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経営理念 -- 目的と個性 -- の考察 -- 松下電器の事例研究 -- --N. W. チェンバレンの所論をふまえて --

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(1)経営理念 一 目的と個性 ー の考察 一松下電器の事例研究一 -N.W. チェンバレンの所論をふまえて 一. 大 1.. 序言ー経営理念への問題提起…1- 6 頁. 2.. 経営目的の役割吟味…… 7 -26頁. 3.. 経営理念の形成過程.. …·27-43頁. 4.. 経営理念の役割検討……44-63頁. 5.. 結語一経営迎念への相互関連···64-74 頁. 1.. 森. 弘. 序言ー 経営理念への問題提起. 企業経営について論ふされるとき, 経営理念について物語られることは屈々 であり, またそのことは当然でもある。 だが経営理論として研究される以合, その領域として, なにか対象外あるいは淡然とした分野であるかにみられがち である。 そのことは企菜経営の目的や規範についても, 多数の討談がされなが らも, なにか形式論に陥ち入ったり不毛の地闊である実感が深い。 これは何故 であろうか, これが本論の問四の捉起であり, その解明というか理解が, その 内容である。 この問迎について序言で結論的に概括しておくと,. 哲学と科学の問}直であ. り, 経営迎念はすぐれて哲学の仙域の間題であり, 学問を形成するにしても, いわゆる特妹哲学(注1)としての経営哲学の分野である, という見解である。 し たがって同一の企業経営という対象でありながら, 計画論や組織論の固有の領 (注1)澤漑久敬著「哲学と科学」(日本放送出版協会刊)における見解をふまえている。 - 123 (7383) -.

(2) 域が学間としての科学の分野で終営学として理論化されるのに対比して理解さ れねばならない。 つまり科学としての経営学と同一の接近で理論化し, 学問と して形成しようとするには本来に無理であり, それ独自の, すなわち桁学とし ての理論化が, 経営理念の領域には沌入されなければならないということであ る。 また. ついでに付言しておきたいのは,. むしろ蛇足ではあるが科学の理解につ. いてである。 いうまでもなく企文経営の問頌の領域には, 経岱四念の領域が経 似;哲学の分野としてあるように, 技術の領域がいわゆるG.! 然科学の適用される 分野として存在することも事実であるが, われわれが核近する立協な り態度 は, あくまで社会科学の方法なり, 観察であり分析である。 いうまでもなく社 会科学の方法は, 本質的には自然科学の校倣でもなければ, 援用ですらない。 むしろ独自の特性あるものでなければならない, ということである。 こうした議論は経営理念の間辿だけでなく, 舒営の目的や規範の考察につい てもいいえることである。 そうした経営の理念や目的そして規範に ついて, 方 法論としての形式的な論議をするのではなく, まずそれらの内容の名察に論議 の焦性をあてたいとおもう。 その内容の論議についても糾論1'1勺に製約しておけ ば,「経営行動の. 一. 様性と多様性」ということの考察である。 それは,. N.. W.. チェンバレン(注2)もいうように,J. R. コモンズが「:!tl:ll行動の終済学」(The Economics of Collective Action, 1951)にいう「相対性」の老察であり,「研 究の方怯」(第10邸)としての「同様性と相辿性」以下の問題であり, 内容であ るといえよう。 これら先労の考察を忠実にふまえながら,. つ. ぎからの行論を巡. めて行こう。. 2.. 経営目的の役割吟味. 松下軍器が, 戦後, わが国における個性ある成長企業であることには, 事実 (注2) Neil W. Chamberlain "Enterprise and Environment" 1968. 大森他訳「企 業と環境」ダイヤモンド社刊. 昭和49年。 - 124 (7384) -.

(3) としてまた現実として衆目の. 一. 致するところであろう。 したがって, このこと. をふまえながら, 企業経‘常における佃性ということ, そして成長ということに 関辿して名察をはじめたい。 もっとも「イ11;1性」そのものの定義などに ついての 厳密な検 , ,Jがここでは問題(注3)とならない。. 普通にはN. W. チェンバレン. もいうように,_「個性」という言菜は, ついでながら極めて汝然と使われ. 匁性, 頑同さ, 名声. 勇気や. 他のそのような個人的特徽を包含している。 こ れではもう少し, 「個性とは何か」という問題に ついて行論の投l係からして付 け)JIIえておく必淡があろう。「個性に ついて」の議論で,「個性とは, まず, 単 一. 者ということである」という。 この言菜の怠味は 「. 一. つである」ということ. あり,「イ仙1」ということである。 それは「不可分jということであり,「多数の なか0)個」ということである。 そういう瓜味では「イIむI物」という言葉が, この 第一(I)認味を表現しえている。. しかし個杜というには,. 「同一のものが多数」. という0)でな<. むしろ「相迩したも(;)が多数」でなければならない。 その巫 味では,「仙物」は「虻(Iり多数」であり,「個性」とはまさに「質的多数」であ る。 そうした, 第二0), 本来の泌味において, 個性は質的な概念である。 たし かに「哀に個性的なものはl胤ー者であり, 独u的である。 オリジナリティのな いところに個性はない。 その忍味において, 主体1Y、]なものは個性的である。 し かし個性がエ体的であるとは, 主観的とか独断的とかいうことではない。 個性 的とは. 烈的な多数者が各 !'I独立者でありながら, しかも相互に相通ずるもの をも つものでなければならぬ儘 4\」したがって, 個性的な企棠は,. 主体Cr、]で. あり独I'll内でありながら代表的でありえ, ときには現状において破壊的であり ながら, 将来にたいして創造的でありえるわけである。 ここに企業の成長の品 盤もありえるわけである。 個性的な企業の成長の課題を取扱うとき. どうしても戦略的邸思決定の問題 に柏ffiiせざるをえない。 そしてその目椋として, 成果として企文の成長が把握 (注3)澤潟久敬著「個性について」(第三文明社)などに詳細で参考にした見解である。 (注4)澤洩久敬著「哲学と科学」(日本放送出版協会刊) 168頁。 -- 125 (7385) -.

(4) される段取りとなろう。 戦略的意思決定の問題については, その構図や形成過 程についての概観はすでにへているので, それをふまえながら個性的企業との 関連において考察をすすめていこう。 まず, N. W. チェンバレンの言葉によっ て問題の要点を要約しておこう。「戦略的再展開を行う過程は, 方法は ともか くとして, でき合いで, 企業に提出されるいくつかの選択のプ ー ルに対する利 益率の計簡を含んだ, 単純な算術の過程ではない。 企画される目的をもった将 来志向行動は判断の行使, すなわち未知ではあるが, 想像できる将来に対する 予見と想像力の行使にかかっており, また判断の行使は大ざっぱにいえばその 経営者たちの個性に依存する(注5) 0 」たしかに企業経営の 「目的をもった将来 志向的行動」は, 経営者の「判断」によっておりその判断は経営者の「個性」 によっておるのである。 したがって企業成長のための「戦略的再展開」の応思 決定過程は「個性」によって特性づけられるともいいえるのである。 ここで個性的な散略的意思決定は, いかに形成されるのであろうか, 企業目 的との閃連において, 将来志向的行動との閃係において検討してみよう。 企業 の目的は「顧客の創造」であり, 利益はその結果であり, 評価の尺度であると いうのは, P. F.. ドラッカ ーの見解として周知である。 この見解はまた, 松下. 電器の創業者である松下幸之助のそれと本質的に共通であるともいえる。 した がって「利益をださない企業は罪悪をおかしている」とさえ極言する。 企業を 「社会的公�ii」として, 社会からの預り物, 人材も資材も資金も社会から迎営 を預託された存在とする観点からすると, この評価は成立つわけである。 この 見解はそれ自体がすでに個性的であり, 企業は利潤ないし利益を目的とすると いう観点からすれば独目的である。 しかしその見解が, はたして代表的であり えるか, また創造的でありえるかは, まさに利益という成果, ないし成長とい う事実によって評価され立価されねばならないであろう。 それは, 世界の巨大 企菜,. ジェネラル. ・. モ ー タ ーズを分析した「会社の概念」 (The Concept of. the Corporation, 1946.)をはじめとした,. ドラッカ ーの研究の成果として結. (注5) N.W. チェンバレン, 前掲訳書 286頁。 - 126 (7386)-.

(5) 論されたもCl)であり, 松下’屯器における実粕によって,松下幸之助の活動の成 果として1ivは正されたものでもあるが。 むしろここで,,命ぷされねばならないことは,企業の目的に ついて, ドラッカ ー. および松下幸之助が, 利益そのものとのI父I ;1を否定していないことであり,. むしろ柏柚的な支jりなり位似づけをしていることである。 えてして企業の目的 とのI及l連において利益を取上げることにうとましさすら感じられる論議は,い わゆる日本的風土のしからし めるところであろうか。 企業を, ほかの社会的な 組織と区分し識別するものはなにか, 教会や大学と識別する基本的な区分の悲 準は, 利益そのものである。 これに ついては, チェンバレンも断言していう。 「企文は利潤という全般的日的を追求する。 これに関するかぎり, 実質的にす べての経済学者の怠見が 一致している(注6)」と。 そして「現代西欧社会の他の どんな制度とも企業を最もよく区別する目的の特徽を探すとすれば, それは利 閂口的である(汀7) 0 」しかし同II―りに,「この全般的目的は多くを語るとともに, ぼんの少ししか訴らない 」ともいう。 そ れ は企業というHill度の腫類を規定し 唸括1'1'、]日的や 一 般的力向, 全体的忍図ならびに茄本的姿努など企業活動の行動 パク. ー. ンに 一貰t1! をもたせることには, 多くを語るわけである。 しかし利潤を. 収在いてU)企文活動の, 現丈I『]な:;予営行動の多様性に ついては, まさにほんの 少ししか,,けらないわけである。 それは利潤あるいは利益そのものに ついての現 丸'1りな理解や, 測定およびそv)手段についても, 極言すれば学者の数ほど見解 に芸沢があり, 丈際U)抒杓;召1こしても然りである。. ドラ‘ノカ ーや松下幸之助の. 見解も,その 一 例といよよう。 こればれJil','Jや利益にかんしての問題だけで な く, ほかの経儲1 J狐りにつtヽてし、 そv)多がK性にたいして,「満足でき. 一. 般に受. け入れられる解答」(まえられない。 この事文はなぜか, チェンバレンは,「 つ まりそれらはさまざまの選好の(ときには賠黙の)表現である」という。 そし て「もしわれわれがすべてQ企業は利閥としヽう全般的lli't'、]を追求するというな (注6) N.W. チェンバレン,訊j掲訳習 60頁。 (注7) N.W . チェンバレン, 前掲訳苫 61頁。 - 127 (7387)-.

(6) ら ば, つけ 加えて そ れらの 企某 が,. 広 範 囲 に わた る 折学的 価値, イJ,i;J人的 特 択. 性, およ び 日 由裁岱の 杵力 を示す多 く の 方 法で, それを 追 求 す るというこ と が で きる(注 8 ) 」このこと は . 0. 介 文 の社仝 的 な 制 貶と し て の 存在の 役 割が 大 きく. かつ 大企業の 堕要性が 培 大す るにつれて, ま すま すそのこと が いえ るよう に な る。. そのこと は ,「 経済理 論に 対 して. " J'J 然科浮 ”. 的アプロ. ー. チを 特紐 す るこ. とをし だ い に 困難に して いる(注 9 ) 」 と も いえ る 。 そこ に「ち ょ うど 多く の 個 人 的性格が あ り, 同 一 の 彩 幌)J に 対 してみ な が み な 反 応 し た り 反射 し た り す るわ けでは ないことを 認めるよう に , 企文 の 個性に 多 様性が存在す る 脳 盤が吼仙さ れて いる。 しかも個人の 内 部 と 同 様に , 組織 内 で も 識別 で き る 諮 特 乳 が統 合さ れ る 一統合 した個性を形成 す る 一傾 向 が あ る (注1 0) 0」 チ ェ ン バ レ ン は . こ の, 「 企業の個性」 と いう 表現を, 企翌 の 相 近 した 行動 様 式と して 「 戦略 セ ッ ト 」 (Strategy Set ) と 呼 ぶ。 戦略 セ ッ ト の相迩 し た企,業 の 行動 様 式と して は .「危 除 を 冒し , 革新的であろうとす る 傾 向の企業」 から ,「用 心深く 餃 倣 的 な企文J まで . いろ い ろ あろう。 経営行動 を公共的利益と 合致さ せようと す る 戦略 セッ ト をとる企菜――—たとえ ば松下電界の 経堂理念にみ る タ イプ _とどん な 社会 的 責任か らも 1こl 由で あ ると いう 姿努の 介 文 , 専菜的 企業活動と 多 灼 的 企 業 活 動, 温梢主義 的 な 態度の 企菜と そうで な い 企菜. 庄 団 主義 的 な 熊度の 企業と そ うで な い企業 など , まさに い ろい ろ あ ろう 。 そ し て「その 戦略 セッ ト がどうで ―. あろうと , 企業 はこ れらの 個性 的 牙\徴によ って 布名 に な る 傾 向 が あ る 」 こと も た しかで あ る。 こうした企棠の 戦略 セ ッ ト は , その 起源がどうであ ろう が. ひとた び形成さ れると , その 組縦的 な 諜 袋 なり , いわ ゆ る 風土を 選好 す る 人 々を 誘 引 し , 適応 しえる 人 々を 定珀さ せる 傾 向を もつため ,「企文 の 個性」 は ますま す「自 己送 択過程によ って 補強される 傾 向 (注1 1) 」 が あ る。 ただ「企業の 個性」 は 不変では (注 8 ) (注 9 ) (注10) (注11). N . W. チ ェ ンバ レン, N .W. チ ェ ンバレン, N . W. チ ェ ンバレン, N .W. チ ェ ンバレン,. 前掲訳書 前掲訳書 前掲訳書 前掲訳苫. 63頁。 64頁。 65頁。 66頁。. - 128 (7388) -.

(7) な い。. 「 つまり 強 烈な 個性 の 持主 や 特殊 な 状況 がその 性 向 を 変 える こ とがあ り. うる 」 ,. だが 「 変 化が 生じる に し ても,にわか に やっ てき は し な い(注12)」こ と. もた しかである 。 チ ェンバレン の いうこ と を最後に確認 し ておこう 。. 「こう し. て わ れわれは 全般 的目的 と し て 利 潤 を 追求 し,こ の 追求に着手する やり 方に 自 由 裁 訊 をも つも の と し て企業 を とら える 。 企業がそ の 自 由 裁 羅 を行使する 仕方 が , われわれが戦略 セ ッ ト と 呼 び ,. したが っ て,これが そ の戦略的 決定に 対 し. て 閾 係を も つ こ と を 強 調する 企業 の 個性 を ,. 時 間 を通じ て 形成する のであ. る は13心 」 ここに企 業 の 目 的 と し て の 利 潤 と .企業 の 個性 , 戦略 セ ッ ト そ し て戦 略 的 決定 の 位置づけ を確 認する のである 。 また松下 祖器における経営理 念 の 位 附 づ け, およ び そ の形成へ の松下 幸 之 助 の 役 割 を理解 しよう とする のである 。. 3.. 経営理念の形成過程. 松下 竜堺の企業 の目的は, む しろ 特殊で なけれ ば なら な い 。 こ のこ と はこれ まで の 考 察から,企業 の 全般 的 目 的は 利 潤, 利 益であ っ ても . 企業 の 個性によ る 戦略 セ ッ トにも と づく 戦略 的 決定にかん し て, 個別的 目 的 は 特殊である は ず で ある 。 そう いう 窓味で は ,「 企 業 の 利潤ある いは 成 長 と いう 目 的も ,. 利潤 や. 成長を 達成するた め の 特殊の 決定 や活動が なけれ ば同様に無意味である (注14) 。 J 松下 電即が「企業 の個性」 の 源泉 と し て の . いわ ゆる戦略 セ ッ ト なり 価値 セ ッ ト の形成が , い か に なされ てきたか . 創業者である松下 幸 之 助 の 役割 と の 関 述にお い て . そ の 歴 史 的 な経 由 を概 観 し てみよう 。 松下 電器にお い て戦略的 決 定 の 払 礎 を なす戦略 セ ッ トは . 企業 内で 通常 . 経営理 念 とか 基本方針 とか の 表 現で阻用さ れ て いるも の と 共通 の 内 容 を重復さ し て いる。 松下 電器の経営方針 に つ い て は . すでにふれた 機会(注15)もあるが , 基本方針 と し て経営理念にあた (注12) (注13) (注14) (注15). N .W . チ ェンバレン, 前掲訳書 66頁 。 N . W. チェンバレン, 前掲訳書 68頁 。 N . W . チ ェンバレン, 前掲訳密 67頁。 拙稿, 商経学叢 No. 6 0 お よ び No. 6 1。. - 129 (7389) -.

(8) る ものの ほか, いわ ゆ る 経営年次方針と 管 理戦能方針とがあ る。 そして企文の 価 値 セ ッ トであ る 戦略 セ ッ ト はまず, 経営が 環境に 適応していく 年次の方針の 某本とな る経営理 念と しての 基本方針であろう。 したがって企業の 個性をつ く る 基本方針であ る経営理 念 は . 個別の企業にとって本費的であり, 超 時代的で あり 汎風土的であ るといえ, 事業経営あ るい は 商 売の 木四を 個性的 に 追 求した ものといえ る。 それにたいし 戦 略 的 決定の 架粧の 役割をす る 経営 年 次 方 針は, よりす ぐれて 時 代的かつ風 土的な 適 応性に 特徴をもち, 市J払一罰究の 欲求 祉'J 足 ‘. を 追求したものといえよう。 こうした理論的な 関 係づけ や, 役 ;りl その 内 容につ いて は, あとで 考 察す るとして, 松下 電器の 基本方針としての 終営理念 の 歴 史 的というか, 時 間 的な 座 標での 形成の経 由をまず確 認しておこう。 企業の 基本方針としての経営理念を 構成す る 部分として. 松下屯界 に お いて 時間座籾にまずあがったの は,「 綱 領 ・ 信 条」 といわれ る ものであり, 昭和 4 年, 創業し て 11年 目の 時期であ る。 松下幸之助, 34オの 当 時で, この 年 , 松下 電気器具製作所という 創業以来の 名 称を, それ 以 後の 名 称の 基 本となった 松下 電器製作所に 改称もしてい る。 この 当 時に はすでに「 ナ ジ ョ ナル」の 裔 校も 活 用しており,. 業 容も 月 商 10万 円を 突破し,. 従業員数 も 300名となって い ろ 状況. であ る。 「営利と 社会 正義の 調 和に 念慇し, と 向上を 期す 」. 国 家産業の 発達を 図り, 社会生活の 改善. ー. � これが 当 初に 明 示された 「綱領」 であり, それ 以 後 に 事業. の 発展とともに修正されて 現在のものとなってい る。 すなわち. 「 涯業 人た る の本分に 徹し, 社会 生活の 改善と 向上を 籾り, 世界文化の 進 展 に 芥与せん こと を 期す」という 綱領であ る。 またこのとき同時に, 「 向上 発 展 は 各員の 和親 協 力を 得 るにあら ざれば 得難し, 各 員 自 我を 捨て 互譲の 精 神を 以て. 一. 致協力 店勢. に 服す ること」という「 信条」 を制定してい る。 このこと はたしかに, 「 当 時, 業 容が 拡大したと はいっても, まだ 町工場の 範 囲を 出ていない 佃 人経認 の松下 電器が, 事業を 単な る 営利追求の 手段と せず, 社会のため に, 産業人としての 本分を 尽くすことを経営の 基本方針として 決定したこと は, 極めて 意義の 深い - 130 (7390) -.

(9) ことであ っ た(注16)」と いえよ う。 つづ いて 「 創業命知」 の 時, 昭 和 7 年 5 月である。 すでに松下 電 器 は 創 業 以 来14年間に 業 容 は 急 激に拡大 し , 従業員も 店員200数名 , エ員 は 1 , 000人 を超え るまでに な って おり, 事業分野も , 配線器具, 電熱器, ランプ. 乾電池. ラ ジ オの 四 部 門, 2000余種 の 製造品目 を数えるに 至 って いる。 工場. 子会社も 10 カ 所 , 支店, 出 張 所も 全国 5 カ 所と 拡 充され, 当 時で , 年商 300万 円 の企業経営 に成長 して いる。 こ の こ ろ 松下 幸之助 は. 天理 教本部 を見学する 機会 をもち , 歓喜 をも って 働 く 信者 の 姿に 感 動 し . そこに 「 優れ た経営 の モ デ ル(注17)」 を観 たと い う。 そ し て 「 事業経営のあり 方 につ いて 深く 思い をめ ぐら し た」 そ の結 果と して. 宗教 と 同 様に事業も「 聖 なる 事業」と理 解 し た のである。 す なわち ,. 「あら ゆる 人. 間の 生活を 富み 栄えさ せる 生産, こ の 生産 こ そわれわれ の 蒻 い使 命である 」 と い う。 そ し て 人 間 生活に お ける 精神的 安 定と 物質的 豊富 は, 車 の 両輪と して 宗 教 も 事業も, まさに「 聖 なる 事業」 であると い う。 こ う し た「 真の使 命」 の 自 党によ って, 昭 和 7 年 5 月 5 日 , 当 時 の端午の節句 を 期 し, 全店員 を大阪の 中 央紺氣倶楽部に集め . 所信 を 発表 し た のである。 いわ ゆる 「 創業命知」 第 一 年である。「 命 知と は, 使 命 を 知 っ たと い う こと であ る 」 といい,「 真の 創業」 は こ の 日 こ の 年から 始まるとい う。. そ の 所信表. 町 の 要 旨 は . 松下 幸之助 の表現を借り ながら 綴り 合わ せてみると つ ぎ のよ うで ある。. 一一. これまで の 松下 電器の経営 は 一 応 の 成功 を おさ めて いるが , これ は. ただ 「商人と して の 砂常 な 姿」であり, 「 製作所経営と して, た だ従来の良き 恨 囲に 準拠 してき たまで の 経営」にす ぎ なか っ た。 だが これから の経営 は, 宗 教 の 使命と 同 様, 事業 の 使命 をも た なければ なら な い。 す なわち「 産業人の使 命は 貧乏の 克服である。」 し たが って, 「商売や 生産 は, そ の 商 店や 工場を繁栄 さ せる ので な く , そ の 働き, 活動によ って 社会 を 富ま し めると こ ろに そ の目的 (注16) 「松下電器50年の 略史」 (松下電器刊 , 昭和43年) 73頁 。 (注17) 前掲略史, 93頁 お よ び以下, 93頁-1 02頁参照。 - 131 (7391) -.

(10) が あ る。 」 そのた めには「どの よ うな社会状態の 変化が あっても , 産業人の 快命 で あ る 生産に 次 ぐ 生産を寸刻も ゆ るが せにせず,これ を 増 進 して 行 くと ころ に 産業 人の 真の 使命が あ る。」それに よって 「 すべての 物 員 を 水の よ うに 無 尽蔵 にし よ う, 水 道 の 水の よ う に 価格 を安 くし よ う」 とい う, いわ ゆ る 「 水道哲 学」と いわれ る 考え 方 を 展開 す る。 いわ ば「楽 土建設」であ る。 そして 「今 日 以後, 250年をもって 使命達成 助 間と定 め る 」 と い い,こ の250 年 間 を 10節 に 分 割し, 一節の 25年 間 を,さらに 3 期に 区分す る。 第 1 」月の 10年 間 を 建設I埒代, つ づ く 10年間の 第二期 を 活動 時 代, 最後 5 年間の第三期 を貢献 時 代と 名 付 けて い る 。 そ して 第 1 節の 25 年 間 を 今日の 活躍 期 間とし, 第 二節以降 を 次代 に 継承 し , 10回, 250年で 第 一段階, それ 以後,. 第二設茫と 「そ のと きの理 想 に 合致. す る 方途」が 探求され ると い う 。 松下電器は , この 使命の 達成に 「歓喜と 責任 を 自 覚」し,「 無 上の 生 き 甲 斐」 をも って, 団結 して 遥巡 し よ うと 訴求 す る 。 そして松下幸之助 自 身が,「 将来革新への. 一. 劃 期」と して「 真の fliJ 業」 を告辞. して い る。 こ う した企業の使 命と い うか, 経営の理 念 をふ まえて, 松下電齢は 「 辻設と 発 展の 時代(注18) 」 に は い るので あ る。. すでにみた 機会が あ る よ うに .. 昭和 8. 年,松下 電器は 当 時鬼門と いわれて 敬遠されて いた 大阪の 東北郊外に あ た る 門 真地区に 本社 をは じ め 工場群 を移転し, 将来の 事業の 本拠に す る。 そして この 昭 和 8 年 5 月 に, 「 事業を 製品分野別の 責任経営に す る(注 19)」 い わゆ る 事業 祁 制 を採用し ,「 製 品の 開 発から 生産販売, 収 支 までを 算の 事業体 (注20) 」 の 機構改革 をおこなったのであ る。. 一. 貫して 担 当 す る 独 立採. この 事業 部制の 発足と 同. 時に, 全事業 場で , 毎 目の 始業前と 終業 後に「朝会, 夕 会」 が, 自 然発生的に 定着して く る。 これは, 「 常に 使命 を 想起 し, また 鉗 I I の 行 動 を 反省 す るた め の 場(注21)」として大きな 役 割 を 果 すことにな る 。 (注18) (注19) (注2 0) (注21). 前掲略史, 103頁。 前掲略史, 1 11頁。 前掲略史, 1 12頁。 前掲略史, 115頁。 - 132 (7392) -. こ の 会 合に,「 社歌」 お よ び.

(11) 「 遵奉す べき 粘 神」 が 制 定さ れ, 唱 和され, 意思疎通と 団結一致の成果をあ げ て,松下 電器の 風土的な 伝統にまでなって い くのである 。 こう した松下 幸之助 に よ る, 事業の 社会的 責任を 自 覚 した, 昭 和 4 年の 「 係1 :,,1 領」 「信条J, 昭 和 7 年の 衷の 糾 業と いわれる「 告辞」,さ らに 昭 和 8 年の 事業 部制 をふまえた 朝, 夕 会での「 社歌」 および「遵奉す べき 粕神」 の 形成の 過江 は,ま さ に松下 電器に おけ る 経営理念の形 成過程と いえよう 。. 4.. 経営理念の役割検討. 経営理念の 実 際の 形成の 過 程 を 松下 電路の 事例のなかに 歴 史的 にみる こと に よ って . 経営目的の 論理的な 役割を,さ ら に 吟味する 手掛りにす るとと も に . ぁ ら た に 経営理 念としての 規範の 役 割 を機能的に検討する 足掛り に もなりえる 。 N. W. チ ェ ンバ レ ンの 所論 (注22) をふまえなが ら, 以下, 検討をすすめよう 。 すで にみ た ように. た し か に 企文経営の「 全般的 諸 目 的は 進 行 中であり, ま た 不 明確であ る 。 」 それ は 「 大 儲け を し た い 」 と いう 個人の 願望 に 相 当す る も ので, ー一 そのような 淡然と した 野糾は, それ ら を 実現 しようとする 特定の 計 画と結びつかな いかぎ り 大 した ,意味を もたな い 。 すなわち. _企業の利 iB'Jあ る いは成 長と いう 目 的 も, 利 潤 や成長を 達成す るた めの 特殊の 決定や 活 動がな けれ ば 同 様 に 無 意味であ る 。 こ こ に 企業の, いわ ゆ る 「仝般的 目 的」 に たい して 「 特 殊的 目 的 」とよ ベ る概 念が 必淡とな って く る 。 そ れは 企業がもつ ―この 制 度に 特有な 衝 動 を 示 す にすぎな い利潤とか 成長と いう 広 くて 無 内 容な 全般的目的ではな < . その 衝 動に 内 容 を り え, 平 に 企文 を 他の 種類の 組紐と区別するだ けでな く,ある企文 を他 の企業と 区別す る 極め て 特殊な 目 的 —�である 。 それは む し ろ .. 「目椋」. (Goals) と 表視 しなお し た ほうが よ いかも しれな い 。 それは 行 動へ 直結す る 日 的と いう 惑味を も ち,す ぐれて 戦略的 、意思決定と O) j:紺 辿 を もつ 。 そ こで 企菜 に (注22) N .W. チ ェ ンバレ ン, 前掲訳杏, 67頁-80頁。. - 133 (7393) -.

(12) 、. おける 意思決定, なかんずく _複雑な 組織 に お l ヽ て独I I 性と 目 的刊:という . 特 微をもつ戦略的 意思決定を, なんの 甚準や 指椋もな しに, 多 くの 人 々の独 Liの 判 断, あるいはだ れか きない 。 こ の ことは. 一. 人の 指抑者の 権威主 毅 的 判 断にだけ ゆだ ね る ことはで. 一ー. さらに, 可能な 代替的 活 動進 跳の 中から行 なわ なけれ. ばならない 送択は多梯で ひん ぱんである から, 介業に 組織的, 統合的性格をも たらす. 一. 定の 諸屈則が 必要である 。 これは 多 角 的な 活 動 を せ濯]に 選択する 可能. 性を 排 除す るものではないが, その よう な 選択で さえ, 多 化 化が 散没と 不統一 に 陥るのを 防 ぐ ために 指標を 必要とする. 一ー. この ことは 明 確であ る 。. こう し た企文経営の 意思決 定 なり, 戦略的 決 定 を 導 く, 指 椋 や 某げ[あ るいは 原則を, 「規範」 (No rm) と 呼ぶ こと ができ よう 。. この 説範―― その 機能は 広. い 範 囲 内 に お いてであれ, 狭い 範 囲 内に お い てであ れ, 行 動の 進 路 を 開 く こと である 。 し たがって. 一ー. それは 人 々が 組織の. 一. 員と し ての 臼格にお いて 何をす. るだろう か ( どんな 惑思決定をす るだ ろうか ) 予 期す る 品礎を与え, ま た 同 梯 に して 事後 的 に彼らの 決定 を 評 価する 屈砥 を りえ る もので あ る 。 こう して 蜆節 は 決定に 関 し て 事前事後 に わ たる 機能を も つ —―ーという 。 ここでいう 規範は, 企菜の 全体の た め のものであ る が , 、ン ス テ ムと し ての 企 栗は, サ ブ を になっ た,. ・. シ ス テ ムと して の 下 位 単付を も ち . そ れらは それ ぞ れ 牡殊 の 価 値 それ i'J 体の 規範 をもちあ わ せてい ることも 事実で ある 。 そう し た. 一般的な 平 例は, 仕 i主 視 J品に おけ る 作 文 者 の !_I.EU , :: '.,l:rJ 当 にみら れ る 葛肱であ り, そのことは 上位の 組織附 Jt,'i に も よ くみら れ る ことであ る。 た だ ー一さま ざ まの 価 値 を め ぐる この よう な 組紐内の 秘iiぷ は 迎 け が た l ヽ し, 範 に よっ て 追 い 払う ことはで きな い が,. 、ン ス テ ム 仝 (本の 規. その よう な 規範という 尺良 を 利 用でき. れ ば, 葛脳の 店度をもっと 低 く 抑制す る ことはで き る 。 戦略的 決 定 を 芍し く 規範は, その 企災の 戦略 セ ッ ト (Strategy Set) から 出て くる. —. と いう。 そ れは 介菜 の 戦略 似 狸といえ, 戦略休系とも いえ よ う 。 そ れ. ら は かな り の 1· 1 1d」 裁紋を 認め る 言菰で 表現され なければ なら な いで あ ろう 。 と いうのは 判 断という 行 為 がつ ねに合まれ て おり , それ を 窮 屈に 束納すれ ば, 有. - 134 (7394) -.

(13) 効な 判 断に 必要な 洞 察や 想像力という 査 質 を 布うことになるから である いう 。 こう した 規範 の 表 現は, たとえばつ ぎ のよう であ ろう. ―. 一. ー と. 法的 義 務 の 順. 守, ある 製 品 ラ イ ンあるい は 地理的 市場にお ける 指西的 地 位 の 維怜, 製 品 革新 を 現在 の 活動とな んらか の 閃 辿 をもつも の に 限定すること, 社会的責任や 善良 な 市民と して の 名 戸 への 配応, 時 問 を通じて 等しい 間 隔 を 囮いた活動 の 流れの 屎IJIJ , ある 飯大限0) 期 間 内における 投資か らの 見込み 利 益, 新規事業を ( 共 同 事業と は対照 的に) そ の企業 の 全 面 的 支 配下 の業 務 活動に 限定すること, 一 といった 具合である。 そ して. 一. ー こ のよう に 広い 規範が, 戦略的 決定 を命令は. し ないがふるいに かける。 つま りそれら は 捉案 が 通 過 しなけれ ばならな い, 目 U)粗いふ るい を なすの である. 一ー. という 。 も っともこう した 規範が, 仮定的 却. 別である J払合もあり, また 規範が 非常 に 許容 的 で あって, 行 動 を 予 期 し 評価す るた めの 品礎となる 機能 をはた しえない J品合もある 。 そ のと きは 長期 的 決 定を 拘 束する, し ばし ば成文化されていない, 脱 則 の セ ッ ト によって 代行されもす る 。 そ のような J払合 には, 戦略的 活動 を 予測する 根拠は 抒えないけ れど, 活 動 僻l域の 燒 界 を 定 める のに 役 立つといえよ う。 そ ういう 怠味では. 一ー. い いかえ る. と, ど んな 型の 活 動が 排 除され そうか を示すの である 。 規範はまた, 戦略的 決定と 同 梯に, 戦術的というか, 常規的あるいは 符 理的 汰定に も 適 用される。 た だ 一- C. O) !g {? , る。. それは. i'.I 由 裁凪領域ははるか に 限 定され. 一. ー企業 が実現 しようと企てる 将来の 事態 を 戦 略が 扱う のに対 し. て, ‘,内 説 的 過 程 は 視 在 の 事態に かかわる. —. から であ り, それらはす でに 達成. さ 4 し たか, あるい は 近成されつ つある 目 椋 を 収り 扱い, 進行 中 の 事態 の 維特あ る い は 元成を扱う. 一ー. か ら である。 それ に 行 動 を 予期し 評 価するた め の 品 礎 を. li/ii 立 す るという, 同 し 機能 を呆すもの で あっても, いわ ゆる 能率の 基準 を 確 立 す る v)には, あまり 祠 保や 想像力は 必要な い から, はるかに窮屈な 拘 束 を受け る こと になる。 した がって. —. 少な くとも 規範 に 出する か きり,. そ の シ ステム. はもっと 機械のよう に 収 り 扱うことが でき る 一ーそ のた め 抵# の 確立において は 技 師 や 技術者がより 大きな 役'.,i;lj を 占 める -こと にな る。. - 135 (7395) -.

(14) 本来 的に 一―4規範に 近 づ いたり , それを 実現した りするには 政 治 家的 感立が 必変なようである。 すなわち , 卯人格 的規範より 人道 的 配慮 を優先さ せるべき である 必要さである。 こ のこと はとくに戦略的 決定の 場合に 強 調される が, 常 規的ある い は 竹理 的 袂 定 の 楊合に は,. 日 常 的 業 務 活動の成 功 を測 定する 尺度と. して の 客 賎 的 能 率の 悲準が , 規範 の 中 核におかれる。 これ は 日 常的 業務活動に お いて, 生荘での 椋 準 化を はじめ, 財 務や 会計およ び予筑[ シ ステ ムなどの 領域 に , ’,惰 規的 決定を 支 配する, 明 確に 定式 化さ れた規範が, 客 観 的能率の 品準と して形 成されてきて いる。 こうした. 一ー. 規範か らの 逸脱 は 通 常 , 正 当性の 価 明. や 説明 , 可能と 見 ら れる 場合には 足 正を 必要とする. 一. ー. ものである。. 日 常的 文 務活動 の 複雑さか らして , 能率の 規範は 膨 大な ものである。 それ ら の 規範 は, 企業 内 の 単 位 間 の 水 平 的 閃 係に適 用されて, 比 較できる 活動の取扱 い方法と 結 果 の 統一化がはか ら れる 場合と , 垂「杜的 閃 係に 適 用されて, 補完的 な 業 務 の 諸 関 係を , より 能 率 的 に 統合する 目 的の 場合とに 二分される。 こう し た 規範 はまた ――規範と の 相 迩に 関する 報告制 度 の 確立と , その 相 迩の 理 由 の 分 析が 行われなければな らな い 。 そして. _. 逸脱が 継続的に 起こる 場合に は ,. 規範そ の も の の 再検 , ,寸 , 業 務活動 に対する 統制の 強 化ある いは 人員 の 配罷転換 が 要泊される. 一. ーこと になろう。. こ のように 常規的 決定ある いは. r: 理I『J 決定 は,. 能 率の 晶準と 同 義 の 規範を ,. 企 業の 多 様な 業 務活動 に 入 念に 設定することによ って 操作 可能となり , また 「 最大 化 」 の 成果もえ ら れる のである。. そのことは ,. 企 業 の 投資にかんする 目. 粽利益率や 予 tiの 役‘剖について も , 企業 の 業紐を 維 持あるいは 改善するた め の 刺激として, 視実的な 迩成規範である。 だがこの こと は , すでに みてきたよう に 戦略的 決定については い いえないことである。 すなわ ち 企業 理 論 にお ける 蚊 大 化 行 動がは たす 伝 統 的な 役割に つ いて は, す でに 名 察したところである. 一ー一. 目 椋としての利潤 は , 全般的目的あるいは 姿. 勢と いう 血か ら企業を 特徴づけるにす ぎな い。 つまり の 品 礎として 最 大 利 閥は 操作可能でない. —ー. 一一. 代 督 的戦略間の 選択. と いう ことである。 将来 の 事柄に. - 136 (7396) -.

(15) かん するか ぎり, 成果にた い する 期 待も,. 佃 々 人の 判 断 に 依存 す る であ ろ う. し, まさ に 一一吝観的 判 断のよ り ど こ ろは 何もな い 。 た しか に 一ーも し すべて の 者が 最大利 潤を 追 求 する け れ ど も, 各 自が 迩った 道 によって それを 得 る こと ができると 結 論 するなら ば, 正 しさを 検証するものは 何 もな い になる。 したがって. —. と い う こと. 末 知の 将来を 扱 う 企業の 敗略 的 決定の 場 合 には . 適 用. できる 客 観的 払準は 何もな い 結 論と して,. 一ー. 一—ー. と いえよ う。. チェンバ レ ンは, つ ぎのよ うにい う。. すなわ ち ―― われ わ れ. は, 企業の 全般 的 目 的と しての利 潤 (あるいは 成長)から 出 発 する。 それは 企 業を他の 諸 制度と 区 別 するが . 企業 自 体の 意思決 定過程につ いては ほとん ど 明 らか に しな い。 企業の 戦略的 決定が その 特殊目標となるのであ り,. しかも こ れ、. らは 企 業の 戟略 セ ッ ト あるいは 企業の個性から 出て くる 規範によっ て 消かれ ‘. る 。 また 企業の 常規的決 定 は, 能率を 操 作 可能なも の に しよ うと 努 める 規範に よって 支 配される。 そ して ―― 採用さ れる 規範は, 同じ 社会の 中で も, お そら く 規校 . j,j� 業, 立 地, その他の 諸特徽 によっ て 企 業 ごとに 相 迩がある のが 当 然である。 それ は 同 ー企業の 中で も 時 間を 通じ て 変わる かも しれな い し . またきっと 諸 文 化 u) 間で も 相迩 があ ろ う —と。. 5.. 結語 一ー 経 営 理 念 の 相 互 関 連. こ う した チ ェ ンバ レ ンの 結論を, われわれは 地迅 に 検 討 し, 実証 し て い き た い。 そのた めに は, 企 業 自 体の 意思決定 過程のなかでも, 戦略的 決 定 を 巾 心と し, 企 業の 個 性ある い は 戦 略 セ ッ トを 起 点と した, 企 業の 規 範であ ろ 径 翌砂) 理 念との 相 互 関 辿を, 組 織 的およ び統合 的に 把拙 し 理解 して いかな けれ ばな ら な い。 したがって 松下屯閤にお ける 事例研究を,. そ う い う方向と 意味で仏 み 重. ねて いきた い 。 われわれは, チ ェ ンバレンの, この 結論を 素直に, か つ 忙 奸伐 に ‘. 翻案 して, 松下 屯 閤の 事 例 に 適用 してみるなら ば, つぎのよ う に 表現 しえよ う. - 137 (7397) -.

(16) か。 まさ に 松下 ·�器は , 全般的 目 的 と して 利 潤 (あるいは成 長 ) か ら 出 発 して い る。 そう いう 恋味では企菜そ のも のであ り ,他 の 社会的な 諸制度 と 区 別される。 だが そ の こ とは , 松下 電界それ 自 体 の 意思決定過程に ついては ほ とんどな にも 期 らかに しない といえよう。 松下 電器の 蔽略的 決定がそ の 特殊 目 標になる ので あり ,. しかもこれ らは 松下 電器の戦略 セ ッ トによって 西かれるも のである 。 ま. た 松下 電部の個性, 戦略 セ ッ ト , およ びそこで 採用される 規範は , 同じ 社会の 中でも , おそ ら く 規模, 産業 , 立地, そ の 他 の 諸特徴によって , 企業それ 自 体 と して は 勿 論 のこ と , 事業部 ご とによっても相辿があるかも しれない 。 それ は 同 一 の 松下 電器でも , 時 間 を通じて 変わるかも しれない し , ま た 松下 ’遥器が 悔 外進 出 し , 多 国 籍化する とき , そ の 各 印 の 文化 との 関係でも 相 迩があろう , と いう こ とになる。 松下 屯器が , あるいは創業者であり , 今 日なお 多 大 な 彩 密力 をも つ 松下 幸之 助が , 利 潤な い し 利 益 を 正祝するこ とは 周 知であ り , む しろ企文で 利 益 をあ げ えない のは 罪悪であ り , 社会 の 公船 と して , 人的 , 物的 白 源 を 利 用 しなが ら 1:11 家 に 納 税 の 責 任 をはた しえない と , 痛 烈です らある。 だが 企業 の 利 益 を 弛 調す るが ゆえに , そこ に 松 下 屯 器 の 恣 思 決定 にど のような 牡 性 を 見 出 せるか とい え ば, それは 松下 電船が す ぐれて企業ら しい という こ とであり , 企 業 と して利 益の 牡性を, よ り 十分に 休得 しよう と しているこ とである。 そこに松下 幸之助 のいう , 適正 利 益 論があり , 利 益成 果 論がある。 すな わち , 企文には 必ら ず磁 正な 利 益が 必要であり , と ともに企災 の 利益は 目 的でなく 結果ない し 成果であ る と いう 持論である。 こ のこ とは , 企 業 の 全般的 目 的が 適 正な 利 益でなけ れ ば な らないこ と を 出 発 と し , 企 業 の 牡殊的 結果が 業粕 と して の 利 益でなけれ ばな らないこ とを 終 着 に している といえよう。 し たがって企文 活 動 の 牡殊的 目 標が , そこで 課題 とされなければな らないわけである。 すなわち企業 自 体の 怠思決定 迅 程 , なかんず く戦略的 決定がそ の 特殊的 目 椋 となる のである。 こう し た 戦略 的 決定は , 松下 電器の戦略 セッ トあるいは個性 といえる 甚本方針 と して の 経営. - 138 (7398) -.

(17) 理念を 悲礎とし, そこから 出て 来る規範と いう べき 経営の 年次方針によって 指 埒されると いえよ う 。 松下屯 船 に おける 経営理 念 に つ いては, すでに 綱 僻i や 信 条などとの Iii 辿で 考 察し たところで あるが, 経営方針に つ いては 時 系 列 的 に 恒 例化され 定石化して いる 年次方針の内容を 名 察する 機会 に 詳細に は検 汀する こ とにする が, その 心義なり , 役 ;!:I], 位 置づけに つ いて は, 企業 に お け る 規面 の 珂解 に よって 逆 に 充足し た いと お もう。 ま た 松下屯料に お いて 採用される 規範としての 年次方針を, 事業部 ごと に, その規 校 , 庁業, \[地など によ って 相 迎すると 翻案し たのは, か なり 無 理が あ り, 企業 レ ベ ルの 議 論を 事業}耶 レ ベ )レ に 短 絡 して いる 早計ともい え る が, 視実 的に 企 業 全 体としての 年次方針をふ ま えて 事業 部方針として 事業 部 ごとに 個性 をもって 展l}ljして いること は, すで に 事業 部の 経営 叶 両との 関 連で 考 察し たと ころであ る(注23)。 さら に 松下屯 悶の 経営 年 次方針が, II守系 列的 に 経営環檄 と の 相 図 によっても 変化しき たって いること は, チ ャ ン ド ラ ー (A. D. Chandler) の「組織 は 戦 略 に し たがう 」 で はな いが, 松下電器の 事業 部制の 組絨 0) 変 造 に み た ごと く, 環扱との 対 加 に お いて 糾紐 は 変化して おり, その 要 囚は 戦略 であ ると こ ろ からも, 規範で ある 舒向 の 方釘 は 釘 次 に お いて 変化しき たっ て い るこ とが 予 期 されよ う 。 そして ます ます l iil 際 化し 批 界的に 多 国藉企業として 活 動を '. 展肌し つ つあ る 松下 卓 岱が,. 各 ! isl O) 文 化との I活擦のな か に 適 応をは か り つ つ,. な お それ ら の 1 1 、I 柄をふ まえ た 松下 出 沿の 独 uな 体 制 を 構築し つ つある ことも, ‘. すで に 幾 多 の 市例として報叫 さ れても いる。 こ うし た , チェンバ レ ン の 鈷 論 を ふ ま え た, われ われの 確 忍 は, 松下 屯 器 の 事 例 研 究 における 間迎の伯域を 骨格 1:i'Jに 明 確にさ せてくれるとともに, つ ぎの われ われの 謀屈を 明 示して く れる 。 企 文 の 戦 略 セ ッ トある いは 佃性と い われる 経営理念の 考 察につ づ いて , 規範と いわれる 経営の 方針に つ いて, とく に 時系 列的な 考 察 をすす めてみ た いとお も う。. (注23) 拙稿, 商経学叢 No.61。. - 139 (7399) -.

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