った情報を意図 的に流したりするためには 、メ ディア・コントロールは非常に有 効な手段である。このような誘惑 は、民主主義や権威主義といった 政治体制の違いに関わらず、常に 存在する。一方、そのツケを払わ されるのは、権力側の不正や不作 為の影響を直接受ける市井の人々 である。報道の自由が大きく制限 された非常事態の下で人口抑制の ための強制断種︵強制的な不妊手 術︶やスラムの一掃が強行され 、 貧困層やマイノリティーに属する 社会的に弱い立場の人たちが大き な被害を受けたのはまったくの偶 然ではない。 ︵みなと   かずき/アジア経済研究 所  在デリー海外派遣員︶ ︽参考文献︾ ① Press Council of India. Sub-Committee Report , 2010   ︵ http://presscouncil.nic.in/ home.htm ︶ . ② “Rs. 25 cr Ad Blitz Caps Dis-appointing Y ear in Office for Jayalalithaa, ” India T oday (online), May 16, 2012. ③ Sainath, P . “ And the P ay-to- Print Saga Resumes, ” Hindu , October 10, 2011. ④ 中溝和弥 ・ 湊一樹 [二〇一一] ﹃イ ンド・ビハール州における二〇 一〇年州議会選挙︱開発とアイ デンティティ﹄機動研究成果報 告、アジア経済研究所   ︵ http://www .ide.go.jp/Japa- nese/Publish/Download/Ki-dou/2010_301.html ︶ 。 ⑤ Besley , Timothy and Robin Burgess. “The P olitical Econ-omy of Government Respon-siveness: Theory and Evi-dence from India, ” Quarterly Journal of Economics , 117(4), pp. 1415-1451, 2002.

秩序

としての

混沌

インド研究ノート

60

アジ研ワールド・トレンド No.205 (2012. 10)

参照

関連したドキュメント

治的自由との間の衝突を︑自由主義的・民主主義的基本秩序と国家存立の保持が憲法敵対的勢力および企ての自由

供することを任務とすべきであろ㌔そして,ウェイトの選択は,例えば政治

After that the United States warned Egypt, in cooperation with the Soviet Union, not to initiate hostility while hinting to Israel that she would not, unlike on the occasion of the

第四。政治上の民本主義。自己が自己を統治することは、すべての人の権利である

(⻄廣政府委員)先般、洋上防空研究ということで、護衛隊群として対

「イランの宗教体制とリベラル秩序 ―― 異議申し立てと正当性」. 討論 山崎

さらに体育・スポーツ政策の研究と実践に寄与 することを目的として、研究者を中心に運営され る日本体育・ スポーツ政策学会は、2007 年 12 月

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を