政治とカネとメディア (三) (秩序としての混沌
--インド研究ノート 第5回)
著者
湊 一樹
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
205
ページ
59-60
発行年
2012-10
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003862
●政府広告という﹁アメ﹂
前回の連載で取り上げた﹁押し 売りニュース﹂ ︵ paid news ︶の 問題についてインド報道評議会が まとめた報告書︵参考文献①︶に は、押し売りニュースに直接関連 する内容以外にも、政治とメディ アがカネを通して持ちつ持たれつ の関係にあることを示唆する内容 がたびたび登場する。ある著名な ジャーナリストが自身の体験を基 に語った次のようなエピソードも そのひとつである。 そのジャーナリストは、ビハー ル州の州都パトナを訪れた際に偶 然出会ったある新聞社のオーナー A氏から、所有する新聞にビハー ル州政府が政府広告を出してくれ ないので、 月に七三〇万ルピー ︵一 ルピーは約一・四∼一・五円︶も 損をしているという話を聞かされ る。そして、州政府の広告を新聞 に出してもらえるよう州首相のニ ティーシュ・クマールを説得して くれないかと、そのジャーナリス トはA氏から懇願されたというの である ︵参考文献①、 二二ページ︶ 。 このエピソードの直前に 、﹁州首 相の怒りを買った場合に、どの程 度の金銭的な損失を被ることにな るかをすべての新聞は計算してい る﹂という一文がある。このこと から考えても、A氏がオーナーを 務める新聞社は、州政府を批判す る内容の記事を掲載したために州 首相の不興を買い、政府広告とい う重要な収入源を絶たれて困って いると読み取るのが自然である。 インドでは 、 現 政 権の 実 績 を 誇 大に 喧 伝 し た り 、 新 た な 政 策 を 華々 し く 宣 伝 し た り す る 広 告 を 連 邦政府 や 州政府 が 公金 を使 っ て 新 聞に 掲 載 す る ことがかな り 広 範 に 行わ れ て い る ︵ そ の 一 例 と し て 、 左 の 写真を参照︶ 。 そ の た め 、 政府 が広 告 収 入 を 人 質 に メ デ ィ ア の 筆 先を鈍ら せ よ うと し て い る の で は な い かと いう 考 え は 容 易に 浮かぶ。 しかし 、 前 記 の エ ピ ソ ー ド は 政 府 広告 の 影 響を か な り は っ き りと 指 摘し て い るため 、 そ の 記 述 に は や はり 驚かされる 。 それ も 、 本 筋 と は関 係 の な い 部分と は いえ 、 公 的 機関 が 公 表 し た 報 告書 で 言 及 さ れ てい る と な れ ば な お さ ら で あ ろ う 。 実際、その内容があまりにもあ けすけであったために、この報告 書はお蔵入りになる寸前のところ であった。結局、連邦政府の介入 によって全文が公表されることに なったのは、小委員会がインド報 道評議会に報告書を提出してから 一年半後の二〇一一年一〇月のこ とである︵参考文献③︶ 。●
政治的に正しい報道
ちょうどその一年前、ビハール 州は五年ぶりに行われる州議会選 挙の真っ直中であった。それに合 わせるように現地で調査を行って いた私は、地元のジャーナリスト から現地情勢について話を聞く機 会を得ることができた。 その際に、 こちらから問いかけた訳でもない のに、ビハール州政府が政府広告 をテコにメディアをコントロール しているという話を直接耳にする 2012年5月16日付のヒンドゥスタ ン・タイムズ紙(ニューデリー版) の 第 一 面 に 掲 載 さ れ た タ ミ ル・ ナードゥ州政府の広告。写真の人 物は、同州のジャヤラリター州首 相。州政権の樹立から1周年を記 念しての広告企画で、その間の州 政府の「業績」を4ページにわた る全面広告で自画自賛している。 同様の広告はその他の主要紙にも 掲載され、総額で2億5000万ルピー もの税金が投入されたといわれる (参考文献②)。同州以外で発行さ れている版の新聞にも広告が掲載 されたことから、2年後に予定さ れている連邦下院選挙を睨んでの キャンペーンとの見方もあるインド研究ノート
湊 一樹
秩序としての
混沌
第5回
政治
と
カネ
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メディア
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アジ研ワールド・トレンド No.205 (2012. 10)ことが何度もあった。 そのなかでも特に印象的だった のが、有力英字紙で働くB氏から の聞き取りである。いくつもの偶 然が重なった結果、州議会選挙に 立候補しているある候補者にイン タビューすることになり、急遽そ の自宅を訪れた。すると、候補者 の配偶者のB氏がたまたま同席し ており、話の流れでビハール州政 府のメディア・コントロールの実 態について話題が及んだ。B氏に は、匿名を条件に以下のような内 容を話してもらった。 まず、二〇〇五年の州議会選挙 で政権交代がおこり 、ニティー シュ・クマールが州首相の座に就 いて以降、州政府が新聞などに掲 載する政府広告の量は一気に増加 した。特に、 州首相︵と州副首相︶ のイメージを前面に押し出すよう な特集記事形式の広告がよく用い られている︵一方、それ以外の大 臣が政府広告に登場することを州 政府は好まない︶ 。 そして、州政府に批判的な内容 を報じると、州政府が政府広告の 掲載を減らすなどしてメディアに 対して圧力を加えてくるので、現 在のビハール州では ﹁自由な報道﹂ というものが非常に難しくなって いる。そのため、メディアは州政 府の怒りを買わないような﹁政治 的に正しい報道﹂をするという形 で自己規制を行うようになってい るというのである。