12 ― ― 子どもの貧困支援に取り組む民間団体や福祉関 係者との会話の中で、決まって語られる実践上の 課題が「学校の壁」「学校との連携の難しさ」で ある。学校教育を専門とする筆者に対して、「な ぜ学校は協力してくれないのか」「どうすれば連 携できるのか」尋ねてこられるのである。 筆者はこれまで、「貧困家庭の子どもの学校体 験」や「子どもの家庭背景への教師のまなざし」 について質的な調査・研究を続けてきた。その中 で、学校・教師が子どもの貧困問題に向き合うに は構造的な課題があることを明らかにしてきた。 本報告では、それらの一部を紹介しつつ、学 校・教師が子どもの貧困問題に向き合う上での課 題や方策について検討したい。 1.貧困対策の支援拠点として期待される学校・ 教師 2014 年 8 月末に閣議決定された、「子供の貧困 対策に関する大綱」では、学校をプラットフォー ムとした教育支援の充実が掲げられた。 なかでも、政府が重点施策としているのがス クールソーシャルワーカー (以下、SSW)の配置 拡充である。大綱では 2019 年度までに原則とし て全国の中学校約 1 万校に SSW を配置するとい う目標を掲げている。また、2017 年には、SSW が児童の福祉に関して支援する学校職員として法 的に位置づけられた。 義務教育段階であれば基本的にすべての子ども が通う「学校」という場は、子どもや家庭にとっ て一番身近な公的機関であり、教職員は子どもの 変化や生活状況などを一番把握しやすい立場でも ある。そこに福祉の専門家である SSW がかかわ ることで、期待される効果は大きい。ただ、予算 や人材確保の問題など課題が多く、 SSW による支 援体制が整うまでにはしばらく時間がかかるだろ う。その間にも、子どもたちは成長し続けるので あり、不利を増大させないためにも、学校ができ ること・すべきことを急ぎ取り組んでいく必要が ある。 また、支援体制が整ったとしても、SSW が果 たす役割は主に学校と家庭と福祉関係機関等との コーディネーター役であり、学校や教職員の代わ りに貧困家庭の子どもたちの問題を丸抱えして解 決してくれるわけではない。貧困家庭の子どもた ちの非常に複雑な問題にいち早く気づき、関係諸 機関と連携しながら支援をしていくのは、子ども に日々接している担任教師を中心とした学校・教 職員である。 そのためにも、SSW の拡充と同時に、教職員を 増員するなどして、子どもと向き合う時間的・精 神的余裕を教職員に保障することが必要なのは言 うまでもない。もちろん、子どもの貧困の根本的 な解決には、国や自治体による経済支援や生活支 援などを通して家庭生活の安定を図ることが大前 提である。 こうした条件整備に加えて、「見よう」としな ければ「見えない」ことが特徴とされる貧困問題 の支援拠点として学校が十分に機能するために は、教職員が子どもの貧困の現実を把握し、学校 現場でさまざまな形であらわれている子どもたち の課題の背景に「貧困」があるのではないかとい う視点をもつことが大切である。このことは、教 職員が「貧困をどう捉えるか」「子どもの生活背 景をどう見ているか」にかかわっている。 2.教師の子どもの家庭背景へのまなざし 子どもの家庭背景や生活背景への教師のまなざ しについては、教師の階層性や差別性、学校にお ける再生産メカニズムと関連付けて論じられてき た (西田 2012 など)。 比較的安定した家庭・地域の出身者である場合 が多く、同質的な社会関係のなかで過ごしてきた
Ⅲ.困難を抱える子どもへの包括的ケアに向けた学校文化変革の必要性
盛満 弥生
(宮崎大学) 日本学習社会学会年報 第15号 2019年9月13 ― ― がその他一般の生徒との「違い」となって表れて 初めて教師は気づくことになり、その対応は当然 ながら差異を埋める形で行われるからである。 こうして、目の前にいる貧困家庭の子どもの問 題が、貧困層に共通する問題としてではなく、彼 ら自身や家庭の問題として「個人化」され、学校 から貧困層の子どもの姿がより見えにくくなって いたと考えられる。本来であれば、子どもの状況 を一番把握しやすい、そして、貧困層の子どもが 常に一定数存在し続けていたはずの学校現場で、 貧困の問題がこれまでほとんど立ち現れてこな かった背景には、「特別扱いしない」学校文化 と、差異を見えなくするための「特別扱い」が影 響を与えている可能性がある。今後、学校や教職 員による支援体制を構築していくうえではこうし た学校文化のあり様にも配慮する必要があるだろ う (盛満 2015)。 3.子どもの貧困の「再発見」と教師の貧困認識 2000 年代終盤の日本社会における子どもの貧 困の「再発見」とも言われる状況が学校や教職員 に与えている影響は小さくない。子どもの貧困実 態や支援策への教職員の関心の高まりは筆者自身 実感している (盛満 2017)。 子どもの貧困に関する調査研究や報道がされる なかで、経済面以外にも多くの課題が付随するこ とが明らかになり、その多くは子どもたちの学校 生活にも大きくかかわるものであることに教職員 が気づき、経済面の問題は学校教育には対応しよ うがないけれど、子どもたちの生活・学習習慣や 人間関係、自尊感情、将来への見通しなど、学校 の中で対応できる部分があるのではないかという 意識が出てきているためではないだろうか。た だ、現在でも、教職員の子どもの貧困問題への理 解や捉え方、支援のあり方には大きな個人差があ り、学校現場で共通理解が進んでいるとは言いが たい。 近年「子どもの貧困」への教師の認識や対応に ついての研究が急速に蓄積されつつある。これら の知見に共通するのは、教師の経験や能力・教育 観によって、貧困認識や貧困層の子どもたちへの 対応に依然として違いがみられるということであ る。 教師にとって、厳しい家庭背景・地域条件のなか で育つ子どもや親たちの姿は、彼らが理想とする 子ども像・家庭像とはかけ離れており、指導が通 りにくい「しんどい」存在として映る。教師によ るこうした否定的評価や、「あの地域・家庭の子 だからしょうがない」といった見下しや低い期待 のもとで、貧困層の子どもたちは学校生活を送る ことになり、結果として低い教育達成に押しとど められる。つまりは、教師のまなざしが学校にお ける再生産プロセスの一因になっているというこ とである。 日本の教師が、子どもたちの間にある「差異」 を考慮することなく、理想の子ども像に一律にあ てはめる傾向が強いことは、ニューカマー外国人 や同和地区出身といったマイノリティの子どもた ちの学校経験との関連でも論じられている。 このように、貧困層の子どもたちに対して、教 師は差別的なまなざしを向ける傾向があり、特に 日本においては、特別なニーズを有しており、学 校からの排除を経験しがちなマイノリティであっ ても、それだけで特別扱いされることはなく、皆 と同一に扱われる傾向が強いことが指摘されてき た。 子どもたちを家庭背景や成育歴によって「特別 扱いしない」学校文化の中で、家庭の経済的事情 に関しては、特にタブー視されてきたところがあ る。このような学校文化のあり方が、「見えにく い」ことが特徴とされる現代の子どもの貧困を学 校・教職員からより見えにくくしている可能性が ある。 こうした状況では、家庭背景の厳しい児童・生 徒にとって、学校でどのような教師に出会うかが 学校生活の良否を決定付けると言っても過言では ない。学校や教師の日々の献身的な対応によって 一時的には解決を見たとしても、次の学年や学校 段階に進んだ際にはどうなるかわからないという 不安もつきまとう。しかも、こうした教師の良心 に依拠した配慮・支援のあり方は貧困による不利 を解消しようとする積極的な働きかけというより は、むしろ集団の中で顕在化してしまっている不 利を隠そうとする消極的なものとなる傾向があ る。なぜならば、生徒の家庭背景や成育歴が「見 えにくい」学校文化の中にあっては、家庭の不利 日本学習社会学会年報 第15号 2019年9月
14 ― ― 5.学校が真の対策拠点となるために 学校現場において貧困層の子どもたちを「特別 扱い」することが貧困対策として必ずしも有効で はないとの指摘がある (原田 2014)。 確かに、家庭の経済的事情に配慮することは時 に「施し」として受け止められ、子どもや保護者 の自尊心を傷つけかねない。また、特別扱いしな い学校文化というのは、教職員だけでなく、児 童・生徒自身にも当然視されているものであり、 そこへの配慮も忘れてはならない。個々人を特別 扱いすることは難しくても、貧困層の子どもたち が学校生活のなかでつまずきやすいポイントを整 理し、制度や環境を整えるなどして、組織的に対 応してくことは可能ではないだろうか。 現在進められている SSW の導入について、文 科 省 担 当 者 は「SSW は 学 校 文 化 変 革 の た め の チェンジエージェント」であると強調している。 子どもの貧困問題の根本は経済の問題であり、本 来は親の所得を向上させ、生活基盤の安定を図る ことが第一である。教育は子どもの貧困対策の 「切り札」ではない。ただ、子どもたちの一番身 近な存在である学校や教職員にしかできないこと は非常に多い。学校を拠点とした子どもの貧困対 策が打ち出された今こそ、学校文化変革のチャン スでもある。 最後に子どもの貧困対策の拠点としての学校・ 教師に期待することとして、3 点挙げておきた い。 1 つは、普段の教育活動の充実が子どもの貧困 対策につながるという視点で、「わかる」授業づ くりや修学旅行をはじめとする学校行事の内容や かかる費用の見直し等を行っていくこと。2 つ目 は、困難を抱える子どもたちは長期的支援が必要 な場合がほとんどであるという前提に立った外部 機関との連携を推進し、ギリギリまで抱え込んで 対応しきれなくなって外部機関に「丸投げ」する という悪循環を脱すること。3 つ目は、教職員の 言動によって子どもたちを傷つけ学校に居場所を 無くしてしまわないこと、学校から排除しないこ とである。 学校は支援の拠点であると同時に、家庭の不利 が顕在化する場でもある。教職員は自身が貧困の 再生産プロセスの一部に組み込まれていることを 結果として、貧困層の子どもたちに理解と配慮 の視点を持つ教師の仕事量が増大する事態が起 こってきていることも指摘されている。子どもの 貧困への対応負担が一部の教員にのしかかるので はなく、学校として組織的・継続的なものとなる よう、教職員全体で最優先にすべき指導や支援を 協議し、共通理解の上で取り組みが進められる必 要がある。 4.教師の「子どもの貧困」理解に向けて 「見ようとしなければ見えない」ことが特徴と される貧困問題の支援拠点として学校が十分に機 能するためには、教職員を中心とする学校関係者 が子どもの貧困問題について理解し、貧困家庭の 実態を知ることが何より重要である。 「子どもの貧困対策大綱」の中では、教員免許 状更新講習などの機会を通して教員が「子どもの 貧困」問題に関する理解を深めていく必要性が強 調されている。それを受けて、2015 年 10 月に文 科省から教員免許状更新講習を執り行う各大学に 対して子どもの貧困問題について取り扱う講習の 開設について依頼があり、2016 年度以降全国各 地の講習で、多くの先生方が子どもの貧困問題に ついて学び、教員としてのかかわり方を考える機 会をもつことになった。 また、教員養成段階でも、2017 年 11 月に取り まとめられた「教職課程コアカリキュラム」にお いて、「特別支援科目」のコアカリキュラムに、 「障害はないが特別の教育的ニーズのある幼児、 児童及び生徒の把握や支援」という項目があり、 母国語や貧困の問題等により特別な教育的ニーズ のある子どもが例示された。 これまでにも自治体や学校、研究会などで子ど もの貧困に関する研修会・講演会を独自に行って きたところはあるが、教員や教職希望の学生が子 どもの貧困問題について学ぶ場が制度的に位置づ けられたことの意義は大きい。 ただ、教員がすべての社会問題・教育問題につ いて実態やその背景を理解し、子どもたちに適切 な対応をしていくことには限界がある。様々な強 みを持った教職員が協働性を発揮できる学校づく りの必要性が求められていると言える。 日本学習社会学会年報 第15号 2019年9月
15 ― ― 〔参考・引用文献〕 原田 琢也、2014、「子どもの貧困と『特別扱いし ない』日本の共同体的な学校文化」『金城学 院大学論集―社会科学編』第 10 巻第 2 号、 94-109 頁 盛満 弥生、2015、「学校関係者の貧困認識の特徴 と そ れ が 提 起 す る 課 題 」『 教 育 』No.837、 43-51 頁 盛満 弥生、2017、「子どもの貧困に対する学校・ 教師の認識と対応」教育と医学の会『教育と 医学』2017 年 3 月号、36-43 頁 西田 芳正、2012、『排除する社会・排除に抗する 学校』大阪大学出版会 肝に銘じたうえで、ただでさえ学校で「つらい」 経験を積み重ねる貧困層の子どもたちをさらに傷 つけることがないよう、自身のまなざしやかかわ り方について改めて振り返ることが求められる。 〔付記〕 本報告は、2019 年 3 月に刊行された拙稿「子ど もの貧困と教師」佐々木宏・鳥山まどか(編著) 『子どもの貧困③教える・学ぶ―教育に何ができ るか』199-218 頁を基にしたものである。 日本学習社会学会年報 第15号 2019年9月