- 17 - 特集 オウムの死刑執行について
この死刑執行で何が解決したのか
亀山 憲一 今年7 月、いわゆるオウム真理教関連事件での死刑囚 13 名全員に死刑が 執行されました。この執行については、6 日に麻原こと松本と他 6 名が 26 日には6 名が死刑執行される異様ともいえる死刑執行のありようにメディ アでも様々な意見や被害者遺族の声などが報じられていました。それらは どれも自ずと傾聴させられるものでした。その中でも私が強く心に引っか かりを感じたものは、被害者の遺族も含めて多くの識者や記者や実務家か らの声で、一連のオウム関連事件についてまだ十分に解明されていないと いうものでした。そして私もまた同様に感じました。当時あれほど社会を 震撼させた事件、日本で日本人によって引き起こされたテロまがいの事件 が、これで終わったと(政府に)言われているような印象を感じました。 さて、事実、死刑執行されたオウム真理教元幹部らは一般に高学歴また はエリートと言われるような若者たち(それ相応の判断力があると思われ る若者たち)でありながら、なぜ当時の世間一般の感覚で言っていること も一見した風貌も胡散臭いと感いられていた(だからこそ国政選挙にオウ ム真理教から麻原を含め候補者を擁立しても全く当選できなかったものと 思いますが)麻原こと松本に心酔したのか。そしてポアと称して殺人を正 当化するところに突き進み、それを誰も止めることはできなかったのはな ぜなのか。これらは、オウム真理教が起こした一連の事件の共通する根本 的な疑問であると思いますが、この疑問については一切何も解明されてい- 18 - ないままです。たんに、これはカルト教団が起こした特異な事件であるな どと括って記憶の彼方に追いやって良いのでしょうか。 私は、犯罪というものは、それが起きたその社会の抱える課題がきわめ て極端な形でかつその社会に容認されない逸脱行動として現れたものでは ないかと思っています。言い換えれば、どのように残忍な方法であったり 異常と思われる方法で行われたものであっても、その社会の現状から切り 離されて特異な犯罪・異質な犯罪ではなく、その社会が抱える様々な課題 から生じたものではないかと思います。あくまでもその延長線上で考えれ ば一連のオウム真理教事件もまた、当時の日本社会が抱えていた課題から 生じたものであろうと思います。そうであれば、オウム真理教が起こした 事件の根本的疑問が何も解消されていない現状では、その当時の課題が今 なお日本社会の課題であるかを検討することは不可能であり、また仮に、 その課題が継続しているとした場合には、オウム残党がどうとかいう問題 に終始している間に、いずれまたオウム的なものは生まれ、その先には同 じような不幸な事が起きるのではないでしょうか。死刑制度の意義は何な のか、さらに言えば何のための刑罰なのか、社会防衛とは何なのか。今般 の死刑執行を受けて今こそ国民的議論をすべき時ではないでしょうか。 (本誌編集委員)